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「そうなんよ、名古屋市内と岐阜市内にも電話したけど、正月三が日は休みなんやて。高山のユースホステルには予約をしてんの?」
 夏樹は仕方なく名古屋駅の観光協会で安いビジネスホテルを教えてもらい、一人寂しく元旦の夜を過ごしたことを話した。
「元旦から寂しいですねえ。じゃあ高山のユースホステルには明日の朝に予約の電話を入れようっと。でも休みだったらどうしようか」
 青学が言った。
 係長がバッグの中からユースホステルのガイドブックを出し、名古屋の二軒と岐阜の一軒のユースホステルは年末年始が休館であることを見つけ出した。
「高山にはお寺のユースホステルが一軒あるねえ。ここは年末年始に休みとは書いてないよ。定員が百五十人だから、大丈夫なんじゃない」
「もし、その次の日もどこかに泊まる予定だったら、浜名湖ユースホステルを薦めるは。なかなか、ええとこやでえ」
 大晦日にオールナイトでアマチュアバンドとともに、歌い続けたことを話した。係長と青学は興味津々で聞いていた。
「よし、明日の朝に高山のお寺と浜名湖のユースホステルに電話して、予約をいれとかなあきまへんなあ」
 青学がにこりと微笑みながら、関西弁を真似した。
「あのなあ、なんでそうやって皆が関西弁を真似するんやあ」
「あまり関西の人と話すことがないから、珍しいし、話し方が面白いから、つい真似をしたくなっちゃうんだよねえ」
「係長さん、俺は今、真似をしたんじゃないですよ、自然と出て来ちゃたんです。うつっちゃったのかなあ」
「そうかあ、関西弁てやっぱり、うつるんや。どこへ行っても真似をする人がいると思ってたら、あれは感染してるんやな、関西弁菌に。ほな俺はあっちこっちでばい菌をばら撒いてんのかい、ってなんでやねん」
 係長と、青学はぽかんとして、夏樹の話を聞いていた。夏樹の話がすべったことに気がつき、荷物を片付け始めた。





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2010.02.01 / Top↑
 係長が自分の腕時計を見てまもなく十一時になることを知り、冗談話しは終わりにして寝ることを提案した。イマさんが就寝を促す前に消灯して、布団に入った。
「おやすみなさい」
「おやすみ、電気消しますよ」
「おやすみ、ほなまた明日」

 正月三日、朝からどんよりとした曇り空だ。七時を少し過ぎたころ、夏樹の部屋の三人はほぼ同時に目を覚まし、洗面をすませて食堂に向かった。食堂には女性三人がすでに朝食を食べていた。
「おはようございます」
 朝の挨拶の発声を一番にしたのはコバヤシだった。その元気な声につられるように他の五人も「おはようございます」と言った。
「コバヤシさん早いですねえ」
「そうなんですよ夏樹さん、彼女ね六時に起きて仕度を始めたんですよ」
 背の高い方のOL嬢が言った。
「やっぱり彼氏に逢えるから、うれしくて早くに目が覚めたんでしょ」
「しぃぃ」
 コバヤシは右手の人差し指を、自分の唇の前に立てた。
「なぜ、その話しを今のタイミングでするんですか。はすかしいぃべぇ」
 コバヤシの顔が少し赤くなった・
「夏樹さんもその話を知っていたんですか。いいですよね、ロマンチックですよね、私も早くいい人を見つけて結婚したいなあ」
 背の高い方のOL嬢が言った。
「コバヤシさん、結婚するんですか、おめでとうございます」
「青学君、その話はもういいから」
 ますますコバヤシの顔が赤くなってきた。
「かまへんやん、おめでたいことなんやから、みんなでお祝いをすればよかったね、昨日の夜に。ほんで今後の参考のために馴初めなどをじっくりと聞きたかったなあ」
「はい、聞きました。私も頑張って、見つけたいです」
 背の低い方のOL嬢が大きな声で言った。他の五人が呆気に取られるほどに大きな声だった



