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 浜名湖から中部地方を縦断し、富山、金沢、能登の旅から戻り、日々の仕事が始まった。正月休み明けの初めての土曜日に飛沢から電話が入った。
「これから行ってもええか。酒を持って行くから泊めてな。あっ、あけましておめでとうさん、まだ言うてへんかったなあ」
 飛沢はいつも突然にやってくる。年末年始は旅に出ていると伝えていた。だからこの日を狙って、遊びに来ることにしたのだろう。
「石田は、どうしてんの」
「そやなあ、あいつも誘っていくは。ほなな」
 それだけ言って電話を切られた。

 飛沢と石田は大学の四年生になり、少しずつだが就職活動を始めたようだ。
「石田は撮影所でアルバイトをしてんのやろ、そのまま撮影所の仕事をするのか」
「それは諦めた。俺にはそっち方面の才能がないことに気がついた」
「年末も撮影所でバイトをしてたんとちゃうの、えらい早ように諦めたんやなあ」
 石田は映画が大好きだった。撮影所ではアルバイトとは言え、それなりの仕事を任されていたと聞いていたのだが、少し逢っていない間になにがあったと言うのだろうか。
「石田は家のことがあるからとちゃうかあ」
 そう言うと飛沢が缶のビールを一口飲んだ。
「ああ、俺の家は代々の百姓なんや、田んぼが五ヵ所にあって、あわせて三町歩あるんや。今は親父も元気やし、爺様もまだまだ元気やさかい、俺は稲刈りの忙しい時だけ手伝ってんのやけどな」
「三町歩ってどれくらいや、ぜんぜんわからんなあ」
 夏樹が真っ赤な顔をして言った。
「一町歩が約九千八百平方やから、だいたい百メートル四方やなあ」
 飛沢も真っ赤な顔をしているが、頭の中はまだしっかりしているようだ。
「それが三つもあるのか、けっこう広いなあ。その広い田んぼを継ぐから、映画の仕事あきらめたんか」
「まあ、それも半分、いや三割かな」
 石田は缶のビールの残りをぐいぐいと一息に飲み干した」




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2010.05.07 / Top↑
「そうかあ、映画の仕事は諦めたんか」
 夏樹が言った。
「実際、映画の世界はかなり難しいし、厳しい世界やから、俺みたいにあんまり積極的やない人間には、ちょっと無理なんよ」
「けどそれなりに、いろんなことをやってたんやろ」
「たまたまな。なんや知らんけど、あの時の助監督さんに気にいられただけやから」
「ほな、どっち方面に行くつもりなんや」
 飛沢は片肘をついて横になって言った。
「稲刈りは天気が良い時だけやるから、急に仕事を休まなあかんし、一般企業より公務員かなあ。飛沢はどないすんねん」
「飛沢はもう寝てるで、ほんまにこいつは酒が弱いなあ、缶ビールを一本飲んだだけやのに」
 そう言った夏樹の顔も真っ赤である。
 布団を敷き飛沢を叩き起こしてそこに寝かした。石田は三本目のビールを、夏樹は二本目を開け、三人で行った旅の思い出などを話した。
「出雲に行った時は、おもしろかったなあ」
「石田、お前は帰りの列車の中が面白かったんやろ」
「あの時に住所を聞いておいたらよかったって、最近思い出す時があるんや」
「そやなあ、ちょっと美人さんやったもんなあ」
「そやなあ」
「皆が働くようになったら、旅にもなかなか行けんようになるなあ」
「そうやなあ」

 翌朝は昼近くまでごろごろとして、ちょうど昼に二人とも帰って行った。
「ほな、またな」
 飛沢の帰る時の決まり文句である。
 夏樹はインスタントラーメンを作り、それを食べ終えると原付のトレールバイクに跨り、山沿いの国道を郊外へ、気の向くままに走った。しかし、今は一月である晴れていてもまだまだ寒い。生身を寒風から守る防寒対策には限界がある。バイクを走らせて浴びる風により、体感温度はさらに下がり、体中が震え上がっていた。




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2010.05.10 / Top↑
 快晴ではあるが気温は低く乾燥した空気が、首元に巻いたマフラーの隙間から体中に刺さるように廻っていく。
「あああぁあ、さっぶうう」
 夏樹の他に誰もいない山間で、バイクで走りながら大きな声で叫んだ。寒さを堪えてハンドルを握る手と腕とその先の肩までが、固められたように動かなくなり、首の付け根辺りの肩の筋肉が特に力が入り硬くなってきた。その部分は寒さを通り越して、激痛に変わっていった。
「こんなに寒いのに、なんで走らなあかんのんや」
 そんなに寒いのが嫌いなら、はじめから冬にバイクなど乗らなければ良いのに、なぜ充てもなく寒い冬道を走るのか、若かったからかなあ、未知の地を見たい、行ってみたいという好奇心が旺盛だったのだろう。

 雨が降らないかぎり、休みになれば何処かへ走りに行った。春の日差しが暖かくなり、肩に激痛が残らないようになってきたころには、舗装された道路から未舗装の林道にも入って行くようになった。大抵の場合は行き止まりになってしまうのだが、思いがけないところへ抜ける時もある。そんな冒険的な達成感が楽しく、新しい林道を見つけては入って行った。
 ある時新しく見つけた林道から、二台のトレールバイクが出て来た。
「この人たちは、どこからか抜けて来たんとちゃうかなあ」
 直感でそう思った。躊躇することなくその道に入って行くことにした。しばらく行くと車が走るには少し狭くなり、上りの勾配も大きくなっていたが、道らしきものがさらに山の奥のほうへ続いていた。
「ここで行き止まりなんやろか」
夏樹はバイクを止めて、道の先を覗き込むように眺めた。一台のトレールバイクがゆっくりと降りてきた。そして夏樹の前でバイクを止めて話しかけてきた。
「こんにちは」
「あっ、こんにちは」
 夏樹は突然のことで少し慌てた。



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2010.05.12 / Top↑
「ここを登って行くことができるんですか」
 夏樹は慌てていたが、目の前にある坂を登ると何処かへ抜けることができるのか尋ねた。
「大丈夫やで、ここは、ちょっときついけど、ここを登りきれば、もうちょっと広いに道になるから」
「おれのバイクは原付なんやけど、どうもないやろか」
「んん、何とかなるって、大丈夫やろ。それより、一人で走ってはんの」
「まあ、一人ですけど、おたくかて一人とちゃいますのん」
「いいや、もう直ぐ二人が追いついてくると思うんやけど」
「一人やないんや」
「一人でツーリングするのって心配やないですか、なんかあったら困るやろ、ましてやこんな山の中やったら、かなり困るやろう」
「日本製のバイクは世界一やし、信頼してるから、機械が壊れることは無いと信じてるんや」
「そらそうやけど、転んだりしたら誰も助けてくれないし、そういうことを考えると恐くて一人では走れへんなあ」
 その時、山の上の方からバイクのエンジン音が聞こえてきた。
「おう、待ったか」
 後から来たバイクは夏樹の前にいる男の横で止まり、エンジンを止めた。
「いいや、高橋はまだ来いひんかあ」
「もう直ぐ来ると思うで。どうも、お前の知り合いか」
 夏樹の方を見てから、はじめに来たバイクの男に聞いた。
「いいや、お前らを待っている間に、ちょっとこの人と話をしていただけや」
 間もなくもう一人のバイクも近づいて来た。簡単な挨拶を交わし、三人は山道を下って行った。
 夏樹はエンジンを掛けて、細く急な坂道を上りはじめた。しばらく行くとますます急勾配になり、アクセルを最大に回しても前に進むことができず、わずかに後退してきた。
「登れへんのかいな」
 思わず大きな声を出してしまった。



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2010.05.17 / Top↑
 目の前の崖は道ではなかった。しかし、その先の木立の間からは細いけれど道らしきものが見えていた。この崖を登るためにアクセルを全開にして何度か挑戦したが、登りきることはできなかった。その時だった、夏樹が登ってきた道を二百五十CCのトレールバイク二台が、単気筒エンジン特有のけたたましい音を轟かせながら近づき、目の前の崖を簡単に登り走り去って行った。
「やっぱり原付ではあかんなあ」
 クラッチを握りエンジンを回したままで、バイクを降りた。ゆっくりと少しだけクラッチの握りを緩めてエンジンをつなぎ、押す力とエンジンの力の両方で目の前の崖をゆっくりと登った。
 二十メートルほど登ると勾配が少し緩くなり、急勾配の崖を登り終えたようだ。直ぐにバイクに跨り、細い林道をゆっくりと進んだ。直に林道を抜けて舗装された道に出た。
「ここはもしかして花背峠とちゃうか」
 高校生のころに自転車に乗りこの峠を何度か越えたことがあり、見覚えのある風景だった。
 この日から数日後には自動車教習所へ行き、排気量四百CCのバイクに乗れる中型自動二輪コースに申し込んだ。仕事を終えた後に、一時間の授業に毎日通った。
 今では免許制度も少し変わったようだが、その当時は普通免許を取得していると、学課の授業も試験もなく、九時間の実技講習を終えれば実技の卒業検定を受け、合格すれば免許センターに行き、申請すると免許を貰うことができた。
 その教習所へ原付のバイクで通った。行く時は何の問題もないのだが、四百CCのバイクに乗り教習所内を走り終えて原付のバイクに跨ると、とても違和感があり、恐かった。原付のバイクがこんなにも不安定な乗り物であることを、このとき知らされた。


