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 昔は商家か、武家の屋敷かと言った趣で、中庭まである大きな家である。隣の家もすぐには見えない。ユースホステルとはいっても、今日の宿泊者は五人だけ、誰にも遠慮なく、少々の大きな声を出しても大丈夫な環境である。時を忘れて五人は話に夢中になっていた。

「話を食事の前に戻してもかいませんか。中止になった修学旅行の「旅のしおり」を持って、その通りの計画で旅をしているのか、聞かせてえな、信也さん」
 飛沢が言った。
「そやったなあ、途中で終わってもうたからなあ。さっきも言うたように、俺とタクはまじめやった。頭は悪かったけどな、素行は悪くはなかった、どちらかと言えばそう言う悪い奴らに目をつけらて、いじめらてたほうなんや」
 信也とタクは大喧嘩とはまったく関係のないところに居たのに、一部の不良どもの仕業によって、中学校生活の最大かつ唯一のイベントが中止になった。
「俺たちはどうしても修学旅行に行きたかった」

 彼らにはどうしても修学旅行へ行きたいのには理由(わけ)があった。二人は修学旅行の事前調査委員会のメンバーだった。こういった面倒な役目はどうしても成績優秀で積極的な人物か、成績は悪くても比較的大人しく、まじめな人物が選ばれることが多い。
 信也とタクも半ばむりやり、委員をやらされてしまったのだという。
「正直言うて、そんなめんどうくさいこと、やりとうは無かったんやけど、喧嘩のときの片方の親分みたいな奴が「お前らがやったらええやんけ」の一言で決まってしもうたんや」
 タクが小さな声で言った。彼らは頭が悪いなりに、決まった事は仕方がないと諦めて、一生懸命に慣れない作業をこなして、「旅のしおり」を完成させた。

「あれをちゃんと完成させることが出来たんは、美子のおかげやもんな」
 信也が少し天井を見つめて言った。
「美子は俺たちみたいなアホにも丁寧に、分かりやすく調べ方を教えてくれた」
「タク、お前なんかほとんど何にもせんかたやないか」
「いや、美子に言われたことはちゃんとやったで。美子は「旅のしおり」を作るのに一生懸命にがんばったもんなあ。それやのにあいつらのせいで、中止になってしもうた」
 美子はクラスで一番の成績優秀で、生徒会長をやっていた。事前調査委員会のまとめ役でもあった。


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2009.03.02 / Top↑






「美子はこの津和野に来ることを一番楽しみにしていた。幕末から明治にかけての歴史が好きで、その幕末の舞台となった長州、津和野のことを調べるときは、すごく張り切っていたんや」
 信也がまじめな顔で言った。
「委員会に行くようになったころは、美子のことが鬱陶しいかった。いろいろとうるさかったしな、そやから始めは、いやいややっていたなあ。それに今までは年号を覚えることが出来なくて、歴史なんか嫌いやった」
「何でそんな昔の、終わったことを覚えんなあかんのんやあ、って言うてたなあ」
 タクが言った。
「けど、美子のおかげで少しは勉強したし、幕末のことも興味を持てるようになった。今の俺の愛読書は「坂本龍馬」や、感動ばっかりしてるわ」
「へえ、そんなに面白いか」
 飛沢が信也に聞いた。
「是非、読んでみて、あの人はすごいわ」

「修学旅行の中止が決まった時は、あいつ、泣いていたんや、俺らもなんかもらい泣きしそうになったなあ」
「タクは泣きそうになったんと違うて、ほんまに泣いとったやないか、目を真っ赤にして、それを見つけた不良どもに、卒業するまでからかわれていたもんなあ」

 そんな美子を連れて、信也とタクは担任の先生のところへ、なぜ修学旅行が中止になったのか、なんとして行けるようにならないか、談判に行った。しかし、担任の先生では埒があかず、校長先生のところへも行った。三人は粘り強く話しをしたのだけれど、聞き入れられず中止は撤回されなかった。
「行けんようになってしもうたから、美子と約束したんや、この「旅のしおり」を大事にとっといて、いつかみんなで行こうなって」
 信也が少し目を赤くして言った。


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2009.03.04 / Top↑





「旅のしおり」を作る修学旅行事前調査委員は、各クラス二人づつ選出し、五クラスで十人いた。その中で放課後、図書館に集まり世話役の美子の元で調ものをしていたのは、いつも五人ぐらいだった。男は信也とタクだけだったようだ。
 クラスも、出身小学校も違う五人は、毎日図書館に集まるうちに友情が芽生えた。信也とタクもこの時から親しくなった友人だと言う。

