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 西本州一周の旅から戻り、一週間ほどの間に三人が集まり反省会などはやらなかった。夏樹は十日後の仕事始めに向けて、当面の生活に必要な身の回り品を少しづつ用意していたが、一日のほとんどの時間は何をするでもなく、ぼうっとして過ごしていた。就職という人生の大転換期に、親元を離れ寮での不慣れな生活が始まる。すべてが初めてづくしを前にして、当然のことであるが期待より不安のほうが多い。その不安を打ち消す術などなく、ただ毎日を無気力に過ごし、来るべき日を待ち続けた。

 入社式の前日に会社の隣にある寮に入った。同部屋の小田君は夏樹より一日早く入寮した。愛知県出身の彼とは直ぐに打解けて、寮のこと、会社のことを、一日早い分だけいろいろと教えてくれた。今までの不安が全て吹っ飛んだようだった。上司や先輩も暖かく迎えてくれた。当たって砕けろと言う言葉があるが、今回の就職に限って言えばその通りだったように思う。

 入社後は仕事一筋。旅の虫はしばらくのあいだ、何処かへしまってしまった。
 仕事が休みの日は、たいていの場合部屋か、テレビのある食堂でなんとなく過ごしていた。当時は日曜日と、祝祭日だけが休みだったから、あまり遠くへは行くことが出来なかった。仕事が終わってからは車を持っている奴がいたから、時々ではあるがドライブに誘い出されたこともあった。
 飛沢が車を買ったので、時々夏樹のいる寮へ遊びに来た。大学での新しい友人も多く出来たようである。彼女と言えるかどうか女友達も何人か出来たようだ。相変わらず社交的な彼は、夏樹の寮に遊びに来ては寮にいる人たちに気軽に声をかけて親しくなり、入社の半年後には飛沢の車で会社の仲間も一緒にドライブに出かけたり、夏樹の部屋で酒を酌み交わしたりするようになった。
 酒を飲んだ時などは夏樹の部屋に泊まって行ったこともしばしばだった。当然のことながら、同部屋の小田君も友人の一人になるのに時間はかからなかった。

「飛沢、石田は元気か、一回も顔を見せに来いひんけど」
「元気や、相変わらず真面目なやつで、学校と家の往復だけの生活をしているなあ、映画が好きなんやから映研にでも入ればええのにって、言うたんやけどなあ」
「そうかあ、今度つれて来いよ」
「ああ、誘って見るわ」

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2009.08.17 / Top↑
 夏樹が就職をしてから、個人的な旅には三年ほど出かけることはなかったが、団体旅行には毎年、必ず出かけた。会社の慰安旅行である。
 何箇所もの会社を渡り歩いた訳ではないが、夏樹の居た会社の慰安旅行は少し豪華で、少し変わったものではなかったかと思う。あまり遠くへは行かない、だいたい半日ほどでいける場所へ向かう。観光バスで目的地に向かうが、バスガイドさんの後ろにくっついての観光はまったくやらない。真っ直ぐにホテルに向かい、夜の宴会までは自由時間となる。海に近い時は海へ、そうでない時はホテルのプールへ向かうのが常套だ。つまり毎年の慰安旅行は夏に行くのである。
 夜の宴会は社長の挨拶から始まり、乾杯の音頭は専務だった。ほろ酔いのころになると八トラックのテープを使ってのカラオケ大会。これは総務部長の新入女子社員とのデュエットが先陣を切る慣わしだった。
 まあここまではどこの宴会でも同じであろう。

 カラオケを歌いたい人が一通り終わると、ゲーム大会が始まる。誰でも出来るような簡単なゲームで、一位になると賞金が出る。一人に五千円である。今でも五千円の賞金は魅力的だ。当時ならなおさらである。社員が五十人ほどの慰安旅行の余興に五千円の賞金が十本も出る。太っ腹の社長である。皆が酔いなど吹っ飛び目の色が変わってくるのだ。

 二日目は夜の宴会までの終日が自由行動となる。それぞれに観光に行ったり、海に行ったりホテルのプールに向かう。一部の上司はゴルフに行くのだが、社長は行かない、普段は接待などでよくゴルフに行くようだから、やらないわけではないのだが、慰安旅行の時は必ずホテルのプールに一日中いる。時々泳いで、他のほとんどの時間を、プールサイドでビール片手に昼寝をするのだ。ヨーロッパのバカンススタイルである。同じようにプールにいるとビールをご馳走になったりもした。
 何年目かの慰安旅行の時に泊まったホテルでは、プール開きがまだと言うことで、一日目はホテルの従業員と一緒にプールの掃除を手伝っていたこともあった。社長がである。二日目の午後からようやく泳げるようになった。
 三日目も昼まではプールにいて、昼食後に帰路へと向かう。

 少し豪華な慰安旅行ではあるが、太っ腹の社長には申し訳ないが、三年もすると少し飽きてきた。そして三年もするとだいぶ仕事にも慣れてきたし、やはり人との出会いのある旅に出かけたくなってくる。



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2009.08.19 / Top↑
 高校生の頃のように自転車で走り回るのは、行動範囲が決まってくる。そこで車の免許があるので車を買うか、しかし車は高価だし置いておく車庫もない。自転車の延長と言う事で原付バイクを買うことにした。これなら普通免許があれば乗れる。それもスクーターなどではなく、クラッチの付いた五段変則のトレールバイク(モトクロスタイプ)を買った。トレールバイクは原付バイクの中でも車体が一番大きく、スクーターなどよりも馬力があって、ガソリンを満タンに入れると百キロ以上は走れたように思う。スピードもそれなりに出る。そうは言っても原付車の法定最高時速は三十キロである、後の話になるが一年も乗らないうちに物足りなくなり、四百CCまでのバイクが乗れる中型自動二輪の免許を取りに行くこととなる。
 手始めに日帰りツーリングに毎週の休みに出かけるようになった。

 毎週のように原チャリに跨り、自転車で廻った場所を再び訪れ、一日かかったコースを僅か半日ほどで廻ってくる。自転車とは比べ物にならないほどの行動範囲が、夏樹の眠っていた放浪癖を目覚めさせたようだ。
 休みが少ないので、お預けにしていた泊りがけの旅が復活するには、さほど時間がかからなかった。
 春にトレールバイクを買い、秋の連休には一泊のツーリングに出かけた。目的地は奈良。鹿と、大仏を見に出かけることとした。京都より南には交通量が多いと言う理由で、自転車では行くことがなかった。そこで今回は自転車よりはスピードが出る原チャリを使うので、交通機関を使わない初の南進の旅を思いついた。奈良あたりが一泊の旅としてはちょうどよい距離である。また、京都からは近場であるが、夏樹が幼稚園の時の遠足の時以来、訪れていない。
 
 まずはユースホステルの会員証を更新した。
 南進の旅の当日の朝は快晴、清々しい秋の青空が夏樹の気持ちを高ぶらせた。久々の旅である。Dバッグに一泊分の着替えや雨具、洗面道具などを詰め込み出発した。


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2009.08.21 / Top↑
 京都から奈良までは国道二十四号線を真っ直ぐ南に進み、おおよそ五十キロの道程だ。京都と奈良を結ぶ唯一の国道だが道幅は少し狭く、トラックやダンプなどの大型の車を含めた多くの車両が、上下線ともに混雑している。また、京都の南部は京都市のベッドタウン的な地域で、人口は増加傾向にあり多くの住宅が立ち並び、そのための商業施設や学校、郊外型の大きな工場なども多くある。信号も数十メートルの間隔で設置されているところもある。
 あくまでも三十年ほど前の話である。現在は国道二十四号線より二、三キロ西よりの、城陽市から奈良市の少し北、木津までを自動車専用道路が開通しているようだ。

 交通量の多い道路では渋滞して前の車が止まってしまうと、二輪車はその左側の歩道と車の隙間をすり抜けて前に進むのだけれど、道幅が狭いので渋滞してしまうと左側にあまり隙間がなく、トラックやダンプなどの大型車が目の前に止まっていると、すり抜けることが出来ない。思うように前に進むことが出来なくなってしまった。秋の行楽シーズンの土曜日とあって一段と交通量が多いのだろう、四輪車と同様の渋滞にはまってしまったようだ。

「五十キロぐらいなら、三時間ほどもあれば余裕で行けると思うてたのに」

 夏樹は今回の旅の主目的をユースホステルでの出会いを楽しむことにしている。観光は二の次で、ガイドブックも地図も持たず、それらしき資料はユースホステル・ハンドブックだけをDバッグに入れて来た。単純に目的地は奈良ユースホステル、国道二十四号線を南下し、奈良市内まで行って、ユースホステルを探す。それ以外は何も決めてこなかったのだ。そんな気ままな思いつきの旅なので、出発したのは昼近くになってからだった。あまり早くにユースホステルに着いてもチェックインができないから、ゆっくりと会社の寮を出て来たのである。

「こんなに車が多いとは、予想以上やなあ。けど急ぐ旅やないし、この調子やとユースホステルに着く頃がちょうどの時間になるかな」
 渋滞に巻き込まれてもいても、楽観的な夏樹である。


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2009.08.24 / Top↑
 奈良市内に入ったのは午後の三時を過ぎていた。地図を持たないので、道路のあちらこちらにある観光案内版を頼りに、なんとなく聞き覚えのある観光地を廻った。原チャリからは降りることなく跨ったままで、遠目で観光地めぐりをした。観光地を廻るのが目的ではないし、頭の中はユースホステルのことばかりを考えていた。三年と六ヶ月振りのユースホステルに泊まると言う、期待と楽しみばかりが心をわくわくさせてくれていた。そして、少しだけ今夜の夕食のことも考えていた、あまり期待は出来ないが、やはり夕刻になると腹が減ってくる、飛沢のように。

 奈良ユースホステルは近鉄奈良駅からバスで五分ほどの鴻ノ池運動公園の近くに建っている。奈良市は国鉄(現JR)の駅より近鉄の奈良駅の方が賑やかで、商業施設なども近鉄の周辺に多く、奈良市の中心は近鉄奈良駅だったように思う。今ではバッファローズと言う愛称名だけが残っているが、関西のプロ野球チームでは阪神、南海の次に近鉄の人気があったように記憶している。南海も近鉄も本拠地を関西以外の地に移し、親会社も変わってしまった。これも時代の流れと言うものなのか。

 午後五時ごろにユースホステルに入り受付をすませた。定員は二百名とかなり大きなユースホステルで、JYH(日本ユースホステル協会)の直営である。新築してから間がなく、とても立派な建物だった。二段ベッドが三組、六人部屋の空いているベッドに荷物を置き、広々としたミーティングルームと言うか、団欒室と言うべきか、カーペットを敷いた部屋のところどころにソファーセットが置かれている部屋にひとまず落ち着いた。
 秋の行楽シーズンの連休だからなのか、すでに多くのホステラーがグループごとに固まっている。家族ずれや多人数の大学のサークル仲間、少人数のグループ、少し年配のご夫婦などが、それぞれ思い思いに過ごしていた。一人で来ているのは今のところ夏樹だけのようだ。


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2009.08.27 / Top↑
 午後六時になった。夕食の時間だ、もちろんホテルや旅館のような食事と言うわけにはいかず、飲酒も禁止だ。プラスティック製のトレーにエビフライ定食を乗せてテーブルに置き、一人椅子に座り食べた。ほぼ定員と同じだけの人たちが泊まっているのだろうか、食堂はかなり賑やかだ。夏樹の座った周りの人たちは多人数のグループや家族連れが多く、会話の仲に入って行くのは難しかった。

「人が多すぎて、なんか圧倒されてしまうなあ」

 誰とも会話をすることなく、エビフライ定食を食べ終わり、食器の返却口へトレーを持って歩いた。その時反対側から、夏樹の歩く少し前を横切り、食器返却口へ向かって行く女性が二人いた。見た目は夏樹より少し若そうだが「大学生やろか」夏樹の頭の片隅に少し記憶として記された。
 食堂を出て部屋に戻り、混雑する前に風呂に入ることにした。
 風呂は定員二百人の宿泊施設だけに、ホテル並に大きかった。まだ多くの人が食事中だから、風呂場は空いていた。ゆっくりと湯船に身体を沈ませて、手足を伸ばし、この後のことを考えた。せっかく三年ぶりにユースホステルに泊まりに来たのに、このまま寝てしまっては何のために出かけて来たのか分からなくなってしまう。夏樹はふと先ほどの二人の大学生らしき女性のことを思い出した。

「あの二人は多分、二人だけで来てはると思うなあ。風呂から上がったら談話室に行って、あの二人を探して話かけてみるしかないな」

 ひとり言のように、いや小さな声でひとり言を言って、浴槽から上がり、頭と身体を洗った。
 風呂から脱衣場へ行くと、急に人が増えていた。早めに風呂に来て、正解だったようだ。食事は座る椅子さえあればどんなに混雑していても気にならないが、風呂があまり混雑していると、少し煩わしくなる。出来ればそんな時には入りたくないものだ。
 夏樹は一人で旅に出かけたのは今回が初めてだった。飛沢も石田もいない、だから全ての行動を夏樹だけの都合で決めることが出来る。飛沢たちとのグループ旅行が煩わしい訳ではないのだが、他の人たちの都合を考えなくて良いと言うことに、今までにはない小さな心地よさを感じていた。

