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 国道36号をさらに西へ走り、豊浦から内陸へ入りニセコ方面へ向う。強くはないが雨は降ったり上がったりの繰り返しで、体感は相変わらず寒い。
 真狩村を走っている時に羊蹄青少年の森を見つけた。テニスコートや野鳥の森、フィールドッスレチィク、キャンプ場など野外活動全般が利用できる公園だ。施設内をゆっくりと走りながら様子を伺ってみた。まだシーズン前の平日で雨降り、誰もいないが管理棟には電気が点いている。管理棟近くに屋根のかかった炊事場を発見した、「あそこなら雨が降っていてもテントを張ってキャンプができる」今夜の食材探しにニセコ方面へ向った。
 ニセコ町内に入ると雨が完全に上がったようだ。スーパーを見つけ、さっそく食材探しを始めた。
 味のフライを一尾、ツナ缶と小さいレタス、トマト一個、缶ビールを一本かごに入れた。
「いらっしゃい。この辺りの人じゃないわね」
 店の名前の入ったエプロンを掛けたお姉さん(?) が声をかけてきた。
「はあ、真狩村のキャンプ場にテントを張ろうと思って」
「こんなに寒いのに、キャンプをするの・・・」
「はあ、あまりお金に余裕がないんで」
「じゃあ、これを持っていきなよ」
 そう言ってお姉さんは天ぷらの盛り合わせをくれた。
「ええんですか、おぉきにぃ、ありがとうございます」
「風邪を引かないようにね」
「はい」
 これも旅での出会いの一つ。
 再びバイクにまたがり、来た道を少し戻って羊蹄青少年の森へ。キャンプ場近くにある管理棟へ行った。キャンプ場利用は無料だった。炊事場の屋根の下にテントを張る許可をもらい、バイクも屋根の下に置くことができた。やはり今日のキャンパーは夏樹ひとりだった。
 炊事場には薪を使うコンロがあり、薪も少し置いてあった。僅かな知識をひねりだし、薪に火をつける事に成功した。長い枝を四本見つけてきて、それにグローブとブーツを挿し、コンロの前に置き乾かした。そして、その火を使って飯を炊いてみた。ガスを使わずになんとか炊くことできたが、コッヘルは墨で真っ黒になってしまった。
 星が幾つか見えてきた。明日は晴れそうだ。小樽港へフェリーで帰るイカ、タコさんを見送りに行く日だ。楽しみである。


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2014.12.20 / Top↑
 ユースホステルハンドブックを開くと、宗谷からオホーツク沿いに一時間ほど南に、浜頓別ユースホステルがあった。最北端の公衆電話から予約した。いつものことながら、突然の予約にも断られたことは一度もない。今のところ。
 ますます風が強く吹くようになり、霧雨が本降りになるのは時間の問題だろう。早々に浜頓別に向う。
 浜頓別ユースホステルは協会直営のユースホステルで、全国屈指の人気ユースホステルの一つだそうだ。しかし、10年前に閉館になり、今では建物もなくなり更地になっているようだ。この当時の多くのユースホステルが、今では閉館されたところが多く、とても残念だ。浜頓別を走っていた天北線も10年以上も前に廃線になった。ユースホステルが閉館なってしまった理由の一つのようだ。
「ただいまぁ」
「お帰りなさい」
 玄関に入るとすぐに大学生ぐらいの女の人が出迎えてくれた。エプロンをしているからヘルパーさんだろう。
「泊まりの方ですか、少し待ってくださいね」
 おや、関西弁である。
「お帰り、さっきの電話の夏樹さんかな」
 奥からペアレントさんらしき男の人が現れた。
「そうです、急に電話をしてすみません」
「大丈夫ですよ、今日は空いているからね」
 荷物を持って部屋に行くと、これまた大学生風の男が一人、先客がいた。小柄で頭髪はスポーツ刈り、見るからにまじめそうな男だった。
「こんにちは」
「こんにちは」
 二段ベッドの下に座っていた男が先に声をかけてきた。
「一人旅ですか、外にバイクとかなかったから、列車ですか」
 夏樹がその男に聞いた。何気なく男ベッドの周りを見ると、下着などの洗濯物が大量に乾してあった。
「かなりの長旅なんですか」
「ええ、まあ。北海道に来て二ヵ月になりますかねえ」
「二ヶ月ですか・・・」
「浜頓別に一ヶ月になりますね」
「このユースホステルにずっと居たはるんですか」
「いや、昨日まで二週間ほど、近くの牧場でアルバイトをしていました。住み込みで」
 夏樹はとても興味津々に聞いていた。


