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 賑やかな二人の会話から聞こえてきたことは、二人とも浜名湖ユースホステルの常連で、毎年の大晦日にここへ来て年を越すようだ。
 そんな二人を少し羨ましく思いながらも、なんの声もかけられず、そのまま受付を済ませようと会員証をバッグの中から探し出した。

「ニューイヤーイヴのコンサートに参加されますか」
 宿泊表に住所や氏名を書いていると、受付のヘルパーさんが聞いた。奈良で知り合った埼玉の女性たちからは、大晦日に浜名湖ユースホステルが面白いとしか聞いていなかった。だからコンサートってなんなのか分からなかった。
「このユースホステルは初めてですか、今日はうちの専属バンドとともに大いに歌って、ゲームなんかもして新年を迎えるのです。年越しそばと、新年にはお汁粉も出でます。宿泊費とは別にもう五百円なのですが、参加されますか」
「はい、もちろん。なんかとても面白そうやね、ここは初めてなんやけど奈良のユースホステルで知り合った人がね、大晦日の浜名湖はおもろいから是非にと言われて、来て見ました」
「関西の方ですか」
「分かりますか、なんでやろなあ」
「いやあ、思いっきり関西弁ですから」
 夏樹の気持ちが急にほぐれて、なんだか楽しくなってきたようだ。もう心は夜のコンサートのことでウキウキ、ワクワクしていた。

「あら夏樹さんこんにちは、お帰りなさい」
 どこかで聞いた覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「どうも、奈良ではいろいろとありがとうございました。さっそく写真を送っていただいて、おぉきにぃ。お誘いいただいたので喜んで来ました。コンサートがあるんやて、たのしみやねえ」
 奈良のユースホステルで親しくなった、埼玉の女性だった。夏樹とは同じ歳であることが、写真に添えられていた手紙に書いてあった。女性の年齢は男には分かりにくいものなのだ。



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2009.10.02 / Top↑
 夏樹と同い年の埼玉の女性は受付の中から、薄い緑色の冊子を取り出して夏樹に見せた。
「この手作りの歌詞カードからリクエストして、みんなで歌うのよ、夜どうしね、朝までかな」
「あれ、おれもその歌詞カードほしいなあ」
「はい、これが夏樹さんの分だよ」
 埼玉から来た髪の長いほうの女性が持っていた歌詞カードを夏樹に手渡してくれた。良く見ると埼玉の彼女はエプロンをして、胸のところに「たなか」と書いた名札が付いていた。写真を送ってくれた人の差出人は「岡本」だった。
「たなかさんなんですか、岡本さんは」
「彼女も来るよ、まだ来てないけど」
「何でエプロンしてんの」
「年末年始の忙しい時だけヘルパーとして手伝っているの。今もお汁粉の仕込みをしていたの」
「ということは、ここの常連さん、さっきの二人も知ってるんですか」
「ああ、桐山さんと沢村さんね。あの人たちも毎年、ここでだけ会う人たちね」
「あれ、さっきの人は「チガサキ」って言ってた見たいやけど」
「桐山さんは茅ヶ崎から毎年、バイクで来るのよ」
「だから「チガサキ」なんや。なんか、ええねえ。そう言うのって」
「あの人たちとなら直ぐに仲良くなれるわよ」
 夏樹の心はますますウキウキ、ワクワクしてきた。

「ただいまあ」
 夏樹たちの後ろの玄関の方から大きな声が聞こえてきた。女性三人組みだった。
「あら、夏樹さんこんにちわ。奈良ではお世話になりました」
 写真を送ってくれた岡本さんだった。
「どうもどうも、写真を送ってもらって、おぉきにぃ、ありがとう」
「いま、あなたの話をしていたところなのよ、もう直ぐ来ると思うって」
 たなかが笑顔で岡本を迎えた。
「こちらが夏樹さんね、話は聞いています。浜名湖は初めてですか、面白いから思いっきり楽しんでくださいね」
 岡本の隣にいた女性が話しかけてきた。岡本と同じ勤め先の同僚だと言う二人は、奈良でのことを聞かされていて、夏樹に会うのを楽しみにしていたと言うのだが、期待どおりだったのだろうか。彼女たちもここの常連で、大晦日に来て毎年ここで年を越すのだそうだ。