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2009.08.31 / Top↑
 風呂から部屋に戻り、タオルをベッドの手すりに干し、洗い物などをバッグに詰めて談話室へ向かった。
 食事の前と同じように多くのホステラーで賑わっていた。大学のグループは家族で来ている子供たちも仲間に入れて、簡単なゲームをやっている。少人数のグループはトランプゲームや会話を楽しんでいた。その横で少し年配のご夫婦がソファーに腰をかけてそんな様子を眺めていた。
 夏樹はそんな大勢の中から、さっきの大学生風の二人の女性の姿を探した。業とらしくならないように、少し部屋の中を歩きながら見渡した。大きな窓に近づいた時に、その窓から暗くなった外を見ている二人を見つけた。
 せっかく見つけたのに夏樹は直ぐには声をかけられないでいた。窓のそばに置かれたソファーに座り、チャンスを伺っていた、とその時だった。
「一緒にトランプをしませんか」
 大学生風の二人の女性に声をかけた。明らかに夏樹より年下の大学生のような三人の男たちだった。
「先を越されてしもうたかあ」
 ひとり言を小さな声で言った。
 目の前でトランプへの誘いを快く受けた二人の女性たちを見て、夏樹は勇気を振り絞った。
「僕も入れてもうてもかまへんかなあ」
「どうぞ、どうぞ」
「多い方がおもしろいしねえ」
「一人ですか、じゃあ一緒にやりましょうよ」
 女性二人と男三人は快く仲間に入れてくれた。

 やはりこの当時のトランプゲームの定番は大貧民ゲーム (大富豪とも言う?) だった。なぜこのゲームが流行っていたのか、いま思うとルールが比較的簡単で、一回終わるごとに上がった順番に座る場所が変わる。一回終わるたびに隣に座る人が変わると言うことだ。初対面の人たちが集まるユースホステルではコミュニケーションがとり易いということで、定番になったように思う。考えすぎかな。
 最初の一歩が踏み出せれば、あとは関西人独特の周りの人たちを笑わせよう、和ませようと言う無意識の意識が働き、人によっては「でしゃばるな」と言われそうなぐらいに、夏樹は関西弁を丸出しに話しをしていた。


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2009.09.02 / Top↑
「仲間に入れてもろうて、良かったですわ、一人で来たさかいに話し相手がいなくて、ちょっと寂しかったんやけどね、ほんまに良かったわ、おぉきにぃ、ありがとう」
 夏樹は堰を切ったように話し始めた。今朝は会社の寮の誰にも会うことなく出発してきた。渋滞の国道をひたすら走り続けて、昼食は大型スーパーの立ち食いそば屋の自動発券機で食券を買い、無言で券を出してラーメンを食べたから、その店の人とは会話をしなかった。ユースホステルの受付で簡単に、少しだけ言葉を発して以来の会話だから、本日二回目の会話だった。一日の中でこんなに言葉を発しない日は、今までで初めてかもしれない。

「こんなに大勢の宿泊者がいるユースホステルに来たのは久しぶりやから、なんか圧倒されてしもうて、いやあ、ほんまに良かったですわ」
「関西の方ですか」
 二人の女性の一人が言った。夏樹が初めて見たときに少し可愛いな、と思った、夏樹の好みタイプの女性だった。
「あっ、そうですけど、わかりますか」
「わかるよう、こてこての関西弁を喋ってるやないですか」
 大学生風の三人の男の中で肩まで髪を長く伸ばしている男が言った。
「けど、あんたの喋り方も関西弁に似ているような、けどちょっと違うなあ。どっから来はったん」
 夏樹は調子が出てきたようだ。
「俺たちは名古屋から来たんだわ」
 大学生風の三人の男の中で身長が一番高い男が、名古屋弁を意識した言い方で言った。
「名古屋ですか。名古屋弁ってそういう喋り方するんですか、ちょっとだけ関西弁にイントネーションが似ているようやなあ」
「関西のどこですか。まさか地元の人だったりして」
 二人の女性の、髪をショートカットにした人が覗きもむ様に聞いた。
「俺は京都です。原付のバイクに乗って、久しぶりにユースホステルを利用しての旅に出てきたんですわ」
「バイクで一人旅なんだ。でも奈良から京都って近いんじゃないの」
 夏樹のタイプの女性が言った。
「ええ、まあ。五十キロぐらいかな」
「五十キロぐらいなら一時間ぐらいで来れるんじゃないですか」
 髪を肩まで長く伸ばしている男が言った。
「それがねえ、渋滞は酷いし、原チャリやからスピードも出せへんし、四時間近くかかったかなあ」
 他愛の無い会話が始まり、続いた。三人の男の中で短くカットした髪に軽くパーマをかけてメガネをかけた男が、会話に入ることなく笑顔でゆっくりとトランプを切っていた。


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2009.09.04 / Top↑
「名古屋の三人さんは大学生ですか」
 夏樹が言った。
「そうです、名古屋の工業系の大学生です。ロボットのことを専門に勉強してます」
 髪を肩まで長く伸ばしている男が言った。
「ロボットを作っちゃうわけね。おもしろそう」
 夏樹のタイプの女性が言った。彼女は髪を長く伸ばし、軽くウエーブがついていた。
「あなたちは、どっから来たんですか」
 夏樹が二人の女性に聞いた。
「私たちは、ねえぇ」
 髪にウエーブのついた女性が、もう一人のショートカットの女性に問いかけるように言った。
「関東方面ですよねえ。標準語やもんねえ」
 身長が一番高い名古屋の大学生が言った。
「そうそう、関東方面、東京の方から来たの、ね」
 髪を長く伸ばした女性が、もう一人の女性の方を見て、少し困ったような表情で言った。
「東京の方・・・」

 当時は関東の中で東京二十三区以外は田舎で、山の手線を中心に遠ざかれば遠ざかるほど田舎の人、のような風潮があったようだ。今では死後になったと思うが「いさちか」と言う言葉があると聞いたことがある。「茨城、埼玉、千葉、神奈川」だそうで、東京を取り巻く都会じゃない県のことだそうだ。
 現在の夏樹が住んでいるところかすれば、かなりの都会である。近くを通るJR線には、三両編成の電車が一時間に一本しか走っていないのだ。「いさちか」と言われていても、電車は十五両編成で十分に一本は駅に来るじゃないか。

「東京の方って、東京やないんですか、神奈川とか埼玉とかって言うことなん。自分ら何処から来たん」
 夏樹はもう旧来からの友達と会話をするように、話しかけていた。
「えっ、自分ってあなたは京都でしょ、えっいま自分ら何処から来たかって言わなかった」
 髪を長くのばした女性がとても不思議そうに言った。
「自分らって自分らのことやんかあ、あれ、あんたらのことやで」
「自分って自分のことでしょ、私とか僕と同じように自分って言うんじゃないの」
「ん・・・。京都では、君とかあなたと同じ意味で自分って言うんやけど、それっておかしいですか」


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2009.09.07 / Top↑
2009/09/08
「まいどぉ おぉきにぃ、」

「おかしいよ、自分は、自分でしょ、ねえ」
 髪の長い女性が名古屋の大学生を見て同意を求めるように言った。
「おかしいと思うけど、大学には関西出身の学生も大勢いるから、聞きなれているからねえ、あまり違和感はないなあ」
 身長が一番高い名古屋の大学生が言った。
「そうかあ、分かりにくいんやったら、言わんようにします。ところで、あなたたちは関東の何処から来たんですか。東京の方って言われても、俺は東京に行ったことがないから、なんか、よう分からんのやけど」
 夏樹がいつもと違うぎこちない話し方で言った。」
「やはり元の話しに戻っちゃいますか、別に何処でもいいじゃん」
 髪の長い女性が言った。とその直ぐ後にショートカットの女性が小さな声で言った。
「埼玉」
「埼玉ってライオンズの本拠地の所沢がある所ですよねえ」
 短くカットした髪に軽くパーマをかけてメガネをかけた男が、トランプを切りながら初めて喋った。
「おれ、ライオンズファンなんだよねえ」
「そう、ライオンズ球場のある所沢の次の駅の市なの」
 ショートカットの女性が言った。
「あなたは次の次の駅でしょ、私が次の駅じゃない」
 髪の長い女性が言った。
「・・・」
 夏樹と三人の大学生は、彼女たちの会話の意味するところが良く分からず、少し呆気にとられていた。
 所沢の次の駅と、その次の駅では東京までの距離がどちらの方が近いか、と言うことが争点だったようだ。関東の人たちにとっては難しい問題のようだが、関西人の夏樹にとってはどっちでもよいことで、かえって東京は地方出身者が多く集まって出来た街で、いわゆる田舎の人間がつくっている都会ではないかと、彼女たちに言ったのだが、そういう問題ではないようだった。

 ひとまず出身地の話題は終わりにして、トランプをすることにした。トランプをやりながら大学生のロボットの話と、夏樹以外の五人が修学旅行で京都に行ったということから、それぞれの修学旅行の話題が会話の中心になっていた。
「京都の人って、高校の修学旅行へは何処に行くんですか」
 髪を肩まで長く伸ばしている男が言った。
「高校の時は南九州やったなあ、帰りはフェリーに乗って来たなあ、他の高校に行った友達は東北に行ったって言うてたなあ」
 そんなやり取りをしてトランプゲームに興じていると、時間の過ぎるのは早い。もう就寝時間になってしまった。



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2009.09.09 / Top↑
「もうこんな時間になっちゃったね。もう寝る時間だよ」
 髪の長い女性が言った。
「まだ、十時じゃないですか、夜はこれからですよ、お姉さま」
 髪を長く伸ばした名古屋の大学生が言った。
「君たちここはユースホステルですよ、夜はこれからなんてことを言っちゃいけません、規則正しい生活を過ごすのがここのルールです」
「せっかく皆さんと打解けて楽しくなってきたと思ったのに、残念です」
 身長が一番高い大学生がしぶしぶトランプを片付けはじめた。短くカットした髪に軽くパーマをかけてメガネをかけた大学生が、そのトランプは俺のものだ、と言わんばかりに無言で取り上げて手早くまとめてケースに入れた。

 大学生の男二人はもう少し話をしようと言ったが、周りの人たちが部屋に向かうのを見てあきらめた。そして、明日は六人で奈良観光に行こうと提案した。全員一致で承諾されたので、笑顔で「じゃ、おやすみなさい」と言って部屋に向かった。
「じゃ、あした、おやすみなさい」
 夏樹も部屋に戻った。

 明朝、秋晴れの快晴となった。透きぬけるような青い空がまぶしかった。
 朝食は他の五人より夏樹が先に食堂へ入った。次に大学生三人がトレーを持って夏樹の座るテーブルに来た。夏樹が食べ終わる頃に女性二人が夏樹たちのいるテーブルに座った。
「おはようございます」
「あっ、おはようございます」
「すっごくいい天気だね、こんな日はなんかいいことがありそうな気がする」
 髪の長い女性が言った。
「いまの言い方って田中さんの真似したの、すっごく似てるんだけど」
 ショートカットの女性が言った。
「田中さんて経理課のあの田中さんのこと、似てるかなあ」
「わたしはそっくりだと思うよ。もしかしてあなたって田中さんのことが、少し噂で聞いたことが・・・」
「ちょっとこんなところで何の話をしてんのよう」
 ショートカットの女性の口を髪の長い女性が右手で抑えるように隠して言った。そして二人が顔を見合わせた後に、大学生三人と夏樹の方を同時に見た。四人が不思議そうな顔をして二人の会話を黙って聞いていた。



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2009.09.11 / Top↑
 短い時間だけれど沈黙が続き、なんとく気まずい雰囲気になっていた。
「学生諸君、何をしんきくさい顔してまんねん。早よう朝飯食って、若草山に行こうよ。天然のチョコボールがあっちこっちに生えてるさかいに。おもろいでえ」
 夏樹がこてこての関西弁でその空気を吹き飛ばした、ように夏樹は思った。
「あのーそれって、若草山にいる鹿の・・・」
 短くカットした髪に軽くパーマをかけてメガネをかけた大学生がそこまで言った時に、夏樹が彼の口を手で覆うった。
「あほやなあ、飯の時間に何を言うとしてるんや」
「・・・」
「変なことを言うてんのはお前やないかって、あっそうか、こりゃまたすんませんなあ」
 あまりに下らないことを言うものだから、大学生も女性もとりあえずその場は笑ってくれた。

 朝食後に荷物をまとめてユースホステルの玄関で記念撮影をした。大学生のカメラと女性のカメラと両方で何カットか撮った。お互いに住所を教えあい、写真を送ってくれることを約束してくれた。

 夏樹は原付のバイク、他の五人はバスで東大寺に向かった。観光案内のガイドブックを持っていた女性たちに先導されて東大寺周辺の観光をした。もちろん若草山のチョコボールも見に行った。
「ええ、これがチョコボールの正体なんだ、すっごうい」
 女性二人はあちこちに落ちているチョコボールを見て、感動の言葉とともに大笑いしていた。

