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 高校を卒業し就職して七年目に入った。現在の部署では肩書きは無いが課長の次の立場となり、数人の後輩を指導しながらの毎日だ。会社に対してそれなりに不満もあれば将来への不安や、人間関係のいざこざなどは世間一般に良くあることだ。夏樹にも世間並みに(?)悩み、怒り、諦め、妥協してきた。そして会社や人間関係の不満や不安以上に夏樹の心をざわつかせたのは、夢の実現だった。
 様々な制約を取り除いた状態で日本中をこの目で見たい、過去の旅も含めて日本一周と言うより、全都道府県を訪れてみたい。若い今しか出来ないことではないか、もう少し年をとり結婚をして所帯を持ち家族が増えると、旅のレポーターにでもならないかぎり日本中を旅して廻ることは出来ないだろう。風の吹くまま、気の向く方へ気ままな旅を実行したい。いま実行しないと必ず後悔をすることになるだろう。だが会社を辞めると言う、社長に退職願を出す第一歩の勇気がまだ出てこない。
「あほか、何を夢みたいなことを言うてんのんや、そんなことより、もっと仕事を頑張って一流の職人になることを考えなあかんやろ」
 そのようなことを言われることを、なぜかとても恐れていた。会社を辞めることがとても悪いことで、入社したら定年まで勤め上げるのが人として当たりまえのこと。終身雇用してもらうことが一番良いことなのだと言う思いが、心のどこかに引っかかっているようだ。
 そんな心の中の多くの葛藤が毎日、毎日繰り返されていた。そんなある土曜日に突然、飛沢が夏樹の寮に現れた。日曜日が休みではない飛沢は、不定期な休日の前に必ず電話をしてから来るのだが、この日は電話を掛けて来なかった、何の前触れもなく来たのだ。


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2011.10.10 / Top↑
「あれ、お前、明日は仕事やろ。どないしたん」
 飛沢の休みは不定期だが、世間が休みの土曜、日曜などは休みではない。そして今は隣の滋賀県に勤め先があり、そっちで一人暮らしをしている。
「明日な、実家で用があるって言うて、休みをもろうたんや」
「なんの用やねん、それやったら、ここに来んと家に帰った方がええのとちゃうの」
「いや、用なんかないんや、そう言うて休みをもろうただけや。そんなことはどうでもええねん、ビールを持って来たさかい、飲も。夏樹は明日、休みなんやろ、泊まっていったかてええやろ」
 そう言い終わる前に座り込み、缶ビールを一本持ち夏樹に差し出した。二人で軽く乾杯をし、四国に行った時の話を簡単に済ませ、二本目のビールを開けるころにはいつものように飛沢の顔は真っ赤になっていた。
「おっ、九時になったか。今日の映画おもしろそうやで、見たかったんや、チャンネルを変えてもかまへんか」
 飛沢が突然そう言うと、夏樹が返事をする前にチャンネルを変えた。
 映画が始まるとビール片手に、二人ともテレビの画面を見入ってしまい、ほとんど会話も無く最後まで映画を見た。次週の予告が始まった時に夏樹が飛沢に話しかけたが、すでに大きな寝息を掻いていた。

「ほな、またな」
 翌日、飛沢は十時ごろに実家へ行くと言って帰っていった。また、あの歌が思いだされた。
     《また会う約束などすることもなく
      それじゃあまたな と別れるときの
      お前がいい》
「おう、ほなな」
 夏樹の人生を大きく変えることになる大事件が、次の日に起ることなど知る由もなく見送った。





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2011.10.14 / Top↑
「夏樹、おまえKさんのとこに行ったことあるかあ。ちょっと頼みがあるんや」
 昼休みが終わり工場へ向かう夏樹を次長が呼び止めた。Kさんとは得意先の会社のことだ。
「行ったことはないですけど、場所を聞いたら分かると思います、たぶん」
「そしたら地図を書いてやるから、この書類を届けてくれへんか。急ぎなんや」
「ええ、おれがですか」
「今の時間は渋滞が多いやろ、車で行くと間に合わんかもしれんやろ、お前のバイクで行ってもらえると渋滞なんか関係ないやろ」
「はあ、わかりました」
「頼むわ」
 夏樹はあまり乗り気ではなかった。いつも工場で仕事をしている時に得意先の人が来ると、変な緊張感に襲われてしまう。それなのに、その得意先へ書類を届けに行くなんて、それも一人で、行く前から緊張してきた。
 書類と簡単な地図が書かれた紙を受け取ったその時だった、事務の女の人の声が社内スピーカーから聞こえてきた。
「夏樹君、電話です。夏樹君、電話です」
 仕事時間中に夏樹へ電話がかかってくることなど今までになかった。営業職ではないのだから、仕事関係の人から電話が来ることなどありえない。
「誰からやろ、こんな時間に」
 工場の隅に置かれた机の上の電話へ向かい、受話器をとった。聞き覚えのある女の人の声が聞こえてきた。
「夏樹君」
「はい、そうです。あれ、飛沢のお母さんとちゃいますか」
「久しぶりやね、急に会社へ電話かけてごめんね、仕事中だったでしょ」
「いえ、大丈夫ですよ。どうしたんですか」
「今から言うことを落ち着いて聞いてね」
 飛沢の家に遊びに行っていたころの、お母さんの雰囲気とは明らかに違った、とても切羽つまったような、緊張感のある話しかただった。
「はい」
「びっくりせんといね、トシキが、トシキがね死んだの」




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2011.10.18 / Top↑
「はっ、なんのことですか。えっ」
「夏樹君、落ち着いてね、今朝ね、交通事故でね・・・」
 飛沢のお母さんが何を言っているのか良く分からなかった。いや、分かってはいるのだけれど、あまりにも突然なので頭の中で整理することが出来なかったのだと思う。我が子を亡くしたお母さんを気遣い、慰めなければならないのに、頭の中が整理できずに混乱し、言葉が出てこなくなった夏樹がお母さんに慰められてしまった。
 電話を切ってから頭の中をなんとか整理しようと思いながら、得意先へ書類を持っていかなければならない意識を優先していたことが、今思えば不思議である。
 バイクを運転しながら昨日の夜に次の日が休みではないのにふらっと現れたこと、お母さんから聞いた事故の大まかな状況のこと、そして飛沢と出会ってから昨日までのこと、あいつの未来のことなど、多くのことが次から次へと頭の中を通り過ぎていった。それでも意識の半分と少しは前方の車の状況、信号、歩行者、そして得意先への道順が優先されていた。
 無事に書類を届けたことで帰り道は飛沢のことが意識の半分以上になっていた。あいつのことがどんどんと増えていき、頭の中は飛沢のことばかりでいっぱいになっていた。それでも無事に会社に戻ってきたのだ。どこをどのように走って帰って来たのか、あまり覚えていなかった。かなり頭の中は混乱していたようだ。
 夜になりようやく整理ができたのか、突然大粒の涙が頬をつたいはじめ止まらなくなり、気が付いたら大きな声を出して泣いていた。



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2011.10.20 / Top↑
 二日後に葬儀が行われ会社の同僚である小田君も一緒に出席した。飛沢の高校、大学時代の友人も多く来ていた。交友の広さが伺える。焼香を終え飛沢のお父さんと目が合った時、言葉など出るはずもなく、突然涙がこみあげ大きな声を出して泣いてしまった。お父さんの目にも大きな涙がこぼれていた。

 あれからの毎日は頭の中で飛沢のこと、仕事のこと、将来のこと、そして旅のことが駆けずり回り仕事に集中することができず、間違いや失敗がおおくなり、課長によく怒られた。仕事が休みの日もどこへも行かず、寮の部屋で一日ごろごろしていた。
「あいつはやりたいことを何もしないで、いやできないで死んでいった。やりたいことは、できるときにやらなあかん。あとになって後悔をしたくない、よし、やりたいことを、やれる時に・・・。けどなあ・・・」
 長いあいだ頭の中は悶々としていたが、半年後にようやく決心をした。旅にでる。会社を辞めて気の向くまま、日本中を旅する。気が済むまで、半年か一年か、それとも・・・。今そんなことはどうでもよいことで、とりあえずバイクに荷物を積んで北へ向かう。多少の蓄えもつくった、来春の暖かくなったら出発する。それからのことは、そのときに考えればいい。早速、社長に退職願いを持って話をしにいった。
「お前の言うてることはよう分からん。人生勉強をすると言うことで旅に出るんやったら、日本一周なんて小さいこと言わんとパリに行って来い。ほんでファッショの本場に行って勉強してきたらどうや。二ヶ月やったら休職扱いで保健もそのままにしとけるから」
 社長は穏やかに夏樹と話をしてくれた。



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2011.10.22 / Top↑
「俺は、日本中を見て廻りたいんです。子どもの時から旅番組を見るのが好きで、日本地図を見るのが好きで、自分の目でまずは日本中を見たいんです。世界はその次ですから」
「日本なあ、よう分からんけど、君の意思が強く決心が固いようやから止めはせん。そやけど一回、退職すると再雇用と言う分けには行かんから、夢とやらに挫けず、つまずかんようにがんばりや」
「はい、すいません。勝手なことを言いまして。急ぐ旅ではないので、今年入った新人さんにある程度のことは教えてから辞めますので」
「いや、そんなことは心配しなくて良いから」
「僕なりのけじめですので、そうさせてください。五月の締め日までという事でお願いします」
 なんとなく円満退社?と言うような感じだったかな。
 次の休みの日からテントと寝袋、キャンプ用のバーナーや食器類を買いに行くようになった。社長に退社のことを言い、わかってもらえたことで気持ちが楽になり、頭の中をぐるぐると駈けずり回っていた多くのことが、何処かへ飛んで行き軽くなったようだった。

 五月末で退社し実家にいて役所へ転居の届けをしたり、最後の準備をしたりして一週間ほどが過ぎた。そして六月四日に出発することにした。この日に決めたのには大安というわけでもなく、特別な理由はなかった。
「さて、とりあえず北へ向かって行こうか。どこを通って行こうかなあ」
 高速道路を使うと料金が高いし(当時は乗用車も二輪車も同じ料金だった)、そんなに急いで進む必要もない。主要国道は交通量が多いため山間部を通って夕方までに、よいキャンプ場が見つかれば言うことがないのだが。



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2011.10.25 / Top↑
 出来るだけ交通量の多いところを避け、訪れたことのない場所を通りながら山形辺りから日本海側へ抜け、青森へ向かう計画だった。事前に行って見たいところ、泊まってみたいところを少しだけ決めていたが、それ以外はどこを通ってどこに泊まってということは、ほとんど決まっていなかった。いつ頃に北海道に渡るかも決まっていなかった。
 国道一号線は非常に交通量も多く、最初から通行路の候補から外れている。そこで京の七口の一つ荒神口から府道を走り、比叡山南麓の山中越えを通ることにした。