 テレビでは青春ドラマが真っ盛りの時代だった。「レッツ・ビギン」「ヨシカワ君」「カースケ」などなど、学校では昨夜のドラマの話が話題の中心だった。「カースケ」のエンディングに流れる詩を覚えてきた奴もいた。ビデオなどがまだまだ一般的ではないころの話だ。
 そんなドラマの影響があったのか、信也は校長先生に今にも大声を上げそうな語り口で、何度も中止をしないでほしいと熱く語ったのだ。

「中学校の修学旅行は二度とないんやから、行かせてください。委員会のメンバーが一生懸命に「旅のしおり」を作ったことを、無駄にせんといてくださいって何回も言うたし、喧嘩には何の関係も無い奴の方が圧倒的に多く、女子はまったく関係ないのだからと、いろいろ説得したんやけど、あかんかった。校長は申し訳ないと言うだけで、分かったみんなで行こうとは言てくれへんかった」
「そのとき美子は信也の隣に立って、俯いたまま何も言わずにいたんやけど、熱弁する信也を制して一言だけ「もういいよ」と言うたんや」
 タクが言った。
「俺も美子の一言で諦めた。校長室を出て図書館に戻り、出来あがったばかりの「旅のしおり」を持って、みんな、これを大事に残しとくんやで、ほんでいつかみんなでこの「旅のしおり」の通りに旅行しよな、約束やで」
 また、信也が熱く語ったのだと言った。
 ほかの四人は少し赤い目をして、大きく頷いた。




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2009.03.06 / Top↑




 信也とタクは中学を卒業後に同じ高校へ進んだ。美子は大阪市内でも有数の進学校へ行った、他の二人も別の高校へ進んだ。卒業してからはクラス会が二度ほどあったが美子たちとはクラスが違ったから、顔を見ることもなかった。通う高校も違うし、そんな委員会だけの仲だったこともあり、音信はどちらからもなかった。
「今年の正月やったかなあ、美子が東京の大学に行くって、風の便りに聞こえてきたなあ」
 信也が天井を見て言った。

「もしかして信也君はその美子さんが好きやったんとちゃうか」
 飛沢がまじめに言った。
「ちゃうって。あいつにはあの時、付き合ってる奴がいたんや」
 信也の顔が少し赤くなった。
「けど好きやったんやろ、ええやんか隠さんでも、彼氏がおったかて好きな女の子のために,校長先生のところで真剣に頭下げて談判したんやろ、かっこええやんか、青春やなあ」
「なんか某国営放送局の「中学生日記」みたいやんか。原稿用紙に書いて応募しよかなあ」
 夏樹が微笑み顔で言った。
「そしたら俺がそのドラマの監督をやる」
 石田がまじめ顔で言った。
「お前は映画監督の前に、その対人恐怖症を克服せんとなあ」
「飛沢君、昨日は始めてやったから、緊張してただけや、今日はなんともなく、こうやって話しをしてるやんか」
「今日は初対面の人が、信也君とタク君の二人だけやからとちゃうのんか」

 飛沢が昨日の倉敷ユースホステルでの出来事を、簡単に信也と、タクに説明をした。それを聞いた二人は大笑いをした。
「映画監督の前に対人恐怖症な、なるほどなあ。石田君の初監督作品は俺たちの中学生日記か、楽しみにしてまっせ」
 五人は互いの顔を見ながら大いに笑った。






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2009.03.09 / Top↑





 タクは地元の機械部品を作る工場に、信也は名古屋の食品メーカーの工場に就職が決まり、離ればなれになることで、美子たち三人への連絡の方法も思い浮かばないまま、修学旅行の計画通りの旅行をとりあえず二人だけで実行したのだ。
「それで高校を卒業後の春休みを利用して、二人で「旅のしおり」を持って旅行をしてるんやな」
 夏樹が言った。
「就職したら、それこそ、いつになったら修学旅行に行けるか分からんからなあ」
「信也が名古屋に行ってしまえば、もう会うことが難しくなるからなあ。けど、五月ごろには名古屋の会社が嫌になって、帰ってきたりしてなあ」
「あほなことを言うなよ、最低でも三年は向こうにいるからな」
「大阪弁を忘れて、名古屋弁になってくるかもなあ」
 夏樹が茶化すように言った。
「いやあ、名古屋弁を喋るようになるかも知れへんけど、大阪弁を忘れることは無いやろ、関西人は何処へ行っても関西弁を喋るらしいからなあ。ある意味、不器用なんやろか、関西弁しか喋れんへんのとちゃうやろか」
「関西以外の土地に暮らしてみんと分からんけど、できれば関東の共通語、標準語っていうのは、ちょっとにがてやなあ、少しきつく聞こえるときがあるんやな」
 飛沢が言った。