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2009.10.04 / Top↑
「こんにちは」
 夏樹は受付で渡されたシーツと手作りの歌詞カードを持って、自分の部屋に入った。部屋のドアを開けると、左右に二段ベッドが二組づつの八人部屋だった。すでに五人の先客がそれぞれのベッドに荷物を置き、おもいおもいに時間を過ごしていた。
「こんにちは、ここ空いてますよ」
 通路に立って荷物の整理をしていた男が、奥の右側の下のベッドが空いていると教えてくれた。
 荷物を通路に置き、まずはベッドメイキングをしようとシーツを広げて準備を始め
た。
「あれ、ここへは初めてなの、多分だけど,ここで寝ることは無いと思うよ。コンサートに参加するんでしょ」
 このベッドが空いていると教えてくれた男が言った。
「ええっ、遅くなるだろうから先にやっといた方がええかと思って・・・」
 広げたシーツを両手で持ったまま夏樹は不思議そうに言った。
「だって朝までやると思うし、陽が登る前にここを出て海岸まで行って、初日の出を見るからねえ」
「あしたの朝は晴れますかねえ、誰か明日の天気予報を見てないですか」
 夏樹のベッドの上のベッドから突然、顔を出して通路に立っている男に聞いた。
「たぶん良いと思いますよ。きのう見た週間予報では晴れるって」
 入り口ドアの近くにいた男が言った。
「ところで今年もチガサキさん来たかな」
 夏樹のベッド上のベッドの男が言った。
「来るだろう、毎年の恒例行事だからね。あいつの「思い出の渚」は最高だからね」
「そうだよね、彼のあの歌を聞かないと大晦日になった気がしないんだよね」
「今年は一番に歌ってもらうようにさ、みんなで最初にリクエストをしようよ」
「いいねえ、この人数でもって大きな声で「思い出の渚、歌ええ」て叫ぼうぜ」
「よし、今年はチガサキの「思い出の渚」からはじまりだ。
 夏樹以外のこの部屋にいる五人の会話である。いまだに両手で広げて、立ったまま話を聞いていた夏樹が、ようやく無造作に広げたままベッドへシーツを置いた。




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2009.10.08 / Top↑
 夏樹以外のこの部屋にいる五人は、会話の内容から察するに、毎年の大晦日の夜は浜名湖ユースホステルで年越しをする常連客のようだ。五人のうち三人は夏樹よりも年上のように見える。入り口ドアの近くにいた人は、明らかに夏樹よりも十才は年上に見受けられた。
 そんな五人の会話に圧倒され気おくれしてしまった。シーツを無造作に広げたままのベッドにダウンジャケットを脱ぎ置き、腰を下ろした。
「ここは初めてなんでしょ、こんなゲーム知っています」
 夏樹の向かいの下のベッドにいた男が話しかけてきた。開いているベッドを教えてくれた人で、夏樹と少し年上か同じ年ぐらいにも見える。
 ズボンのポケットからマッチの箱を取り出し、夏樹によく見える位置に左手で持った。
「これがオープン」
 そう言って右手の人差し指で中箱を少し押し出した。
「ん、・・・」
「そしてこれがクローズ」
 今度はマッチ箱を右手に持ち、左手の人差し指で押し出した中箱を元に戻して言った。
「・・・ん、」
「じゃあ、これは」
 マッチ箱を右手に持ったまま、左手の人差し指で中箱を少し押し出した。
「オープン?」
 なんだか良く分からないけど、マッチの箱が開いているので「オープン」と夏樹は言った。
「残念、クローズでした」
 その男は得意気に勝ち誇ったような笑顔をで言った。
「何で?開いてるやんか、そやからオープンやろ」
 夏樹の反応を聞いて益々気を良くしたようだ。もう一度マッチの箱を左手に持ち、先ほどと同じことを説明した。
「じゃあ、これは」
 今度は左手の薬指で中箱が外箱から取れてしまうほどに大きく押し出した。
「そやから、オープンやろ」
「残念、これもクローズでした」
「???」
 夏樹はわけが分からず、とても不愉快なのだけれど、何か他に区別を見分けるものがあるのだと思い、最初から説明するようにその男に言った。



