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「髭さんも鉄道マニアですか」
「おれは金子。鉄道マニアと言っても、とにかく汽車に乗るのが好きでね、今は残り少なくなった汽車に乗るために、北海道や九州によく行っている」
「へぇ、おれも大好きなんです、お友達になりたいなぁ」
 夏樹のおどけたしゃべり方に、そこにいた皆が大笑いした。

「じゃあ、やっとのおもいで北海道に上陸、と言ったところですか。東京からの二倍以上の時間が掛かるのだからなあ」
「トシ君、大変だったのは上陸してからや。北海道に着いたものの、どこへ行けば雑誌で見たような風景が見られるのか、全然分らんかった。札幌より東の方へ行かないと、なかなか見られへんということはそれから十日も経ってからやった」

 やはり田代先生の得意分野は数学だけで、特に地理は苦手だった。京都市以外の地理的関係などはあまり詳しくなく、ましてや北海道のことなど、全く分らないといってもよい。

「それにほとんどの国鉄線はローカル線で、列車の本数は少なく、乗換えの駅で一時間、二時間の待ち時間は当たり前やった。夏樹みたいに鉄道に詳しくなかったから、時刻表のみかたも、あんまり分らんかったしなぁ」
「そうでした、僕たちが行った時も、よほどうまく乗り換えないと、一日の移動距離は多くはなかったもんなぁ」
「一本の列車の違いで、目的地に着けないこともあったよね」
 金子の声はとても低い。

「函館からとりあえず乗った列車が、どこまでなのかもよく分らないで、乗ってから地図を広げてみたこともあった。そしたら松前の方へ行く列車で、気がついた時には次が松前駅だった。とりあえず松前の駅に降りて、駅員さんにガイドブックの牧場の写真を見せて、どうやって行けばええのかを聞いて、その日は駅の近くの旅館に泊まり、次の日、まず函館に戻り、札幌を目指したんや」


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2008.09.01 / Top↑






 田代先生はどんな数字も出来るだけ見ないように努めていた。乗る列車も何時に出発して、何時に到着するのか時間を見ないで、行き先ばかりを見ていたようだ。それを見てしますと、出発まであと何分とか、目的地までは何時間何分で着くとか、すぐに計算してしまう。そんな自分が、今はいやだったからだ。
 そのために列車に乗り遅れることもしばしばで、半日でいけるところも、一日かかったこともあった。腕時計も数字の書いていないもので、十二分割された線だけが時間を告げるものだった。

「函館から札幌行きの列車に乗り、列車の中で地図を広げて、いま自分はどこに居るのかを確認しながら、窓の外の景色を見ていた。函館から一時間ぐらいしてからかなあ、右手のすぐに海が見えて、ずっとその海沿いを走っていた。それだけで心が落ち着いている自分に気がついた」

 とりあえず札幌に降り立ち時計台を見てこの日は札幌に泊まった。次の日は松前の駅員さんに聞いた日高地方を目指して列車に乗った。札幌の駅員さんに行き方を聞いて、間違わずに日高方面へ向かった。

「苫小牧を過ぎたころだったかな、向かいの席に座った人がいたんや。ちょうど金子君のような風貌で、もっとむさ苦しかったかな」
「金子もけっこう、むさ苦しいですよ」
「何だって、トシ」
 相変わらず金子の声は超低音だった。

「歳はおれと同じぐらいかな、座るとすぐに『こんにちは、どちらかいらしたんですか』と話しかけてきはってな、全く面識のない人から、いきなりやったからビックリして、なんて言えばええのか分らなくてな、その人を見ながら何もしゃべれんかった、たぶん変な顔やったと思う」

 向かいの席に座った人は、自分がどこから来て、どこへ行くのかをニコニコと穏やかな口調で話した。田代先生も彼の人柄にすぐに打ち解けていった。
 彼は大学四年生だが、旅ばかりをしていて大学にいかないことが多く、留年が決まったことを、まるで他人事のように田代先生に教えた。
 田代先生も仲間と映画に行って、変なことを行ったために彼女にふられたこと、大学は卒業したけれど教員採用試験に失敗したことなどを話した。



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2008.09.03 / Top↑


列車の座席は半分ほど埋まっていて、四人ずつのボックスには、一人か二人しか座っていなかった。窓からは潮の香りを含んだ風が心地よく、晴天の戸外の暑さを感じさせなかった。

