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     ~新たな旅への序章~

 五月の連休後の休日は、雨が降らないかぎり何処かへバイクを走らせていた。いつも一人である。飛沢も石田も会社で同期の小田君もそして、高校の同級生たちも、みんな車に乗っているが、原付より大きい排気量のバイクに乗っている奴はいなかった。だから、いつも一台でツーリングに出かけていた。ごく稀に二人で出かけることはあった。後ろに人を乗せて日帰りのツーリングに行くのだ。飛沢を乗せて数回のツーリングに行ったり、当時の彼女を乗せて走ったりもした。
 一度だけ会社の後輩の女の子を乗せた時は、少し危ない思いをした。どうしてもバイクに乗ってみたいという彼女は、小柄で華奢な少し性格もおとなし方だった。彼女にヘルメットをそのまま被せると、前が見えなくなるから、ニットの帽子を被り、その上からヘルメット被らせた。
「ええかあ、右手は俺の腰に回して、左手は後ろの荷台のところにある、その棒を持つんやで」
「はい」
「ほんで、右に曲がる時は右に体を傾けて、左は左にな」
「はい」
「はじめは、ゆっくりと走るさかいな。ちゃんと前が見えてるか」
「なんとか見えてます」
 後輩の目線は夏樹の肩のあたりにあった。
「ほな行くでえ」
 ローギヤーでゆっくりと発進して、すぐにセコンドにギヤーアップしようとしてクラッチを切った、その反動で彼女が被っているヘルメットが夏樹のヘルメットに激突した。それに驚いた彼女は荷台を持っていた左手を、夏樹の腰に回した。そのままバイクを止めた。
「左手でしっかりと荷台を持ってたら俺に当たらへんから」
「はい」
 彼女はそう言って夏樹の腰に廻っていた左手を荷台に戻した。
「ええかあ、行くでえ」
 再びゆっくりとバイクを発進させた。



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2010.09.04 / Top↑
 ギヤーチェンジの反動をできるだけ少なくするために、ゆっくりと加速してアクセルスロットルを戻す前にクラッチを切りギヤーアップをし、ゆっくりとクラッチを繋いだ。彼女の左手は荷台から離れることなくしっかりと握り、前後の反動を吸収しているようだった。一人で走るときなら守ることのない法定速度を守り、時速40キロで進み、順調に走行していたのだが、青信号の十字路をあまり減速することなく右折した時に事件が起きた。右折するためにバイクとともに身体を右に倒した、それに驚いた後輩の彼女は(追記、付き合っていた彼女ではない)左手を夏樹の腰に回すと同時に、身体を左方向へ力を入れ上体を地面に対して垂直にしようとした。夏樹は右へ後ろの彼女は左へ、バイクはバランスを崩し転倒しそうになりながらも、かろうじて停車した。
「すいません、急に右へ倒れそうになったんで、恐くなっちゃて」
「大丈夫、倒れへんから、自転車に乗るときかて、右に曲がる時は、右に少し倒れるやろ、それと一緒やからな」
 その後もスピードは控えめ、カーブや右左折の時もあまりバイクを倒さないように、会社の寮の周辺を時計回りに回り、十分ほどで戻ってきた。
「ありがとうございました。今度はもうちょっと遠くまで乗せてくださいね」
「・・・。うっうん、今度、そのうちな」
 言うまでもなく、二度と乗せることはなかった。

「夏樹、ちょっと頼みがあるんやけど」
 二年先輩の青田が声をかけてきた。青田は今年の春に寮を出てアパートで一人暮らしをはじめた。
「俺のアパートの隣の女の子と、たまたま一緒に酒を飲んだときに、バイクの話になってな、免許は持ってないのやけど、バイクが大好きなんやて」
「へええ」
「ほんで、お前の話をしたら、乗せてもらえへんやろかって、頼みこまれたんや」
「乗せてもらえへんやろかって、その人、免許ないんやろ」
「そやから、お前の後ろに乗せてほしいんやて」
 夏樹の脳裏に先日の後輩の女の子のことが思い出せれた。



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2010.09.07 / Top↑
 先輩の言うことだからと言うわけでもないが、青田の申し出を断る特別な理由はなく、少し気のない返事をして、二週間後の日曜日にツーリングの約束をした。
 当日はまず青田のアパートの部屋を訪ねた。すでに隣室の女性が部屋で待っていた。
「こんにちは。千葉といいます、我が侭なお願いを聞いていただいて、申し訳ないです」
「あっ、どうもこんにちは、夏樹です」
 千葉喜美子。夏樹よりは少し年下のようだ、小柄で少しポッチャリ系の女性だ。もしかして、青田が彼女にしたいと思っているのかも知れないと、ふと感じた。
「まあ、そんな堅苦しい挨拶は抜きにして、夏樹もとりあえずあがって、千葉ちゃんがコーヒーを入れて来てくれたから、一緒に飲もう」
 夏樹は玄関先に二つのヘルメットを置き、バイク用のブーツを脱ぎ、青田の部屋に上がりこんだ。
「夏樹さんは何のバイクに乗ってはるんですか」
「ホンダのXL125。内緒なんやけどエンジンは200ccを積んでるから、馬力は見た目よりあるよ」
「私もバイクの免許が欲しいのやけど、暇がなくて。今ままでも何人かのバイクの後ろに乗せてもらって、ツーリングに出かけたんやけど、みんなバイクは引退、とか何とか言って、車に乗り換えたんや」
「そうなんよ、俺の周りでもバイクに乗ってる奴は、いてないなあ」
「たまたま、隣の青田さんの話を聞いたら、会社の人でバイクに乗ってる人がいるって聞いたから、頼みこんでお願いしたわけです」
「かなり、強引やったけどな」
 青田がコーヒーを入れたカップを夏樹の前に置いた。
「ほな、バイクに乗るのは今日が初めてやないんやね」
「ええ、何回も乗せてもらった」
「じゃあ、乗り方を教えなくてもええんやね」
「任せて、私、乗せてもらうのは自信があるから」
 千葉はそう言うと、にっこりと微笑んだ。



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2010.09.09 / Top↑
 コーヒーを飲み終え、さっそくツーリングに出かけた。
「青田さん行ってきます」
「先輩、ほな行ってきます」
「ところで、どこへ行きますか」
「お任せします。お昼頃にどこかで食事をして、できれば、行きの道を戻ってこない感じで、ぐるっと廻ってくるコースがええなあ」
「車の多いところより、山の方がええかな」
「はい、いいですねえ」
 夏樹の頭の中には京都周辺の地図が浮かんでいた。その地図に一本のコースを描いていた。高校のころに自転車でも何回か走ったコースを走ることにした。バイクで半日ツーリングするにはちょうど良い道のりだろう。
 まずは市街地北部、鞍馬寺を目指す。寺近くに観光客相手の和風の店があった。ここでラーメンを頼み、少し早めの昼を済ませた。この先には昼を食べられるような店が、あまりなかったように思う。
 ラーメンを食べながらふと思った、ここまで来るのに、まるで一人でバイクに乗っているかのような錯覚をする時があった。信号などで停車した時に「あっ、後ろに千葉さんが乗ってはったんや」と気が付くほどに、走行中は後ろに人が乗っていることを忘れるほどにバイクと一体になってくれていた。
『任せて、私は乗せてもらうのは自身があるから』
 この言葉は本当だったのだ。
 鞍馬寺の脇を通り、花背峠を越える。自転車での峠超えは、自転車を降り、押して歩いて登る急勾配の坂道が続く。かなり山深い地ではあるが、峠を越えても京都市である。(統合する前からだ)
 大布施の三叉路を西へ左折し、しばらくすると京北町(現京都市右京区)に入る。山間ではあるが田畑が広がり、勾配もほとんどない道を進む。



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2010.09.12 / Top↑
 信号はほとんどなく、対向車もあまり見かけない、いわゆる田舎の道なのだが、鳥居町の常照皇寺という寺には天然記念物の、九重桜がある。とても大きな枝垂れ桜だ。数年前にNHKの桜を特集した番組で見たように思う。初めてこの満開の桜を見たのは三十年ほど前のこと、現在はどうなっているのだろうか。
 田園風景の緩やかな道路を走り、やがて周山に着く。福井と京都をつなぐ国道162号、通称周山街道を左へ曲がる。ここからはカーブが連続の山道に入り、二つの峠を越えて、京都市内に入る。(現在は統合して、周山も京都市右京区になっている)
 時々急カーブがあり、そのたびに右へ左へとバイクが大きく傾くが、後ろに千葉が乗っていることを忘れてしまいそうになり、つい一人で乗っている時のようにスピードを出しまま、カーブを曲がってしまう。
「あっ、そうか」
 一つ目の峠の頂(いただき)付近に、車が三台ほど止められる空き地があり、そこにバイクを止めて小休止とした。
「ほんまに、乗せてもらうのは上手やねえ、乗せているのを忘れてしまうわ」
「だって、せっかく乗せてもらうんやから、運転する人の負担にならんようにせんとね」
「いやあ、恐れ入りました」
「また、乗せてくださいね。ちょっと厚かましいけど」
「かまへんけど、青田さんはええのんか」
「青田さん?別に何でもないけど、ただのお隣さんやけど」
「あっ、そうなんや」
「・・・ええ。いや、かなんなあ、関係ないから」
「先輩、残念でした」夏樹は心の中でつぶやいた。
 小休止を終え再びバイクを走らせ、そのまま千葉のアパートまで行った。その三ヶ月後に突然、千葉は福井の実家へ帰ったと、青田から聞かされた。


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2010.09.15 / Top↑
 夏樹より二年先輩の青田は少し元気がなかった。彼のアパートの隣人だった千葉が当然、実家へ帰ってしまったのが原因らしい。。父親の具合が良くなく、一人娘の彼女は半ば強引に戻されたようだと、青田に聞かされた。
「先輩、元気を出して、今日の帰りにいつものお好み焼きやで、飲んで行かへんか、先輩のおごりで」
「何で俺が、お前におごるらなあかんねん」
「そやかて、先輩に頼まれたさかいに、千葉さんをバイクに乗せて、ツーリングに行ったんやで」
「彼女のことは言うな」
 青田は大きくため息をついた。やはり青田は千葉に好意を持っていたようだ。
「ごめん、まあ、とにかく行きましょ」
「よし、わかった」
 青田が突然大きな声で言った。
「行こ、俺のおごりや」
「ええ、どこに行くんですか、青田さんのおごりやったら、俺も連れって下さい」
 二人の会話の後ろから、夏樹より二年後輩の野川が割り込んできた。
「お前、人の話を盗み聞きしてたんか」
 青田が行った。
「聞こうと思わんでも聞こえますよ、あんな大きな声で『行こ、俺のおごりや』て言うたら」
「あっそうか、お前以外にも聞こえたやろか」
「たぶん、聞こえてへんと思いますけど」
 青田と野川は小さな声で会話をした。
「夏樹、野川も一緒でもかまへんか」
「ぜんぜん、かましませんで、先輩」
 夏樹も小さな声で話をした。
 結局三人で会社の近くにある、お好み焼き屋に行くことになった。目の前に鉄板が置かれたL字型にカウンター席しかない小さな店だが、家庭的な味が評判で、会社の連中も時々通っているようだ。またここのママさんは飾りっけなく、素ッピンのおばちゃんだけど、豪快な笑いでいつも客を和ませてくれる。会社の寮にいる若い連中の、おかあちゃんみたいな人だ。


