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「構造改革」
 大きな課題にチャレンジ!
 元首相の小泉さんは様々な「構造改革」を打ち出し、日本中の人々の大きな反響と期待が政治を注目し、多くの支持を集めた。

 今までと違うことをして、より良いものにしていく。改革を推進するには、旧態依然とした体質への挑戦だと思う。
 ほとんど全ての新しい技術や発明を、誰よりもさきがけて成功させた人たちは、周りからは変人扱いされたりもする。しかし、そんな外野のことはおかまい無し。信念を持ち、自分を信じて成功へと導いていく。
 また、何ヶ月、何年もの期間をかけての成功裏には、会社やその上司たちの篤く大きな心があるからだろう。

 僕が現在住んでいる地域に「クチアンヴェイィ(少々違うかな)」という言葉がある。
 あまり良い意味では使われないようだ。口先だけ、言い回し良くじょうずに喋る、うそも方便、調子良い人と言った具合のようだ。しかし、この「クチアンヴェイィ」人が世の中をうまく立ち回り、そうでない人よりしょうしょう楽をして世渡りをしているような気がする。

 社会においても、職人といわれる人たちは腕が勝負、喋る必要なし、となると「クチアンヴェイィ」人にうまく使われて損をすることが多いように思う。時代劇にありそうな話だ。
 企業や役所でも、まじめにこつこつ働いている人は、喋りは苦手な人が多いのではないか、真剣に一生賢明がんばっているから、無駄口をたたかずに仕事をしている。そうでない人ほどいろいろと「クチアンヴェイィ」人が多いような気がする。

 「クチアンヴェイィ」

が必要な仕事もあるが、問題は企業や役所においての先輩、上司、といった上の立場の人が、「クチアンヴェイィ」人のいうことに、耳を傾け、取り上げることが多いのではないか。喋りが苦手でも真剣な意見は却下されて、同じ内容の意見をいっても「クチアンヴェイィ」人が話すとすんなり採用されたりする。そんな見極めができない先輩、上司が多いから、この国はダメになったような気がする。特に役所は,「見て見ぬ振り」「馴れ合い的慣習」「見栄」「出るくいは打たれる」
「クチアンヴェイィ」だけでエラクなった人も多いのではないか。
「クチアンヴェイィ」を見極めて正しい意見を見出していかなければ『構造改革』は成しえないだろう。

『昔のやり方が、すべて良いとはかぎらんではないか』

また、何かの時代劇の受け売りです。すんません。


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2008.05.19 / Top↑

「まもなく五十?」

 歩いていると腰が砕けたように、急に力が入らなくなって[ガクガク]と座り込んでしまいそうになる。もしかしてギックリ腰になる前兆か、と十五年前の悪夢が蘇る。
 テニスコートから救急病院へ直行して、十日間の入院をしてしまったあの事件からちょうど十五年になる。
救急病院の入り口で車から降りるのに五分はかかっただろうか。
「そこに外来用の車椅子がありますよ」
 親切な方が教えてくださっても、その車椅子に座ることができない。車の座席からやっとの思いで激痛と戦いながら立ち上がったのである、車椅子に座るのも死に物狂いで激痛に耐えなければならない。だからこのまま友人の肩を借りて診察室へ歩いたほうが、時間はかかるけれど激痛は走らない。
 どうせ診察室に入ったら診察用のベッドに上がらなくてはならない、激痛が走るのをできるだけ少なくしたい。そんな思いが無意識にはたらいた。
 ベッドにあがることはできなかった。サッカーの試合中に負傷した選手がフィールドの外に運び出されるときに乗せられるようなタンカーを縦にして、それを僕の背中に当ててゆっくりと倒し

「ゲェグァーー!」

4人がかりでタンカーごと診察台へあげてもらった。

「ヴァーグェー!」

とにかく少しでも体を動かそうものなら、何をやっても激痛が腰の左側の一点に走る。

「ゲェグァーーー!」
とにかく痛い。あの時は多くの方にご迷惑をかけました。
 あの時以来、何かと腰の具合が思わしくないことが多くなり、疲れが溜まってくるとなんとなく腰が重くなってきたり、それを無意識に庇うと、背中の他のところが痛くなったりして、何回も整形外科に通った。

 腰の状態を良くするには適度の運動がよく、特に腹筋を鍛えて腰への負担を少なくすること、できるだけ身体を動かすことを心がけた。せめて一週間に一回は何かスポーツをすることを目標にした。
 四年ほど前からはママさんバレーの練習相手に参加している。会社の人たちの中では運動をしているほうではある。

