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「おう、でかい鉄橋やなあ。それに鉄橋の下は川やないんや、真下に民家があるやんか」
 石田は餘部鉄橋に来るのははじめてである。今までに見たことのない大きな鉄橋に圧倒されてしまい、石田にしては珍しく感情を前面に押し出して来た。
「久しぶりやなあ、何回見てもこの鉄橋はすばらしいわ」
 飛沢がここへ来るのは二回目である。いつの間にか彼も立派な鉄ちゃんになってしまったようだ。いつ列車が来ても良いように、さっそくカメラを出し準備を始めた。


餘部鉄橋1

「のどかやなあ、山と海に囲まれた小さな漁村、まるで映画のロケ地みたいやなあ」
 石田にとっては列車が来ることは二の次のようだ。映画のロケーションとしての鉄橋を見つめているようだ。
「昔はここに駅がなかったらしいんやけど、それでここの地域の人たちはこの鉄橋を渡り、向こう側にあるトンネルの中を歩いて二キロほど東にある鎧駅まで行ったらしいは」
「そんなん怖いなあ、いつ列車が来るか分からんのにこんな金網の上を歩いて行くのんかあ、俺はよう歩かんわ。けど今の夏樹の話を元になんか物語が出来そうやなあ」
「石田は汽車や電車には興味がないのかあ」
「あんまりないなあ、それよりも何でこんな人が少ない田舎の村に、東洋一なんて言われるような大きな鉄橋が、何十年も前に造られたかと言う歴史に興味があるなあ。夏樹、いつこの鉄橋が造られたんやあ」
「ええっと、それはやなあ、知らん」
 石田の突然の質問に夏樹は困ってしまい、今までこの鉄橋のことを石田のような角度から見たことがない自分に呆れてしまった。

餘部鉄橋2

「腹がへったあ」
 飛沢が突然、大きな声で言った。いつもの腹へらし怪獣の登場だ。
「もう昼時やからなあ。けどこの辺に食堂なんかあったかなあ」
 十二時を過ぎている。夏樹も少々腹が減ったようだが、この当時はコンビニなどが普及する以前の話だ、現在でも小さな漁村である、ないのだろうか。
「二時過ぎの上り列車に乗って香住駅まで行けば、なんなと食い物があるやろうから、それまで我慢するしかないなあ」
 夏樹にそう言われて飛沢は元気をなくし、ホームのベンチに寝転んだ。



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2009.08.04 / Top↑
「飛沢、上りの鈍行列車が来たで、カメラの準備はええのんかあ」
 夏樹の声に俊敏な動きで反応した飛沢は、前もって決めておいた撮影ポイントへ、カメラを持って走って行った。
 当時は乗降客などほとんどいなかった。ましてやこの小さな駅に何時間も滞在して写真を写している者などはなく、たまに乗り降りする人たちには不思議そうな顔で見られていた。
 そんな餘部鉄橋も平成二十二年には、コンクリート製の新しい鉄橋に架け替え工事が完了するらしい。そのため、数年前から鉄道ファンのみならず、一般の観光客も多く訪れるようになったそうだ。駅から少し山のほうへ登ったところには、展望台もあったようだが、夏樹たちがカメラを持って何時間も居た頃にはなかったはずである。

「次が来る前に俺は下まで降りて、鉄橋を下から写したりしてくるは」
 夏樹が上りの鈍行列車の最後尾が鎧駅側のトンネルに入ったのを見とどけてから、カメラを持って走って行った。
「俺も」
 夏樹の後を、飛沢と、石田も走ってついて行った。
 行きは良いよい帰りはつらい、細く急な山道を登って駅まで戻ってきた時には二時を過ぎ、まもなく上りの鈍行が入って来た。これに乗って香住駅まで行き、京都行の特急「あさしお」に乗る。