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2010.09.17 / Top↑
「こんばんは、おばちゃんビールちょうだい、コップは三つで」
 青田が店に入るとすぐに言った。店には他の客の姿はなかった。
「はい、いらっしゃい、なんやあんたらか、けどこちらさんは初顔やねえ」
「野田、この店初めてか、給料前の金のない時はここに来るなよ、このおばはんに、金がない時はインスタントのラーメンでも食ってしのぐもんやって、怒られるで」
「当たりまえやんか、若い時はちゃんと貯金をして、頻繁に外へビールを飲みにいくもんやない、ましてや給料日の前に金があるわけがないやろ」
「そんなことを言うてるから、儲からえへんねんで、おばちゃん」
「あほなことを言いなや、あんたらが来てくれんかて、商売はやっていけます」
 おばちゃんはビールの栓を抜いて、青田のコップに注いだ。青田は少しコップを傾けて持ち、微笑んだ。
「ところで青ちゃん、寮を出てアパートに住んでんにゃて、もったいないなあ、結婚資金に残しといたらエエのに」
「俺かてもう二十五やで、いつまでも寮にいるわけにはいかんやろ」
「ええ、そうなんですか、二十五になったら寮を出んとあかんのですか」
 野田が少し不安な顔で言った。
「ちゃうちゃう、どうせ青ちゃんは、部屋に女を連れ込むために一人暮らしを始めたんやんやろ」
「おばちゃん、今日はその話は禁句や、ふられたばっかりやねん」
 夏樹が小声でおばちゃんの耳元で言った。
「女にふられたぐらいで、辛気臭いなあ。そしたら今日は青ちゃんのおごりやな」
「青田先輩、ふられたんですか」
「野田、まあええやんか。先輩、まあ飲もう、ね」
「青ちゃん、誰にふられたんや、会社の子か」
「おばちゃんは、真っ直ぐやなあ。もっちょと飲んでからの方が、ええのとちゃうか」
「夏ちゃん、飲んでからやと、余計に辛気臭くなるさかい、早めに喋った方がええねん。青ちゃん、男なんやから、いつまでもくよくよせんと、ほら、うちからのおごりや、飲み」
 おばちゃんはそう言うと、ビールの栓を抜き、青田の前に置いた。


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2010.09.20 / Top↑
 夏樹はおばちゃんの奢りのビールを持ち、青田のグラスに注いだ。
 落ち込んで少し俯(うつむ)いている青田が突然、背筋を伸ばしてグラスを持ちビールを一気に飲み干した。そして、その右隣にいた夏樹を見た。
「そうや、今年の盆休みって五日もあんのやろ」

「びくりしたな、いきなり大きな声を出して何やねんな、落ち込んでると思うて、ビールをサービスしたのに」
「いつまでも、クヨクヨしてたかて、しゃあないやんか、おばはんの奢りのビールを飲んだら、元気が出てきた。女はあいつだけやない、ふられたら次を見つけたらええねん」
「さすが青田先輩、男らしいは」
 野田が大いに喜んだ。
「流行の歌にもあるやろ、『別れたら、次の人・・』ははは・・」
 青田は店中に響き渡りそうな大きな声で歌った。かなり音程は外れている。
「先輩、ちょっとちゃうやろ『別れても、好きな人・・』やろ」
「そんなもん、わかってるわい、夏、ほら飲め」
 そう言うとおばちゃんの奢りのビールを、夏樹のグラスに注ごうとした。
「おまえなあ、全部飲まなビールが入らへんやろ、注ぎ足しは不味く(まずく)なるさかいなあ」
 夏樹はグラスに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干した。夏樹のグラスにビールを注ぐと、野田にも同じこと言ってグラスを空にさせ、ビールを注いだ。
「おばはん、ビールもう一本ちょうだい、それとミックスを三つ作ってや、お前ら半そばにするか」
 半そばとは焼きそば用のそばを半分だけお好み焼きに載せ、一緒に焼くオプションだ。モダン焼きとも言うようだ。
「ところで盆休みは五日もあんのやろ」
「そうやねえ、十二日から十六日までやから、五日もあるなあ」
 野田が答えた。
「どっかに行こうかな、俺の源チャリでどこまで行けると思う。夏樹やったらあっちこっち行ってるさかいに、わからへんか」
「青田さん、あのラッタッターでツーリングに行くのか」

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2010.09.23 / Top↑
「そうやあ、普通免許で乗れるのは車と源チャリだけやから、あの『ラッタッター』しか持ってへんしなあ」
 ラッタッターとは三十年ほど前にホンダから販売された原動機付自転車「ロードパル」のことだ。エンジンを掛けるのにペダルを数回踏み込み、ゼンマイを使って始動させる。ソフィア・ローレンが「ラッタッター」と叫ぶテレビコマーシャルがあった。それでこのバイクをロードパルと言う人はいなかった、誰もがラッタッターと言っていたように思う。
「行けんことはないと思うけど、スピードはあんまり出えへんから、交通量の多い方面は辞めといたほうがええのとちゃうか」
「ゆっくりと、旅にでも行こうかなあ」
「先輩、旅に行きたいのやったら、一緒に北海道に行きませんか」
「北海道!!」
 野田のいきなりの発言に青田と夏樹は、ほぼ同時に大きな声で言った。
「そうですよ、北海道ですよ。いま友達と計画中なんですよ」
「けど北海道に行くって、交通費はけっこう高いやろうし、五日間で行ってこれんのかあ」
「夏樹さん、フェリーで行くんですよ。時間は少しかかるけど、お金はあんまりかからへんよ」
「フェリーで行くということは、車で行くのか」
「そうです、向こうでの交通費はガソリン代だけやしね。その代わり北海道には二日しか滞在でけんのですけどね」
「ほな三日間は船の上っちゅことか」
「そやから一緒に行きませんか、船の上は退屈やろうから。三十一時間もいますからねえ、片道ですよ」
「さんじゅういちじかあん!!」
 青田と夏樹はまた同時に大きな声をだした。



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2010.09.25 / Top↑
 青田と夏樹がたびたび大きな声を出すから、おばちゃんが負けずに大きな声を出した。
「あんたら、うるさいなあ、他のお客さんに迷惑やろ」
「何を言うてんの、わしら三人しかいいひんのに」
 青田が皮肉たっぷりに言った。
「とにかく、急に大きな声を出さんといて。ほれ、焼けたで」
 おばちゃんは焼きあがった三枚のお好み焼きにソースを塗り、青海苔とカツオ節を載せそれぞれの前に置いた。
「よし、俺も北海道に行く」
 夏樹がまた大きな声を出した。おばちゃんは無言で夏樹を睨みつけた。
「あっ、おばちゃん御免な。野田、俺も連れて行ってくれへんか、一緒に北海道に行きたい」
「うん、行きましょ」
「先輩も一緒に行こう、ラッタッターで行くのは、ちょっとしんどいと思うけど、野田の車に乗って行ったらええやんか」
「そやなあ、前向きに考えとくは」
 夏樹は北海道へ行くフェリーのことや、北海道での行動を野田に聞いた。野田は五日間の計画を話しはじめた。
「十一日の仕事が終わったらすぐに敦賀の港に向かうんやな」
 夏樹は目の前にあるお好み焼きには手をつけずに、野田の話に夢中になっていた。
「そうです。十三日朝早くに小樽に着きます。ほんで十六日の夜までにはここに帰ってこれますから」
「北海道の二日間でどこへ行くんや、広いからどっかまで行って、次の日に小樽まで帰ってこんとあかんやろ」
「俺は北の端、宗谷岬に行きたいんです」
「宗谷岬か、小樽から何キロあるんや」
「だいたい500キロぐらいかな、けど北海道は道が広いし、信号も少ないからこの辺で500キロ走るよりは楽やと思うけんやけどね」
「500キロか、バイクで500キロはちょっときついかなあ」
「あれ、夏樹はバイクで行くのかあ」
 青田が言った。


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2010.09.28 / Top↑
 青田と野田はお好み焼きを食べながら、ビールを飲んでいた。夏樹だけはいまだにお好み焼きには手を付けず、ビールの入ったコップを持って天井の一点だけを見つめるように見ていたが、その視線を野田に向けた。
「野田、フェリーの予約って終わったんか」
「いや、まだですよ」
「俺の分も頼むな、バイクも料金が取られんのやろ、車と同じなんか」
「車よりはだいぶ安かったと思いますよ。夏樹さんはバイクで行くんですか」
「当たりまえやんか、どうせ行くんやったらバイクで行きたい。あの大きな大地の風を受けながら走りたい。けど一日で500キロはちょっとしんどいから、北海道では別行動かな」
 夏樹はコップに残っていたビールをひと息に飲み干し、ようやくお好み焼きに手を伸ばし食べた。
「先輩、ご馳走さまでした。また、来ましょうね」
 野田と夏樹が青田に礼を言った。
「パチンコで大当たりしたらな」
 お好み焼きを食べ終わり、青田はアパートへ、野田と夏樹は寮へ向かった。

 寮に戻り野田が手に入れた『新日本海フェリー』のパンフレットを見て、二ヶ月後の自分の姿を想像していた。憧れの北海道である。広い大地を走るには今のバイクよりも、ロードタイプのバイクの方が走りやすいのではないかと、今まで以上に思っていた。
「飛沢に電話をして、大学の友達に250ccのロードタイプのバイクを、探してもらわなあかんなあ」
 後日、新しいバイクは意外にもすぐに見つかった。新しいと言っても『スズキGSX250E』の中古車だ。程度はかなりよいと言う。いま乗っているトレールバイクも下取りをしてくれると言うことで、話がまとまった。
「さて北海道の二日間、何処を走ろうか。飛沢もいかへんかなあ、けどバイクを持ってへんしなあ」
 北海道の地図を広げて思いにふけった。
                
                        GSX-250E




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2010.09.30 / Top↑
 野田は北の端、宗谷岬を目指すと言った。約500キロの距離を一日で走ることは、未知の走行距離であった。たしかに北海道は道が広く、信号も少ないと言う情報はあるが、一日で500キロは無理だろうという判断をした。それに、車と並走するのはお互いに気を使い、楽しめないようにも思えた。
 では何処まで行くか、北海道全体の地図を見て宗谷岬は上の端、その反対の下の端に襟裳岬が目に入った。
「おんなじ岬でもこっちの岬に行こうか」
『えり~もの、春~は~、何も、ない、春・・・』
 そんな歌詞が頭の中に響いていた。襟裳岬から少し北へ目をやると「幸福駅」を見つけた。当時、ブームだった『愛国から幸福へ』の広尾線が帯広に延びていた。(現在は廃線となっている)鉄道ファンとしては、ここを外すわけにはいかないと思った。
「よし、襟裳岬にしよう」
 さっそく少し詳しい地図を広げ、小樽から帯広、幸福駅を経由しての襟裳岬までのルートを探した。札幌から苫小牧までの高速道路を利用すると、時間的にも早くいけそうだ。それでもおおよそ430キロの距離がある。
「小樽の港に着くのは朝の五時過ぎやから、使える時間が長いからなあ」
 さらに高速を使っての時間の短縮、北海道は道が広く信号も少ないと言う情報を考慮し、走れない距離ではないだろう。これで決まった。
 次に泊まるところだ。もちろんユースホステルである。ガイドブックを広げ、えりも岬ユースホステルと小樽天狗山ユースホステルを見つけ、予約の葉書を準備した。お盆休みで混雑が予想される。
「満室で泊まれないと言うことになると困るなあ」
 それともう一つ、肝心のフェリーの予約が取れなければ全ての計画が無駄になってしまう。野田からの回答を待つしかなかった。