「関東の人も関西弁は苦手やって言う人もいるでえ、昨日の倉敷ユースホステルで言うてる人がいたわ」
「石田、お前、飯を食った後に部屋で寝てたやないか、いつそんなん聞いたんや」
「夏樹たちが俺を置いて、食堂へ行ってる時に、あの部屋にいた人らが喋ってるのが聞こえたんや、なんか関西弁て怖い感じがするねえって」
「聞きなれへん言葉って、その土地の人たちとは違う印象を持つかもなあ」
 タクがこそっと言った。
「日本は広いなあ、こうやって北から、南まで各地を周ったら面白いやろなあ」
 夏樹が腕ぐみをしながら言った。


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2009.03.11 / Top↑







 楽しい時というものは過ぎてしまうのが早いもの。五人は流れる時間を忘れ、話し込んでいたが、誰ともなく現在時間に気がついた。もう、二十三時を過ぎている、確か消灯時間は十時だったかな、ユースホステルの夜は早い。しかし、今夜の宿泊者はここにいる五人だけ、ミーティングもなく、夕食後はここの部屋で話し込んでいた。誰からも文句を言われず、遅くなってしまった。
 飛沢が大きなあくびをした。それに釣られるように、夏樹もあくびをした。
「きょうも朝からずっと電車に乗ってたから、疲れたかなあ」
 夏樹がもう一度あくびをしながら言った。

「そろそろ寝ましょうか」
 信也も目をこすり、両手を大きく上に伸ばした。
彼とタクは今日から旅が始まった。新幹線で大阪を出て中学の時の「旅のしおり」を元に萩市内の観光をして、津和野に泊まった。「旅のしおり」には萩市内のホテルに泊まることになっていたようだが、ホテルに泊まるには予算がなく、ユースホステルが泊まるには安くて良いと、担任の先生に聞いてきたのだが、萩のユースホステルには昨日、電話予約をしたようだが、すでに予約が一杯で泊まれなかったのだ。仕方なく二日目の予定の津和野まで足を伸ばし、津和野のユースホステルに泊まることになった。初めてのユースホステルが少々期待はずれの建物だったけれど、夏樹たちに巡り合えて、とても有意義な一夜を過ごす事ができた。

「いやあ、あんたらと逢えてほんまに良かったは、楽しい時間を過ごす事が出来たし、おぉきに、ありがとうございました」
 信也が正座に座りなおして深く頭を下げた。タクも少し送れて正座して頭を下げた。すると夏樹たち三人もほぼ同時に正座に座り直して「いえいえこちらこそ、おぉきに、楽しかったは」と言った。
 少しの間だけ静寂な時が流れたあと、五人は満面の笑みを浮かべて、大きな声を出して笑った。
「おやすみ」
「おやすみ、明日な」



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2009.03.13 / Top↑






 翌朝、天気は快晴だったが三月にしては寒かった。ユースホステルの中庭にはうっすらと雪が積もっていた。
 一日中電車に乗って、少しだけ夜更かしをしたためなのか、七時を過ぎても誰も起きなかった。ペアレントさんも起こしには来なかった。
「おい、もう七時を過ぎてるで、起きなあかんやろ」
 石田が自分の腕時計を見て、大きな声を出した。夏樹と飛沢もその声で慌てて起きたが、眠気が残っていて動きが遅い。

 簡単に蒲団をたたみ、三人が部屋を出たところに、向かいの部屋の障子戸が開き、信也とタクが出てきた。
「おはよう」
「おはようさん、自分ら急がんと今日の予定が狂ってくるのとちゃうか」
 夏樹が信也たちに言った。信也たちは津和野から小郡へ、新幹線で広島まで行く予定になっている。急がないと津和野の駅へ行くバスに乗り遅れてしまうかも知れない。
 夏樹たちは津和野の街を観光して、萩まで向かう。
 五人で早々に朝食を済ませ、荷物をまとめて一緒にユースホステルを出た。
「行ってきます」
 ペアレントさんに挨拶をした。
 ユースホステルを出て直ぐに目の前をバスが通り過ぎて行った。
「今のバスって駅に行くバスとちゃうか」
 夏樹が言った。バスの行き先名には「津和野駅」と書いてあった。
「走って行ったら間に合うのとちゃうか、俺達は乗らへんけど信也君とタク君はあれに乗って行かなあかんのやろ」
 夏樹が二人を見ると呆然としてバスを見ていた。
「おい、どないしたんや、はよ、走って行ったら間にあうで」
 それでも二人は走り去って行くバスを見つめていたが、信也とタクはほぼ同時に顔を見合わせて言った。
「見たか、一番後ろの席」
「見た、間違いないやろ」
「なあ、走ろ」
「ほな、さいなら」
 二人は夏樹たちに一瞬だけ向き直り、荷物を担いでバスに向かって走って行った。
「じゃあな、またどこかで」
「間に合うかな」
「あれ、後ろの席に誰かが乗ってたんやろか、もしかして・・・」
 





