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「石田はずっと忙しかったもんな。倉敷の次は津和野、萩、出雲、鳥取の三朝温泉のユースホステルに泊まって、帰る予定やけどな、餘部にもユースホステルがあるから、そこに最後に泊まってから帰ろうかな」
「おうあの鉄橋か、あの時はちょっと怖かったけど、おもしろかったなあ。石田も一回見といたほうがええで、あの鉄橋は」
「飛沢もだいぶ面白かったみたいやなあ、餘部のユースホステルはまだ予約をしてへんから、出雲に行ったあたりで考えようか」
「ユースホステルってそんなぎりぎりに予約しても大丈夫なんか」
 石田がいぶかるように聞いた。
「だいじょうーぶ」

 夏樹が数十年前に流行ったテレビドラマの台詞をまねて言った。
「予約で一杯やなかったらその日の昼頃までに、電話すれば泊まれるんや。夕飯が要らんのやったら突然行って、今日あいていますか、って行ってもかまへんみたいやで。石田も飛沢もユースホステルは初めてやったなあ」

 姫路で乗り換えて、普通列車に乗って、倉敷を目指す。
 倉敷の駅にはちょうど昼に着いた。大きな荷物を肩から担ぎ、駅前の観光案内図を三人で眺めて、『美観地区』へと向かった。

        倉敷5     
                                倉敷2
                                                                                           

 江戸幕府の直轄地「天領」だった倉敷は、米などの物資の集散地として栄え、商人たちが白壁の土蔵や屋敷を構えた。そんな屋敷が多く残る美観地区は「伝統的建造物群保存地区」としてその当時の面影を残している。

                 倉敷1

「この白壁の建物は映画のセット見たいやなあ」
「ほんまやなあ、石田の家の近くに撮影所があったからなあ」
「本物やからセットよりは勿論立派やけど、遠目に見てたら、セットも本物見たいやで」
「小学校の一年生の時に一回だけ石田の家に遊びに行ったけど、裏の塀の向こうに変な建物が見えた記憶があるんや」
「あれは全部映画のセットなんや、今は縮小されて団地になったけどな。あの頃は家の二階から撮影が見えたんや」
「へえ、なんかおもしろそうやあ」
 飛沢が興味津々である。


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2009.01.06 / Top↑





「夜のシーンを撮影していてな、ちょんまげのヤクザ見たいな役の男の人と、芸者さんの格好をした女の人が、行ったり来たりしてるんや」
 石田が家の二階から見えた撮影現場のことを話しはじめた。
「その二人がすれ違う時に少しだけ会話をするみたいなんやけど、すれ違ったらすぐに『カット』って大きな声が聞こえて、その二人は元のところへ戻らはんねん、すると『ヨーイ』って聞こえると二人はさっきと同なじように歩き始めて、すれ違ったらまた『カット』や、たったそれだけやのに、何回も同なじことをやったはんねん」
「へー、なんか、しんきくさいなあ。その役者って有名な人か」
「いやあ、飛沢が知ってる人やないと思うで、俺も知らん人やからなあ」

「ちょっとしたシーンでも何回も何回も練習して、監督の気に入るまで何回も撮り直すみたいやなあ」
 夏樹がテレビで見た映画監督の話の受け売りを話したが、すぐに石田が別の映画の話をはじめた。

「中学校の帰り道に、いつもの商店街で見慣れん屋台や、出店がいっぱいならんでてな、いかにも古臭いねん。戦前に生きてたわけやないけど、テレビとかで見た昭和初期風の色遣いの店ばっかりで、うろうろと歩いてる人もその頃の服を着たはってな、何やってはんにゃろてみてたら『ハイどうぞ今のうちに通って下さい』ってジーパン穿いた若い兄ちゃんが言うから、そのまま通りすぎたけど、あれはセットやなあ」

「あっ、それ俺も見たなあ、学校の帰りにジーパンを穿いた兄ちゃんが、両手を広げて見物人をこれ以上前に行かんように制止しててな、そしたら突然『パンパンパン』て聞こえてきて、バスタオルみたいな布だけを巻いた女の人が裸足で走ってきたんや。その後ろから右手を鉄砲みたいにして『パンパンパン』って言いながら走って来る男の人がいたなあ」
「夏樹、それってほんまの話しかあ、なんでバスタオルだけを巻いた女の人が突然走ってくるんや」
 飛沢が信じられない話しだ、と夏樹を疑った。



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2009.01.07 / Top↑




 石田の家の裏は以前、映画の撮影所だった。夏樹の家の近くにも撮影所があった。今は敷地が大幅に縮小されて団地や、学校になってしまったが、当事はテレビドラマなども撮影されていて、人気の時代劇もこの辺りの撮影所で撮られていた。