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2009.10.09 / Top↑
 とても不愉快なゲームの本当の答の出し方を見つけるために、もう一度はじめから説明を聞き直し
「じゃあ、これは」
 またその男は左手に持ったマッチ箱の中箱を右手の人差し指で少し押し開けて言った。
「クローズやな」
 はじめに見たときと同じやり方で、同じ指を使ったからと言う理由で夏樹はそう言った。
「これはオープンです」
「なんでやねん」
 夏樹はますます不愉快になってきた。
「トオル、またそれをやっているの、好きだねえ」
 夏樹の向かいの上のベッドから一人の男が顔を出して言った。
「俺さあ、こういうの大好きやねん」
「でも、それってゲームなんかじゃなくて、人騙しじゃん。一度答が分かっちゃったら何も面白くなし、答を知らない人が困っているのを楽しむだけでしょ」
「それが面白いんだよ」
「それって、随分と意地悪じゃないかい」
「でもさあ、答が分かったからって誰も怒ったりしないよ、これをきっかけに初対面の人とも直に親しくなれるんじゃん」
「ねえ、不愉快でしょ、関西弁のヒゲさん」
 上のベッドの男は夏樹に話を振った。
「ああ不愉快や、けど明らかにバカバカしいであろう答を、教えてもらう前に見つけたると思うし、この人が言うように、俺はここへ初めて来たんやけど、こうやって初対面のお二人と親しくなれたんやから、それはそれでええのとちゃいますか」
「そういうことなら、いいか。トオル、そろそろ答を教えてもいいかい」
「あかん、あかん。自分で答を見つけるさかいに、まだ答を教えんといて」
「そや、あかんで」
 トオルが夏樹につられておかしな関西弁を話した。一瞬、三人は沈黙したが大笑いした。



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2009.10.13 / Top↑
「やっぱり関西弁には、つられてしまうなあ」
 トオルが言った。
 夏樹の向かいのベッドの上の男は「中村智史」埼玉県から来たと自己紹介した。
「埼玉ですか、東京の方とは言わないんですか、奈良で知り合った女の人は東京の方とは言うけど、なかなか埼玉とは言わんかったんやけど」
「そうね、埼玉は東京よりは田舎だから、そこに住んでいることを隠したがる人は多いかもね」
 中村智史が言った。夏樹は奈良での出来事を中村に話し、その女性たちにこのユースホステルのことを聞いて来た事を話した。
「俺たちは今年が二回目なんだ。たまたま去年の大晦日に訪れてね、面白かったから今年も来たんだよ、バイクでね」
「埼玉からバイクで来たんですか、二人で」
「いや、もう一人俺のバイクの後ろに、かみさんを乗せて来たんだ」
「ええ、結婚したはるんですか」
「美人さんやけど、ちょっと恐い姉さん女房なんだよ」
 トオルが横から割り込んできて言った。
「おまえ、いらねえことを言うなよ、その通りだけど」
 また、三人で笑った。

「ところでヒゲさん、答は分かったかい」
「あっ、まだや。ううんと、ちょっとだけヒント下さいよ」
「オープンしているのはマッチの箱だけかな」
「智史、そのヒントは出しすぎだろう」
「じゃあ、もう一回、はじめの説明をお願いします」
 一通り最初から説明してもらい、これはどっちといわれても、夏樹は自分で答を見つけることが出来なかった。
「あかんは、やっぱり分からへんは。何処でオープンとクローズが決まるんですか」
「じゃあ、降参かい」
「はい」
 夏樹の言葉を聴いたトオルは自分の口を指差した。
「これがオープン、これがクローズ」
「あああっ、口か。なんやそうやったんか、マッチの箱は関係ないのかあ」
「だから言っただろ、人騙しだって」
 智史が言った。
「よし、京都に帰ったら誰かにやろうっと」



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2009.10.16 / Top↑
 トオルと智史と彼より一歳年上の奥さんと夏樹の四人で夕食を食べることにした。恐い奥さんだとトオルが言うからどんな人かと思い、どきどき、ワクワクしていたが、なかなかの美人で、夏樹に対しても初対面らしく丁寧な挨拶をしてくれた。
「こんにちは、はじめまして、中村ケイコです。京都から来たんですって、京都はいいところよねえ」
「夏樹といいます、よろしくお願いします」
 簡単な挨拶をしてからトオルの耳元で「恐そうな人じゃないですやん、すごく美人やし」とこそこそ声で言った。
「ん、トオルちゃんまた変なことを言ったでしょ」
 ケイコがトオルを少し睨みつけるようにして言った。
「俺は別に何も言ってないよ、なあ智史」
「俺に振るなよ」
 智史も逃げ腰で、小さな声で言った。
「あなたたちが毎日のように次回のバイクツーリングのミーティングと言う飲み会を、夜遅くまで私の家でやっているものだから、いい加減にしてって怒るんじゃないの」
「すいません」
 智史とトオルが声を揃えて、頭を下げた。
 そんな三人の会話を見ていた夏樹は、ここでどうするべきか、黙って聞いているべきか、それともこの状況を何とかして四人による別の話題に持っていく方法はないのか、いろいろな言葉を僅かな人生経験の中から探した。
「その飲み会にケイコさんも参加してもらえば良いじゃないですか」
 突然飛び出した言葉に、夏樹自身も戸惑った。
「私も参加したいんだけど、飲み会と言ってもこの人たちのはコーヒーしか飲まないのよ、だからつまらないのよねえ」
「俺たちは酒が飲めないの、二人とも。だからいつもいろんなコーヒー豆を買ってきて、自分で挽いてドリップして楽しんでいるんだ」
 智史が言った。
「それに、ケイコちゃんは酒が強くて、飲むとますます、おっかなくなっちゃうからねえ」
 トオルが少しおどけて言った。
「また、そんなことを言う。夏樹君が信じちゃうでしょ、やめてよね」
 ケイコはそう言って、トオルの背中を平手で叩いた。