 しかし、あの事件からちょうど十五年がたち、入院こそしないけれど歩くのも困難な状態が先日から続いていた。
「んー、ここの背骨の骨と骨の間の軟骨が少し減ってきていますね」
レントゲンの写真を見ながら医者が言った。
「まもなく五十歳ですかあ、まあそろそろ身体は、あちこちがねえ」
要するに年をとったのだからあまり無理をするなと言いたいようだ。
「しばらく痛みがなくなるまで安静にして寝ていてください」
確かに人生の半分は終わったと思う。しかし、この程度のことで歩けなくなるほどのことになるとは、われながら情けない。こんなにも体力がなくなってきているのだ。
 
 冬には毎日の雪寄せがきつかったのか三年前は左手、昨年はその左手を庇ったからなのか、右手が腱鞘炎となり八月ごろまで整形外科に通った。年配の人が多い整形外科には僕は若い方だ。医者も看護士も事務員も顔なじみになってしまった。
 三十路を超えたとき以上に、四十路は角度の大きな坂を歩いているような感覚をおぼえている。
 謙虚に受け止めて、対策を考えよう。




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2008.05.20 / Top↑
『優良ライダー』

 先日、緩やかなワインディングロードを(毎日、仕事で通るいつもの峠道)走っていた時のことだ、僕より3台前の軽トラックが少しゆっくりと走っていた。そのためか、僕の後ろにも4,5台の車がつながっていた。この道は、はみ出し禁止で法廷速度は50キロ。追い越そうにも先の見通しはあまり良くないカーブがつづく、生活道路だから、車の通行量も比較的多い国道だ。

 そのときだった、バイクが反対車線を、すいすいと後ろの車を追い越して近づいて来るのが、ミラーに写った。1台や2台ではない。数台の年代ものの古いバイクが、オレンジ色のはみ出し禁止の線を越えて、ぶっ飛んできては、追い越していった。2,3台づつが次々と追い越して行く。対向車が来れば、車と車の間に無理やり入ってやり過ごす。僕の運転する車の目の前にも割り込んで、対向車をやり過ごし、すぐにはみ出して加速して、前の車を追い越して行った。

『バカやロー、調子に乗るなよう!』


 思わず叫んでしまった、聞こえるはずもないのに、思いっきり大きな声を出してしまった。巷で社会問題となっている二十歳前後の若者たちの、暴走行為と一緒ではないか、運転しているライダーの顔を覗いて見ると、僕より年上の人たちばかりのようだ。

 あなたたちは愛するバイクを毎日のように磨いて、きれいにして、たまの休暇を仲間と一緒に遠い所(関東周辺のナンバープレートだった)からツーリングに来たのではないのか。

 ずっと手前で休憩中のあなたたちを見かけたときは、とても羨ましく、すてきな人たちに見えた。みんなが少し古いバイクにまたがり、スキッとしたライーダースーツに身をつつみ、さあ出発だ、といった感じだった。とても素晴らしい光景で、年を重ねても輝けることは素晴らしいと思った。
 そう、あなたたちは「優良ライダー」ではないのですか、巷の暴走族たちが、バイクのイメージを悪くして肩身の狭い思いをしている人たちと共に、心よりバイクを愛し、バイクと一体になって走ることの素晴らしさを、「バイクは良くない」と思っている人たちに理解してもらい、

『一度乗って見たい』と思ってもらわなくてはいけないのではないのか』
 とても残念である。

つづく


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2008.05.26 / Top↑


 ここで問題?
『交差点であなたは直進、対向車は右折しようといています。どちらが優先でしょう』
 私はあなたが優先だと思う。しかし、対向車が優先というローカルルールが存在する地域があるようだ。
 コンビニの駐車場に車を置けるのに、入り口付近の歩道に停める、障害者スペースに堂々と停車。運転中に窓から、投げられる火の付いたタバコ、止まれを無視して飛び出す原付バイク(目の前で目撃した。その人は右から来た車に激突して、道路に投げ出された。幸い軽症ですんだ。) 無灯火の自転車(田舎は暗く車通りの少ない道が多いから、とにかく発見が遅くなる)、車道を車の直前横断する歩行者。

 こんな事例はほんの氷山の一角に過ぎない。とにかく車、バイク、そして自転車、歩行者までがマナーが悪くなった。こんな田舎でも危なくて、安心して通行できない。どんなに適切な速度で安全運転していても、相手が向かってくることもあるから、なんともしようがない。

 この辺りの中学生が自転車を運転する時は、ヘルメットを被り、どんな交差点でも降りて渡る。車が止まれの標識で止まっていても、車が通り過ぎるまで渡らない。すごく安全運転なのだが、なぜか高校生になると、突然悪くなるのだ。このギャップはなんでなんやろう。
 手本となる大人が正しい運転マナーを守らないからなのか、中学校では学校で決まっているからと言って、校則を守るのと同じ感覚なのだろうか。
 もう少しまじめになろうよ。僕も気をつけよう。