 昨夜にはじめて知り合った者たちの集まりとは思えないほどに、六人で大いに語り、大いに笑った。短くカットした髪に軽くパーマをかけてメガネをかけた大学生だけは、相変わらす言葉少なかった。

 楽しい時間は過ぎるのが早い。もう昼時となった。
「あれ、もうこんな時間だよ、そろそろ駅に行かないと電車に間に合わないなあ」
 髪を長く伸ばした名古屋の大学生が言った。
「私たちも駅に行かなきゃ、新幹線の時間があるしねえ」
 三人の大学生は大阪に出て神戸まで行くのだと言う。教授の都合で明後日まで講義がないから、神戸の次の日は淡路島から鳴門へ行き渦潮を見に行くのだそうだ。
 女性二人は京都の駅前のお寺に参詣して、遅くの新幹線で東京の方へ帰ると言った。
「あしたからまた、仕事だしね」
 ショートカットの女性が言った。





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2009.09.14 / Top↑
「あれ、大学生じゃなかたんですか」
 身長が一番高い大学生が言った。
「出身は埼玉だって言ったけど、大学生だなんて一度もいてないと思うけど」
 髪の長い女性が言った。
 男たちの思い込みであって、確かに大学生だとは言っていなかった。そう思っていただけだった。夏樹もいままで女子大学生だと思っていた。
[じゃあOLなんですか、昨日の夜に総務課がどうの、こうのって言ってたように聞こえたんですが]
 短くカットした髪に軽くパーマをかけてメガネをかけた大学生が言った。彼はぼやっとしているようで、しっかり人の話は聞いていたようだ。
「まあ、一応、そういうことになりますね」
 ショートカットの女性が言った。その言い方が少しだけ大人っぽい喋り方に見えたのは、夏樹の思いすごしだろうか。

「皆さんにお会いできてとても良かったです。昨夜からいままでの、僅か五時間ほどだけの付き合いでしたけど、初めて友達だけで出かけて来た旅行がこんなに楽しく出来て、感激です」
 髪を長く伸ばした大学生が言った。
「ほなユースホステルも初めて泊まったの、初体験なんやね」
 夏樹が言った。旅行を安く安心して泊まれるところは、ユースホステルしかないと大学の先輩に教わってきたのだと言う。思っていたよりも食事も良いし、料金が安く、何よりもこんな出会いを作れるところだとは、予想外だったようだ。
「全国にはもっといろいろなユースホステルがあるから、楽しいよ。年末の大晦日の日に浜名湖ユースホステルにおいでよ、あそこの年越しパーティーはすっごく面白いよ、私たちも毎年、浜名湖で年越ししているのよ、ねっ」
 髪の長い女性がショートカットの女性に同意を求めながら言った。
「年越しパーティーなんちゅうのがあるんや、面白そうやなあ」
 夏樹は行く気満々である。
「俺も行ってみたいなあ、なあ」
 髪を長く伸ばした大学生が他の二人の方を見て言った。


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2009.09.16 / Top↑
「ほな、写真を楽しみに待ってます。良い旅を続けてください」
 そう言って夏樹はヘルメットを被り、原付バイクのエンジンをスタートさせて、ゆっくりと出発した。
 快晴の秋の空はどこまでも青く、雲は一つも視界にはなく澄んでいる。昨夜からの楽しかった時間の映像が、写真のスライドショーを見るように、夏樹の頭の中をゆっくりと動いていた。とても気持ちが良かった。
 奈良市内で軽く昼食をすませ、きのう来る時に通った道をそのまま逆向きに京都へ向かった。通行車両はきのうよりは少なく、さほど渋滞に巻き込まれることなく快調に原付バイクを走らせて、四時前に寮に辿り着くことが出来た。
「よし、飛沢も誘って大晦日に浜名湖へ行くぞ」


「おうい、元気で生きてたかあ」
 奈良への一人旅を終えてから二週間後の土曜日に、飛沢が夏樹の寮へ遊びに来た。
 飛沢は大学に入学して初めての夏休みに車の免許を取り、中古のスポーツタイプの車に乗っている。夏樹のところへ来る時は、いつも前もって連絡はなく、突然ひょっこりと現れる。現在のように携帯電話などがない時代で、寮の電話に呼び出すのが面倒なのだと言う。もし、夏樹が出かけていたり、都合が悪くても、他の寮生に面識がある飛沢は、適当に話をしているうちに夏樹が現れることもあった。
 相変わらず元気で、面白くて、頼もしいやつでいてくれる。
 高校の卒業式の次の日から出かけた旅で、出雲大社へ参詣した。その時の御利益なのか、今では二つ年下で同じ大学に通う彼女が出来た。夏樹はその彼女にまだ会ったことがない、なぜか夏樹の寮へ彼女を連れて遊びには来ないのだ。
「なんや、今日も一人か、ええかげんに彼女を連れて来いよ」
 夏樹の言葉に飛沢はにこりと笑った。

 飛沢は缶ビールを数本と、するめやピーナッツが小袋に入った酒のつまみを、大きなビニール袋に入れてきた。夏樹と同部屋で同い年の小田君と三人で、日付が変わっても飽きることなく、飲んで話しをした。



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2009.09.18 / Top↑
 夏樹は原付のバイクに乗って奈良へ一泊旅行に行った時のことを話した。
「俺も誘ってくれたらよかったのに、と言いたいところやけど、大学が休みの時はいっつもバイトに行くさかいなあ、よっぽど前から決めといて休みを取ることを、店長に言うとかんとあかんからなあ」
 飛沢はうどん屋で調理のバイトをしていた。なぜか調理の仕事が気に入っているらしく、今では副店長のような存在で、うどんだけではなく、天ぷらや、丼もの、簡単な一品料理も作ることが出来るようになっていた。生まれつきの人懐っこい性格がお客に受けが良く、店長も飛沢のことをかなり頼りにしているようだ。
 いつもなら土曜日の今日も忙しいのだけれど、週末でも一ヶ月に一回は休みをもらえるらしく、そんな時は朝から彼女とデートをして、夜には夏樹のところへ遊びに来るのが決まりになっていた。

 大晦日の浜名湖ユースホステルのことを話すと、年末年始は稼ぎ時だから、行くことは叶わないようだ。小田君も誘ったが彼は愛知の実家へ帰省するからと、こちらも叶わないようだ。
「石田は行かへんかなあ」
「たぶん、あいつも無理やと思うで。あいつの夢である映画関係のバイトをしてるらしいは、何や知らんけど大学も時々やけど休むし、年末もちょっと無理なんとちゃうか」
 「そうだったのか」石田とは半年以上も逢っていないことを、夏樹は気づいた。

 飛沢が持ってきた缶ビールだけでは物足りなくなり、小田君が持っていたウイスキーを水割りにして、また三人は飲み、語り合った。
「氷がないけど、いいだろう」
 小田君が形の違う三つのグラスに少しづつウイスキーを入れ、食堂から汲んできた水道水をグラスの八分目まで注ぎ足した。
「おう、おぉきにぃ」
 飛沢は少し眠くなったようで、呂律がはっきりしない声で小田君に礼を言った。
 夏樹が初めてのボーナスで買った小さなラジカセからBGMが流れていた。飛沢の家のステレオで録音したビートルズの「青版」だった。
 小田君からグラスを受け取りながら、夏樹は鼻歌交じりにビートルズの曲を歌い始めた。むちゃくちゃの英語のような言葉だった。


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2009.09.22 / Top↑
「お前、相変わらず下手で無茶苦茶な英語でビートルズを歌うんや」
 飛沢は夏樹の方を向かずに、グラスに入ったウイスキーの水割りを少し口に入れて、今にも眠ってしまいそうな目をし、呂律がはっきりしない口調で言った。
 酒の量をもっとも多く飲んだのは小田君だと思われるが、まだまだ飲み足りない様子で、二杯目のウイスキーの水割りを作りはじめた。言葉少ないが、夏樹と飛沢の会話の要所では彼の意見を、端的に的確なコメントを入れたり、時には突っ込みを入れたりする人だった。
「そろそろ寝ようか、飛沢君もこのまま雑魚寝でいいんだろう」
 小田君は夏樹や飛沢よりも多くの酒を飲んだのにまだ酔っていないようだ。はっきりとした口調で言った。小田君が一般的であって、夏樹と飛沢が酒に弱いだけなのかも知れないのだが。

 大晦日の浜名湖へは夏樹は一人で行くことにした。そして、元旦には名古屋へ出て高山線を北上し、北陸方面へ雪を見に行くことにした。降り積もった雪の上を歩くと「きゅっ、ぎゅっ」と言う音がする。これを聞くのが好きな夏樹は、正月ならおそらく北陸まで行けば雪が降り積もっていることを信じ、能登まで足を伸ばして見ようかと考えている。考えているだけで何の計画も立てていない。もちろん泊まるユースホステルも決めていないし、まだユースホステルのガイドブックさえも開いてみていない。初めての無計画の旅に出ようと、企んでいる。初日の浜名湖だけが決まっている旅である。その後は大好きな雪を見に行く旅である。


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2009.09.25 / Top↑
 本文の前に
 おかげさまで今回の更新が二百回目となりました。毎回、多くの方が読んでくださることが励みとなり、ここまで続けることができたと思っております。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。



 夏樹の会社は十二月二十八日から年末年始の休みに入った。しかし、会社と独身寮が同じ場所にあり、寮生がそれぞれに出入りするからなのか、理由はいろいろあったようだが、二十四時間交代で日直と言う役割があった。出来るだけ近くに住んでいる男の社員が勤めることになっていた。既婚者も同様に廻ってくる。社長も例外ではなかった。二十四時間もの長い時間を会社に拘束されるのだから、日直手当てが出る。日によって額は違った、因みに年越しが一万円と一番の高額手当てだった。

 夏樹は二十九日から三十日にかけての二十四時間を日直として、寮に残ることになった。夏樹以外はみんな帰省していて、寮には誰もいない。そこで飛沢と石田を誘い、酒盛りをすることにした。二人ともそれぞれに酒と食料を持って来てくれた。飛沢はバイト先の店長に風邪をひいたと言って休みをもらった。
 会社の寮は郊外の少し山の中にあり、近隣に家は少なく、多少は騒いでも大丈夫、大いに三人で朝方まで飲み、音楽や旅の話し、鉄道の話し、女の話しをして明かした。
 未だに夏樹と石田には彼女と呼べる女性は見つからず、女の話しになると飛沢の自慢話しになってしまうことが、悔しく残念だったようだ。

「夏樹と石田も早よう彼女を見つけろよ、ええでえ二人で手を繋いでデートするんや、むちゃくちゃ楽しいでえ」
 飛沢はいつもながら酒が弱い、缶ビールを二本目で少し呂律が廻らなくなっていた。
「うるさいわ。おれかて飛沢よりもっと可愛い彼女を見つけて、ほんでダブルデートや、いや石田とトリプルデートや。誰の彼女が一番可愛いか・・・」
 夏樹も少し呂律が危なくなってきた。石田は女の話しにはあまり加わらず、淡々と缶ビールを飲み干し、次の缶を空けた。
「石田、お前それで五本目とちゃうか、意外と酒が強いんやなあ」
 夏樹が三本目を手にして言った。

 三人は何時ごろまで飲んでいたのか、会話が途切れた時にテレビのチャンネルを無造作に変えると、テストパターンが映し出されるチャンネルがあった。朝が近かったのかもしれない。
 飛沢と石田は三十日の昼ごろに目を覚まし、それぞれの車で家に帰っていった。夏樹は次の日直当番が来る五時まで、明日からの旅の準備をした。日直を交代してから旅の荷物を持って、ひとまず実家へ帰った。




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2009.09.28 / Top↑
 浜名湖ユースホステルは浜名湖と太平洋が接触する付近の新居町にある。国鉄(現JR)東海道本線、新居駅から徒歩二十五分のところにある。ここへ行くには新幹線に乗り豊橋まで行き在来線の東海道本線に乗り換え、新居駅で降りるのが一般的だ。
 しかし、大晦日のイベントは夜にあると聞いていたことを思い出し、朝から出かけるのなら、ゆっくりと浜名湖ユースホステルに向かえばよいのだということを、時刻表の地図を見ながら考えていた。単純に東海道本線を東に向かうのが普通だけれど、同じ名古屋まで延びる線路が目に留まった。関西本線である。何気なくその地図を見ていると、そちらの路線の方が距離は短く見える。
「急ぐ旅ではあるまいし、今日中に浜名湖へ行けばよい、ためしにこっちを行ってみようか」
 気まぐれな旅はこうして始まった。
 まずは京都駅から奈良線に乗り約一時間後に木津駅へ、京都府最南端の駅で関西本線に乗り換える。亀山駅で一度乗り換えて約一時間三十分で名古屋へ行く。東海道線は何度か乗ったが、関西本線は初めて乗った。車窓も新鮮で亀山までは山間部や田園風景が続き、亀山から先は四日市の工業地帯の近くを走る。時間的には東海道線の各駅停車で名古屋まで行ってもあまり変わらないようだ。