 香住駅の切符売り場で周遊券を見せて、特急券だけを買う。一両の真ん中あたりのA,B,C,
の三席分の切符を渡された。その三枚を扇型に広げて裏側が見えるように飛沢と、石田に差し出した。その結果、窓際に夏樹、その隣に飛沢、通路を挟んで石田が座った。



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2009.08.06 / Top↑
 京都行きの特急「あさしお」の車内は五割ほどの乗車率で、香住駅を出て二つ目の停車駅、城崎駅で十人ほどが乗ってきて六割ほどの乗車率になった。
 春休みで自由があるのは学生ぐらいで、世間的には平日である。また、今の時季は桜詣でにはまだ早いし、スキーも終わっている、観光、行楽シーズンの狭間でもある。混雑することはない。
 城崎駅の先の豊岡駅を過ぎればほとんど乗ってくる人はいなくなる。空いてる席を有効に利用して、三人が向かい合って座ることも出来るのだけれど、出来ないというか、したくない訳が出来てしまった。
 城崎駅から乗車した人が石田の隣の窓際の席に座ったのだ。歳は石田たちよりも少し上でおそらく大学生だろう、背が高く細めのスタイルに真っ直ぐに伸びたロングヘヤー、黒縁のメガネをかけている。清楚で知的な美人さんだ。何のためらいもなく切符に書かれている席番号を確認して、石田の隣に座った。
 そんな美人さんが石田の隣に座ったことを、夏樹と飛沢は城崎駅を出てから三十分も過ぎてから気が付いた。

 夏樹も飛沢も席に座ると直ぐにうたた寝をしていたから、城崎駅で石田の隣に人が座ったことに気がつかなかったのだ。石田の隣に座っている美人さんの存在を最初に気が付いたのは飛沢だった。
「おい夏樹、寝てる場合とちゃうで、ちょっとあれ見てみ」
 飛沢が夏樹の肩を叩き話しかけてきた時、ちょうどトンネルの中に入った。
「なんやあ、トンネルやからなんも聞こえへんなあ」
 夏樹が大きな声で言って飛沢の方を見た、その時石田が隣に座っている美人さんと笑顔で会話をしていることに気がついた。
「おい飛沢、どないなってんねん。石田が何であんな美人さんと楽しそうに話しをしてるんや」
「俺かて今、気づいたんや、いつの間にあんなに仲ようなったんやろ。俺たちが入っていく隙がないやないか」
 今回の旅で石田は初対面の人と話をするのが苦手だと宣言して、ユースホステルでのミーティングに参加しなかったり、拒んだりしていた。その石田が、たまたま隣り合わせた人と旧知の知り合いのように会話をしている。飛沢と夏樹が不思議そうに見るのは自然である。


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2009.08.08 / Top↑
 石田は一人旅に来ているかのように、夏樹と飛沢の方には顔を見せることなく、年上の美人さんとの会話を楽しんでいた。
「なんで石田があんな可愛い人と楽しそうに喋ってんのう」
 飛沢は悔しい気持ちを夏樹にぶちまけた。
 夏樹たちは二人の会話に入っていけず、悔しい思いと、長旅の疲れが体中に出てきたのか、車窓を楽しむこともなく、うたた寝をしてしまった。

