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まいどぉ おぉきにぃ、
「この家に住んではったんや」
 小泉八雲の旧居を前に、夏樹が言った。
「けど松江には一年ほどしかいなかった見たいやで」
「へえ、ずっとこの地に住んで、ここで亡くなった人やと思ってたは。今から百年ほど前に異国の町で暮らすって大変やったやろうなあ」
 二人は中には入らず、少しだけ立ち止まり、中を覗き込むように見渡し、そのまま通りすぎて行った。

「飛沢は四月からは大学生やなあ」
「ああ、そうや。夏樹、急にどないしたんや」
「いや、今回の旅もあと三日で帰るしなあ、ふと、帰ってからのことが思い浮かんだだけや」
「俺はちょっとぐらい延長したかて、かまわへんのやけど」
「いや、それはちょっと無理や、周遊券の有効期限っちゅうのが有るさかいなあ、三日後には一応、今回の旅は終りや」
「そうかあ、夏樹は社会人やし、なかなか休みも合わへんかもしれんし、こんな旅行もでけんようになるなあ」
「まあお互いに新しい生活に慣れたら、またいろんなことして遊ぼな」
「そやな、新しいレコードも仕入れとくは、いつでも聴きに来いよ」
「いや、働くようになったら金を貯めて、ステレオを一番に買うから、今度は俺のところへ聞きに来いよ」
「おお、その時は自転車やのうて、バイクか車で行くわ」

「さあ、そろそろ石田のところへ戻って、今日のユースホステルまで行こうか」
 夏樹が松江城の方を見て言った。
「あいつ、ちゃんと荷物の番をしてるやろなあ、戻って見たら俺たちの荷物が、なかったなんてことは無いやろなあ」
「大丈夫やろ、あいつは真面目なやつやから、荷物のことが気になって居眠りもできひんかった、ってぼやくかもしれへんでえ」
「そうかもしれんなあ」
 二人は石田が休んでいるベンチがある松江城へ向かった。




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2009.07.01 Wed l 旅(小説のような) l COM(0) TB(0) l top ▲
 一畑電鉄の駅から一キロほどで松江城に着く。松江城天守閣は関が原の合戦後に建てられ、現存する全国の城の中で六番目に古く、山陰地方で唯一現存する城だそうだ。
「立派な城やなあ」
 夏樹が言った。

松江城

「お前に城のことがわかるんかいな」
 目の前の大きな城を見上げて飛沢が言った。
「復元やのうて、何百年も前からここにあった本物の城なんやろ、なんかすごくないか」
 夏樹は重い荷物を足元に置き、松江城を見上げて、大いに感動していた。
「天守閣に登ろう」
 今までの疲れはどこへ行ったのか、夏樹は他の二人の意見を聞くことなく、天守閣の入り口へと向かった。最上階からは松江の市内が一望でき、宍道湖も見える。

宍道湖2

 最上階からの眺望を楽しんだ後は、城の周辺を観光案内図も持たずに、なんのあてもなく、気の向くまま城下街の雰囲気を散策することにした。しかし、三人とも言葉数は少なく、石田は他の二人とは一緒に行動しなかった。
「俺、ここのベンチで座ってるは、どうせさっきの電車に乗って今日のユースホステルのある駅まで行くんやろ」
「石田、どないしたんや、そんなに草臥れたんか」
「うん、ちょっとな」
「ここでずっと座ってるか。荷物を置いて行ってもかまへんか」
「ええよ」
 夏樹と飛沢は石田を城の入り口付近のベンチに一人置き、散策に出かけた。

松江市内


「松江って小泉八雲が居たとことちゃうかいなあ」
「夏樹、それってアイルランド人の作家でラフカディオ・ハーンって言う人のことやろ」
「おまえ、随分と詳しいなあ」
「一応は受験勉強をしたからなあ、ちょっと頭に残ってたんや。代表的な作品が「耳なし芳一」って言う怪談話しなんや」
「その怪談話しは知ってるは、小泉さんが創ったんか。毎晩のように現れる妖怪に悩まされた芳一さんが、お坊さんに頼んで体中にお経を書いてもらって、妖怪退治をしようとしたんやろ」
「そうそう、ところが耳だけ書き忘れてしもうたさかいに、妖怪は耳だけを切り取っていったと言う話しやったなあ」
「小泉八雲って日本人やと思ってた」
 二人でそんな話しをして歩いていた時、目の前に小泉八雲旧居が表れた。



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2009.06.29 Mon l 旅(小説のような) l COM(0) TB(0) l top ▲
「飛沢、出雲大社で真剣に一生懸命な顔つきで拝んでたけど、そんなに彼女がほしいのんかあ」
 夏樹が重い荷物を担いでいるために、少し前かがみの姿勢で言った。
「またその話かいなあ、前にも早よう彼女を作りたいって言うたやんか」
 出雲大社へ向かう時よりは、確実に元気のない歩き方になっている。話し方にも覇気があまりない。十八歳と言う若き者ではあるが、さすがに六日目ともなると疲れも出てくるようである。
「焦ったかて彼女なんか、早々できるもんやないやろ、それに誰でもええわけやないやろ」
「そんなもん当たり前ないか、好きな子がいて、その子と付き合うことができるように、いろいろと努力をするんやないか、男として」
「そこやねん」
「どこやねん」
「好きな子はいるんか」
「いいひん」
「ほな、彼女ができますようにって、神さんにお願いしたかて、あかんやんか」
 飛沢はますます元気がなくなり、夏樹が言ったことに何も言って返さなかった。
「まずは好きな子があらわれることを、願わんとあかんやんか」
「そうなんやけどな、今まではその機会があまりにも少なかった、男子校やったさかいなあ」
「と言うことはやな、女の子と知り合う機会を増やすことや、今日からは泊まったユースホステルでは、積極的に女の子に声をかけて、きっかけを作ろうやないか」
「ユースホステルだけやのうて、観光地でもええのとちゃうか」
 石田が突然、会話に参加してきた。
「お前も大胆やなあ、それってナンパとちゃうんかい」
 夏樹が驚きの表情で言った。
「何ぼなんでも、旅先でナンパはできひんやろ」
「旅先やなかったらナンパすんのんか、したことあんのか」
 夏樹が微笑んで言った。
「いいや、ない、ナンパなんか恥ずかしいて、ようせんは」
「俺もしたことないし、そんなもんできひんは」
「なんや、二人とも意外と根性なしやなあ」
 石田が言った。
「偉そうに言いやがって、お前はできんのかいな」
 飛沢が半分は真面目になって怒っているようだ。
「俺かてしたことないし、そんなもん、ようせんは」
「なんや、ほな偉そうなことを言うなよ」
「すんまんせん」
 三人は重い荷物を肩に担ぎ、少し前かがみの姿勢で笑った。




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2009.06.26 Fri l 旅(小説のような) l COM(1) TB(1) l top ▲