上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 能登半島の東側に七尾湾と言う大きな湾がある。その湾の北端に穴水町と言う小さな町がある。そこからさらに能登線(現、のと鉄道能登線)で三十分ほど列車に乗ると甲(かぶと)駅がある。またさらに二十五分歩くと、かつら崎ユースホステルがある。海に近く漁業が主体の街で、観光地と言うようなところではないのだけれど、なぜかこのユースホステルには常連客が多く、口こみでここへ遊びに来る人が増えているようだ。
「詳しくは分からないけれど、とにかく人が多く集まるらしいよ、周りに何にもないのに。いわゆる田舎らしいし」
「そうなんよ。俺もね、その程度の噂は聞いたんや、それで今回行ってみたいと思ってるんよ。何処で聞いたのか忘れたけど、夏に泊まりに来た初めての泊り客を大歓迎してくれるって」
「俺もどこかで聞いたような、ユースホステルの食堂の直ぐ後ろが海で、両手、両足を持たれて海に投げ込まれるって、言う話しでしょ」
「そうやんなあ、やぱっり、俺もその話しをどこかで聞いいたんや」

「さて、そろそろ行きますは、ほんとにおうきにぃ、少し寝かせてもろうたから頭がすっきりしたは」
「今年の大晦日も浜名湖で会えたらいいね」
「もちろん、絶対にくるで、自分も行くんやろ」
「今年も行ったら四年連続だよ。そうだ面白い写真を見せてあげるよ」
 そう言って高木は、本棚の中から何冊かあるポケットアルバムから一冊を広げて夏樹に手渡した。
「ほらこれを見て」
「浜名湖ユースホステルの玄関の記念写真やんか」
「これが去年の元旦の俺」
「今と同じようなソフトアフロやんか。あれ、これって智史さんに、トオルさんに、ケイコさん?それにこの後ろの方にいるのはタナカさんに、太田さんやんか。初めましてなんて言いながら自己紹介してたけど、初めてとちゃうやんか」



・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

スポンサーサイト
2009.12.02 / Top↑
 浜名湖ユースホステルの玄関には三十人ほどの人たちが、写っていた。高木が帰ろうとして荷物を持ち玄関に出てきた時に、たまたまこれだけの人が集まって、写真を写すところだった。その集団の端っこの方へ顔を出したら写ったのだと言う。
「何人かのカメラで写したらしいのだけれど、この一枚が最後だったみやいでさ、写した後に直ぐに解散してそれぞれが帰って行ったんだ。偶然最後のカメラの持ち主が俺のことを知っている人でさ、送ってくれたんだよ。それがここにいる吉野さん」
「あれ、この人ってタナカさんの友達やんか」
「そうらしいね、さっき知った。それでこの写真のことを思い出してさ、でも智史さんたちまで写っていたなんて思わなかったよ」
「なんか、おもしろいなあ」
「今年の写真も誰が写っているのか楽しみやね」
「そやな、たのしみやな」


 名古屋までは在来線だけを使って向かった。時間があったからと言う理由よりも、特急料金が勿体ないと言う理由のほうが大きかったようだ。
 名古屋駅に着いたのは五時を少し過ぎたころだった。陽は沈み駅前にはスモールライトを点けた車が、ちらほらと走るのが見える。まずは観光案内所へ向かった。
「駅の周辺で今日、泊まれるビジネスホテルはありますか」
「お一人ですか、今日は何処も空いていますから、大丈夫です。ご予算はいかほどですか」
「一泊三千円ぐらいの安いところで構わないんですが」
「三千円ですか、それは難しいですねえ。ここではホテル協会とか観光協会に加盟しているとこだけを案内していますから、一泊五千円以上になりますが」
「五千円以上なんですか、高いなあ。もっと安いところはないんですか」
 ユースホステルなら一泊二食付で三千円少々なのにと思いながら、観光案内所に張り巡らされているポスターをぐるっと見廻した。


・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.07 / Top↑
「ここには資料がありませんから詳しくは言えませんが、駅を出て左の方へ行くと細い道があります、その道沿いに二,三軒の安いホテルがあります。そこだと三千円台だと思いますよ。ただ、空いているかどうかは、ここでは分からないので直接電話をして聞いてください」
 丁寧な口調で夏樹より二十才は年配の、男の係りの人がメモ紙に三軒のホテルの電話番号を書いて、手渡してくれた。
 観光案内所を出て直ぐにメモ紙書かれているビジネスホテルに電話を掛けた。
「空いてますよ」
 即答だった。一泊三千五百円、風呂は各階にシャワールームが一つ、もちろん食事は付かない。でもトイレは各部屋にあるようだ。元日の寒い夜を駅で野宿をして朝を迎えるわけにもいかず、予約をした。
 公衆電話の個室を出て、目の前にキオスクがあった。そこで弁当と缶ビールを買って、そのホテルに向かった。
「まあ、こんな元旦も一回ぐらいは有かな」