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2010.05.19 / Top↑
 自動二輪の免許は、教習所に通うようになってから二週間後に手にすることができた。早速、飛沢の大学の友人のバイク屋で百二十五CCの中古のトレールバイクを購入することにした。なぜ二百CCや二百五十CCのバイクを購入しなかったか、金銭的なことと、いますぐに手に入るのはこのバイクだった。
 もちろん、休みの日には今までに行った林道へと向かい、原付のトレールバイクでは登れなかった坂道も、楽に通過することができた。排気量が大きくなったことで、もっと遠くへ行くことも楽にできる。
「ゴールデンウイークには何処へ行こうかなあ」
 年末から正月にかけて中部地方を横断したルートをバイクで走ってみることにした。少しでも見聞を増やすと言うことで、同じ所には泊まらず、まったく同じルートには拘らないことにした。窮屈な旅にはしたくはなかった。
 今までの旅は地図と時刻表を開き、計画を考えていたが、今回は地図を見ながら、傍らにユースホステルガイドブックを置き、希望のルート上にユースホステルがあるかを調べ、目的地までの距離を計算するために電卓を置いた。
 
 名古屋までは行かずに国道四十一号線を北上し、石川県の西部か福井県に入り、沿岸を通って京都北部経由で帰ってくるという、簡単なルートは決めた。それ以外は何も決めずに、その時の気分で考えよう。いずれにせよ精密な計画は考えないようにした。
 そんなある日、奈良、浜名湖のユースホステルで知り合った岡本から手紙が来た。浜名湖で写してくれた何枚かの写真が同封されていた。
> 「こんにちは、・・・(中略)・・・・
> ところで五月のゴールデンウイークの予定は決まりましたか
>連休は全て泊りがけで出かけると言ってましたよね・・・
> 私たち(浜名湖のメンバー四人)は明治村や知多半島方面
>に行く計画を考えています。
  > ・・・(中略)・・・・
> 浜名湖での楽しく面白かった時間を思い出しながら、
>この写真を見てください。今年の大晦日も浜名湖で
> 会えることを楽しみにしています。」
「明治村かあ」
 夏樹はすぐに地図を広げて、明治村の場所を確認した。





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2010.05.26 / Top↑
 この年の五月のゴールデンウイークは二日から始まった。朝の六時に出発して、国道一号線を東へと向かい、三泊四日のバイクの旅に出かけた。
 朝の早い時間は、主要国道とはいえ交通量は少なく、三泊分の着替えと雨具を入れたバッグを荷台に括りつけ、悠々と国道を走行していった。
 五十キロメートルほど走った所に鈴鹿峠がある。この峠は上り線と下り線が別のルートを走り、急勾配と急カーブが続く。カーブの連続なのに上下線が別ルートだから対向車は向かってこない。いわゆる峠族などと言われた輩が、コーナーリングを楽しむには打ってつけの道かも知れない。しかし、トレールバイクのような車高の高いバイクは、カーブと勾配が急すぎるために、バランスを崩して転倒する可能性がある。特に下り坂は危険だ。
「ちょっとスピードの出すぎかなあ」
 右へ左へと続くカーブの連続に、身体を右へ左へと少し大きく傾けて、急カーブをやり過ごした。そしていくつ目のカーブだっただろうか、右へ身体を傾けて少し行くと、曲がりはじめの予想よりに大きく右へ曲がり、勾配も、より急な下りになった。次の瞬間、バイクはそのまま右へ倒れこみ、右側を下にして下り坂を滑っていった。
「あっちゃあ、こけてもうたがな」
 ほとんど痛みもなく、まるで野球のスライディングのように滑っていった。夏樹の体とバイクには特に外傷はなかった。後々になって分かったことだが、前輪とハンドルのバランスが少しずれていた。
「もうちょっとスピードが出んようにして走らな、あかんなあ。後ろから車が来てなくて、良かった。来てたら大変やった」
 夏樹は声にはならない声で独り言を言った。その場で一休みして、気を取り直し、きょうの目的地の明治村に向かった。



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2010.05.28 / Top↑
 揖斐川、木曽川の大きく長い橋を渡ると交通量が増えてきた。名古屋市が近づいて来たようだ。名古屋ではこの年の正月を一人寂しく過ごしたところである。また、新幹線で名古屋を通過したことも何回かあるが、国道を自分のバイクで、地図だけを頼りに走るのは初めてである。
 他に近道や、走りやすいところがあるのかも知れないが、できるだけ簡単に明治村のある犬山を目指すことにした。地図を再確認し国道一号線をどこまでも東へ向かい、国道十九号線を左折して、とりあえず名古屋城を目指す。

 岡本からの手紙には、ゴールデンウイークは夏樹よりも一日早くから休みに入るために、初日は名古屋市内か犬山のユースホステルに泊まろうとしたようだが、どこも満杯のため名鉄で一時間ほどの知多半島ユースホステルに宿をとり、二日目に明治村に向かう予定だという。その日は夏樹の連休の初日になる、すぐに写真のお礼の返事に明治村を一緒に観光しないかと書いた。承諾の手紙が届いたのは出発の二日前だった。(今なら携帯メールなどと言う便利なものがありますが・・・)

 国道十九号線をほぼ真北に向かい数キロ行くと、名古屋城が見えてくるはずだが、周りのビルの高さと、片側五車線もある広い道を走ることで目の前の状況しか目に入らなかった。犬山へ向かう道は国道四十一号線だ、一旦、右折してまたすぐに右折することになっている。何回も地図を確認したから間違いないはずである、標識を見落とすことがないように余計なものは視界に入れないようにして走った。
 次の交差点を右折すると国道四十一号線、と書いた大きく青い標識が見えてきた。いちばん左の車線を走っている夏樹は、前方より後方から車が来ないかに注意をし、五車線を斜めに走り、いちばん右側の車線へ向かった。交差点の直前で右折車線に入ることができた。間一髪のところであった。
「ちょっと、ここの道は広すぎるやろ」
 文句を言っても仕方がないが、こんなに車線の多い道は初めてだった。


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2010.05.31 / Top↑
 国道四十一号線を北上し明治村に到着したのは九時三十分を少し過ぎていた。岡本たちとの約束の時間に少し遅れた。
「こんにちは、遅うなってすんません」
「夏樹さん、バイクできたの、奈良で初めて会った時よりも大きいバイクになっちゃったね」
「あれ、バイクで来るって言うてへんかったかいなあ。浜名湖ではいろいろと、おぉきにぃ」
「いえいえ、楽しい二日間でした。こちらこそ、ありがとう」
「大晦日から正月の朝までは良かったんやけどね、正月の夜はちょっと悪かったんよ」
 正月の夜は名古屋駅前の部屋に風呂もないビジネスホテルに泊まり、夕飯も駅で買った弁当を、部屋で一人寂しく食べたことを四人に話した。
「夏樹さんの服装って、カッコいいのか悪いのか、すごいねえ」
 この日の服装の写真があれば、すぐに分かっていただけるのだが、残念ながら残っていない。文章で説明するのは少し難しいが、できるだけ簡潔な文になるように努めよう。
 上着は《HONDA》とプリントされたメッシュのシャツの上に、黒の皮ジャン、ズボンは皮のモトクロスパンツ、これだけならなんとなくカッコイイように見える。しかし、革ジャンはもちろん合皮で、友達に安く譲ってもらった中古品。右袖には鈴鹿峠でスライディングした時にできた大きな擦り傷がある。モトクロスパンツは本皮だが、オレンジ色で膝には大きな穴が開いていて、ガムテープが張ってある。これも中古品だ。
 四人の美女と変な格好をした男一人で明治村を廻りはじめた。バイクに括り付けていた荷物はロッカーに預けた。



