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「この家に住んではったんや」
 小泉八雲の旧居を前に、夏樹が言った。
「けど松江には一年ほどしかいなかった見たいやで」
「へえ、ずっとこの地に住んで、ここで亡くなった人やと思ってたは。今から百年ほど前に異国の町で暮らすって大変やったやろうなあ」
 二人は中には入らず、少しだけ立ち止まり、中を覗き込むように見渡し、そのまま通りすぎて行った。

「飛沢は四月からは大学生やなあ」
「ああ、そうや。夏樹、急にどないしたんや」
「いや、今回の旅もあと三日で帰るしなあ、ふと、帰ってからのことが思い浮かんだだけや」
「俺はちょっとぐらい延長したかて、かまわへんのやけど」
「いや、それはちょっと無理や、周遊券の有効期限っちゅうのが有るさかいなあ、三日後には一応、今回の旅は終りや」
「そうかあ、夏樹は社会人やし、なかなか休みも合わへんかもしれんし、こんな旅行もでけんようになるなあ」
「まあお互いに新しい生活に慣れたら、またいろんなことして遊ぼな」
「そやな、新しいレコードも仕入れとくは、いつでも聴きに来いよ」
「いや、働くようになったら金を貯めて、ステレオを一番に買うから、今度は俺のところへ聞きに来いよ」
「おお、その時は自転車やのうて、バイクか車で行くわ」

「さあ、そろそろ石田のところへ戻って、今日のユースホステルまで行こうか」
 夏樹が松江城の方を見て言った。
「あいつ、ちゃんと荷物の番をしてるやろなあ、戻って見たら俺たちの荷物が、なかったなんてことは無いやろなあ」
「大丈夫やろ、あいつは真面目なやつやから、荷物のことが気になって居眠りもできひんかった、ってぼやくかもしれへんでえ」
「そうかもしれんなあ」
 二人は石田が休んでいるベンチがある松江城へ向かった。




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2009.07.01 / Top↑
 松江ユースホステルは一畑電鉄に乗り一つ目の古江(現松江イングリッシュガーデン)駅から歩いて十分ほどのところにある。
「うわあ、この坂を登らんとあかんのかいな」
 石田が突然、目の前に続く緩やかな登り坂を見て言った。他の二人より少し遅れて歩いていた。今日はいつも以上に元気がない。
「あいつ、体付はごついけど、意外と体力がないなあ」
 飛沢より少し後ろを歩いている石田を見てひとり言のように言った。
「石田、もうちょっとや頑張って歩け」
 夏樹が大きな声で言った。
 
 松江ユースホステルは協会直営のユースホステルである。建物は鉄筋コンクリート製で定員は八十名とユースホステルとしては多いほうだ。
「きょうの夕飯はなんやろなあ、腹が減って来たわ」
「飛沢、まだ四時やで夕飯までは二時間ぐらいあるんとちゃうか」
「夏樹は腹へらへんか、昼にラーメンを一杯だけで済ませて、その後であっちこっちを歩いたやろ、やっぱりあの時にラーメンライスにして、餃子も食べればよかったかなあ」
 飛沢は身長は高い方だけれど、華奢な体型で、大食いタイプには見えないのだけれど。
「飯も楽しみやけど、どんな人たちが泊まっているか、ほんでどんな人と知り合えるか、そっちのほうが楽しみやなあ俺は」
「そうやったなあ、今日は可愛い女の子が泊まっていたら、その人たちと話しをするきっかけを作って、それから・・・」
「それから、どないしたんや」
「それから、どないしたらええんやろ」
 飛沢はそう言って俯いた。
「まあまあ、それからは、それから考えよう、な」
 夏樹の右手で飛沢の背中をポンポンと二回叩いて、大きく笑った。