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2010.02.03 / Top↑
「スミちゃん、急に大きな声をだして、どうしたの」
 コバヤシが驚き、箸を大きく振りながら言った。背の低い方のOL嬢はスミちゃんと呼ばれているようだ。
「きのうの夜にコバヤシさんの恋の物語を聞いて感動したんです。だから私も早くコバヤシさんのように、いい人とめぐり遇って、結婚したいです。でも、今の会社には対象になるような人はいないので、どうしようかと思案しています」
「私のことで感動されちゃうと、すごく責任が重くなってしまって、困っちゃうんだけど。感動されるような物語じゃないんだけどなあ」
「いいえ、すごく感動しました。どうすれば出遇うことができるでしょうか。教えてください」
 スミちゃんは目を大きく見開いて熱く語った。
「その出逢いが一番、難しいんじゃない。簡単に出遇えるんだったら、俺もこの歳まで一人でいないよ。コバヤシさん俺にも教えて下さい」
 突然、会話の輪に入って来たのは、ユースホステルのスタッフ、イマさんだった。
「イマさん、この歳までって、おいくつなんですか」
「係長さんに言わなかったっけ、俺って周りからは若く見られているらしいけど、三十二になったんだよ」
「へえぇ」
 ここにいる六人が申し合わせたように、揃って言った。
「一年に何千人もの宿泊者を迎える施設のスタッフなのに、出遇いがないんですか」
「コバヤシさん、ここへ来る人は皆さん、お客さんです、いい人だなあと思うことはあるけれど、恋愛対象にはできません。対象にしちゃあいけないと思うんですよ。だから、何回も来てくれる常連の女の人もいますが、一人の常連さんなんですよ」
 イマさんは少し寂しいそうな顔になった。



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2010.02.05 / Top↑
「ほな、イマさんに惚れて告白する女の人はいなかったですか」
「夏樹さん、正直に言うと、いたんだよ。毎月のように来てくれる常連さんで、ヘルパーとして手伝ってくれたこともあったんだ」
「えぇぇ、もてたんやないですか」
「いやあ、その人はね俺を好きになったんじゃなくて、このユースホステルに憧れていたようなんだ。でも現実は厳しいからねえ、ゆっくりと話をすると「私には無理です」って、それっきり来なくなっちゃたんだ」
「現実は厳しいって、どれぐらい厳しいんですか」
 スミちゃんがイマさんの顔を覗きこむように聞いた。
「協会の直営ユースホステルの職員だから、公務員じゃないけど公務員みたいな存在かな。給料は安いし、旅が好きでこの仕事を選んだけど、旅には何年も出かけていないなあ。それと全国に直営のユースホステルがあるでしょ、だから数年で転勤もあるからねえ」
「家庭を持っていると大変ですねえ」
「スミちゃん、イマさんと出合ってみたら」
「係長さん、スミちゃんが困っていますよ、そう言う冗談はよくないですよ」
 イマさんが係長の背中を軽く叩いた。
「イマさん、すみません。私は一人娘なので、親の住まいから遠いところへは駄目なんです」
「スミちゃん、冗談、冗談だよ。ごめんね」
 係長が大きく頭を下げて謝った。そして、そこにいた皆が大笑いした。イマさんだけが少しだけ寂しそうに見えた。

 佐藤と薬屋も食堂に現れた。男五人で朝食を済ませ、食器を片付けてから、イマさんと女性三人も呼んで係長のカメラで記念撮影をした。それぞれが係長に住所を教え、写真を送ってもらうことを約束した。
「係長はん、ちゃんと送ってやあ。楽しみに待ってるから」
「ごめん、俺んちの近くの郵便局は名古屋より西には送れないから」
「そうかあ、ほなしゃあないなあ、そのうち貰いに行くはって、こらあぁ、そんな郵便局はないわい」
 みんなが大笑いした。久々にうけたので、夏樹も満足だった。