 二人がうたた寝から目が覚めたのは、京都市内に入ってからだった。
「そろそろやなあ。飛沢、もうじき着くで」
 夏樹が見慣れた車窓ではあるが、夕暮れとなった風景が旅の終りを、いっそう寂しいものにしていた。
「帰ってきたかあ。あれ、雨が降ってんのとちゃうか」
 八日間の旅の途中には一回も降らなかったのに、まもなく終わろうと言う時に音もなく静かに、弱い雨が地面を濡らしていた。
 飛沢は夕暮れの見慣れた車窓に雨が降っていることを、通路を挟んでの隣に座っている石田に教えようと思ったその時、そのもう一人隣の年上の美人さんのことを思い出した。
「石田」
 右手側から左手側の石田に体を向けながら飛沢が石田を呼んだ。
「あれ、お前の隣にいた可愛い人はどないしたん」
「あの人は亀岡駅で降りはったで」
「何の話をしてたんや、随分と楽しそうやったけど」
「映画の話ばっかりしてた。あの人が好きな映画と、俺の好きなのとがだいたい一緒でな、特にマカロニウエスタンがお気に入りやそうや。ほんでな・・・」
 石田がそこまで言ったときに夏樹が石田の話しを止めた。
「京都駅に着いたで、降りるぞ」
 大きな荷物を担ぎ狭い通路を三人は出口に向かった。
「名前とか聞いたんか」
 石田の前を歩く飛沢が言った
「いいや、名前は聞かへんかったなあ、映画の話に夢中になってて、聞くのを忘れてたは」
「あほやなあ、なんで聞かへんねん」
 旅は道ずれ、いつかまたどこかで逢えるかも。

小説のような、旅のはじまり 六章の終り


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2009.08.10 / Top↑
 今回は小説のような旅の始まり六章を含めて三回訪れた「餘部鉄橋」の写真を特集しました。
 もっと多くの写真を撮ったと思ったのですが意外に少なく、残念です。おそらくどこかなに紛れ込んでいるのでしょう。
 いずれも三十年も前のネガをスキャンしたものです。画質はかなリよくないですが、来年には架け替え工事が完了するとの情報ですから、いずれも今となっては貴重なものだと思います。
 また、どこからかネガが出てきた時にはアップしたいと思います。

 「小説のような旅のはじまり七章」も引き続き書いていきたいと思います。宜しくお願いします。
  (画像をクリックすると大きくなります)

餘部a
       餘部B
                  餘部C
餘部d
        餘部E
                  餘部F
餘部g
        餘部4
                  餘部5
餘部鉄橋2
        餘部鉄橋1




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2009.08.12 / Top↑
 西本州一周の旅から戻り、一週間ほどの間に三人が集まり反省会などはやらなかった。夏樹は十日後の仕事始めに向けて、当面の生活に必要な身の回り品を少しづつ用意していたが、一日のほとんどの時間は何をするでもなく、ぼうっとして過ごしていた。就職という人生の大転換期に、親元を離れ寮での不慣れな生活が始まる。すべてが初めてづくしを前にして、当然のことであるが期待より不安のほうが多い。その不安を打ち消す術などなく、ただ毎日を無気力に過ごし、来るべき日を待ち続けた。

 入社式の前日に会社の隣にある寮に入った。同部屋の小田君は夏樹より一日早く入寮した。愛知県出身の彼とは直ぐに打解けて、寮のこと、会社のことを、一日早い分だけいろいろと教えてくれた。今までの不安が全て吹っ飛んだようだった。上司や先輩も暖かく迎えてくれた。当たって砕けろと言う言葉があるが、今回の就職に限って言えばその通りだったように思う。

 入社後は仕事一筋。旅の虫はしばらくのあいだ、何処かへしまってしまった。
 仕事が休みの日は、たいていの場合部屋か、テレビのある食堂でなんとなく過ごしていた。当時は日曜日と、祝祭日だけが休みだったから、あまり遠くへは行くことが出来なかった。仕事が終わってからは車を持っている奴がいたから、時々ではあるがドライブに誘い出されたこともあった。
 飛沢が車を買ったので、時々夏樹のいる寮へ遊びに来た。大学での新しい友人も多く出来たようである。彼女と言えるかどうか女友達も何人か出来たようだ。相変わらず社交的な彼は、夏樹の寮に遊びに来ては寮にいる人たちに気軽に声をかけて親しくなり、入社の半年後には飛沢の車で会社の仲間も一緒にドライブに出かけたり、夏樹の部屋で酒を酌み交わしたりするようになった。
 酒を飲んだ時などは夏樹の部屋に泊まって行ったこともしばしばだった。当然のことながら、同部屋の小田君も友人の一人になるのに時間はかからなかった。