「要するに映画か、ドラマの撮影をしてはったんよ」
 石田が話しを続けた。
「撮影のリハーサルをしてはったんやろな、本番では撮影用の鉄砲を持って本物みたいな音がするんやろけど、リハーサルやから手で鉄砲の格好だけして『パンパンパン』って言いながら出てきはたんやで」
「そうそう、『パンパンパン』って言いながら男の人が走って来たと思ったら、直ぐにニコニコと笑いながら布だけを巻いた女の人と二人で元のビルの中へ戻って行ったわ」
 夏樹も負けずに話しはじめた。
「そしたら、そのジーパンを穿いた若い兄ちゃんが広げてた両手を下ろして『すんません、今のうちに通って下さい』って言うから、セットの店の間を通って家に帰った」
「その後の本番は見いひんかったんか」
「ああ、本番がいつ始まるかわからんさかいなあ」
「なんでや、撮影なんか見たことないで、見てみたかったなあ」
「飛沢は五年生の時にココへ引越して来たんやったかいなあ、それに撮影所のある所らへんとは反対の方に家があるから、撮影なんか見たことないか」
「ああ、見たことない」
「いま話した商店街や、近くのお寺や神社で、よく撮影をしてるところを見たことがあるから、あんまり珍しいことはないからなあ。それにリハーサルの後の本番て、なかなか始まらへんしなあ、石田は家から見えたんやから俺より珍しくはないやろ」
「いや、俺は撮影を見るのは好きやった。小学校の卒業文集に将来の夢は『映画監督』って書いたんや」
「ほんまかいなあ」
「いまは、それほどでもないけど、完全に諦めたわけやないで」
「知らんかったなあ」
「映画ダイジェストの番組や、毎日のようにテレビでやってる映画ばっかり見てるんや、いま流行のアイドルの出てくる番組なんか、弟が見てるのを見るともなく見てるぐらいで、ほとんど見ることないで」



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2009.01.09 / Top↑





 石田は小さい頃から映画の撮影現場を目の前で見てきて、その世界への思いをなんとなく抱いていた。しかし、ちょうど小学校の高学年の頃からだろうか、映画産業が斜陽してきていた。そして会社としての縮小を余儀なくされたのか、敷地の転売により団地や、学校になっていった。ついには倒産してしまった会社もあった。テレビの普及が大きな原因だったようだ。
 石田の家の裏の撮影用のセットもなくなり、中学のころに十階建てのマンションが二棟建った。おかげで日当たりが悪くなったと、石田の母親がよくぼやいていたようだ。

「相変わらず毎日のようにテレビでやってる映画は見てるけど、映画監督への思いは少しづつ薄れてきたなあ」
「俺もテレビでやってる映画は時々見てるけど、創ろうと思ったことはないなあ」
 夏樹も映画を見るのは好きだが、映画館に行って見ることは少なかった。
「俺はアメリカのドイツ軍相手の戦争映画をよく見たなあ。戦争映画やのに出てくるアメリカ軍の兵士に笑顔が多いやろ、あれが不思議でもあり、それがアメリカなんや見たいに勝手に納得してたなあ」
「大脱走なんか最高やったなあ、実話やて聞いて俺も驚いたわ」

 日本の軍隊のことを映画やテレビドラマで見ると、とにかく怖いとか、恐ろしいとか、時には怒りを感じる時がある。上官が常に絶対的存在で、白いものを黒いと言っても部下は逆らうことが出来ず、少しのミスや、規律の乱れがあると鉄拳が飛んでくる。時には軍人用の分厚いブーツのそこで殴られることもあったと、軍隊経験の有る国語の先生に聞かされたこともあった。うまくは語れないが、日本の戦前の軍国主義的な思想は理解できない。

「日本軍の上官が『天皇のために、国のために命を捧げろ』なんて言う台詞がよくあるやろ、そう言うのを聴くと『そういうお前が先に捧げろ。率先して身を奉じて後に続く者への手本として』って言いたくなるねん」
「あの頃はやっぱり国中がおかしくなってたのかもしれへんなあ」
「国のためにみんなが命を捧げて、誰もいなくなったら国として成り立たへんのになあ。全員が命を絶つまで戦い続けるみたいなことも言うもんなあ」
 飛沢も話の加わってきた。