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2010.10.03 / Top↑
「夏樹さん」
 夕食後に野田が夏樹の部屋に入って来た。
「やっぱり込んでるみたいやねえ」
「ええ、フェリーの予約が取れへんかったんかあ」
 せっかくの北海道旅行の計画が駄目になってしまう。夏樹は野田に詰め寄った。
「ちゃうって先輩。取れるんやけど、行く時は他の客と相部屋になるって言われたんや」
「相部屋?」
 往復共に二等寝台を頼んでいたが、北海道へ向かう時は一等客室に他の客と相部屋になると言うのだ。
「それしか空いてへんのやったら、しゃあないわなあ。値段も高くなんのやろ」
 新日本海フェリーの客室には何種類かあり、一番安いのが二等船室、絨毯が引かれた大部屋に雑魚寝の部屋だ。その上のクラスが二等寝台だ、二段ベッドが並んでいる。そしてその上が一等客室、二段ベッドが二台の四人部屋個室で洗面所が付いている。特別スイートルームと言うのもあったと思う。
「一等やけど相部屋やから、少しまけるって言うてました」
「どんな人が一緒かわからんけど、まあしゃあないな」
「帰りは二等寝台が取れましたから」
「けど、ちょっと待てよ、この二人と青田さんとお前の友達と、四人で行くんとちゃうんか」
「青田さんは行かへんって、俺の友達も都合付かなくなって、キャンセルですわ」
「青田さんが?俺には何にも言うてないけどなあ」
 お好み焼き屋で盛り上がった北海道旅行も、野田と夏樹の二人だけとなり、夏樹の我が儘で、北へ行く野田と南に向かう夏樹と、北海道では別行動になる。ひとまず計画は予定通りに進むことになった。

追記
 ネットで検索したところ、今ではフェリーも高速化し、十九時間ほどで敦賀、小樽間を運行しているようだ。




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2010.10.05 / Top↑
 八月十一日午後六時三十分出発。仕事を終え野田と夏樹はそれぞれの車とバイクに乗り、敦賀港へ向かった。フェリーの出港は二十三時だが、遅くとも一時間前には港に着くように、この時間に寮を出た。
 野田の車が前を走り、夏樹はその後を付いて行った。夜は車の後を付いて走った方が楽である。車にはライトが二個、バイクには一個しか点かない、ましてや福井に向かう国道162号線は街灯や建物が少ない山道である、車のブレーキライトがいつ明るく光るか、それだけを注視して走った。
 九時頃に敦賀港に到着、すでに多くの車、バイクが集まっていた。案内に従い車は専用の駐車スペースへ、バイクもバイク専用のスペースへ向かった。
「野田、あとでな」
 乗船は九時三十分からだと言うことだ。後ろに大きな荷物を積んだバイクが数十台はいただろうか、駐車スペース全体を照らすライトは、あまり明るくはない。何台のバイクが待っているのか、正確な数はわからなかった。まもなく、係員が乗船券を確認に来た。
 数十分後に乗船口に近いところのバイクが、次々とエンジンをかけた。それにつられるように、夏樹の周りにいたバイクもエンジンをかけた。一台づつ乗船用のスロープを登り、船の中へ入って行った。進行方向を向いて右側の端へ、数人の係員が誘導していた。
「隣のバイクと同じように斜めに置いて、ローギアーに入れてエンジンを止め、サイドスタンドを出してください」
 一人の係員がハンドスピーカーを持ち、ゆっくりと歩きながら言った。
「航行中はこの場所への立ち入りは禁止になります、荷物は全て客室へ持って行って下さい」
 言われた通りにバイクを止め、荷物を下ろし、ヘルメットは専用のホルダーにかけてキーロックした。そんな作業をしている後ろを次々と車が入って来て、別の係員が車の止め方をハンドスピーカーで指示していた。


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2010.10.08 / Top↑
 荷物を担ぎ船室入り口に向かおうとした時だった、係員が小型船を係留するのに使うような太いロープをバイクのシートに架け、そして床にある金具にロープを架け、ぐいぐいと引っ張り、手際よく床に架けた金具のところでロープを留めた。ロープがシートにくい込み、サスペンションが大きく下がった。そして隣のバイクも同じようにぐいぐいと引っ張り、床の金具のところで留めていった。
 ちょっとバイクが可愛そうなぐらいにロープが、シートにくい込んでいるのが少し気になったが、あまりの手際の良さに三十時間も揺られるのだから仕方ないと諦めた。

 船内フロントで野田と合流し部屋の鍵をもらい,一等客室が集まるコーナーへ向かった。部屋のドアを開けると目の前に壁が有り、その壁から垂直に部屋の奥へ壁が延びる。垂直の壁の両側に二段ベッドが並び、相部屋とは言っても入り口が同じだけで、二人づつのプライベートな空間が多少は守られている。右側のベッドには、同部屋となる五十代ぐらいの夫婦が先に入室していた。
「こんばんは、よろしくお願いします」
「あっ、どうも。よろしくお願いします。洗面がこちら側にありますから、遠慮なく使って下さいね」
 女性の方がにっこりと微笑んで受け答えてくれた。夫婦は荷物を片付け、ベッドメイキングをしているようだ、時刻は二十三時をまもなく過ぎようとしている。
「ありがとうございます」
 夏樹は皮のジャンパーと皮のライダーパンツを脱ぎ、Tシャツとハーフパンツに着替えた。そして、いつでも寝られるようにベッドにシーツを準備し、ひとまず部屋を出てオープンスペースに向かった。




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2010.10.12 / Top↑
「ビール、飲もうか」
 野田が夏樹を誘いビールだけが入っている自動販売機へ向かい、それぞれがレギュラー缶を落とした。栓を開けてひとまず乾杯をした。
「うんん、なんや随分とぬるいなあ」
 夏樹が言った。
「ええ、そうですかあ、俺のは、よう冷えてるけどなあ」
 同じメーカのレギュラー缶の見本が七本並んだ自動販売機に、もちろん同じ値段のボタンが七個ある。夏樹は右端にあるコイン入れに右手でお金を入れ、右手でボタンを押したから、おそらく右端を押したようだ。
「野田はどのボタンを押した?」
「左手で押したから、左端かな」
「左の方が冷たくて、右の方はぬるいんやろか」
 ビールが冷えていないからと言って、交換してもらうわけにいかず、仕方なくそのまま近くの椅子に座り飲むことにした。
 二人は缶ビール片手に他愛のない会話をしながら、目の前の自動販売機で缶ビールを買う人を、なんとなく視界に入れていた。係員が販売機にビールを補充しているのを見たときだった。
「あっそうか、なるほどな」
 夏樹はあることに気がついた。なぜ夏樹の買った缶ビールが冷えていなかったのか。
「野田は左利きやったかいなあ」
「字を書いたり、箸は右ですけど、ボールを投げたり、バットを左なんです。絵を描く時も左を使うことがあるなあ」
「それや」
「ええ、何が」
「人の多くは右利きなんや、そやから右側にコイン入れがある、右手でコインを入れて、右手でボタンを押す。七個も並んでいるボタンも売り切れでないかぎり、無意識に右の方のボタンを押すんや」
「なるほど、そやから右の方のビールが早くなくなるから、右の方だけ補充をする、ほんでまた右の方のビールが買われるから、ぬるいのが出てくるんやねえ」
 廻りを見渡したところ、缶ビールの自動販売機はこの一台だけだった。




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2010.10.14 / Top↑
「二本目を買うてくるわ。一番、左のボタンを押すでえ」
 夏樹の顔はすでに赤くなっている。椅子から立ち上がると足元がふらついた。缶ビールの酔いと、仕事を終えてから百キロあまりの道程をバイクで走った疲れ
が入り混じり、少し足元が安定しなくなっているようだ。
「あああ、よう冷えてるは。うまい」
 オープンスペースにはいくつかのテーブルと椅子が無造作に置かれ、その周りに飲み物やアイスクリームの自動販売機が何台かあり、ゲーム機も数台が置かれていた。テレビもあるが、陸から離れると映りが悪くなり何の番組なのか分からなくなってしまった。
 二本目の缶ビールを飲み終えるころには、夏樹の顔は酢だこのように赤くなり、野田との会話も迷走してきた。
「先輩、もう寝ましょうか、くたびれたもんねえ」
 野田は夏樹より早いペースで三本目の缶ビールを飲み干していた。
「そうしましょう、寝ようか」
 そう言うと椅子から立ち上がり、空の缶を缶用のゴミ箱に入れようとしたが、足元がふらつき床に落としてしまった。なかなか酒が強くならいものだ。

 翌朝は快晴だった。今日は一日中、船の上で過ごすこととなる。小樽に着くのは約二十二時間後の明日の朝だ。この船上と言う空間でこの長い時間をどのようにして過ごすか、目の前に海があっても泳ぐわけにはいかない。客室の小さな丸い窓から外を見ていた。
「とりあえず、朝めしを食べに行こか」
 二人は顔を洗いレストランへ向かった。
 朝食はバイキング形式だ、すでに多くの客が集まっていた。そして入り口の看板を見て野田がつぶやいた。
「俺はいいです。だっていつもはコーヒーだけなんですよ、朝は。たいして食べへんのに千円は高いなあ」
 夏樹も普段はパンとコーヒーで軽く済ませる。朝から多くの食事は喉を通っては行かない体質らしい。
「ほな売店にパンでも売ってへんか、行ってみよか」


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2010.10.17 / Top↑
 二人は売店で菓子パンを買い、自動販売機で缶コーヒーを買ってオープンスペースで食べた。テレビには時々だが、韓国の番組が映し出されていた。
「さて、これからどうやって過ごそうか」
「そうやねえ、時間を潰すのに都合のいい遊び道具は何にも持って来てへんしねえ」
 ようするにトランプとか将棋とか、一人で時間を潰すための本や雑誌も持って来ていなかった。
「もう二人いたらマージャンができるんやけどなあ」
 オープンスペースのはずれの方にマージャンルームがあった。それを見て夏樹が言った。
「夏樹さんマージャンのやり方、わかるんですか」
「いいや、全然知らん、やったことないしなあ」
「ほな、あと二人いたかて、できひんやないですか」
「俺いがいの誰かが知ってたら、教えて貰えるかなあっと思うてな。これを機会にマージャンを覚えられんのやで」
「俺はできますけどね」
「ほらな、やっぱりもう二人いたら、できたやんかあ」
「いやあ、そんな簡単には覚えらへんと思いますけどねえ」
 二人は缶コーヒーを飲みながら、どうでもいい会話を続けていた。

 簡単な朝食を済ませ、ひとまず甲板に出た。ここにも多くの客がそれぞれの時間を過ごしてた。
「とりあえずここで、寝よか。夏の海やで、甲羅干ししよ」
 部屋に戻りタオルを一枚持ち、再び甲板に出てタオルを頭の下に敷き、甲板に仰向けになって寝転んだ。眠くはないけれど、ほかにすることもなく、甲板にごろごろとしながら、他愛のないどうでも良い会話を二人は話していた。それでも一時間もごろごろしていると、さすがに暑さに音を上げてしまい、オープンスペースに戻った。
「やっぱり夏は暑いなあ、よし、ビールやビールを飲もう」
「午前中からですか」
「ええやんか、どうせ他にやることもないし、車を運転することもできひんし。左やな、左のボタンを押してくるは」