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2009.07.06 / Top↑
 食後にミーティングの案内はなかった。宿泊者も少なく、ほとんどの人たちが部屋から出てはこないから、誰とも知り合うこともできなかった。唯一、同部屋の二人組みの大学生と、お互いの自己紹介をしただけで、それ以上の会話は進まなかった。
「おい、夏樹、今日はなんかつまらんなあ」
 飛沢の声に元気がない。
「泊まっている人も少ないし、とても静かな夜になってしもうたなあ。石田は飯を食ったらさっさと寝てしまいよったし」
「今日は可愛い女の子が、泊まっているかどうかも分からんしなあ」
「まあ、こんな日もあるっちゅことや、今日は石田に習ってもう寝よか」
 飛沢と夏樹は不完全燃焼のような形で、話をした。気の抜けた二人の会話は、たわいなく、どちらも話しをしない時間が多かった。そんな時飛沢が大きく口を開けて、あくびをした。
「まだ早いけど寝よか」
 夏樹が言った。
「そやな、今日は何のきっかけもなさそうやし、ちょっと歩き疲れたし寝よか」
 飛沢はそう言ってまた、大きなあくびをした。

 同部屋の二人の大学生も夏樹たちが部屋に戻った時には、布団をかけて寝ていた。静かに部屋の電気を消し、布団を被ったものの直ぐには寝付けず、しばらくして部屋の暗さに目が慣れてきた。なかなか睡魔は近寄ってこなかった。
「飛沢、寝たか」
 夏樹の上のベッドに寝ている飛沢に小さく声をかけたが、飛沢からはなんの返答もなかった。
 いつもより早い時間に寝床に入ったからか、いつまでも寝られなかった。するとどこからか「スー、スー」と大きな寝息が聞こえてきた。その寝息とハーモニーをとるように「グアー、グアー」と鼾が聞こえてきた。「スー、スー」の寝息は「グアー、グアー」に負けてはなるまいと「ズー、ズー」と音量が上がりはじめた。すると、「グアー、クアー、クッ」と鼾は止まった、と思ったら「ガッガガ、スー」別の音色の鼾が聞こえはじめた。大合唱がはじまってしまい、ますます寝られなくなってしまった。



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2009.07.08 / Top↑
 瞼を閉じて羊を数えても眠れなかった。
 大合唱は新たなボーカルも加わり、入れ替わり、いつ終わるかわからなかった。この部屋には夏樹をはじめ五人しかいないはずなのに、様々な寝息、鼾が聞こえてくる。ますます夏樹の目は冴えてきて、眠ることが難しくなってきた。
 こんな時は考えなくてもよいような、くだらないことを考えはじめ、頭の中をぐるぐると廻り始めてくる。そうなると、最悪な状況を作り出し、もしかすると眠っているのかも知れないが、夢と現実の狭間で頭の中だけが冴え渡りとても疲れてくる。時々時計を見ても「まだ、五分しか経ってへんのかいな」となる。
 行ったこともないような場所を一生懸命に走るのだけれど、前に進まない、とても疲れてくる。そこでハッと目が覚めて、夢を見ていたことに気がつき、窓の外が薄っすらと明るくなって来ていることに驚かされる。変な夢を見たことと、誰かの大きな鼾が耳につき、また眠れなくなる。
 次に目が覚めた時には他の人たちはみんな起きていて、寝ているのは夏樹ひとりになっていた。
 
「夏樹、やっと起きたか」
 飛沢が笑顔で言った。
「あれ、俺いつの間に眠ってしもうたんやろ」
「いつって、俺より先に眠って、大きな鼾をかいてたで、今朝もおまえの鼾がうるさくて五時半に目が覚めて、その後は眠れんかったんや」
「ええ、鼾がうるさくて眠れへんかったんは俺のほうやで、誰や知らんけど三、四人の鼾と寝息の大合唱やった」
「おまえだけやなくて、他の人も鼾をかいてた見たいやけど、おまえのが一番大きな音やったで」
「おかしいなあ、俺が鼾をかいてたなんて、聞いたことないで」
「あほやなあ、自分の鼾が聞こえるはずないやろ」
「そらそうやけど、誰にも言われたことがないから」
「夏樹が眠ってた時は俺が起きてて、俺が眠っている時はお前が起きてたっちゅうことやな」
「そういうことみたいやな、すまんな、うるさくして」
 その時同部屋の大学生二人がにこにこと笑顔で近づいて来た。
「君たち二人の鼾が大きくて俺たちも眠れなかったって話していたんだけど、俺たちも鼾がうるさかったみたいだね」
「えっ、あっ、そうみたいですねえ」
 四人は大きな声で笑った。