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2009.01.12 / Top↑




 良い戦争なんかない、どんな戦争も悪いことなのだけれど、この頃のアメリカ製の第二次世界大戦、特にドイツ軍相手の戦いは、悪のドイツ軍に対して、勧善懲悪のアメリカ軍を中心にした連合国軍といった表現だった。子供の頃の夏樹にとっては怪獣相手のウルトラマンのような存在で、娯楽スペクタクル映画として、楽しんでいた。
 のちのベトナムでの戦いを映画化されたものは、まったく別のものになっていた、日本軍の怖さとは違った怖さがあったように思う。

「何があっても上官の言うことが絶対で、突撃の一声と共に多くの兵士が死んでいった日本軍に対して、上官に逆らうかのように意見をする兵士に、耳を傾け、上官が先頭に立ち、敵に向かうアメリカ軍。大きな違いを感じたなあ。そやからアメリカの戦争映画は、戦争というかたちのスペクタクルなんやで」
 夏樹は一人よがりのように頷いた。
「俺もそう思うわ、あんな国と戦争なんかしたかて、勝てるわけないと思った」
 石田がとてもまじめな顔つきで言った。

「けど、映画って面白そうやなあ、俺はあんまり見ることないさかいに、お前らの話がすごく興味津々やねん」
 飛沢はいろんなことにいつも興味津々である。

「そやから、ここの川なんかカメラカットの仕方では時代劇にも、昭和初期の街角にも変身すると思わへんか」
 石田が両手の親指と人差し指を直角に伸ばして四角を作り、カメラマンが良いアングルを探すような手の動きを見せた。
            倉敷6
                                     倉敷3

「なるほどな、切り取り方が違うと江戸時代にも、大正ロマンにもなるちゅうことか」
「飛沢、大正ロマンてなんや」
「夏樹君、もっちょと歴史の勉強をしたまえ」
「あっっ、すんません、ぱーでんねん」

「やっぱり映画はおもしろいで。撮影所の近くにいる人間としての別の楽しみ方が俺にはあるねん」
 石田が得意げに話しはじめた。




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2009.01.14 / Top↑






「ロケをするのに、近くの神社、寺、ビル、商店街なんかをうまく利用して、設定通りの場所や、建物にしてしまうことがある。江戸の郊外の川の設定なんやけど、京都の川を使って見たり、九州にある駅の風景を京都郊外の駅の駅名を変えて撮ったりすることがあるんや」
「そんなん近所の人が見たら、すぐにばれてしまうやんか」
 飛沢が言った。

「その通り、江戸の町外れの川の設定のはずやのに、中学校の近くの川やったり、東京が舞台の話しやのに、俺んちの近くを走る電車が出てきたりする。ストーリーを楽しみながら、使われている場所や建物、電車なんかが設定の場所とは違うところのが出てくる、それを発見するのが面白いんや」
「石田の家の近くには三つか、四つの撮影所があったさかいなあ、安く仕上げるには、近くでそれらしく見せてロケするんやろなあ」

「夏樹も映画やテレビのドラマを見てて、そういうのなかったか」
「たしか東京の撮影所を舞台にした若手役者の青春物語みたいな話で、けがをした役者が運びこまれた病院が、中学校の近くの病院で、看板の病院名がまったく違う名前で、建物の前を走り過ぎた電車が、間違いなく本物の病院の前を走ってる電車やったのを見たことがあるわ」
「俺も見たのを覚えてるは、病院と電車だけやなくて、他にもいろんなシーンに俺の家の近くでロケをしたんやって言うのがあったなあ」
「石田、今度その映画を教えてくれよ、見てみたいなあ、ほんでどこでどの場所を使ったのか聞かせてぇな」
「飛沢、それは無理や、劇場ではやってへんし、テレビでも先月やったばっかりやから」
「そうかあ、残念」

 ようやくレンタルレコード店が出来はじめた頃である。レンタルビデオ店どころか、家庭用ビデオデッキを持っている人は、まだ珍しい時代である。




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2009.01.19 / Top↑





「おっと、もうこんな時間やんか、そろそろユースホステルに行こうか」
「夏樹、ここから近いんか」
「ユースホステルのハンドブックの地図によるとやなあ、歩いたら二十分ぐらいかな」
「それにしても、女子大生風の女が多いと思わへんか」
「ディスカバー・ジャパンやろ、何年前かなあ国鉄のキャンペーンで、女の人でも気軽に旅行をっていうやつやろ、女性誌を片手にいわゆる『アンノン族』と言う女の人たちが全国の観光地へ押し寄せているみたいやなあ」