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2010.02.08 / Top↑
 記念撮影をし、係長に住所を教えてから部屋に戻り、出発の準備をした。名残惜しいが楽しく過ごした仲間との別れである。
「それでは皆さん良い旅を」
「ヒゲさんもね、またどこかで会いましょう。あっ、俺の会社の近くの郵便局は大阪まで配達をするって言ってなあ、京都って大阪より西、東」
「係長はん、全国のどこの郵便局から、全国どこへでも配達してくれはるから。それも全国均一料金でな」
「ほんまかいなあ」
「おもろいやっちゃなあ、あんたのことは一生忘れへんと思うは」
「俺はすぐに忘れちゃうかもねえ」
 二人は大きな笑顔を作り、手を振って別れを惜しんだ。

 十時少し前の七尾線下り、急行「能登路」で輪島に向かう。急行列車だが、それは七尾駅まで、その先は普通列車になってしまう。おそらく七尾まではそれなりに乗降客がいるが、そこから先はさほど多くないのだろう。
 現在も七尾まではJR七尾線だけれど、そこから先は昭和六十三年三月に、第三セクター「のと鉄道」となっている。そして、現在は七尾から穴水までが「のと鉄道」として存在するが、残念ながらそこから先の輪島までは平成十三年四月に、蛸島までは平成十七年四月に廃線となった。

 七尾駅を過ぎるとあたりは山間部を走る。車窓からは雪に覆われた林が続く。時々、雪の重みに耐え切れず九十度以上に曲がった枝や、折れてしまった木もあった。
雪のほとんど降らない地に育った人間には、とても綺麗でロマンチックな情景ばかりが思い起こされる雪だが、何事も過ぎたるは及ばざるが如し、大量の雪にはロマンはない。そこには雪との戦いがあるのみである。大量の雪は生活の敵となってしまうのだ。(現在の生活による実体験である)
参考ブログ⇒おやじの一人ごと「春(とても待ち遠しいもの)1-5」



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2010.02.11 / Top↑
 昼頃に穴水駅に着いた。空は相変わらすどんよりとした雲が、低く垂れ込めている。僅かに雨が落ちてくるのが見えた。
 急行として金沢から七尾まで走って来た列車は、そのまま普通列車として穴水からは、前のほうの車両は能登線の終着、蛸島へ向かって大きく右の方へカーブをして先に出発した。夏樹が乗った残りの車両が輪島へと向かう。一両に乗客は十数人ほどだろうか、空いている。
 しばらくすると、山間部に列車が入っていった。駅を出発して数分が過ぎているが、いっこうにスピードが上がらない。駅が近づき徐行運転をしているかのように、ゆっくりと前に進んでいる。しかし次の能登三井駅まではまだ十五分ほどの時間が必要だが、相変わらずゆっくりと徐行運転をしている。
 車窓には雪が覆い被さった木々が目の前に続き、時々「キキィ、キィィ」と車輪が線路を擦る音が、窓を閉めていても大きく聞こえてくる。時々ではなく、頻繁に「キキィ、キィィ」と聞こえてくるようになった。こんなにも頻繁に車輪が線路を擦る音が続くということは、よほど半径の小さいカーブが続くことが伺える。
「きついカーブが続くさかいに、ゆっくりと走ってるんやなあ」

 穴水から四十分ほどで輪島に到着。駅前の道路に雪は少なく、車道の脇や歩道にはシャーベットのようになった、水分の多い雪が積っている、と言うより残っている。駅舎を出ると風が強く、空からは僅かに冷たい雨が強い風に乗って、横なぐりに夏樹を目がけて向かってくる。
「雨が降るなんて思ってなかったから、傘を持ってきいひんかったもんなあ」
 現在と違ってコンビニなどはなく、安い手ごろな傘を手に入れることは難しい。ましてやローカル線の終着駅である、なおさらのことだ。
 雪の少ない土地に育った者は雪に対して間違った認識を持っている。雪は雨と違って濡れない、だから傘が必要ないと思っている。大きな間違いである。もしかしてこのような認識をしているのは、夏樹だけかも知れないのだが。