「飛沢、石田は元気か、一回も顔を見せに来いひんけど」
「元気や、相変わらず真面目なやつで、学校と家の往復だけの生活をしているなあ、映画が好きなんやから映研にでも入ればええのにって、言うたんやけどなあ」
「そうかあ、今度つれて来いよ」
「ああ、誘って見るわ」

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2009.08.17 / Top↑
 夏樹が就職をしてから、個人的な旅には三年ほど出かけることはなかったが、団体旅行には毎年、必ず出かけた。会社の慰安旅行である。
 何箇所もの会社を渡り歩いた訳ではないが、夏樹の居た会社の慰安旅行は少し豪華で、少し変わったものではなかったかと思う。あまり遠くへは行かない、だいたい半日ほどでいける場所へ向かう。観光バスで目的地に向かうが、バスガイドさんの後ろにくっついての観光はまったくやらない。真っ直ぐにホテルに向かい、夜の宴会までは自由時間となる。海に近い時は海へ、そうでない時はホテルのプールへ向かうのが常套だ。つまり毎年の慰安旅行は夏に行くのである。
 夜の宴会は社長の挨拶から始まり、乾杯の音頭は専務だった。ほろ酔いのころになると八トラックのテープを使ってのカラオケ大会。これは総務部長の新入女子社員とのデュエットが先陣を切る慣わしだった。
 まあここまではどこの宴会でも同じであろう。

 カラオケを歌いたい人が一通り終わると、ゲーム大会が始まる。誰でも出来るような簡単なゲームで、一位になると賞金が出る。一人に五千円である。今でも五千円の賞金は魅力的だ。当時ならなおさらである。社員が五十人ほどの慰安旅行の余興に五千円の賞金が十本も出る。太っ腹の社長である。皆が酔いなど吹っ飛び目の色が変わってくるのだ。

 二日目は夜の宴会までの終日が自由行動となる。それぞれに観光に行ったり、海に行ったりホテルのプールに向かう。一部の上司はゴルフに行くのだが、社長は行かない、普段は接待などでよくゴルフに行くようだから、やらないわけではないのだが、慰安旅行の時は必ずホテルのプールに一日中いる。時々泳いで、他のほとんどの時間を、プールサイドでビール片手に昼寝をするのだ。ヨーロッパのバカンススタイルである。同じようにプールにいるとビールをご馳走になったりもした。
 何年目かの慰安旅行の時に泊まったホテルでは、プール開きがまだと言うことで、一日目はホテルの従業員と一緒にプールの掃除を手伝っていたこともあった。社長がである。二日目の午後からようやく泳げるようになった。
 三日目も昼まではプールにいて、昼食後に帰路へと向かう。

 少し豪華な慰安旅行ではあるが、太っ腹の社長には申し訳ないが、三年もすると少し飽きてきた。そして三年もするとだいぶ仕事にも慣れてきたし、やはり人との出会いのある旅に出かけたくなってくる。



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2009.08.19 / Top↑
 高校生の頃のように自転車で走り回るのは、行動範囲が決まってくる。そこで車の免許があるので車を買うか、しかし車は高価だし置いておく車庫もない。自転車の延長と言う事で原付バイクを買うことにした。これなら普通免許があれば乗れる。それもスクーターなどではなく、クラッチの付いた五段変則のトレールバイク(モトクロスタイプ)を買った。トレールバイクは原付バイクの中でも車体が一番大きく、スクーターなどよりも馬力があって、ガソリンを満タンに入れると百キロ以上は走れたように思う。スピードもそれなりに出る。そうは言っても原付車の法定最高時速は三十キロである、後の話になるが一年も乗らないうちに物足りなくなり、四百CCまでのバイクが乗れる中型自動二輪の免許を取りに行くこととなる。
 手始めに日帰りツーリングに毎週の休みに出かけるようになった。