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2008.05.27 / Top↑


 今回は、僕の旅以外のこだわりについて少し目をかして下さい。
 次女が生れる前だからもう十四年目になるかな、禁煙をしてから。もともと本数は少なかったから、比較的らくに止められた方ではないだろうか。
「今日から禁煙」
 なんて始めれば、必ず苦しんで、かえってストレスが溜まって胃を痛めかねないので、少しずつ減らして行って、最終的には禁煙に成功した。今回はこの禁煙についてではない、タバコを吸っていた頃のこだわりについてだ。

「タバコにしよう」
 とこの地の人たちは休憩の意として、普段から使う。女の人もタバコを吸うわけではないが、休憩をする時には
「タバコだぁ」
 と声をかける。
 もう、時効だけれども十八歳からタバコは吸っていた。そして、二十歳の頃から、この地の人たちの言う「タバコ」の意と同じような気持ちで、タバコに火を点けた。
 タバコを吸おうと思った瞬間から休憩、イップクのモードに入るわけである。
 吸うタバコに、まずこだわる。白いフィルターは柔らかく、唇にくっ付いてしまうことが嫌いなので、茶色いフィルターのものを選んだ。その当時の茶色のフィルターは「ハイライト」か「キャビン」ぐらいで他には値段の高い洋モクしかなく、選択の範囲は限られていた。数年後には対米貿易黒字の関係なのか、国産品と同じぐらいの値段になって「マールボロウ、ラッキーストライク、キャメル、ラーク」などを吸っていた。

 次に火を点けるものにこだわる。ジッポーのオイルライターがベストだけれど、親父が使っていた国産のオイルライターを使っていたこともある。ライターがなければ(オイル、ガス切れ)マッチにする。マッチの場合は点けかたと消し方にカッコをつける。
 1940年代を舞台にしたアメリカ映画に小雨降る夜のネオンの下で、ツバ付の帽子に、ビシッとスーツに身をまとい、遠くに逃げ去る犯人を目で追いながら、ゆっくりと銜(くわ)えたタバコに火を点けるハンフリー・ボガートのイメージで火を点けて、そして消す。いわゆるナルシストである。
 いつもハンフリー・ボガートのイメージでタバコに火を点けるわけではないが、ほんの五分ほどの「イップク」の時間を頭の中から足の先まで休めることができる。その当時のストレス解消法の一つなのだ。百円ライターは絶対に使わない。

 おねいさんが横に座る飲み屋さんに行くと、タバコを銜(くわ)える瞬間に火を点けてくれる。おそらくどこの店でもそうだろう。時には、おねえさんの手元近くの見えにくい位置に、箱から半分だけ出して置かれたマッチで、またはブランド物のスマートなライターで、しぐさもあざやかに美しく差し出してくれる、気持ちのよいものだ。
 百円ライターで炎の大きさを最大にして、目の前で「ボッ!」とやられたのじゃ
「二度とこの店には来ないから」
 と怒鳴ってやりたくなる。
こんな僕のこだわりは、変だろうか。
 もちろん、灰皿のない所では吸わないようにしていたつもりだ。
 最低限のマナーだから。


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2008.05.30 / Top↑
 もう六月、今年も半分が終わるところである。
 それなのになんだか最近の天気はおかしい。いまだにストーヴを片付けられないでいる。最高気温が二十℃を超える日がほとんどないからだ。世間では地球温暖化、暖冬などと、暖かい表現が多いが、今の東北は寒い。日中はストーヴを焚き、夜、寝る時は毛布を掛けている。

「どこが地球温暖化なんや」
 と叫びたくなる。

 東北地方などの雪が多く降る土地のひとたちは、それ以外の地域の人たち、(日本の人口の七割から八割ぐらい(?) の人たちが暮らしているのではないだろうか)よりは、春がとっても待ち遠しいのだと思う。この地に住んで二十年目、年々その気持ちが強くなってきた。

 特に今暮らしている東北の山奥の田舎(地元の人に見られたら怒られるかな)では十一月末から三月末までの四ヶ月間は、家の周りから田畑一面、時には道路も雪に覆われてしまう。覆われるだけではない、毎日のように降り積もった雪をブル(この地域の人たちは除雪のための重機のことをこう呼ぶ)が道路脇に山積みにするから、我が家の窓からは外の道路を走る車が見えなくなる。二メートルは積まれている。

雪2
 (クリックすると大きくなります)

この大量の雪が、春になれば本当になくなるのだろうかと、心配になる。それぐらいに多くの雪が積もる。ほとんど雪の中に家が埋もれていると言ったほうが、表現としては正しいのではないか。
 毎日のように降り積もる雪は、毎朝のように三時頃からブルが押し寄せていく。十一月ごろの初雪の時に来るブルは、
「ゴーー!ーー!ーー!!!」
と、けたたましく、大きな轟音にさすがに飛び起きてしまう。しかし、三回目ぐらいからは慣れてしまって、朝になってはじめて気が付く。