                 琵琶湖 《琵琶湖》

 近江大橋で琵琶湖を渡り、通称浜街道を北上し彦根で国道八号線に入った。浜街道は広い道路ではないが交通量は比較的少なく、天気も良く心地よいツーリングとなった。
 全てのしがらみを取り除き、その日の気分、天気、現地で入手した情報を元に旅を続けることが、今からはじまるのだと言う大きな期待が、走っていることで少しずつ込み上げてきた。不思議と不安はなかった。今日の宿、またはキャンプ場は今日、決めればいいのだから。前もって予約を入れたり、地図と睨めっこして距離を計算してどこまで行くか,行けるかと言う計画を考えたりしなくても良いのだから、とても楽しくうれしかった。
 米原からは国道二十一号線に入り、天下分け目の関ヶ原を越える。岐阜に近づいて来るころ、以前に二度ほど通ったことのある蛭ヶ野高原のことを思い出した。京都の周辺では見かけることのない広々とした高原で、とても美しい風景が広がっていたように記憶していた。
「たぶん、キャンプ場もあるかもしれへんなあ」
 広い路肩にバイクを停め地図を確認した。

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2011.10.29 / Top↑
 蛭ヶ野高原までは、いまいる所から百キロほどのところにあった。ゆっくりと辿り着ける距離だ。
「よし、スキー場もあるから、キャンプ場もあるやろ。なかったらスキー場の木陰にでもテントを張ったらええし」
 バイクの後に積んだ荷物には大きな全国地図とユースホステルのガイドブックが入っている。今のところこの二冊以外に情報を知る手段はなかった。必要になれば行った先で買えばいいじゃないか。
 岐阜からは国道158号線に入る。この道は以前にも通ったことがあり、なんとなく見覚えのある風景を見ながら走った。郡上八幡を過ぎたころ、進行方向の空模様が怪しくなってきた。初日から雨に降られて雨合羽を着ての走行はあまり喜ばしいことではない。雨の降り方が強いようであれば、近くのユースホステルに電話を入れてそこに泊まるのもいいだろう。今回の旅はそんな我が儘なことが出来るのだから。
 進行方向の空は暗いが、いま走っているところは曇っていても雨は降ってこない。このまま降らずにいてくれれば良いのだけれども、突然ヘルメットのシールドに数粒の雨滴があたった。
「あら、いよいよ降ってくるのかなあ」
 しかし、数粒の雨滴だけでその後は降ってこなかった。白鳥に入ると道路が濡れていて、つい先ほどまで雨が降っていたことが分かったが、それも直に乾いた道路に変わった。白鳥付近だけに降った通り雨のようだ。
 白鳥を過ぎ二十キロほどで蛭ヶ野高原に着く。空は曇っているが、雨が降りそうな雲ではなさそうだ。蛭ヶ野高原にはスキー場とコテージなどの建物もある大きなキャンプ場があるようだが、駐車場には車が停まっていなかった。


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2011.11.01 / Top↑
 蛭ヶ野高原キャンプ場の管理棟が駐車場の入り口付近にあった。
「こんにちは。キャンプをしたいのですが」
「ようこそ、いらっしょいませ。お一人のようですが」
「はい、一人です」
「実は今日ですね、地元の中学生たちのキャンプ授業がありまして、かなり賑やかですよ。もしよければペンションなんかもありますけど」
「いやあ、かまいません、大丈夫ですよ」
「そうですか、じゃあ中学生以外はお宅さんだけなんで、料金はサービスしますよ」
「ほんまですか、おぉきにぃ、ありがとうございます。あのうバイクで中に入ってもかまいませんか」
「どうぞ、どこでも好きなところにテントを張って下さい」
「それと、この辺に食品なんかを売ってる店はありますか」
「ないですねえ。ここにも少しは置いてますから、ご利用下さい」
「ほな、あとでビールを貰いに来ます」
 バイクに跨りゆっくりとキャンプ場の中へ入っていった。木立の中に大型で三角形のテントがあちらこちらに張られていた。その間を白い体操服と赤のトレパンをはいた中学生が動きまっていた。その脇の小路をバイクが走って来たものだから、一斉に注目を浴びてしまった。そんな大勢の中学生の眼差しを気にしていない振りをして、テントを張るに良い場所を探しキャンプ場の奥の方へと進んだ。
 中学生の集団からはかなり離れた奥の方で、水場に近い所にテントを張ることにした。バイクから荷物を降ろし、まずはテントを取り出した。そして直径十四センチほどのものに、一回り小さいものを重ねて収納できるアルミ製のコッヘルを取り出した。大きい方に一食分の米をいれて飯を炊き、小さい方で湯を沸かした。今日の夕食はレトルトのカレーライス、そしてビール。

               コッヘル



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2011.11.03 / Top↑
 キャンプ場の入り口にある管理等へビールを買いに歩いて行った。再びキャンプ授業の中学生に注目されながら、出来るだけ彼らから離れたところを歩いた。管理人さんが戸締りをして帰る準備をしているところへ建物の中に入り、ビンビールを一本買った。
「明日のお帰りの時には、私はまだ来ていないと思いますので、ここに空きビンを置いていって下さい」
 管理人さんはそう言うと、入り口のドアの下のほうを指で示した。
 テントに戻り飯を炊くためにキャンプ用のガスバーナーに火を点け、米の入ったコッヘルを載せ、ビールの栓を抜いた。
「ふうぅ、うまい」
 おもわず大きな独り言が出てしまった。

                  ひるがの高原

 飯は炊きあがったが少し芯が残ってしまった。それにレトルトのカレーをぶっ掛け腹を満たした。ステンレスカップに入った二杯目のビールを飲み干すころには程よく酔いが廻り、その場に横になった。その時だったマイクを通した大きな声が聞こえてきた。
「あ、あ。マイクのテスト中・・・。○○中の皆さん、クラスごとに中央広場に集まってください」
「おう、始まったな」
 先ほどから中学生たちがテントを張っている中央付近にキャンプファイヤーが大きく燃えだしたのが、夏樹のいるところからも伺えた。キャンプと言えばキャンプファイヤーを囲んでフォークダンスだろうと、一人で思いにふけていると、聞き覚えのある「マイムマイム」の曲がスピーカーから聞こえてきた。
 もうすでにビールはビンにもステンレスカップにも残っていなかったが、もともと酒が強くない夏樹にとっては、程よい酔いを通りすぎ、大きな睡魔が押し寄せていたから、大きな音で聞こえる「マイムマイム」の音はさほど気にならなかった。




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2011.11.06 / Top↑
 少し足元がふらつくほどの酔っぱらい状態で、歯磨きを付けたブラシを銜え、カレーの食べ残しが付いたコッヘルを持ち水場に向かった。食器洗剤を持ってこなかったので水洗いで残ったカレーを落とし、粗めの砂を少しだけコッヘルにいれ、素手で砂をまぶして洗った。そのまま歯磨きも済ませた。今でもそうなのだが、どんなに酔っぱらっていても歯磨きだけは必ずやってから寝ることにしている。
 洗い終えたコッヘルと磨き終わったブラシを持ちテントに戻った。その間もずっと「マイムマイム」が鳴り続けていたが、あまり気になることはなく、長旅の初日と言うこともあってかテントの中に潜り込むと同時に眠りに入ったようだった。まだ九時を少し過ぎたころだったと思うが、今までならこんなに早い時間に眠りに入るのは、風を引いた時か、飲み過ぎた時だけである。

 翌朝は五時に目が覚めた。あまりにも早い時間に眠りに入ったものだから、今までにあまり経験したことのない時間に自然と目が覚めてしまった。
 まずはタオルを持ち水場に行き顔を洗った。そこへ眠そうな目を擦り、タオルを首から掛けた数人の男子中学生がゆっくりと歩いてきた。
「おはようございます」
 夏樹が先に声をかけた。すると男子中学生が突然の大きな声に驚き、目が覚めましたといった顔になった。
「あっ、はい、おはようございます」
「随分と早いねえ。起床時間になったら先生がマイクでモーニングコールをするんじゃなかったの・・・」
 マイムマイムの曲が終わり、スピーカーから先生の声で起床時間は六時、先生がマイクで起こしますからと言ったのが、完全に酔っぱらいながらも聞こえていたような、微かな記憶がよみがえっていた。



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2011.11.08 / Top↑
 男子中学生たちは完全に目が覚めましたと言う顔になった。
「はい、そうですが、なんだか早くに目が覚めてしまい、それでこんなに早い時間に起きたことがなかったんで、テントから出てきました」
「起きたんじゃなくて、一晩中しゃべていて寝なかったのとちゃうますか」
「ええ、何で分かったのですか」
 一番背の高い男の子が言った。
「いやあ、なんとなく、そうなんとちゃうかなあと思って」
 男子中学生の全員が照れ笑いをした。
「バイクで来ているんですよね。一人ですか。どこから来たんですか」
 メガネを掛けた中学生が後ろの方から一歩前に出て話した。
「そうです、一人で京都からバイクで来ました。これから本州を北上して北海道まで行きます」
「北海道ですか、すごいなあ、一人旅ですね」
 メガネを掛けた中学生は興味津々の様子だ。
「何日間の旅なんですか」
「さあ、分かりません、何日でしょうねえ」
「そんなに長い間、会社を休んでもいいんですか」
「辞めて来ました。日本中を旅してみたくて、それが夢だったから」
「カッコいい」
 二,三人の中学生がほぼ同時に声を発した。
「カッコ良くはないなあ。君たちのお父さんは毎日、ちゃんと仕事に行くでしょ、それの方がずっとカッコいいと思うけどなあ。毎日、きちっと決まったことを何事も無く行うことが、本当は一番カッコいいと思うよ。僕もこの旅が終わったら、そういう風にならないと、あかんなあと思う」
「じゃあ、今は充電期間ですね」
 メガネを掛けた中学生が言った。夏樹は彼の胸に書かれた名札を見た。
「君、ええこと言うなあ。高橋君かあ、学級委員長みたいやな」
「違いますよ、こいつは文化委員なんです。学級委員長はこいつ」
 一番背の高い中学生が、後ろの方で黙って聞いていた小柄な男の子を指差した。