 温泉地や有名なお寺、名所、旧跡よりも、軽井沢や、京都、倉敷、清里、または勝手にと言えば少し御幣があるが、全国に小京都と名乗るところが多くある。そんな女性向けの少しおしゃれな、一部は意図的に創られたような観光地に人気があったようだ。
 女が集まれば、男も集まる。そうすれば観光地として賑わい、いろんなところが儲かって、潤っていったようだ。

 思い荷物を担ぎ、倉敷美観地区から少し山手の方へ歩いてユースホステルへと向かった。

「ホテルのような建物やないけど、二食付で三千円で泊まれんのやから、高校生の貧乏旅行には最適やろ」
「いやあ建物なんか別にかまへん、美味しいものが食えればそれでええんねんけどなあ」
 飛沢は以外に食通である。
「それは無理や、二食付いて三千円で泊まれるところに、食いものを期待できひんやろ」
「やっぱりなあ、まあ腹一杯食えればええは」
「とりあえず、ご飯はお代り自由やから、思いっきり食べてくださいな」


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2009.01.21 / Top↑





 倉敷ユースホステルは、美観地区から少し山の手にある、ユースホステル協会直営の施設だ。直営のユースホステルは規則が厳しいと言われているが、それぞれのペアレント(ユースホステルの運営者)の考え方、やり方で様々である。

「ユースホステルって、二段ベッドなんや、おれの家では布団やからベッドになんか寝たことないねん」
 石田が珍しいものを見るように、直ぐに上の段へと上がって行った。
「俺は弟と二人、二段ベッドやから珍しくはないけど、家では下の段やから今日は上に寝よかな」
「飛沢君、早い者勝ちやから空いているところはどこでも自由にどうぞ。荷物が置いてないところは空いているから、俺は下の段にするは、こないだ上に寝たんやけど、なんか窮屈でなあ、あきまへんわ」
 夏樹は平均よりは身長が大きいほうである。以前に泊まったユースホステルで二段ベッドの上に寝た時に、窮屈な思いをしたのだ。
石田と、飛沢は今日がユースホステルに泊まるのが初めてである。

「民宿と違って、あんまり食いものは期待せんように。夕食にはまだ時間があるから先に風呂に入ろうや」
「そやな、そうしようか。ところで夕食の後にミーティングちゅうのはやらはんのか、知らん人なんかと話したりするのは、苦手なんやけどなあ」
 石田はいつも少々やさしい話し方である。生まれ持った性格なのであろうか。
「わからんなあ、それぞれやさかいに、ここはやるのかなあ。けど面白いで、知らん人って言っても、年も出身も仕事も、もちろん仕事での地位も何も関係ないんや、目的は同じ旅人やから。今日だけの同宿者同士で情報交換したり、お国のことを話したり、ゲームや歌を歌ったり、楽しいで、いろんな人がいたはるさかいなあ」
 それでも石田は苦手であると言わんばかりに、目を細めた。

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2009.01.23 / Top↑





 三人は風呂から上がり、食堂へ向かった。
「なんか普通のとんかつ定食みたいやなあ」
 キャベツの千切りを軽く盛り付けた横に、薄くスライスされたきゅうりが三枚添えられ、メインに一口サイズにきられた大きなとんかつが置かれている皿が一つ、味噌汁椀と、御飯の入った茶碗と、香の物が入った小鉢を、アルミ製のトレーに載せてテーブルに向かった。
「おれ、お茶を持ってくるは」
 石田が自分のトレーをテーブルに置き、お茶の入ったポットのところへ行った。
「今日は満室やろか、テーブルもほとんどいっぱいやなあ」
 飛沢が食堂の全体をみわたして言った。
「ここのユースホステルは定員が八十人やから、これだけの人がここにいるちゅうことは、ほぼ満室やろなあ」
 大学生ぐらいの年齢の小グループが一番多く見られる。中には年配のご夫婦や、外国人の人もいるようだ。

「高校生ぐらいの年の人は少ないみたいやな」
 夏樹が食堂の中を何回も見渡して言った。
「やっぱり食事の後でミーティングっちゅうのをやらはんのかなあ」
「石田君、何を心配してんの、ミーティングといってもそんな難しいことをするわけやないさかい、それにこれだけ多くの人が泊まってるときは、何もせえへんかもしれへんで。そんな時はたぶん、あっちこっちで自然発生的に人が集まって、いろんなことをするんとちゃうかなあ」
 右手に持った箸を口元に近いところで止めて、夏樹が言った。

「なあ夏樹、明日は津和野まで行くんやろ、何時間ぐらい電車に乗るんや」
 飛沢が言った。
「朝の九時ごろに倉敷駅を出発して、津和野に着くのは午後の三時ごろかな」
「一日中、電車に乗ってなあかんなあ」
「それもまた旅、楽しいで」



