上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 長いような、短かった中学校生活の三年間が終わり、たまたま飛沢と赤川は同じ高校へ、夏樹は別の高校へ行くことになった。
 違う高校へ通うようになっても、夏樹と飛沢のサイクリング部、音楽鑑賞クラブは二ヶ月に一回ぐらいの活動は行っていた。もちろん鉄道研究会も活動は続けていた。

 夏樹の通っていた高校には鉄道研究会もあったのだが、籍だけ置いてほとんど行かなかった。週に一度だけ出欠を取ったら、あとは何もなかった。
 文化祭で鉄道模型の簡単なレイアウトを作り運転会をするのが、唯一の活動だった。夏樹はそれも参加しなかった。先輩たちも勝手に楽しんでいたし、今で言うところの『オタク』と言う表現が適切な感じの人たちだった。
(夏樹もほとんど『鉄オタ』であるが)

 文化部は大学並に種類が多く、二十クラブぐらいあっただろうか。鉄道研究会をはじめ、聖書研究、映画研究、生録同好会(まだまだ、ラジカセが高級品だったころに、テレビ局で使うような録音機、マイクなどを持ち出し、祭りや、街の様々な音を集めていた)釣りクラブ(部員はとにかく多かったが、実態は不明)サイクリング部(実際には自転車部のようっだた)軽音楽部(テレビのオーディション番組に出演した奴もいた)ユースホステルクラブ(読んで字の如く、ユースホステルを使って旅行をするクラブ。夏樹の二つ目の在籍クラブ)いまもあるのかな。

 そうだ、落研(落語漫才研究会)もあった。芸能祭ではちゃんと高座を作り、落語をやっていた奴もいた。
 
 体育部にも少々変わったのがあった。大きな川や湖が近くにないのにボート部(市内では強かったようだ。対抗高が少なかったのかな)冬しかスケートができないのにスケート部、山まではかなり遠いけれどスキー部、山岳部。
 山岳部は大会で優秀な成績を上げたように思う。

 夏樹にとっての部活動は、趣味の世界を広げる手段だった。遊び半分のような軽い気持ちで、三つ目の写真部にも在籍していた。けっきょくどれもが中途半端になってしまったが、ユースホステルを使ってクラブ活動としての旅行は二回行った。

  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
スポンサーサイト
2008.07.20 / Top↑




「夏樹、今度の日曜日に俺んちに、来いひんか」
 飛沢からの電話がかかってきた。
「新しいレコードを買ってきたんや、聞きに来いよ」
「あぁ、ええよ。昼から行くわ」
 飛沢は洋楽を中心にレコードを買ったり、友達から借りたりしては、夏樹に声を掛けて、飛沢の家の親父さんのステレオで鑑賞会を開いた。いつも二人だけだった。夏樹が気に入るとテープに録音してくれた。

 夏樹も近くの電気店で安いラジカセが売りに出ていたのを、妹と折半でようやく手に入れた。買うのに出した金額は折半でも、八割がたは夏樹が使っていた。正直なところ、妹はあまり音楽に興味はなかったようだが、夏樹にはお金がなかったし、父親には買ってもらえるわけも無く、妹を説得して半分の金額を出させたのであった。
 そのラジカセで、毎日、何回もテープを聴いていた。
 
 こうやって音楽鑑賞会を開きながら、サイクリング同好会の打ち合わせも行う。通う高校が違うのに、二人はこうして集まっては親交を深めていった。だからと言ってそれぞれの通う高校には、それなりに友達はいた。特に飛沢はいままで以上に友達作りに精を出していたようだ。いや、自然と飛沢の周りに人が集まり、なんとなく友達が増えていったと言うほうが、正しいのかもしれない。
 飛沢の家に行っての会話の中には、彼が通う高校での友達の話も多く聞かれた。レコードもその友達たちから借りてきていた。

「今日は、オリビア・ニュートン・ジョンや」
高い音の声、なめらかなで心地良いメロディーを聞き、いつものように詩の内容は二の次、耳に入ってくる音を何も考えずに、単純に楽しむ。そして気に入るとテープに録音して、また毎日、何回も聞き返すのである。
「なんや知らんけど、えぇ曲やなあ」
「そやろ、おれも気に入ってる」
「また、テープに録ってもうてもええかあ」
「ええよ」
「そしたら、すぐに持ってくるは、こないだ買うたのがあるや」

 レコードだけでは飽き足らず、FMラジオでエアチェックしたテープも聞きあさっては、見識を広げ、番組表が載っている雑誌を買って、アーティストの特集を録音して、テープのコレクションを増やしていった。全てが飛沢のおかげである。
 アルバイトで稼いだお金でアンプとチューナーを買うまでは(スピーカーは夏樹の六歳年上の従兄弟から貰う約束をしていた)、ずっと飛沢が録音してくれた。
 感謝、感謝である。


  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.07.22 / Top↑

 高校生活もだいぶなれて、二学期の文化祭が近づいてきたころだった。
 「ユースホステルってなんや」
 夏樹の高校の同級生の本村が退屈そうに言った。ユースホステルの意味すら分からずに、このクラブに入部届けを出した、不届きものである。こんな輩が他に三人いた。夏樹を含めて三人はユースホステルのことを一応は知っていたが、『安くて、若者向けの宿』この程度の知識しかなかった。

 今はとても便利な時代。辞書など引かずともインターネットで検索すれば何でも知ることができる。そこで、あらためて「ユースホステル」について調べてみた。
 「だれでも安全に、安く、楽しく泊まれる宿。部屋は男女別で四人から八人ぐらいの相部屋、二段ベッドか畳の部屋。食事、シーツのセットはセルフサービス。同宿の仲間とすぐに親しくなれるところ」
 だいたいこのようなことが書いてあった。

「たしか、食事のあとにミーティングがあって、泊まった人たちが集まって、話したり、ゲームしたり、歌を歌ったりするみたいやでぇ」
多少は知識のある安達が、部室の外に見えるサッカー部の練習を見ながらしゃべった。
「なにそれぇ、めんどくさいなあ」
 本村と同じく何も知識の無い田端が言った。

 だいたい、なぜユースホステルのことを知らない者どもが、この部に入ったのか。先輩部員がだれもいない休部状態の部であることを、少しだけユースホステルの知識のある逢坂が聞きつけてきた。こんな部でも一応は部室というものがある。教室からは少し離れて、グランドに面したところに部室がある。ようするにその部室に興味があったのだ。クラスの仲間とタムロできる場所をうまく見つけてきたのである。タムロして何をするわけでもない、ただ先生の目の届きににくい場所を見つけたのである。

「三年前から休部やったし、まあ顧問の先生も他の部の顧問もやっていて、あまり多くを望んでないみたいやし」
 ため息混じりにみんなを見渡しながら、夏樹が言った。
「けど、ここで悪いことするのはやめような」
「タバコなんか吸うてるところを見つかったら、すぐに部室を使えんようになるで」
 相変わらずサッカー部の練習を見ている安達が言った。
「そやな、せっかく見つけた隠れ家みたいなもんやさかいなあ、おい本村、ここでは吸うのやめろよ」
「なにい。田端、おまえには言われとうは無いで」
本村が少し声を荒げた。


  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.07.25 / Top↑


「一応、部長を決めなあかんやろ」
「そりゃそーだ」
「この部屋を見つけてきた逢坂がええのとちゃうか」
「そやなあ」
「ユースホステルのことを一番くわしいし」
「うん、それがええなあ」
さっそく、七人はユースホステル部の部室にタムロして、だれとも無くこんな会話がされて、なんとなく逢坂に部長をやってもらうことになった。なぜか逢坂も嫌がらなかったから、すぐに決まった。