「あぁ、ブル来たんや。また、寄せなあかんなあ」

 家の前に押し寄せられた雪は、機械が力任せに押し固めたような雪の塊となり、時には一メートルにもなる。

 つづく





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2008.05.31 / Top↑

 我が家の道路に面している部分は車庫も含めて、約十メートル少々。ぎゅっと押し固められた雪の塊を

『ママさんダンプ』(この辺りでは手押しの雪寄せ道具を『ママさんダンプ』と言う名前で売っている。昨年、新しいのを買いにホームセンターに行ったら、『パパさんダンプを発見。『ママさんダンプ』より少し大きいものになっていた)
                              ダンプ


で邪魔にならないところへ寄せていく。軽く、二,三十分はかかる。ぎゅっと押し固められた雪の塊はとても重いから、大変な重労働である。朝だけではない、日中も雪は降る。仕事から帰ってくれば、朝と同じように玄関前と車庫前には、ぎゅっと押し固められた雪の塊が積まれている。このままでは車も、人も入れないから、車を道路脇に一旦止めて、朝と同様に

『ママさんダンプ』

の登場となる。その時にも雪が降っている。降っているだけならまだなんとか大丈夫、吹雪いている時もしばしばである。
 こんな日が少なくとも一月、二月のほとんど、毎日のように繰り返される。今年は自治体の予算もあってか、夜はブルが来ない日が増えたので、一日一回朝だけでの日が多かったが、その分、翌朝がドット増えることになる。

 一月も中旬を過ぎれば、今までに寄せた雪と、新たに降った雪で家の周りも雪でいっぱいになる。小さな雪の滑り台となった上を、ママさんダンプを押して登り、家の裏の方へ運ばなければならない。他に寄せるところがなくなってしまったからだ。
 しっかり固まってない上を歩くと、片足だけが『ズボツ』と大きな穴を開けて雪の中へ入ってしまう。
                                雪


 ひと冬終われば、ひじが腱鞘炎になったこともある。

 この雪寄せ作業はオヤジ(私のこと)の仕事。冬はこの仕事があるから、少々家の中でゴロゴロしていても、奥方には文句を言われないですむ。

 ところで、雪国のサラリーマンの出で立ちをご存知か。公務員を含め、いわゆる会社員は、都会と同様にスーツにネクタイ姿で出勤する。しかし、上記のごとく、家を一歩出れば一面の雪景色、スーツといえども足元は長靴を履くのである。スーツに長靴という姿が、創造できますか。都会の人たちから見れば、かなりダサイのではないだろうか。
「えっ、なに?長靴?」
と思ったが、雪が積もった道を革靴では歩けない。歩くどころか、一歩踏み出せば『すってんころリン』と転んでしまう。たとえ転ばずに歩けたとしても、降り続く雪道を歩けば、道路に積もった雪を踏みしめるたびに、靴の中に雪が入ってきて、五分も歩けば靴下はビショビショにぬれて、足は冷たくなる。

 カッコなんて関係ない、冬の必需品は長靴である。

つづく




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2008.06.02 / Top↑


 雪との戦いはこれで半分。まだまだこれからが本当の戦いの始まりとなる。
 一月の下旬ともなると、家の屋根の上には一メートル以上の積雪がある。古い家はこのまま放置しておくと、つぶれてしまう。つぶれないまでも、家の中のドアや扉の開け閉めがスムーズに行かなくなる。全国ニュースでもどこかの体育館が、積雪によって屋根が崩壊したことを伝えていた。毎年、古くなった空き家や、小屋などが押しつぶされた話は良く聞く。
 どうすればつぶれないか。下ろすしかない。雪ようのスコップを片手に屋根の上に上がり、自分の胸ほどもある雪をかき分けて、軒の方から順に

『ザッ、ザッ、ホイ。ザッ、ザッ、ホイ。ザッ、ザッ、ホイ。』

縦と横に切れ目を入れる。これが『ザッ、ザッ、』スコップ一つ分の四角い型にして『ホイ!』と投げて下ろす。豆腐を賽の目に一つずつ切るように、ただ黙々と

『ザッ、ザッ、ホイ。ザッ、ザッ、ホイ。ザッ、ザッ、ホイ。』

 あまり大きく四角にすると、『ホイ。』がたいへんに重く、すぐに腰に違和感が走る。そうかと言って小さすぎると、はかどらない。適当な大きさにするには長年の経験のみぞ知る。(二十年にしてようやく、雪下ろしのやり方が分かってきたように思う)四十センチメートル四方ぐらいが適当なところだろか。
 軒に近いところをやる時は、『ホイ。』はまだ楽だが、軒から遠くなると、『ホイ。』も遠くへ投げてやらないと下へは落ちてゆかず、軒の辺りに残ってしまい、二度手間になってしまう。
 三十分も続ければ、まず腰に違和感が走る。続いて背中や、腕にもそれが伝わってくる。二、三人で話しをしながらやれば、まだ気がまぎれるのだが、一人での作業の時は飽きてくる。
 家の前の雪寄せ同様に雪が降っているときに、やらざるを得ない時もある。