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2011.11.11 / Top↑
 男子中学生たちは、彼らの学校のことや部活のことを色々と話してくれた。そして夏樹にも様々な質問をしてきた。その時も学級委員長の彼だけは、微笑みながら話を聞くだけで、一度も話さなかった。
「あっあ、○○中学校のみなさん、おはようございます、気持ちのいい朝です。起床時間になりました、六時半からラジオ体操をしますから、その前に顔などを洗い、少し身の回りを片付けてください」
 スピーカーから先生の大きな声が聞こえてきた。
「じゃあ、みんな顔洗ってテントに戻ろう」
 学級委員長がみんなに声を掛けた。「どうも、ありがとうございました」と、それぞれが言って戻っていった。最後に学級委員長が夏樹の前に立った。
「楽しいお話を聞かせていただいて、ありがとうございました。気を付けて旅を続けてください」
「はい、ありがとうございます。僕も楽しい時間がすごせました」
「あのう、お名前を聞いてもいいですか」
「えっ、私は夏樹と言います」
 そう言って彼の前に右手を差し出し、握手を求めた。彼も快く手を出し笑顔で言った。
「僕は松本です。夏樹さんのことは忘れません。それじゃ、ありがとうございました」
 笑顔のまま走ってテントに戻って行った。
 夏樹も顔を洗いテントに戻って湯を沸かし紅茶を入れ、昨日ここへ来る前に買った五個入りのあんぱんを三個だけ食べて朝食にした。テントを片付け荷物をまとめてバイクに積み、エンジンを掛けた。今日はどこまで行こうかな。とりあえず、上高地へ行くことは決めていた。
 ゆっくりとキャンプ場内を走って行くと、先ほどの中学生が夏樹を見つけ大きく手を振ってくれた。夏樹もそれに答えて右手を大きく振った。




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2011.11.14 / Top↑
 国道158号線を高山へ向かう。高山には一度訪れたことがあるので、通過し国道158号線を長野との県境にある平湯温泉を目指す。奥飛騨温泉郷のなかで最大の温泉街で、雪が残るアルプスの山々に囲まれた山間の温泉街だ。平日なのだけれど多くの観光客が来ていた。アルプスの山はこれからが観光シーズンのようだ。
 道路の両側に立ち並ぶ旅館や土産物店の間を通り抜け、さらに国道を東へ進んだ。山道に入ると先頭に観光バス、その後を四台の乗用車が列を作って走る最後尾に追いついてしまった。観光シーズンには大渋滞が起こってしまうと何かに書いてあったことを思いだした。センターラインが引かれていない道が続き、対向車線に同じようなバスが来ると、行き違うのが大変な場所がほとんどの狭い道路は、両側に背の高い木々が迫り、急な斜面の山肌の下を走ることもあった。
 バス一台と乗用車四台の後に付いて走ると、速度が遅く少しイラッとしてしまうが、追い越しが出来るような安全な場所はなく、そのまま付いて走っていた。いつの間にか夏樹のバイクの後ろには、十台以上の乗用車と数台の観光バスが付いて来ていた。
 進行方向が180度変わってしまうヘヤピンカーブを何回か曲がったころには、周辺の山の頂が近づいてきている。峠が近いのだろうか。その時ふとあることに気が付いた。平湯温泉から山道に入ってから、一台も対向車が来ないのだ。バスを先頭に十数台、いやそれ以上の乗用車やバス、バイクが金魚の糞のように連なって安房峠を目指して走っているのに、長野県側からは一台も車が来ないのだ。
「おかしいなあ、何でやろう」

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2011.11.19 / Top↑
 平湯からここまで二、三台の車とバイクには会ったように思うが、夏樹の後ろに並んでいる大行列になるような台数の車には会っていない。
 突然、視界が広がった。目の前に「安房峠」と書かれた大きな標識が現れ、その下には「長野県安曇村」と書いてある。県境の峠に辿り着いたようだ。平湯温泉からおよそ8キロだった。車が数台だけ駐車できる場所にバイクを停め、バッグからカメラを取り出した。夏樹の後には何台の乗用車やバスが連なっていたのか、最後尾が通り過ぎるまでにしばらくの時間がかかった。岐阜県側から来た車列の最後尾が通り過ぎてまもなく、長野県側から観光バスが登って来るのが見えた。夏樹の目の前を通り過ぎると、その後ろには数十台の乗用車とバス、バイクが連なって走って来た。こちらも夏樹と同じように一台のバスが先頭になり、金魚の糞状態で大行列を作っていたのだ。どちらも先頭のバスの前に走っていたであろう車たちは、さっさと先に行ってしまったようだ。だから対向車に会わなかったのだ。

           安房峠1
                    安房峠2

 峠から長野県側に入ると、雪が残るアルプスの山々が目の前に広がる。地図を見ると、ここからがヘアピンカーブの連続で、道路脇からはほぼ垂直に下の方が見える。峠道を降りたところから左へ行くと上高地に入って行くようだが、その三叉路が確認できる。
 急勾配の180度ヘアピンカーブを何回曲がっただろうか、どのカーブもスピードを確実に落として曲がらないと、転倒してそのまま崖の下へ落ちてしまいそうだ。もちろん対向車がいつ目の前のカーブを曲がって登ってくるのか予測は出来ず、直線部分でもスピードを控えめにして走った。



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2011.11.21 / Top↑
 いくつ目のヘヤピンカーブを曲がった時だろうか、バスを先頭にした大行列に追いついてしまった。大行列は完全に停車している、おそらく先頭のバスが対向してくるバスか、それともトラックのような大きな車と行き違うのに難儀しているからなのだろう。広い道路で渋滞している時は、停車している車たちの左側をすり抜けて前に出るのだけれど、狭く先の見通しの悪い道路では、おとなしく待っているしかできない。
 しばらく待っていると4tぐらいのトラックが坂を登って来た。その後には数台の乗用車とバイクと観光バスが行列を作って付いていた。下りの行列が停車していた理由はこのトラックたちの行列だったようだ。登ってくる行列の最後尾が横切る前に、下りの行列も動き出した。
 狭くて急な下り坂がようやく終わり谷の底へ着いたようで、少しだけ坂の勾配が緩くなったような気がする。右の方を見ると安房トンネルの工事が始まっていた。この時から10年ほど後に開通したようだ。さらに700mほど進むと左上高地、右松本の標識が見えた。
 道路わきの横断幕には上高地へのマイカー規制の案内が書かれている。上高地へはバスとタクシーそしてバイクだけ。(今ではバイクと一般の観バスも規制の対象になっているようだ)そのため先頭のバスをはじめ数台のバスは左へ、乗用車は右へ曲がって行った。夏樹もバスの後ろに付いて右へ曲がるとすぐに落石防護のシェルターに入った、そしてすぐに停まってしまった。



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2011.11.25 / Top↑
 停車したとことから50メートルほど先にトンネルがあり、赤色の信号が見える。その周辺にバスやタクシーの運転手たちが車から降りて、煙草を吸っていた。信号の下には「青3分、赤15分」と書かれた標識が見える、赤になったばかりだとすると15分ほど待たなければならない。ここでも道幅が狭いから停車している車やバスの左側をすり抜けて先頭の信号のところへは行けなかった。もちろん右側もいつ対向車がトンネルを抜けて走って来るか分からない、行列を作って信号待ちしているタクシーやバスの後でエンジンを停め大人しく待っていた。それから間もなくトンネルを抜けて1台の路線バスと数台のタクシーが走って来た。まだ午前の早い時間だからなのか上高地から帰ってくる車は少なかった。
 数台のバスとタクシーが通り過ぎてからすぐには運転手たちが車に戻ろうとしなかった。それから5分ほど待たされ、運転手たちがそれぞれの車に戻りエンジンを掛け始め、トンネルの入り口にある信号がようやく青に変わり行列がゆっくりと動き出した。
 釜トンネルはごつごつの岩肌に、そのままコンクリートを塗った剥きだし状態で電気も点いていない。(ネットで検索すると、現在は整備された新釜トンネルがつくられ電気も点くようになり、片側交互通行はしなくていいようだ)目の前のバスからはけたたましい轟音のようなエンジン音が響き、黒い排気ガスが夏樹のバイクのライトに映し出されている。大量の排気ガスのおかげで視界も呼吸も困難で、バスからは大きく車間をあけて走った。よほどの急勾配なのだろう、バイクのギアーはセカンドより上げることができず、スピードメーターは時速5kmを越えることはなかった。


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2011.11.28 / Top↑
 トンネルの長さは510mほどしかないようなのだが、時速5kmで走行するとなかなか出口に辿り着けない。あまりにも速度が遅すぎてエンストしてしまいそうになり、慌ててクラッチを握りローギアーに落とすこともあった。排気ガスがとにかく臭く、呼吸と視界が最悪の状況から速く抜け出したかった。それなのに突然、前のバスが停車してしまった。すぐに動き出したが、登り勾配がとても急だから発車の瞬間に今までよりも大量の排気ガスを噴出し、ほんの少しだが夏樹に向かってバックしてきた。そんなことが二回か三回あり、その度に危険を感じ焦った。
 ようやく視界が明るくなりトンネルを抜けた。トンネルの入り口にもあった落石防護のシェルターをしばらく走り、いよいよ上高地に入っていった。ここまでくれば勾配も緩くなり、ギアーを蹴り上げ少しは速度を上げて走れるようになった。シェルターを抜けると視界が広がり道路わきの木立から穂高の山々を垣間見ることができた。
 バスの後をゆっくりだけれども快適に走ると、大正池が見えてきた。バイクを停めてカメラを取り出し池の畔までいってみた。案内版には焼岳の噴火により堰き止められた池で大正時代にできたから大正池だそうだ。その時に立ち枯れした木が今も池の中に数本たっており、今までに見たことのない景観に感動し数枚の写真を撮った。
     
      大正池1

                     大正池2

 大正池から間もなくのところに帝国ホテル前と書かれたバス停が現れた。来るだけでもこんなに大変な山の中に、日本を代表するような高級ホテルがあるなんて、ちょっと信じられなかったが、生茂った木立の間から真っ赤な洋館が見えた。いかにも高そうなホテルの佇まいだ。創業は昭和8年だそうだ。

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2011.12.03 / Top↑
 帝国ホテルから3キロほど進むと上高地バスターミナルの建物が見えてきた。上高地の観光案内所、食堂、土産物販売、もちろんバスの待合所、バスの切符販売と帰りのバスの予約券の配布もしているようだ。特に安房峠を越えて平湯方面に行くバスは急勾配、急カーブの連続なので、乗車定員以上の人は乗せないそうだ。ようするに立った状態ではバスには乗せないのだそうだ。そのために予約整理券が無いとバスに乗ることができない。もし最終バスの予約券が取れなかったら、ここに泊まるしかないのだろうか。
 バスターミナルには観光バスと路線バス、タクシーでほぼ満車状態、数台のバイクも停車していた。平日だと言うのにこんな山奥に多くの人が訪れる日本有数の観光地なのだ。山しかないけれど、多くの人を魅了する風景がここにはあるからなのだろう。
 バスターミナルにバイクを停め、カメラだけを持ち案内図にある「河童橋」へ向かった。上高地の中で唯一、人工の見所かも知れない。アルプスの山々から集まった水が流れている梓川にかかっている吊橋が「河童橋」だ。
 天気は快晴、青い空と残雪のアルプスの山々、その山への登山口としての象徴的な河童橋、絶景だ。雄大な景色に感動し、堪能することができた。
          
                      上高地1
                河童橋

 登山をしに来たわけではないし、他に見物するものもなく、そろそろ先へ進むことにした。さて、今日はどこまで行って泊まろうか。
「そうや、今日は無理やけど、中村さんの家に寄ってみようか」
 中村とは初めて浜名湖へ行った時に親しくなった、埼玉の中村だ。会社を辞めて北海道へバイクで行くと年賀状に書いたら、フェリーで行かないのなら是非に寄ってくれと電話を貰った。
「明日には行けるかな・・・」