「こんにちわ、ただいまあ、ですね」
 夏樹は少し元気なく浜名湖ユースホステルの玄関を入った。
「お帰りなさい」
 大学生風のエプロンをした男が大きく元気な声で迎えてくれた。すでに玄関近くのロビーなどには、多くの宿泊者があちらこちらでグループを作り賑やかに語り合っていた。
「おおう、ただいまあ」
 ライダースーツに身をまとい、片手にヘルメット、反対の手には大きな荷物を持った男が、大きな声で入って来た。天気は良いが気温が低い中をバイクで走って来たからなのか、頬がほんのりと赤かった。
「おおう、チガサキ、久しぶりって、ここでしか会わないか、お前は相変わらず声がでかいねえ」
 ロービーの奥から一人の男が歩きながら寄ってきて、「チガサキ」の肩を大きく抱え込んだ。


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2009.09.30 / Top↑
 賑やかな二人の会話から聞こえてきたことは、二人とも浜名湖ユースホステルの常連で、毎年の大晦日にここへ来て年を越すようだ。
 そんな二人を少し羨ましく思いながらも、なんの声もかけられず、そのまま受付を済ませようと会員証をバッグの中から探し出した。

「ニューイヤーイヴのコンサートに参加されますか」
 宿泊表に住所や氏名を書いていると、受付のヘルパーさんが聞いた。奈良で知り合った埼玉の女性たちからは、大晦日に浜名湖ユースホステルが面白いとしか聞いていなかった。だからコンサートってなんなのか分からなかった。
「このユースホステルは初めてですか、今日はうちの専属バンドとともに大いに歌って、ゲームなんかもして新年を迎えるのです。年越しそばと、新年にはお汁粉も出でます。宿泊費とは別にもう五百円なのですが、参加されますか」
「はい、もちろん。なんかとても面白そうやね、ここは初めてなんやけど奈良のユースホステルで知り合った人がね、大晦日の浜名湖はおもろいから是非にと言われて、来て見ました」
「関西の方ですか」
「分かりますか、なんでやろなあ」
「いやあ、思いっきり関西弁ですから」
 夏樹の気持ちが急にほぐれて、なんだか楽しくなってきたようだ。もう心は夜のコンサートのことでウキウキ、ワクワクしていた。

「あら夏樹さんこんにちは、お帰りなさい」
 どこかで聞いた覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「どうも、奈良ではいろいろとありがとうございました。さっそく写真を送っていただいて、おぉきにぃ。お誘いいただいたので喜んで来ました。コンサートがあるんやて、たのしみやねえ」
 奈良のユースホステルで親しくなった、埼玉の女性だった。夏樹とは同じ歳であることが、写真に添えられていた手紙に書いてあった。女性の年齢は男には分かりにくいものなのだ。



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2009.10.02 / Top↑
 夏樹と同い年の埼玉の女性は受付の中から、薄い緑色の冊子を取り出して夏樹に見せた。
「この手作りの歌詞カードからリクエストして、みんなで歌うのよ、夜どうしね、朝までかな」
「あれ、おれもその歌詞カードほしいなあ」
「はい、これが夏樹さんの分だよ」
 埼玉から来た髪の長いほうの女性が持っていた歌詞カードを夏樹に手渡してくれた。良く見ると埼玉の彼女はエプロンをして、胸のところに「たなか」と書いた名札が付いていた。写真を送ってくれた人の差出人は「岡本」だった。
「たなかさんなんですか、岡本さんは」
「彼女も来るよ、まだ来てないけど」
「何でエプロンしてんの」
「年末年始の忙しい時だけヘルパーとして手伝っているの。今もお汁粉の仕込みをしていたの」
「ということは、ここの常連さん、さっきの二人も知ってるんですか」
「ああ、桐山さんと沢村さんね。あの人たちも毎年、ここでだけ会う人たちね」
「あれ、さっきの人は「チガサキ」って言ってた見たいやけど」
「桐山さんは茅ヶ崎から毎年、バイクで来るのよ」
「だから「チガサキ」なんや。なんか、ええねえ。そう言うのって」
「あの人たちとなら直ぐに仲良くなれるわよ」
 夏樹の心はますますウキウキ、ワクワクしてきた。

「ただいまあ」
 夏樹たちの後ろの玄関の方から大きな声が聞こえてきた。女性三人組みだった。
「あら、夏樹さんこんにちわ。奈良ではお世話になりました」
 写真を送ってくれた岡本さんだった。
「どうもどうも、写真を送ってもらって、おぉきにぃ、ありがとう」
「いま、あなたの話をしていたところなのよ、もう直ぐ来ると思うって」
 たなかが笑顔で岡本を迎えた。
「こちらが夏樹さんね、話は聞いています。浜名湖は初めてですか、面白いから思いっきり楽しんでくださいね」
 岡本の隣にいた女性が話しかけてきた。岡本と同じ勤め先の同僚だと言う二人は、奈良でのことを聞かされていて、夏樹に会うのを楽しみにしていたと言うのだが、期待どおりだったのだろうか。彼女たちもここの常連で、大晦日に来て毎年ここで年を越すのだそうだ。


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2009.10.04 / Top↑
「こんにちは」
 夏樹は受付で渡されたシーツと手作りの歌詞カードを持って、自分の部屋に入った。部屋のドアを開けると、左右に二段ベッドが二組づつの八人部屋だった。すでに五人の先客がそれぞれのベッドに荷物を置き、おもいおもいに時間を過ごしていた。
「こんにちは、ここ空いてますよ」
 通路に立って荷物の整理をしていた男が、奥の右側の下のベッドが空いていると教えてくれた。
 荷物を通路に置き、まずはベッドメイキングをしようとシーツを広げて準備を始め
た。
「あれ、ここへは初めてなの、多分だけど,ここで寝ることは無いと思うよ。コンサートに参加するんでしょ」
 このベッドが空いていると教えてくれた男が言った。
「ええっ、遅くなるだろうから先にやっといた方がええかと思って・・・」
 広げたシーツを両手で持ったまま夏樹は不思議そうに言った。
「だって朝までやると思うし、陽が登る前にここを出て海岸まで行って、初日の出を見るからねえ」
「あしたの朝は晴れますかねえ、誰か明日の天気予報を見てないですか」
 夏樹のベッドの上のベッドから突然、顔を出して通路に立っている男に聞いた。
「たぶん良いと思いますよ。きのう見た週間予報では晴れるって」
 入り口ドアの近くにいた男が言った。
「ところで今年もチガサキさん来たかな」
 夏樹のベッド上のベッドの男が言った。
「来るだろう、毎年の恒例行事だからね。あいつの「思い出の渚」は最高だからね」
「そうだよね、彼のあの歌を聞かないと大晦日になった気がしないんだよね」
「今年は一番に歌ってもらうようにさ、みんなで最初にリクエストをしようよ」
「いいねえ、この人数でもって大きな声で「思い出の渚、歌ええ」て叫ぼうぜ」
「よし、今年はチガサキの「思い出の渚」からはじまりだ。
 夏樹以外のこの部屋にいる五人の会話である。いまだに両手で広げて、立ったまま話を聞いていた夏樹が、ようやく無造作に広げたままベッドへシーツを置いた。




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2009.10.08 / Top↑
 夏樹以外のこの部屋にいる五人は、会話の内容から察するに、毎年の大晦日の夜は浜名湖ユースホステルで年越しをする常連客のようだ。五人のうち三人は夏樹よりも年上のように見える。入り口ドアの近くにいた人は、明らかに夏樹よりも十才は年上に見受けられた。
 そんな五人の会話に圧倒され気おくれしてしまった。シーツを無造作に広げたままのベッドにダウンジャケットを脱ぎ置き、腰を下ろした。
「ここは初めてなんでしょ、こんなゲーム知っています」
 夏樹の向かいの下のベッドにいた男が話しかけてきた。開いているベッドを教えてくれた人で、夏樹と少し年上か同じ年ぐらいにも見える。
 ズボンのポケットからマッチの箱を取り出し、夏樹によく見える位置に左手で持った。
「これがオープン」
 そう言って右手の人差し指で中箱を少し押し出した。
「ん、・・・」
「そしてこれがクローズ」
 今度はマッチ箱を右手に持ち、左手の人差し指で押し出した中箱を元に戻して言った。
「・・・ん、」
「じゃあ、これは」
 マッチ箱を右手に持ったまま、左手の人差し指で中箱を少し押し出した。
「オープン?」
 なんだか良く分からないけど、マッチの箱が開いているので「オープン」と夏樹は言った。
「残念、クローズでした」
 その男は得意気に勝ち誇ったような笑顔をで言った。
「何で?開いてるやんか、そやからオープンやろ」
 夏樹の反応を聞いて益々気を良くしたようだ。もう一度マッチの箱を左手に持ち、先ほどと同じことを説明した。
「じゃあ、これは」
 今度は左手の薬指で中箱が外箱から取れてしまうほどに大きく押し出した。
「そやから、オープンやろ」
「残念、これもクローズでした」
「???」
 夏樹はわけが分からず、とても不愉快なのだけれど、何か他に区別を見分けるものがあるのだと思い、最初から説明するようにその男に言った。



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2009.10.09 / Top↑
 とても不愉快なゲームの本当の答の出し方を見つけるために、もう一度はじめから説明を聞き直し
「じゃあ、これは」
 またその男は左手に持ったマッチ箱の中箱を右手の人差し指で少し押し開けて言った。
「クローズやな」
 はじめに見たときと同じやり方で、同じ指を使ったからと言う理由で夏樹はそう言った。
「これはオープンです」
「なんでやねん」
 夏樹はますます不愉快になってきた。
「トオル、またそれをやっているの、好きだねえ」
 夏樹の向かいの上のベッドから一人の男が顔を出して言った。
「俺さあ、こういうの大好きやねん」
「でも、それってゲームなんかじゃなくて、人騙しじゃん。一度答が分かっちゃったら何も面白くなし、答を知らない人が困っているのを楽しむだけでしょ」
「それが面白いんだよ」
「それって、随分と意地悪じゃないかい」
「でもさあ、答が分かったからって誰も怒ったりしないよ、これをきっかけに初対面の人とも直に親しくなれるんじゃん」
「ねえ、不愉快でしょ、関西弁のヒゲさん」
 上のベッドの男は夏樹に話を振った。
「ああ不愉快や、けど明らかにバカバカしいであろう答を、教えてもらう前に見つけたると思うし、この人が言うように、俺はここへ初めて来たんやけど、こうやって初対面のお二人と親しくなれたんやから、それはそれでええのとちゃいますか」
「そういうことなら、いいか。トオル、そろそろ答を教えてもいいかい」
「あかん、あかん。自分で答を見つけるさかいに、まだ答を教えんといて」
「そや、あかんで」
 トオルが夏樹につられておかしな関西弁を話した。一瞬、三人は沈黙したが大笑いした。



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2009.10.13 / Top↑
「やっぱり関西弁には、つられてしまうなあ」
 トオルが言った。
 夏樹の向かいのベッドの上の男は「中村智史」埼玉県から来たと自己紹介した。
「埼玉ですか、東京の方とは言わないんですか、奈良で知り合った女の人は東京の方とは言うけど、なかなか埼玉とは言わんかったんやけど」
「そうね、埼玉は東京よりは田舎だから、そこに住んでいることを隠したがる人は多いかもね」
 中村智史が言った。夏樹は奈良での出来事を中村に話し、その女性たちにこのユースホステルのことを聞いて来た事を話した。
「俺たちは今年が二回目なんだ。たまたま去年の大晦日に訪れてね、面白かったから今年も来たんだよ、バイクでね」
「埼玉からバイクで来たんですか、二人で」
「いや、もう一人俺のバイクの後ろに、かみさんを乗せて来たんだ」
「ええ、結婚したはるんですか」
「美人さんやけど、ちょっと恐い姉さん女房なんだよ」
 トオルが横から割り込んできて言った。
「おまえ、いらねえことを言うなよ、その通りだけど」
 また、三人で笑った。

「ところでヒゲさん、答は分かったかい」
「あっ、まだや。ううんと、ちょっとだけヒント下さいよ」
「オープンしているのはマッチの箱だけかな」
「智史、そのヒントは出しすぎだろう」
「じゃあ、もう一回、はじめの説明をお願いします」
 一通り最初から説明してもらい、これはどっちといわれても、夏樹は自分で答を見つけることが出来なかった。
「あかんは、やっぱり分からへんは。何処でオープンとクローズが決まるんですか」
「じゃあ、降参かい」
「はい」
 夏樹の言葉を聴いたトオルは自分の口を指差した。
「これがオープン、これがクローズ」
「あああっ、口か。なんやそうやったんか、マッチの箱は関係ないのかあ」
「だから言っただろ、人騙しだって」
 智史が言った。
「よし、京都に帰ったら誰かにやろうっと」