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2009.07.10 / Top↑
「じゃあ、お元気で。またどこかで逢えるといいね」
「はい、出雲に行ったら割り子そばを、忘れずに食べて下さいね」
「そうですね、必ず食べますよ」
 同部屋の大学生の二人は西へ、夏樹たち三人は東へ向かう。お互いの旅の安全を祈り別れた。

「今回は泊まっている人も少なくて、出会いは生まれへんかったなあ。ところで夏樹、今日はどこまで行くんや」
 飛沢が鼾がうるさく眠れなかったと言うわりには、元気である。
「鳥取砂丘に行って、少し戻った倉吉のユースホステルに泊まる」
「何で戻るんや」
 石田は昨夜の鼾のことは何も知らないらしく、朝まで熟睡できたようだ。
「鳥取にはユースホステルがないから、少し戻った倉吉駅に近いところにユースホステルがあるんや、駅に近いほうがええやろ。それに今日のユースホステルは温泉らしいで、お寺やけどな」
「お寺のユースホステルか、おもしろそうやなあ」
 石田も納得したようだ。
 出発して今日で七日目、快晴ではないが、太陽は出ている。本当に今回の旅は天気には恵まれた。大きな荷物を持って、傘を差さなければならなくなると、とても煩わしく、面倒である。
 松江から鳥取までは三時間半ほどで着く。駅からバスに乗り二十分ほどで砂丘の入り口へ、そこから観光リフトに乗って行く。東西十六キロメートルもある日本最大の砂丘だ。
「月の砂漠を、はるばると・・・。て言う歌はここの砂丘がモデルって聞いたことがあるなあ」
「石田、ほんまか」
 飛沢が言った。
「聞いたような気がするだけや、確信はないんやけど」

砂丘

「わあ広いなあ、見渡す限り砂の大地やな。あそこにラクダがいるで」
 夏樹がカメラを持って、なぜか走り出した。その後を石田と夏樹はゆっくりと歩いて行った。ラクダを目の前で見るのは動物園以来である。それもただ繋がれているだけで、料金を払えば乗せてくれるのだ。
「この白い布でできた帽子見たいのを被って、ラクダに乗ればアラビアのロレンス見たいやなあ」
 石田が久々に、活き活きと話し出したが、他の二人には興味のない話題なので、「へえ、そうなや」とそっけない返事しかかえってこなかった。


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2009.07.13 / Top↑

 砂丘の波打ち際まで行って、しばらく海を眺めていた。
「海は広いな大きな」
 突然、夏樹が歌いだした。
「ほんまやなあ、広いなあ。ここからは見えへんけど、この向こうには大陸があって、そこには別の国があって、その大陸は日本の何十倍もの広さがあるんやもんなあ」
 飛沢も海を見つめて、ひとり言のように話しはじめた。
「その大陸にはこの砂丘よりもずっと広い砂漠がどこまでも続いていて、インドやヨーロッパにも繋がった道がある」