「先生がとりあえず一泊でもええから、どっかへ行こうって、言うてはったで」
職員室へ部長就任の挨拶をすませてきた逢坂が、顧問の先生からの伝言を言った。
「冬休みはバイトで忙しいでえ」
田端が口早に話した。
「おれも」
「おれもやで」
「夏休みで貰ったバイト代で、ギター買うたから、金ないし」
「冬や休みはちょっと無理みたいですって先生に言うとくは」
逢坂が話しもそこそこに部室を出て行った。
「あいつも冬休みにバイトするから、正月の元旦しか遊べへんて言ううてた」
逢坂と同じ中学校の岡村が、小さな声でつぶやいた。

 数分後に逢坂が戻ってきた。
「冬休みが駄目なら、春休みに行く計画をしっかりと立てとくようにって」
「ユースって会員にならんと、あかんのとちゃうの」
夏樹が少し知っている知識を話した。
「D百貨店にユースホステルの事務局があったはずやなあ」
さすが部長、一番いろんなことを知っている。
「明日は土曜日やし、学校の帰りに行かへんかあ」
「おい上田、お前はええよ、家の近くやから、あの百貨店は」
田端が大きな声で、少々威圧的な言い方をした。
「おれらは学校とは反対方向や、月末の金無い虫には、そこまで行くバス賃も、ましてや入会金を払う金なんかあるはずがないやろ、なあ夏樹」
「その通り、上田と逢坂と岡村の三人でとりあえず様子を見て来いよ。詳しいことを」
田端は夏樹と同じ方向にある中学校から来た。時々、一緒に帰ることもあった。
「分かった、明日の帰りに寄ってくるは。上田も行くやろ」
「しゃあないなあ」
「おれも行かなあかんの」
「岡村!いつも一緒に帰ってんのやから、当たり前やろ」
岡村は下を見ながら小さな声でうなずいた。


  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.07.27 / Top↑


 ユースホステルの会員になるには、難しい手続きは必要なく、簡単にできると逢坂たち三人は下調べに行ってきたことを部室で報告した。顔写真が必要なので、スピード写真に寄って、そのままD百貨店のユースホステル協会事務局へ行くことにした。
「冬休みが終わってからな」
「おれも、そうしてほしい。冬休みにバイトして残しておくは」
田端と本村が遠慮ぎみにぼそぼそと言った。

「さて、会員証についてはこれでよし。問題はどこへ行くかやな」
「何泊するんや、それによっていくとこも変わるやろ」
「何泊って、そんな長いことどっかへ行くのか」
「はじめてやから、一泊でええのとちゃうか」
「まあ、どこでもええけど」
もともとこの部へ入部したきっかけが、先生の目が届きにくくて、タムロできるところと、とても不順な理由なので、旅とか旅行とかにはほとんど知識も、希望もましてや理想などもなく、できればどこへも行かないほうが良いなあと思っている輩が多く、積極的に意見を出しての話し合いなどはありえないのだ。

「やっぱりなあ、はじめてやから一泊でいけるところで、手ごろなとこて言うたら、奈良方面はどや」
部長の逢坂が提案した。
「せっかく行くのに一泊ではもったいないで、二泊にして飛鳥、吉野まで足を伸ばそうや。桜には少し早いけどな」
夏樹がようやく口を開いた。彼にとって飛鳥、吉野方面は未開の地域だ。飛沢とのサイクリングクラブでは京都より南方向へは行ったことがなかった。南方向は交通量が多く、自転車で向かうには少々難しいからだ。

「たしか、そこのロッカーに奈良のガイドブックがあったはずやなあ」
「安達、お前いつの間にこのロッカーの中を調べたんや」
田端が不思議そうな顔をして聞いた。
「いつの間にって、初めてここへ来た時に逢坂と夏樹と三人で見たんや」
「一応、一通り全部見た。どういう所か分かっとかんとなあ」
逢坂が当たり前のことをしただけだ、といった口ぶりだ。
「けっこう色んなもんが入ってるで、旅の情報誌とか、地図や時刻表とか。時刻表はちょっと古いけど、中には古すぎて、おれには興味あるなあ」
夏樹が得意げに話した。



  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.07.30 / Top↑


「いいんじゃないか」
突然、顧問の田代先生が入って来た。
「びっくりしたなあもう」
「来るなら、来るって言ってくださいよ」
「本村、お前がここで悪いことしてへんか、見にきたんや」
「なんにも悪いことなんかしてませんて」
「飛鳥、吉野方面なら、三日間でゆっくり廻ってこれるし、ユースもいいとこがあるはずや」
田代先生は学生時代に日本全国を歩いて旅をしたと、逢坂が聞いてきた。いわゆる『カニ族』の走りのようなもので、一日に五十キロも歩くことがあったようだ。ユースホステルはその時に利用したようだ。夏休みを中心に三年間で全国を廻り、ユースには百箇所以上に泊まった。ただ、毎日は泊まらなかった。安いとは言っても毎日となると経済的に少々きつく、三,四日に一回ぐらいの利用だったようだ。ユースに泊まらないときはどうするか、無人の駅や寺、神社の軒で寝袋一つにくるまって寝ていたそうだ。

「何時のどこ行きの電車に乗って、どこを見て廻わるか、時刻表と、ガイドブックを見ながら、ちゃんと計画書を作っておくように。田代と本村もサボらんように」
「はあーい」
田端と本村は先生とは目を合わせずに、少しふてくされた顔つきで、小さく返事をした。


  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.01 / Top↑




 春休みになり予定通り二泊三日で奈良、飛鳥、吉野方面へ行くこととなった。会員証は七人とも一緒に入会手続きをしたが、今回、参加したのは部長の逢坂、安達、岡村、そして夏樹、先生を含めて五人。
 だいたいのコースを先生に報告して、それならば、と泊まるユースホステルを先生の意見で、『山の辺の家ユース』と吉野『喜蔵院ユース』となった。喜蔵院ユースは宿坊の一部をユースホステルとして開放している。
 近鉄天理駅から日本最古の道と言われている『山の辺の道』を歩き、この道の途中にある山の辺の家ユースを目指す。

「本村と田端がいないと、誰もしゃべらんなあ」
先生が天理駅を降りるとぼそぼそと言った。
「まあ、もともとおとなしめの四人ですから」
「いや逢坂はいつもなら、ようしゃべるけど、今日はなんか知らんけど静かやなあ」
夏樹と逢坂は中学校もクラスも違うが、なんとなく気が合うようだ。
「本村のおもろないギャグに突っ込みを入れるのが楽しみなんや」
「たしかにあいつはようしゃべるし、おもろないギャグばっかりやしなあ」
安達がようやく口を開いた。いつものように話す相手を見ていないけれど。

 近鉄天理駅前の商店街を歩きながら、岡村は飲み終えた缶コーヒーの空き缶を道路の真ん中に、素早い動きで音も立てずにそっと置いた。それとほぼ同時に黒い法被を着た男の人が前方右側より、岡村に近づいて来たかと思った次の瞬間、岡村より素早い動きで空き缶を取りそのまま歩いていった。その一部始終を岡村より少し後ろを歩いて見ていた、安達と夏樹が顔を見合わせて岡村に走り寄り
「あほか、お前なにやってんねん」
「すぐに誤ってこいよ」
安達が岡村の後頭部を軽く叩いた。
しかし、法被を着た人は早足で歩いていったので、商店街の人ごみに紛れてしまい、見失ってしまった。
「しかし、早い動きやったなあ」
「おれ、あの人に怒られるかと思った」

