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「まいどぉ おぉきにぃ、」
~ぷろろーぐ~

「まいどぉ おぉきにぃ、」
 関西の人ならこの意味はわかりますよね。
 標準語に訳すと「いつも、ありがとうございます」かな。
 はじめまして、おじさんですが、恥ずかしながらブログに初挑戦することにしました。よろしくお願いします。

「まいどぉ おぉきにぃ、」口頭では良く使う言葉やけど、文字に書くと難しい。多分、こんな感じでいいのかなと思うんやけど。関西の方々、いかかがでしょうか。
 ありがとう、という意味はもちろんやけど、「こんにちは」と同じような挨拶言葉にもなっている。特に商売関係者は良く使うかな。
 こんにちは、いつも読んでもらってありがとう、といった感じで書き進めて行きたいと思いますんで、たのんます。

 数十年生きてきて、いろんなことを経験し、過ごしてきた思いや、その経過の中で「いま」感じたことを、独断的な発想で考え、思ったことを書いていけたらと思う。
 関西弁風に書いているけど、関西の人が関西弁としてちゃんと読んでもらえているか、実は少し不安なのです。


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2008.04.30 / Top↑
~ぷろろーぐ Ⅱ

 数十年前に近畿地方の、都があったところで生まれて、育だったけど、思うところ(おいおい触れていきたい)があって今は東北の雪深い田舎に住んでいる。
 もう、かれこれ20年になるかな。
 それで、正確な(?) 関西弁を忘れかけている。

 この地へ来たころは60歳以上の年配諸氏の話す言葉の大半は理解不能だった。
「いま、なんて言ったの」
と考えているうちに会話が進み、どんどん置いてけぼり状態に陥り、まったくわからなくなってしまう。
 極端な方言(標準的な日本語とは違う単語)は少ないと思うが、基本的に関西弁とはイントネーションが違うし、標準語を短縮したような単語が多く使われる。

 会話の端々に僕の名前が聞こえてきて、みなさんがにこやかに笑っている。どうも僕のことをネタに楽しく会話しているようだけれど、何の話で盛り上がっているのかわからない。
「んだか?」
「えっ…」
何を聞かれているのかわからないから、答えようがない。あっけにとられていると、
「わかんねぇべ。あなたの生まれたところは、雪が降りますか」
横から別の人が
「あのへんなばゆぎなふらねぇべ」(たぶんこんな感じ)
「あっ、え、降るよ。少しは」
「…もるが、いぺぇ、…もらねぇが」(こんな感じに聞こえた)
「えっ、なんですか」
「つもるか、いっぱい、つもらないか」
「あぁー、ほとんど積もりませんね。5センチも積もったら記録的やなぁ」
「なしてこんたやまおぐさきだなよ」(なぜこんな山奥に来たの)

 最近では関西弁と東北弁と標準語(このあたりの学校は標準語で授業をする)が入り混じってしまい、自分でも「何か変な言い回しやなあ・・・」と感じる時がある。要するに正確な関西弁を少し(少し?) 忘れているようだ。
 家の近所の人たち、学校の先生、子供の親たち、仕事場でも、みんな普段は東北弁を話す。もちろん細君も。
 今では無意識に方言、訛りが出てくるんやけど、主体はやっぱり関西弁をしゃべっている。そんなわけで、もし関西の人が呼んでくれはると、変な関西弁になっているかもしれませんな。


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2008.05.01 / Top↑

~ぷろろーぐ Ⅲ~
 
 遠い昔に都があった、人口だけは政令指定の都会に住むことが好やなかっ
た僕は、なんとなく田舎に住みたいという願望が成人したころからあった。それは父親の実家のある山陰の小さな漁師町へ子供のころによく遊びに行ったことで芽生えたのかもしれない。

 目の前は海、後ろは山。決して高いわけではないから、子供でも簡単に登れる低い山々が連なり、西へも東へも隣の街へ行くにはその山を越えていかなければならない。
遊びに行くのはいつも夏休み、朝の早くから近くの神社へラジオ体操に行き、宿題を簡単に少しこなして、遊びはもっぱら海水浴やった。

 夜になると、人も車もまばらとなり、ネオンはもちろん無い。街灯もちらほらの真っ暗な世界となる。これが少年にとっては最悪のロケーションとなり、暗い部屋で一人寝ていると、窓横の木の上に何かいるんじゃないか、猫が屋根から屋根へ移る時の「パタッ」という音にビクリとして、あの網戸をスート開けて青白い顔をした少年が入ってくるんじゃないか、とさまざまなよからぬ創造力を膨らませてしまい、眠れぬ夜もしばしばあった。