 毎週のように原チャリに跨り、自転車で廻った場所を再び訪れ、一日かかったコースを僅か半日ほどで廻ってくる。自転車とは比べ物にならないほどの行動範囲が、夏樹の眠っていた放浪癖を目覚めさせたようだ。
 休みが少ないので、お預けにしていた泊りがけの旅が復活するには、さほど時間がかからなかった。
 春にトレールバイクを買い、秋の連休には一泊のツーリングに出かけた。目的地は奈良。鹿と、大仏を見に出かけることとした。京都より南には交通量が多いと言う理由で、自転車では行くことがなかった。そこで今回は自転車よりはスピードが出る原チャリを使うので、交通機関を使わない初の南進の旅を思いついた。奈良あたりが一泊の旅としてはちょうどよい距離である。また、京都からは近場であるが、夏樹が幼稚園の時の遠足の時以来、訪れていない。
 
 まずはユースホステルの会員証を更新した。
 南進の旅の当日の朝は快晴、清々しい秋の青空が夏樹の気持ちを高ぶらせた。久々の旅である。Dバッグに一泊分の着替えや雨具、洗面道具などを詰め込み出発した。


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2009.08.21 / Top↑
 京都から奈良までは国道二十四号線を真っ直ぐ南に進み、おおよそ五十キロの道程だ。京都と奈良を結ぶ唯一の国道だが道幅は少し狭く、トラックやダンプなどの大型の車を含めた多くの車両が、上下線ともに混雑している。また、京都の南部は京都市のベッドタウン的な地域で、人口は増加傾向にあり多くの住宅が立ち並び、そのための商業施設や学校、郊外型の大きな工場なども多くある。信号も数十メートルの間隔で設置されているところもある。
 あくまでも三十年ほど前の話である。現在は国道二十四号線より二、三キロ西よりの、城陽市から奈良市の少し北、木津までを自動車専用道路が開通しているようだ。

 交通量の多い道路では渋滞して前の車が止まってしまうと、二輪車はその左側の歩道と車の隙間をすり抜けて前に進むのだけれど、道幅が狭いので渋滞してしまうと左側にあまり隙間がなく、トラックやダンプなどの大型車が目の前に止まっていると、すり抜けることが出来ない。思うように前に進むことが出来なくなってしまった。秋の行楽シーズンの土曜日とあって一段と交通量が多いのだろう、四輪車と同様の渋滞にはまってしまったようだ。

「五十キロぐらいなら、三時間ほどもあれば余裕で行けると思うてたのに」

 夏樹は今回の旅の主目的をユースホステルでの出会いを楽しむことにしている。観光は二の次で、ガイドブックも地図も持たず、それらしき資料はユースホステル・ハンドブックだけをDバッグに入れて来た。単純に目的地は奈良ユースホステル、国道二十四号線を南下し、奈良市内まで行って、ユースホステルを探す。それ以外は何も決めてこなかったのだ。そんな気ままな思いつきの旅なので、出発したのは昼近くになってからだった。あまり早くにユースホステルに着いてもチェックインができないから、ゆっくりと会社の寮を出て来たのである。

「こんなに車が多いとは、予想以上やなあ。けど急ぐ旅やないし、この調子やとユースホステルに着く頃がちょうどの時間になるかな」
 渋滞に巻き込まれてもいても、楽観的な夏樹である。


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2009.08.24 / Top↑
 奈良市内に入ったのは午後の三時を過ぎていた。地図を持たないので、道路のあちらこちらにある観光案内版を頼りに、なんとなく聞き覚えのある観光地を廻った。原チャリからは降りることなく跨ったままで、遠目で観光地めぐりをした。観光地を廻るのが目的ではないし、頭の中はユースホステルのことばかりを考えていた。三年と六ヶ月振りのユースホステルに泊まると言う、期待と楽しみばかりが心をわくわくさせてくれていた。そして、少しだけ今夜の夕食のことも考えていた、あまり期待は出来ないが、やはり夕刻になると腹が減ってくる、飛沢のように。