元旦の夜
(へたくそな絵だが、だいたいこんな感じの元旦のディナー風景)

 ソフトアフロの高木の家で少しは眠ったとは言え、昨日から今朝にかけての徹夜は、いまだに疲労感が残っている。さらに部屋にはテレビもなく、暇をもてあまし二本の缶ビールを飲み干す前に眠ってしまった。

 翌朝の名古屋は快晴だった。典型的な冬型の気圧配置なのだろう、これから向かう日本海側は雪が降っているかも知れない。今回の北陸への旅は雪見物が目的だ、期待したい。
 名古屋発八時三十五分の高山線、急行「のりくら」に乗って一路、富山に向かう。名古屋駅高山線のホームには、多くのスキー客や家族連れが列車の入線を待っていた。指定席券は買っていない。自由席に座るには前もって自由席の列車が停車する場所に並んで待つしかなく、発車の二十分ほど前から並んだ。
「天気はええけど、風が冷たいなあ、座れへんことはないと思うけどなあ、混みそうやなあ」


・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.09 / Top↑
 車内はほぼ満席で賑やかだったが、窓側の席に座ることができた。高山までは三時間、急行「のりくら号」の終着富山までは五時間ほどの道のりだ。岐阜で少しの乗降客があり、駅を過ぎたころから少しづつ山が近づいてくるようになり、都会から山里への風景に変わっていった。そして高山まではあまり乗り降りする人はいなかった。
 名古屋駅からは夏樹の前の席には、若いお母さんと小学校前ぐらいの男の子が座っていた。会話をすることはなく、夏樹はずっと車窓を見ていた。山陰本線の車窓は毎年見る風景が、いつもと変わらず進む中で新しい発見をしたり、時折いつもと違う変化したところを見つけたりして楽しんでいた。
 今回の高山線は初めて通る線路だ。次々と現れる新しい風景は夏樹の興味を休ませることはなく、頭の中に僅かに記憶されている日本地図と照らし合わせながら楽しんだ。
 高山に近くなるころには周りの山々は高くそびえ、頂には真っ白な雪が積っていた。沿線の田んぼや畑には積った雪が残り、見渡す限りの白い大地に感動していた。

高山付近


高山付近2

 なぜ人は真っ白な雪の世界を見て心が和むのだろうか、雪はいずれ解けてなくなる、その不確かな存在が全てのものを白一色に変化させて、光の明暗によってのみ、そのものの形や存在を知ることができる。美しくないものも覆い隠し、真新しい画用紙のようになる。寒ければ寒いほどその白さが増してきて、美しいと感じる。
 雪国にとってはとても厄介なものなのだが、気温が大幅に氷点下となり、夜通し吹雪いた翌朝に快晴を迎える時が稀にある。その時、真っ青に済みきった空を背景に、燦燦とふりそそぐ日差しによって白一色の山や木々が照らされた、純白の濃淡だけの情景は、ひと時の静寂と感動を与えてくれる。
 厄介ものからの、贈り物のようである。


・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.14 / Top↑
 夏樹の前に座っていた親子は高山駅で下車した。他にも多くの人が下車し、車内に残った人は半分ぐらいになった。夏樹の座っている四人掛けの座席には夏樹一人だけが占有することとなった。
 高山を過ぎると、今まで以上に山は迫り、高さを増してきたように見える。雪の積リ具合も増えて、積る前の風景の状況が良くわからない。

 今朝の名古屋市内は快晴だったが、高山駅を過ぎたころからは曇り空となった。
 突然、駅らしき所に停車した。車窓を見渡しても駅舎らしき建物も見えない。窓の外にはこんもりと積った雪が横長に続いていた。この横長に続いている部分がホームのようなのが、誰も乗り降りしていないし、できる状態ではないようだ。夏場だけの臨時停車場なのだろうか、それとも以前は駅として使われていたけれど、いまは使っていないのだろうか。

駅?