砂丘の海


「それってシルクロードって言うんとちゃうかいなあ」
 夏樹も少しは勉強をしているようだ。
「何ヶ月もかけて砂漠の中をラクダに乗って、荷物を運んだんや、すごくないか、もしかしたら途中で山賊に襲われて死ぬかも知れへんのやで」
 飛沢は海を見つめて言った。
「そんな危険があるかも知れんのに、西へ東へと交易したんやからなあ」
「それって人間の欲が作り出すものとちゃうかなあ、自分が持ってない物を求める欲、見たことのない街を見たいと言う欲、そして珍しいものを手に入れて商売をして、金儲けをする欲」
 石田が難しい顔つきで言った。
「けどそう言う欲は必要なんとちゃうかなあ」
 飛沢が海を見つめたままで言った。
「そう言う欲がなくなったら、進歩がないやろ。過去の失敗、歴史を礎として学び、更なる欲を満たすために様々な道具や方法を考え造り出す、そして成功へとみちびくのとちゃうか」
 石田以上に難しいことを海を見つめたまま、さらっと言った。
「飛沢ってそんな難しいことをどこで仕入れてきたんや」
 夏樹にとっては少々理解に時間がかかる話しになったようだ。
「いや、受験勉強をしている時に気晴らしに読んだ本の中に書いてあったんや、受け売りやんか。けど人間は欲がなくなったら進歩せえへんやろ」
「まあ、そう言うことやろなあ」
 夏樹は本当に理解して返事したのだろうか。
「けどその欲と欲がぶつかり合うと争いが起こり、お互いに欲を満たすために戦争が始まる。一部の特別な権力を持った人間の欲のために、多くの人が犠牲になっていく、それなら最初からそんな欲はなかったほうが良かったのに」
 石田は様々な映画を見ているうちに、戦争とはあまりにもおろかなことだ、と言うことを痛感したようだ。




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2009.07.15 / Top↑
「石田、あまり難しい話は今度にして、二人に相談があるんやけど」
 夏樹が二人のほうを見て言った。
「明日なんやけどな、まだ餘部のユースホステルに予約の電話を入れてへんのや、ここから餘部までは、大した距離やないし、鉄橋に一日居てもええねんけど、飛沢は行ったことあるしなあ、石田はもしかしてあんまり興味がないのに、あんなところに一日居ても退屈かなあと思うんやけど」
「要するにどういうことやな」
 飛沢が少し大きな声で言った。
「要するに、明日は餘部には寄るけど、泊まらずに宿泊代と同じぐらい払うと、特急に乗って明日の内に帰れるっちゅうことなんやけど」
「最後にちょっとだけ豪華な旅をしようかっちゅうことやな」
 石田が微笑んだように見えた。今回の旅は石田にとっては、満足度が他の二人よりすこし少なく、疲れたのかも知れない。今日で七日目である。
「夏樹、餘部から京都の間に寄るようなところはないのんか」
 飛沢が石田とは対照的にあまり元気なく言った。
「ないこともなけいけど、ガイドブックもないし、よう分からんのや」
「あした特急に乗って帰るっちゅことは、あしたで今回の旅は終りになると言うことやなあ」
「まあ、そう言うことやなあ。最初の予定よりも一日だけ早くなっただけやけどな」
「石田がなんか嬉しそうやから、特急に乗って帰るのもええかなあ」
「今回はずっと初めから各駅停車の列車にばっかり乗って来たから、最後だけでも特急に乗って、少し豪華を味わうのええのとちゃうか。石田も少しお疲れモード見たいやし」
「確かに少し疲れたけど、たいしたことはないよ、それより明々後日(しあさって)の早くから高校へ行く用があってな、明日に帰れるんやったら、前の日を一日ゆっくりできるしなあと思ってたんや。けど俺一人の我が侭で日程を変えるわけにはいかへんしなあとも思うてた」
「何を言うてんねん、俺ら友達やんけ、そういうことはもうちょっと早うに言えよ」
 飛沢が少し怒ったような顔になった。
「すまん、俺も今回の旅は楽しかったで、何年ぶりかで従兄弟にも逢えたし、俺も連れて来てもらえて感謝してる。夏樹に特急に乗って明日に帰ろうかって聞いたときには、心の中ではホットしてたんや、それに特急にも乗ってみたかったしな」
「ほな、決まりやな」