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2011.12.06 / Top↑
 上高地バスターミナルからは前に走る車もなく、緩やかな下り勾配を快適に走行した。前方の木立の間から釜トンネルの信号が見えた、青色だ。少しスピードを上げ赤信号になる前にトンネルに入らないと15分もの長い待ち時間をトンネルの入り口で待つことになる。
 トンネルに入ると観光バスに追いついた。登りのときのような視界不良になるような排気ガスは少なかったが、登りが急勾配と言うことは、下りも急勾配なのだから速度はゆっくりだった。登りと同じくセカンドギアーに入れ、エンジンブレーキを利かせて進んだ。トンネルを抜けるとバスとタクシーとバイクが長い列を作って信号待ちをしていた。
 落石防護のシェルターを抜け国道158号線を左に曲がる。釜トンネルに入った時に追いついた観光バスも左へ曲がって行った。松本へ向かう国道は大小のカーブが続き、幾つもの長いトンネルを潜って行った。奈川渡ダムまでの15キロほどの区間はトンネルのほうが多く、あまり道幅も広くないので観光バスの後について運転をしていると少々疲れた。
 長いトンネルを抜けると奈川渡ダムがある。このダムの上を走るのが国道158号線で、全国でも珍しいようだ。ダムの上を走り抜けるとまたトンネルに入って行き、そのトンネルを抜けるとヘヤピンカーブを曲がり、またトンネルに入って行く。そしてそのトンネルを抜けるとようやくトンネルはなくなり、ゆっくりと風景を楽しみながら梓川沿いを走った。これだけのトンネルが続く国道建設は、おそらく難工事だったのだろうと、土木の素人でも伺えるほど険しい地形が続いた。


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2011.12.10 / Top↑
 国道158号線を松本へ近づくにつれ少しずつ回りの山も低くなり、田んぼや畑が増えてくると民家も多く見えるようになってきた。松本市の手前で県道を右に曲がり塩尻へ向かう。塩尻からは国道20号線を南東へ進み、岡谷を過ぎると目の前が大きく広がり諏訪湖が姿を見せた。
 上高地で地図を見たとき塩尻の先に諏訪湖を見つけた。信州で一番大きな湖で、地理の授業で習った記憶があり、武田信玄にまつわる伝説が伝わる湖だ。冬には全面氷結しワカサギ釣りをする人たちが多く訪れるようだ。以前はスケートもできるほど厚い氷に覆われたようだが、今では全面氷結しない年もあるようだ。
 視界が広がったところから大きく高度を下げ、湖畔の南側を走り小さなスーパーマーケットで昼食用のカップ麺を一つ買った。湖畔にバイクを停め朝食用に食べたアンパンの残りと、コッヘルで湯を沸かしカップ麺で昼飯を済ませることにした。
「さて、今日はどこまで行って、どこに泊まろうかな」
 バイクにくくり付けた大きな全国地図を広げると、ほぼ真ん中に諏訪湖が載っている。諏訪湖からさらに南東方面に清里の文字が目に入ってきた。
「清里のユースホステルって、なんか聞いたことがあるなあ。どこかであそこのユースホステルは面白いところやから、一回、行ったほうがいいって言われたような・・・」
 地図を置きユースホステルハンドブックを開いた。定員99名、民間経営のユースホステル、ハンドブックには特別なことは何も書いていない。
「あっ、なんか食後のミーティングの時にすごく騒ぐとか言うてたような気がするなあ」
 午後からの空模様が少し怪しくなり、もしかすると今夜あたりから雨が降ってくるかもしれない。
「今日は清里のユースホステルに泊まることにしようか」

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2011.12.15 / Top↑
 泊まるところが決まれば少しでも早く予約の電話を入れなくてはならない。上高地には多くの団体旅行の観光客が訪れていたが、六月は観光業にとっての閑散期、平日となれば尚更である、もしかすると休んでいるかも知れない。だとすれば他のところを探さなくてはならい。
 国道沿いのドライブウエイに公衆電話のボックスを見つけ、バイクを横付けした。
「はい、清里ユースホステルです」
「今日なんですけど、泊まれますか」
「大丈夫ですよ、何人ですか、夕食はいりますか」
「一人です、二食付でお願いします」
「じゃあ、六時までに来て下さいね。お名前は、ユースの会員ですか」
「はい、会員です。夏樹です」
「電車ですか、それともバイクとか車とか。小海線(現 八ヶ岳高原線)の清里駅からすぐですから、気をつけて」
「バイクで行きますんで、お願いします」
 これだけの会話で電話は終わった。ユースホステルは空きさえあれば当日予約でも比較的簡単に泊めてくれる。ぶらり旅には最適だ。
 茅野市を過ぎると大きなカーブはないが登り勾配が続き、山梨県との県境に近づくと長い登坂車線が表れた。県境の少し手前に左が小淵沢という案内標識が見え、左に曲がる。この先は小海線沿いに甲斐小泉、甲斐大泉そして清里へ向かう。

 夏樹は旅好きな若い人も年配の人も気軽に泊まれて、比較的格安で宿泊者同士の交流を手助けできるような宿を作ってみたいと思うようになっていた。ユースホステルは格安だが若い人が多く、年配の人の宿泊者は少ない。酒が飲めないところも多い。(現在のユースホステルは飲めるところも多くなってきているようだ)旅館やホテルはプライベートがしっかりと守られていて、宿泊者同士の交流など必要のないところだ。両方を叶えてくれるような宿はないものだろうかと考えていた。



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2011.12.18 / Top↑
 老若男女を問わず廉価で泊まれて、宿泊者同士が交流できるような宿の候補にペンションがあった。個人経営の洋風民宿で、家族で経営しているから宿泊定員は二十人~三十人のところが多いようだ。アーリーアメリカン風やドイツの山小屋を思わせるような建物で、オーナーの趣味、嗜好に合わせた拘りの宿は、独自のスタイルの宿作りをしている。長年経営していると、その趣味、嗜好に賛同する人たちや、オーナーの人柄に親しむ宿泊者が、リピーターとして繰り返し泊まりに来ることもあるようだ。
 この旅に出かける前に「ペンション情報」という雑誌を何冊か買い、ペンションとはいかかがなるものか少し勉強していた。時代はバブル経済に突き進んでいて、休日はリゾート地に出かけ夏はテニス、冬はスキーを楽しむ人が多かった。そこで高原地帯やスキー場周辺に、スキーやテニスの趣味が高じてペンションを経営する人が増えたようだ。また閑散期にはゆっくりと趣味に興じることができるのも魅力の一つだったようだ。
 一般サラリーマンが脱サラにより退職金を頭金に、夢のペンション経営を始める人が増え、そういった人たちのために信州や山梨の高原リゾートや、関東周辺のスキー場付近にペンション用の分譲地が開発されていた。しかし、今ではバブルが弾け、長い不況の時代が続き、脱サラをしてペンションを営んだ人たちは借金だけが残り、大変なことになった人も少なくないようだ。現に夏樹はこのころから二年後にペンション経営は諦めてしまった。どんなに頑張っても頭金を作ることができそうになかった。最低でも三千万円必要だといわれていたからだ。


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2011.12.22 / Top↑
 ペンション情報という雑誌によると小渕沢から小海線沿いには多くのペンションが点在しているとのことだ。国道20号線から県境を過ぎると山梨県小渕沢市に入り、ここからは小海線(八ヶ岳高原線)沿いに高原地帯を走る。頂に雪が残る八ヶ岳の山並みをバックにパステル調の柔らかい色合いの外壁、少し尖った切り妻屋根の洋風の建物が目に入ってきた。数件の洋風建物が綺麗に区画整備された場所に建っている区域もあった。
 そんな建物の近くにはペンション、別荘用地販売を宣伝する建設会社や不動産屋の看板も目にする。洋風の建物は八ヶ岳山麓の高原地帯によく似合った。
 間もなく小海線の甲斐小泉駅に着いた。高原によく似合うローカル駅にローカル線がよく似合うディーゼルカーがちょうど入線してきた。都会の駅と違いローカル線は一時間に一本とか二本しか駅には入ってこないのに、ちょうど駅に来たときに列車が入ってくることは、とても運がいいことだ。

          甲斐小泉駅1
                  甲斐小泉駅2
 甲斐小泉から甲斐大泉までの線路沿いの道路は未舗装で、キャンプ道具などの大きな荷物をバイクの後に積んだロードバイクで走行するには体力的に少し疲れる。無期限の旅の途中で転倒するわけにはいかない。もし転倒してしまえば修理に掛かる費用と預けている間の時間がもったいないではないか。
 転倒しないように慎重にバイクを走らせようやく甲斐大泉の駅に着いた。この駅もローカル線によく似合う木造の駅舎で駅員さんはいない、その代わりに委託されたおばあさんが切符を売っていた。甲斐大泉と書かれた入場券をそのおばあさんから買った。
            
                甲斐大泉駅


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2011.12.26 / Top↑
 甲斐大泉から清里までは小海線では一駅。沿線の周辺には別荘地やペンションの建物が並ぶ林や、もともとこの地域に暮らす人たちがつくる畑が続いた。
 清里に近づくと今まで見てきたペションの建物よりも可愛い色合いで、建物周辺の飾りも可愛いものになった。ペンション以外の飲食店やみやげ物店も少女マンガから抜け出てきたような建物が多い。清里駅は国鉄としては国内で二番目に標高の高いところにある駅で、そんな山に囲まれた高原地帯に、この周辺だけが別世界のメルヘン地帯に入り込んだようだ。ぼろぼろの皮ズボンに安物の合皮ジャンパーを着た夏樹には、間違いなく似合わない空間に立ち入った気分だった。
 メルヘン地帯をゆっくりとバイクを走らせ、ユースホステルを目指した。ユースホステルの建物はメルヘン風ではなかった。
「こんにちは」
 なんともむさくるしい服装で大きな荷物を抱えてユースホステルの玄関に入った。
「はあい」
 少し遠いところから男の声が聞こえてきた。
「さっきの電話の夏樹さんですね、お帰りなさい」
 夏樹と同じ年ぐらいの男がエプロンを掛けて出てきた。
「はい。ええと、会員証です」
「じゃあ、ここに住所と名前を書いてねえ」
 そう言うと簡単な書式の宿泊者名簿と書かれた紙を渡された。
「お風呂に入れますから、先にどうぞ。夕食は六時からです」
 部屋の場所を聞き大きな荷物を持って向かった。
 部屋に入るとユースホステルでは定番の二段ベッドが置かれた部屋だった。すでに二人の先客がいた、この時季の平日にユースホステルを利用して旅をいている人が要るとは思っていなかった夏樹には、とても意外な出会いだった。