「わたしは日高の牧場へ手伝いに行くのです。大学の友人の知り合いの親戚の牧場なのですが、よかったら一緒に行きませんか、時間があるのでしたら。今の季節は人手がほしいようなのです、友人も先に行ってるんですよ」
 また、呆気にとられてしまい、変な顔をして向かいの席に座った、髪が長く、髭を伸ばした、見た目がむさ苦しい男を見ていた。

 急ぐ旅でもなく、広大な牧場の地平線を見ることが、いまの目的なので、牧場と聞いて「はい、行きます」と田代先生は言った。

「鵡川で乗り換えて日高へ向かった。さっきの列車よりも空いていて、一両だけのオレンジと薄い黄色のツートンカラーで電車みたいなやつやった」
「たぶんキハ二十系の気動車ですよ、ディーゼルエンジンで動く列車じゃないかと思いますよ」

 夏樹の鉄道知識より先に、低音でゆっくりとした口調の金子に先を越されてしまった。
「髭の彼はいままでの旅の話をしはじめた。こんなに楽しいことは他にはない、と言わんばかりで、夢中になって語った。大学の三年間で日本中を列車に乗って廻り、全国で行ってないのは鉄道路線のない沖縄だけやて言うてた」
「たしかに沖縄には線路はないなぁ」
 今度は夏樹の方が早かった。

「ユースホステルのことも、その時教えてもろうた。旅館なんかより半分以下の料金で泊まれるしな、時間はあったけど金はなかったさかいなあ。それと今日のようなこんな出会いもあると教えてくれはった。たまたま、おんなじ日に、おんなじところに泊まっただけの仲間が出来る、旅ではこれが最高に楽しくて、大学にはあまり行かないで、旅ばっかりしてはったらしいは」
「そうですよね、旅の楽しみは観光地を見るより、ユースホステルで逢った人といろんな話しをして、情報交換することが楽しいよね」
 エリが微笑みながら言った。


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2008.09.05 / Top↑



「今までで一番盛り上がった話題は、方言の話しをした時かな、福島の人、名古屋、大阪、広島、そしてわたしが埼玉。福島の人が面白い人で、方言丸出しで話しをするものだから、さっぱり何を言っているのか分らなくてさあ、みんなで大笑いしながら、福島弁高座を開いてもらったの」
「エリ、それっていつ誰とどこへ行ったんだよ」
 タカが真剣な顔をしてエリを問いただした。
「君と知り合う前よ、それも一人旅」
「おい、先生の話の途中じゃないか、夫婦喧嘩なら外でやっとくれ」
「トシ君、わたしたちはまだ夫婦じゃありませんから」

「まあまあ、ええやないですか。おれも初めてのユースホステル旅行でみなさんと、知り合えて、ものすごう楽しいです、なあ夏樹」
「あっあぁ。楽しいです、逢坂の言うとおりですは、もうちょっと先生の話の続きを聞きましょうよ」

「一時間ほど列車に揺られたかな、駅の名前を覚えてはいいひんのやけど、髭の彼が『この駅で降ります』って言うから降りたら、小さな駅で、ホームに小さな駅舎だけがあって、駅員さんの居ない無人駅だったとおもうなあ。もちろん駅前商店街どころか何にも無い駅前で、牧場の人と髭さんの友人が迎えに来たはった、われわれ二人の他には誰も降りなかったように思うなあ」
「やっぱり山は見えませんでしたか」
 夏樹が興味津々である。

「線路脇には防風林が、線路と同じく真っ直ぐに並んでいて、それ以外の視線をさえぎるものは無く、山も見えんかったなあ。挨拶もそこそこに、二人はトラックの荷台に乗せられて牧場へ向かった、いきなり現れた僕のことも大歓迎してくれはって、ネコの手も借りたいぐらいに忙しいから、さっそく明日から頼むと言われたんや」
「その髭さんのことも初対面だろうし、牧場の人はとても心の広い人なんですね、都会じゃありえない話ですよね」
「トシ君の言うとおりや。牧場に手伝いに行くのは口実で、変な団体の共同生活場にでも連れていかれて、二度と帰れへんのちゃうやろかって、逆にこっちが疑ったぐらいやで」
「ちょっと待ってください、紅茶のポットを持ってきますから」
 タカが話しの切れ間を見計らうように立ち上がった。