 もう少し後になってから気がついたのだが、ここの周辺にはごみが落ちていない。先ほどと同じ法被を着た人たちが、あちらこちらで箒を持ってそうじをしていた。


  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.04 / Top↑



 ガイドブックに載っている名所、旧跡を廻り、山の辺の道を南下して行った。
「京都に比べると地味目の観光地やなあ」
「けどこっちの方が歴史は古いし、いにしえのロマンを感じるなあ」
「逢坂、お前ってそんなにロマンチストやったか」
夏樹が逢坂を下から見上げるように言った。
「そうやぁ、知らんかったかあ」
「どちらかといえば、エロチストとちゃうか」
「安達クンうまい、座布団三枚上げる」
「何でやねん、おれはエロチストなんかとちゃうでぇ、ロマンチストや」
「エロチストかどうかは知らんけど、ロマンチストには見えへんなあ」
「先生までなんちゅうことを言うんですか」
 他愛もないくだらない話をしながら、五人は山の辺の道を歩いた。

 午後四時ごろだっただろうか、先生がユースホステルに着いたことを教えた。
「先生ここが今日泊まるユースホステルですか」
岡村が不思議そうな顔をして聞いた。
「ホテルみたいにビルじゃないし、旅館みたいに大きな庭があるようには見えへんし、ちょっと大き目の普通の家なんですけど」
「ユースホステルはさまざまあってな、ホテルみたいに大きいところもあるし、旅館みたいに大きな庭があるところもあるし、ここみたいに普通の家みたいなところもある」

 会員証をフロントに出して宿泊の手続きを済ませ、シーツとを貰って部屋へ入った。四人分の二段ベッドが左右の壁にあり八人部屋になっていた。
「こんにちは」
すでにこの部屋に入っていた大学生らしき男の人が三人、夏樹たちに声を掛けてきた。
「こんにちは」
先生がすぐに反応して挨拶をした。夏樹たち四人はわずかに首を傾げることしかできなかった。
「お前ら、ちゃんと挨拶をせんとあかんやろ」
「もしかして君たち高校のユースホステルホステルクラブなのかい。それで今日が始めての宿泊なの」
肩ほどまでに髪を伸ばして、細くて背の高い人が話してきた。
「こちらが顧問の先生ですか」
さっきの人よりもっと髪が長く、少し不精髭を伸ばし、メガネを掛けた人が聞いた。


  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.06 / Top↑




「おれたちも、高校の時はユースホステルクラブだったのですよ、みんな別々の大学に進学したので、今回はその時の仲間と、久々の同窓会旅行に関西方面へ来たのです」
「予約しないで飛び込みだったので、三人と四人と三人の別々の部屋になっちゃって」
「別の三人は女なんですけどね」
角刈りのいかにも体育会系のがっちりした体の人が、少し寂しそうに話した。
「おまえ、エリちゃんと同じ部屋じゃないから寂しいのか」
髪が一番長い人がひやかした。
「バカ言ってんじゃねえよ」
少し赤い顔になった角刈りさんが下を向いてしまった。
「あっすいません、われわれだけで盛り上がっちゃって。じつはタカは、こいつ川田孝弘で通称『タカ』がですね、そのいま名前の出てきたエリちゃんとですね、大学を卒業したら結婚することを約束していまして」
「おい、やめろよ」
赤い顔がますます赤くなって、さっきよりもいっそう恥ずかしそうに、髪が一番長い人の胸を、軽く握りこぶしでこずいた。
「へえ、おめでとうございます」
突然、逢坂がにっこりと笑顔を作ってお祝いを言った。
われわれ五人は、とりあえず荷物とシーツをその場に置き、それぞれがベッドに腰を掛けたり、床に座ったりして大学生たちの話を聞き入っていた。
 
 埼玉県の県立高校時代にユースホステルクラブに入っていて、長期の休みには必ずどこかへ旅に行ったそうだ。三年生の夏休みには、国鉄(JRになる前の話しです)を使い、二十日間で北海道を一周したそうだ。
「なぜ、二十日間ちょうどなんですか」
いつもよりさらに小さな声で岡村が聞いた。
「それは、北海道周遊券の期限が二十日間やから。そうでしょ」
鉄道オタクの夏樹が少し自慢げに大学生たちに言った。
「その通り。北海道に入ってから二十日間なので、前の日の夜行で上野駅を発って、翌朝早くの連絡船で北海道に入り、二十日後に再び青函連絡船で青森に戻って、夜行で東京へ」
「正確には二十二日間だよ」
もう一人の大学生が、肩まで伸ばした髪をかき上げながら言った。
 

  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.08 / Top↑


「でっかいどう、北海道ですね」
逢坂が少しリズムをつけて、大きな声で言った。
「北海道かいいですねえ、おれもいつかはきっと行きたいです。緩やかな丘陵地帯に高い山はどこにも見えない、見えるのは地平線とその先まで続く牧草の畑。まっすぐに伸びた道路、そして線路」
 テレビのドラマで見た北海道の景色が、夏樹の頭の記憶の部分に、強烈に焼付けられている。『北海道』と聞くとテレビドラマで見た広大な風景が甦り、いつかは自分の目で見てみたいと思うのだった。

「私は北海道に七ヶ月居たんだ」
田代先生が突然、話しだした。
「もちろん二十年以上も前のことやけどね」
 田代先生の専門は数学。大学時代は数字との格闘を毎日のように続けていた。やり方を間違わなければ、どのような問題も必ず答えが出てくる。要するにそのやり方をいかに導くか、そのための計算と計算をするための公式をどこから、どのように引っ張りだしてくるかなのだと考えていた。昼夜を問わずに本とノートと計算機だけを見つめていた。

「あいつの頭はコンピューターみたいやなあ、と冷たい目線を感じていたよ」
「頭がコンピューターみたいやなあって、褒められてんのと、ちゃうんですか」
逢坂が不思議そうな顔をした。
「決して良い意味ではないんや、ものごとの全てにおいて数学的に、正しいか間違っているかを瞬時に言ってしまうところがあってなあ」
 田代先生はいつもの授業のときとは違う人のように、柔らかい口調で自分自身のことを話しはじめた。

「仲間数人で恋愛映画を見に行った時のことなんやけどな、映画を見終わって外へ出てきた時には、一緒に行った三人の女の子がみんな泣いてたんや」
「恋人が最後には病気で死んでしまうような、哀しい物語なんですね」
角刈りのタカさんが小声で言った。
「そうなんや。そこで私は感情など全くない人間のように、あの場面はおかしい、間違っているとか、あの台詞はこのように言うのが正しいとか言うてしまったんや」
「たしかに、恋愛映画を数学的に分析してしまうと、間違っていることが多すぎる。でも、それを見て哀しくて涙を流している女性の前で、分析結果を言ってしまえば、みんなが興ざめしてしまい、嫌がられるでしょうね」
髪の一番長い大学生が、自分も同じようなことを言って、彼女にふられたことを付け加えて話した。


  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.11 / Top↑



「おれも、その時ふられた。三人のうちの一人に」
 ふられたことはとても悲しく、残念だったことはもちろんだが、それ以上に自分が学んできた数学では解けないことがあり、自分が解き明かしたと思っていた答えによって、時には人を傷つけることがある。今までにそのことに気がつくこともなく、考えることもできなかった自分が情けなくて、ある意味、恐ろしいとまで思っていた。
「その時のショックからなかなか立ち直れなくてなあ」

 教師になることしか考えていなかった田代先生は、ふられた時のことが頭から離れず、大学を卒業したものの教員採用試験に失敗した。教師になることの他を考えたことがなく、来年の採用試験までの一年間を、どのような身の振り方にするか悩んだ。そして、将来の教師としての視野の拡大と後学のために、それと同じ問題でも、二つ以上の違う答えがあるのだろうか、と言う思いを解決するために、あえて今までとは違う世界に自分自身を置いてみたくなった。