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2010.06.03 / Top↑
 明治村は文明開化の象徴とも言える近代的な建築物を、全国から移築して展示している。もちろん内部も当時の様子を再現している。和洋折衷の構造物も多く見られる。幕末から明治への歴史に興味のある夏樹には、楽しみな施設である。
 建物以上に楽しみにしていたのが、日本最古の路面電車、京都市電だ。施設内を移動するのに利用できる。ガイドブックには明治四十年製造と書いてあったが、ほんとうに復元ではないのだろうか。今では蒸気機関車も走っているようだ。

 美女五人と変な恰好の夏樹は、夕刻までゆっくりと園内を廻り、地元のことや今までの旅の話しをした。
「俺はねえ北海道に行ってみたいねん」
「北海道はいいわよねえ、私も行ってみたいなあ。でも、仕事をしながらの北海道旅行はちょっと厳しいよねえ。小さい会社だから、一週間も休みをとれたら奇跡よ」
 岡本たち四人は同じ会社に勤めていて、四人でよく旅行に行くと言っていた。いずれこの四人で北海道旅行をしたいと、いつも話をしているようだ。
「そやねん、俺のところも長くて五日やろな、それ以上の休みはむりやなあ。北海道に行くだけで一日はかかるやろ。せっかく行くんやから、ゆっくりと廻りたいもんなあ。やっぱり会社を辞めて行くしかないよなあ」
「夏樹さん、会社を辞めちゃうの」
「まだ決めた訳やないけど、今しか出来ないことは、いまやる。後になってあの時、やれば良かったって後悔をしたくないしね」
「結婚しちゃったら、絶対に行けなくなっちゃうよねえ」
「田中ちゃん、結婚するの。お相手はやっぱりあの噂の人と」
「違うわよ、結婚をしたらの話しよ。あの人とはまだ何もないわよ」
「ところで今日はどこに泊まらはんの」
「浜名湖ユースホステルに予約をしているの。夏樹さんは」
「俺は犬山ユースホステルに予約がとれたから」



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2010.06.07 / Top↑
「犬山ユースホステルは満室で断られたんだよ。なぜ夏樹さんは泊まれるの」
「男が一人だけだったからじゃないの、女性用の部屋はいっぱいだったとか」
「じゃここでお別れですね」
「残念やなあ、もうっちょっと皆さんと、いろんな話しがしたかったなあ」
「大晦日に浜名湖に来るでしょ」
「もちろん、行きますよ。出来れば何人かの友達を連れて行きたいけど」
「楽しみにしていますね」
 岡本たち四人は順に声を出し、夏樹に話しかけてくれた。そして、四人ともに大晦日の浜名湖ユースホステルで再会できることを、楽しみにしていると言ってくれた。

 犬山ユースホステルには五時頃に着いた。ほぼ満室状態なのだろうか、玄関から寝室への廊下などに多くの人が行きかっている。夕食までにはまだ時間があるので、風呂に入ることにした。バイクに乗り、はじめての長距離ツーリングに出かけ、転倒をしてしまい、明治村の広い敷地内をあちらこちらと歩き回った。さすがに疲れが出てきたようだ。浴槽に首まで浸かり、浴槽の縁に頭を乗せて目を閉じると、そのまま眠ってしまいそうだった。
 風呂から部屋に戻り、タオルを窓際に干して食堂に向かった。もう夕食を食べている人が何人かいた。四,五人のグループが多いようだ。夏樹は一人で夕食を食べた。疲れた体に少しずつ睡魔が襲ってきていて、他のホステラーに声をかける元気も残っていなかった。
 夕食後にミーティングがあるかどうか分からなかったが、食後は部屋に戻りそのまま眠ってしまった。気がついた時には部屋の電気は消灯されて、二人ほどの寝息、鼾が微かに聞こえていた。




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2010.06.09 / Top↑
 翌朝、目が覚めた時には太陽の光が部屋全体にいきわたり、窓からは心地よい風が流れ込んでいた。同部屋の人たちは朝食を食べに食堂へ行ったのだろうか、誰の姿も見えなかった。時計を見るともう七時四十分だった。
「あらまあ、早く起きんと朝飯を食べ損ねるなあ」
 夏樹は慌ててベッドから立ちあがり、すぐに洗面所へ顔を洗いに行った。タオルを置き、部屋を出ようとした時に、ドアが開き二人の男が入って来た。
「おはようございます。これから朝食ですか」
 髪を肩の辺りまで伸ばした大学生風の男が言った。
「あっ、おはようございます、ちょっと寝坊をしたみたいやね。これから食堂に行ってきますは」
 食堂には朝食を食べ終わり、数人づつのグループごとにコーヒーやお茶を飲みながら、会話を楽しんでいた。
「あら、これから食べるの、冷めちゃったねえ、少し暖めようか」
 厨房の中から一人の女性が夏樹に声をかけた。
「すいません、寝坊してしもうて、急いで食べますから」
「さっき食堂へ来た人もいるし、まだ起きていない人も何人かいるから、気にしないでゆっくり召し上がってください」
 頭に三角巾を被り、白の割烹着を羽織った女性は、笑顔で言ってくれた。
「おぉきにぃ、いただきます」
 朝食の全てをトレーに載せて、太陽の光がテーブル全体を照らしている窓際の席に向かった。
「ここ、空いてますか」
「どうぞ、こんにちは」
「おはようございます、今、起きたんですよ」
「あれ、大阪からいらしたんですか」
「やっぱりわかりますか、大阪の隣から来ました」
「隣って、神戸ですか」
「いいや、京都です」
「京都から一人旅ですか」
 数人の高校生らしきグループの男の子が話しかけてくれた。
「俺たちは高山から来ました。高校のユースホステルクラブの旅行なんです」



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2010.06.11 / Top↑
 高校生たちは男子が六人、女子三人、引率の先生が一人のグループで、今日が二日目の旅なのだそうだ。
「昨日は明治村とモンキーパークのジェットコースターに乗ったんです」
 夏樹の隣にいた男子生徒が言った。
「ジェットコースターはこわかったわ。私なんか涙が出てきて、二度と乗りたくないわ」
 その向かいに座っていた女子生徒が楽しそうに話した。
「ほな、今日はどこまで、行かはんの」
「あっ、京都弁ってやわらかくて、いい感じですねえ」
 ジェットコースタには二度と乗らないと言った女子生徒の隣の女子がにこやかに、ゆっくりと話した。
「そうかなあ、けど怒らしたら恐いで、大阪弁とおんなじ関西弁やから」
「さっ、そろそろ行くよ」
 夏樹たちとは違う並びのテーブルの方から、引率の先生らしき少し年配の男の人が、椅子から立ち上がり言った。
「今日はですね知多半島のユースホステルまで行くんです。これで全員じゃないんですが、一年生にとってのはじめての旅行なんで、近場でユースホステルを体験しようっていう旅なんですよ」
 夏樹の隣にいた男子生徒が立ちあがりながら言った。
「へえ、そうなんや。昨日の夜に知り合えたらよかったね、僕も高校の時はユースホステルクラブにいたんよ。いろんな話しが出来て情報交換が出来たかもしれへんねえ」
「残念やなあ、ヒゲさんはどこへ行かれるんですか」
「今日は名古屋城を見て、岐阜に行きます」
「その先の郡上八幡って言うところはいいところですよ、ぜひ寄ってください」
「おぉきにぃ、じゃあ、いい旅を続けて下さい」
「はい、ありがとうございます」
 夏樹の隣にいた男子生徒は少し頭を下げて、微笑みながら足早に部屋に戻って行った。


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2010.06.14 / Top↑
 夏樹が朝食を食べ終えたころ、食堂には六人ほどのホステラーが残っていた。部屋に戻りユースホステルガイドブックをバッグから取り出した。正月に休館で泊まることが出来なかった岐阜ユースホステルのページを開き、簡単な地図で場所を確認した。その横に道路地図を開き名古屋までの道と、そこから岐阜までの道を探した。
 犬山から、そのまま岐阜に向かえば三十キロメートルしかない。犬山から名古屋、名古屋から岐阜も、それぞれ三十キロメートルほどしかない。今日はゆっくりと移動時間が取れる。出発準備をいそぐ必要はなく、時間の許す限りのんびりと部屋で過ごすことにした。
 ベッドで横になり地図を見ていると、いつの間にか眠ってしまったようだ。部屋の掃除をするスタッフに起されるまで朝寝をしてしまった。
「すいませんでした、すぐに準備をして出発しますから」
「随分とゆっくりですねえ、他のホステラーは皆さん出かけましたよ」
「きょうの移動距離があまり長くないので、ゆっくりしていたら眠ってしまったようですね」
「掃除を手伝っていきますか」
「えっ、今度来た時にお手伝いしますよ」
 夏樹は苦笑いをして出発の準備を進めた。