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2014.07.27 / Top↑


 「東名高速○○IC付近で40km、東北新幹線下りは200%の乗車率」
 夏のお盆が近づくとこんなニュースが毎日、毎回流れてくる。毎年恒例、夏の民族大移動である。
 夏が近づくとこんなことが思いださせる。

 40kmも渋滞していると一番先頭の人はなにをしているのだろう、さっさと行けばよいのになどと、状況も知らずに先頭にいる人を悪者にしてしまう。前も後ろも横も車に囲まれてイライラして、隣の車線の車が少し進みだすと損をしたような気になり、またイライラする。逆に自分の車線が進み出すと得をしたような気分になり、少し気がまぎれる。

 親父の故郷に家族で帰省することが、子供の頃の夏休み一大イベントであった。帰省する3週間前に準備が始まる。時刻表と睨めっこをしてどの特急列車(その当時は非電化路線でした)に乗って行くか、第一希望の指定席切符が取れない時は第二希望をどれにするか、第三希望は、帰りの第一希望はどうする。座席に座って行くためには、指定席切符を前もって手に入れておかないと、3時間の旅は通勤電車並の混雑の中を、重い荷物と共に立ち続けることになる。

 往きの第三希望までを決めて、2週間前の午前4時半、むかし都のあった市の中心駅行きの列車でいざ出陣。この列車で行くのが一番早くその駅につける。駅のホームに入ると完全に止まる前に、手動のドアを開き飛び降りて「みどりの窓口」目指してまっしぐらに走る。朝の5時である。

 すでに多くの人達が列をつくり思い思いに時間をつぶしている。新幹線の上りの列、下りの列。在来線の上り、下りの列。在来線の下りの最後尾はどこなのか、先頭付近の看板を確認して最後尾へと進み並ぶ。いまから4時間ただひたすらこの場所で待つ。僕一人で。4時間の時を、本を読んだり、人間ウオッチングしたり、ボーッとしながら時計と睨めっこする。

 発売開始30分前になると、番号をマジックで手書きされた申し込み用紙が渡される。前もって希望の列車と枚数を書いておく。
「58番、これなら第一希望も大丈夫かな」
 9時になると十数台の券売コンピューターを弾く音が、けたたましく窓口から聞こえてくる。少しずつ列が前に動き出し、いよいよ僕の番が来る。申し込み用紙を係りに見せると同時に、
「これはもう満席ですね」
 発売開始から40分ほどしか時間が過ぎていないのに、もう満席なのかよ。
「全国のコンピューターが一斉に検索しますから、人気の列車はすぐに満席になります、第二希望から検索しますね」
ガックリ。

 かろうじて第二希望は確保した。しかし、戦いはまだ終わっていない。4日後に帰りの切符を買いに、再びその駅に出陣するのである。帰りも第二希望しか取れなかった。

「お盆は実家に帰るの」とよく聞かれる。
「いまの季節は毎日35℃もあるので、帰りません。交通費も高いしね」
 いかにも日本的なお盆の帰省民族大移動は、とても大変な夏休み大イベントなのである。


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2008.06.13 / Top↑


「こんにちは。いや、こんばんは。次の電車はいつくるのかな」
 とてもその風体からは想像もできないような細くトーンの高い声に
『エッ!何か期待はずれ』
 がちがちに緊張していた僕の体を一瞬にしてほぐしてくれた。

「電車は来ません」

「エッ、こないんですか。困ったなあ」
 もしかしたら今にも泣き出すのではないかといった困り果てた話し方になった。
「ここは電化されていない線路なんで、電車は来ぃひんよ」
「それは困った、そうすると今夜はここで野宿することになるのかなあ」
 ますます、声のトーンが高く細くなってきた。
「いや、そう言う意味とちゃいます。一時間後には次の列車が京都から来ますよ」
 狐につままれたような顔つきで僕を見つめてきた。良く見ると黒ぶちの眼鏡の奥には小さく丸い目が見える。かなり度の強い眼鏡のようで、眼鏡の中に見える顔の輪郭はかなり小さく、不自然に見えた。
「電気で走る電車は来ぃひん。列車は来る」
「あぁ、良かった。じゃぁ野宿はしなくてもいいんですね」
 にっこりと笑いながらありがとうを言ってくれた。