 しばらくすると進行方向の右側を、あまり早くはない速度で特急列車が通り過ぎて行った。単線路の待ち合わせをしていたのだった。もちろん特急列車が優先だから、夏樹の乗っている急行列車が先にこの元駅?らしきところで待ち合わせをしていたのだろう。
 夏樹の乗っている急行列車は、特急列車が通り過ぎてから直ぐに発車した。ゆっくりと動き出し、こんもりと横長に積った雪の横を進んだ。その雪の帯が急に途切れてアスファルトの面が見えた。ホームの端のようだ。この付近だけが除雪されていて、ホームの外へ降りる階段も除雪されているのが、夏樹の席からも見えた。
「なるほど、こういうことやったんや。ここは駅やったんやなあ」
 独り言をポツリと言った。夏樹の乗った列車は急行列車だから、ホームしかないような小さな駅での乗降はないはずである。特急列車の待ち合わせのためだけに止まったのだろう。若輩な鉄道ファンとしてのありったけの知識を使って自問自答した。



・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.16 / Top↑
 目の前に聳えていた山が少しずつ離れていき、家や工場などの建物が増えてきた。富山に近づいてきたようだ。山間部よりは雪は少なくなり、車窓を良く見ると、雪ではなく雨が降っている。
 富山駅には午後一時頃に着いた。駅前の道路は綺麗に除雪されて、道路脇に無造作に積み上げられている。山となった雪の塊は本来の白さがなくなり、薄汚れていた。
 駅を出てしばらくすると路面電車が走っているのを見つけた。夏樹は高校への通学の足として市電を使っていたが、三年生の九月に全廃されてしまい、鉄道ファンとしては残念でならなかった。さっそく目的地も決めずにとりあえず乗り込んだ。
 路面電車にゴトンゴトンと揺られながら、富山といえば薬売りが有名だなと思い出し、老舗の薬屋とか、薬工場はないかと電車の車窓をきょろきょろと眺めていた。ガイドブックなどは何も持たずに、思いつきで老舗の薬屋さんなど見つかるわけもなく、もし見学ができる薬工場が見つかったとしても、正月の二日である可動しているわけもなく、いま思えばあまりにもあさはかな考えであった。
 適当なところで電車を降り、なんとなくその周辺を歩いて再び路面電車に乗って富山駅まで戻ることにした。

富山2
富山

 駅に戻る途中に富山城の文字が目に入った、ひとまずその城へ向かった。三十年も前のことで記憶がさだかではないのだが、一月二日のこの日に富山の駅周辺にはあまり人がいなかったように思う。富山の人たちの正月は家で過ごすのか、それとも駅周辺とは違うところへ出かけるのだろうか。富山は持ち家率が日本一で、大家族の家庭が多いと聞いている。だから各家庭で過ごすことが多いのだろうか。あくまでも夏樹としての個人的見解である。




・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.18 / Top↑
 あたり一面の雪景色を見たくて正月休みを利用し、雪国北陸への旅に来たのだが、少し期待はずれの雨模様で、富山駅周辺の道路には雪がなく、少し泥汚れした雪の山になっていた。今後の天気に期待して金沢へ向かうことにした。
 富山から金沢へは北陸本線に乗り一時間ほどで着く。五時四十分ごろには金沢駅に到着するはずである。問題は金沢駅からこの日に泊まる金沢ユースホステルまでのバスである。駅から約三十分でユースホステルに着くが、バス時間までは時刻表に載っていない。列車を降りてちょうど良い時間にバスがあればよいのだけれど、夕食時間に間に合うだろうか。

 定刻通りの五時四十二分に金沢駅に着いた。陽はとっくに沈み、金沢の空は夕闇につつまれていた。すぐにバス停に向かい、卯辰山公園行きの乗り場を探した。時刻版を覗いてみると、次の発車は六時十五分だった。
「三十分も待たなあかんのかあ」
 夏樹は小さな声で独り言を言った。
 ポツリポツリと雨が降っているのだから、雪国としては気温が高い方なのだろう。しかし、一月二日の午後六時、日は沈み夕闇につつまれた北国のバス停、屋根は付いているが、あたりまえだけれど壁はない。さすがに寒い。荷物を右肩に背負い、ジャケットのファスナーは首元までしっかりと上げ、両手をポケットに仕舞いこんだ。
「ううぅ、さぶ」
 思わず声に出してしまった。

 バス停の先頭には、仲の良いご近所か昔からの友達といった関係だろうか少し年配の女の人が二人、笑顔で会話が弾んでいる。その後ろに夏樹よりは少し年上ぐらいの女の人が一人、その後ろには顔を赤くして少し体が左右に揺れている五十歳ぐらいのおじさん、そして夏樹の順にバスを待っていた。
 じっと立っていると足元が妙に冷えてきた。少しずつその冷えが上の方へと伝わってくるようになり、無意識に両足を交互に上下させて、気を紛らわすようになっていた。時間の経つのがとても遅く感じていたが、ようやく卯辰山公園行きのバスが夏樹たちの前にすべりこんで来た。定刻の六時十五分より、五分遅れて来た。