 名古屋へ向かう国道四十一号線は上下線ともに交通量が多く、思うように前に進むことが出来なかった。天気は晴れ、気温もかなり高めのようだ。スピードを出してかぜを切ることが出来ない状況では、安い合皮のジャンパーでも暑さを感じる。ジャンパーのファスナーを大きく下げ、風を取り込むことで、少しは暑さをしのぐことは出来たようだ。
 名古屋城に着いたのは、十一時三十分ごろだった。


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2010.06.18 / Top↑
 金の鯱鉾で有名な名古屋城は尾張徳川家の居城として栄えた城だ。昭和二十年の空襲でほとんどが焼失し、昭和三十四年に今の天守閣が再建された。とガイドブックには書いてある。再建された城の内部は、ほとんどの場合が鉄筋コンクリートで造られ、最上階は展望台になっていて、その他の階は歴史資料館のようなところが多い。たしか入場料が五百円だったかな、あえて中には入らなかった。城は外から眺めている方が良いと思う。

         名古屋城
  
 名古屋城の廻りを一回りしてバイクが置いている駐車場へ向かった。そのまま国道二十二号線を北上し岐阜に向かった。相変わらず快晴ではあるが、国道の交通量は多く、思うように前に進まない。
「暑いなあ、早うこのジャンパーを脱ぎたいなあ」
 岐阜市内に入りようやく少しだけ交通量が減ってきた。市内に入ると名鉄岐阜市内線を見ることが出来た。少し古そうな車体で、小さな電車だけど、赤い車体が夏樹にとっての路面電車のイメージからは少し離れた印象があり、小さな感動を味わえた。
 赤い電車の向こうに、岐阜城や岐阜ユースホステルのある金華山が目の前に見えてきた。ユースホステルに入るにはまだ早い時間だ。岐阜城に行ってみた。
 元は斎藤道三の居城で稲葉城と言ったそうだが、その後織田信長により占領されて岐阜城と名前を変えた、とこれもガイドブックからの引用である。
 戦国の乱世から現代に至るまでの歴史を見てきた城だと思っていたのだが、ガイドブックの続きを見ると、この城も昭和三十一年の再建だそうだ。ここも最上階は展望台、その下は資料館になっている。名古屋城のような豪華なつくりではないが、下から眺める城を見て少しだけ歴史の勉強を思い出した。 
「たしか斎藤道三は、もともと武士やなかったんとちゃうかいなあ」




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2010.06.21 / Top↑
 金華山と言う小高い山の上に岐阜ユースホステルはある。ガイドブックには「夜景を眼下に楽しいコーヒーブレイク」とある。少々楽しみではある。
 ゴールデン・ウイークの真ん中の日、ここも多くの宿泊者が集まっている。予約を入れたのは四日前のこと、泊まることが出来たのは男が一人だけだったからだろう、全体に女性の宿泊者が多いように見える。
 賑やかな食堂で一人、夕食を食べた。夏樹の周りには大学生のグループが教授や講師への愚痴をこぼしながら、笑顔の絶えない会話が続いていた。旅先での出会いはユースホステルに泊まることの一番の楽しみではあるが、うちはの話題の中には入ってはいけない。食べ終えた食器をトレーに載せ、厨房の返却口と書いてあるコーナーへ持っていった。その横にインスタントコーヒーの大きな瓶と、粉ミルク、砂糖、そして数十人分のコーヒーカップ、ティースプーンが置かれている。ご自由にどうぞと書かれていた。好みの量をカップに入れ、二つ置かれたポットからお湯を注ぎ、そのまま大きな窓の方へ向かった。
「おおう、眼下に広がる夜景やなあ」
 何万ドルの夜景とはいかないが、岐阜の町並みの明かりが美しい。あちらこちらで道路を行きかう車の動きが規則的に動くのが見える。

「こんばんは、一人ですか」
 夏樹の年ぐらいの男の人が声をかけてきた。
「はい、一人です。今日はほとんど満室みたいですね。おたくも一人ですか」
「はい、関西の方ですね。でも大阪ではなさそうですね。神戸か、それとも京都かな」
「ええ、大阪やのうて神戸か京都や言うのが、なんでわかるんですか」
「全国を旅して大勢の人と話をしていると、だいたい分かるようになりましたんや」
「すごいですねえ、たしかに京都から来ました。そちらは関東の人ですね。でも今の関西弁は上手でしたよ」
「なぜか関西の人と仲良くなることが多いんです。そやから、喋れるようになりましたんや。少しだけやけどね」
「今のは、ちょっと違いますは」
 二人は顔を見合わせて笑った。



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2010.06.25 / Top↑
「全国を旅したって言うてはったけど、北海道から九州まで行かはったんですか」
「そうですねえ、一応すべての都道府県を制覇しました。私の住んでいるところは埼玉なんですが、東京に一時間ほどで出て行けるので、北へも南へもどこへでも向かえますからね」
「埼玉ですか。私は関東の人とよく知り合うことが多いんですけど、その中でもなぜか埼玉の人が多いですねえ。昨日も埼玉の人と再会してたんです」
「はあ、なぜか埼玉。今のは、洒落ですか、そういう歌があるのですが」
「あっ、そうかいなあ」
 二人はまた、顔を見合わせて笑った。手に持ったコーヒーカップには何も入っていなくなった。二杯目のコーヒーを作りに厨房の方へ向かった。

「昨日はどちらに泊まったはったんですか」
「浜名湖ユースホステルです、あそこはいいですよ、大きなスピーカーが広い部屋に置いてあり、時々ステレオコンサートがあるんですよ。ペアレントさんもとても良い人ですし」
「浜名湖ですか、大晦日には行かないですか」
「行きますよ、オールナイトでフォークコンサートがありますからねえ。でも去年の大晦日は行けなかったんですよ」
「俺、去年の大晦日に行ったんです、他のユースホステルで知り合った人に誘われて」
 奈良のユースホステルで知り合った岡本たちに誘われて、コンサートに行ったことや、その人たちと昨日、犬山の明治村に行き浜名湖に向かったことを話した。
「その女の人たちのことなら、顔を見れば分かるかもしれませんねえ、もう四年ほど行っていましたから」


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2010.06.28 / Top↑
 昨年の大晦日に初めて浜名湖ユースホステルに行き、オールナイト、フォークコンサートに行ったときのことを話しはじめた。夏樹の話に埼玉の男も頷いた。
「そうそう、去年の大晦日もいつもと同じように盛り上がっていたんですね」
「ほんなら、いっつも、ぜんざいが出るんですか」
「出ますよ、みんなで大きな声で歌った後に食べる甘いおしるこは美味いねえ」
「あっそうか、ぜんざいやのうて、おしるこなんですよね」
「そうでしたね、関西の人はぜんざいって言うんですよねえ」
 関東人と関西人が食べ物の話を始めると長くなってしまう。基本的に大きな違いがいろいろとあるようだ。

 新しく作ったコーヒーを片手に持ち、窓際のテーブルに座った。
「明日はどちらへ行かれるんですか」
「あしたは福井の東尋坊まで走ります」
「随分と遠くまで行くんですねえ」
「あさってで休みが終わるんですよ、昨日はさっき言った人たちと明治村で逢うことになったし、今日はどうしても岐阜に泊まりたかったんで」
「バイクでしょ、東尋坊までは何キロですか」
「百五十キロぐらいですよ。ほんでそこから京都までもそんなもんかなあ」
「雨が降らないといいですねえ」
「おたくはどちらまで」
「伊勢神宮に参ってこようと思っています」
「伊勢神宮ですか、内宮と外宮ですよね。僕は小学校の修学旅行で行くんですよ」
「へえ、そうなんだ」
 この後も就寝時間まで二人でいろんな話をした。今夜も楽しくすごせた。あしたの晴天を願ってそれぞれの部屋で寝ることにした。