 一つの雪の塊が四十センチメートル四方ぐらいということは、お気付きの方もいらっしゃるだろうか、雪の高さは私の胸の辺りまである。一メートルは有にあるから、二段、時には三段に分けて投げ捨てることとなる。
 今冬は私ひとりで、まる二日を掛けて下ろし終えた。
 土、日の休みは雪下ろしだけで終わってしまった。

 下ろす雪は我が家だけではない。奥方の実家へ手伝い、会社の倉庫の雪下ろしもある。この倉庫が三、四箇所もあるし、ひと通り終わったころには、我が家の二回目が回ってきたりすることもある。とにかく一月、二月は朝から夜まで雪と戦っているようなものだ。

つづく


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2008.06.04 / Top↑
 年末のドラマを見ていると、
「あっ、雪が降ってきたわ」
「ほんとだぁ」
「きれいだねぇ」
などと言いながら女優さんがくるくると回りながら喜び、はしゃいでいる。その時のBGMは山下達郎の年末定番ソング

『クリスマスイヴ』

 年末恒例の大イベントの二大アイテムである。

 僕も十年前まではそう思っていた。雪国の人たちも絶賛するほど美しい。その風景だけはとても綺麗だ。
            雪景
 
                                    雪景2
  (クリックすると大きくなります)

 今の地に住むようになった頃は、雪が降ってくるのが楽しみで、待ち遠しくて、首を長くしていた。一寸先が見えなくなるくらいに激しく降って来たりすると、ワクワク、ドキドキしながら、
「どれくらい積もったら、屋根の雪下ろしができるのかな」
と屋根に上がる日を楽しみにしていた。
                        ゆき屋根
(すこし分かりにくいですが、屋根の上です)

 今から思えば、不謹慎なことを心の中でニヤニヤとしながら考えていた。仕事中に降り出せば、
「わっ、雪が降ってきた。わあ」
一人大きな声で喜んでいた、他の人たちの白くにらみつけるような視線などまったく気にせずに、
「綺麗だ、美しい、素晴らしい・・・」
おおいにはしゃいでいた。
 音もなくシンシンと降り積もる雪。あっという間に一面が銀世界となり、全てのものを真っ白にしてしまう。翌朝に晴れると、山や、木々に着雪した姿は誠に美しく、なにもかもが朝日に照らされてキラキラと輝き、花も葉もない木々がまるで満開の輝く白い花をつけたように美しい。いつまで見ていてもあきない。
 気温と、風速、風力という自然の画家が山や、木々のキャンパスに雪の白だけで造りだした芸術である。風の無いシンシンと降り続く雪のときと、吹雪いた時の姿とは違う別のものを造りだしてくれる。時には川の流れに純粋に逆らわずに、水のない所にだけ雪の白を置き、現代彫刻のような美を完成させ、常に目を奪われる。

 十年ほど前までは本当に不謹慎なやつだった。雪が降ってくるのを見て大喜びしていたのだから。しかし、今では
「もう雪なんか降らなくてもいいよ、雪の馬鹿やろう」
と怒鳴りたくなってくるほど、降る、降る、降る。どこの空の倉庫に、こんなに多くの雪が溜まっているのか、どんどん降ってくる。見る見る積もっていくのである。もう、こりごりである。降るだけなら良いのだが、雪というやつは降った後は積もるので、厄介なのだ。
 国道に降り積もり道路脇に寄せられて山となった塊は、重機によってダンプに積まれ、雪捨て場へと運ばれる。それを見るたびに
「あれって、融ければ、ダンプには積めない、ただの水になるんだよなあ」
と思う。

つづく




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2008.06.06 / Top↑





 昔、都のあったところに住んでいたころには、桜というものにそんなに感動を憶えなかった。なんとなく、入学式のシーズンに咲く花、ぐらいにしか思っていなかった。
 でも、こんな雪との戦いがつづく、北国に住むようになってからは、特別な花として、一年の区切りの花なんだと言う意識が出てきた。

 三月も下旬になると、雪の降る日はほとんどなく、少しずつ雪が融けて、窓から外を歩く人が見えるようになる。雪の塊が小さく低くなって、汚れた白になってくる。中国大陸から飛んでくる黄砂によって、黄色くなることもある。少しずつだけれども、春が近づいてきている。ようやく、戦いが終わろうとしている。

 四月になっても雪が降る日はあるが、ママさんダンプの出動はほとんどなくなり、田畑のあちらこちらに土が見えてくる。そんな雪がなくなった土のところに、バッケ(ふきのとう)が顔を出すようになってくる。
 家の周りの雪も少しずつ融けて少なくなってくると、雪が降る前に飛んできたゴミが、出てくる。意外にこれが多いのだ。(余談であるが、スキー場のリフトの下の雪が融けると、いろんなものが落ちているらしい。一番多いのは、たばこの吸殻だそうだ)