 奈良ユースホステルは近鉄奈良駅からバスで五分ほどの鴻ノ池運動公園の近くに建っている。奈良市は国鉄(現JR)の駅より近鉄の奈良駅の方が賑やかで、商業施設なども近鉄の周辺に多く、奈良市の中心は近鉄奈良駅だったように思う。今ではバッファローズと言う愛称名だけが残っているが、関西のプロ野球チームでは阪神、南海の次に近鉄の人気があったように記憶している。南海も近鉄も本拠地を関西以外の地に移し、親会社も変わってしまった。これも時代の流れと言うものなのか。

 午後五時ごろにユースホステルに入り受付をすませた。定員は二百名とかなり大きなユースホステルで、JYH(日本ユースホステル協会)の直営である。新築してから間がなく、とても立派な建物だった。二段ベッドが三組、六人部屋の空いているベッドに荷物を置き、広々としたミーティングルームと言うか、団欒室と言うべきか、カーペットを敷いた部屋のところどころにソファーセットが置かれている部屋にひとまず落ち着いた。
 秋の行楽シーズンの連休だからなのか、すでに多くのホステラーがグループごとに固まっている。家族ずれや多人数の大学のサークル仲間、少人数のグループ、少し年配のご夫婦などが、それぞれ思い思いに過ごしていた。一人で来ているのは今のところ夏樹だけのようだ。


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2009.08.27 / Top↑
 午後六時になった。夕食の時間だ、もちろんホテルや旅館のような食事と言うわけにはいかず、飲酒も禁止だ。プラスティック製のトレーにエビフライ定食を乗せてテーブルに置き、一人椅子に座り食べた。ほぼ定員と同じだけの人たちが泊まっているのだろうか、食堂はかなり賑やかだ。夏樹の座った周りの人たちは多人数のグループや家族連れが多く、会話の仲に入って行くのは難しかった。

「人が多すぎて、なんか圧倒されてしまうなあ」

 誰とも会話をすることなく、エビフライ定食を食べ終わり、食器の返却口へトレーを持って歩いた。その時反対側から、夏樹の歩く少し前を横切り、食器返却口へ向かって行く女性が二人いた。見た目は夏樹より少し若そうだが「大学生やろか」夏樹の頭の片隅に少し記憶として記された。
 食堂を出て部屋に戻り、混雑する前に風呂に入ることにした。
 風呂は定員二百人の宿泊施設だけに、ホテル並に大きかった。まだ多くの人が食事中だから、風呂場は空いていた。ゆっくりと湯船に身体を沈ませて、手足を伸ばし、この後のことを考えた。せっかく三年ぶりにユースホステルに泊まりに来たのに、このまま寝てしまっては何のために出かけて来たのか分からなくなってしまう。夏樹はふと先ほどの二人の大学生らしき女性のことを思い出した。

「あの二人は多分、二人だけで来てはると思うなあ。風呂から上がったら談話室に行って、あの二人を探して話かけてみるしかないな」

 ひとり言のように、いや小さな声でひとり言を言って、浴槽から上がり、頭と身体を洗った。
 風呂から脱衣場へ行くと、急に人が増えていた。早めに風呂に来て、正解だったようだ。食事は座る椅子さえあればどんなに混雑していても気にならないが、風呂があまり混雑していると、少し煩わしくなる。出来ればそんな時には入りたくないものだ。
 夏樹は一人で旅に出かけたのは今回が初めてだった。飛沢も石田もいない、だから全ての行動を夏樹だけの都合で決めることが出来る。飛沢たちとのグループ旅行が煩わしい訳ではないのだが、他の人たちの都合を考えなくて良いと言うことに、今までにはない小さな心地よさを感じていた。

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2009.08.31 / Top↑

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