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2010.06.30 / Top↑
 翌日は快晴だった。この連休は晴れの日ばかりで気温も高めとなった。
 朝食をいただくために食堂へ向かった。時間が少し早かったのか、十人ほどだけがテーブルに座り食べていた。その中に昨夜の埼玉の男も、一人で窓際のテーブルに座っていた。
「おはようございます。きのうはどうも、なんか話が途中みたいなところで、寝る時間になってしもうて、もっといろいろと聞きたかったんですよ。ここに座ってかましませんか」
「おはようございます。どうぞ、今日は良い天気ですねえ、少し暑くなるかもしれないけど、雨が降るよりはいいよね」
 埼玉の男の話を聞きながら、夏樹は味噌汁を半分ほど飲んだ。それから飯を少し口に運こび、噛みながら話しはじめた。
「今まで全国を旅して来はった中で、どこが一番良かったですか」
「やっぱり、北海道やねえ」
「やっぱり」
「とにかく人間が大きくなったような気がするんですよ。ビルしか見えない都会での窮屈で忙しない日々の生活が、すごく馬鹿げたことのように思えてくるんです。どこまでも続く牧草地にいる牛や馬の姿や、丘陵地のどこまでも紫一色のラベンダー畑を見ていると、全てをわすれることができる」
 夏樹は相槌を打ちながら朝食を食べた。
「毎日、毎日、満員電車に一時間以上も乗って会社に行き、嫌味な上司と無神経な後輩、結婚までの腰掛として将来有望な独身男の目線ばかりを気にしている若い女たちに、言うたくもない上手を言って機嫌をとらなきゃいけないのか、なんてことが全部、飛んで行ってくれるんですよ」
「かなりストレスが溜まった生活をしたはるみたいやねえ」
「そうなんですよ、一応は上場の大手食品会社に勤務していますから、それなりに様々な人がいます。今の私の立場としては、かなりのストレスが溜まる部署に、それなりの地位にいますので」
「なるほどねえ、大変ですねえ」
 夏樹には北海道も大手食品会社も別世界の話のように思えた。



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2010.07.05 / Top↑
 埼玉の男は夏樹より先に朝食を食べ終え食器を返却口に戻し、湯飲みに熱いお茶を入れて両手に持ち、夏樹の前に座った。右手に持った湯飲みを夏樹の前に置いた。
「おぉきにぃ」
「どの辺りまで話をしたかな」
「女子社員は独身の男の目線を気にしていて、あなたはストレスの溜まりやすいそれなりの部署のそれなりの地位にいるって、言うたはったような気がするけど」
「なんか日ごろの愚痴を聞いてもらっているみたいだね」
「そうとも言うけど、俺の勤め先なんか五十人ぐらいの小さな工場やから、少し興味のある話で面白そうなんやけど」
 夏樹は別世界の話におおいに興味が湧いてきた。
「もちろん嫌味な上司や無神経な後輩より、頼りになる上司と俺をサポートしてプロジェクトを成功へと協力してくれる後輩の方が多いのだけれど、変なのが一人二人いるとねストレスが溜まっちゃうんだよねえ」
「真っ直ぐで、真面目な人なんですね。ところでまだ名前を聞いてなかったですね、俺は夏樹です」
「関根といいます、よろしく」
「関根さんは、いっそのこと北海道に住もうとかは思わないんですか」
「思ったここともありますよ。でもねえ、あの冬の寒さは俺には耐えられないでしょう」
「冬にも行ったことがあるんですか」
「ダイヤモンドダストを見たくて二月に行ったのですが、想像以上の寒さで、ダイヤモンドダストを見られる気象条件だったのに、一歩もユースホステルから外に出られなくて、一人だけ留守番していました。とても悔しくて、残念です」
「そんなに寒いんですか、俺は雪が大好きやし、京都の夏の暑さよりは北国の冬の寒さのほうがましかな、なんて勝手に思ってるんですけどね」
 そう言うと関根に持って来てもらった湯飲みのお茶を飲み干した。






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2010.07.07 / Top↑
 関根は寒さが苦手なので北海道に住むよりも、行きたい時に北海道へ旅をして、日ごろのストレスを全て忘れることにしているのだと言う。
「ほな、もう何回も北海道に行かはったんですか」
「そうですねえ、学生のころには夏休みの期間を全て北海道のユースホステルでヘルパーをしていた年もあったし、働くようになってからでも年に一回は必ず行くね。大雑把だけど全道を廻りましたよ」
「全国を旅して、その中で一番が北海道で、じゃあ北海道で一番はどこですか」
「んん、道東、知床かなあ。あそこに行った時は、いつもの自分がなんて小さい人間なんだろう、あぁあ馬鹿らしいって思えてくるですよ」
 関根は興奮状態になり、自然と声も大きくなってきた。
「そんなに、ええとこなんですか」
「行った者にしか分からないねえ、あの雄大な風景を,言葉で表現することが出来ないよ、すごくて」
「知床ですか、覚えときます、僕もいつの日にか北海道に行ってみたいから」
 時計を見るともう八時に近かった。夏樹は慌てて朝食を食べ終えた。
「俺は今しか出来ないことは、今やるしかないって思っているんで、関根さんと話しをしていると、いずれは北海道を旅してみたいし、全国を廻ってみたいという気持ちが大きく固まってきましたは。いろいろと教えてもらって、ありがとう、おぉきにぃ」
 そういうと夏樹は関根の右手を持ち、大きく握手をした。それに答えるように関根も夏樹の手を力強く握った。
「じゃあ、おれは出発の用意をして東尋坊に向かいます。またどこかで逢えるといいですね」
「そうやね、浜名湖で会えるかもしれへんね」
「やっぱり関根さんの関西弁は上手やわ」
 二人は握手をしたまま声を出して笑った。



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2010.07.12 / Top↑
 国道百五十六号線を北上し郡上八幡方面へ向かう。ユースホステルを出発し車通りの多い岐阜市内を走ると赤い電車が前を走っていた。名鉄美濃町線だ。しばらくのあいだをこの電車と並走することとなった。
 並走とは言っても電車は専用軌道を走っている、交通量の多い道路を走っているバイクは、みるみる置いていかれてしまう。美濃町に近づくころには電車の線路は道路から離れて行った。そして、美濃町に入ってから再び線路が道路のすぐ横を走るようになり、電車と少しの間だが並走することができた。

 美濃町を過ぎ、さらに国道百五十六号線を北上すると
《郡上八幡60km 白川郷120km》
という標識を確認した。
「岐阜から東尋坊までは百五十キロやと思ってたのに、俺はどんな計算間違いをしたんやろ、白川郷からはまだ百キロはあるはずやなあ」
 後になって分かったのだが、岐阜ユースホステルに入ってすぐに地図を見て距離を計算した時に、百五十六号線と百五十七号線を見間違えたようだ。百五十七号線に大野市というところがある。地図上には
《岐阜まで120km福井まで33km》
と書いてある。そこだけを見て、東尋坊まではだいたい百五十キロぐらいかなと思ったのだ。白川郷を通っていくと、金沢経由で福井、東尋坊と行く道しかない。すると合計で二百七十キロほどの路程になってしまう。
 その時、事前に下調べした距離と違うということに、早く気がつけばよいものを、何を勘違いしたのか、バカな奴である。いつもの早合点と言うやつだ。
「いまさら仕方がない、とにかく東尋坊まで走って夕食までには到着せんと」
 余裕を持って岐阜を出たつもりだったが、見たいところも、そこそこにして、ひたすら走らなければ。余儀ないことだ。



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2010.07.15 / Top↑
 郡上八幡に近づくころには交通量も減り、信号もあまり現れなくなった。快晴の空模様の中をひたすら北へバイクを走らせた。
 南中に近い位置にいる太陽が、夏樹の背中を容赦無く照りつける。合皮とはいえ、防寒用のジャンパーから湯気が上がっているのではないか、と思えるほどに暑い。北に向かって走っているのだから、常に南からの太陽の熱を背中に浴びていることになる。
「暑っついなあ、背中も暑いし、エンジンからも熱が上がってきて、それがヘルメットの中へ入ってきよるがな、腰も痛くなってきたなあ」
 単気筒のエンジンは排気量が百二十五cc、小太鼓をリズムよく叩くように、タンタンタンと軽快な音を轟かせて前に進んだ。
「おしりも痛いなあ、ちょっと休憩しょうか」
 まだ郡上八幡の手前である、あまり長く休んでいることは出来ない。この先、二百キロほどの距離が残っているのだから。
「缶コーヒー一本と、たばこを一本だけ」
 この当時は禁煙前である。
 自販機の前にバイクを止め、ヘルメットを取り、バイクのミラーに被せた。
「ふう」
 冷たい缶コーヒーを落とし、一気に喉を通した。
「ああぁ、うまい」
 少しだけ暑さが和らいだように思える。その時だった、右手の方から数台のバイクがエンジン音を轟かせてこちらに向かってきた。先頭はロードタイプの大きなバイクだ。四百ccを越える大型のもので、夏樹の前を通り過ぎる瞬間にこちらを見ながら右手を少し上げた。ヘルメットのシールドの中の笑顔は、夏樹に挨拶をしたように見えた。夏樹は見ているだけで、何もすることができなかった。
「今のはなんやったんやろ」と思う間もなく、次々と大型のバイクが目の前を通りすぎ、どのライダーもこちらを見ながら右手を軽く上げていった。