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2010.10.19 / Top↑
 夏樹はよく冷えた缶ビールを二本持って戻ってきた。一本を野田に渡し、もう一本の栓を抜いて軽く上に上げた。
「カンパイ」
 小さな声で夏樹が言った。乾杯って昼日なかからビールの栓を抜き、二人で何に乾杯をするというのか。野田も少し困った顔で「カンパイ。いただきます」と小声で言って缶を少し上に上げた。
 野田は夏樹より二歳年下だが、美術系の短大を卒業してきたので、会社では四年後輩になる。さすがに絵を描かせると上手だった。
「野田は、何でこの会社に入ってんや」
「ああ、芸術では飯が食えへんからねえ、それに美大って言うたかて、短大やからたいしたことはないからな」
 右手に持った缶のビールを大きく飲み込んだ。
「学校に求人は少なかったけど、美大やから看板屋とか印刷屋とかが、わりと多かったんですよ、でもそっちの方面はあんまり興味がなかったしなあ。京都やから染工場も結構ありましたよ」
「彫刻が専門やったんやろ。原木をノミと金槌で削っていくんやろ」
「彫刻科って言うてもいろいろあるんですよ。俺は版画をやってました。木版です」
「ほな、彫刻刀を使って彫っていって、専用のインクを付けて紙に写していくやつやな。小学校の美術の時間とかにやるのと同じようなもんか」
「まあ基本は一緒やね。もっと大きな板に彫って、それを何枚も並べて、もっと大きな紙に摺ることもあるんですよ。浮世絵も版画ですよ、あれは色別に色の種類分の版を彫って、多色摺りの絵が仕上がるんです」
「それって型紙を使って、きものの模様を付けていくのと同じやなあ」
「そうなんですよ、初めはあんまり興味がなかったんやけど、たまたま会社見学に来た時にそれを見て、面白そうやなあと思って直ぐに履歴書を送ったんですよ」






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2010.10.22 / Top↑
 野田は面接という雑談だけの就職試験を難なくクリアーして、夏樹と同じ会社に就職した。入社して直ぐに型紙を使って模様を染めていく部門に配属された。入社して三年目、楽しく仕事をこなしているようだ。
「仕事はやりがいがあるし、面白いですよ。版画は趣味として少しやってます」
「そうかあ、それはなによりやなあ」

 そんな話をしながら、一本目の缶ビールを飲み干した。船内の柱時計は、まだ午前十時を少し過ぎたころだった。今日はとても一日が長く感じる。この後もフリースペースで乗客ウオッチングしたり、船内探索と称して、うろうろと廻って見たりもしたが、そんなに広い船でもなく、ほとんどが客室なのだから見て回れる場所は、かぎられている。直ぐに全部を見て廻ってしまった。
「今度は缶ビール持って、甲板に行こうか。暑いところで冷えたビールは美味しいのとちゃうか」
「いいですねえ、そうしましょう。今度は俺が買ってきますよ」
 そう言うと野田は自動販売機へ向かった。
 甲板からは360度の水平線しか見えない。空には雲がほとんどなく、甲板の床は夏の日差しに炙(あぶ)られ、熱くなっている。床に座り込んで、短パンの下から出ている素足で直に触れることはできなかった。
「やっぱり暑いなあ」
「けど、風は気持ちが良(い)いやないですか」
「そやなあ、ビールもよよう冷えてるし、なんかこの開放的な風景の中で、昼日なかからのビールが、心地よい酔いを・・・」
 夏樹は低い段差でつまずき、転びそうになった。かろうじて右手に持っていたビールをこぼすことはなかったが、ビーチサンダルしか履いていない右足の二本の指がかなり痛手を被ったようだ。
「あいたたった・・」



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2010.10.26 / Top↑
 何もやることがなく、何の目的もなく、ただ時間が過ぎるのを待つことが、こんなにも退屈で時間の経過が長く感じるものなのだと強く思った。帰りのフェリーでの時間の過ごし方の対策を、考えておく必要がありそうだ。
「テレビがもうちょっと普通に映ってくれたら、暇つぶしになるかなあ」
 雑音交じりで、不鮮明な画像には時々、韓国語らしき言葉が聞こえてくる。鮮明に映ったとしても、暇つぶしの材料にはならないかもしれない。

甲板1

(三十年近く前のネガです。傷が入って見ずらいですが、ご容赦下さい)

甲板2


 ようやく陽が傾いてきた。水平線に沈む夕陽が見られるのではないかと期待したのだが、日中には殆どなかった雲が俄かに湧き出てきて、水平線近くにへばり付き始めた。水平線に丸く赤い夕陽が、ゆっくりと沈んで行く姿を見ることはできそうになかった。

 夕食はディナーバイキング。朝食のそれよりも高い値段だったが、これを省略したのでは明日までは腹が持たない。仕方なくレストランへ入って行った。
 夕食後の時間の過ごし方は、昼の間に決めておいた。映画の鑑賞会が行われることを、フロントの近くに張ってあったポスターで情報を仕入れていた。今日の上映作品は「男はつらいよ」寅さんである。
 映画館のように折りたためる椅子が整然と並び、後ろの席ほど目線が高くなっていくようなところではなかった。多目的に使えるスペースに、横が五メートルほどの白い幕を垂らし、椅子はまばらに置かれていた。床がカーペットになっているので、空いたスペースにそれぞれが気ままな恰好で座ったり、横になったりして寅さんを見る人たちもいた。
「これで二時間はゆっくりと時間を過ごせるなあ
「八時からの上映やから、その前に風呂に入りませんか」
 二人はタオルと換えのパンツを持って浴場に向かった。


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2010.10.28 / Top↑
いよいよ北海道上陸!

 寅さんを見終わり、またフリースペースへ行き缶ビールを買い、二人で飲んだ。
「明日は晴れるやろか」
「そうやねえ、テレビもまともに映らへんからなあ、どうなんやろねえ」
 明朝は五時に小樽に着く予定だ、その前に荷物を整理してバイクのところへ向かわなければならない。今日は早めに寝ることにした。
 
 朝、四時に起床。陽はまだ出ていないが、部屋の窓から見た空には雲が一つもなく、快晴を予感させた。着替えを済ませ荷物を整理し、船底の駐車場へ向かった。
「野田、あさっての出港時間は何時やったかいなあ」
「午前の十時です、遅れんように気を付けて走ってくださいね」
「俺は明日には小樽に戻って、市内のユースホステルに泊まるから。お前も気をつけてな」
 それぞれの車とバイクの置いているところへ向かった。すでに多くのライダーがバイクに荷物をくくり付け、エンジンをかけて出口の方面へバイクを走らせ、ゲートが開くのを待ちわびていた。
 出口ゲート付近は多くのバイクのエンジン音が、轟音となり船底の中を響きわたった。
 五時前にゲートが開き、車なら一台分の金属製の橋が陸に向けてかけられている。そこを二台のバイクが並んで、次々と降りていき、そのままそれぞれの目的地に向けて散らばって行った。登って間もない黄色い太陽が、散らばって行ったバイクを照らしていた。
 夏樹も前にいたバイクの後に付いて橋を降り、高速道路のインターチェンジに向かって走った。昇ったばかりの太陽がまぶしかった。夏真っ盛りのお盆の十四日なのに、皮のジャンパーに皮のモトパンを履いている身体は少し寒さを感じた。
 


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2010.10.31 / Top↑
 高速道路を快調に飛ばして札幌に向かった。昇ったばかりの太陽は前方向にいて、大きくこちらを照らしている。
 札幌までは三十分ほどで着いた。休日の早朝だからなのか札幌市内も交通量は少なく、順調に国道を進み道央自動車道の北広島インターチェンジを目指した。北海道にも広島と言う地があるのかと、意味もなく感心していた。
 五十分ほどで苫小牧東インターチェンジを降りて国道235号へ、日高本線と太平洋に挟まれる位置に道路が南東へ延びている。雲はなく快晴の空模様なのだが、海から吹いてくる風は冷たく、安物の皮ジャンパーに差し込んでくる。
「お盆の暑い時やのに、寒いなあ。これが北国っちゅうことなんやろなあ」
 ふとバイクのスピードメーターに目をやると、70km/hを越えようとしている。
「やばいやんか、こんなに出したら捕まってしまうで」
 高速道路ではない一般国道を走っていても、信号は少なく、交通量もあまり多くない。道幅も広く対向車とすれ違うときに感じるスピード感は、高速道路並みである。その時後ろから乗用車が夏樹のバイクを追い越して行った。あきらかにスピード違反車である。100km/h近い速度で追い越して行ったのではないだろうか。このあとも後方から迫(せま)ってくる車は、あっという間に追いつき、追い越して行くのだ。
「随分と飛ばして行く車がおおいなあ」
 たしか、今でも事故率が高い都道府県の上位ではなかっただろうか。これだけ道が広く、信号も交通量も少ないとスピードが出すぎてしまうのかもしれない。しかし、本当の北海道らしい道路はまだ先のこと。夏樹にとって、感動の連続となり、本当の旅のはじまりへと続いていくこととなる。


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2010.11.03 / Top↑
 道路は海沿いから少し離れ富川の街に入った。国道237号線を左に曲がり、日高へ向かう。牧場や田畑が両側に広がり、北海道らしい風景が続く。
「あっ、そうか田代先生がこの辺の牧場で働いたことがあったんやった」
 高校のユースホステルクラブの顧問、田代先生のことである。
  (旅のはじまり三章-⑩を参照下さい)

「先生の話を聞いて想像していた風景と、ほとんど同じやなあ」
 川沿いの緩やかなカーブが続く道をしばらく行くと、両側に少しずつ山が近づいて来た。そして、山峡の連続したカーブを進むと日高町に着く。ここからは国道274号線にはいり日勝峠を目指す。原生林の中のカーブの連続を登っていくと、夏樹にとって北国を象徴するものの一つ、白樺の木々が増えてきた。その先に未舗装の日勝トンネルが現れ、これを抜けると日勝峠に着いた。十勝平野を一望できる展望台があり、一休みすることにした。

日勝トンネル
日勝峠


「こんにちは」
 右手にヘルメットも持ち、あきらかに夏樹のそれとは格段に高いであろう黒皮のライダージャケットの上下を身にまとった男二人が、近寄ってきた。
「こんにちは」
「おっ、京都からですか、わしら大阪ですねん。今日はちょっと天気が悪うなってきたから、寒いぐらいやわ。これからどっちに行かはんの」
 この少し慣れなれしい話し方が大阪人、関西人の、良いような、悪いような、そんな人種ではなかろうか。
「今日はえりも岬まで行きますねん。おたくらは何処へ行かはんの」
「そやねえ、昨日は池田町でキャンプをして、ワインをたらふく飲んで、今もちょっと二日酔いなんやけど、とりあえずここまで来て、これから何処へ行こうかなあって、考えてましてん」
 そう言えばなんとなく二人の顔が冴えないような気がする。