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2008.09.08 / Top↑




 タカと一緒にエリが紅茶の入ったポットを運んで、皆に新しく紅茶を入れた。
「お二人さんおぉきにぃ、ありがとう。じゃあ続きを話そうか。どこまで喋ったかいなあ」
「トラックの荷台に乗ったところまでですよ、先生」
 夏樹はとにかく興味津々である。
「あっそうか。駅から何分ぐらいの間、トラックに乗ってたやろか、舗装をしてない砂利道を揺られるから、落とされんようにトラックの端っこを、しっかりと握り締めていた記憶がある。それでも周りの景色に感動の連続で、隣の髭さんが何か話しかけて来たようやけど、何も返答できず、牧場についてからは、髭さんが少し不機嫌だったのを覚えている」

「行ってみたいなあ、話しを聞いて創造するだけで、わくわくしてきたは」
 夏樹が言ったことに安達も大きくうなずいた。

「右も左も、前も後ろも、緩やかな丘陵地に牧草が植えてあって、牛舎と家と道具小屋以外は何も無いところに降ろされた、牧場に着いたんや。大きく揺られ続けてきたから、トラックから降りてからすぐは、ふらふらと真っ直ぐに歩けへんかったけど、それよりも雑誌で見たのとおんなじような風景に、また感動してしばらくは呆然と立ったまま、ぐるっとあたりを見ていたなあ。牧場の人に部屋に案内されて荷物を置いた、髭さんとその友達とおれと三人一緒の部屋で、布団以外には何も無かった。今日だけやでと念を押されながら、髭さんとおれの歓迎会をしてくれはった」

「牛ステーキとか、じゃがバターとかごっつぉうが出たんですか」
 食べ物の話しになると岡村が、でしゃばってくる。

「そんなものは無かった、色んなものが食卓にあったけれど、お前が言うようなごっつぉうは無かった。けど今思えばあの当時としては、最高のもてなしをしてくれはったと思うは、今と違ってまだまだ貧しい時代やったし、牧場は決して楽な仕事ではないし、儲からへんかったんと、ちゃうやろか」
 安達が岡村をまた羽交い絞めにした。




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2008.09.10 / Top↑




「次の日から毎日、牛舎の掃除と餌やりを朝の六時ごろから始めて、その後は機械で刈った牧草を、ホークの化け物見たいな道具を使って、乾燥しやすいようにほぐすんや、刈った牧草をグッと持ち上げてバッと空へ投げ放つんや、これがけっこうキツイねん」
「牛の乳搾りは、せんかったんですか」
「夏樹、本物の牛の側に行ったことあるか、おっきいでぇ、大人でも目の前に顔があってな、もし向かってきたら一たまりもないやろなあって思うた。牛は人間のことが分るらしいねん、初心者が側へ行って乳絞りをやろうとすると、バカにすることがあるらしい、気を付けんと尻尾ではたかれたり、後ろ足で蹴られたりするらしいわ。そやから、一回も乳搾りは、せんかった。それにそんな簡単なもんやないしな」

 田代先生は毎日まいにち牛に向かっての生活をしてるうちに、いままで勉強してきた数学的な考えが、絶対的なことではなく一つの方法ではないかな、と思うようになっていった。

「牛を相手に生活をしていると、時計以外の数字は、ほとんど見たり、聞いたりすることがなかったなあ。牛にもいろんなのがいてな、おとなしくおれの言うことを聞いて、ゆっくりと避けてくれる奴や、干草を持って行ったらふてぶてしく鼻息を飛ばす奴、むしゃくしゃ元気に餌を食べる奴に、尻尾で自分の尻の辺りをいっつもパンパンと叩きながら食べる奴もいた」
「いろいろな牛がいるんですね、面白そう」
 エリがまた、紅茶のポットを取りに立った。
「人間とおんなじで、好き嫌いをしたり、激しい気性の牛も、優しい牛もいる」

「雨が降ったら牧草ほぐしは無しや、牛舎の掃除が終わったら何にもすることが無いから、鉄さん、あっ遠藤鉄夫さん、牧場主さんのことやけどな、その鉄さんは奥さんと二人でずっとテレビを見たはった。奥さんは足を怪我したはって、牧場の仕事ができひんから、親戚の伝(つて)を頼って手伝ってくれる人を探したらしいは」
「そこで偶然にも先生が手伝うことになったわけですね。じゃあ先生は雨の日は何をしていらしたのですか」
 トシが言った。