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2010.07.17 / Top↑
 大型のバイクの中には国産の千五百ccのバイクや、サイドカーを付けたハーレーダヴィットソンのバイクも何台かいた。およそ二十台の集団が、低く大きなエンジン音を響かせ、目の前を連続して通過して行った。
「カッコええなあ」
 口の開いた缶コーヒーを片手に持ったまま、バイク集団の後ろ姿が見えなくなるまで見ていた。
 ハーレーダヴィットソンのような大きなバイクに乗るには、夏樹が取得した運転免許では乗ることができない。限定解除と言う、非常に難しい試験に合格しなければならない。
 四百ccまでのバイクを運転できる中型限定免許は、教習所で取得できるが、それを超える排気量の限定解除を取得するには、教習所では取得できない。公安委員会の運転免許センターに行き、センター内のコースの決められた道順を、迅速にてきぱきと進行し、スラロームや急停止、一本橋などの課題を成功させ、時間内に戻ってこなければならない。
 四百ccの免許を教習所で取得する時も、教習所のコースで同じような走行試験を受け、減点法による採点で合格ラインをクリアしなければならない。しかし限定解除の走行試験は、それの数倍の難易度で、当時の合格率は数パーセントだったと聞いている。合格するまでに五,六回の落第は当たりまえで、十回目で合格したと言う話も聞いたことがある。
「ええなあ、ハーレーに乗ってみたいなあ。けどハーレーって、なんぼすんのやろ」
 
 残念ながら今でも限定解除はできていない、正確には限定解除をしていない。試験を受ける前から怖気づいてしまい、中型の免許で充分だと、自分自身に言い聞かせ、納得させてしまったのだ。
 現在、限定解除も教習所で取得できるようだが、いまさらと言う自分が八割、残りの二割は「やっぱりハーレーに乗ってみたいなあ」という、少し未練がましい自分がいる。

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2010.07.20 / Top↑
 缶コーヒーを飲み終え右手の指に挟まった煙草をくわえ、大きく深呼吸をするように大量の煙を吸い込んだ。口先を少し尖らせるようにして、今吸った煙を吐き出し、煙が肺に入る前に残っていた空気を出し切るように息を吐いた。
 自動販売機の横にある四角い灰皿で火を消し、ヘルメットを被ってエンジンをかけた。バイクを斜めに立てるために出ていたスタンドを起し、ギアーをローに入れ、右後方の確認をして国道へ出た。再び国道百五十六号線を北上し白川郷を目指した。
 先ほどと変わらず、快晴の空から、太陽の熱が背中を燻るように照らしている。

 しばらく行くと、ようやく郡上八幡の街に入った。この旅に出かける前に下調べなど何もしていない。郡上八幡の見所などは何も分からない、もちろんゆっくりと観光をしている時間もない。素通りで郡上八幡を通過した。
 北に向かうにつれ標高が少しづつ高くなっているのか、ほんの少しだけ暑さが和らいだように思える。遠くに見えていた山々が近づいて来た。郡上八幡を過ぎたころからは目の前に小高い山が迫るようになっていた。

 白鳥を素通りして白川郷までは休むことなく走り続けることを、自分自身に言い聞かせ、多少の疲れは我慢をして、ひたすら北へ走った。
 郡上八幡から五十キロほど走った所に、御母衣湖と言うダム湖が見えてきた。国道百五十六号線沿いに五キロほどはあっただろうか、南北に細長く広がった湖だ。その北の端に御母衣ダムがある。一目で今までに見たことのない造りのダムであることがわかった。
「こんなダム、見たことないなあ」
 白川までまだ三十キロほどあるが、ダムを展望できるスペースにバイクを止め、御母衣ダムを見ることにした。



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2010.07.25 / Top↑
 ダムを展望できるスペースに、このダムのことが書かれた案内板がある、それによると「高さ百三十一メートル、日本屈指の規模を誇るロックフィルダムである。」と書かれていた。岩や土を積み上げて造られたダムなのだそうだ。
「こんなダム、見たことないなあ」
 案内版を見ながらジャンパーの左ポケットに、無意識に手が入っていった。煙草のケースを取り出し、軽く握り上に振って一本の煙草を出し、そのまま口に銜えた。右ポケットからライターを取り出し、そのまま銜え、煙草に火を付けた。
「ふうう、腰が痛いなあ。まだ半分ぐらいやろなあ」
 大きく吸った煙を吐き出しながら腕時計を見た。
「わあ、もうすぐ昼やんか、適当にどこかで飯を食わんと、あかんなあ」
 案内板の周辺には灰皿はがなかった。バッグの中から携帯用の吸殻入れを出し、火を消した。
「さあ、もうひと踏ん張り走ろうか。もうすぐ白川郷やな」

              御母衣湖


 白川郷の合掌造りの集落は、一九九五年に世界遺産に登録された、日本有数の観光地で、観光シーズンには大きな混雑があるようだ。あの当時(二七年ぐらい前かな)も多くの人が訪れる有名な場所だった。
 その白川から福井県に延びる白山スーパー林道と言う有料道路があるのだが、二輪は通行禁止。今も二輪は走ることができないようだ。ここを通れば、もっと短時間で東尋坊へ行けるのだけれど、なんともいたしかたのないことだ。

              白川郷
               
 ほんの少しの時間だけ観光を楽しみ、再びバイクにまたがり北へ向かった。残りの走行距離はおよそ百五十キロだ。
「めし、めし、どこかで昼飯を食べんとな、腹がへっては戦が、いやバイクに乗ったまま倒れてしまうがな」





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2010.07.28 / Top↑
 国道沿いの小さなドライブインでラーメンと半ライスを頼んだ。暑い日に熱いラーメンをすする。食べている時は非常に暑いが、食べ終えると少し汗が引いていくような気がした。
「さあてと、もうひと頑張り走ろうか」
 白川郷から金沢へ向かう国道三百四号線のある平村までは、およそ五十キロある。この辺りは標高がかなり高いのだろう、周りの山には雪が残っている。

                残雪の山


 五箇山の集落の少し手前からは富山県に入った。当時の地図には、上平村そして平村へと国道は続くが、現在は周辺町村の合併により、この辺りは南砺市になっている。合掌造りの集落が多く集まる地域が、市になっているということは、合併した町村の数は幾つほどなのだろか。面積はかなり広いのではないだろうか。(書く前にしっかりと調べないあきませんなあ)

 バイクの速度を少し落とし、五箇山の合掌造りの家を見物しながら前に進んだ。機会があれば、冬に来て雪が積ったこの家々を、ゆっくり見て廻ってみたいものだと思っていたが、未だに叶っていない。
 平村の中心地から左折すると国道三百四号線に入る。下りの急勾配が続き、大きく右へのヘアピンカーブを通過した。あわせて六キロほどの二つのトンネルを越えると、再び下りの急勾配が続いた。道幅もさほど広くはなかった。
 周りの山が高い位置に見えるようになってきた、それだけ標高の低い所へ降りて来たのだろう。やがて「城端」と書かれた案内板が見てきた。
「なんて読むんやろ、しろはし?じょうたん?」
 城端と書かれた案内板の下のローマ字表記がようやく読めるところまで近づいた。
「じょうはな、って読むのか」
 今でもこの地名と、この先にある「福光町」と言う地名が、外殻は大きいが中身が小さい脳に、なぜか大きく残っている。



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2010.07.30 / Top↑
 今まで走って来た道路は山の木々に挟まれ、道幅もさほど広くはない下りカーブの連続だった。城端と言う案内板が目に入ってからしばらく行くと、急に視界が広がり、田畑の中に住宅地といったおもむきの場所に出た。
 道幅も狭く住宅地の中を縫うように走る道は、時々見える「国道304号」の標識がなければ、どこを走っているのか分からなくなりそうだった。
 福光町に入ってすぐに交差点が現れた。どの道もさほど広くなく交通量も多くはなかった。
「304号はどっちに行けばええのかな」
 道路標識をしっかりと見ないと道に迷ってしまいそうだった。
(もちろん25年以上も前のこと、ネットでこの辺りの地図を検索してみると、今では拡張工事が進み国道らしくなっていると思われる)
 国道304号という標識を頼りに、田畑の中を道なりに金沢へ向かう。夏樹の左腕にはめた時計は、午後の3時を示していた。
「もうすぐ金沢に着くんやろな。そこからは8号線で西に向かったら、じきに東尋坊に着くやろ」
 楽観的な考えだった。実際には90キロはあるのだが。