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2010.11.08 / Top↑
「それに随分と荷物が多いねえ」
「キャンプ道具一式を積んでるからねえ、昔のテントやから嵩張ってしもうて、貧乏学生やけどバイクにはちょっと金をかけたから、他のものはダチから借りたり、学校にあったやつを持ってきたりして、金をかけんようにしたからねえ」
 二人の乗っているバイクは750ccの大きなバイクで、車体の隅々まで磨き上げられて、マフラーなどはピカピカに光っている。
「へええ、大学生なんや、その歳で限定解除したんやねえ」
「俺は10回目」
「わしは13回目で合格ですわ」
 もう一人の男がはじめて話しをしてきた。色黒で大柄だけれども、少し控えめのその男は、殆ど会話には参加しなかった。
「13回って、やっぱり難しいんやなあ」
「朝の早くから免許センターに行って、試験用のコースを書いた紙を見ながらコースを歩いて覚えるんですよ。ほんで他の人が走っているのを、緊張して見ながら順番が来るのを待ってるのがしんどいんですわ」
「なんでなん」
「いっつも二、三十人が試験を受けに来るんやけど、受かるのは多くて二人、誰も受からん時もあるんや。スタートして最初の交差点で一旦停止して、クラッチを繋いだ瞬間に「五番の方、スタート地点に戻って」って試験管の声がスピーカーから流れて、グルッとUターンして戻って来ますねん」
「もう不合格なんか、何であかんのんや」
「とにかく厳しい試験やったなあ。最後までコースを走りきる人なんか、半分もいるやろか。九回の不合格の内、六回は安全確認ができてなかった、って言われたわ」
「安全確認って、発進する時に左右と後ろの安全を確認するんやろ」
「自分ではしたつもりでも、できてないって言われるし、完璧やと思たら確認が遅いとか、機敏に確認せんかったとか、言いよんねん」
「へえええ!」



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2010.11.11 / Top↑
「試験は週に一回、毎週のように四ヶ月も通ったなあ」
「四ヶ月も通ったの、がんばったんやなあ」
「おたくも、限定解除しはったら。大きいバイクはええでえ、余裕をもって走れるからなあ。まあ、車検があるから、ちょっと金はかかるけどなあ」
「社会人としては四ヶ月も試験場には通えんわ、いつになったら受かるかわからへんで」
 そう言うとジャンパーのポケットから煙草を取り出し、口に銜えた。すると大柄で無口の男がジッポーのライターを取り出し、夏樹の前で火をつけて差し出してくれた。
「おぉきにぃ」
「ナナハンはいいですよ」
 カシャンといい音をさせてジッポーのライターの蓋を閉じて、小さな声で言った。
「ところでいつから北海道に来たはんの」
「夏休みに入ったらすぐに北へ向かったから、北海道には半月ほどいるかなあ」
「半月!ほな結構あっちこっち行かはったんか」
 大きく吸い込んだ煙草の煙を、一気に吐き出した。
「いいや、そうでもないなあ。とにかくその日その日で、思いついた方へ向かうことにしてるから、道東と道北方面は行ってないなあ」
「えりも岬は?」
「おとといまでいたなあ、いつもはキャンプをするんやけど、あそこのユースホステルに一泊だけしたんや。まあ賑やかなところで、わしらにはちょっと合わんとこやなあ」
「風呂に入りたかったから、しゃあない」
 大柄な男が小さな声で言った。
「今日、そこに泊まるんやけどなあ。そんなに賑やかなんや」
「キャンプ場でも人が集まれば、みんなで騒ぐんやけど、ユースホステルっちゅうとこは騒ぎ方が強制的なところがあるし、それに酒が飲めへんのが一番困るんや。夜のお楽しみは、やっぱり酒やで。北海道の焼酎[ゴードー]は安くて美味いんや」
 よく喋る男と、無口な男が顔を見合わせてにこりと微笑んだ。




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2010.11.14 / Top↑
「ああ、頭が痛いなあ。なあ、今日はここでテントを張って寝てよか、二日酔いの状態で走るのはしんどいし、もしかしたら酒気帯び運転で捕まるかもしれへんしなあ」
 ナナハンに乗り、よく喋る男は、峠の展望台からの景色を見ながら両腕を伸ばし、大きく欠伸をした。

          日勝峠2
「ええよ」
 大柄な男がにこりと微笑んだ。
「まだ、昼前やのに、もうテントを張るのか、それにここはキャンプ場やないのに」
 夏樹はそう言うと、吸い終った煙草を捨てる灰皿を探した。
「いやあ、テントは冗談やけど、しばらくここで一眠りしてから、どこへ行くか考えようかなあっと思ってまんねん」
「ほな、しっかりと二日酔いを覚ましてからバイクに乗って下さいね、俺はそろそろ行きますわ」
「気を付けて、走って下さい、けっこうネズミ捕りがはってますから、スピードには注意せんとね」
「おぉきにぃ、そうしますわ」

 日勝峠に登って来るときよりも急勾配の下り坂を、速度を抑えて走った。やがて下り坂が終わり大きく視界が広がってきた。右へ曲がり33キロ行くと帯広であることを知らせる案内標識が見える。峠にいた時は少し雲が多かったが、帯広に近づくにつれ、青空が見えてくるようになった。
 右折して道路わきにバイクを止め、地図を広げて現在地を確認すると、十勝平野の文字が見える。周りの風景はガイドブックなどの写真で見る風景と同じだ、北海道らしい風景が目の前に広がり、思わずカメラのシャッターを押していた。      

          帯広①
           
 少し走ってはバイクを止めて、またシャッターを押した。帯広市内に入ると、西へ向かう道路の先が見えないことに気づいた。10キロほど走ってからようやくカーブしていることで、その間は真っ直ぐに伸びていることを確認した。京都周辺では絶対に見ることができない風景に、感動の連続だった。

          帯広②



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2010.11.16 / Top↑
 日勝峠にいるころは雲り空だったが、次第に青空が広がりようやく気温も上がってきたようだ。バイクを降りると日差しが暑く、眩しかった。首に巻いていたぼろ雑巾のような黒いマフラーをバッグに入れ、周りの風景に見とれながら、ブームとなっていた広尾線愛国駅を目指した。
                     帯広③
 38号線をそのまま東へ行くと釧路へ続く。帯広市内の中心部から国道236号線を南に走ると20分ほどで広尾線愛国駅に着く。盆休みとあって、すでに多くのライダーや鉄道利用の観光客が、駅周辺や構内で記念の写真を写している。鉄道ファンとしては、もちろん入場券と幸福駅行きの切符を買うことも忘れなかった。
     愛国駅①
                    切符①
                                        
 線路に沿うように国道を走り、その周辺はどこまでも広がる畑と、列車を強風から守る防風林が続き、建物はあまり見ることができなかった。信号もカーブも少ない広い道を、夏の快晴なのだけれど、走っている時はあまり暑さを感じず気持ちよく走った。
 時々バイクを止めて写真を撮り、広大で美しい風景を楽しんだ。
「ええなあ、気持ちが大きく柔らかくなって、ものすごく気持ちがええなあ」
 そう思う反面で冬は寒く、とても厳しいのだろうなあと、頭の中を少しかすめた。
 幸福駅には昼頃に着いた。単線の線路脇に短いホームがあり、その端に小さな駅舎があるだけだが、愛国駅以上に多くの観光客が、切符を買ったり写真を撮ったりしていた。バイクを降りてまずは入場券を買い、カメラ片手に駅周辺を歩いた。あまりにも人が多いので、人を要れずに写真を撮るのに苦労をした。できればホームに列車が入って来たときの写真を撮りたかったが、次の入線は二時間後のようだ。そんな長い時間を待っているわけにも行かず、先へ行くことにした。
     幸福駅②
                  切符②
                    
   
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2010.11.20 / Top↑
 国道と平行して広尾線も南に向かっていた。防風林の間から時々線路が見えるのだが、上下線ともに列車が走るのを見ることはなかった。ローカル線は走れば走るほど赤字が増える。周辺住民が少ないから本数が減る。本数が減るからますます利用者も減る。また、車の利用者が増えたことが利用者減のいちばんの理由だろう。
「愛国から幸福ゆき」と言う、当時の国鉄のキャンペーンコピーで多くの観光客が訪れたようだが、鉄道としての売り上げには、あまり影響がなかったようだ。夏樹が訪れた二年と半年後に広尾線は廃線となり、愛国駅と幸福駅は駅舎とホーム、線路の一部が、当時のまま保存されているようだ。

           踏み切り
                      線路②

 バイクを運転しながら見えてくる十勝平野の風景は、どこまでも真っ直ぐに伸びる線路、どこまでも広がる大きな畑、見方によってはあまり変化のない風景だが、この雄大さが夏樹を連続的に感動させてくれていた。
 信号と交通量が少なく、快調にバイクを走らせることができる。関西周辺を走るよりは、短い時間で距離を進むようだ。地図でおおよその時間配分をしていたが、予測以上に早く目的地に着きそうである。
 大樹町に入るころには右方面に山が近づくようになり、今までとは違った風景になってきた。やがて左前方に青い海が見えた。広尾町からは線路とも別れて、海沿いの道を走ることとなった。
 日高山脈の東の端が、断崖絶壁となり、海へそのまま入って行ったような険しい風景が連続する。ほんの数十分前までのそれとは別世界のようになった。


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2010.11.23 / Top↑
 えりも岬に向かう道路の左側はすぐに海、右側は切り立った崖が続き、場所によっては海側へ鋭角に延び、頭の上に岩が見えるところもあった。切り立った断崖絶壁と海との隙間に、七年がかりで道路が建設され、黄金を敷きつめたほどに費用がかかったと言うことから「黄金道路」と名づけられたようだ。その区間およそ三十三キロメートルある。
 断崖のあちらこちらには滝がかかり、その中でも「フンベの滝」が有名でガイドブックにも乗っている。約二十メートル上の断崖の途中から地下水が噴出し、それが滝となって落ちてくるのだそうだ。
(黄金道路とフンベの滝の話は、ガイドブックの受け売りです)
 夏と言っても北の国の太平洋は波が高く、ときおり大きな波が道路のすぐ脇の岩に打ち砕け、波しぶきを上げていた。
                         フンベの滝
                           
 太平洋の荒波と断崖絶壁の隙間を進む黄金道路も、やがて絶壁の高度が下がってくると視界が少し広がり、えりも岬に近づくころには丘となり左側の海には浜が広がってきた。
 道路から見る浜には、夏だと言うのに、泳いでいる人影はまったく見えない。波打ち際まで行った訳ではないが、泳げないほどに海水温は低いのだろうか。
(後日談であるが、この時から三年ほど後に八戸の海岸へ数人で遊びに行ったことがある。足を浸けることはできたが、泳ぐことはできなかった。八月の夏真っ盛りのころのことだ)

       えりも町①
                       えりも町②
                     
 えりも岬に近づくにしたがって、頭の中には同じ曲の歌詞がオートリバースで流れ続けていた。
                  ♪北の街ではもう・・・・
                    えり~もの 春~は~、何もない春ですう~♪




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2010.11.25 / Top↑
「ほんまに、なんもないなあ」
 この歌が流行ったころ、えりもの人たちから「何もないことはない」と反論があったと、何かで聞いたことがある。しかしその後「何もないけど何もないのが、いいとこなのだ」をアピールしていたとも聞いたように思う。
 都会には、ものがありすぎる。そんな世知辛い都市生活から見れば、何もないけど、何もないのが、とてもいいことのように思える。都市生活者の自分勝手な言い分かも知れないが、豊かで、何でも手に入る今の社会には、本当の大切なものを忘れているのではないか。だから何もないことが、大切なものを教えてくれたように思う。
          えりも町④
                       えりも町⑤
                       
 黄金道路の辺りでは切り立った断崖の山が海に迫っていたが、その山もえりも岬付近では丘となり、平原となっていった。そんな広々とした風景の中をすすみ、えりも岬まで一キロメートルほどの所に、今日の宿、えりも岬ユースホステルがあった。建物の前には数十台のバイクが整然と並べられていた。その列の中には数台の自転車も置かれている。
「バイクだけでもこんなに多いから、今日はおそらく満員やなあ」
 整然と並んだバイクの端へゆっくりと進み、隣の置き方に習い同じようにサイドスタンドを出して降りた。メインキーを抜き、ヘルメットと荷物を持って入り口へと向かった。
「おっ、おかえりなさい」
 玄関へ入ろうとした時に、中から出てきた男と、はち合わせしそうになった。その男は少し伸びた髪がボサボサで、鼻の下から顎まで不精ひげを蓄えていた。