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2012.01.03 / Top↑
「こんにちはぁ」
 夏樹の声に少し元気がなかった、予想していていなかった先客がいたからだ。
「どうも、こんにちは」
 大学生風の男が先に声を出した。
「どうも、こんにちは。バイクですか、もしかして日本一周をしている途中とか・・・」
 夏樹よりは少し年上の雰囲気の男が笑顔で話した。
「分かりますかあ、日本一周というわけやないんやけど、日本中を廻ってみようかと思ってます。きょうで二日目なんやけどね」
「やっぱり、今の時季はそういう人が多いんだよねえ。実は俺も、と言いたいところなんだけど、転職をするので次の職場へ行くまでに一ヶ月ほど時間があるので、短期の放浪の旅中です。おれ、田中です、東京から来ました。もうすぐ三十歳です。早めに自己紹介しておいた方が何かと便利でしょ、特にユースホステルと言う所はね。よろしくお願いします」
 頭の中に台本があるのではないかいと思いたくなるぐらいに、流れるような標準語で、常に笑顔で話す田中に、夏樹ともう一人の大学生風の男は呆気にとられて聞いていた。
「ああっあ、俺は夏樹です京都です。あと五年ほどで三十です。よろしゅう、たのみます」
「はい、俺は後藤です。東京の大学に通ってまして、実家が博多なんで夏休みを利用して旅をしながら帰省中です。大学一年生ですが二十歳なんです、一浪をしまして・・・」
 そう言うと右手で頭を掻きながら下を向き、苦笑いをした。
「そうなんや、夏休みって随分早いねえ、まだ六月やでぇ」
「一年生はあんまり大した授業がないんです。それでうまく単位がとれるように調整をして早めに帰ることにしたんです」
「へえ、ほんなら三ヵ月も夏休みなんや」
 夏樹は大学とはどういうところなのだろうと思った。


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2012.01.05 / Top↑
 夏樹の言ったことに後藤は右手を横に数回ふりながら苦笑いをした。
「授業が少ないけど他にいろいろとありまして・・・。参加することで単位がとれる学外研修があるのですが、七月から一ヶ月の期間をボランティアするんです」
「ボランティアですか、何のボランティアですか」
 転職予定の田中がにこりと微笑んで言った。
「いろいろあるみたいで、子供たちがいる施設とか老人ホームとかにお手伝いにいくみたいなんです。実はどこで何をやるのか詳しいことは分かってないのです。参加すると授業にでるよりいいかなって、大学の授業ってけっこうつまんないんですよ」
「俺は、面白かったけどねえ」
 田中が話す時はずっと微笑んでいた。もしかすると今までの職場は営業職をしていたのだろうか。
「俺は大学には行ってないから、ようわからんけどなあ」
「子どものころから、大人になったらなりたい仕事というのが見えてこなかったので、とりあえず大学に入ったのですが、入りたいところじゃなく、入れるところが今の大学だったんです」
「それで授業にあまり力が入らないんですね」
 田中が微笑まずに言った。
「そうなんですよ」
「べつにええのとちゃうかなあ、急いで決めんでも。目標が早くに決まっても途中で挫折するよりは、ゆっくりといろんなことを見て、聞いて、体験して、ほんで何かに出合って進む道を決めたら、それでも遅くはないと思うなあ。田中さんも転職をすると言うことは、何か違うと思ったから別のことをしようと、転職をするんでしょ」
 夏樹はとりあえず合皮のジャンパーと皮ズボンを脱いだ。田中が少し遅れて少し頷いた。





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2012.01.11 / Top↑
「私はねえ商社の営業をしていたのですがね、三流のメーカーなので商品の知名度が低く、なかなか売れなくてねえ、身銭を切って接待して、休みもほとんどなくて、毎日まいにち何のために仕事をしているのか、このまま定年までこんな日が続くのかと思った時に、会社に宣戦布告しましてねえ」
 微笑みながら話をしていた田中の顔が厳しい表情に変わった。
「宣戦布告って、なんかやらかしたんですか」
「数人の同僚と相談し、俺が代表として接待費の要求と、労働基準法で認められている休日の確保を社長に直談判をしたのです、が・・・」
 田中の顔がますます厳しい表情になっていった。
「まったく聞き入れてもらえへんかったんですね」
「それの方がまだ良かったですよ。最終的には監督署に行って話をすると言うつもりでしたから。社長がそんな要求は聞き入れられるような余裕はない、いやなら辞めてもらってもかまわないぞ、と少し強い語気で言ったら、俺以外の他の同僚が一人下がり、また一人下がって結局俺だけが社長の前に残っちゃって・・・」
「あらあ、それはきついなあ」
「同僚たちに裏切られたことがとても悔しくて、腹が立って・・・。それで、じゃあ辞めますって、その時の勢いで言っちゃったのです。そしたらあの狸社長は、そうか残念だねって捨て台詞のように履き捨てて行きやがった」
 田中の顔が少し紅潮したように見えた、そして俯いてしまった。三人の間にしばらく沈黙の時間が過ぎていった。
「俺はええと思いますよ、世帯を持ってからでは、なかなかおもい切ったことはでけへんもんねえ」
「すみません、なんか変な話をしてしまいました。せっかくの出会いです、もっと楽しい話をしましょう」
 田中は夏樹がこの部屋に入って来たころと同じような笑顔で言った。


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2012.01.13 / Top↑
「そうやね、ひとそれぞれの人生があるさかいにね、今までのことより、これかのことに頑張りましょう。なんてねえ・・・」
「夏樹さん、でしたねえ、やっぱり関西の人は明るいですね。僕も学生のころから旅が好きで、ユースホステルを使って全国を回りましたけど、関西の人はどこに行っても楽しい人が多くて、いつの間にか関西弁がうつっちゃうんですよねえ」
「やっぱり、俺もそういう人を何人か見てきましたは。なんて言うか、辛気臭いのがきらいなんやね、関西の人は、そやから無意識におもろいことを言おうとするのかなあ。俺なんか全然おもろないけどね。逆にねえ関西人は関西弁しか話せない、とても不器用な人種ではないかと思ってます」
「いやあ、そんなことはないと思いますけど」
「田中さん、関西弁がじょうずですねえ、関西の支社に勤務したはったんですか・・・」
「ちゃいます、うつってしもうたんです」
 田中が笑顔で言った。その時、ようやく出るタイミングを掴んだ後藤が話しはじめた。
「僕はユースホステルに泊まるのは三回目かな、初対面の人と知り合って仲良くなって、楽しいところですね」
「それだけやないで、泊まり賃も安いで」
「けど飯はあんまり期待でけへんし、酒も飲ぉめへんし・・・」
「田中さん、ほんまに関西弁がうまいなあ」
「いやあ、ちょっと変な関西弁ですけど」
 後藤がにこりと言った。そして三人は大きな声を出して笑った。

 夕食を食べるころには二人の宿泊者が部屋に入って来た。一人は大学生、もう一人は夏樹と同じように仕事を辞め、放浪の旅に出たのだと言っていた。夏樹のように仕事を辞めてまで旅に出るような変わり者と、これから何人も出会うことになる。


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2012.01.17 / Top↑
 夕食後は宿泊者五人と受付をしていた男と六人で旅の情報交換など他愛のない話をして過ごした。受付にいた男も仕事を辞め、放浪しながらヘルパーをしていると言っていた。
「ヘルパーさんの出身はどこですか」
「俺?静岡です。小林です。先月までサラリーマンをしていました。ここのユースホステルには学生のころから何回も泊まりに来ていまして、旅の始まりはここからって決めていたので一週間ほど前に泊まりに来てみたら、しばらく手伝ってくれって言われたんですよ。急ぐ旅でもないのでヘルパーとしてしばらく居ることにしたのです」
「と言うことは、仕事を辞めてプータローをしているのは俺を含めて四人ということなんや・・・。以外にアホがいるんやね」
 夏樹が言った。
「あほって、どういうことだよ」
 最後に部屋に入って来た無職の男が、ムッとした顔で言った。
「いや、怒らんといてや、関西人は良い意味でアホを使うこともあるんやから、攻めてるわけやない、すんません」
「でも、アホでしょ、仕事を辞めて放浪の旅に出るなんて、世間一般ではやらないことじゃない」
 田中が少しだけ関西訛りをまじえて言った。
「おたくは次の仕事が決まっていてそれまでの休養期間やし、ヘルパーさんは一応ここで仕事をしてるから、まあええのちゃうか。俺は今日で二日目のプータロー生活で、いつ社会復帰できるかわからんしなあ。自分はどうなん・・・」
 夏樹のアホ発言にムッとした顔つきになった男に言ったのだが、関西弁があまり理解できないのか反応がなかった。
「あっ、俺、自分って言ったから関西弁の君自信のことかとおもったよ。どうも関西弁は苦手なんだよねえ」


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2012.01.19 / Top↑
「会社が倒産したんだよ。俺はあの仕事が好きだったし、会社も会社の仲間も好きだった。ただ一つだけ気に入らなかったのが社長さ、怠慢経営で倒産しちゃったのさ」
 その男といい田中といい、思いとは別の道に進まなければならなくなった。何が思いとは別の道へ進ませてしまうのか、それが人生と一言ですませてしまっていいものなのだろうか。
「すいませんでした。そうとは知らずにアホなんて言うてしもうて・・・」
 夏樹が軽く頭を下げて謝った。
「けど、さっき部屋に入って来た時はプータローですって、にっこりとしながら言うてはったから、てっきり俺と同じように仕事辞めて放浪したはると思うたんや」
「無職だから、プータローには違いいなだろ。会社のあった名古屋から実家のある新潟まで、この際だからあちこちに立ち寄りながら帰ろうかと・・・」
 六人の今までのこと、これからの思い、お国のことなどなど、男ばかりで楽しみが半減していたのははじめの頃だけで、消灯時間を過ぎても話が尽きることはなかった。それでもさすがに十一時を過ぎる頃には、ヘルパーの田中が就寝を促した。

 翌朝はどんよりとした曇り空だった。天気予報は見ていないが、おそらく今日は雨が降るだろう。気象に素人の夏樹にもそんな予想が容易にできた。
 朝食を食堂で食べているとヘルパーの田中以外の五人が昨夜の話の続きを始めたが、昨夜ほどには盛り上がらなかった。今日の予定に遅れないよう、早めに準備のため、それぞれが部屋へ戻って行った。

                清里ユースホステル

 食堂に一人残った夏樹は窓の外を眺めていた。昨日は気がつかなかったが、ユースホステルの周辺は少女マンガに出てくるような可愛らしい店が立ち並んでいることに驚いた。それと昨夜のうちに中村さんに電話を掛けるのを忘れていた。今日連絡をして、今日泊めてくださいというわけにはいかない、それにもう仕事へ出かけてしまっただろうし。