 そして、完全に田畑の雪がなくなり(山にはまだ雪が残っている)陽も明るく春めいて来るころ、四月の二十日ごろになってようやく桜の便りが聞こえてくる。例年だと二十九日が満開の予定日なのだ。

「春だ。ようやく春が来た」

その満開の桜の下で、冬の戦いを終えて、ようやく来た春を喜び、これからの農作業の前に酒宴を盛大に行うのだ。
 都市の、雪があまり降らない土地の桜の花見とは、すこし感じ方が違うと思う。最近、この地の人たちが桜の花が咲くことを、心待ちにしている意味が、ようやくわかってきたような気がする。今よりも雪が多かった昔に、今よりも除雪内容もよくなかった時代を、活きてこられた先輩諸氏は、特にそう言う気持ちが大きいようだ。
 
「春(とても待ち遠しいもの)」


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2008.06.09 / Top↑

 NHKの朝の連続テレビ小説で「てるてる家族」というドラマを放送していたことが、数年前にあった。大阪の池田市を舞台にパン屋を営み、娘四人の四女を中心に描かれたドラマである。BS放送の土曜日に一週間分を放送しているので、ビデオに録画して休みの日にゆっくりと見ている。

 とにかく、おもしろい。おそらく脇を固める出演者のほとんどが、関西の芸人さんだから、元関西住人が聞いても、ほとんどいやみのない上手な関西弁によるしゃべりがとてもよい。関西出身でない役者さんが役として関西弁を話すと、アクセントを誇張しすぎてしまうことが多い。そうすると、不自然な言葉となり、耳障りになってしまう。東北出身の人が「おしん」を見たときに、不自然な東北弁を感じたり、九州出身の人が西郷隆盛役の俳優のしゃべりを不愉快におもったり、されたこともあるだろう。

 NHKらしくないと言えばあまりに抽象的だが、従来の硬いイメージがなく、その場面にぴったりの照れ隠しのボケに、まったくいやみのない突っ込みが飛んでくる。まるで大阪漫才を見ているような、ボケと突っ込み。その、絶妙な間合い。なぜかボケの台詞も突っ込みの台詞も、役者さんが話す前に見えてくる。それだけ関西人には心地よい軽快なリズムというか、関西人の生活のリズムにちょうどあっているように思う。

 以前、頻繁に旅行をしていたころに、泊るのはユースホステルが多かった。
さまざまな地方の人たちと、初対面なのにいろんな話ができるから楽しい、それが最大の旅の目的かもしれない。最初はさまざまな地方の方言が飛び交い、お国の良いところ、変わった方言などの会話で少しずつ盛り上がってくる。

 僕を含めて関西人は常にボケをかましたり、突っ込みを入れたりと、笑いを取ろうとするのだ。関西人の性なのだろうか、そんな会話でないとなんとなく落ち着かない。関西人が二人いれば完全に漫才会話になってしまう。
 会話が進むと、いつの間にか関西弁を話し出す人が出てくる。関西出身でもないのに言葉尻に関西風のアクセントで話し出す人がいるのだ。無意識に出てくるらしい。するとすかさず突っ込みが入る
「あっ、関西弁がうつったな。おもろいやっちゃなあ」
と、ますます場が和み、笑いがおおいに起きてくる。

 あるCMで「関西弁をしゃべる宇宙人」と言うのがあるが、若者を中心にお笑いブームが再来しているいま、そんな真剣な笑いがこの不景気、荒れた世の中を吹き飛ばしてくれるのとちゃうやろか。



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2008.07.16 / Top↑


 車に乗って信号待ちしていたら、前の乗用車の運転手が左手に携帯電話を耳にあてているのが見えた。よくある光景だ。間もなく青に変わり左折しようとしたが、携帯片手のおねえさんの車は前には進まない。僕の後ろにも車が何台か待っている。クラクションを一回鳴らすと,慌てる様子も無く、ウインカーも出さずにゆっくりと、ふらふらと左折した。止まることも無く、普通に前へ進むことも無くふらふらとしている。対向車が来るから、追い越しも出来ない。かなり頭に血が上り始めているとわかった瞬間、クラクションを少し長く押していた。するとその乗用車はウインカーも点けずにセンターラインよりに止まった。車は動かないが手には携帯を耳にあてている。対向車の切れ間を見てクラクションをかなり長めに押しながら、その車の右側に出て横に並んだ時、おねえさんと目があった。
『バカヤロウ』(不適切な発言、表現がありお詫びします)
と叫んでいた。そのときのおねえさんは『何よう、うるさいなあ』と携帯を耳にあてたままで言ったように聞こえた。「いまどきの茶髪のおねえさんである」皆さんもこの不適切発言したくなるでしょ。