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2009.10.17 / Top↑
「アイタッタタア・・・」
 ケイコはトオルの背中を軽く叩いたのだけれど、トオルがよろけて椅子から転げ落ちるような振りをして、左手で右腕を押さえるような仕草をした。
「私、そんなに強く叩いてないわよ」
「あっ、あそこにすっげえ美人がいるぜ」
 智史が言った。
「えっ、どこ、そんな美人がこんなところへ来るのかい」
 トオルは何事も無かったようにあたりを見渡した。
「トオル!」
 ケイコはさっきよりは強く、トオルの背中を平手で叩いた。
「ごめん、ごめん」
 軽く頭を掻きながらトオルが言った。
「いいですねえ、仲良しで、俺も皆さんの仲間にして下さいよ」
 夏樹が言った。
「もうなってるやんか。そやからこうやって一緒に飯をくうてんのやんけ」
 明らかに関西に住んだことも無く、親戚や知り合いもいない人が、テレビなどで聞いた関西弁を無理やり真似をしたのではないかと思うようなとても変な話し方でトオルは言った。
「なんですか、その言い方。思いっきり変な関西弁じゃん」
 今度は無理やり変な標準語を作って夏樹が言った。四人は大いに笑った。

 夕食が終わり、大晦日のメインイベント「ニュー、イヤー、イヴ、コンサート」が始まるまでの時間を夏樹と智史たち四人は、今までの旅のことや地元のことバイクのことを話して過ごした。
「あれ、トオルさんがあそこでまた、さっきのマッチ箱を出して騙してまっせ、アネキ、ちょっとヤキを入れてきまひょか」
 夏樹がケイコにおどけて言った。
「夏樹君までそうやって私を強い女扱いして」
 夏樹の背中を軽く叩いて耳元に顔を近づけて来た。
「ちょっと、入れてこいや」
 とても変な関西弁だった。



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2009.10.19 / Top↑
 夏樹はトオルのところへ行こうと椅子を立った。冗談だよと言ってケイコが止めた。その時、奈良で一緒だった岡本と、たなかとその友達二人が近づいて来た。
「夏樹さん、もう新しいお知り合いが見つかったようですね」
「ああ、こんばんは、楽しい人たちですよ。そうそう、あなたちと同じ、埼玉県から来た人たちです」
 智史たちと岡本たち四人はお互いに簡単な自己紹介をして、埼玉の何処から来たのかという話しになっていた。地元同士の会話にそれぞれが住んでいるところの位置関係が夏樹には良く分からず、黙って聞いていた。
「じゃあ俺たちがいちばん田舎にいるみたいだね」
 智史が言った。
「私がいるところは一つだけ手前の駅ですけどね」
 岡本が言った。
「同じ関東でも東京は別格なんやね、けどテレビで見たことがあるんやけど、東京かて青梅とか何とか村とかって言うところは山ばっかりとちゃいますか」
 夏樹がようやく会話に加わった。
「檜原村だろ、あそこも東京だけど、俺たちが言う東京は二十三区、山手線の内側が中心なんだよ」
 トオルがマッチ箱を使った人騙しゲームからようやく帰ってきて言った。
「突然、俺の後ろから幽霊のように現れてきたら、びっくりするやんか」
 夏樹が言った。
 うるさいと言わんばかりに、トオルは夏樹の首を軽く絞めた。
「本当に今日はじめて会った人たちなんですか」
 たなかが夏樹とトオルの様子を見て言った。
「ほんまです、ほんの三時間ほど前まではどこの誰か、全然知らんかったんですう」
「トオルさん、その変にイントネーションを誇張する関西弁の真似は止めてくださいよ」
「うるさいなあ、かまへんやないかあ」
 トオルは夏樹の後ろに回り羽交い絞めにした。
「ノーノー、ロープロープ」
 羽交い絞めにされたまま、右手をテーブルに伸ばして夏樹が言った。
「ワン、ツー、スリー」
 今度は智史がレフリーの真似をしてカウントを数え、羽交い絞めにしているトオルの腕を夏樹から解き放った。