・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.22 / Top↑
 バスの乗客は金沢駅のバス停から乗り込んだ五人の他には誰も乗っていなかった。金沢駅が始発だったのだろうか。夏樹は一番後ろの真ん中に座った。いくつ目の停留所だっただろうか、二人組みの少し年配の女性が下車し、その次の停留所で赤い顔のおじさんが下車した。いまバスの乗客は夏樹と、夏樹より少し年上かなと思える女の人だけになった。
 予定通りに三十分後には金沢ユースホステルの最寄りの停留所、金沢水族館前に着いた。バスの前の方の座席に座っていた女の人も降りた。一番後ろの席に座っていた夏樹は、女の人より少し遅れて下車した。
 バスが行ってしまうと、ところどころに点いている電柱の街灯だけが頼りとなった。バス停留所付近は暗く、いまバスから降りたはずの女の人の姿はもう見えなくなっていた。
 ユースホステルへ向かうにはどちらへ行けば良いのか、ひとまず辺りを見渡し、暗闇の中にユースホステルへの矢印の看板を見つけ、ゆっくりと歩き始めた。相変わらず、空からはほんの少しだけ雨が落ちてきていた。傘を持っていない夏樹の頭は、冷たい雨によって冷えてきた。
「うううぅ、さぶ。風邪ひくんとちゃうか」

 ガイドブックには徒歩一分と書いてあるが、暗闇の道のりを半信半疑の状態で歩くと、ガイドブック通りにはいかない。バスを降りてから五分後にようやく金沢ユースホステルに到着した。
「お帰りなさい。夏樹君かな」
 おそらくスタッフの人だろう、二十代後半ぐらいの男の人が迎えてくれた。
「はい、ただいま」
「なんだか元気がないねえ」
「外は雨が降ってまして、傘を持っていないもんですから、頭が濡れて、とってもさぶいんですよ」
「それはそれは大変でしたねえ、お風呂へ直行したいところでしょうが、まずは夕食を食べてくださいね、他の人は終わりましたから」
「はい、じゃあ荷物を部屋に置いてきます」
 荷物を持ち小走りに部屋へ向かった。




・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.24 / Top↑
 食堂に行って食事をしているのか、部屋にはすでに誰もいなかった。八人部屋の二段ベッドには三人分の毛布しか準備されていない。
「今日の宿泊者はあまり多くないようやなあ」
 夏樹は空いているベッドに荷物を置き、すぐに食堂へ向かった。
 トレーにご飯と味噌汁、大皿と小鉢のおかずを載せて箸を探した。テーブルの上にまとめて立ててあるのを見つけて、そのテーブルに向かった。そこには先客が一人、座っていた。
「ここに座ってもいいですか」
「どうぞ」
 女の人が一人だけで座り、食べていた。まだ、食べ始めたばかりのようだ。
「あれっ、さっきのバスに乗ってませんでした」
 夏樹が言った。
「はい、いまここに着いて、他の人は夕食を食べ終わるからすぐに食べるようにって。ええ、じゃあ金沢駅からのバスに乗ってたんだすか」
「・・・はい」
 夏樹はあまり聞いたことのないイントネーションの言葉に、少し戸惑っていた。
「僕はバスの一番後ろに乗ってたから、気がつかなかったでしょ」
「金沢駅に着いたのが予定より遅くなってしまって、バスに乗ったら廻りは暗いし、水族館前で降りたら誰もいないし、恐かったんよ」
「そうそう、真っ暗やからバスを降りてから、僕も道に迷いそうになたもんなあ」
「ここに泊まる人が同じバスに乗っていることを分かってたら、一緒にここへこれたのに、本当におっがねかったもの」
「・・・いま、なんて言ったんですか」
「あっ、ごめんなさいね、ついいつもの言葉が出てしまって、恐ろしかったって言ったの」
「あのう、どちらの出身なんですか、僕もいろんなところへ旅に行きましたけど、あまり聞いたことのない喋り方なんやけど」
 夏樹の前に座っている女の人は、箸を置きお茶の入った湯のみを口に近づけて少しだけ飲んだ。