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2010.11.28 / Top↑
「どうも、ただいま。もしかしてここのスタッフさんですか」
 その男はきつねのイラストが描かれた黄色いエプロンをしていた。はっきり言ってその風貌には似つかわしくなかった。
「そうです、夏休みだけのヘルパーですねん」
 ヒゲ面の男はニコリと笑った。メガネを掛けたその奥の目は細く、笑うことで黒い線になってしまった。
「関西の人やねえ、大学生ですか」
「そう言うおたくさんも関西やねえ。大阪とは違うなあ、きょうと、かな」
「正解。そっちは大阪やけど、ちょっと京都に近い方とちゃうかなあ」
「やっぱりわかりますか、ちょっと違うもんねえ」
 北海道の端っこの方で、たまたま出会った二人は、出身地が近いと言うことだけで親近感を持ち、旧知の友のように打解けて会話ができる。ユースホステルとはそんな宿なのだ。
「ところで受付はどこですか」
「玄関を入ったらすぐにわかりますよ、たぶんお母さんがいるはずですわ」
 ユースホステルの経営者や管理者のことを「お父さん、お母さん」と呼ぶところが多い。宿に泊まりに来たと言うより、我が家に帰って来たと言う環境を作っているところは、自然とそう呼ぶようになってきたようだ。
「おぉきにぃ。忙しそうやね、後で時間があったら話を聞かせてな」
「食後のミーティングの時に時間がありまっさかいに、その時に」
 ヒゲ面の男はそう言うと、建物の裏の方へ小走りで行った。

「ただいまあ」
 玄関を元気に入って行った。
「はい、おかえりぃ、ええと誰かな」
 とても元気な女の人が、ヒゲ面の大学生と同じきつねのイラストの赤いエプロンを着けて対応してくれた。


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2010.11.30 / Top↑
「葉書で予約をしておいた、夏樹です。京都の夏樹です」
「ええと、あっ、あった、ありました。夏樹君ね、じゃあこれに書くこと書いて、その前に会員証をもらおうかな」
 バッグから会員証を取り出し、とても元気なお母さんに渡した。
「夕食は六時半から、その後にミーティングやるから、先に風呂に入ってもらえるかな。今日は満員だから、パッパッパっとしないとミーティングに遅れちゃうよ。遅れると罰ゲームがあるからね。で部屋はこっちの廊下の一番奥の部屋ね。はい、シーツ」
 そう言ってユースホステル専用のシーツを手渡してくれた。
(注:二十五年前の記憶を辿っております。えりも岬ユースホステルをよくご存知の方に読んでいただくと、ご立腹なさる方もおられるかもしれませんが、多々のフィクションが入っております。なにとぞご容赦下さい。)
 廊下へ向かうと、風呂上りで顔を赤くした大学生風の二人組みに出会い、また部屋の方からはタオルを持ち風呂へ向かう三人組と出くわした。顔が日焼けで真っ黒だ、おそらく自転車で旅をしているグループだろう。
 定員百二十名のこのユースホステルは間違いなく満員のようで、先客がうろうろと廊下を行きかっていた。
「どうも、こんにちは」
 一宿(いっしゅく)同部屋の先客に軽く挨拶をして入っていった。
 一番奥の部屋は二段ベッドが四つ置かれた八人部屋で、入り口に近い方の下しか空いていなかった。そこに荷物を置き、スウェットに着替え、タオルと新しい下着をバッグから出した。
「あのう、風呂はどっちですか、今は混んでるかなあ」
 この部屋には三人の先客がそれぞれのベッドに横たわっていた。その先客の誰と言うこともなく聞いてみた。



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2010.12.02 / Top↑
「玄関を反対側へ行くと風呂がありますよ」
 夏樹が荷物を置いた上のベッドから半身を乗り出し教えてくれた。
「おぉきにぃ、さっそく風呂に行ってきますわ」
 浴場は少し込んでいた。早々にシャワーだけですませ部屋に戻り、タオルを窓近くに干し、食堂へ向かった。
「ミーティングに遅れて罰ゲームをやらされては、たまらんからなあ」
 海の近くの宿だから、海産のおかずが盛りだくさんに出てくる、ことはなく、夕食は他のユースホステルと同じく、いわゆる定食タイプのものだ。
 トレーにおかずの皿と付け合せの小鉢、ご飯と味噌汁の入った食器を載せ、空いている席に座った。
「昆布、日高名産の昆布はいかがですか、お見上げに買っていきませんか」
 大学生風の女の人が突然、日高昆布と書いた袋を持ってきた。
「昆布って、なにに使うんですか」
「料理のときに、だしをとったり、鍋のときにも使ったりするでしょ。日高の昆布は高級品ですよ、ユースホステルの特別価格で提供していますから、よそで買うより安いですよ」
「はあ、けど俺、料理をせえへんしなあ」
「じゃあ、ユースホステルのグッズも色々ありますから、食べ終わったら見ていってくださいね」
 そう言うと大学生風の女の人は、戻って行った。玄関で会ったヒゲの男と同じ、キツネのキャラクターが描かれたエプロンを着ていた。戻っていった先には小さな土産物店ように、海産物の土産とキツネのキャラクターが描かれた、えりも岬ユースホステルのオリジナルグッズが置かれていた。


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2010.12.05 / Top↑
 食後にみやげ物コーナーに寄ってみた。日高昆布の売り込みに来た、大学生風の女の人は他のホステラーのところへ出向き、昆布を売り込んでいた。
「昆布って、結構、高いなあ」
「はい、いらっしゃいませ、何を差し上げましょうか」
 キツネのイラストが描かれたエプロンをした、先ほどの女の人が夏樹の目の前に現れた。
「この日高昆布って、高いんやねえ」
「日高産の昆布は高級品ですよ、お母さんに買ってあげたら、喜ばれますよ」
 夏樹は昆布や他の海産物などを買う気はまったくなく、キツネのイラストを描いたグッズばかりを見ていた。女の人の言っていることのほとんどが念仏状態である。
「エプロンもちょっと高いなあ、まあ、エプロンをすることもないしなあ」
 独り言のように呟いた。しかし、女の人は聞き逃さなかった。
「エプロンはねえ、彼女へのお土産に買ってあげたら、喜ばれますよ」
「俺には彼女なんか、いてないけど」
「・・・。変なこと言っちゃたね、ごめんなさい」
 今までの軽いノリの話し方から、急に声のトーンも下がり、笑顔が消えた。夏樹はそんなに強い言い方をしたつもりはなかったのだが、そう聞こえたのだろうか。この雰囲気を何とかしないといけないと、とっさに思った。
「あっいやいや、現在募集中やから、お姉さんがなってくれたらうれしいなあ」
 少しおどけた喋り方で言った。すると彼女の顔に笑顔が戻ってきた。
「なってあげてもいいんだけれど、あなたは関西の人でしょ、私は札幌に住んでいるから、遠距離恋愛はちょっとねえ」
「残念やなあって、本当はその札幌にいてるんとちゃうの、俺なんかよりずっとカッコええ彼氏が」
「ええ、いや、そんなことはないです」
 女の人はたどたどしい話し方になった。


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2010.12.09 / Top↑
 夏樹が冗談のつもりで言ったことで、大学生風の女の人は俯いてしまった。
「いやあ関西人の悪いとこなんかな、すぐに笑いを取ろうとするから、聞く人によっては冗談に聞こえへんこともあるんよねえ」
 頭を軽く掻きながら、夏樹はちょっとだけ頭を下げた。
「いえ、わたしの方こそすいません、会話にのれなくて。大学には関西出身の友達がいるんですけど、まだ、ちょっとついて行けなくて」
 ようやく女の人の顔に笑顔が戻り、エプロンが駄目ならと思ったのか、キツネのイラスト入りのバンダナを手に取り、夏樹の前に出した。
「じゃあこれはいかかですか、自分ように」
「うわあ、気持ちの切り替えが随分と早いなあ」
「よく言われます。それだけが、とりえですから」
「ほな、これをもらいますは」
 バンダナをもらい、お金を払いおつりをもらった。
「ところで、札幌には彼氏がいるんでしょ、カッコええひとが」
「はい」
「まいったな、そんなにはっきりと、「はい」って言われたら、かなわんなあ」
「お買い上げ、ありがとうございました」

                 バンダナ


 バンダナを部屋へ持ち帰り、バッグに入れ再び食堂へ戻った。まもなくミーティンがはじまった。
「はい、みなさんこんばんは」
 玄関で受付をしてくれた元気なお母さんが、さらに元気な声で食堂に入って来た。
「今日は大勢のホステラーが来ていますから、少し私の観光案内などの話を聞いてもらって、その後はみんなで歌を歌いましょうか」
 そう言うとギターを持った男三人が入って来た。そしてキツネのイラストを描いたエプロンをしたスタッフが、参加者を囲むように部屋の周りに並んだ。



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2010.12.12 / Top↑
 浜名湖ユースホステルの時のように歌詞カードを渡されて、みんなで歌うのではなく、ギターを弾く三人のリーダー格の男の人が、歌う前に歌詞を読み上げてくれる。どの曲もだいたいは歌詞を覚えている有名な曲ばかりで、手拍子をしながら大きな声で歌った。キツネのイラスト入りのエプロンをしたスタッフたちは特に大きな手拍子と大きな声で歌った。
「じゃあ次は襟裳岬を歌いましょう。歌詞の中には「何もない春です」と歌っていますが、ここには暖かい心を持った人たちが大勢います。そして、このユースホステルがあり、お父さんとお母さんがいます。都会で忘れられたものが、ここには、いっぱいあるから僕たちスタッフは、ここに帰って来るのです。一度、ここの手伝いをすると、必ずまた帰ってきます。襟裳の春は何もないけど、いいところです」
 ギターを持ったリーダー格の男の人が話し終えると、宿泊者の中から自然と拍手が起こり、すぐにそこに居た全員が拍手をしていた。
「北の街では、もう・・・・」
 もちろんほとんどの歌詞の部分が頭の中に入っている曲ではあるが、二番、三番となるとその記憶も少し怪しくなってくるのだが、リーダー格の男の人が歌より先行して歌詞を読み上げてくれるので、気持ちよく最後まで歌うことができた。
「最後はこのユースホステルのテーマ曲のように歌われている、「おもかげ色の空」を歌いましょう。かぐや姫の曲です」
「あれ、そんな曲、あったかいなあ」
 夏樹の頭の中には聞き覚えのない曲名だった。しかし、前奏が始まり、歌が始まると聞き覚えのある曲であることに気が付いた。曲は分かるが曲名までははっきりと記憶にないのが、夏樹の記憶回路の曖昧なところである。時々、その曖昧な記憶のまま保存されてしまい、それが大きな勘違いを生み出すことがある。