「それで北海道へ行かれたのですか、なんとなくわかるような気がします」
髪の一番長い大学生が大きくうなずいた。
「へえ、先生にそんな恋愛物語があったんや」
「岡村。それはちょっと違うやろが」
安達が岡村を羽がいじめにした。
「おいおい、おれかて恋愛物語の一つやふたつはあるでえ」
「先生が別人みたいに思いっきりの笑顔になってるでえ。そんなにおもろい話しやったら、ゆっくりとその恋愛物語の第一話から聞かせて下さいよ」
逢坂が興味津々である。
「いや、それよりさっきの続きの北海道の話が先や、恋愛物語の第一話はその後や、それが話の流れっちゅうもんや」
夏樹の言葉に大学生の三人も大きくうなずいた。

「いや、その前に風呂や、お前らどのベッドに寝るか早よう決めろ。毛布二枚の間にシーツを入れて、寝られるようにセットして、風呂に入るぞ。ユースホステルでの生活は時間厳守、自分のことは自分でやる、風呂の後は夕食やで」
 田代先生が入り口に一番近い左側の下のベッドに一枚目の毛布を広げて、フロントで貰ったシーツを広げた。その上に二枚目の毛布を置き、頭を置くあたりに枕を置いた。シーツは片側が開いた袋になっていて、その袋の中に自分の身を入れて寝るのである。
「さっ、行くぞ」
「はい」
夏樹たち四人と同時に大学生の三人も元気な返事をした。

  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.15 / Top↑




 ユースホステルの食事はホテルや旅館のように豪華な食事ではないが、おかわりは自由である。ところによってはとても豪華な(価格の割には)食事のユースホステルもあるし、オフィス御用達の弁当屋の宅配夕食が出てきたり、メロンパンと牛乳一本が朝の枕元に置いてあったりと、様々である。
 観光ホテルの一部が、ユースホステルになっているところに泊まった時は、山側の少し見晴らしの悪い部屋だったけれど、和風のいかにも観光ホテルの部屋で、同宿者と二人だった。食事はこの観光ホテルに泊まる一泊二食付の夕食メニューから一品だけ減らした料理で、立派な刺身や天ぷらが付いた。逆にこの日の宿泊は一人なので、外で食べてきて、と言われたユースホステルもあった。

「紹介します。残り三人の淑女と、四人のヤロウドモです」
肩まで髪を伸ばした大学生が夏樹たちに、他の仲間を紹介した。
「おい、トシ、四人のヤロウドモて誰のことなんだよ」
「まままあ、そしてこちらは・・・」
「こんにちは、京都の高校生の逢坂と言います。あのう、エリさんてどの方なんですか」
逢坂が三人の女性を満面の笑みで、覗き込むように身を乗り出した。
「えっ、なぜ私の名前をしっているの」
「おいおい、逢坂君やめろよ」
角刈りのタカがあわてて椅子から立ち上がり、逢坂を制止した。
「美人さんですね。タカさん」
「あなたたち、もうそんなに仲良くなったの、私も仲間に入れてよ」
タカとは対照的に物おじすることなく、京都から来た高校生に興味がいっぱいで、目を輝かせていた。

 肩まで髪を伸ばしたトシがここまでの経緯を簡単に話して、先ほどの続きの話を田代先生に頼んだ。
「まあ、その前に目の前のご馳走をいただこうよ」
「そうですね、では皆さん、手を合わせて、いただきます」
エリが大きな声で先導した。
「すいません、彼女は小学校の先生になるのが夢で、先日、教育実習で一年生を受け持っていまして」
トシが申し訳なさそうに話した。
「ええなあ、若くて元気で美人の先生、エリさんが先生になったら一年生になろう」
「面白い子やねえ」
全員で大笑いして、十六人で『いただきます』を言った。



  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.18 / Top↑



 夏樹たち五人と関東方面から来た大学生グループ十人は、簡単な自己紹介をしながら夕食を食べた。
 夏樹たち五人の自己紹介か終わり、大学生たちのトップバッターで話し始めた角刈りの川田孝弘が自己紹介を終えると、自ら起立して背筋を伸ばし少し紅潮した面持ちできりだした。
「隣にいますこの人がエリさん、高橋エリさんです。片仮名でエリと書きます。来年の春には大学を卒業する予定ですが、無事に卒業しました暁には結婚するつもりです」
「ちょっと、タカ何を言っているのよ、わたしそんな約束したっけ」
 タカが今さら何を言い出すのかと、あわてた口調でエリの両肩に手を置き、「約束したじゃないか」と食堂中に聞こえる大きな声で叫んだ。
 食堂にいた他のホステラー(ユースホステルの宿泊者)も全員がタカたちの方を見た。
「タカ、心配するなよ、お前がプロポーズした時はおれが隣で聞いていたし、エリの『はい』の言葉もしっかり聞いた。突然大勢の前で話し出したから、照れているだけだよ。なあエリ」
トシがタカを静かに、なだめるように言った。

「カッコええなあ、タカさん」
 逢坂が大きな拍手をしながら立ち上がった。
「いや、男らしいね、無事に卒業して結婚できるように、わたしも応援しているよ」
 田代先生も拍手をした。
 立ったまま背中を丸くして、頭の後ろを掻いているタカの左手を、エリが強く引っ張りながら椅子に座らせた。タカとエリは二人とも顔を真っ赤にしていた。
 食堂にいた他の人たちからも、タカの大きな声の理由が明らかになり、状況が理解できた数人からも拍手が送られた。もちろん夏樹たちと他の大学生たちからも大きな拍手が送られた。

「あれ、なんですか皆さん、何の拍手ですか」
 奥からペアレントさん(ユースホステルに泊まることは我が家に帰って来たことと同じ、と言う考えから、ユースホステルの経営者または運営者のことをそう呼ぶ)がある程度は話の状況を把握している様子で、にっこりとして食堂へ出てきた。口髭がとても似合う初老のペアレントさんだ。


  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.20 / Top↑




「こちらのタカさんとエリさんが来春に大学を卒業したら、結婚するとみんなの前で発表してくれはったんです」
 夏樹が自分のことのように、興奮した気持ちを、抑えながら説明した。
「いやいや、それはそれはおめでとう。青春やなあ、ええなあ若いちゅうことは」
 もともと目の細い顔立ちのペアレントさんの顔に、目がなくなってしまったような満面の笑みで、大きな拍手を送った。
「そしたら、今夜のミーティングはお二人の馴れ初めなんぞを、皆さんで聞かせてもらいまひょかあ。たっぷりと惚けてもろうてもかましまへんでえ」

 ミーティングとは食後にホステラー達との交流の時間で、みんなで歌を歌ったり、ゲームをしたりとユースホステルによって様々である。何もしないところもあるし、強制的に引っ張り出して参加させるところもある。

「そしたら早くやりましょうよ、そのミーティングとやらを、田代先生の話も聞かなあかんし」
「逢坂、あわてるなよ、まだ飯も終わってへんし、風呂もまだや。ミーティングはその後や、それにおれの恋愛話はええやないか」
「いえいえ先生、わたしたちとしては先生のその二つや三つの恋愛話の方が興味を持っておりますので、是非お聞かせ下さい」
タカと同室の二人が声をそろえて言った。
 近くに座ったもの同士がそれぞれに談笑しながら夕食を済ませた。

 夏樹たち五人と、大学生グループ十人は今までの面識はなく、今日、奈良県のとある場所ではじめて逢ったのだ。生まれた土地も、育った環境も、今の年齢、地位、職業などももちろん違う。この日たまたまここに、このユースホステルに泊まったと言う一点だけの共通点が、旧知の友のように親しく会話できる。
 ここはそんな場所なのだ。