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2009.10.20 / Top↑
「今のはあかんは、反則やでトオルさん」
「ぎりぎりセーフや、セーフ」
「本当にこの人たちって、いま、知り合ったの、信じられないぐらいに親しいね」
 タナカが笑顔で言った。
 この後のコンサートも、初日の出を拝みに行く時も、智史たち三人、タナカたち四人、そして夏樹、他にも仲間が増えていったが、ほとんどの人たちとは二度と逢うことは無かった。二十五年後の今も再会していない。トオルともこの二日間だけの会話しかしていない。この日の次の年に一度だけ智史たち夫婦と、東京で落ち合ったことがあったが、今では年賀状だけの付き合いである。
 この先も全国へ旅をして、多くの人たちと出逢ったけれどほとんどの人は、そのときが最初で最後だ。何人かの人たちとは年賀状だけはいただき、送っている。もう、みんながおじさん、おばさんになったことだろう。なかには孫がいる人もいるかもしれない。(夏樹もそろそろかな)

 ホールの方からギターとピアノの音が聞こえてきた、そろそろニュー、イヤー、イヴ、コンサートがはじまるようだ。歌詞本を持ってホールに行こうとタナカが皆を促した。それぞれが歌詞本を片手にホールに集まり、思い思いの場所に陣取り、床に腰を下ろした。夏樹の周りには智史たち、タナカタたちがいた。夏樹の隙を狙うように、後ろにトオルが座った。
 バンドのメンバーはギターが二人とベース、シンセサイザーの四人。シンセサイザーでドラムの音も出している。地元のアマチュアバンドだそうだ。当時、人気のフォークグループ「かぐや姫」に対抗して「あんみつ姫」と言う名前だったように記憶している。

                           歌詞本


 楽器のチューニングが終わり、ペアレントさんの挨拶があった。とても穏やかな話し方の人で、皆に親しまれているのだろうと言う人柄が伝わってくる。
 ペアレントさんの挨拶が終わると同時に、天井から幅が一メートル以上もあり、長さ五メートルは有にありそうな紙が、するすると下へ伸びてきた。
『旅のおわり、やれ』と大きく書いてあった。
「旅のおわり、やれえ」
 五,六人の男の大きな声がホール中に広がった。



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2009.10.23 / Top↑
「落陽、いつも始まりは落陽だよ」
 別のところから大きな声が聞こえてきた。
「じゃあ、いつもどおり落陽からいきましょうか」
 あんみつ姫のリーダーらしきギターを持った男が言った。
 吉田拓郎の落陽がはじまると、五人の男がバンド達の前に横並びになって、曲に合わせて踊り始めた。毎年恒例のオープニングセレモニーのようなものなのだろうか、多くの参加者が歌詞本を見ないで歌っている。正直言って夏樹はこの歌を知らなかった。今では数あるマイベスト曲の上位に入っている。
 二曲目は大きな垂れ幕に書いてまでアピールした旅のおわりが始まった。
 チェッカーズや松田聖子といったその当時のヒット曲から、少し前のフォークソングなど、百曲が歌詞本には掲載されている。全曲が手書きをコピーして一冊の本になっている。
 参加者のリクエストで歌う曲が決まり、リクエストした人が前に出て生バンドの前で一人、マイクを持って歌うのだ。なかにはその歌手になりきって熱唱する人もいる。マイクを持って歌っている人がリードボーカル状態で、参加者全員が歌詞本を見ながら、こちらも熱唱する。参加者全員での大合唱が続く。