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2012.01.22 / Top↑
「中村さんの家に寄るのは北海道からの帰りにしようか、早めに連絡をして遊びにいこう・・・。となると、今日はどこまで行こうか、山形に寄りたいから新潟方面へ抜けるか、福島から北へ向かうか・・・」
 福島から北へ向かうには東京都内を走らなければならない。東京都内をバイクで抜けるのは至難の業になるであろうし、無事に都内を通り抜けられないことに自信がある。変な自信だけれども、夏樹がいつもバイクで走っている京都市内のそれとは比べものにならないほどに、ややこしく交通量が非常に多いことは、ニュースやテレビドラマなどを見ていれば分かることだ。都内のややこしいところをうまく交わして北へ向かいたい。
 頭の中に大雑把な日本地図を描き、今いる清里から群馬を通り新潟へ抜け、そして日本海側へ行くルートを考えた。都内をかわすにはこのルートが良いだろう。すぐにマップルを開き、どのルートを走るか検討することにした。
「どっちみち今日は雨降りやろうから、あんまり遠くまでは行けへんやろなあ」
 地図と一緒にユースホステル・ハンドブックを出し、群馬から新潟方面のユースホステルを探し、地図でその場所の見当をつけて走行距離を計算してみた。軽井沢から前橋へ行き国道17号線を北上する。新潟県へ入ってすぐのところに土樽と言うところがある、そこに山荘のユースホステルがあり、そこまでの距離がおよそ200キロだ、今日はここまでにしよう、雨も降ってきそう出し早めに宿に入ることにしよう。
 今日の予定を決め地図などをバッグに戻し、出発の準備をして部屋を出た。昨日は気がつかなかったのだが、この部屋の名前が「巨人の星」だった。
「あら、なんや気に入らんなあ」


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2012.01.24 / Top↑
 巨人の星というアニメは毎週欠かさず見ていたが、今ではアンチ巨人ファンの一人として、知らなかったことは言え少々不甲斐ないこととなってしまった。なぜアンチ巨人なのか、子どものころの夏樹は王さんのファンだった。GYのマークの入った野球帽を被り小学校へ通っていた、と言うより他の球団の帽子はあまり売ってなかったように思う。そんなどこにでもいるような少年が、いつからかタイガースファンに、そしてアンチ巨人になってしまった。王さんが引退したことと、父親の影響だろう、夏樹の父親はタイガースファンと言うより、アンチ巨人の感情が大きかったように思う。今では夏樹も大のアンチ巨人ファンとなってしまった。
 夏樹の父親はテレビ中継がない日に、入りの悪いAMラジオのチューニングを、ほんの少しつづ動かして、良く聞こえる周波数にあわせ、タイガース戦を聞いていた。ある日のことタイガースが勝った試合が終わり、他球場の結果と経過が流れた、後楽園で巨人が負けたことが分かると、タイガースが勝った時の喜びよりも数倍の感情をむき出しにして喜んでいたことがあった。
 多くの関西の人は東京、関東への対抗心がとても強かったように思う。だから関西人はどこに行っても、どこに住んでも関西弁を直さない人が多いのだろうか。

「みなさあん、玄関で記念撮影をしませんかあ」
 ヘルパーの小林の声が建物中に響いた。夏樹もちょうど荷造りが終わり、大きく重いバッグを担いで玄関へ向かった。
 ヘルパーの小林を含めて六人が集まり、夏樹の他に二人がカメラを出し、セルフタイマーをセットして三人それぞれのカメラに納まった。五人はそれぞれの予定に沿って西へ東へまたは北へ向かう。写真は撮影したが住所の交換はしていない、もう二度と逢うことのない六人となるだろう。

                   清里ユースホステル前




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2012.01.26 / Top↑
 空は相変わらずどんよりとした雲が立ち込めているが、かろうじて雨粒は落ちてこなかった。いずれ近いうちに降ってくるであろうと思われた。バッグの奥のほうに入っている合羽をすぐに取り出せるように、一番上に入れ替えバイクの後に括り付けた。
 清里から国道141号線を3キロほど北東へ走ると長野県との県境がある。国道のすぐ横に小梅線が走り、長野県に入ってすぐのところにある踏切が国鉄(日本国有鉄道、現JR)の最高地点で日本海と太平洋との分水嶺になっている。標高は1.375m、私鉄なども含めた普通鉄道の最高標高地点である。

                 野辺山

 この踏切の横で道程を確認するために地図を開くと野辺山は、左に八ヶ岳、右に南アルプスを望める高原地帯にあることが分かる。線路の周辺も広大な畑と牧場、おしゃれなペンションが立ち並び、ペンション、別荘用地を宣伝する看板も数箇所に立っていた。地図をよく見ると野辺山から北東方面に「御巣鷹山」の文字が目に入った。今から二十七年前にジャンボ機が墜落した山だ、この時は事故から二年後で、ニュース映像を鮮明に覚えている。
 さらに国道141号線をゆっくりと北へ向かって目を送ると軽井沢の文字が見える。古くから避暑地、別荘地として有名なところだ、一見の価値有り、まずは軽井沢へ向かうことにした。およそ60kmのところにある。

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2012.01.31 / Top↑
 佐久市を過ぎ国道18号線を右へ曲がると軽井沢町に入る。信越線の中軽井沢駅の前に大きな観光案内用の地図があった。それによると軽井沢と言っても旧軽井沢、新軽井沢、そしてここ中軽井沢と幾つもの軽井沢があるようだ。おそらく旧軽井沢と書かれたところが別荘地として歴史が古いのではないかと考え、この地図とバイクに括り付けた地図を見ながら向かった。
 鬱蒼と茂る木立の中に今まで見てきたペンションのような派手な洋館ではなく、落ち着いた色合いの建物の一部が見えた。その洋館の周りは木立で囲まれていて、道路からは建物全体がよく見えなかった。隣の建物とは少しぐらい騒いでも気にならないであろう距離があり、都市の住宅街に住んでいた夏樹には、とても贅沢で高級な佇まいに思えた。一生で一回限りの最高の買い物がマイホームを建てること、と言うのが世間一般の暮らしなのに、それとは別に休暇のためだけの別荘を持つと言うことは夏樹にはありえない世界に暮らす人たちのこと、別世界の人たちのこととしか思えなかった。

                       軽井沢1

軽井沢2

                       軽井沢3
     
             軽井沢4

 この時は休暇を楽しむ人が少ない季節なので、別荘の周辺を行き交う人はほとんどいなかった。そんな人通りの少ない、高級な別荘地を安物の合皮ジャンパーにボロボロの皮ズボンを履き、バイクに乗ってゆっくりと走りキョロキョロとしていると、不審者と間違われてしまいそうな思いがしてきた。
 風景に見とれ、高級感に浸りながら思いのまま走っていると、旧三笠ホテルの案内板が見えた。明治期に建てられた純西洋式木造ホテルで、重要文化財として一般公開されている。案内板に沿って行って見ることにした。



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2012.02.04 / Top↑
 軽井沢駅から北の方へ進む道路沿いには新しいペンションやファンシーショップと一緒に以前よりここに店を構えた商店も並んでいた。そんな賑やかな街並みを通りすぎ少し山に近いほうへ行くと旧三笠ホテルが見えてくる。明治期に日本人の設計で日本人の棟梁が建て、一握りの財界人、文化人だけが利用できたホテルのようだ。入館料を払い館内を一通り見学した。ひととき、明治期の空気に触れ、その当時の金持ちの気分を味わったような錯覚に慕った。

               旧三笠ホテル

 軽井沢駅方面に戻り国道18号線を東へ向かう。間もなく群馬県との県境、碓氷峠の標識が見えた。日本海と太平洋の分水嶺でもある。峠が近づくと濃い霧が視界を遮るようになり、峠を越えるころには視界がゼロと言っても過言ではないほどに何も見えなくってしまった。まだ昼前というのに、こちらの存在を知らせるためにライトを点け、僅かに見える白いセンターラインを頼りにゆっくりと走った。峠を越えたのも分からず、アクセルを廻さなくても前に進むようになり、下りに入ったことで峠越えを知らされた。時よりライトを点けて走ってくる対向車に驚かせながら、幾つもの急カーブを曲がり下って行った。緊張の連続は、ハンドルを握る両腕とその付け根となる両肩に大きな負担がかかり、最終的に腰へと伝わった緊張感は身体全体を固まらせ、あちらこちらが痛くなってきた。
 天気が良ければ信越本線の横川駅や、電気機関車に引かれて峠を登る特急電車を見ることが出来たのだろうか、とても残念である。


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2012.02.10 / Top↑
 峠からの下り勾配が緩やかになり、カーブも少なくなったころには霧も晴れてきた。その代りに細かい雨粒が少しずつヘルメットのシールドに溜まり、行く先の視界が悪くなった。
 前橋から国道17号線に入ると交通量が増えてきた。住宅と店舗だけが続き、時々畑も見えるが、群馬県も東京に近い関東地方の都会である。しかし前橋から渋川に入ると畑が増え、渋川を過ぎると少し山が近くに見えるようになった。右前方に見えるのは赤城山のようだ。国道の案内板に書かれていた。前橋よりも交通量は少なくなり走りやすく、細かい雨粒も少なくなってきた。
 沼田まで来ると右に尾瀬の案内板が見えた。距離は50キロ、まだ昼前の時間帯だからちょっと足を伸ばしてみることにした。
 雨粒が少しずつ大きくなってきた。本降りになる前に合羽を出し着た。バッグから黒いごみ袋を一枚出、長編の片側をナイフで切り大きくして荷物に被せた。その時すぐ前の家から出てきた初老の女の人が夏樹に話しかけてきた。
「雨が降っているのに、バイクに乗って何処に行くの」
「はあ、北海道まで行きます」
「北海道?今から行くのかい」
「いや、今日は新潟の土樽というところまで行って泊まりますけど・・・」
「なんか、この辺りの人じゃないねえ、何処から来たの」
「京都です」
「京都!随分と遠いところから来たんだねえ」
 そう言うと家の中に入って行ったが、すぐに出てきた。その手にはガムテープを持っていた。
「兄さん、これあげるから、その荷物の袋をしっかりと止めて、雨に濡れないようにして、気をつけて行きな」
「あっ、おぉきにぃ、ありがとうございます」


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2012.02.14 / Top↑
 いただいたガムテープを黒いごみ袋のあちこちに貼り、荷物に雨がかからないようにしてからバイクに括り付ける専用の、フックの付いた太いゴム紐でしっかりと縛った。バイクに跨り女の人に手を振りながらゆっくりと走らせた。その人も笑顔で手を振り見送ってくれた。
 雨は強く降っていないが、行く先の山並みにはどんよりとした雲がかかり、少しずつ麓の方へ下がってきているような気がする。この先強い降りになってくるような予感がする。
 国道沿いに小さなラーメン屋を見つけ、雨があまり強く降る前に昼飯を済ませてしまうことにした。面倒だけれど合羽を脱ぎバイクに掛けて店に入った。
 店の入り口には営業中と書かれた小さな札がかかっていたが、客も店員も誰もいなかった。カウンターだけの小さな店の厨房には、大きな鍋から湯気がもくもくと立ち上っていた。
「どうう、誰かいませんか」
「はあい、いらっしゃい」
 なんとも元気のない声が聞こえ、ゆっくりと歩きながら小柄なおばさんが奥から出てきた。カウンターの上の壁に五種類ほどのラーメンの名前と値段が書かれた一枚ずつの紙が貼られていた。一番左端には「半ライス 百円」とあった。そのメニューを見ながらカウンターの椅子に座った。
「ラーメンと半ライスください」
「ラーメンと半ライス・・・」
 そう言うと麺を茹でるためのザルに麺を入れ、湯気が立ち上る鍋に入れた。程なくラーメンと半ライスがカウンターのテーブルに置かれたが、おばさんは何も言わずに、少し奥に置かれた椅子に座り、新聞を広げた。