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2010.12.18 / Top↑
「通り過ぎる風 それが季節 とても寒い季節」
 一番の歌が終わり、間奏の間に二番の詞を読み上げてくれた。すると部屋の周りに居たスタッフが、近くにいる宿泊者の背中を軽く押して、立って歌うように手で合図を送った。スタッフに近い人から順に立ち上がり、手拍子をして読み上げてくれる歌詞に続いて歌った。
「♪♪♪いつか 君が 忘れていった レンガ色のコート・・・」
 三番の歌に入るころにはスタッフの歌声のボリュームが最大になってきた。
「♪♪♪部屋のあかり消しながら・・・・・」
 突然、スタッフが部屋の電燈のスイッチを引っ張って消し始めた。部屋の中が暗くなり、ギターを弾くスタッフの楽譜のところにある小さな灯りだけが点いていた。
「♪♪♪また会うその日まで♪また会うその日まで♪また会うその日まで♪♪部屋のあかり消しながら・・・・・」
 サビの始まりに戻り歌は続いた。同じサビの部分を何回歌っただろうか、くり返し繰り返し歌った。
「ちょっと飽きてきたなあ」
 浜名湖ユースホステルでのラスト曲「翼を下さい」を歌う時も、サビの部分を何回も歌うが、その時以上に何回も歌ったように思う。衝動的に目の前にある電燈の紐を引っ張ろうとしたが、それに気がついたスタッフが、夏樹の行動を静止した。さらにくり返し歌が続いた。
「ラストー!」
 ギターを持ったリーダー格の男の人が大きな声で言った。
「♪♪♪また会うその日まで♪また会うその日まで♪また会うその日まで」
 ようやく終わった。全員が笑顔で大きな拍手をした。あちらこちらの電燈に灯りが点いた。誰が言ったのか「アンコール」の声が聞こえたが、ギターを持った三人は拍手をしながら部屋を出て行った。


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2010.12.23 / Top↑
「夏樹さん、歌が終わってへんのに電気を点けたら、あきませんって」
 ユースホステルに着いた時に玄関で、はちあわせしそうになった、ヒゲ面の関西出身の大学生が声をかけてきた。
「おや、ヒゲ面兄ちゃんやないですか。そやかてあんまりにも長いさかいに、ちょっと飽きてきたんや、なんぼなんでも長すぎひんか、あのサビのエンドレスは」
「今日は特別に長かったような気が、俺もね、ちょっとそう思たんやけどね、ヘルパーとしての経験が浅いから、先輩ヘルパーさんに言われへんでしょ」
 ヒゲ面の男は遠慮気味に小さな声で、夏樹の耳元で話した。
「サビの部分を何回、歌うのか誰が決めてはんの」
「真ん中でギターを弾いていた、シンさんとちゃうかなあ、ヘルパーの中で最古参のシンイチさん。今年が最後の夏とちゃうかな、もう四年生やし」
「そうやねえ、働くようになったら、なかなか旅も、でけへんしなあ」
「たしか、シンさんの大学は東京なんやけど、出身は九州って聞いたなあ。まあ、もし北海道に就職したら、時々来れるかな。けど、やっぱり学生のように、ちょくちょく来ることは、できひんもんなあ」
「ところで、おたくは何時からここでヘルパーをしてはんの」
「おれはねえ、まだ、今日で三日目ですねん」
「そうは見えへんけどなあ、もっと前から、ここにいた人見たいやけど」
「それって、顔が地味やから、おっさんくさいから、実年齢より年上に見えるから、って言うことですか」
「誰もそこまで言うてへんけど、そうとも言うかも」
 もちろんヒゲ面男と夏樹は初対面である、それなのに、この男はよく喋る。初対面とは思えないぐらいに、いろんなことを話してくれる。夏樹もその気さくなヒゲ面男のペースにのせられるように、口がよく回りはじめた。


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2010.12.25 / Top↑
「モジャヒゲさんは大阪からどうやってここまで来たの」
「俺ですか、自転車で来ましたやんや。小さいテントと飯盒を積んでエッチらオッチらとチャリを漕いでここまで来ましやんや」
「大阪から自転車で来たんか、何日かかったんや」
「十日ぐらいかなあ」
「たった十日で大阪から襟裳までこれんのんかあ、一日に何キロ走るんや」
「一日に何キロかなあ、百キロは走れへんかなあ」
「一日に百キロも走れへんのやったら、十日で大阪からは来れんやろ」
「そやかて八月一日までバイトをして、その日の夜に出発して襟裳まで来たのが十日やからねえ」
「夜に出発した、もしかして夜行か寝台の列車に乗って、自転車は輪行袋に入れて来たのかな。ほんで自転車で走ったのは函館か、札幌から乗って来たんやろ」
「そうですよ、札幌まで電車で来て、気の向くままにチャリを走らせて襟裳まできたんです」
「なんやあ」
「なんやって、何ですねん。大阪からずっと自転車を漕いで来たと思わはったんですか、そんなもん夏休みだけで北海道まで来て、大阪まで戻れませんやろ」
「それやったら、最初から輪行して電車で来たって言うてえなあ」
「あれ、言いませんでしったかいなあ」
 モジャヒゲ男と夏樹は他愛のない、どうでもいいような話を続けた。
「ここまで来て、三日ぶりにユースホステルに泊まって、久々に風呂に入ってミーティングに出たら、いきなりお母さんが「ヘルパーを募集してます。時間に余裕がある人は、ぜひお手伝いをお願いしまあす」って言わはったから、はい、おれ時間に余裕がある暇人です、って手を上げたのが三日前なんですよ」



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2010.12.27 / Top↑
 夏樹はモジャヒゲ男の話を聞きながら、スウェットのズボンのポケットから煙草を出し、潰れた紙の外箱に開けられた穴に指を入れて、一本の煙草を取り出した。少し曲がった煙草が最後の一本だった。空となった外箱を両手でギュッと捻じり、近くにあったゴミ箱に投げ入れた。
「ナイ、シュート」
 モジャヒゲ男がそう言うと三回だけ素早く手を叩いた。
「おぅ、入ったやんか。ご声援おぉきにぃ、ありがとさんです」
 夏樹は少し微笑んで、親指を上に立てて前に突き出した。
「夏樹さんは、いつまで北海道に居るんですか」
「いつまでって、今日、フェリーで小樽に着いて、明日は小樽まで戻って、あさっての朝のフェリーに乗って帰るんや。そやから北海道に五十二時間ぐらいしか居られへんなあ」
「ええっ、たったの三日だけなんですか、せっかくここまで来たのに、二泊して帰っちゃうんですか、なんとももったいない」
 モジャヒゲ男はそのモジャモジャのヒゲを右手で二回なでた。
「そやかて、しゃあないやんか、それが社会人の現実ちゅもんや。それでも五日間の盆休みをフル活用をして、やっとここまで来たんやから。ギリギリのスケジュールなんやで」
 夏樹は右手の指に挟んだ煙草を口に運び、煙を大きく吸い込み、そして大きく吐き出した。
「働くようになったら、給料を貰ってお金があるから、ゆっくりと旅ができると思っていたけど、時間がないから、じっくりと旅を楽しむことはできひんのやねえ」
 またモジャモジャのヒゲを右手で二回なでた。
「大学生は、時間はあるけど、お金がないのやろ」
「ええっ、何でわかるんですか、俺に金が無いことを」
 今度はモジャモジャのヒゲを左手で二回なでた。
 


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2010.12.29 / Top↑
            あけまして おめでとうございます
                本年もよろしくお願いします

        正月中は野暮用に振り回されておりました。ようやく更新にたどり着くことが出来ました。
        当方は雪の少ない穏やかな正月でした。こんなに雪が少ないと、逆に恐いぐらいです。
        引き続き書き続けて行きたいと思っております、よろしくお願いします。



     「小説のような、旅のはじまり 九章-42」

 夏樹は短くなった煙草をステンレス製の灰皿で揉み消し、モジャヒゲの男に向き直った。
「だってお金がないから、ここのヘルパー募集に飛びついたんやろ、時間はたっぷりとあるから」
「その通りです。自転車が好きで、自転車で旅をしているわけやないんです、電車賃がないからで、自転車なんか本当にしんどいですわ。金は無いけど、それでも北海道に来たかった、時間だけはいっぱいありまっさかいに」
 そう言うとモジャモジャのヒゲを両手でかき上げた。そこへキツネのイラストが描かれたTシャツを着た女の人が微笑みながら近づいて来た。夏樹には覚えのない人だった。
「ヨッちゃん、仕事をサボっててええのんか、お母さんに言うで」
「ええっ、もう片付けは終わったはずやけどなあ」
 モジャヒゲ男は立ち上がり辺りを見渡し、スタッフの一人を見つけて二コリと微笑み、安堵した表情で椅子に座り直した。
「直さんがあそこで、泊まりの人たちと喋ってはるから、もう大丈夫やで。あの人がヘルパー長みたいな人やからなあ。あっ、松井さん、きのうのミーティングの後に、直さんに怒られてると思ったんやな。ほんで、そんなことを言うんやろ、別に怒られてたわけやないんや、この仕事にまだ慣れへん俺が、色々と教えてもらうために厨房に行ったんやから、勘違いせんといてや」
 キツネのイラスト入りのTシャツを来た女の人に言った。彼女は松井と言うようだ。
「なぁんや、怒られてたんとちゃうんや、おもろないなあ」
 松井の話し方は少し荒っぽいが、顔はくしゃくしゃになるぐらいに、笑っていた。



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2011.01.05 / Top↑
 モジャヒゲ男は松井という女の人を夏樹に紹介した。
「夏樹さん彼女は大阪の堺市の人で松井さん、松井ヨシコさんです。美しい子と書いて美子さんです、俺と同じ大学の一年先輩なんですよ。それがね、昨日、偶然ここで逢ったんですよ、彼女は一人でバイクに乗って陸路をはるばる北海道まで来て、昨日、襟裳岬ユースホステルで逢っちゃたんです。これってすごくないですか、なんちゅうか運命的な出会いって言うか・・・」
「あんたなあ、ちょっと喋り過ぎや。男のくせにべらべらとお喋りなんやから、そやから彼女がでけへんのんや」
 モジャヒゲ男の話を途中で遮り、松井が激しい口調で言うと、彼の頭を軽くポンと叩いた。それでも彼女の顔はくしゃくしゃの笑顔だった。
 二人の顔は彼女がここへ現れた時から笑顔で、特にモジャヒゲ男のそれは夏樹と話をしていた時とは別人のような笑顔を作り、夏樹の顔をほとんど見ていなかった。なんとなくこの二人は妖しいなあ、と感じていた。
「俺がここにいると、お邪魔かな」
 夏樹が椅子から立ち上がり、この場を離れようとした。
「ちょっとお髭のお兄さん、何でお邪魔なんや、そんなわけないやんか、バイクで来たはる見たいやから、色々と聞きたいことがあるから、居てくださいよ。あんたはヘルパーの仕事があんのやろ、早うあっちに行ったら」
 松井はモジャヒゲ男の左腕を掴み、椅子から立つように引っ張った。
「まあまあ、そんな意地悪なことを言わんと、同じ関西人同士やないですか、仲ようしましょ」
 夏樹は微笑みなが椅子に座り直した。