「さあ夕飯が終わったから風呂にいこかあ」
「あれ、いま関西弁しゃべりませんでしたか、タカさん」
 逢坂がちゃかした。
「いや、そうだった。気のせいとちゃうかあ」
「ほら、また、『ちゃうかあ』って言うたやんかあ」
「こいつねえ、高校の時から旅行に出て関西の人と知り合うと、必ずうつっちゃうんだよ、関西弁がね」
 トシが笑いながら逢坂の肩を軽くたたいた。

  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


2008.08.22 / Top↑

「小説のような、旅のはじまり 三章-⑮」


 食事を終えて風呂に入り、部屋で荷物の整理をしていると館内放送が聞こえてきた。
『これよりミーティングをはじめまあす、みなさあん食堂へ集まって下さいなあ』
 あまり売れていない関西のお笑い芸人のような話し方で、スピーカーから聞こえてきた。

「こんばんは、ようこそお帰りなさい、今宵はゆっくりと旅の疲れを癒してくださいね。当ユースホステルでは、特別なミーティングはやりませんが、全部のホステラーさんに部屋ではなくここに集まっていただいてですね、とりあえずお茶を飲みましょう。そこのカウンターに紅茶のパックと耐熱ポットとカップとお湯が置いてあります。一人づつ用意するより、何人かでみんなのを用意してもらおうと思います。今日は三十四人の方がいたはるんで、五人の人に手伝ってもらいたいです」
 そこまで話し終えると何人かの女性が立ち上がってカウンターへ歩きだした、
「あっ、ちょっとまっとくんなはれ、慌てずにもう一回座ってください。皆さん、右手を上げて下さい、わたしとジャンケンをして勝った人に、この名誉あるお茶運びをお願いします」
「と言うことは負ければここに座って、待っていればええっちゅことやなあ」
 岡村が小さな声で言った。
「君の言うとおり、負ければ名誉あるお茶運びは出来ません」
 岡村はビクッとして首をすくめた。
「それではいきすよ、最初はグー・・・」

 一斉にジャンケンがはじまり、負けた人も、勝った人もニコニコしながら仲間と談笑し、食堂中が賑やかになった。
 三回ほどジャンケンをやった後に、ペアレントさんはますます目がなくなってきた。
「勝った人は立ってください」
 岡村がゆっくりと立ち上がった。
「おまえ勝ち残ってたんか、ええなあ、名誉に向かってまっしぐらやなあ」
 逢坂が満面の笑みを浮かべながら、岡村の背中を叩いた。
「八人の人が残ってますね、今日は五人ではなく八人の人に名誉あるお茶運びをお願いします」
 岡村が頭を下げて、ゆっくりと歩き出した。その後ろから高橋エリが岡村の両肩を持って、押しながらカウンターへ向かった。
「岡村君行くよ」
 なぜか岡村の顔が赤くなっていた。






  ランキングに参加しています
  下をクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.25 / Top↑
「小説のような、旅のはじまり 三章-⑯」


 全員に紅茶の入ったカップが行きわたり岡村とエリも席に座った。
「皆さんにカップが行きましたね、おかわりは自由ですから各自で何杯でもどうぞ」
 ペアレントさんがこのユースホステル周辺の簡単な観光案内の説明をして、ユースホステルの会員証を見せると割引になる数箇所の施設や食堂などを教えてくれた。
「先生、明日はいま聞いた食堂でお昼にしましょうよ、一割も割り引きしてくれるやないですか」
「そやなあ逢坂君、おれたちも一緒にいかないかい、なあトシ」
「タカ、君どうしたの、その話し方、なんだか変だよ」
「いつもこいつは旅に出て関西の人と知り合うと、関西弁のまねをするんだよ、まねって言うかうつっちゃうんだよね」
 トシがタカの肩を左手で抱えながら言った。

「では皆さん後はご自由にご歓談下さいませませ」
 ペアレトンさんの喋り方は受けを狙っているのが良くわかるのだけれど、あまり面白くないので、みんなが苦笑いをした。

 トシがすくっと立ち上がり田代先生の方を見て言った。
「北海道の話の続きをお聞かせいただきたいのですが」
「やっぱり、覚えてたの」
「はい、是非お願いします」
 照れ笑いをしながら田代先生が話しはじめた。

「夏樹や逢坂たちが生まれる少し前のことだから、昭和の何年だったかな、旅行と言えば修学旅行しか行ったことがないから、切符の買い方もろくに知らなかったおれは、京都駅に行って切符売り場を探して、『北海道までの切符を下さい』って言うたんや」
「ほんまですか先生、やっぱり数学しか知らんかったんですか」
 めずらしく、安達がいつもよりは大きな声で言った。
「そうだったなあ、あのころは。けど一応やけど大学に入れたんやから、数学以外も勉強はしたで」
「たしかに、数学だけでは大学には入れませんからねえ」
 タカが当たり前のことなのに、すごく感心した。
「荷物も山岳部の友達から借りたリュックに数日分の着替えと、数冊の小説と、本屋で見つけた北海道のガイドブックを入れてかついだ」
 あえて数学関係のものは何も持たなかったことを付け加えた。
 

  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.27 / Top↑




「あのう、なぜ今までと違う世界が、北海道になったのですか」
 背中まで髪を伸ばし髭を蓄えて丸いメガネを掛けた金子義彦が、低音で太い声でゆっくりと聞いた。
「さっきの夏樹とおなじやねん、何かの雑誌で広大な牧草地に、牛が放牧された写真が載っていてな、そこには山はなく、真っ直ぐな地平線が同じ日本にあるとは思えんかった」
「京都は三方が山に囲まれた盆地やさかい、地平線が見えるところなんって、日本にはないと思もてた」
 安達も北海道に憧れている一人なのだ。

「おれも、京都に生まれて京都の大学に行った。修学旅行で行った伊勢と東京しか知らんから、あんな地平線を見ることが出来る場所が日本にあるなんて驚いたんや。西部劇の映画でしか見たことなかったしなぁ」
「けど、先生が北海道を目指した頃って新幹線もまだ開通してへんし、すごい時間がかかったんとちゃいますかぁ」
 夏樹の鉄道知識が少し役立ったかな。
「たしか、東京までが直通の夜行列車で十二時間ぐらい、東京から青森までも夜行列車で十二時間ぐらいだったかな」
「そしたら足掛け三日ですか、乗りっぱなしで三日かかるなあ」
 逢坂が指折り数えながら驚きの表情で言った。
「今と違って座席は硬いし、揺れは大きいし、六月に出発したからクーラーのついていない列車は暑かったなあ。でも、空いていたから二人がけの座席に一人で横になって寝ることが出来たから、まあ我慢ができたけどね」

「その当時だと蒸気機関車だったんじゃないですか」
「夏樹は鉄道のことは良く知ってるなぁ。東京から青森の列車は、たぶんそうやった。六月でもだいぶ暑い日やったのに、窓は閉めたまんまで、うつらうつら眠っていても暑いのと、石炭臭かったこと覚えている」
「蒸気機関車が客車を引っ張っていたとしたら、窓は開けてはいられないですよ、そのままトンネルに入ったら大変なことになっちゃいますからね」
 金子も鉄道に詳しいらしい。


  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.08.29 / Top↑



「髭さんも鉄道マニアですか」
「おれは金子。鉄道マニアと言っても、とにかく汽車に乗るのが好きでね、今は残り少なくなった汽車に乗るために、北海道や九州によく行っている」
「へぇ、おれも大好きなんです、お友達になりたいなぁ」
 夏樹のおどけたしゃべり方に、そこにいた皆が大笑いした。

「じゃあ、やっとのおもいで北海道に上陸、と言ったところですか。東京からの二倍以上の時間が掛かるのだからなあ」
「トシ君、大変だったのは上陸してからや。北海道に着いたものの、どこへ行けば雑誌で見たような風景が見られるのか、全然分らんかった。札幌より東の方へ行かないと、なかなか見られへんということはそれから十日も経ってからやった」