 毎日くるまに乗って走っていると、交通マナーの悪い人を良く見かける。年々増えているような気がする。脇道から確認もそこそこに飛び出したり、曲がる直前でウインカーをつけたり、一日に何回もヒヤッとさせられる。スーパーなどの駐車スペースでも障害者用の場所に堂々と止める人、白線の外に二台もはみ出して止める人、明らかに邪魔になる所での人の乗り降りする人。
「いまどきの若いものは・・・」と僕が若い時から言われて来た。僕らの少し年下の人たちは「新人類」その少し下の人たちは「新、新人類」と呼ばれた。今の若い人たちはなんて呼ばれているのだろうか。

 阪神大震災、日本海で重油の流出事故などのボランティアとして頑張った人は、茶髪の若い人が多かったと聞いている。
 もちろん、若い茶髪の人たちの無謀運転も目に付くこともしばしばある。しかし、この交通マナーの悪い人は若い人より、僕より明らかに年上の人が多いようだ。
おじさん、おばさん(僕より年上の人ならこう呼んでも怒られないかな)が若い人たちの見本としてしっかりしないと、これからの世の中を背負っていく若い人たちが困るのだと思う。自分の子供にも、悪いことは悪いとはっきりと教えなければいけないのだ。自分の子供の機嫌取りする必要はないのだから。

 よその子を叱(しか)る怖いおじさんが近所に居なくなったとよく言われる。自ら嫌われるのはだれだって好まないだろう、せめて良い見本にならないといけないと、自らもそう思うのである。このままでは、
『いまどきのおじさん、おばさんは・・・』となってしまうのだろか。僕も気をつけよう。





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2008.07.18 / Top↑
 いろんな思いを書いて、多くの人にこの思いを聞いてもらいたくて、最初は特定少数の人にメルマガのような形で配信していたのだが、知人の勧めでブログに挑戦するようになり、三年目に突入した。これもひとえに訪問してくださる方のおかげで、続けることができたと思っています。この場をお借りしてお礼を申し上げます。
               「まいどぉ おぉきにぃ、」
  
 久々にオヤジの一人ごとを。
 ブログを書き始めたころに、いずれ機会を見て「夏樹涼風」と言うペンネームについてのコメントを書くと記していた。そのことを書くにふさわしい共通テンプレートを見つけ、早速、利用させてもらった。この樹は岩手県の小岩井農場内にある、一本の桜の樹だ。観光客が訪れる場所からは少し離れた、牧草の丘に立っている。知る人ぞ知る穴場的な場所だが、今ではガイドブックにも載っているのかもしれない。
 一念発起して約七年間の一般社会人を脱し、憧れの大地、北海道を目指したのが、今から二十数年前のこと。全国を旅して、多くの旅人と会話をし、多くのユースホステルなどに泊まった。
 この感動を、今度は自分自身で伝えることをやりたい、宿泊施設を経営してみたいと思った。でもユースホステルは酒が飲めないところがほとんどで、圧倒的に高校、大学生が多く、その年齢層以外の人たちも泊まれて、適度の酒を酌み交わしなら会話ができる宿泊施設をと、あさはかな頭脳で考えた結果、「民宿」が近いかな、それとも「ペンション」かなということで、北海道から流れて、岩手県内陸北部のスキー場のペンションで居候をしていた。約二年間に三ヵ所のペンションにお世話になった。三軒目のペンションの近くにこの樹があったのだ。
 なんだか長く、下手な文章の前置きになってしまった。

            「えらい、すんまへんなあ。堪忍しとくれやっしゃあ」
 続きは後日に。


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2010.05.21 / Top↑
 小高い丘の上に一本の大きな桜の樹。いつ写真に撮っても絵葉書になりそうな素晴らしい風景に憧れていた。
 四季の中で夏が好きだ。夏の日に大きな樹の下には、心地よく涼しい風がそよぐ。そんな場所で静かに昼寝をする。せちがらい都会を脱し、こんな木のある風景が目の前に広がるところで暮らしたい。いま住んでいるところにも少し歩けば、田んぼの中などに大きな一本の桜の樹があり、満開の花を咲かせている。毎年、楽しんでいる。大きな一本の樹を見ると心が落ち着くのは、私だけだろうか。
「夏の日に大きな樹の下には、心地よく涼しい風がそよぐ」
 恥ずかしながら、夏樹涼風の由来でした。

桜1

          桜2


 理想の宿泊施設を作る夢は、現時点では果たせていない。でも諦めたわけではない。いつも旅のことを思い出しては、何か他の形でもよいから伝えることができないかと考えていた。そして、ブログを介して、旅での人との出会いを中心に書き進めている。これからの話も、全国制覇に向けて、旅は続く。急がず、じっくりと思い出し、少しはフィクションも含めて書き進めていきます。どうかお付き合い下さい。よろしくお願いします。



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2010.05.24 / Top↑
こんばんは、いつも拙い文章をお読みいただき、ありがとうございました。
今日はいつもと違う記事をお届けしたいと思います。
我が家のアイドルを紹介します。
 