「ただ、ボーっと景色を見ながら髭さんと、その友達の三人でいろんな話しをしたり、本を読んだりしていたなあ。髭さんとその友達は大学の友人やと思ってたら、違うたんや、髭さんの大学の友人が旅の途中で知り合った人で、髭さんとその人も北海道ではじめて会ったんやて」
「なんかすごくねえか、その鉄さんを含めて、みんながそれぞれと初対面なんて」
 低音だけれど少し興奮した様子の金子が言った。




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2008.09.13 / Top↑




 トシがおもむろに立ち上がり、両腕を胸の前で組んで、そのまま右手であごの辺りをなでながら少し天井を見上げた。
「旅は必要とする人同士を引き合わせてくれる力を、持っているのかも知れないなあ。今日の我々の出会いも運命的なのかもしれないねえ」
「トシさん、その運命的な出会いって僕とエリさんのことですか」
「逢坂くん何を変な勘違いしてはるの」
「タカさん、冗談ですよ、それよりその変な関西弁を止めとくんなはれ」
 みんなで大笑いをした。

「牧場には二週間だけお世話になった。鉄さんの奥さんも少しやけど牧場の仕事が出来るようになったし、髭さんとその友人もだいぶ仕事に慣れてきて、乳搾りも出来るようになったから、髭さんが言っていたユースホステルに行って見ようと思ってな、急ぐ旅やないけど、いろんなところへ行って見たくなったんや」

「そしたら、これからが本格的な北海道のたびの始まりですか、だってまだ三週間ぐらいしか過ぎてませんよね、七ヶ月もの長いあいだ、北海道にいたんですよね」
 夏樹が身を乗り出して言った。

「まず、札幌に戻ってユースホステル協会の事務局で会員証を作って、ガイドブックと時刻表の地図を見て、国鉄線からさほど遠くないところを転々と移動した。国鉄から離れてバスに乗ると、今まで以上に方向音痴が邪魔をすると思ってな」
「そうですね、バスに乗って行き先を間違ったら、何処へ行ってしまうか、ここは何処、わたしは誰。見たになっちゃいますもんね」

「トシくんの言うとおり。じつは北海道で三回、本州へ入ってからは五回ぐらいそんなことがあったかな、駅の近くにはユースホステルがあんまり無くて、バスに乗らなあかんことが多かった、すると『ここは何処ですか、わたしはどっちへ行けばよいですか』って聞いたよ。そしたら『あなたは何処から来たの、何処へ行きたいの』って聞き返されたんや、なんとも情けなかったなあ」

「じゃ、目的のユースホステルに辿り着けないこともあったんじゃないですか」
「金子くん、『あったんじゃないですか』どころじゃないよ、しょっちゅうだよ、三日に一回は駅やお寺の軒下なんかに野宿をしなあ。まっ、それはそれで面白かったけどね」


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2008.09.16 / Top↑





 田代先生は札幌から小樽へ行き、とりあえず北上した。先生にとってはとても苦手な地理の世界と、毎日、格闘しながら各地を廻り、行く先々で地元の人、列車、ユースホステル、または野宿の時に様々な人たちとの出会い、会話を通じて、多くのことを学び、吸収していった。大学生十人と教え子の高校生四人に、時間を忘れて夢中に話した。

「最北端の稚内へ向かう途中で礼文島に行ったんや、七月のはじめごろかなあ、そこのユースホステルで『夏休み入ると人が多くなるから、手伝ってくれないか』と頼まれて、ちょうど懐も寂しくなって来たから、しばらくはバイトをすることにしたんや」
「それって、伝説の桃岩荘ですか」
 エリが大きな声で聞いた。

「いや、別のユースホステルなんや、伝説はづっと後から聞いたから。結局、そこには十月ごろまでいたかな、人は少なくなったけれど、冬支度の準備も手伝って、雪がちらついて来たころに島を出て、稚内からオホーツクへ、そして内陸方面にも行ったし、知床あたりで新年を迎えた。根室、釧路、帯広から襟裳岬のユースホステルで日高の牧場に電話したら、髭さんが、残って手伝っていたんや。それでそこに寄ろうと思ったんやけどな、実家の親父が入院したって聞いて、急遽、京都へ帰ったんや」