 東京から来たというその山男風の人は、全国を旅していて、丹波地方へは二回目の訪れだと言う。いつもこの大きなリュックにこの服とこの帽子をかぶって、お金が無くなるまで旅を続けるのだそうだ。
 お金がないからヒッチハイクで移動して、無人の駅や神社や寺に野宿しながら、気の向くままの自由な放浪の旅人、と自らを語った。今日はこの先の小さな山村の友人の所へどうしても行かなければならないので、僕が乗ってきた列車に京都から乗って来たようだ。

「ヒッチハイクはね簡単だよ。ドイツに行った時はベンツにだけ手を上げて乗せてもらうんだよ。どうせ乗るのなら高級車がいいじゃない」
 世界中を旅した話を細い声で一人、話し始めた。
「へー、へーすごいなあ」
 この言葉しか返すことができないほどの感動と、驚きの連続が続いた。
「でも、冬のヒッチハイクは大変なんだよ。せっかく乗せてもらったのに居眠りできないでしょ、あの暖かい車内は睡魔との闘いだよ。足に青あざができるまでひねり続けて起きているの。居眠りしないのが最低限の礼儀だからね」
 切れかけの蛍光灯がある薄暗い山里の小さな駅にいることを、無精ひげの旅人は忘れさせてくれた。
 ほんの数分の間だけの会話しかしていなかったかのように時の経つのが早く、話の途中で福知山行きの列車に乗る人たちが駅舎を抜けて、ホームに入って来た。
「まもなく二番線に列車がまいります」
 構内放送が流れて荷物を片手に待合室から二人並んでホームへと歩いた。この後も、放浪の旅人は多くの話を聞かせてくれた。その人が降りる駅まで。

 このときの出会いが東北のこの地までたどり着いた原点かもしれない。あの人は今も旅をしているのだろうか。僕は東北のこの地を旅の終着点にしている。
 
 今のところ。




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2008.05.24 / Top↑
気動車


 広さが六畳ぐらいのホーム上の待合室に、建物の端から端まで、作り付けの木のイス(縁台のようなもの)があり、蛍光灯は一本しか点いていない。駅舎にも薄暗い蛍光灯が数本点いているが、今にも切れてしまいそうなのが二本点滅している。時々,烏のような鳴き声が「バカア」と聞こえてくる。

 九月末の山里の夕暮れは、少し肌寒く風が冷たい。待合室の木戸が長年の風雨に晒されて細く薄くなって、ガラスが枠からはずれてしまいそうなぐらいに、少しの風でガタガタと音をたてて揺れている。戸の揺れる音と時々聞こえてくる烏のような鳴き声以外には何も聞こえてこない。僕一人だけがそのイスに座り、次の列車が来るのを待っていた。

 突然ガラガラと木の戸が開いた。飛び上がるような驚きを、声を出さずに身体が感じた。身体の全体が鳥肌状態に陥ってしまった。
 なぜか、上半身が起立状態で、両方のこぶしを硬く強く握り締めて、それぞれひざの上にきちっと置いたまま。顔は、何も見えない窓の外の一点を見つめるように、真正面を向いて、目だけは入り口の方向へゆっくりと動いていった。

 横目つかいの視線に入ってきたのは、大きな荷物を担いで髭を伸ばし、薄汚れた服を着た大きな人が、入り口の木戸を前屈みになって入ってくるのが見えた。
 山からいま帰って来ました、といった風の大柄なその男の人は、木の戸を閉めながらチューリップハットを片手に持って頭から脱いだ。チューリップハットを被っている時はきづかなかったが、髪も不精に肩まで伸び放題だ。前髪も伸び放題でその隙間から顔がのぞいていた。黒ぶちのメガネをかけていた。
 ドキドキしながら声も出さず、座ったまま身体が動かない。目だけがその大きな身体の男の人をキョロキョロと見つめていた。



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2008.05.23 / Top↑

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