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2009.10.16 / Top↑
 トオルと智史と彼より一歳年上の奥さんと夏樹の四人で夕食を食べることにした。恐い奥さんだとトオルが言うからどんな人かと思い、どきどき、ワクワクしていたが、なかなかの美人で、夏樹に対しても初対面らしく丁寧な挨拶をしてくれた。
「こんにちは、はじめまして、中村ケイコです。京都から来たんですって、京都はいいところよねえ」
「夏樹といいます、よろしくお願いします」
 簡単な挨拶をしてからトオルの耳元で「恐そうな人じゃないですやん、すごく美人やし」とこそこそ声で言った。
「ん、トオルちゃんまた変なことを言ったでしょ」
 ケイコがトオルを少し睨みつけるようにして言った。
「俺は別に何も言ってないよ、なあ智史」
「俺に振るなよ」
 智史も逃げ腰で、小さな声で言った。
「あなたたちが毎日のように次回のバイクツーリングのミーティングと言う飲み会を、夜遅くまで私の家でやっているものだから、いい加減にしてって怒るんじゃないの」
「すいません」
 智史とトオルが声を揃えて、頭を下げた。
 そんな三人の会話を見ていた夏樹は、ここでどうするべきか、黙って聞いているべきか、それともこの状況を何とかして四人による別の話題に持っていく方法はないのか、いろいろな言葉を僅かな人生経験の中から探した。
「その飲み会にケイコさんも参加してもらえば良いじゃないですか」
 突然飛び出した言葉に、夏樹自身も戸惑った。
「私も参加したいんだけど、飲み会と言ってもこの人たちのはコーヒーしか飲まないのよ、だからつまらないのよねえ」
「俺たちは酒が飲めないの、二人とも。だからいつもいろんなコーヒー豆を買ってきて、自分で挽いてドリップして楽しんでいるんだ」
 智史が言った。
「それに、ケイコちゃんは酒が強くて、飲むとますます、おっかなくなっちゃうからねえ」
 トオルが少しおどけて言った。
「また、そんなことを言う。夏樹君が信じちゃうでしょ、やめてよね」
 ケイコはそう言って、トオルの背中を平手で叩いた。




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2009.10.17 / Top↑
「アイタッタタア・・・」
 ケイコはトオルの背中を軽く叩いたのだけれど、トオルがよろけて椅子から転げ落ちるような振りをして、左手で右腕を押さえるような仕草をした。
「私、そんなに強く叩いてないわよ」
「あっ、あそこにすっげえ美人がいるぜ」
 智史が言った。
「えっ、どこ、そんな美人がこんなところへ来るのかい」
 トオルは何事も無かったようにあたりを見渡した。
「トオル!」
 ケイコはさっきよりは強く、トオルの背中を平手で叩いた。
「ごめん、ごめん」
 軽く頭を掻きながらトオルが言った。
「いいですねえ、仲良しで、俺も皆さんの仲間にして下さいよ」
 夏樹が言った。
「もうなってるやんか。そやからこうやって一緒に飯をくうてんのやんけ」
 明らかに関西に住んだことも無く、親戚や知り合いもいない人が、テレビなどで聞いた関西弁を無理やり真似をしたのではないかと思うようなとても変な話し方でトオルは言った。
「なんですか、その言い方。思いっきり変な関西弁じゃん」
 今度は無理やり変な標準語を作って夏樹が言った。四人は大いに笑った。

 夕食が終わり、大晦日のメインイベント「ニュー、イヤー、イヴ、コンサート」が始まるまでの時間を夏樹と智史たち四人は、今までの旅のことや地元のことバイクのことを話して過ごした。
「あれ、トオルさんがあそこでまた、さっきのマッチ箱を出して騙してまっせ、アネキ、ちょっとヤキを入れてきまひょか」
 夏樹がケイコにおどけて言った。
「夏樹君までそうやって私を強い女扱いして」
 夏樹の背中を軽く叩いて耳元に顔を近づけて来た。
「ちょっと、入れてこいや」
 とても変な関西弁だった。



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2009.10.19 / Top↑
 夏樹はトオルのところへ行こうと椅子を立った。冗談だよと言ってケイコが止めた。その時、奈良で一緒だった岡本と、たなかとその友達二人が近づいて来た。
「夏樹さん、もう新しいお知り合いが見つかったようですね」
「ああ、こんばんは、楽しい人たちですよ。そうそう、あなたちと同じ、埼玉県から来た人たちです」
 智史たちと岡本たち四人はお互いに簡単な自己紹介をして、埼玉の何処から来たのかという話しになっていた。地元同士の会話にそれぞれが住んでいるところの位置関係が夏樹には良く分からず、黙って聞いていた。
「じゃあ俺たちがいちばん田舎にいるみたいだね」
 智史が言った。
「私がいるところは一つだけ手前の駅ですけどね」
 岡本が言った。
「同じ関東でも東京は別格なんやね、けどテレビで見たことがあるんやけど、東京かて青梅とか何とか村とかって言うところは山ばっかりとちゃいますか」
 夏樹がようやく会話に加わった。
「檜原村だろ、あそこも東京だけど、俺たちが言う東京は二十三区、山手線の内側が中心なんだよ」
 トオルがマッチ箱を使った人騙しゲームからようやく帰ってきて言った。
「突然、俺の後ろから幽霊のように現れてきたら、びっくりするやんか」
 夏樹が言った。
 うるさいと言わんばかりに、トオルは夏樹の首を軽く絞めた。
「本当に今日はじめて会った人たちなんですか」
 たなかが夏樹とトオルの様子を見て言った。
「ほんまです、ほんの三時間ほど前まではどこの誰か、全然知らんかったんですう」
「トオルさん、その変にイントネーションを誇張する関西弁の真似は止めてくださいよ」
「うるさいなあ、かまへんやないかあ」
 トオルは夏樹の後ろに回り羽交い絞めにした。
「ノーノー、ロープロープ」
 羽交い絞めにされたまま、右手をテーブルに伸ばして夏樹が言った。
「ワン、ツー、スリー」
 今度は智史がレフリーの真似をしてカウントを数え、羽交い絞めにしているトオルの腕を夏樹から解き放った。



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2009.10.20 / Top↑
「今のはあかんは、反則やでトオルさん」
「ぎりぎりセーフや、セーフ」
「本当にこの人たちって、いま、知り合ったの、信じられないぐらいに親しいね」
 タナカが笑顔で言った。
 この後のコンサートも、初日の出を拝みに行く時も、智史たち三人、タナカたち四人、そして夏樹、他にも仲間が増えていったが、ほとんどの人たちとは二度と逢うことは無かった。二十五年後の今も再会していない。トオルともこの二日間だけの会話しかしていない。この日の次の年に一度だけ智史たち夫婦と、東京で落ち合ったことがあったが、今では年賀状だけの付き合いである。
 この先も全国へ旅をして、多くの人たちと出逢ったけれどほとんどの人は、そのときが最初で最後だ。何人かの人たちとは年賀状だけはいただき、送っている。もう、みんながおじさん、おばさんになったことだろう。なかには孫がいる人もいるかもしれない。(夏樹もそろそろかな)

 ホールの方からギターとピアノの音が聞こえてきた、そろそろニュー、イヤー、イヴ、コンサートがはじまるようだ。歌詞本を持ってホールに行こうとタナカが皆を促した。それぞれが歌詞本を片手にホールに集まり、思い思いの場所に陣取り、床に腰を下ろした。夏樹の周りには智史たち、タナカタたちがいた。夏樹の隙を狙うように、後ろにトオルが座った。
 バンドのメンバーはギターが二人とベース、シンセサイザーの四人。シンセサイザーでドラムの音も出している。地元のアマチュアバンドだそうだ。当時、人気のフォークグループ「かぐや姫」に対抗して「あんみつ姫」と言う名前だったように記憶している。

                           歌詞本


 楽器のチューニングが終わり、ペアレントさんの挨拶があった。とても穏やかな話し方の人で、皆に親しまれているのだろうと言う人柄が伝わってくる。
 ペアレントさんの挨拶が終わると同時に、天井から幅が一メートル以上もあり、長さ五メートルは有にありそうな紙が、するすると下へ伸びてきた。
『旅のおわり、やれ』と大きく書いてあった。
「旅のおわり、やれえ」
 五,六人の男の大きな声がホール中に広がった。



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2009.10.23 / Top↑
「落陽、いつも始まりは落陽だよ」
 別のところから大きな声が聞こえてきた。
「じゃあ、いつもどおり落陽からいきましょうか」
 あんみつ姫のリーダーらしきギターを持った男が言った。
 吉田拓郎の落陽がはじまると、五人の男がバンド達の前に横並びになって、曲に合わせて踊り始めた。毎年恒例のオープニングセレモニーのようなものなのだろうか、多くの参加者が歌詞本を見ないで歌っている。正直言って夏樹はこの歌を知らなかった。今では数あるマイベスト曲の上位に入っている。
 二曲目は大きな垂れ幕に書いてまでアピールした旅のおわりが始まった。
 チェッカーズや松田聖子といったその当時のヒット曲から、少し前のフォークソングなど、百曲が歌詞本には掲載されている。全曲が手書きをコピーして一冊の本になっている。
 参加者のリクエストで歌う曲が決まり、リクエストした人が前に出て生バンドの前で一人、マイクを持って歌うのだ。なかにはその歌手になりきって熱唱する人もいる。マイクを持って歌っている人がリードボーカル状態で、参加者全員が歌詞本を見ながら、こちらも熱唱する。参加者全員での大合唱が続く。

 アマチュアだけど生バンドを中心に次々と歌が続くのだけれど、今のカラオケボックスで熱唱している人たちは多少のアルコールが入っているが、ユースホステルは基本としてアルコールが一切飲めないのがルールである。(現在は少し変わったようだ)当たり前だけれど誰一人として酒に酔っていない、それでもすごく盛り上がっている。歌手、ミュージシャンのコンサートに行ったことのない夏樹は、初めての体験に感動していた。
 始まってからどれくらいの時間が過ぎただろうか、この場の雰囲気に慣れてきた。ついに夏樹もリクエストした。何でこの曲をリクエストしたか良く覚えていないが、曲名は良く覚えている。安全地帯の「ワインレッドの心」だった。もちろん、一人でマイクを持って生バンドの前で歌った。歌詞本から目を離して、観客の方を見る余裕などまったく無かった。歌い終わったら伴奏が終わる前に、さっさと元の居たところへ、いそいそと戻って行った。


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2009.10.26 / Top↑
「なんだよ夏樹君、ずっと下を向いたままで歌っちゃだめだよ。せっかく前に出て行ったんだから、もっと表現しなきゃ」
「じゃあ次はトオルさんが歌ってくださいよ、そして表現してきてくださいよ」
「いや、俺はいいの、歌はね聞くものだから」
「すっげえ音痴なんだよこいつは」
 智史が言った。
「音痴なんかじゃないよ、俺が歌うのに適した歌が無いだけだよ」
「負け惜しみを言ってんじゃねえよ、こいつねえ意外と頭良いんだよ、一応だけど国立大出身だから」
「一応は余計だろ」
 トオルの顔つきが真剣になってきた。
「まあ、そんなことはどうでもいいさ。頭はいいんだけど歌だけは、まったくダメなんだよ。中学校の時の文化祭でさクラス対抗の合唱コンクールがあるんだけど・・・」
「おい智史、何で今、ここでそんな話を始めるんだよ」
 トオルが智史の首に後ろから右腕を回し、話しを遮断した。それでも智史は話を続けた。
「あまりに音程が外れているものだから、先生に個人レッスンを受けたんだよ。でも、どうしようもなくてさ、最後には『トオル君、あなたは口だけ動かしていなさい。声は出さなくていいですから』って言われちゃたんだ」
「もうそれ以上は何も言うな。これ以上お前が喋ったら俺はお前との友情を、今日までとするぞ」
「お前、その台詞さあ、俺に何回言った。言った後で直に、『さっきの発言は取り消す、今まで通りに友達でいてやるよ』って言うじゃん。いつも」
「まあまあ、ええやないですか。中学校からの付き合いなんですか、お互いによき友なんでしょ」
 トオルと智史の会話が少し本気モードになってきたので、夏樹が割って入るように言った。
「中学校からの付き合いだったかなあ」
「智史とは小学校の四年の時からだよ。忘れたのかよ。それに中学校の時に歌の個人レッスンを受けたのは、音楽の先生が綺麗な先生でさ、わざと下手に歌ってその先生に近づいたのさ」
「嘘付けぇ、あの時の音楽の先生は男だったぞ」
「そうさ、俺はこれだから」
 トオルが右手の甲を左の頬に軽く当てた。




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2009.10.28 / Top↑
「ええぇ、トオルさんってこれだったんですか」
 夏樹も右手の甲を左手の頬に軽く当てて言った。
「違うよ、こいつはね超が付くぐらいに女が好きな、助平やろうだよ。さっきだって美人がいるぜって言っただけで、きょろきょろと探していたじゃないか」
 智史が言った。
「その通り。だからあなたたちも気をつけなよ、絶対に電話番号なんか教えちゃ駄目だよ」
 ケイコがタナカと岡本、その友達に言った。
「はあい」
「なんか俺が変人みたいじゃないか」
「トオルさん、みたいやのうて、見るからにそのものやんか」
「夏樹君、なんと言うこと、言うてくれまんねん・・・」
 トオルは夏樹をまた、羽交い絞めにした。