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2009.07.17 / Top↑
 鳥取駅から倉吉駅には一時間ほどで着く。
 現在のガイドブックを見ると、倉吉駅より南の地域に白壁の土蔵群や町屋などがあり、城下町として繁栄した当時の面影が残るところのようだ。残念ながら三十年前にはガイドブックも持たず、この日に泊まるユースホステルは倉吉駅より北の方で、ただ泊まりに寄っただけになってしまった。

「だいぶ遅くなってしもうたなあ、陽も沈んで暗くなってきたし」
 夏樹が倉吉駅を降りてバス停に向かいながら言った。ユースホステルにはバスに乗って十分ほどのところにある。
「ああ、腹減ったなあ、早うユースホステルに行って飯を食おうぜ」
 飛沢は相変わらずよく腹を減らす。昼も鳥取砂丘の食堂でラーメン大盛りのライス付を食べたのだが。
「おおっ、直ぐにバスが来るから」

 今日の泊まりはユースホステル香宝寺。お寺の一部がユースホステルとして運営されている。本堂の隣に宿泊棟がある。いつものように受付を済ませると、飛沢が大きな声でペアレントさんに聞いた。
「夕飯は何時からですか」
「やっぱり、まずは飯からか、おまえは腹減らし怪獣見たいやなあ」
「・・・」
「あれ、おもろなかったか」
「夏樹、笑わすつもりやったんか、今のでは座布団を全部取り上げやな」
 飛沢が荷物を担ぎ、部屋に向かいながら言った。

 飛沢の腹の中もいっぱいになり、ようやく落ち着いた。
「さあ、風呂に行こうか」
 飛沢もユースホステルでの生活の流れを覚えたようだ、食事の後は風呂、そしてミーティングと言うお楽しみ会が待っている。
「ここのユースホステルは温泉と書いてあったけど、風呂はどこかな」
 最後の宿泊で、飛沢の念願である可愛い女の子と知り合うきっかけと考えているミーティングが、最後となる。寝るまでの時間を有意義に過ごすためには、さっさと風呂に入ったほうが得策とばかりに、風呂の場所を探し始めた。
「夏樹、風呂はどこや、そんなに広くはない建物やけど、風呂が見当たらんなあ。あっちのほうはお寺の本堂やろ」
「あそこに風呂って書いて、矢印がしてないか」
 廊下を進み本堂に入って行く手前に下へ降りる階段がある。そこを降りて行く様に矢印がしてあった。
「こんなとこに風呂があるんか、夏樹」
「とにかく行ってみよう」
 石田が先頭になって階段を降りていった。




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2009.07.21 / Top↑
 階段を下まで降りるとスノコの廊下が本堂の下を潜り抜けるように続いていた。
「ほんまにこの先に風呂があるんかあ」
「飛沢、まあええやんか、とりあえず行ってみよ」
 夏樹も半信半疑である。
「温泉のにおいがしてきたで」
 なぜか石田が積極的である。
 広くはないけれど確かに温泉らしい風呂があった。ホテルや旅館のように立派ではないが、萎びた温泉宿の雰囲気が漂う浴室だ。
「何でこんなとこに風呂があるんや、お寺の本堂の下を潜ってきたもんなあ」
 正直なところ、この程度の記憶しかない。お寺の本堂の下を潜って行ったことだけは覚えている。

「飛沢、残念やなあ、今日も宿泊者が少ないし、ミーティングは無さそうやし、かわいい女子も泊まってへんみたいやなあ」
「まあ、しゃあないは、これも運命として受け止めるしかないわいなあ」
「なんやねん、それ。誰かのものまねか」
「高校の卒業記念の旅も今日の宿泊を持ちまして、終了。明日の夜は我が家で過ごすことと相成りまして、わたくし飛沢は少々寂しいです。今回の旅を通じていろんな人と出会い、語らい、交流を深められたことは、今後の人生において何らかの役に立つことがあると思います。夏樹君、俺を誘ってくれてありがとう感謝してまっせえ」
 最後は少しおどけて言った。
「急になんやねん、感謝されんでええて、俺もおまえらと来れて楽しかった。石田は楽しかったか」
「もちろん、飛沢と同じように感謝してる。なんちゅうのかな、俺って口下手やから、うまいことよう言わんのやけど、少しは積極的に知らん人とも係わりあっていけるようになれそうや、夏樹、ほんま、おおきに」
「二人にそんなほんまのこと言われたら、照れるやんけ」
「ほんまのことってなんやねん」
 飛沢が笑いながら夏樹の首を右手で羽交い絞めにして言った。