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2009.03.16 / Top↑






夏樹、飛沢、石田の三人は津和野駅に置いてあった観光案内図を片手に観光へ繰り出した。今思えば大きな荷物は、駅のロッカーにでも預ければ良かったものを、なぜか担いだままで、あちらこちらを歩き廻った。
 津和野へ来る前に一つだけ行って見たかったところがあった。白壁の武家屋敷風の建物が並ぶ町並みに、巾が一メートル程の堀が流れていて、その緩やかな流れの中に鯉が泳いでいるのを「遠くへ行きたい」か何かの旅番組を見て、強く印象に残っていた。

 夏樹の家の前にも水が流れる側溝があるが、下水道が整備される前の家庭排水路である。いわゆる「どぶ」と言うものはあった。どうしても、家の前を流れる水の中に鯉が泳いでいるという事が、ミステリアスな事実というか、信じがたいことだった。見たことのない情景を、とにかく自分の目で確認したかった。
 津和野駅から歩いて十分ほどのところに、殿町通りといわれる武家屋敷が、観光用に整備された道路沿いに並び、その白壁の直ぐ下を清んだ水が流れる堀がある。中をのぞいて見ると、本当に鯉がいた。悠々と泳いでいるではないか。十八歳の春の新たな発見、感動を与えてくれた。

 殿町を見た後は、津和野カトリック教会、乙女峠記念聖堂、などを見て廻った。京都は観光地としては日本一なのかも知れないが、キリスト教の教会などは少ないように思う。そのためか、カトリック教会などというものは珍しく、見入ってしまった。
 次に津和野城跡へ向かった。石垣の頂上に登ると一面に雪が積もり、関西人には雪は珍しく、何もない城跡の石垣の頂上一面を覆う雪に、きょう二回目の感動をもらった。
「わあ、雪や、雪やで」
 飛沢が早速、雪を手に取り丸めて投げた。
「津和野の街が全部見えるやんか、山口線の列車が走ってるのも見えるなあ」
 夏樹は風景を楽しんだ。山口線を走る列車は、上りか下りかも気になっていた。どうでも良いことのようだけれど、そこいらへんが「鉄ちゃん」の性なのである。



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2009.03.18 / Top↑






 津和野から山口線に乗り四十分ほどで山陰本線の益田へ、そこから下りの列車に乗り一時間ほどで萩に着く。この日に止まる萩のユースホステルは萩駅の次の玉江駅で下車し、駅から二十分ほど歩いた萩城跡の近くにある。
「今日のユースホステルは倉敷のユースホステルとおんなじぐらいの規模やから、大きい建物やと思うで」
 夏樹がガイドブックを見ながら言った。
「おっ、こことちゃうか、けっこう、大きな建物やなあ」
 飛沢は今日も大きくて重い荷物を担いで、津和野の街を歩き、また萩までの電車に揺られたためか、顔に疲れが出てきていた。

 十八歳の青年、若いとは言っても飛沢と夏樹と石田は中学、高校の部活は帰宅部、体力には全く自信はない。大きな荷物を担ぐと、重さが肩にずしりと食い込み、両肩から首にかけての全体が、荷物を下ろしても重く感じていた。もちろん両足も、腿から足の指先まで疲れが溜まって来ていた。青年の貧乏旅行である、周遊券の使えない市街地の観光や、駅からユースホステルまでの移動は、ほとんど歩き、徒歩である。

「荷物が重いと、なんか駅からの距離が遠く感じるなあ。やっと着いたっちゅうところやなあ」
 石田も疲れが溜まってきているようだ。

 受付を済ませシーツを貰って部屋へ向かった。二十人は入れるであろう大きな部屋が、今日の三人の寝床だった。長方形の部屋の、長い辺の壁側に頭を向けて布団を敷いている先客が多くいる。たたまれた敷き布団、掛け布団その上に枕の順に積み上げられたところは、先客はいない証しなのだろう。ちょうど三人分が並んでいるところの壁近くに荷物を置き、受付けで貰ったシーツを、広げた敷き布団の上に敷いた。
 その上に三人が大きく手を伸ばして上を向いて寝転んだ。
「あっああ、くたびれた」