 そんな馬鹿なやり取りをしていると、次の歌が始まった。ワイルドワンズの『思い出の渚』だった。四人の男が前に出て、決してうまい歌ではないが、楽しく笑顔でハーモニーを奏でていた。
「じゃあ、次は私たちで歌おうよ」
 ケイコがタナカたち四人を誘った。
「めだかの兄弟を歌います、五人で」
「ええ、私は下手だからパスします」
 タナカとその友達はどうしても前に出るのは嫌だと言いはった。仕方なくケイコと岡本、そのもう一人の友達と智史が前に出て歌うことにした。テレビで見た振り付けをなんとなく覚えていたケイコが中心になって、即興でアレンジし、踊りながら歌った。
 歌い終わってからは拍手と笑い声が湧き上がった。
コンサート

 なんとなく視界に入って来たホールの大きな掛時計は十一時を過ぎていた。コンサートが始まってから三時間が過ぎていた。


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2009.10.30 / Top↑
 誰一人として部屋に戻った人はいないようだ、次から次へとリクエストの声が続き、大合唱が終わりそうになかった。始まってから何曲目だろうか、バンドの人たちがリクエストを受けたのだけれど、演奏が始まらなかった。突然ラジオかテレビのアナウンサーのような声が聞こえてきた。
「ゴーーン。今、新しい年を迎えました」
「ハッピー、ニュー、イヤー」
 バンドのリーダーがマイクを通じて大きな声で言った。その時はじめて新年を迎えたことに気が付いた。その言葉とほぼ同時にあらかじめ渡されていたクラッカーのヒモを参加者が次々と引いた。
「パン、パン、パンパン」
「おめでとう」
「あけまして、おめでとう」
「ハッピー、ニュー、イヤー」
 あちらこちらから新年を祝う言葉が飛び交った。

「じゃ、ひとまず次の曲で一旦、休憩に入ります」
 バンドのリーダーが言った。年が明ける前の最後のリクエストをみんなで歌い、休憩に入り、年が明けたけれど年越しそばをいただいた。
「みんなパワフルやなあ、誰も部屋に戻って寝てる人はいてへんみたいやなあ」
「夏樹君、だからさっき部屋で言っただろう、・・・」
「はあ、何を喋ってのんかよう分からんのやけど」
 トオルが口いっぱいにそばを頬張りながら話した。何を喋ったのか良く分からず、夏樹はトオルに何回も聞き直した。
「だから、寝床の準備なんかしなくて言いよって言っただろう」
「はあ、なんですか」
 トオルの口のなかにはもう、そばは入っていなかったが、夏樹が態とらしく聞き直した。
「てめえ、この野郎、何言うてまんねん」
 またトオルが夏樹を羽交い絞めにした。




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2009.11.02 / Top↑
 参加者全員が、いや宿泊者全員が新年を迎えてからではあるが、年越しそばを食べた。夏樹やトオルたちの周りにいるほとんどの人たちは、今日が初対面なのに、いつの間にか旧知の友のように会話が交わされるようになっている。
 そんな人たちの中から一人の男が、誰かに問いかけるというわけではなく、話し始めた。
「明日の朝は天気がいいのかな、初日の出が綺麗に水平線から出てくれるといいね」
「明日は二日だよ、今日の天気じゃないの」
「そうだよ、もう年が明けたんだから、今日の朝だろ」
 和やかな笑いが夏樹たちの周りで湧き上がった。
「あれ、トオルは」
「智史さん、あそこ、またマッチ箱を出したはるは、凝りひんなあトオルさんも。分からんように後ろに廻って、こっそりと種明かしをしてこようか」
 夏樹たちとは別のグループにいるトオルを指差して言った。
「ほっとけよ、それよりこっちの女性たちと一緒にトランプでもしようぜ」

 タナカと岡本、その友達二人、智史とケイコ、そしてニュー、イヤー、イヴ、コンサートの時に隣にいた三人組みの女性も含めて、夏樹はトランプゲームを始めた。ここでもトランプといえば大貧民ゲームだった。それぞれにルールが少しずつ違うのだけれど、今回はケイコの意見を取り入れて、ジョーカーは入れずに「2」が一番強いカードと言うことで進めた。彼女が今回のメンバーの中で最年長と言うわけではないのだが、ケイコが自らのルールを説明すると、自分たちのやり方と少し違うけれど、今日はケイコのルールでやろうと、なぜか同調するのだった。
「十人もいると一人分のカードが五,六枚しかないんやなあ。はじめの配ったカードで勝つか負けるか決まってしうやんか。「2」が二枚も配られたけど、この二枚とも大富豪に渡さなあかんのやろ、貧民はいつまでたっても貧民やなあ、まるでこの世の縮図みたいやなあ」
 夏樹は大貧民を五回続けている。ついついぼやいてしまったようだ。
「ごちゃごちゃ言ってないで、早くその「2」を二枚、私によこしなはれ」
「ケイコさんまで変な関西弁を使わんといて下さいよ」




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2009.11.04 / Top↑
 二時半ごろだったろうか、カードゲームをしながら時折、欠伸が出てくるようになった。眠気が襲ってくるには最適な時間帯だ。
「夏樹君、眠いんだったら部屋で寝ていてもいいんだよ」
 トオルが含み笑いをして言った。
「なんですかその薄笑いは、なんか俺を寝かしてといて、その隙に見たいな笑いやねえ」
「君の分のおしるこを、いただこうとしているんだよ」
 智史が言った。トオルは酒が飲めない代わりに、甘いものには目がないのだ。
「眠とうなんかない、俺かて、おしるこを食べたいから。寝えへんでえ。ところでおしるこってなんやあ」
「おしるこを知らないの、小豆を甘く煮た汁にもちを入れたものだけど」
 タナカが驚いて言った。
「何や、ぜんざいのことやんか」
「いや、ぜんざいとは違うよ。ぜんざいは餅にやわらかい餡子を乗せて食べるんだよ」
 また、タナカが驚いた表情で言った。
「それは餡餅とちゃうの、小豆を煮た汁の中に粒の小豆があって、餅が入っているのが、ぜんざいやで」
「面白いね、同じ食べ物でも、土地によって名前が違うんだね」
 ケイコが言った。
「そうなんです、ケイコさん。カップに入った『たぬきうどん』が発売された時は、ほんまにびっくりしたは」
「お湯を入れて、三分待って食べる、あのたぬきうどんの何がそんなにびっくりしたんや」
 トオルが夏樹の言い方をまねて言った。
「だって、うどんと一緒に入れるのは『天カス』やなんて、カスを入れてどないすんねん。何でこれが『たぬきうどん』やねん、たぬきだけに騙されたと思った。だいたい『たぬきうどん』が三分待って出来ること自体がおかしいと、思ってたからね」
 夏樹を除いた十人が、夏樹の話に驚いていた。
「あれが紛れもない『たぬきうどん』だよ。強いて付け加えて言わせてもらえば、あのてんぷらの玉は『たぬきうどん』を作るためにわざわざ作るのだから『天カス』じゃなくて『揚げ玉』って言うのです」
 タナカが力説した。



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2009.11.09 / Top↑
「カスやのうて『揚げ玉』って言うんや。カスやと思てた」
「じゃあ、京都の『たぬきうどん』ってどんなものなの」
 今度は岡本が言った。
「きつねうどんって分かりますか」
「油揚げが入っているうどんのことでしょ」
 ケイコも興味津々のようだ。
「きつねは関東でも同じみたいやなあ。あれは三角形の大きな油揚げが入ってるけど、その油揚げを細かく切ったものをおうどんに入れて、めんつゆと片栗粉で作ったアンを掛けて、下ろし生姜を入れて食べるのが『たぬき』。ちなみにうどんは名前に付けへんかな」
 夏樹を除いた十人が驚きの表情で、それぞれの顔を見合わせた。
「きつねうどんのあん掛けなんだ。話しを聞いただけですごくおいしそうやね」
 ケイコが言った。
「寒い冬に食べれば、体が暖まって、ほんまに美味しいでえ」
「所変われば、食べ物も様々、面白いねえ、楽しいねえ」
 智史が言った。
「そろそろ、おしるこ、京都で言うところのぜんざいの時間のようです。食堂に行きましょうか」
 タナカがみんなを食堂に誘った。

 おしるこを食べ終わり、初日の出までにはもう少し時間があるので、コンサートの再開となった。歌詞本には百の曲があるが、まだ半分も歌っていないようだ。大晦日(昨日だけど)と同じようにリクエストを聞いて、みんなで歌った。参加者のほとんどが昨日から全く睡眠をとらずに歌える元気はどこから来るのか。みんな、若かったのだろう。
 コンサートが再開して一時間ほど過ぎただろうか、バンドのリーダーが次の曲が最後になるといった。初日の出が登る時間が近づいてきたようだ。
 最後にふさわしい曲をと何人かの声があがったが、そのリクエストには全く耳を傾けず、伴奏が始まった。『翼を下さい』のイントロがキーボードだけで演奏された。


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2009.11.11 / Top↑
 キーボードだけで演奏されている『翼を下さい』のイントロをバックにバンドのリーダーがひとことだけ言った。
「いつも最後はこの曲ですよね」
 再び初めからイントロの演奏が、さきほどよりは大きな音で始まった。さらにベースの音も加わった。この選曲に誰も反対することなく、大合唱がゆっくりとはじまった。半数以上の参加者が二回目、三回目、またはそれ以上に毎年ここで新年を迎える常連客たちだ、いつも最後にこの曲で終わることを知っているし、コンサートの途中では歌うことのない一曲なのだ。これ以外の曲をリクエストしたのは今回が初めての参加者だということになる。中学校の合唱コンクールなどでも歌われる名曲だ、最後を飾るにはこの曲が最適のように思えてきた。

 一番の歌詞を歌い終わり、二番に入りいよいよサビのところにはいってきた。
「この大空に翼を広げ、飛んで行きたいよ、悲しみのない自由な空へ翼はためかせーーー」
 オリジナルのレコードなどを聞くと、この部分の歌詞が二回繰り返されて、三回目が始まるとフェード、アウトしていくようだ。また、赤い鳥解散コンサートのライブの模様をエアチェックしたものを聞くと、二回繰り返した後に「ゆきたいーー」で終わっている。

(余談になるが、今回のブログを書くにあたり、上記二つの音源を聞き比べ、浜名湖ニュー、イヤー、イヴ、コンサートの歌詞本とCDの歌詞本を見たのだが、ライブの音源だけが二番の詩が少し違うことに気がついた。二番の始まりが以下のような詩が加わっていた。
「今、富とか名誉ならば、いらないけれど、翼がほしい」
 何十年も前からこの曲を知っているが、今回初めてこのようなことに気がついた。全くの余談でした)

 しかし、今日のニュー、イヤー、イヴ、コンサートではこの部分を十回は繰り返しただろうか、バンドの演奏も止まらないから、みんなが歌い続ける。
「じゃあ、ラストー」
 バンドのリーダーが大きな声で言った。


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2009.11.13 / Top↑
「ゆきたいーーー」
 演奏も終わった。しかし参加者の半分ぐらいの歌がまだ終わっていなかった。
「・・・翼を広げ、飛んで行きたいよーー、悲しみのない自由な空へ翼はためかせーーー。この大空に翼を広げ、飛んで行きたいよーー、悲しみのない自由な空へ翼はためかせーーー」
 演奏が終わっているからアカペラ状態で歌われている。隣同士で肩を組み、右に左に大きく揺れながら歌が続き、すこしずつ歌う声が増えてきた。
「この大空に翼を広げ、飛んで行きたいよーー、悲しみのない自由な空へ翼はためかせーーー」
 いつの間にか参加者全員が歌っていた。アカペラ状態が十回も続いただろうか、バンドの演奏がキーボード、ベース、ギターの順に再開され、大合唱の声の音量もさらに大きくなった。
「この大空に翼を広げ、飛んで行きたいよーー、悲しみのない自由な空へ翼はためかせーーーーー」
「今度が本当にラストーー」
 大合唱が十回ほど続いただろうか、バンドリーダーとは違う大きな声が言った。
「ゆきたいーーー」
 演奏も終わった。
「・・・翼を広げ、飛んで行きたいよーー」
 十数人の声が聞こえてきたが、さすがにその声に賛同して歌い始める者はいなかった。十数人の声も尻すぼみとなり、聞こえなくなってしまった。

 ホールの時計は四時を少し過ぎていた。参加者全員が部屋へ戻り、防寒着を着て玄関に向かった。初日の出を見に行くのだ。
 東海地方というのは冬でも比較的温暖なところではあるが、今は元旦の午前四時、あたりはまだ真っ暗だ。顔に当たる風は冷たく、防寒着なしでは歩くことはできない。
 ユースホステルからぞろぞろと大勢の人が、少し遠慮した小さめの声で、にこにこ、わいわいと雑談しながら海岸へ向かった。十五分ほど歩くと海岸に着いた。ほんの少しだけ明るくなり、僅かに水平線を確認することができた。