 やはり田代先生の得意分野は数学だけで、特に地理は苦手だった。京都市以外の地理的関係などはあまり詳しくなく、ましてや北海道のことなど、全く分らないといってもよい。

「それにほとんどの国鉄線はローカル線で、列車の本数は少なく、乗換えの駅で一時間、二時間の待ち時間は当たり前やった。夏樹みたいに鉄道に詳しくなかったから、時刻表のみかたも、あんまり分らんかったしなぁ」
「そうでした、僕たちが行った時も、よほどうまく乗り換えないと、一日の移動距離は多くはなかったもんなぁ」
「一本の列車の違いで、目的地に着けないこともあったよね」
 金子の声はとても低い。

「函館からとりあえず乗った列車が、どこまでなのかもよく分らないで、乗ってから地図を広げてみたこともあった。そしたら松前の方へ行く列車で、気がついた時には次が松前駅だった。とりあえず松前の駅に降りて、駅員さんにガイドブックの牧場の写真を見せて、どうやって行けばええのかを聞いて、その日は駅の近くの旅館に泊まり、次の日、まず函館に戻り、札幌を目指したんや」


  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.01 / Top↑






 田代先生はどんな数字も出来るだけ見ないように努めていた。乗る列車も何時に出発して、何時に到着するのか時間を見ないで、行き先ばかりを見ていたようだ。それを見てしますと、出発まであと何分とか、目的地までは何時間何分で着くとか、すぐに計算してしまう。そんな自分が、今はいやだったからだ。
 そのために列車に乗り遅れることもしばしばで、半日でいけるところも、一日かかったこともあった。腕時計も数字の書いていないもので、十二分割された線だけが時間を告げるものだった。

「函館から札幌行きの列車に乗り、列車の中で地図を広げて、いま自分はどこに居るのかを確認しながら、窓の外の景色を見ていた。函館から一時間ぐらいしてからかなあ、右手のすぐに海が見えて、ずっとその海沿いを走っていた。それだけで心が落ち着いている自分に気がついた」

 とりあえず札幌に降り立ち時計台を見てこの日は札幌に泊まった。次の日は松前の駅員さんに聞いた日高地方を目指して列車に乗った。札幌の駅員さんに行き方を聞いて、間違わずに日高方面へ向かった。

「苫小牧を過ぎたころだったかな、向かいの席に座った人がいたんや。ちょうど金子君のような風貌で、もっとむさ苦しかったかな」
「金子もけっこう、むさ苦しいですよ」
「何だって、トシ」
 相変わらず金子の声は超低音だった。

「歳はおれと同じぐらいかな、座るとすぐに『こんにちは、どちらかいらしたんですか』と話しかけてきはってな、全く面識のない人から、いきなりやったからビックリして、なんて言えばええのか分らなくてな、その人を見ながら何もしゃべれんかった、たぶん変な顔やったと思う」

 向かいの席に座った人は、自分がどこから来て、どこへ行くのかをニコニコと穏やかな口調で話した。田代先生も彼の人柄にすぐに打ち解けていった。
 彼は大学四年生だが、旅ばかりをしていて大学にいかないことが多く、留年が決まったことを、まるで他人事のように田代先生に教えた。
 田代先生も仲間と映画に行って、変なことを行ったために彼女にふられたこと、大学は卒業したけれど教員採用試験に失敗したことなどを話した。



  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.03 / Top↑


列車の座席は半分ほど埋まっていて、四人ずつのボックスには、一人か二人しか座っていなかった。窓からは潮の香りを含んだ風が心地よく、晴天の戸外の暑さを感じさせなかった。

「わたしは日高の牧場へ手伝いに行くのです。大学の友人の知り合いの親戚の牧場なのですが、よかったら一緒に行きませんか、時間があるのでしたら。今の季節は人手がほしいようなのです、友人も先に行ってるんですよ」
 また、呆気にとられてしまい、変な顔をして向かいの席に座った、髪が長く、髭を伸ばした、見た目がむさ苦しい男を見ていた。

 急ぐ旅でもなく、広大な牧場の地平線を見ることが、いまの目的なので、牧場と聞いて「はい、行きます」と田代先生は言った。

「鵡川で乗り換えて日高へ向かった。さっきの列車よりも空いていて、一両だけのオレンジと薄い黄色のツートンカラーで電車みたいなやつやった」
「たぶんキハ二十系の気動車ですよ、ディーゼルエンジンで動く列車じゃないかと思いますよ」

 夏樹の鉄道知識より先に、低音でゆっくりとした口調の金子に先を越されてしまった。
「髭の彼はいままでの旅の話をしはじめた。こんなに楽しいことは他にはない、と言わんばかりで、夢中になって語った。大学の三年間で日本中を列車に乗って廻り、全国で行ってないのは鉄道路線のない沖縄だけやて言うてた」
「たしかに沖縄には線路はないなぁ」
 今度は夏樹の方が早かった。

「ユースホステルのことも、その時教えてもろうた。旅館なんかより半分以下の料金で泊まれるしな、時間はあったけど金はなかったさかいなあ。それと今日のようなこんな出会いもあると教えてくれはった。たまたま、おんなじ日に、おんなじところに泊まっただけの仲間が出来る、旅ではこれが最高に楽しくて、大学にはあまり行かないで、旅ばっかりしてはったらしいは」
「そうですよね、旅の楽しみは観光地を見るより、ユースホステルで逢った人といろんな話しをして、情報交換することが楽しいよね」
 エリが微笑みながら言った。


  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ

2008.09.05 / Top↑



「今までで一番盛り上がった話題は、方言の話しをした時かな、福島の人、名古屋、大阪、広島、そしてわたしが埼玉。福島の人が面白い人で、方言丸出しで話しをするものだから、さっぱり何を言っているのか分らなくてさあ、みんなで大笑いしながら、福島弁高座を開いてもらったの」
「エリ、それっていつ誰とどこへ行ったんだよ」
 タカが真剣な顔をしてエリを問いただした。
「君と知り合う前よ、それも一人旅」
「おい、先生の話の途中じゃないか、夫婦喧嘩なら外でやっとくれ」
「トシ君、わたしたちはまだ夫婦じゃありませんから」

「まあまあ、ええやないですか。おれも初めてのユースホステル旅行でみなさんと、知り合えて、ものすごう楽しいです、なあ夏樹」
「あっあぁ。楽しいです、逢坂の言うとおりですは、もうちょっと先生の話の続きを聞きましょうよ」

「一時間ほど列車に揺られたかな、駅の名前を覚えてはいいひんのやけど、髭の彼が『この駅で降ります』って言うから降りたら、小さな駅で、ホームに小さな駅舎だけがあって、駅員さんの居ない無人駅だったとおもうなあ。もちろん駅前商店街どころか何にも無い駅前で、牧場の人と髭さんの友人が迎えに来たはった、われわれ二人の他には誰も降りなかったように思うなあ」
「やっぱり山は見えませんでしたか」
 夏樹が興味津々である。

「線路脇には防風林が、線路と同じく真っ直ぐに並んでいて、それ以外の視線をさえぎるものは無く、山も見えんかったなあ。挨拶もそこそこに、二人はトラックの荷台に乗せられて牧場へ向かった、いきなり現れた僕のことも大歓迎してくれはって、ネコの手も借りたいぐらいに忙しいから、さっそく明日から頼むと言われたんや」
「その髭さんのことも初対面だろうし、牧場の人はとても心の広い人なんですね、都会じゃありえない話ですよね」
「トシ君の言うとおりや。牧場に手伝いに行くのは口実で、変な団体の共同生活場にでも連れていかれて、二度と帰れへんのちゃうやろかって、逆にこっちが疑ったぐらいやで」
「ちょっと待ってください、紅茶のポットを持ってきますから」
 タカが話しの切れ間を見計らうように立ち上がった。