「じゃあ放浪の旅も終わったんですか」
 タカが聞いた。
「いいや、親父が入院したんはほんまやけどな、盲腸やったんや、一週間もせん内に退院したから、京都では珍しい雪の原を見に東北へ向かった、かまくらも見たかったしな、日本海沿いの夜行でな」

「寝台特急『日本海』ですね」
 夏樹はまた金子に先をこされてしまい、少ししょぼくれた。
「そこから、ゆっくりと各地を廻って、関東、信州、北陸から山陰、九州まで行こうと思ったんやけどな、教員採用試験を受けるために、かまくらを見たら京都へ帰って勉強した、もっと日本中を行って見たかったけれど、いつまでもブラブラしてられへんしなあ、そしたら次の年に採用が決まって、教師になったんや」

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2008.09.17 / Top↑





「放浪の旅は終わったんですね」
 夏樹が寂しそうに先生の顔を見た。
「けど、こうして旅は続けてる、ユースホステル部の顧問として、一人の旅人としてな。どこかの高校にユースホステル部があるって聞いたから、赴任先の高校ですぐに部を作って、生徒たちと各地をを廻ってる、そんなに遠くへは行かれへんけどな。これでおれの北海道の話はおしまいや、おれ一人で喋ってもうたがな、すまん」

「いえいえ、たいへん楽しく聞かせていただきました、今の先生を見ていると、話しの初めの頃のような、数学バカみたいなことが嘘のようです」
 トシが笑顔で言った。
「もちろん、今でも数学の教師やし、地理は苦手やけどな、旅をして人間的に丸くなったような気がするねん」

「そしたら次は、先生の恋の話を聞かせてもらいまひょかあ」
 岡村がおどけて言った。
「お前、そういうことは、よう覚えてんにゃな、勉強は全然あかんのに」
 またまた、安達が岡村を羽交い絞めにした。

「そしたらここまで話したんやから、ついでに少しのろけよか。採用試験が終わってひと息の頃かな、大学の頃に皆で見に行った恋愛ドラマの映画を上映している映画館を見つけてな、一人で見たんや。前とは違っておれは泣いた、あの時、彼女がおれの言ったことで憤慨した訳がよく分ったような気がした。そして、目を赤く腫らしていたから、少しうつむき加減で歩いて外へ出たら、突然、人にぶつかった、向こうもうつむきながら歩いていた、目を赤く腫らしていた。おれがふられた彼女やったんや、同じ映画を見ていて、出てきたところで偶然ぶつかったんや」

「エッ、もしかして」
「もしかしてって、もしかして」
「先生って結婚したはりましたよね、それも大学を卒業して間もないころに」
「そうなんや、今の奥さんなんや」
 田代先生は顔を真っ赤にしながら、頭をボリボリと掻いた。
 十人全員が大きな拍手を先生に送った。エリがひときわ大きかったようだ。


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2008.09.19 / Top↑



 次の日、ユースホステルの玄関の前で十五人が記念写真を撮り、トシが逢坂のところへ五人分の写真を送る約束をして別れた。トシたち十人は京都へ、夏樹たち五人は飛鳥から吉野へと向かった。

「いやあ、楽しかったなあ、もう二度と逢うことは無いかも知れへん人たちやけど、きのうの夜のあの時間のことは、一生忘れへんと思うわ」
 夏樹の言葉に他の三人も大きくうなずいた。
「そやな、初めてのユースホステルの旅行に来て、一泊目からあんなに楽しいことをお前たちに体験させられるやなんて、今までで初めてやなあ。おれも、久々に旅の楽しみを味わったように思う、そやから、ついつい一人でいろんなことを喋ってしもうた」

「先生、他の旅の話も聞かせてくださいよ」
 夏樹が歩いている田代先生の前へ、立ちはだかるようにして言った。
「けど、先生は日本全国を旅したって聞きましたけど、きのうの話やと、北海道とかまくらの秋田だけですねえ」
 逢坂が不思議そうに聞いた。

「赴任先の学校ですぐにはユースホステル部を創ることが、できひんかったんや。部活を持たされることも無く、担任もせんでよかったから、夏休みを上手にやりくりして、三年間、毎年の夏休みにあっちこっちへ旅をした、行かんかったんは沖縄だけやなあ。その頃には時刻表も、地図にもだいぶなれてきて、北海道の時みたいな大きな間違いは無かったけど、ちょっとした方向間違いや、乗り過ごし、降りるところを間違うことはあった。時間が合わなくて、何十キロも歩いたこともよくあったなあ」