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2009.07.24 / Top↑
 夏樹たち三人しかいない風呂場は、決して綺麗ではないが、古さとほのかな温泉の香りが、少し萎びた雰囲気を醸し出し、旅の最後の夜にふさわしく、今までの疲れを癒してくれている。
「さっき、時刻表を見てみたんやけど、餘部鉄橋のつぎの次の香住駅に特急が止まるから三時過ぎにその駅に着けば、京都行きの特急に間に合いそうや」
「夏樹、何時に京都に着くんや」
 石田が言った。
「七時頃に着くなあ」
「そうか。また来たいなあ三人で」
「えっ、そやなあ、これからの方がこうやって出かけることが多いのちゃうかなあ。俺は就職するから、今までよりは使える金も増えるしなあ」
「俺は大学に行くけど、アルバイトしながらまずは車の免許を取って、安い中古の車を買うから、今度は来るまで旅をするのもええんとちゃうか」
 飛沢が言った。今回の旅で三人の心の絆は深まったようだ。三人はこれからそれぞれの道を進んでいくことになるのだけれど、またいつかこの三人で旅をすることを約束した。

 風呂から上がり、また本堂の下のスノコの廊下を通り、部屋に戻った。他にも泊まっている人は居るようだけれど、夏樹たちの部屋には三人だけだった。
 ユースホステルも様々で今回は七ヵ所に泊まったが、ミーティングがあったのは二箇所だけだった。夏樹が初めてユースホステルのことを聞いた時は、どこでもミーティングがあると聞いていたのだけれど、予想以上に少なかった。それとどうしても有名な観光地の方が、宿泊者が多いようだ。

「今日は随分と静かやなあ」
 飛沢はミーティングもなく、可愛い女の子も泊まっていないことに、元気がなく大きな欠伸をした。
「飛沢、眠そうやなあ、まだ早いけど寝よか」
「そやな、寝よか。ところで夏樹、今日は静かに寝てや」
「なんや静かに寝ろって、夏樹が大きな鼾でもかくのんか」
「石田は知らんわなあ、昨日はお前、熟睡してたからなあ、すごかったんやから」
「飛沢、おまえもあんまり人のことは言えへんのとちゃうか」
「ええ、俺もひどかったかあ。あの部屋には五人しか居てなかったんやから、もしかして石田もすごかった可能性もあるよなあ」
「あるわ、かなりあるわ。なんか俺を除く四人以上の鼾が聞こえてたような気がするわ」
「やっぱり、俺の鼾はすごいよ、親父にもよく言われるから」
「石田、ほな昨日の真犯人はお前か」
 夏樹と飛沢が声を合わせて言った。




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2009.07.27 / Top↑




「とにかく昨日の夜は、なんや知らんけどなかなか寝付けへんかったんや、そやから俺以外に四人しかいてないはずの部屋に、四種類以上の鼾の音色が聞こえてきたから、ますます寝られんようになったんや」
 夏樹が昨夜の出来事を石田に話した。同部屋の大学生二人のことも言った。
「あの人たちも大きい鼾をかいてたんや。もちろん自分の鼾は聞いたことないけどな、親父が言うには三人分ぐらいのすごい鼾を掻くらしいんや」
「石田、ほんまか、もしかしたら昨日の大合唱はお前と夏樹だけの二人の合唱やったんとちゃうかあ」
「ちょ、ちょっと待て、石田と俺やのうて飛沢とちゃうかあ、ほとんど睡眠をしていた記憶がないんやけど」
「今朝、最後まで寝てたんわお前、夏樹や。ほんっでもって君の鼾をはっきりと聞いたから、あの大学生を含めて四人でな」
 飛沢が確たる証拠を突きつけるように、しかし穏やかに言った。
「そうか、ショックやなあ、俺がそんなに鼾を掻くんやなんて」