 名前 チョコ 
 犬種 ミニチュア、ダックス
 年齢 4歳
 趣味 寝ること(とにかくいつも眠そうです)
        チョコ①
                      チョコ②
時々、彼の生活を紹介していきたいとおもいます。


今年も今日で終わりですね。
来年も引き続き書き続けていきたいと思います。
どうぞ宜しくお願いいたします。




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2010.12.31 / Top↑
 こんにちわ
 五日ほど前から雪が降り続いています。ちょうど仕事始めの日からです。
 道は狭くなり、前からバスが来ると行き違えなくなります。大通りを外れると乗用車同士でも行き違えなくなりますね。事故らないように気をつけないとね。
 というわけで一昨日は会社の倉庫の雪降ろし、昨日は我が家の雪降ろし、今日は奥さんの実家の雪降ろしでした。もう体中が筋肉痛です。
         雪①
                     雪②
 
 写真で雪の多さが分かっていただけるでしょうか。

 それで、いつものブログをアップする元気はなく、皆さんのブログへの訪問も怠っておりますことを、お許し下さい。この雪が落ち着いたら、更新とご訪問をしたいと思います。
2011.01.10 / Top↑
 今年の雪は異常です。
 
下の写真は今年の正月、「穏やかな正月でよかったなあ」と思ってました。
                    1月1日
                              





 そして新年の仕事始めが1月6日。朝の7時頃から雪が降り出し、ずっと降り続き午後5時半ごろの帰社時間には80㎝程の積雪だった。あの日から約2週間後の同じ角度で撮った写真が下なんです。







                         1月22日②

 たった2週間でこの積雪!雪国に暮らすようになって22年ほどになるが、こんなの初めて、地元の人も「へんだ、異常だ」と言ってます。
 ほとんど毎日のように何処かの雪下ろし、雪寄せの毎日。休みの日は家と奥さんの実家、会社に行っては何処かの倉庫などの雪下ろし、それでも雪の影響で窓ガラスが割れたり、シャッターが壊れたり、古い造りの倉庫が潰れてしまった。

                       1月22日

 手前の玄関の上の雪は先週も一度、降ろしたのだけれど、ご覧の通り。もう、かないまへんわ。誰か、手伝いに来てもらえへんやろか、たのんます。
 もうあっちこっちが痛いですわ。

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2011.01.24 / Top↑
 ご無沙汰しております。
 東日本大震災により、隣の街で大きな被害があり、いろいろな思いが私の心を落ち着かないものにし、私の居る周辺ではたいした被害がなかったけれど、被災地の方のこと考えると大きく心が痛みました。
 今でもテレビニュースや新聞などで明らかになっていく災害の大きさ、それによる家族や親愛なる人たちとのわかれを、目に耳にするたびに、また心が痛みます。
 その震災の直後からブログの更新を休んでおりましが、それでも多くの方に訪問いただき、ありがとうございました。あれから三週間がたち、私には何が出来るのか、被災地に行ってボランティアをすることなんてできるのだろうか。そこまで出向いていく勇気も行動力もなく、節電や募金ぐらいしか出来ないけれど、もう少し何か出来ないかと考えていました。
 震災の影響で関東地方では計画停電が行われ、そのために工場やごみ焼却場などで操業に支障が出ているとのこと。また、観光地や遊園地にもお客が減り、大幅な減収だという。そんなニュース放送の後半で「私たちは、出来るだけ今までと同じような生活をして元気に暮らし、休みの時は観光地なんかに行ってお金を使わないと、経済が廻っていかなくなるでしょ」
 お金が廻らないと、経済が廻らない。すると日本全部の元気がなくなる、お金を回して日本を元気にすることが、一日でも早い被災地の復興に繋がっていくのではないだろうか。これも復興支援に繋がっていくのかもしれないと思います。
 もちろん今まで以上に節電を心がけ、無駄な買占めはしない。少しでも震災復興の募金に協力します。
 
頑張れ日本!
 被災地の一日も早い復旧、復興をお祈りします。


 という事で「小説のような旅のはじまり」もぼちぼち更新したいとおもいます。また、よろしくお願いします。


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2011.04.01 / Top↑
あけまして
 おめでとうございます


 本年も宜しくお願いします。
 みなさまには良き年になりますようお祈り申し上げます。



 どうも最近は更新が滞りがちですが、本年は心機一転、もう少し更新を増やすことを、年頭の計として掲げたいと思います。

 本年も懲りずにご訪問いただきますよう、宜しくお願いします。



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2013.01.01 / Top↑
あけまして
 おめでとうございます


  昨年は、更新の間隔が大きく、間延びしてしまいましたが
 拙い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
  本年も最終章?を少しずつですが進めていきたいと思っております。
  どうか、長い目でお付き合い下さい。
  本年もよろしくお願いします。

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2015.01.01 / Top↑

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