「それって、カニ族って言うんでしょ」
「安達はいろんなことを知ってるなあ、カニほど大きな荷物は担いではいなかったけどな」
「沖縄には今でも行ってないんですか、そこへ行けば全国制覇じゃないですか」
 夏樹が聞いた。
「行ったよ、新婚旅行で、沖縄に行ってきたんや、彼女は海外へ行きたかったらしいけれど、おれは絶対に沖縄に行くってゆずらなかった、全国制覇がかかってたさかいなあ」

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2008.09.24 / Top↑



 飛鳥。明日香とも書くようだ。
 四人は田代先生の旅の話を聞いたり、大学生たちと過ごした昨夜の話しをしたりしていた。ガイドブックに乗っている観光地を順に回りながら。でも、観光地のことなど何も覚えていなかった。

 吉野の山の上は、日没ともなると、気温が下がり、日中よりはかなり体感温度が低く感じられた。
「ちょっと、寒いなあ」
「先生は年やから、無理せんようにしてくださいよ」
「逢坂、バカにするなよ、まだそんな年やないで、お前かて,けっこう寒そうやないか」

 吉野山のケーブルを降りて、みやげ物屋が並ぶ道を通りすぎたところに、喜蔵院ユースホステルがあった。古いお寺で、宿坊の一部をそのまま、ユースホステルとして運営している。きのうとは違い、畳の部屋に各自で布団を引いた。同じ部屋には夏樹たち五人だけだった。少しカビ臭かった。
 夕食は肉と魚は、一切なかった。いわゆる精進料理である。本堂の横にある和室の部屋がユースホステルとしての食事の場所で、一人づつのお膳に精進料理が配膳されている。
 
「今日はなんか寂しいなあ、飯もやけれど、人もあんまり泊まってへんなあ」
 食事を食べながら、岡村が小さな声で隣にいた安達に言った。
「そやから、いろんなユースホステルがあるって、先生かて言(ゆう)てはったやろ」
 この日の宿泊者は、夏樹たちのほかには五人で、外国人の人、夫婦の人、みなさんが田代先生よりも年配の方々だった。
 食後のミーティングもなかったので、四人だけでみやげ物屋界隈をぶらぶらと歩いていた。先生はさすがに疲れた様子だったので、ひとりユースホステルの部屋において来た。

 初めてのユースホステル部の旅行は無事に終わった。

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2008.09.26 / Top↑


 土曜日の午後に、久しぶりに飛沢から電話がかかってきた。
「新しいレコードを借りてきたんや、家に来いよ」
「今度は何のレコードなん」
「かぐや姫のライヴ盤や」
「わかった、初めからテープをもって行くわ」
 
 久しぶりに飛沢と会うことになった。通う高校が違うとどうしても会う機会が減ってしまう。今なら携帯メールで頻繁に連絡を取り合うこともあるだろが、まだパソコンさえも普及する前のこと、一般電話か手紙しか連絡方法はなかった。手紙をやり取りするほどの遠い距離ではないし、恋人でもないのに頻繁に電話などしない。

「洋楽のロックやポップスもええけど、日本のフォークもええなあ」
「こんな風にギターが弾けたらおもしろいやろうなあ。ギターってなんぼ(値段)ぐらいすんにゃろ」

 久々に会ったとは言え、仲の良い友人同士、すぐにいつもの会話が始まり、いつものように飛沢の親父さんのステレオでレコードから、テープに録音してもらい、毎日のようにラジカセでそのテープを聴くのが、次のレコードを録音してもらうまでの間の夏樹の日課となる。もちろん今までに録音してもらったテープも聴く。

「ナツ、もうちょっと暖っこうなったらサイクリング部を再開しようや」
「そやなあ、弁当もって行こうか。泊まりがけで行ってもええなあ、ユースホステルって知ってるか、安くて、いろんな人との出逢いがあっておもしろいで」
「泊まりか、おもしろそうやな、考えとくは」

 一ヶ月に一回ぐらいの頻度で夏樹と飛沢は会って、音楽のこと、サイクリングのことを語りあい、一日を過ごす。正確には半日である。サイクリング部の活動日は一日だが。結局、泊りでのサイクリングはこの後も行くことはなかった。


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2008.09.30 / Top↑

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