「夏樹って鼻が悪いんとちゃうか」
「うん、小さいころからほとんど蓄膿症状態なんや」
「いっつも鼻声やから、多分悪いんやろなあと思ってたんや。鼻の悪い人は鼾を掻きやすいらしいで」
「石田も鼻が悪いんか」
「いいや、俺の場合は喉が細いらしいは。それが原因で大きな鼾を掻くらしいねん。けど出来るだけ横を向いて寝ていれば、舌根が喉に落ちにくいから、鼾を掻きにくくなるらしいは。昨日は上を向いて寝てたんやろなあ」
「石田の話はいっつも難しいなあ」
 夏樹には良く理解できないようである。
「ほな石田君、今日は上を向いて寝ないでな。夏樹君もね。じゃあお休みなさい」
「そんな話しを聞いたら、今夜も寝付けへんかもしれへんなあ。もっと俺が眠くなるまで話しをしようや」
 この後も三人は、布団に入り、電気を消して取り留めのない話しをしていた。しかし、一番初めに寝てしまい、僅かに鼾を掻き始めたのは夏樹だった。その小さな鼾を聞いて飛沢と石田も会話をやめて寝ることにした。




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2009.07.29 / Top↑
 七泊八日の西本州一周卒業記念旅行も最終日になった。前半は普通列車を乗り継ぎ、山陽道を駆け足で通り抜けた。三日目からは山陰道をのんびりと、日本海を眺めながら最大の目的である出雲大社へ、可愛い彼女が出来ることを願い参詣した。鳥取砂丘ではラクダにも面会した。
 何よりも多くの旅人たちと情報交換をして、様々な土地の文化や言葉、時にはその地方特有の食べ物を知り、小さな国だけだけれど、決して狭い国ではないなと感じることが出来た。意味ある八日間だった。
 夏樹たち三人の中では、旅に出た回数は夏樹が一番多いが、西日本からは未だに脱していない。小さい国だけれど、端から端までを巡り廻るには長い時間と、多くの経費が必要になる。少しずつでも全国制覇を達成することを、この時心の片隅に誓った夏樹だった。

「おはよう、今日もええ天気やで」
「飛沢はいっつも元気ややなあ」
 夏樹がそう言って両手を斜め上に伸ばし、大きな欠伸をした。
「まずは朝飯を食いに行こうぜ、腹が減っては戦ができひんからなあ」
「飛沢、どこへ戦に行くんや」
 石田はすでに布団をたたみ、荷物をまとめて出発の準備は完了している。
 朝食を食べに食堂に行ってはじめて分かったのだが、昨日からの宿泊者は三人と四人のグループと、一人旅の少し年配の人と、夏樹たち三人の四つのグループしか居なかった。すべて男である。なぜか昨夜には他の宿泊者を見なった。

「それでは,行ってきます」
 飛沢が大きく頭を下げ、大きな声で言った。
「はい、じゃあ気をつけていってらっしゃい」
 ペアレントさんも大きな声で見送ってくれた。夏樹と石田もその大きな声に続いてペアレントさんに挨拶をして、ユースホステルをあとにした。

 倉吉駅から餘部鉄橋までは二時間ほどで着く。この鉄橋には夏樹は三回目、飛沢も二回目の対面である。全長三百メートルの東洋一と言われているこの鉄橋は何度見てもすばらしい。朱色の鉄骨がとても美しい。この風景を二時ごろまで、ゆっくりと鑑賞することにした。いつ来るか分からない列車を見逃すことなく、目とフィルムに焼き付けていかなければ。


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2009.07.31 / Top↑

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