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2012.02.16 / Top↑
 店内にはテレビもラジオも有線放送の音楽も流れていない。厨房の換気扇の機械音と大きな鍋に入ったお湯が沸騰する音しか聞こえないから、夏樹がラーメンをすする時に出るズルズルという音がとても響く。
 味はそこそこだった。汁(つゆ)もまずまずの味だった。でもスープを全て飲み干す前に満腹になり、スープは少し残した。財布を取り出しメニューに書かれた値段を確認し、ラーメンと半ライスの値段と同じ額の金額をカウンターの上に置いた。
「ご馳走様、お金をここに置いときますね」
「はい、ありがとうございます」
 椅子に座り新聞を開いたまま、こちらには目を向けることはなかった。まあまあ美味しかったラーメンの味が半減してしまった。
 店を出て合羽を着てヘルメットを被りエンジンを掛け、尾瀬に向かった。店に入る前より雨足が強くなったようだ。
 尾瀬は名前だけはよく耳にする有名な国立公園だが、板で作られた歩道以外には立ち入り禁止になっていることだけは知っていた。山と山に囲まれた道を登って行くと少しずつ雨足が強くなってきた。このまま尾瀬まで行ってもこの雨の中を歩いて入山するのは少し大変である。屋根のあるところにバイクを止め地図を確認したが、このまま前に進んでも尾瀬の入山口から先は道がないようだ。(実際にはスーパー林道のような道があったようだが、夏樹の地図には載っていなかった)
「この雨やからなあ、早めにユースホステルに入って、ゆっくりしょうか」



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2012.02.18 / Top↑
 昨日もこんな感じで早めにユースホステルに入り、ゆっくりしたことを思い出した。旅に出る前の予定では二日はキャンプ、一日はユースホステルに泊まって経費を節約しようと思っていたが、一日目だけがキャンプをして二日続けてユースホステルに泊まることになった。それでもこの雨ではテントを張るのは遠慮したい。旅は始まったばかりだ、これから天気の良い日が続くこともあるだろう、と自分自信に言い聞かせ、来た道を沼田まで引き返し、国道17号線を北上し新潟に入り土樽のユースホステルに向かうことにした。
 国道17号線に出ると、ますます雨が強く降ってくるようになり、バイク用ではない安物の合羽では、首元から少しずつ雨滴が入り込み、時々スーッと胸元を雨滴が流れて行くのを感じた。ブーツカバーとグローブカバーをつけているが、いつの間にかブーツの中も手袋の中も雨水が浸透してしまったようだ。
「手袋とブーツの替えはないんやけどなあ・・・。ぐっちょぐちょになってしもうたなあ」
 沼田から峠道を25キロほど北へ進むと新潟との県境、三国トンネルが見えてきた。天気が良い時にトンネルを走るのは面白くない。風景が見えないしトンネル内の独特の音が耳障りだ。しかし、雨の日にトンネルを走ると少し気持ちが落ち着く。面白くないこと全てより雨が攻めてこないことがありがたい、ひとときの安堵感を持って走ることができる。トンネルの距離が1キロと少し、わずか2分ほどの安堵感だった。
 峠の長いトンネルを抜けるとそこは・・・、これは上越線で列車に乗った時の台詞だった。トンネルを抜けて新潟県に入った。群馬県側よりカーブが緩やかになったようだ。雨の日に急カーブの連続を走ると、滑って転倒をしないようにゆっくりと慎重に走らなければならない。精神的に疲労が溜まってくる。


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2012.02.21 / Top↑
 三国トンネルを抜け緩やかなカーブを走るとすぐに視界が開け、緩やかな斜面の山にはほとんど木が生えていない、よく見ると山の麓から頂上に向けてリフトが掛けられているのが見える。また、麓には洋風のペンション、ロッジが建ち並び、そして大きなホテルが堂々と建っていた。やがて苗場の文字が目に入ってきた。
「もしかして、ここがあの苗場スキー場かあ」
 スキーをやらない夏樹でも、苗場スキー場の名前は知っていた。当時はスキー全盛期、誰も彼もがスキーをやっていた。特に関東地方の人たちに人気のスポーツだったように思う。夏樹の周辺にスキーをやる人がいなかったと言うことだけが根拠なのだが。
「冬やったら、この辺は人がいっぱい、いるんやろなあ」
 今は雪の無い初夏、ましてや雨降りの平日である。人はもちろん、車の往来もほとんどなかった。
 誰もいないスキー場を左手に見ながらさらに国道17号線を北上すると、いくつかのスキー場を案内する看板が見えてきた。この辺りが越後湯沢のようだ。ここから山間の道を鉄道と高速道路の下を縫うように南の方へ進むと、上越線の土樽駅があり、そこのすぐ近くに今日の宿泊地、ユースホステル土樽山荘があるはずだ。そう、あるはずなのだ。ユースホステル・ハンドブックに掲載されている簡単な地図によると、湯沢方面から県道を使い駅まで来て、駅前の駐車場に車を止めると書いてある。駅からユースホステルまでの道は書いてあるが、駅を越える道は書いてない、と言うことは駅の中を徒歩で越えてユースホステルに向かうことになるのだろうか。

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2012.02.23 / Top↑
 ユースホステル土樽山荘は上越線土樽駅の西側に見える。いま来た道は線路の東側にある。駅舎のすぐ反対側の線路の向こうに立派な山荘風の建物があり、すぐ横にブルドーザーが置いてあるのが見える。まさかこの踏切ではない線路の上を越えて行くことはないはずだ、どこかにこちらの道路からあちら側に行く道があるに違いないと、駅の周辺をバイクに乗って線路を越えていく道を探してみた。警報機のない踏み切りのようなところで線路を越えることはできたが、その先には道がなく、川ではないが雨により増水した水の流れが行く手を遮っていた。
「オフロードバイクやったら、これぐらいの水量なら渡れるんやけどなあ。このバイクではなあ」
 途中でつまずいて転んでしまえば大変なことになってしまう。いったん引き返し、また駅の周辺をうろうろとしてみた。しかしユースホステルまで行く道はなかった。あのブルドーザーはどうやってあちら側に行ったのか、疑問を残しながら駅前の駐車場にバイクを停めて荷物を降ろした。
 駅は無人駅だった。改札を越えて構内へ入ると「ビィ、ビィ、ビィ・・・」と機械的に作られたブザーが無人の駅に響き渡った。それから暫くすると遠くから警笛が聞こえ、やがて猛スピードで貨物列車が近づき「ビィ、ビィ、ビィ・・・」と言う音さえも聞こえなくなるほどの轟音とともに通り過ぎて行った。そして「ビィ、ビィ、ビィ・・・」と言う音は止まった。列車の通過を知らせる音だったのだ。
 線路を越えるには階段を上り跨線橋を渡って行かなくてはならないが、この重い荷物を担いで階段を上って行く元気が残っていなかった。本降りの雨の中をバイクで走り体力が無くなっていたようだ。

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2012.02.26 / Top↑
 改札を入ってすぐのホームに荷物を置きしばらく考えた。ユースホステルは目の前だがこの荷物を担いで階段を上りたくない、ふと少し危険な思いつきが頭に浮かんだ。
「そうか、ホームを降りて線路を越えて行ったらええやないか・・・」
 いつ列車が来るかわからない線路上を渡っていくのは危険である。ましてや重い荷物を担いでいるから、身軽な動きができない、やはり階段を上った方が安全である。でも荷物が重い。
「列車が近づいたらブザーが鳴るさかい、大丈夫や。向こうに行くのに一分もあれば辿り着けるしなあ」
 線路脇のホーム上に荷物を置き、線路上にゆっくりと飛び降りた。重い荷物を担ぎ不安定な足元に気を配り、ゆっくりと反対側のホームに辿り着きホーム上に荷物を置き、夏樹もよじ登った。その間に列車が近づくことを知らせるブザーは鳴らなかった。
 決心する前は危険だ、モラル違反だ、やっぱりいけないことだ、でもしばらくは列車も来ない、ほんの一分で渡れるからどうってことない、どうせ誰も見ていないし、頭の中で両極の考えが戦っていた。そんなもやもやとした思いが嘘のように清々しい気持ちだった。達成感のようなものが湧き上がってきた。なんとも大袈裟な男である。

 ユースホステルホステル土樽山荘は木造の建物で、柱や梁も一般住宅などより太くとても重厚な造りになっていて、とても立派なものに見える。
「こんにちわ。・・・こんにちわあ、すいません」
 二回目は大きな声で言ってみたが誰も出てこなかった。
「すいませぇん、誰かいませんかあ」
「はいはいはい、お帰りなさい。随分と早かったですねえ。ええと、夏樹さんかな・・」
 奥のほうから中年の女の人が、小走りで夏樹の前に現れた。




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2012.02.28 / Top↑
 会員証を出し住所や名前を宿泊票に書いて女の人に渡した。それと交換にシーツを渡された。
「今日はあなた一人だけだから、ミーティングはしませんから、ゆっくりとしていってください。夕食は六時からということで」
「はい。今日は俺だけですか。すいません、俺一人だけのために準備していただいて」
「そんなことは気にしないでね、それが私たちの仕事なんだから。先にお風呂に入れますよ」
「ありがとうございます。ええっと、部屋はどっちですか」
「その、廊下の一つ目の部屋です」
 重い荷物を担ぎ、シーツを持って部屋へ向かった。建物の外観とロービー周辺の内観は洋風の重厚な木造で、木の温もりを感じることができる。だから寝室も二段ベッドであっても洋風の作りだと思っていたが、部屋は畳を敷いた和室だった。
 合羽を着てはいたが雨の中を走り、時おり雨滴が胸元を伝わりアンダーシャツの前身は濡れてしまった。夏ではあるが少し寒かった。そんな冷えた体には風呂が一番である。荷物を置きすぐに風呂へ向かった。
 木で作った大きな風呂に一人で浸かり、ゆっくりと身体を温めた。とても贅沢な気分を味わうことができた。
 風呂から上がり部屋で横になっていたら寝てしまったようだ、目を覚ました時には夕食時間の六時を少し過ぎていた。すぐに食堂へ向かった。ユースホステルでの食事はセルフサービスが一般だ。プラスチック製かアルミ製の盆に食材の入った食器を載せテーブルに持って行くのだ。しかし今日の宿泊は夏樹だけである、あらかじめアルミ製の盆にご飯と味噌汁以外の食材の入った食器を載せてテーブルの上に置いてあった。
 