  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.08 / Top↑




 タカと一緒にエリが紅茶の入ったポットを運んで、皆に新しく紅茶を入れた。
「お二人さんおぉきにぃ、ありがとう。じゃあ続きを話そうか。どこまで喋ったかいなあ」
「トラックの荷台に乗ったところまでですよ、先生」
 夏樹はとにかく興味津々である。
「あっそうか。駅から何分ぐらいの間、トラックに乗ってたやろか、舗装をしてない砂利道を揺られるから、落とされんようにトラックの端っこを、しっかりと握り締めていた記憶がある。それでも周りの景色に感動の連続で、隣の髭さんが何か話しかけて来たようやけど、何も返答できず、牧場についてからは、髭さんが少し不機嫌だったのを覚えている」

「行ってみたいなあ、話しを聞いて創造するだけで、わくわくしてきたは」
 夏樹が言ったことに安達も大きくうなずいた。

「右も左も、前も後ろも、緩やかな丘陵地に牧草が植えてあって、牛舎と家と道具小屋以外は何も無いところに降ろされた、牧場に着いたんや。大きく揺られ続けてきたから、トラックから降りてからすぐは、ふらふらと真っ直ぐに歩けへんかったけど、それよりも雑誌で見たのとおんなじような風景に、また感動してしばらくは呆然と立ったまま、ぐるっとあたりを見ていたなあ。牧場の人に部屋に案内されて荷物を置いた、髭さんとその友達とおれと三人一緒の部屋で、布団以外には何も無かった。今日だけやでと念を押されながら、髭さんとおれの歓迎会をしてくれはった」

「牛ステーキとか、じゃがバターとかごっつぉうが出たんですか」
 食べ物の話しになると岡村が、でしゃばってくる。

「そんなものは無かった、色んなものが食卓にあったけれど、お前が言うようなごっつぉうは無かった。けど今思えばあの当時としては、最高のもてなしをしてくれはったと思うは、今と違ってまだまだ貧しい時代やったし、牧場は決して楽な仕事ではないし、儲からへんかったんと、ちゃうやろか」
 安達が岡村をまた羽交い絞めにした。




  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.10 / Top↑




「次の日から毎日、牛舎の掃除と餌やりを朝の六時ごろから始めて、その後は機械で刈った牧草を、ホークの化け物見たいな道具を使って、乾燥しやすいようにほぐすんや、刈った牧草をグッと持ち上げてバッと空へ投げ放つんや、これがけっこうキツイねん」
「牛の乳搾りは、せんかったんですか」
「夏樹、本物の牛の側に行ったことあるか、おっきいでぇ、大人でも目の前に顔があってな、もし向かってきたら一たまりもないやろなあって思うた。牛は人間のことが分るらしいねん、初心者が側へ行って乳絞りをやろうとすると、バカにすることがあるらしい、気を付けんと尻尾ではたかれたり、後ろ足で蹴られたりするらしいわ。そやから、一回も乳搾りは、せんかった。それにそんな簡単なもんやないしな」

 田代先生は毎日まいにち牛に向かっての生活をしてるうちに、いままで勉強してきた数学的な考えが、絶対的なことではなく一つの方法ではないかな、と思うようになっていった。

「牛を相手に生活をしていると、時計以外の数字は、ほとんど見たり、聞いたりすることがなかったなあ。牛にもいろんなのがいてな、おとなしくおれの言うことを聞いて、ゆっくりと避けてくれる奴や、干草を持って行ったらふてぶてしく鼻息を飛ばす奴、むしゃくしゃ元気に餌を食べる奴に、尻尾で自分の尻の辺りをいっつもパンパンと叩きながら食べる奴もいた」
「いろいろな牛がいるんですね、面白そう」
 エリがまた、紅茶のポットを取りに立った。
「人間とおんなじで、好き嫌いをしたり、激しい気性の牛も、優しい牛もいる」

「雨が降ったら牧草ほぐしは無しや、牛舎の掃除が終わったら何にもすることが無いから、鉄さん、あっ遠藤鉄夫さん、牧場主さんのことやけどな、その鉄さんは奥さんと二人でずっとテレビを見たはった。奥さんは足を怪我したはって、牧場の仕事ができひんから、親戚の伝(つて)を頼って手伝ってくれる人を探したらしいは」
「そこで偶然にも先生が手伝うことになったわけですね。じゃあ先生は雨の日は何をしていらしたのですか」
 トシが言った。

「ただ、ボーっと景色を見ながら髭さんと、その友達の三人でいろんな話しをしたり、本を読んだりしていたなあ。髭さんとその友達は大学の友人やと思ってたら、違うたんや、髭さんの大学の友人が旅の途中で知り合った人で、髭さんとその人も北海道ではじめて会ったんやて」
「なんかすごくねえか、その鉄さんを含めて、みんながそれぞれと初対面なんて」
 低音だけれど少し興奮した様子の金子が言った。




  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.13 / Top↑




 トシがおもむろに立ち上がり、両腕を胸の前で組んで、そのまま右手であごの辺りをなでながら少し天井を見上げた。
「旅は必要とする人同士を引き合わせてくれる力を、持っているのかも知れないなあ。今日の我々の出会いも運命的なのかもしれないねえ」
「トシさん、その運命的な出会いって僕とエリさんのことですか」
「逢坂くん何を変な勘違いしてはるの」
「タカさん、冗談ですよ、それよりその変な関西弁を止めとくんなはれ」
 みんなで大笑いをした。

「牧場には二週間だけお世話になった。鉄さんの奥さんも少しやけど牧場の仕事が出来るようになったし、髭さんとその友人もだいぶ仕事に慣れてきて、乳搾りも出来るようになったから、髭さんが言っていたユースホステルに行って見ようと思ってな、急ぐ旅やないけど、いろんなところへ行って見たくなったんや」

「そしたら、これからが本格的な北海道のたびの始まりですか、だってまだ三週間ぐらいしか過ぎてませんよね、七ヶ月もの長いあいだ、北海道にいたんですよね」
 夏樹が身を乗り出して言った。

「まず、札幌に戻ってユースホステル協会の事務局で会員証を作って、ガイドブックと時刻表の地図を見て、国鉄線からさほど遠くないところを転々と移動した。国鉄から離れてバスに乗ると、今まで以上に方向音痴が邪魔をすると思ってな」
「そうですね、バスに乗って行き先を間違ったら、何処へ行ってしまうか、ここは何処、わたしは誰。見たになっちゃいますもんね」

「トシくんの言うとおり。じつは北海道で三回、本州へ入ってからは五回ぐらいそんなことがあったかな、駅の近くにはユースホステルがあんまり無くて、バスに乗らなあかんことが多かった、すると『ここは何処ですか、わたしはどっちへ行けばよいですか』って聞いたよ。そしたら『あなたは何処から来たの、何処へ行きたいの』って聞き返されたんや、なんとも情けなかったなあ」

「じゃ、目的のユースホステルに辿り着けないこともあったんじゃないですか」
「金子くん、『あったんじゃないですか』どころじゃないよ、しょっちゅうだよ、三日に一回は駅やお寺の軒下なんかに野宿をしなあ。まっ、それはそれで面白かったけどね」


  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.16 / Top↑





 田代先生は札幌から小樽へ行き、とりあえず北上した。先生にとってはとても苦手な地理の世界と、毎日、格闘しながら各地を廻り、行く先々で地元の人、列車、ユースホステル、または野宿の時に様々な人たちとの出会い、会話を通じて、多くのことを学び、吸収していった。大学生十人と教え子の高校生四人に、時間を忘れて夢中に話した。