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2011.01.07 / Top↑
 モジャヒゲ男と、彼と同じ大学の松井と言う女の人と夏樹の三人は、はばかり無く大きな声の関西弁で会話を続けた。時々、大きな笑い声がユースホステルの食堂全体に響きわたり、その度に数人の宿泊者が夏樹たちの方を微妙な微笑で見ていた。
「ヒゲのお兄さんはどこを通ってここまで、来はったんですか。うちは大阪から北へ福井に抜けて、日本海側をずうっと青森まで来て、青函のフェリーで北海道に渡って来たんや」
「青森まで何日かかったん」
「富山、山形,青森に泊まったから、三日で来たなあ。一日に500キロは走ったからなあ、さすがにしんどいわ」
「一日に500キロはしんどいなあ。俺は敦賀からフェリーに乗って、今朝、小樽に着いて、襟裳まで来たんや」
 明日には小樽に戻り、その明朝には敦賀行きのフェリーに乗ること、フェリーには一緒に乗って来た友達がいて、彼は車で宗谷岬を目指していることを、モジャヒゲ男に言ったことと同じように話した。
「随分と忙(せわ)しないツーリングやねえ」
「学生には時間はあっても、お金が無いの。社会人はお金があっても、時間が無いの。そやから、しゃあないやん」
 モジャヒゲ男は夏樹に聞かされたことを、松井に言った。
「あんた、えらい偉そうな態度で喋ってくれるやんか」
 松井はくしゃくしゃの笑顔をして、モジャヒゲ男の頭を軽く叩いた。
「社会人かてお金があるっていうほどの金持ちやないで、学生のアルバイトの方が、ええ給料を貰ってる人もいるさかいなあ」
「私はお金もあるよ、けっこう時給の高いアルバイトをしてるから。ほんで、時間もいっぱいあるから、北海道には一ヶ月ぐらいは居てよかなあ、って思うんやけどね」
「一ヶ月!ええなあ」
 夏樹は大きくため息をついた。




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2011.01.13 / Top↑
「ヨシオくーん」
 モジャヒゲ男が、えりもユースホステルのヘルパー長みたいな,と言っていた直さんに、モジャヒゲ男は手を振って呼ばれた。
「あっ、ちょっと行ってきます」
 夏樹と松井の二人になってしまった。松井はモジャヒゲ男がいなくなって、少し笑顔がなくなり、寂しそうだった。夏樹はスエットのポケットから煙草を取り出し、煙草ケースを上下に振り、出てきた一本を口に銜えた。
「うちにも一本、貰われへんやろか」
 夏樹は松井の言葉に少したじろいだが、煙草ケースを上下に振り、出てきた一本を彼女の方へ向けた。その一本を松井は手に取り、口に銜えた。夏樹は透かさずジッポウのライターを取り出し、火を点けて彼女の前に差し出した。
「おうきに。洋モクなんか吸うてはんのやねえ」
 夏樹はマールボロを吸っていた。
「これってフィルターが茶色いやろ、これがええねん。白いフィルターって唇にくっつくんよ、すると銜えた煙草を手に持とうとすると、唇にくっついたままで指だけが前に出て、火の点いた先を触ってしもうて、火傷をしたことがあるんや。茶色いのはつかへんやろ。そやけど茶色いフィルターって、あんまりないのよねえ」
 煙草の個人的な薀蓄(うんちく)を喋ってしまった夏樹は、なぜか松井の反応が気になった。
「そうやなあ、白いのは柔らかいし、銜え煙草をしてると、ぐちゃぐちゃになってしまうこともあるしなあ」
 松井の言葉に夏樹は少し安心した。



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2011.01.17 / Top↑
 松井と夏樹は少しの時間だけ会話を止めて煙草の味を楽しんだ。松井は大きく煙を吸い込み、すぐに上を向いて吸い込んだ煙の量以上に大きく息を吐き、煙を出した。今度は肺の中に煙が残っていないか確認するかのように、ため息のような軽い息を吐いた。そして持っていた煙草をアルミの灰皿で消した。
「松井さんっていつもは、何の煙草を吸うの」
「決まってないなあ、だって自分で買うことはないし、煙草を吸っている人がいたら貰うだけやから、吸ってる人と一緒にならんかったら、一本も吸わへん日もあるしなあ」
「ほな別に吸わんでもええっちゅうことやな。それやったら吸わん方がええのとちゃうかなあ」
「まあ、ええやん。結婚したら完全に止めるつもりやねん」
「予定があるの、もしかして、さっきのモジャヒゲ君やったりして」
 夏樹の言葉に松井は椅子からずり落ちそうになった。
「あのヒゲ面男と、内が結婚?ありえまへんなあ」
 松井は全面的に否定をしたが、言葉の端々に少しだけ焦りを見せたように思った。そして両手でセミロングのストレートの髪を何回もかき上げ、椅子に座り直した。
「ヒゲのお兄さん、もう一本煙草を貰われへんやろか。なんや、吸いたいんやけど、あかんか」
 松井の申し出に、黙ってスエットのポケットから煙草を取り出し、ケースを上下に何回か振り一本を出し、彼女の前に差し出した。
「おぉきにぃ」
 松井は夏樹と目を合わせることなく、一本の煙草を手に取り、口に銜えた。


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2011.01.19 / Top↑
 夏樹のジッポーのライターに火を点け、松井に差し出したとき、モジャヒゲ男が戻ってきた。相変わらずメガネの奥の目は、開いているのか閉じているのか分からないほどに細く、笑顔だった。
「松井さん、煙草を止めんたんとちゃうのん」
「うるさいなあ、あんたには関係ないやろ」
 そう言うと大きく煙を吸い込み、モジャヒゲ男の顔に目がけて吐き出した。その煙を両手でかき消すように払いのけたが、ほとんど効果なく顔にかかってしまった。大きく三度ほど咳払いをし、少し表情が変わった。
「何をすんねん、こないだ学校で俺と約束をしたやんか、煙草は止めるって。就職活動にも影響するし、俺のことも・・・」
 そこまで話すと松井はモジャヒゲ男の左腕を掴み、椅子から立ち上がった。
「変なことを、ここで喋らんでええって」
 モジャヒゲ男の耳元で小さな声で言ったが、夏樹にははっきりと聞こえた。
「変なことやないやろ、俺たちが卒業をしたら、結婚することが変なことなんか」
 モジャヒゲ男は今ままでとは違う険しい表情で言った。意外と大きく、二重瞼の目だった。
「変なことやないけど、ここで、今日、初めて会った人に喋らんかてええのとちゃいますか」
 さっきより強く松井はモジャヒゲ男の左腕を掴んだ。その時、松井の左手の指に挟まっていた煙草から、燃え尽きた灰が音もなく床に落ちた。
「まあまあ。ところで明日の朝食は何時からなんやろ」
 この場をとりあえず落ち着かせなければと思った夏樹は、とつぜん朝飯の時間などを聞いてしまった。なんともお粗末な思考回路である。


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2011.01.22 / Top↑
「あっ、はい、七時からです」
 今まで何もなかったかのように、モジャヒゲ男は一人のスタッフの顔になり、朝食の時間を教えた。夏樹のその場を繕うために、とっさに思いついた粗末な言葉が、それなりに功を奏したようで、松井もモジャヒゲ男の左腕を離し、椅子に座った。
「さっき自分は偶然、ここで彼女に逢ったって言うてたけど、ほんまは追いかけて来たんとちゃうの」
 なぜかおさまったものを、元に戻すようなことを夏樹は聞いてしまった。
「ヨッちゃん、そうなんか、追いかけて来たんか」
 松井は今までとは違い、やさしく、柔らかい話し方で言った。
「いいえ、違いますよ、松井さんが北海道に向かっているのは知ってましたけど、北海道のどこに居るのかは分かりませんでしたから」
モジャヒゲ男は少し途惑った表情になり、話し方に元気がなくなった。現在と違い携帯電話など無かったころの話だ、そう簡単には居場所を突き止めて追いかけることは、ほとんど不可能だ。
「なんや、違うんや」
 松井の表情は寂びしそうだった。さっきまでの荒っぽい元気は、完全に影を潜めた。
「松井さんに逢えたらいいなあ、とは思ってましたけど、こんなに早く逢えるやなんて、やっぱり僕たちには何かかが纏(まと)わりついて繋がっているんやわ」
「纏わりつくって、ちょっと表現が違うんとちゃうか」
 夏樹はモジャヒゲ男の右肩を軽く叩き、つっこみを入れた。そして、三人はユースホステルの食堂全体に大きな笑い声を響きわたらせた。その後も就寝時間まで、三人は他愛のない話に興じた。



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2011.01.27 / Top↑
 翌朝、天気は曇り。昨日、北海道に上陸したばかりなのに、きょうは小樽に向けて帰るのかと思うと、昨夜のモジャヒゲ男君と松井さんがとても羨ましく思えてくる。
 七時ちょうどに食堂へ向かった。すでに数人がテーブルに座り、朝食を食べていた。
「おはようございます」
 朝の挨拶をして皿を載せるトレーを持ち、焼き魚と煮物の入った小鉢が並べられたカウンターへ向かった。そのとき両手にポットを持ったモジャヒゲ男が厨房から出てきた。
「あっ、おはようございます」
「おはようございます、今朝は何時に起きて、朝飯の準備をしてんの」
「俺は六時ですね。でも厨房の手伝いをする二人のおばちゃんと、お母さんたちは、五時半にはここへ来るみたいですよ」
「へえ、朝はやくから大変やねえ」
「夏樹さんは、何時に出発ですか」
「八時半ごろかな、きょうは300キロぐらい走るからなあ」
「もう小樽まで行って、明日のフェリーで帰るんですもんねえ」
「代わらへんか、俺がここでヘルパーをするさかいに、自分が俺の代わりにフェリーで帰って、俺の代わりに仕事をしてくれへんか」
「ええ、それはちょっと無理ですわ、勘弁して下さいよ」
 ヘルパー長的存在の直さんがこちらを見ているのを、モジャヒゲ男が感じた。
「すいません、仕事中なんで」
 そう言うと小走りに立ち去り、両手に持ったポットを窓際の長テーブルに置いて、厨房の中へ戻って行った。
「お髭のお兄さん、おはようさんです」
 夏樹の後ろから松井の声が聞こえてきた。
「おっ、おはようさん。自分もこれから朝飯ですか」
 トレーにご飯と味噌汁を載せて、松井と窓に近いテーブルに向かい、一緒に食べることにした。




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2011.01.29 / Top↑
 夏樹と松井が朝飯を食べはじめると、食堂には次々と人が入って来て、トレーを持った人が行列を作るようになった。
「おはようございます、ここに座ってもよろしいですか」
 夏樹の座っているテーブルにも数人のホステラーが、おかずと味噌汁、ご飯を載せたトレーを持ってやってきた。
「おはようございます。どうぞ、だれも予約はしてませんから」
「ありがとうございます。あっ、昨日の夜にとても楽しそうに話しをしていらした、関西の人たちですね」
 夏樹のいたテーブルに大学生風の男女六人組が相席してきた。
「いやあ、お恥ずかしい、うるさかったでしょ、遠慮なく大きな声で笑うてさかいなあ」
「そうそう、ヒゲのお兄さんは、思いっきり大きな声で笑うてはったからなあ」
「自分かて、けっこう大きな声で、笑うてたで」
「随分と仲がいいんですね、ご一緒に旅行をされているんですか」
 大学生風の一人の女性が微笑みながら言った。
「冗談、よしこちゃんや、うちは一人で来たんやけど」
「そのとおり、昨日の夜に、はじめて知りあったんや、この人にはフィアンセがいたはんのやから、俺みたいな辛気臭(しんきくさ)い男が入って行く隙間なんか、どこにもあらへんのですわ」
「ちょっと、変なことを言わんといてや、フィアンセって何のこっちゃねん」
 松井は大きな声でそう言うと、椅子から立ち上がった。でも、顔が少し赤くなったように見えた。
「昨日、知り合ったのにそんな会話ができるんですね、すごく不思議な気がします。それが関西人の、良いところなのでしょうか」
 大学生風の一人の男が言った。
「いや、たまたまやんか、たまたま」
 朝食と言う短い時間だったが、夏樹たち八人は情報交換や住んでいるところの話を、お互いに語りあった。そんな楽しい時間は、いつもより早く時が進んでいくものなのだ。




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2011.02.01 / Top↑

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