 初めての泊りがけの長距離ツーリング。腰から背中、左右の肩、首筋までが固まったようになり、時々激痛が走った。
郡上八幡付近で見かけた数十台のバイク集団の光景が、脳裏から離れないからだろうか、ロングツーリングにはもっと排気量が大きく、ロードタイプのバイクの方が楽なのではないだろうか、と言う考えが夏樹の頭の中を支配するようになっていた。
 今のオフロードタイプのバイクに乗るようになってからまだ数ヶ月しか過ぎていないのに、買い替えを考え出していた。
「けどなあ、400ccにすると車検があって、保険も高くなるしなあ、やっぱり250ccのロードタイプがええのかなあ」
 オフロードバイクは数ヶ月後に、ロードタイプのバイクに買い替えられることとなりそうだった。




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2010.08.02 / Top↑
 現時点では夏樹のバイクを買い替える話など、ツーリングには何の関係もないのだが、たった一人でバイクに跨り、ひたすら前を向いて走っていると、頭の中はどうでもいいようなことばかりを、考えるものなのだろう。車であればラジオやテープの音楽を聞きながら運転ができる。もちろん雨、風、暑さ寒さも防ぎながら運転できる。しかし、バイクは全ての障害を体に受け止めなければならないし、耳から入ってくる音は、その場にある自然の音と、エンジンや対向してくる車のクラクションなどの、リアルタイムに発せられる人口の音だけである。リラックスさせてくれる音楽などは聞こえてこない。(今の大型バイクには車のようにステレオセットが装備されているものもあるようだが)
 そんな状況では、ふと気づいたこと、思い出したこと、目の前に表れたちょっと変わった看板や案内版を見て、様々なことを想像し、話を大きく膨らませては消えていくような、どうでもいいことが頭の中をグルグルと廻り、決定的な答が出てこないまま次のことを膨らませていく。
 いつの間にか夏樹の頭の中は、バイクの買い替えのことは何処かへ消えてしまい、背中から首筋に電気のような激痛がはしったことで「早くユースホステルに入って風呂に入りたい」と思っていた。そしてどんな建物で、夕食は何が食べられて、どんな人たちが泊まっていて、どんな情報が聞けるのか、そんな想像が膨らんでいった。少しでも早く今の疲労から開放されたいのだ。

 道幅はさほど広くなったわけではないが、交通量が少し増えてきた。金沢市が近づいてきているのだろうか。やがて国道8号線との交差点に着いた。北陸の主要国道である、交通量が今までの道よりもかなり多くなった。ここを左に曲がり、およそ50キロの区間は8号線を走る。






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2010.08.04 / Top↑
 国道8号線は片側2車線の道路。金沢市内のほぼ中央付近に出たようだ。白川郷辺りの山の中でさえ気温が高く、暑さを体中に浴びていたが、陽の位置がだいぶ傾いてきた金沢の市街地もまだまだ暑く、夏樹の廻りを走る車からの排気ガスやエアコンの排気熱、道路からの照り返しが夏樹を襲ってくる。
「暑いし、背中と腰は痛いし、早う風呂に入りたい」
 声にならないほどの独り言はヘルメットの中でボヤッとした音になり、耳に入ってくる。一緒に出てくる空気はどんよりと湿気を含んで生暖かく、自分の吐いた空気が、夏樹の気持ちをますますと沈ませていった。

 どんなに疲れていても今日の宿となる東尋坊ユースホステルまでは、安全運転で走らなければならい。
 交通量が多い道路は信号も多く、あまり脇見をしていると危険である。だからと言って真正面だけを見て運転することが安全とは限らない、眼球が動く範囲の前方から入ってくる情報を、できるだけ早く処理し、時にはバイクのハンドルに装備されている左右のバックミラーから、後方の情報も把握しなければならない。
「あれって、なんて読むんやろか」
 きょろきょろと脇見をしている訳ではないが「輪島塗、仏壇、仏具、漆器」と書かれた看板が目に入ってくる。それだけ頻繁にそう書かれた看板が現れる。
「輪島塗はお椀や箸とかの和食器のこと見たいやな」
 輪島塗と書かれた看板に、お椀と箸のイラストが書かれていた。
「まあ、仏壇と仏具はわかるけど、漆器?なんて読むんやろか」
 またまた夏樹の無学をさらけ出すことになってしまった。当時は「漆器」を読めなかったのだ。後になってから「しっき」と読み、漆の樹液を精製した塗料を、木製の器などに何回も塗り重ねて作られたものだ。(まいどぉ おぉきにぃ、七章にも書きました)


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2010.08.06 / Top↑
 交通量の多い道路は信号機も多い。赤信号で止まることなく順調に前に進むことが続くかと思えば、なぜか信号の度に赤信号で止まらなければいけないこともある。廻りあわせなのだろうか。
 金沢市内を抜けると「漆器」などの看板は見えなくなった。交通量は少しだけ減ってきたが、信号機はかなり減り、片側2車線の道路は快調に車が流れた。廻りの車の流れに沿っていれば、多少の速度超過は大丈夫だと思うのだが。時々、法定速度をはるかに超えるような速度で、追い越して行く車がいるのだが、速度超過違反で検挙されないのだろうか、他人ごとながら心配である。
 国道8号線を福井県に向けて南西に進む。道路の周りは田畑が多く、視界を遮るような高い建物は何も現れない。できるだけ周りの車の流れに乗り、快調に走った。右前方の太陽が眩く、だいぶ傾いてきたようだ。腕時計を見るとまもなく3時になろうとしている、気温は少しだけ下がったように感じる。

 広い駐車場を備えたドライブインなどで時々休憩をした。合皮ジャンパーのポケットに入っている煙草を取り出し、そのまま腕の反動を使って1本を取り出そうとしたが出てこない。残りが少ないのだろう外箱はくちゃっとなっていた。煙草を取り出すために切り開いた紙箱の上の方を、左の指でこじ開けてようやく1本を取り出した。
「これで最後やなあ。あれ、なんやこれ折れてるやんか」
 ちょうど真ん中で二つに折れて、葉を巻いている紙がほんの少しだけ切れずに残り、フィルターを銜えると先の方は直角に真下を向いた。
「もたいないなあ」
 今にも切れてしまいそうな先の方をちぎりとって、残った半分に火を点けた。
「ふぁぁああー。もうちょっとやな、なんとか夕飯までには着けそうや。あっああー」
 半分の煙草を銜えたまま両手を腰にあて、そのまま後ろへ仰け反り、腰と背中を伸ばした。



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2010.08.10 / Top↑
 加賀市の中心地から国道305号線に右折し、10キロほど走ると福井県に入る。今日の宿泊地の東尋坊ユースホステルまでは間もなくである。今日は1日で走る距離の最長記録となる。
 芦原町から三国町に入り県道を右折するとすぐに海が見えてきた。日本海だ、
 東尋坊ユースホステルは民間住宅をユースホステルとして運営している。ペアレントさんも協会職員ではなく、民間の方でユースホステルの規則などに準じて運営されている民宿みたいなものだ。
 将来的には京都と福井を結ぶ予定だった、京福電鉄三国芦原線の踏み切りを超え、中学校などがある住宅街の中に東尋坊ユースホステルがあった。道路脇の駐車スペースにバイクを置き、荷物を持って数段の石段を登った所に建物がある。一見、普通の古い住宅である、協会運営の大きな建物と違って、ユースホステルと書いた看板が無ければ、宿泊施設には見えないだろう。

東尋坊ユースホステル

「こんにちは、ただいまあ」
 一般住宅のような玄関を入ってもユースホステルらしくはなかった。
 残念ながらここから先のことは、何一つとして記憶に残っていない。「小説のような・・・」とは言っても全てがフィクションではいけないと思う。東尋坊ユースホステルの現在は閉館して運営されていないようだ。インターネットで検索しても現在の状況を詳しく書かれた情報は何もなかった。
 ここに一泊して明日は最終日、京都へと帰る。

         

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2010.08.13 / Top↑
 今回の旅も最終日を迎えた。今日も快晴だが、気温は昨日ほど高くないようだ。
 東尋坊は海面からの高さが25メートルもあり、切り立った岸壁が海水の浸食による柱状の岩が連なっている。これだけの規模のものは世界に三箇所しかなく、とても珍しいようだ。(ガイドブックの受け売り)
 また、ここで有名人の自殺などがあり、自殺の名所としても有名なところだ。あちらこちらに自殺を思いとどまらせるためのメッセージを書いた看板や、命の電話ボックスだったかな、公衆電話が少し不自然な場所にあったように思う。
 岸壁の端の方に立ち、海面を見下ろすと吸い込まれそうな感覚に襲われた。間違って落ちる前にこの場からはなれ、帰路に向かった。