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2009.01.26 / Top↑





 飛沢と夏樹は会話も少なく、淡々と食事を済ませた。石田だけは、どことなく落ち着きがなく、食堂のあちらこちらを見ていた。どうしても食後のミーティングが気になるらしい。こんな対人恐怖症のようなことでは映画監督など、夢のまた夢である。

「石田、どうしたんや、さっきからキョロキョロして、不審者見たいやで」
「夏樹、変なこと言うなよ。こんなとこに泊まるのは初めてやさかいに、いろんなことが珍しいねん」
「別にそんな珍しいものは何もないやろ、この椅子かて普通のパイプ椅子やし、この部屋の造りやインテリアも地味な感じやし、何が珍しいんや」
「いやあ、いろんな人がいるんやなと思ってな、いままでに旅行と言えば、修学旅行と去年の夏に民宿に泊まった海水浴ぐらいやからなあ」

 石田は面識のない人と一つの場所に泊まって、これからこの人たちと会話をすることになるかもしれない、と言うことを彼なりに受け入れようとしているようだ。
 初めての人と話しをすることは恥ずかしい、面倒くさい、といった煩わしい思いをどうすれば払拭できるか、周りにいる人たちを観察することで、何かを得ることが出来ないか、石田は自分自身に問いかけていた。

「ほら、あそこのグループ、二十人ぐらいの大学生やと思うんやけど、男の人も女のも人いたはるんやけど、何のグループなんやろなあ。部活の合宿やろか。五,六人なら仲良しグループなんやろうけど」
「あの人たちは二十人のグループやないと思うで。少人数のグループがいくつか集まったんとちゃうかなあ。たまたま同じテーブルに座ったから、誰かがとなりに座った人に『どこから来たんですか』とか聞いたりして会話が始まったんとちゃうかなあ。もしくは、男同士、女同士が同じ部屋でその時に『こんにちは』の一言から会話が始まって、そのまま同じテーブルで食事をしてはるかもしれへんで」
「なるほどな、そんな簡単に知り合えて会話が出来るもんなんや」
「外国人なら言葉も通じひんこともあるけど、同じ日本人やもん、多少の分からん方言の人もいるかもしれへんけど、何も問題なく会話できるし、そういうことを嫌いな人は最初からユースホステルには泊まりに来いひんから」





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2009.01.28 / Top↑





 石田は柔道をやっていたことがあるからか、ガッチリとした体型である。いつもならどんぶり飯を二杯は食べるのに、今日は普通の飯茶碗に一杯しか食べなかった。よほどの対人恐怖症だというのか。
「石田、お代わりせんでええのんか」
「ああ、食欲ないねん」
「そうか、ほな、ごっつぉさんでした。食器を持っていって部屋にもどうろか」
 夏樹が食べ終わった食器の載ったトレーを持って立ち上がった。 それにつられて飛沢と石田も立ち上がった。

 ユースホステルには食堂兼、談話室兼、ミーティングルームといった部屋で、食事後にはおもいおもいに話しをしたり、トランプゲームをしたりしている人たちの輪が出来てくる。その部屋に立派なオーディオが置いてあるところは、何回か見たことがあるが、テレビは置いていない。もちろん部屋にもテレビは置いていない。

 後々の話になるが、ホテルの一部をユースホステルとして運営しているところに泊まったときは、部屋にテレビが置いてあった。旧本館の古い建物の端っこの方の部屋だったが、以前はホテルの部屋として使っていたのだろうと思われる。二時間で百円だった。

 部屋に戻った夏樹は、時刻表を開き明日の電車時間の確認をはじめた。朝から夕刻まで、ずっと電車に乗りっぱなしになる。一つの電車に乗り間違えると、乗り換えの連絡が上手くいかず、目的地に着くのが大幅に遅くなってしまうこともある。とりあえず、倉敷駅で何時の電車に乗るか、そこが基準になる。

「石田君、元気ないなあ、どないしたんや」
「飛沢はえらい元気やなあ」
「さっきの飯のときにな、お前の後ろの方のテーブルに座ってた女の子が、けっこう可愛かったんや。女の子四人のグループみたいなんやけど、あの子らと後でトランプでもしませんか、とか言って、お近づきになれへんかなあと思うてなあ」
「それで飯の時に俺の方ばっかり見てたんか」
「えっ、そんなに可愛い子やったか、気がつかへんかったなあ」
 夏樹が、時刻表を閉じながら話しに入ってきた。


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2009.01.30 / Top↑

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