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2010.02.13 / Top↑
 上りの列車が出発するまでに二時間ほどある、いつものようにガイドブックなどは持って来ていない、駅に置いてあった観光案内図を片手に小雨の中を輪島市内へと出かけた。
 輪島と言えば漆器、朝市、海産物などが有名だろう。朝市と海産物はその当時でも知っていたが、漆器だけは知らなかった。「漆器」と言う文字を「しっき」と読むことも、木製の器などに漆と言う木の樹液を精製して作った塗料を塗ったものだと言うことも、知らなかった。なんとも無知な二十代の若者であったことか。ただ僅かな記憶の中に、漆の木に触ると、気触れると言うことはなんとなく知っていたが、「漆の木」を「うるしのき」と読むことはできなかった。情けない。
 駅でもらった観光案内図に「漆器」とか「輪島塗」と言う文字が、おそらくあったのだと思う。その当時も漆器会館のような、観光客相手の物産館のようなものが案内図には記載されていたと思われるが、何の会館なのかわからないから、そういうところには行かなかった。ではどこへ行ったか、その当時の記録、記憶には海に向かっている。袖ヶ浜、鴨ヶ浦へ向かった。

鴨ヶ浦4

               鴨ヶ浦1


鴨ヶ浦5

                 鴨ヶ浦2


 正月三日。輪島の海は荒れているが、雪は少なく、小雨が降っている。春から秋に掛けての観光シーズンなら、多くの人が行きかうであろうが、今日は夏樹の他には観光で訪れているような人はいなかった。
 鴨ヶ浦は海蝕作用でできた奇岩が多く見られる。と観光案内図には書いてあるのだが、どれが像の鼻で、大蛇の背なのかわからず、とにかく寒くてとりあえず悴んだ手をジャンパーのポケットから取り出し、カメラのシャッターを押した。
 上りの列車の時間まではまだ一時間ほどある。海の他には見るところもなく、小雨降る寒空の中を、再びジャンパーのポケットに両手を突っ込み、輪島港へと向かった。




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2010.02.16 / Top↑
輪島港

                 輪島港2


 輪島港には多くの漁船が停泊していた。正月だから漁には出ないのだろう、地元の人もほとんど姿が見えない。
 駅に戻り遅めの昼飯にありつくことにした。こんなに寒い時は暖かいうどんなどがあれば、ありがたいのだが営業している店が見つからない。喫茶店は開いているが、飯屋とかうどん屋の類の店は開いていない。
 現代では飲食店などの店が元旦から営業している、しかし当時の店舗は元旦から三が日は休みのところが多かった。営業しているところは珍しかったように記憶する。
 元旦に家族と初詣に出かけても、帰りに食事をして帰ることはあまりなかった。営業していても、正月の限定メニューが、通常よりも割高の料金だった。都市でもこうなのだから、地方ではなお更だったと思う。正月の三が日はゆっくり休む時なのである。
 輪島駅の周辺は、ひっそりとしている。観光客は夏樹一人のようだ。

「腹がへったなあ、けど店が開いてへんしなあ。しゃあないから、駅の売店でパンでも買うか」
 駅の売店は営業している、そこであんぱんを二個と缶コーヒーを買い、昼飯の代わりとした。それと輪島の名物「丸ゆべし」を一つ買った。柚子の中身をくりぬき、餅と砂糖と柚子を詰めて蒸したものだそうだ。一個五百円は少々、高いように思ったが、けっこう美味しい。
 二時過ぎの上り列車に乗り、穴水へ。能登線に乗り換えて甲駅まで向かう。輪島から穴水までが二十キロメートル、穴水から甲までが十四キロメートル。乗り換えがあるが、二時間を要する。二時間と言えば、東海道新幹線で東京、名古屋間とほぼ同じである。
 のんびりとローカル線の旅である。特別にいそぐ訳でもなく、特に目的もなく気の向くまま、行き当たりばったりで行動する。
「今日のユースホステルは何人ぐらいの人が泊まりに来てるやろか」
 輪島駅を出発すると、来る時と同じように時折「キィィ、キキィ」と車輪とレールが擦れる音が響き渡り、ゆっくりと列車は走った。