 そんな時にかぎって夕飯後にスイカを食べ過ぎてトイレに行きたくなる。トイレは1階の一番奥にある。そこへたどり着くには、まず暗い階段を下りて、狭い廊下を超えて、居間を抜けて、また狭く暗い廊下を通りやっとの思いでトイレに着く。昼間の三倍は遠く感じたもんやった。

『なんで田舎の家はこんなに広いんや・・・』


 それでも、とにかく楽しかった、早く夏休みになってほしかった。親父の実家へ遊びに行くのがすごく待ち遠しく、できれば住みたいぐらいだった。
小学校に上がる前からひとり、祖母に預けられていたので、同年代の友達も数人いた。夏休み限定の友達である。

 成人してもそのころの想いが強烈に頭の中の隅々に残っていて、「隣はなにをする人ぞ」ではないが、人も、車もあまりにも多く、見渡す限りに家とビルばかりの都会から脱出したかった。



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2008.05.02 / Top↑
~ぷろろーぐ Ⅳ~

 昔、都があった街にすんでいたころの休日には、移動方法としては最も安上がりで、機能的だと思うバイクを駆って、できるだけ交通量の少ない北よりの道を走っていた。
(南よりは交通量が益々多くあまり行かなかった)
 この辺りでも一時間も走れば田舎は結構あるのだ。

 連休の時はユースホステルを利用して中部、東海、北陸、方面へ良く出かけた。秋から春に掛けては電車などを使っての移動となった。
 電車などの移動はつい欲張ってしまうわけではないが、どうしても窮屈なスケジュールになってしまう。
 地方のローカル線は本数も少なく、常に時刻表とにらめっことなり、分単位での乗り換え、移動が多かった。宿ももちろん予約しておかなければならない。そんな前準備もそれはそれで楽しいのだが、旅行途中で進路変更、宿変更、もちろん日程変更もできない。前準備したとおりの進路、宿、日程をつつがなくこなして無事に予定通り帰宅する。いわゆる旅行をしていた。

 そんなある日、乗り換えのために駅の跨線橋を小走りしていた時、花火大会のポスターが目に入った。同じポスターが何枚も貼られていて、走りながらでも今日がその日であることが分かった。

「花火、見たいなあ」 
 
 でもこのまま走って1番線に降りて、まもなく発車する列車に乗らないと今日の宿に辿りつけなくなる。でも目の前で打ち上げられる花火を見てみたい。
「1番線より○○行きの列車がまもなく発車いたします」
 無常なアナウンスが聞こえてきた。列車には間に合ったが、心ここにあらず。車内にも花火大会のポスターが吊り下がっていた。何で見に来ないんだよ。と言われているようだった。

 これを期に時間と日程にとらわれずに自由に旅がしたくなった。今日の宿は泊ろうと思った時に決める。今日は西か、東へ向かうのか、それはその日の朝に決める。そんな旅に出てしまったのが今ら二十二年前だった。
 全国を周り、なぜか東北の雪深い田舎に暮らしている。




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2008.05.03 / Top↑
 
   あけまして
    おめでとう 
     ございます


 皆さん良い年をお迎えですか
 大晦日から正月の三が日は少しブログを休憩しております
 皆さんのところへも訪問できないと思いますが
 何卒、ご容赦ください
 四日から更新再開したいと思います

 本年も宜しくお引き立てくださいますよう
 宜しくお願い申し上げます

              夏樹涼風
2010.01.01 / Top↑
 いつも訪問いただきありがとうございます
 3月11日の地震は今まで経験したことのない、恐怖を与えられました。
 幸い、私の住む周辺では大きな被害はなく、地震発生時からおよそ30時間の停電があっただけです。
 しかし、同じ東北の太平洋側では甚大な被害が各地からテレビを通じて伝えられています。勤務先にはそちらの出身の方や、子息がそちらの勤務、嫁ぎ先の方が何人かいらっしゃいます。私にも仕事先の方やこちらから仕事で行っている方を知っています。その方々のことを思うととても心が落ち着きません。そのため、一時的に「小説のような、旅のはじまり」はしばらくの間、更新を休みます。
 再開しましたらまた、またよろしくお願いします。

 
  被災された方々やご家族の皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

  また一日も早い復旧復興をお祈り申し上げます。




2011.03.14 / Top↑
        あけまして  
         おめでとうございます


                    本年も宜しくお願いします
                       平成二十四年元旦
2012.01.01 / Top↑

  あけまして おめでとうございます

    本年もよしくお願いします



 ブログを書くようになって6年目になりました。
 今の章が一番書きたかったころの話しです。
 本当に拙い文章ですが、なんとかお付き合い下さい。

 翼芭里鉄道建設記録の方は長い期間を工事が中断しておりますが
 当鉄道の社長の怠慢による作業員不足が原因であります。
 今年は社員が一丸となり、社長を改心させ工事を再開し
早期開通を目指したいと思います。


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2013.12.31 / Top↑

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