・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.26 / Top↑
 そして湯飲みを持ったままテーブルに置いた。
「あなたは関西の人ですよねえ」
「やっぱりすぐに分かりますよねえ」
「私は福島です。訛っているでしょ」
「へえ、東北の人とゆっくりと話しをしたのは始めてかも知れへんなあ。ほな福島から一人で旅をしてはるんですか」
 女の人は少し顔がほころんだ。
「いまは勤めが東京なので、東京に住んでいるんだけど」
「あれ、じゃやあ帰省をしないんですか」
「休みが長いから、前半は北陸から京都へ旅行をしようと思って。だから明日は朝から京都に向かうの」
「へえ、僕はねえ大晦日に京都を出て浜名湖ユースホステルで年を越して、昨日は名古屋に泊まって、金沢まで来たんですよ」
「京都の人なんだ」
 ますます笑顔になってきた。そんな笑顔がとても綺麗な人だ。
 京都出身と言うだけで初対面の人は対応が変わってくる。京都に生まれて育った者には分からない、独特のブランド力のようなものがあるらしいのだ。関西以外の高校生のほとんどは、修学旅行に京都へ行く。そして神社仏閣や嵐山に行き、新京極のアーケードを通る、とても良い印象を持って帰るらしいのだ。京都はそれだけでブランドになってしまうようだ。
「京都には雪がほとんど積らへんから、雪が見たくて北陸に来たんです。福島も雪はいっぱい降るんやろねえ」
「そうねえ私のところは山沿いの田舎だから、けっこう積るわねえ、うぢのまわりはぜえんぶゆぎだなあ」
「・・・いまなんて言ったんですか、最後の方が聞きとれへんかったんやけど」
「やっぱり、家の周りは全部、雪が積っている。って言ったの。東北弁って分からないでしょ」
「でもいいんじゃないですか、関西弁だって標準語から見たら訛ってるわけですから。ただ関西人は標準語を好きやない人が多いけどね」
「関西弁も訛っているのね、そうだよねえ、そういう見方もあるよねえ」
 女の人は夏樹の言ったことに、笑顔で感心していた。





・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.28 / Top↑
「何処の人やったかなあ関西弁も標準語から見たら、訛っとるがなって、そのことを喋った人もすっごく訛ってたけどね、あの人はどこの人やったかなあ」
「東京も昔から住んでいる江戸っ子と言われる人たちは、標準語とは違うよね、あの言葉も訛っているってなっちゃうのかなあ」
 女の人はテーブルに置いてあったプラスッチク製のヤカンをもって、夏樹の湯飲みにお茶を入れた。
「おぉきにぃ」
「ここのお茶、冷めちゃってあまり美味しくないねえ」
 二人は微笑んだ。
「江戸っ子って三代続いてはじめて、江戸っ子って言うって聞いたことがあるなあ」
「そうらしいね、私も聞いたことがある」

「関西の人は東京の人というより、東京弁をあまり良くは思ってない人が多いね。アナウンサーの話す標準語には特別な思いはないけど、一般の東京の人が話す言葉には、少々、違和感があるんですよ。特に男の東京弁は、なんでやろなあキザに見えるんやなあ」
「東北弁ってすごく田舎者の言葉だと思うの。だから東京に出てきた時は自分の話し方が恥ずかしくって、しばらくは言葉少ない静かな人って思われていたの。標準語をある程度話せるようになったのは半年も過ぎてからだった」
「そう言うものなのかなあ、関西人はどこへ行っても関西弁を喋ることに恥ずかしいと思う人は、いてないのとちゃうかなあ」
「そこが関西人のすごいところじゃないの」
「大阪と京都の人は、昔こっちが中心やった、ずうと前から上方と言われてた。と言う思いがあるからなのか、関西人が関西弁を喋って何が悪いねん。東京がなんぼのもんじゃい、と思ってるわけですは」
「そうらしいね、私の職場にも関西の人が二人いるけど、初めてのお客さんと話す時は標準語でも、慣れてくると関西弁になるし、私たちと話す時はもちろん関西弁なのよね」
「関西人はどこへ行っても関西弁を喋るし、旅先では関西弁を喋るやつが一番目立つんや、それもちょっと嫌なんやけど、関西人の性なのかなあ」
「まあ、ある意味、遠慮がないというか、目立ちたがりですかねえ」
 女のひとは関西人を良く研究しているようだ。
「ううん、いやあ、いいつっこみやねえ」


皆さん本年も拙い文章を読んでいただき、ありがとうございました
来年も懲りずに宜しくお願いいたします
皆様にとって良き年になりますよう、祈念しております




・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
・応援いただき、ありがとうございます。

2009.12.30 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。