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2012.03.02 / Top↑
「夏樹さん、遅かったね」
「部屋で少し寝てしまって、すみません」
「いいの、いいの。おかずはそこのテーブルに置いてあるし、ご飯と味噌汁をここに置きますから、持っていって下さいな。何杯でもおかわりしてね、遠慮なく」
「ありがとうございます」
 ご飯と味噌汁を持っておかずが載せられたテーブルへ向かった。
「いただきます」
 広い食堂にテレビはあっても電源は入っていないし、少し立派なステレオセットが部屋の隅に置かれているがこちらも電源は入っていない。ペアレントの女性が厨房であと片付けをしている音がわずかに聞こええるだけで、他には無音に近いとても静かな空間で夏樹は一人だけで夕食を食べた。なんだかとてもつまらない夕食となってしまった。今までに何回かユースホステルに泊まったが、夕食をひとりっきりで食べたのは初めである。
 食べ終わった頃にペアレントの女性が、二人分のお茶の入った湯飲みとポットを持って夏樹のテーブルの前に座った。
「やっぱり一人で食べる夕食はつまんないよねえ」
「はあ、そうですねえ」
「私も一緒にと思ったのだけれで、こんなおばさんとじゃ迷惑だろうと思って・・・」
「そんなことはないですよ、やっぱり食事は楽しく会話などをしながら食べるのがいいですよ。一人はおもろないですは」
「そうだよねえ、昨日は四人泊まったのだけれど、今日は夏樹さんから電話が来なかったら、さっさと寝ようかと思っていたの。来てくれてよかった、誰も泊まってくれないと、この広いところに今夜は私だけになっちゃうからね」
 ペアレントさんはそう言うと両手に持った湯飲みを口元に運び、少しお茶を飲んだ。

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2012.03.04 / Top↑
 夏樹もお茶を少し飲み、ペアレントさんに話をはじめた。
「今の季節って泊まる人は少ないんですか、こんなに立派な建物やのに・・・」
「もう少し、六月の中ごろを過ぎると、山登りをする人たちが電車で来て、ここへ泊まりに来るわね」
「今はちょっと閑散期なんですね。ところで土樽の駅前にバイクを置いてきたんですけど、ここへ来る道はないんですか」
「あるけどね、一キロほど北に行けば線路の下を潜って小さい橋が架かっているのだけれど、今日の大雨で明日は渡れなくなるかもしれないねえ」
 このユースホステルの宿泊者は電車を利用して来る人たちが殆どなのだそうだ。だからと言うわけではないのだろうが、ユースホステルへ繋がる道路は整備されていないようなのだ。
「ほな、もしその橋を見つけてここへ来たとすると、明日はここから動けなくなるかも知れへんと言うことですか」
「そう言うことになるわねえ。その時はここの掃除を手伝ってもらえたわね」
 ペアレントさんは微笑みながら、両手に持った湯吞みを口へ運んだ。
「夏樹さんは一人旅中かな、プータローしながら・・・」
「はあ、プータローです。わかりますか」
「今の季節はそういう人が時々、来るのよ。バイク、自転車、徒歩。車の人はあまりいないわね」
「やっぱり無職で車に乗って旅をするような、リッチな人は少ないやろねえ」
「私たちのころはカニ族って言っていたわね。大きな登山用のリュックを担いでさ、そのリュックは横に広いものだから、前を向いて狭いところを歩くと他の人にぶつかるから横向きに、カニのように歩くからそんな風に言われるようになったのだけどね」
 ペアレントさんは昔を思い出すように遠いところを見つめ、ほんの少しだけ笑みを浮かべながら話した。

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2012.03.06 / Top↑
「もしかしてペアレントさんは昔、カニ族だったんですか」
「はい、そうですが、そんなに昔じゃやあないわよ・・・」
 少しだけ笑みが消えた。
「大学で山岳部に入って、日本中の山を登ったわ、あのリュックを背負ってね。学校へ行くより山とそのための費用を稼ぐためのアルバイトに明け暮れていたの、おかげで二年も留年しちゃったけどね」
「山ですかあ、何で山に登るんですか、そこに山があるからなんですよね。何かで聞いたことがあるなあ」
「山はいいわよう、でもとても気まぐれで、恐いところよ」
「へえ、俺の山登りはハイキングぐらいしかしたことがないけど、そんなに恐いんですか」
「四年生の春に、いや実際には六年生ね、新入生の歓迎会としてハイキングコースのような山に登って、山頂近くの山小屋で一泊して帰ってくる予定だったの。でも翌朝に天気が急変して、小屋の周りは濃い霧に覆われたわ」
 ペアレントさんの表情がとても険しくなり、ほんのわずかに肩から両腕に力が加わったように見えた。
「わしたち上級生は何回もここに登ったから目を閉じていても歩けるからと言って、小屋を出て下山したのよ。でもその過信が良くなかったのよね、新入生がまったくの初心者だったことを忘れていたのね、予想以上に長い時間、霧が濃くてなかなか前に進めなくて、ようやく霧が晴れてきたら今度は大雨になっちゃって、こんなに大変な登山はいやだと言って八人の新人のうち半分が退部届けを出しちゃったのよ」
「僕が初めての登山でそんな天気に見舞われたら、いやになってしまうかもなあ」
「そうなのよ、その四人はほとんど無理やり入部させて連れて行ったからねえ」
「あら、そらあきませんわ・・・」



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2012.03.10 / Top↑
 ペアレントさんは大学卒業後に山と関連のある仕事をやりたいと考え、全国の山を一年掛けて登り歩き、その周辺の山小屋やユースホステルなどの宿に泊まり、山ガイドの仕事や登山関連の店を見て周った。海外にも何回か行ったと言っていた。
「いろいろなことをしてきたのだけれど、成り行きで今はここのペアレントをしているの、山で知り合った今の旦那と二人でね」
「あれ、さっきは俺が泊まりに来なかったら今晩は一人だって・・・」
「そう、昨日からユースホステル協会の集まりで、東京に行っているの」
「出張ですか」
「北海道までいくんでしょ、今の季節は何処へ行っても花が綺麗だと思うから、特に東のほうね、楽しんできて下さい。ユースホステルもね、個性的な特徴のあるところが多くあるから・・・桃岩とか・・・」
「桃岩ですか、何処かでも聞いたような気がするなあ」
 その後も二人はお茶を飲みながら山の話し、旅の話し、ユースホステルの話しをした。

 翌朝もどんよりとした空から雨が降っていた。玄関の脇に干しておいた合羽を着て走ることになる。
「いってらっしゃい」
「行ってきまあす」
 大きな荷物を担ぎ軽く手を振り駅に向かった。来た時と同じようにホームから線路に降り、反対側のホームまで行きよじ登った。
 駅前には夏樹のバイクだけがあり、他には車も人の姿もなく、雨の音以外は何も聞こえなかった。バイクのエンジンを掛け、荷物を括りつけてヘルメットを被った。そしてゆっくりと走りだした。
 国道へ戻る途中に線路の下を潜り川の向こうへ繋がる道を見つけたが、橋らしきものは見えず川の部分だけ道が途切れていた。やはり昨日からの雨が増水し、橋を隠してしまったようだ。

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2012.03.12 / Top↑
 昨日からずっと降っていた雨も六日町あたりでようやく上がり、東の空が少し明るくなってきた。
 国道十七号線を北上し、長岡からは国道八号線に入って行った。山が後方の遠くに見えるだけで付近には高い山がなく、平坦でカーブが少なく片側二車線の広い道路はとても走りやすい。あまり休むことなく前へ進み、走行距離を稼ぐことができた。
 三条のあたりで右へ行くと新発田の標識を見つけ、地図を確認すると山形へは新潟市内を通るより近いようだ。それに新潟市内は道が複雑に入り組んでいて分かりにくそうだ。
「今日はこのまま新潟を抜けて、さて山形のどこら辺まで行けるかな、何処かのキャンプ場で今日はテントを張るぞ、天気も良さそうやしなあ」
 周りの車のスピードに合わせて走り、独り言を言った。
山形?あっ、あそこに行ってみたかったんや」
 以前にペンション情報という雑誌のことに触れたことがあったが、その巻末に「アルバイト、居候募集」というコーナーがあった。そこには全国のペンションのアルバイト、居候(三食と寝るとこが付いていてペンションの手伝いをする人、手間賃はわずかだけれど忙しい時の手伝いと言ったものだろうか)の求人欄が北から南へ掲載されている。夏樹は世間が夏休みの時期に北海道のペンションでアルバイトか居候をしてみたと考えていたのだが、条件の欄に二十一歳ぐらいまで(すでに二十五歳となっていた)テニスができる人(そんなもん、やったことがない)料理ができる人(インスタントラーメンぐらいな作ったことがあるけど・・・)とにかく条件が合わない。やっと難しい条件がないところを見つけて電話をした。
「ごめんね、もう決まっちゃったのよねえ」
 何軒か連絡してみたが、どこも採用済だった。



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2012.03.16 / Top↑
 北海道のペンションでのアルバイト、居候は出かける前の段階では全滅だった。北海道の次に掲載されているのは東北地方だ。福島県の磐梯山周辺や岩手県の八幡平などには多くのペンションがあるようだが、他の地域には少なかった。北海道には一度行ったことで多少の知識はあったが、東北地方の地理的知識はほとんどなく、聞いたことのない地名やスキー場が掲載されていた。その中に山形県月山の麓にあるペンションの居候募集欄には特別な条件はなく、仕事内容欄に「晴耕雨読」と書いてあった。
「これって晴れた日は田畑に出て、雨の日は本を読むと言うことなんやろなあ。なんか面白そうやなあ」
 さっそく電話したのだが、「数日前に決まったのよ、ごめんなさいね」と言われてしまった。しかし、バイクで北海道へ行くことを伝えると、行く前に二,三日だけでもペンションに寄って手伝ってほしいと言ってくださったのだ。
 地図を確認し、月山へ行くにはまだ二百キロ以上あるようなだが、行けなくはない距離だ。公衆電話を探して月山のペンションへ電話をすることにした。
「こんにちは、先日、電話させてもらいました夏樹です」
「おお、夏樹君。もう北海道に行っちゃたか」
「いいえ、いま新潟にいます。日本海側を通って北海道へ行こうかと思ってます」
「じゃあ少し寄っていってよ、ちょうど手伝ってほしいことがあるんだよ」
「はい、それで急なのですが、これからそちらに向かおうかと思うのですが」
「いいよ、道わかるかい。国道百十二号線の弓張平を目指して来ればすぐにわかるからね。じゃあ気を付けてね」
「ありがとうございます」
 

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2012.03.18 / Top↑

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