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2009.11.16 / Top↑
 少しずつ明るくなってきた海岸は今までよりも風が強く、さらに冷たく感じてきた。
 ユースホステルのスタッフが買い物籠に湯のみ茶碗を入れて持ってきた。その後ろから一升瓶を持ったスタッフも来た。新年のお神酒を持って来てくれたのだ。何人かの手が湯のみ茶碗を手に取り、お神酒を注いでもらい一気に飲み乾していった。
 夏樹と智史、トオル、ケイコが湯のみ茶碗を手に取り、お神酒を注いでもらった。
「あけまして、おめでとう」
 四人は湯のみ茶碗を目の前に上げ乾杯した。
「だいぶ明るくなってきたけど、まだ陽が登らへんなあ」
「日の出の時間は何時なのかな。それにしても寒いねえ」
 智史が言った。
 水平線近くには低い雲が垂れ込めていたが、それ以外の全ての空には雲はなく、東に近い空の色が少し赤くなってきった。
「さぶ、さぶ、さぶ」
 夏樹は左右の手を胸の前で忙しなくすり合わせ、両足を上下にばたばたと動かした。
「水平線の雲がなければ、もう陽は出てきているのかな」
 田中も夏樹と同じような動きをしながら言った。
「かなり明るくなってきたけれど、まだなんじゃないかなあ」
「トオルさん、日の出の時間をしってはるんですか」
「そんなもん知らんは」
「また、その変な関西弁はやめてえな。おもいっきり変なんでっせ」
「なんか君も変になってきているよ」
 智史が言った。
「ねえねえ、あそこの雲の間から太陽が少し顔を出して来たんじゃなあい」
 岡本が水平線の一番明るくなっている方角を指差して言った。
「おぉぉーーーー」
 海岸のあちらこちらから歓声が上がった。少しずつ雲の間から太陽が昇ってきた。待ちに待った初日の出の登場である。両手を合わせ目を瞑り、拝み始めるものもいた。
 しばらくのあいだ、誰も言葉を発せず、初日の方へ視線を向けていた。

初日の出





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2009.11.18 / Top↑
 ゆっくりと太陽が昇りあたりは完全に明るくなった。寒さもようやく和らいできた。
「さてと、ユースホステルに戻って朝食をいただきましょうか」
 智史が言った。特別メニューとして、少しの御節と雑煮が本日の朝食だとタナカが教えてくれた。
「さっきのぜんざいを食べた時に思ったんやけど、この辺の餅って四角いんやねえ」
「夏樹君それって普通じゃないの。餅は四角いものだよ」
 ケイコが言った。
「関西の餅は丸ですよ。高校の三年間の年末は餅屋でアルバイトをしてましたからねえ、機械で餅を搾り出してカッターで、チョキンチョキンと切るんですよ、ほんで切られた餅は滑り台を転げ落ちて、それを浅い箱に並べると、柔らかいから勝手に丸くて平べったい餅になりよるんですは」
「ほな大福と同じで丸い餅なんや」
 トオルが懲りずに変な関西弁を使って言ったが、夏樹は呆れてしまい、もう突っ込みを入れなかった。

 帰り道は初日が昇った快晴の空の下を、昨夜からのコンサートで歌った歌のそれぞれの思いを話したり、今までに行った旅の話しをしたりしながら数人が固まっては散らばりゆっくりと歩いた。
「皆さん、今日のこの後は家に帰らはるんですか」
「正月は実家に帰って新年の挨拶をしないとねえ」
 智史が言った。
「私は別にこのまま、休み中を何処かへ旅行をしてもいいのだけれどねえ」
 ケイコは智史の方を見上げて言った。
「私たちも朝食を食べたら帰ります、そして元旦は家で過ごさないと母親がちょっと煩くてね」
 タナカが言った。
「夏樹さんは帰らないの」
 岡本が言った。
「俺、今日は名古屋あたりに泊まって、明日は金沢に向かう予定なんです。連休は必ずどこかへ旅に出るという、他人から見ればどうでもいいようなことなんやけど去年の春に決めたんやけどね」



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2009.11.21 / Top↑

「今夜は名古屋に泊まるだけなんでしょ、名古屋までなら直ぐに着いちゃうから、家で一休みしていったら」
 名前は分からないが、年が明けておしるこを食べる時から、夏樹たちと一緒に行動をしていた大学生風の男が言った。少し強めに掛けたパーマが伸びてしまい、ソフトアフロのようになっていた。
「いや、でもまだ今日の泊まるところは予約していないし、もしかしたら岐阜まで行くかも知れへんしなあ。それに今日、初めて会った人の家に図々しく上がりこむわけにわいかへんやろう」
 夏樹はゆっくりと歩きながら話した。
「じゃあユースホステルに戻ったら名古屋市周辺のユースホステルに電話して聞いてみるといいよ、おそらく何処も休業中だよ、正月は」
「ほんまかいなあ、この稼ぎ時に休むやなんて」
 夏樹はユースホステルに戻り、正月の特別な朝食を昨夜から共に歌い新年を迎えた多くの人たちといただいた。
 それからガイドブックを持って公衆電話に向かった。名古屋市内の二軒のユースホステルと、岐阜市内の二軒のユースホステルも休業中だった。明日は高山線で金沢まで行く予定にしているので、その路線からあまり外れたところには泊まりたくなかった。

「何でこの正月の稼ぎ時に休んでるんやろ」
 夏樹は公衆電話からみんなのいるロビーに戻って来て言った。
「年末年始に都市へ遊びに来る人は、あまりいないんじゃないかな。東京だって初詣に行く神社なんかは大勢の人が集まるけど、首都高なんかはあまり混雑しないらしいわよ。多くの人は実家へ帰省したり、観光地やスキー場へ遊びに行ったりするんじゃない」
 タナカが言った。
「だから言っただろう、今日は名古屋駅の近くのビジネスホテルにでも泊まったら。彼女が言ったようにおそらく空いているから、ゆっくりしてから名古屋に向かえばいいよ」
 ソフトアフロの男が言った。





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2009.11.25 / Top↑
「でも、今日知り合った人ん家(ち)へあがり込むわけにはいかんやろ」
「なにも遠慮は要らないよ、家には他に誰もいないから、昨日から全く寝ていないんだし、少し眠ってから行けばいいよ」
 ソフトアフロの男はとても親切に言ってくれた。
「じゃあ、お言葉に甘えまして、少し仮眠をさせていただきます」

 智史たち三人とタナカたち四人、ソフトアフロにチガサキ君、他にも五,六人の男女が夏樹の周りにいたが、荷物をまとめて帰る準備を始めるために部屋へ戻っていった。そろそろ別れの時が来たようだ。
 荷物を持って玄関に集まり、それぞれのカメラで記念撮影会を開き、何人かの人たちと住所を教えあい、写真を送ってもらう約束をした。
「夏樹君、今度の大晦日にもここで一緒に過ごそうぜ」
「智史、今から来年の大晦日のことを言ったら、鬼が笑うって」
「トオルさん、今度の大晦日は今年やで、一年後やけどね」
「あっそうか、今年だよ、ほな待ってるでえ、今年の大晦日に」
「トオルさん、今年の大晦日までに、もうちょっと関西弁を勉強して上手に喋れるようになっといてやあ」
「たぶん、無理だと思うよ、仕事が始まれば夏樹君のことも忘れるような人だからね」
 ケイコが言った。
「ええ、そんなに薄情なんですかトオルさんて」
「そんなことないよ、忘れまへんでえ」
「今の関西弁が今ままでで一番うまいは」
「そうかい、今まではわざとへたくそに喋っていたんだよ」
「なんだかも、おだてりゃ木に登る、ちゅうやつやな」
 トオルは夏樹の後ろから羽交い絞めにした。
「ロープ、ロープ。ワン、ツー、スリーやで」
 一同が大笑いした。

追記
 浜名湖ユースホステルは平成二十年三月三十日を持って閉館となったようです。大晦日のコンサートの時に三回、百回記念のコンサートの時も泊まりました。
 第六章の話しに出てきた出雲のゑびすやユースホステルも平成二十年十二月三十一日で閉館となりました。
 思い出の地が無くなるのとても寂しいです。
参考資料⇒ユースホステル最新情報



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2009.11.26 / Top↑
 浜名湖ユースホステル最寄りの新居駅から、名古屋方面へ二駅行くと新所原駅に着く。その駅から歩いて十五分ほどでソフトアフロの大学生の家はあった。
 家の周りには畑などもあり、長閑な風景が広がっていた。表札には『高木』と書いてあった。
「自分、高木って言うんや」
「あれ、自己紹介していなかったっけ」
 さっそく高木の部屋に上がりこんだ。
「適当にその辺に座ってください、今何か飲みものを持ってくるから」
「おかまいなく」
 夏樹はそう言ってから大きな欠伸をした。
「さすがに眠いよねえ、炬燵に足を入れて、遠慮なく寝ていていいよ、俺も寝るから。豊橋までは十分で着くし、そこから名古屋までは新幹線に乗れば三十分ほどで行けるから、昼過ぎまで寝ていても大丈夫だからさ」
「おおきに、遠慮なく寝かせてもらいます。ところで何で誰もいないの」
「両親も、妹も旅行中でさ、俺は東京の大学にいるんだけど、冬休みで帰ってきているんだ」
 高木が部屋を出ていった。しかし、いつこの部屋に戻ったのか分からなかった、直ぐに眠ってしまったようだ。

 先に目が覚めたのは夏樹だった。腕に付けた時計は二時三十分を少し過ぎていた。四時間近くも眠っていたようだ。
「おはよう、ってもう二時を過ぎてるか」
 高木が目を覚ました。
「おかげですっきりしたは、ここへ来る前はなんとなく、ボーっとしてたけど、もう大丈夫やは、おうきに」
「本当にこれから名古屋まで行って、明日は金沢まで行くの」
「行くよう、これから泊まるところも探さんとあかんなあ」
「ここに泊まっていっていいんだけどなあ」
「おうきに。けど、金沢まで行けば雪が見られると思うから、雪がいっぱい積っている風景なんか、京都ではあんまり見ることないしなあ。それと能登半島の穴水って言う所に『かつら崎ユースホステル』って言うとこがあって、ちょっと有名なユースホステルらしいねん。そこにも行ってみようと思ってるんや」
「かつら崎ユースホステル、どこかで聞いたような気がするなあ」
 高木が天井を見上げて言った。




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2009.11.30 / Top↑
 能登半島の東側に七尾湾と言う大きな湾がある。その湾の北端に穴水町と言う小さな町がある。そこからさらに能登線(現、のと鉄道能登線)で三十分ほど列車に乗ると甲(かぶと)駅がある。またさらに二十五分歩くと、かつら崎ユースホステルがある。海に近く漁業が主体の街で、観光地と言うようなところではないのだけれど、なぜかこのユースホステルには常連客が多く、口こみでここへ遊びに来る人が増えているようだ。
「詳しくは分からないけれど、とにかく人が多く集まるらしいよ、周りに何にもないのに。いわゆる田舎らしいし」
「そうなんよ。俺もね、その程度の噂は聞いたんや、それで今回行ってみたいと思ってるんよ。何処で聞いたのか忘れたけど、夏に泊まりに来た初めての泊り客を大歓迎してくれるって」
「俺もどこかで聞いたような、ユースホステルの食堂の直ぐ後ろが海で、両手、両足を持たれて海に投げ込まれるって、言う話しでしょ」
「そうやんなあ、やぱっり、俺もその話しをどこかで聞いいたんや」

「さて、そろそろ行きますは、ほんとにおうきにぃ、少し寝かせてもろうたから頭がすっきりしたは」
「今年の大晦日も浜名湖で会えたらいいね」
「もちろん、絶対にくるで、自分も行くんやろ」
「今年も行ったら四年連続だよ。そうだ面白い写真を見せてあげるよ」
 そう言って高木は、本棚の中から何冊かあるポケットアルバムから一冊を広げて夏樹に手渡した。
「ほらこれを見て」
「浜名湖ユースホステルの玄関の記念写真やんか」
「これが去年の元旦の俺」
「今と同じようなソフトアフロやんか。あれ、これって智史さんに、トオルさんに、ケイコさん?それにこの後ろの方にいるのはタナカさんに、太田さんやんか。初めましてなんて言いながら自己紹介してたけど、初めてとちゃうやんか」



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2009.12.02 / Top↑
 浜名湖ユースホステルの玄関には三十人ほどの人たちが、写っていた。高木が帰ろうとして荷物を持ち玄関に出てきた時に、たまたまこれだけの人が集まって、写真を写すところだった。その集団の端っこの方へ顔を出したら写ったのだと言う。
「何人かのカメラで写したらしいのだけれど、この一枚が最後だったみやいでさ、写した後に直ぐに解散してそれぞれが帰って行ったんだ。偶然最後のカメラの持ち主が俺のことを知っている人でさ、送ってくれたんだよ。それがここにいる吉野さん」
「あれ、この人ってタナカさんの友達やんか」
「そうらしいね、さっき知った。それでこの写真のことを思い出してさ、でも智史さんたちまで写っていたなんて思わなかったよ」
「なんか、おもしろいなあ」
「今年の写真も誰が写っているのか楽しみやね」
「そやな、たのしみやな」