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2009.03.25 / Top↑






「かなりお疲れのようですねえ」
 飛沢の右隣に陣取って、布団の上に座っていた大学生ふうの男が声を掛けてきた。
「あっああ、どうも」
 飛沢が飛び起きるように布団の上にあぐらをかいて座った。大きな荷物を担いで、あちらこちらを歩いたために足も、肩も筋肉痛になり、特に足が痛くなったことを、飛沢にしては丁寧に話した。
「君達は大阪の人ですか」
 隣に座っていた男の髪は少し長いボサボサ頭、日に焼けた黒い顔の中にひときわ白さが目立つ歯を見せながら笑顔を作り、話し掛けてきた。
「あっ、やっぱりわかりますか、大阪やないけど同じ関西人ですねん」
 夏樹がにっこりして言った。
「わかるよ、大阪の友達がいるからね、話し方が同じだから」
「けど、大阪と京都ではちょっと違いますけどね」
 石田も会話に参加してきた。知らない人との会話が苦手だと言っていたのだけれど。
「へえ京都から来たんだ、京都はいいところだよね、修学旅行で行った時に感動してね、大学に入ってからも何回も行ったよ」
「京都のどこいらへんがいいですか。十八年ほど住んでますけど、観光地とかにはあんまり行ったことがないから、ユースホステルとかでお勧めはとか聞かれても答えらへんのですわ」
「何や夏樹、京都の観光地に行ったことないんかいな」
「ほな飛沢は、あっちこっちの観光地に行ったんかいな」
「うん、清水寺には行ったことあるで」
「他には何処に行ったん」
「んんと、京都タワーかな」
「あれは観光地とちゃうやろ」
「そうかなあ」
 少し髪を伸ばしてボサボサ頭で、色の黒い大学生が、部屋中に響き渡りそうな大きな声で笑いはじめた。
「君達、おもしろいね、漫才を見ているみたいだよ」
 夏樹たち三人はにこりとともせずに、色黒の男を見た。飛沢が小さく言った。
「そんなに面白いですか、普通の普段通りの会話ですけど」




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2009.03.27 / Top↑






 少し長髪のボサボサ頭で色黒の大学生は、夏樹たちが少し不機嫌そうに話すことに気がつき、笑いをこらえながら軽く謝った。
彼にとっての関西弁は、テレビなどで見る漫才のイメージが強く、関西弁イコール面白い話し、面白い話し方と言うことになるのだという。
「ごめんね、気を悪くさせちゃったね。全国を旅しているとさ、さまざまな人たちと出会うけど、やっぱり関西の人はねえ陽気で、楽しくて、面白い人が多いんだよね。テレビで見る上方漫才の芸人さんに見えちゃうんだよ」
「全国って日本中を旅したんですか」
 話し方が漫才みたいだと言われたことなど、もうどうでもよくなった、『日本中を旅した』と言う言葉に、夏樹がまたまた、興味津々である。

 ボサボサ頭で色黒の大学生は埼玉県の出身で、いまは東京の大学の三回生だそうだ。夏休みなどの長期間の休みを利用して、日本中を旅しているのだという。
「日本中と言っても、隅々まで行った訳ではないんだけどね。休みが始まると、とりあえず荷物だけをまとめて駅に向かう、そしてなんとなくその時の気分で、どこの方向へ行くかを決めて、乗る電車を決めるんだよ。駅に行くと各地の観光案内のポスターが貼ってあるじゃん、それをちらちらと眺めて決める時もあったりするんだよね」
「気の向くままのぶらり旅、なんかのテレビ番組のタイトルみたいな旅ですねえ」
飛沢も興味津々だ。

「春は桜を見に行って、夏は涼しい北海道や避暑地に、冬は雪景色のきれいなところやあまり有名ではない温泉地に向かうことが多いかな。秋はねえ秋休みがないから、あまり遠くへは行けないんだよね」
 大学へ行っている時は毎日のようにアルバイトをして、旅の資金を稼ぎ、休みになると旅に向かう。一度出かければ三週間以上の長旅になるため、アルバイトで貯めた資金だけでは贅沢は出来ず、節約ばかりの貧乏旅行になる。時には駅に野宿をしたり、電車やバスの連絡が悪く、ヒッチハイクをして目的地へ向ったりもした。もちろん歩くこともしばしばで、そのために顔だけが日に焼けて黒くなり、床屋へ行く金が惜しく、ボサボサの長髪なのである。


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2009.03.30 / Top↑

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