           東尋坊
                         東尋坊2


 国道305号線を海岸沿いに進むと、道路の右側はすぐに海だ。文字通りの海岸道路で、海はとても穏やかである。海からの潮風が心地よく、昨日のような暑さを感じることはなかった。
 東尋坊から40キロほどで呼鳥門(コチョウモン)が見えてきた。山から海に突き出た岩が、長い年月を波風にさらされてトンネルになり、当時はその下を国道が通り、天然のトンネルとして観光名称になっている。今ではさらに風化が進み、小石などの崩落が多く、山側に新しいトンネルが作られた。呼鳥門の下は立ち入り禁止になっているようだ。
「こんにちは、金沢方面からいらしたんですか」
 大学生風の二人組みのライダーが声をかけてきた。
「あっ、どうもこんにちは。金沢方面?そうですねえ、東尋坊に泊まって昨日は金沢を素通りして来ました」
「金沢のことを教えてもらいたかったのですが」
「今年の正月に行ってきましたけど、兼六園に行っただけかな」
「えっ、冬の金沢へバイクで行ったの」
「いえいえ、電車ですよ。雪道をバイクではよう走らんしねえ」
 三人は微笑んだ。



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2010.08.17 / Top↑
「金沢に泊まるならどこがいいですか、安いところがいいのですが」
「ユースホステルなら金沢ユースホステルでしょう、他のホテルとか民宿とかには泊まったことがないから、分かりまへんなあ」
「関西の人ですね、それも京都じゃないですか」
「そこまでわかるんですか、その通り、正解」
「学校が京都の大学なので、少しだけ大阪や京都の人の話し方の違いがわかるんですよ」
「もしかして京大ですか」
「はあ、一応ですが」
「やっぱり、頭が良さそうやもん。俺もね京大に行ったことがあるんです」
「ええ、何年の卒業ですか」
「あっ、ああ、文化祭に一回、行っただけやけどね」
「はあ、なるほど」
 三人はまた微笑んだ。
「ほな、今日は金沢まで行くんですか」
「そうですね。そして新潟から国道17号線で、実家のある前橋へ、明日かあさってには着きたいのですが」
「群馬の人ですか、もしかしたら初めてかも、群馬県の人と会うのは。けどゴールデン、ウイークは今日で終わりですよ、学校はどうもないの」
「ちょと研究していたことが教授の都合で遅くなってしまって、今日から休みをとって、実家に帰ろうかと思いまして」
「研究ですか、まあその内容を聞いてもわからんやろうから」
「遺伝子の研究なんです、まあそれ以上は、おそらく説明してもわかっていただけないと思います」
「だよねえ」
 また三人は微笑んだ。
「せっかくやから呼鳥門をバックに写真を撮りましょう」
 そう言うと夏樹はバイクに括りつけたバッグから、カメラと三脚を取り出した。
「いいですよ、この辺りでいいですか」
 ピントを合わせてセルフタイマーをセットして、シャッターを押した。
「じゃあ、気をつけて、良い旅を続けてください」
 京大生二人が先に金沢方面へ出発し、夏樹は二人を見送った。

             呼鳥門






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2010.08.19 / Top↑
「あっ、しもうた、住所と名前を聞くのを忘れてた、写真を送れへんやんか」
 二人の京大生の姿はもう見えなかった。追いかけていっても、いつ追いつくかわからないし、夏樹とは反対の方向である、それに明日からは仕事がはじまる。
「まあ、ええか、しゃあないわなあ」

 地図で見ても海にへばりつくように、日本海沿いを国道305号線は走る。この国道は今回を含めて三回ほど通っているが、最後に通ってから四年ほど後に大事故があった。
 呼鳥門からすぐの所の越前岬の先で大規模な落石事故があり、落石防止の覆道(トンネルのようなコンクリート製の覆い)を突き破り、その下を走っていたマイクロバスを押し潰したのだ。そのバスに乗っていた人たち全員が亡くなられた。バスの後方を走っていた乗用車が事故の瞬間を偶然、撮影していたビデオには、轟音とともにバスが一瞬で押しつぶされる様子が映っていた。そのビデオをニュースで放映されたのを見た。
 長い時間、海を目の前に見ながらドライブが楽しめる道路で、とても良い印象が残っている所だったのに、こんな大惨事になったことを知り、とても残念である。今でも青く綺麗な海の風景と、ニュースビデオの両方の映像がハッキリと思いだされる。
 事故の数年後に事故現場を迂回するトンネルが造られ、崩落現場は通行禁止になっているようだ。

    越前岬2
          越前岬3
                越前岬4

(上記の写真は事故現場とは関係ないと思われる)

 越前岬から40キロほどで敦賀に着く。敦賀は古代から天然の良港として栄え、江戸時代の北前船も立ち寄ったようだ。太平洋戦争末期にはリトアニアのユダヤ人難民がここへ上陸し、アメリカなどへ亡命したことでも知られている。今は北海道へ行くフェリーもここから出ている。のちに、この港から新たな旅がはじまるのだが、その話はもう少し先になる。






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2010.08.22 / Top↑
 敦賀からは国道27号線に入る。この道は少し前に有名になった、小浜市(オバマシ)を経由して、京都府にはいり舞鶴から内陸の国道9号線へと続く。舞鶴は敦賀と同じように古代から天然の良港として栄え、昭和の戦時中は軍港として発展した。今も海上自衛隊の駐屯地があり、自衛艦が港に入っている。
 二葉百合子が歌った「岸壁の母」はここがモデルの地になっている。この歌が流行ったころによく聞こえてきたことは
「舞鶴って京都なんだって」
「京都に海があったんだ」
 そうです京都にも海がある。修学旅行で行く京都市は、三方が山に囲まれた盆地だが、京都府という範囲で見ると海もあるし、北国にも匹敵するほどの豪雪地帯、丹後半島も京都だ。京都市から南の大阪、奈良方面以外のほとんどの京都府は山間部で、比較的低い山が多いために、山あいを縫うように細い道を進み、少し視界が広がると集落があり、田んぼがあった。
 京都というと寺や神社が有名だが、京都府には海もあるし、ほとんどが山なのだ。

 国道27号線を50キロほど走り、国道162号線を左に入る。この道は京都と福井を結ぶ重要な国道で、京都から日本海に出る最短の道路だ。京都市民が車で海水浴に行く時は、この道を利用することが多く、日曜日の午後は京都へ帰る車で大渋滞が発生する。
 京都との県境に「名田庄村」と言う村があった。過去形である。平成の大合併で隣町と合併をし、名田庄村という名前がなくなったからだ。
 夏樹と同年代、またはもう少し年上の先輩方には懐かしい名前でしょう、高石ともやがここに住んでいたことから、のちのフォークグループ「ナターシャー7」の語源の由来地なのだ。七人のグループだと思っていたら、グループ名の「7」は語呂合わせなのだそうだ。



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2010.08.25 / Top↑
 名田庄村を過ぎると府県境の堀越トンネルまではスノーシェルターなどがある急坂、急カーブの連続で左側は断崖で、斜面に延びた様々な樹が視界を遮るために、渓谷の底を見ることはできない。
 堀越トンネルを越えると京都府に入る。美山町(合併により南丹市)京北町(合併により京都市)を抜けて笠トンネルを抜けると京都市に入る。北山杉が有名な地域で国道の両側には杉並木が続き、ところどころに伐採した杉を加工する工場がある。ほとんどが手作業で美しい光沢を出していくようだ。
 三泊四日のバイクの旅は無事に終了した。三日目のロングツーリングは少し疲れたが、四日間の天気は良く、よい旅になった。

 中部縦断ツーリングから戻って最初の週末に、何の前触れもなく飛沢が遊びに来た。飲めもしないのに缶ビールを六本と、簡単なつまみを持って笑顔で現れた。
「明日は休みやろ、俺も休みやから、泊まっていってもかまへんやろ」
「みやげを持って来てんのに、あかんって言われへんやろ。バイト、休みなんか」
「時々、休んでもええって店長が言うてくれるんや。バイクで旅行に行ってきたんやろ、その話を聞きたくてな」
「そうかあ」
 飛沢は缶ビールを夏樹に手渡した。二人がほとんど同時に缶の栓を開け、軽く乾杯をした。そして夏樹は少しずつ旅の話を始め、飛沢は夏樹の話を笑顔で頷き、ビールを飲んだ。
 旅の話しが一段落したころには、飛沢の顔は真っ赤になっていた。二本目の缶ビールを開けたばかりだった。
「今度は一緒に行こう、お前の車で行くのもええかもなあ」
「そやなあ、行きたいなあ」
 飛沢の目は開いているのか、閉じているのか、おそらく缶ビールを持った状態で寝ているようだ。

小説のような、旅のはじまり 八章《完》



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2010.08.28 / Top↑

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