 名古屋までは在来線だけを使って向かった。時間があったからと言う理由よりも、特急料金が勿体ないと言う理由のほうが大きかったようだ。
 名古屋駅に着いたのは五時を少し過ぎたころだった。陽は沈み駅前にはスモールライトを点けた車が、ちらほらと走るのが見える。まずは観光案内所へ向かった。
「駅の周辺で今日、泊まれるビジネスホテルはありますか」
「お一人ですか、今日は何処も空いていますから、大丈夫です。ご予算はいかほどですか」
「一泊三千円ぐらいの安いところで構わないんですが」
「三千円ですか、それは難しいですねえ。ここではホテル協会とか観光協会に加盟しているとこだけを案内していますから、一泊五千円以上になりますが」
「五千円以上なんですか、高いなあ。もっと安いところはないんですか」
 ユースホステルなら一泊二食付で三千円少々なのにと思いながら、観光案内所に張り巡らされているポスターをぐるっと見廻した。


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2009.12.07 / Top↑
「ここには資料がありませんから詳しくは言えませんが、駅を出て左の方へ行くと細い道があります、その道沿いに二,三軒の安いホテルがあります。そこだと三千円台だと思いますよ。ただ、空いているかどうかは、ここでは分からないので直接電話をして聞いてください」
 丁寧な口調で夏樹より二十才は年配の、男の係りの人がメモ紙に三軒のホテルの電話番号を書いて、手渡してくれた。
 観光案内所を出て直ぐにメモ紙書かれているビジネスホテルに電話を掛けた。
「空いてますよ」
 即答だった。一泊三千五百円、風呂は各階にシャワールームが一つ、もちろん食事は付かない。でもトイレは各部屋にあるようだ。元日の寒い夜を駅で野宿をして朝を迎えるわけにもいかず、予約をした。
 公衆電話の個室を出て、目の前にキオスクがあった。そこで弁当と缶ビールを買って、そのホテルに向かった。
「まあ、こんな元旦も一回ぐらいは有かな」


元旦の夜
(へたくそな絵だが、だいたいこんな感じの元旦のディナー風景)

 ソフトアフロの高木の家で少しは眠ったとは言え、昨日から今朝にかけての徹夜は、いまだに疲労感が残っている。さらに部屋にはテレビもなく、暇をもてあまし二本の缶ビールを飲み干す前に眠ってしまった。

 翌朝の名古屋は快晴だった。典型的な冬型の気圧配置なのだろう、これから向かう日本海側は雪が降っているかも知れない。今回の北陸への旅は雪見物が目的だ、期待したい。
 名古屋発八時三十五分の高山線、急行「のりくら」に乗って一路、富山に向かう。名古屋駅高山線のホームには、多くのスキー客や家族連れが列車の入線を待っていた。指定席券は買っていない。自由席に座るには前もって自由席の列車が停車する場所に並んで待つしかなく、発車の二十分ほど前から並んだ。
「天気はええけど、風が冷たいなあ、座れへんことはないと思うけどなあ、混みそうやなあ」


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2009.12.09 / Top↑
 車内はほぼ満席で賑やかだったが、窓側の席に座ることができた。高山までは三時間、急行「のりくら号」の終着富山までは五時間ほどの道のりだ。岐阜で少しの乗降客があり、駅を過ぎたころから少しづつ山が近づいてくるようになり、都会から山里への風景に変わっていった。そして高山まではあまり乗り降りする人はいなかった。
 名古屋駅からは夏樹の前の席には、若いお母さんと小学校前ぐらいの男の子が座っていた。会話をすることはなく、夏樹はずっと車窓を見ていた。山陰本線の車窓は毎年見る風景が、いつもと変わらず進む中で新しい発見をしたり、時折いつもと違う変化したところを見つけたりして楽しんでいた。
 今回の高山線は初めて通る線路だ。次々と現れる新しい風景は夏樹の興味を休ませることはなく、頭の中に僅かに記憶されている日本地図と照らし合わせながら楽しんだ。
 高山に近くなるころには周りの山々は高くそびえ、頂には真っ白な雪が積っていた。沿線の田んぼや畑には積った雪が残り、見渡す限りの白い大地に感動していた。

高山付近


高山付近2

 なぜ人は真っ白な雪の世界を見て心が和むのだろうか、雪はいずれ解けてなくなる、その不確かな存在が全てのものを白一色に変化させて、光の明暗によってのみ、そのものの形や存在を知ることができる。美しくないものも覆い隠し、真新しい画用紙のようになる。寒ければ寒いほどその白さが増してきて、美しいと感じる。
 雪国にとってはとても厄介なものなのだが、気温が大幅に氷点下となり、夜通し吹雪いた翌朝に快晴を迎える時が稀にある。その時、真っ青に済みきった空を背景に、燦燦とふりそそぐ日差しによって白一色の山や木々が照らされた、純白の濃淡だけの情景は、ひと時の静寂と感動を与えてくれる。
 厄介ものからの、贈り物のようである。


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2009.12.14 / Top↑
 夏樹の前に座っていた親子は高山駅で下車した。他にも多くの人が下車し、車内に残った人は半分ぐらいになった。夏樹の座っている四人掛けの座席には夏樹一人だけが占有することとなった。
 高山を過ぎると、今まで以上に山は迫り、高さを増してきたように見える。雪の積リ具合も増えて、積る前の風景の状況が良くわからない。

 今朝の名古屋市内は快晴だったが、高山駅を過ぎたころからは曇り空となった。
 突然、駅らしき所に停車した。車窓を見渡しても駅舎らしき建物も見えない。窓の外にはこんもりと積った雪が横長に続いていた。この横長に続いている部分がホームのようなのが、誰も乗り降りしていないし、できる状態ではないようだ。夏場だけの臨時停車場なのだろうか、それとも以前は駅として使われていたけれど、いまは使っていないのだろうか。

駅?

 しばらくすると進行方向の右側を、あまり早くはない速度で特急列車が通り過ぎて行った。単線路の待ち合わせをしていたのだった。もちろん特急列車が優先だから、夏樹の乗っている急行列車が先にこの元駅?らしきところで待ち合わせをしていたのだろう。
 夏樹の乗っている急行列車は、特急列車が通り過ぎてから直ぐに発車した。ゆっくりと動き出し、こんもりと横長に積った雪の横を進んだ。その雪の帯が急に途切れてアスファルトの面が見えた。ホームの端のようだ。この付近だけが除雪されていて、ホームの外へ降りる階段も除雪されているのが、夏樹の席からも見えた。
「なるほど、こういうことやったんや。ここは駅やったんやなあ」
 独り言をポツリと言った。夏樹の乗った列車は急行列車だから、ホームしかないような小さな駅での乗降はないはずである。特急列車の待ち合わせのためだけに止まったのだろう。若輩な鉄道ファンとしてのありったけの知識を使って自問自答した。



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2009.12.16 / Top↑
 目の前に聳えていた山が少しずつ離れていき、家や工場などの建物が増えてきた。富山に近づいてきたようだ。山間部よりは雪は少なくなり、車窓を良く見ると、雪ではなく雨が降っている。
 富山駅には午後一時頃に着いた。駅前の道路は綺麗に除雪されて、道路脇に無造作に積み上げられている。山となった雪の塊は本来の白さがなくなり、薄汚れていた。
 駅を出てしばらくすると路面電車が走っているのを見つけた。夏樹は高校への通学の足として市電を使っていたが、三年生の九月に全廃されてしまい、鉄道ファンとしては残念でならなかった。さっそく目的地も決めずにとりあえず乗り込んだ。
 路面電車にゴトンゴトンと揺られながら、富山といえば薬売りが有名だなと思い出し、老舗の薬屋とか、薬工場はないかと電車の車窓をきょろきょろと眺めていた。ガイドブックなどは何も持たずに、思いつきで老舗の薬屋さんなど見つかるわけもなく、もし見学ができる薬工場が見つかったとしても、正月の二日である可動しているわけもなく、いま思えばあまりにもあさはかな考えであった。
 適当なところで電車を降り、なんとなくその周辺を歩いて再び路面電車に乗って富山駅まで戻ることにした。

富山2
富山

 駅に戻る途中に富山城の文字が目に入った、ひとまずその城へ向かった。三十年も前のことで記憶がさだかではないのだが、一月二日のこの日に富山の駅周辺にはあまり人がいなかったように思う。富山の人たちの正月は家で過ごすのか、それとも駅周辺とは違うところへ出かけるのだろうか。富山は持ち家率が日本一で、大家族の家庭が多いと聞いている。だから各家庭で過ごすことが多いのだろうか。あくまでも夏樹としての個人的見解である。




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2009.12.18 / Top↑
 あたり一面の雪景色を見たくて正月休みを利用し、雪国北陸への旅に来たのだが、少し期待はずれの雨模様で、富山駅周辺の道路には雪がなく、少し泥汚れした雪の山になっていた。今後の天気に期待して金沢へ向かうことにした。
 富山から金沢へは北陸本線に乗り一時間ほどで着く。五時四十分ごろには金沢駅に到着するはずである。問題は金沢駅からこの日に泊まる金沢ユースホステルまでのバスである。駅から約三十分でユースホステルに着くが、バス時間までは時刻表に載っていない。列車を降りてちょうど良い時間にバスがあればよいのだけれど、夕食時間に間に合うだろうか。

 定刻通りの五時四十二分に金沢駅に着いた。陽はとっくに沈み、金沢の空は夕闇につつまれていた。すぐにバス停に向かい、卯辰山公園行きの乗り場を探した。時刻版を覗いてみると、次の発車は六時十五分だった。
「三十分も待たなあかんのかあ」
 夏樹は小さな声で独り言を言った。
 ポツリポツリと雨が降っているのだから、雪国としては気温が高い方なのだろう。しかし、一月二日の午後六時、日は沈み夕闇につつまれた北国のバス停、屋根は付いているが、あたりまえだけれど壁はない。さすがに寒い。荷物を右肩に背負い、ジャケットのファスナーは首元までしっかりと上げ、両手をポケットに仕舞いこんだ。
「ううぅ、さぶ」
 思わず声に出してしまった。

 バス停の先頭には、仲の良いご近所か昔からの友達といった関係だろうか少し年配の女の人が二人、笑顔で会話が弾んでいる。その後ろに夏樹よりは少し年上ぐらいの女の人が一人、その後ろには顔を赤くして少し体が左右に揺れている五十歳ぐらいのおじさん、そして夏樹の順にバスを待っていた。
 じっと立っていると足元が妙に冷えてきた。少しずつその冷えが上の方へと伝わってくるようになり、無意識に両足を交互に上下させて、気を紛らわすようになっていた。時間の経つのがとても遅く感じていたが、ようやく卯辰山公園行きのバスが夏樹たちの前にすべりこんで来た。定刻の六時十五分より、五分遅れて来た。


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2009.12.22 / Top↑
 バスの乗客は金沢駅のバス停から乗り込んだ五人の他には誰も乗っていなかった。金沢駅が始発だったのだろうか。夏樹は一番後ろの真ん中に座った。いくつ目の停留所だっただろうか、二人組みの少し年配の女性が下車し、その次の停留所で赤い顔のおじさんが下車した。いまバスの乗客は夏樹と、夏樹より少し年上かなと思える女の人だけになった。
 予定通りに三十分後には金沢ユースホステルの最寄りの停留所、金沢水族館前に着いた。バスの前の方の座席に座っていた女の人も降りた。一番後ろの席に座っていた夏樹は、女の人より少し遅れて下車した。
 バスが行ってしまうと、ところどころに点いている電柱の街灯だけが頼りとなった。バス停留所付近は暗く、いまバスから降りたはずの女の人の姿はもう見えなくなっていた。
 ユースホステルへ向かうにはどちらへ行けば良いのか、ひとまず辺りを見渡し、暗闇の中にユースホステルへの矢印の看板を見つけ、ゆっくりと歩き始めた。相変わらず、空からはほんの少しだけ雨が落ちてきていた。傘を持っていない夏樹の頭は、冷たい雨によって冷えてきた。
「うううぅ、さぶ。風邪ひくんとちゃうか」

 ガイドブックには徒歩一分と書いてあるが、暗闇の道のりを半信半疑の状態で歩くと、ガイドブック通りにはいかない。バスを降りてから五分後にようやく金沢ユースホステルに到着した。
「お帰りなさい。夏樹君かな」
 おそらくスタッフの人だろう、二十代後半ぐらいの男の人が迎えてくれた。
「はい、ただいま」
「なんだか元気がないねえ」
「外は雨が降ってまして、傘を持っていないもんですから、頭が濡れて、とってもさぶいんですよ」
「それはそれは大変でしたねえ、お風呂へ直行したいところでしょうが、まずは夕食を食べてくださいね、他の人は終わりましたから」
「はい、じゃあ荷物を部屋に置いてきます」
 荷物を持ち小走りに部屋へ向かった。




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2009.12.24 / Top↑

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