 アマチュアだけど生バンドを中心に次々と歌が続くのだけれど、今のカラオケボックスで熱唱している人たちは多少のアルコールが入っているが、ユースホステルは基本としてアルコールが一切飲めないのがルールである。(現在は少し変わったようだ)当たり前だけれど誰一人として酒に酔っていない、それでもすごく盛り上がっている。歌手、ミュージシャンのコンサートに行ったことのない夏樹は、初めての体験に感動していた。
 始まってからどれくらいの時間が過ぎただろうか、この場の雰囲気に慣れてきた。ついに夏樹もリクエストした。何でこの曲をリクエストしたか良く覚えていないが、曲名は良く覚えている。安全地帯の「ワインレッドの心」だった。もちろん、一人でマイクを持って生バンドの前で歌った。歌詞本から目を離して、観客の方を見る余裕などまったく無かった。歌い終わったら伴奏が終わる前に、さっさと元の居たところへ、いそいそと戻って行った。


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2009.10.26 / Top↑
「なんだよ夏樹君、ずっと下を向いたままで歌っちゃだめだよ。せっかく前に出て行ったんだから、もっと表現しなきゃ」
「じゃあ次はトオルさんが歌ってくださいよ、そして表現してきてくださいよ」
「いや、俺はいいの、歌はね聞くものだから」
「すっげえ音痴なんだよこいつは」
 智史が言った。
「音痴なんかじゃないよ、俺が歌うのに適した歌が無いだけだよ」
「負け惜しみを言ってんじゃねえよ、こいつねえ意外と頭良いんだよ、一応だけど国立大出身だから」
「一応は余計だろ」
 トオルの顔つきが真剣になってきた。
「まあ、そんなことはどうでもいいさ。頭はいいんだけど歌だけは、まったくダメなんだよ。中学校の時の文化祭でさクラス対抗の合唱コンクールがあるんだけど・・・」
「おい智史、何で今、ここでそんな話を始めるんだよ」
 トオルが智史の首に後ろから右腕を回し、話しを遮断した。それでも智史は話を続けた。
「あまりに音程が外れているものだから、先生に個人レッスンを受けたんだよ。でも、どうしようもなくてさ、最後には『トオル君、あなたは口だけ動かしていなさい。声は出さなくていいですから』って言われちゃたんだ」
「もうそれ以上は何も言うな。これ以上お前が喋ったら俺はお前との友情を、今日までとするぞ」
「お前、その台詞さあ、俺に何回言った。言った後で直に、『さっきの発言は取り消す、今まで通りに友達でいてやるよ』って言うじゃん。いつも」
「まあまあ、ええやないですか。中学校からの付き合いなんですか、お互いによき友なんでしょ」
 トオルと智史の会話が少し本気モードになってきたので、夏樹が割って入るように言った。
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「智史とは小学校の四年の時からだよ。忘れたのかよ。それに中学校の時に歌の個人レッスンを受けたのは、音楽の先生が綺麗な先生でさ、わざと下手に歌ってその先生に近づいたのさ」
「嘘付けぇ、あの時の音楽の先生は男だったぞ」
「そうさ、俺はこれだから」
 トオルが右手の甲を左の頬に軽く当てた。




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2009.10.28 / Top↑
「ええぇ、トオルさんってこれだったんですか」
 夏樹も右手の甲を左手の頬に軽く当てて言った。
「違うよ、こいつはね超が付くぐらいに女が好きな、助平やろうだよ。さっきだって美人がいるぜって言っただけで、きょろきょろと探していたじゃないか」
 智史が言った。
「その通り。だからあなたたちも気をつけなよ、絶対に電話番号なんか教えちゃ駄目だよ」
 ケイコがタナカと岡本、その友達に言った。
「はあい」
「なんか俺が変人みたいじゃないか」
「トオルさん、みたいやのうて、見るからにそのものやんか」
「夏樹君、なんと言うこと、言うてくれまんねん・・・」
 トオルは夏樹をまた、羽交い絞めにした。

 そんな馬鹿なやり取りをしていると、次の歌が始まった。ワイルドワンズの『思い出の渚』だった。四人の男が前に出て、決してうまい歌ではないが、楽しく笑顔でハーモニーを奏でていた。
「じゃあ、次は私たちで歌おうよ」
 ケイコがタナカたち四人を誘った。
「めだかの兄弟を歌います、五人で」
「ええ、私は下手だからパスします」
 タナカとその友達はどうしても前に出るのは嫌だと言いはった。仕方なくケイコと岡本、そのもう一人の友達と智史が前に出て歌うことにした。テレビで見た振り付けをなんとなく覚えていたケイコが中心になって、即興でアレンジし、踊りながら歌った。
 歌い終わってからは拍手と笑い声が湧き上がった。
コンサート

 なんとなく視界に入って来たホールの大きな掛時計は十一時を過ぎていた。コンサートが始まってから三時間が過ぎていた。


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2009.10.30 / Top↑

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