「最北端の稚内へ向かう途中で礼文島に行ったんや、七月のはじめごろかなあ、そこのユースホステルで『夏休み入ると人が多くなるから、手伝ってくれないか』と頼まれて、ちょうど懐も寂しくなって来たから、しばらくはバイトをすることにしたんや」
「それって、伝説の桃岩荘ですか」
 エリが大きな声で聞いた。

「いや、別のユースホステルなんや、伝説はづっと後から聞いたから。結局、そこには十月ごろまでいたかな、人は少なくなったけれど、冬支度の準備も手伝って、雪がちらついて来たころに島を出て、稚内からオホーツクへ、そして内陸方面にも行ったし、知床あたりで新年を迎えた。根室、釧路、帯広から襟裳岬のユースホステルで日高の牧場に電話したら、髭さんが、残って手伝っていたんや。それでそこに寄ろうと思ったんやけどな、実家の親父が入院したって聞いて、急遽、京都へ帰ったんや」

「じゃあ放浪の旅も終わったんですか」
 タカが聞いた。
「いいや、親父が入院したんはほんまやけどな、盲腸やったんや、一週間もせん内に退院したから、京都では珍しい雪の原を見に東北へ向かった、かまくらも見たかったしな、日本海沿いの夜行でな」

「寝台特急『日本海』ですね」
 夏樹はまた金子に先をこされてしまい、少ししょぼくれた。
「そこから、ゆっくりと各地を廻って、関東、信州、北陸から山陰、九州まで行こうと思ったんやけどな、教員採用試験を受けるために、かまくらを見たら京都へ帰って勉強した、もっと日本中を行って見たかったけれど、いつまでもブラブラしてられへんしなあ、そしたら次の年に採用が決まって、教師になったんや」

  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.17 / Top↑





「放浪の旅は終わったんですね」
 夏樹が寂しそうに先生の顔を見た。
「けど、こうして旅は続けてる、ユースホステル部の顧問として、一人の旅人としてな。どこかの高校にユースホステル部があるって聞いたから、赴任先の高校ですぐに部を作って、生徒たちと各地をを廻ってる、そんなに遠くへは行かれへんけどな。これでおれの北海道の話はおしまいや、おれ一人で喋ってもうたがな、すまん」

「いえいえ、たいへん楽しく聞かせていただきました、今の先生を見ていると、話しの初めの頃のような、数学バカみたいなことが嘘のようです」
 トシが笑顔で言った。
「もちろん、今でも数学の教師やし、地理は苦手やけどな、旅をして人間的に丸くなったような気がするねん」

「そしたら次は、先生の恋の話を聞かせてもらいまひょかあ」
 岡村がおどけて言った。
「お前、そういうことは、よう覚えてんにゃな、勉強は全然あかんのに」
 またまた、安達が岡村を羽交い絞めにした。

「そしたらここまで話したんやから、ついでに少しのろけよか。採用試験が終わってひと息の頃かな、大学の頃に皆で見に行った恋愛ドラマの映画を上映している映画館を見つけてな、一人で見たんや。前とは違っておれは泣いた、あの時、彼女がおれの言ったことで憤慨した訳がよく分ったような気がした。そして、目を赤く腫らしていたから、少しうつむき加減で歩いて外へ出たら、突然、人にぶつかった、向こうもうつむきながら歩いていた、目を赤く腫らしていた。おれがふられた彼女やったんや、同じ映画を見ていて、出てきたところで偶然ぶつかったんや」

「エッ、もしかして」
「もしかしてって、もしかして」
「先生って結婚したはりましたよね、それも大学を卒業して間もないころに」
「そうなんや、今の奥さんなんや」
 田代先生は顔を真っ赤にしながら、頭をボリボリと掻いた。
 十人全員が大きな拍手を先生に送った。エリがひときわ大きかったようだ。


  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.19 / Top↑



 次の日、ユースホステルの玄関の前で十五人が記念写真を撮り、トシが逢坂のところへ五人分の写真を送る約束をして別れた。トシたち十人は京都へ、夏樹たち五人は飛鳥から吉野へと向かった。

「いやあ、楽しかったなあ、もう二度と逢うことは無いかも知れへん人たちやけど、きのうの夜のあの時間のことは、一生忘れへんと思うわ」
 夏樹の言葉に他の三人も大きくうなずいた。
「そやな、初めてのユースホステルの旅行に来て、一泊目からあんなに楽しいことをお前たちに体験させられるやなんて、今までで初めてやなあ。おれも、久々に旅の楽しみを味わったように思う、そやから、ついつい一人でいろんなことを喋ってしもうた」

「先生、他の旅の話も聞かせてくださいよ」
 夏樹が歩いている田代先生の前へ、立ちはだかるようにして言った。
「けど、先生は日本全国を旅したって聞きましたけど、きのうの話やと、北海道とかまくらの秋田だけですねえ」
 逢坂が不思議そうに聞いた。

「赴任先の学校ですぐにはユースホステル部を創ることが、できひんかったんや。部活を持たされることも無く、担任もせんでよかったから、夏休みを上手にやりくりして、三年間、毎年の夏休みにあっちこっちへ旅をした、行かんかったんは沖縄だけやなあ。その頃には時刻表も、地図にもだいぶなれてきて、北海道の時みたいな大きな間違いは無かったけど、ちょっとした方向間違いや、乗り過ごし、降りるところを間違うことはあった。時間が合わなくて、何十キロも歩いたこともよくあったなあ」

「それって、カニ族って言うんでしょ」
「安達はいろんなことを知ってるなあ、カニほど大きな荷物は担いではいなかったけどな」
「沖縄には今でも行ってないんですか、そこへ行けば全国制覇じゃないですか」
 夏樹が聞いた。
「行ったよ、新婚旅行で、沖縄に行ってきたんや、彼女は海外へ行きたかったらしいけれど、おれは絶対に沖縄に行くってゆずらなかった、全国制覇がかかってたさかいなあ」

  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.24 / Top↑



 飛鳥。明日香とも書くようだ。
 四人は田代先生の旅の話を聞いたり、大学生たちと過ごした昨夜の話しをしたりしていた。ガイドブックに乗っている観光地を順に回りながら。でも、観光地のことなど何も覚えていなかった。

 吉野の山の上は、日没ともなると、気温が下がり、日中よりはかなり体感温度が低く感じられた。
「ちょっと、寒いなあ」
「先生は年やから、無理せんようにしてくださいよ」
「逢坂、バカにするなよ、まだそんな年やないで、お前かて,けっこう寒そうやないか」

 吉野山のケーブルを降りて、みやげ物屋が並ぶ道を通りすぎたところに、喜蔵院ユースホステルがあった。古いお寺で、宿坊の一部をそのまま、ユースホステルとして運営している。きのうとは違い、畳の部屋に各自で布団を引いた。同じ部屋には夏樹たち五人だけだった。少しカビ臭かった。
 夕食は肉と魚は、一切なかった。いわゆる精進料理である。本堂の横にある和室の部屋がユースホステルとしての食事の場所で、一人づつのお膳に精進料理が配膳されている。
 
「今日はなんか寂しいなあ、飯もやけれど、人もあんまり泊まってへんなあ」
 食事を食べながら、岡村が小さな声で隣にいた安達に言った。
「そやから、いろんなユースホステルがあるって、先生かて言(ゆう)てはったやろ」
 この日の宿泊者は、夏樹たちのほかには五人で、外国人の人、夫婦の人、みなさんが田代先生よりも年配の方々だった。
 食後のミーティングもなかったので、四人だけでみやげ物屋界隈をぶらぶらと歩いていた。先生はさすがに疲れた様子だったので、ひとりユースホステルの部屋において来た。

 初めてのユースホステル部の旅行は無事に終わった。

  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
2008.09.26 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。