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2010.02.17 / Top↑
 再び穴水駅で能登線の蛸島行きの列車に乗り換えるため下車する。。静かな山あいの駅の周りには雪が積り、列車を待つ人たちはまばらだ。そこへ薄汚れた二両編成のディーゼルカーがゆっくりとホームへ入って来た。ディーゼルカー特有の油の臭いがあたり一面に漂ってきた。車内はガランとして乗客は少ない。輪島から夏樹が乗ってきた列車は、金沢へ向けて先に出発していった。それから間もなく、蛸島行きの列車も発車した。

穴水駅

                  穴水駅2


 穴水駅を出るとすぐに港が車窓に広がるが、また山の間に入って行く。目指す甲駅は四つ目の駅、二十分ほどで到着する。この駅に降りたのは夏樹を含めて五人ほどだった。
「おおぅ寒いなあ、何にもないとこやなあ」
 輪島では小雨だったが、ここへ来て雪に換わり、その分気温も下がったようだ。旅も後半となり荷物の重量が一段と苦痛になり、気温の低下も加わり、ユースホステルまでは徒歩二十五分とあるが、歩きたくなかった。
「誰か車に乗せてくれる人は、いてないかなあ」
 非常に弱気で、甘えた考えだが、その前に車が走っていないのだから、そんなにやさしい方が居たとしても、見つけてもらうことはできない。寒さと、バッグの肩紐がくい込む痛みをこらえて、なんとかユースホステルに辿り着いた。その間に夏樹を見て見ぬふりをして通り過ぎて行った車はなかった。

 鉄筋の建物だが定員五十六人と、小さめのユースホステルだ。玄関を入り「ただいま」と少し元気のない声で言ってみたが、誰も出てこなかった。
「すいませえん、誰もいませんかぁ」
 もしかして今日の宿泊者は夏樹だけで、他には誰もいないのだろうか。でもここは人気のユースホステルで、全国でも有数の常連客が多いところだと聞いていたのだけれど。
「すいませえん」
 さきほどよりも大きな声で言ってみた。



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2010.02.22 / Top↑
「はあい、どちらさまですか」
 薄暗い玄関の奥のほうから、眠そうな顔をした一人の男の人が出てきた。
「あっどうも、今日、ここに泊まると、予約を入れていたんですが」
「あっ、きょう泊まる人?夏樹さん?」
「はい夏樹です。なんで名前がわかるんですか」
「きょう、ここへ来る人は夏樹さんだけだから」
「えっ、きょうの泊まりは僕だけなんですか」
「いや、泊まるのは君を含めて十人かな」
「どういうことですか、なんか、ようわからんのやけど」
「夏樹さんはここへ来るのは初めてだね」
「はあ」
「ここは何もないところだけど、多くの常連が集まるユースホステルでねえ、君以外の人たちは、年末からずっとここにいるんだ。ここが自宅のような感じかな」
 このユースホステルの近くには有名な観光地もなく、能登半島周遊の旅人が立ち寄るだけのところのようだが、噂どおりに常連客が多いユースホステルのようだ。いったい何がここへ、人を集めるのだろうか、夏樹は興味津々である。
「夏樹さんが来ましたよ」
 その男は来た部屋とは違う方へ消えていった。しばらくすると、さっきの男が消えていった方から色黒のおじさんが出てきた。
「夏樹君ね、お帰り。ここに住所と名前を書いて、それから会員証を貰おうかな」
 言われるがままに住所と名前を書き、バッグから会員証を出し、そのおじさんに渡した。
「部屋はあいつらと同じでいいな、そこを右の方に入っていって、二つ目の部屋の空いてるベッドを使って」
 そう言ってすぐに、さっき来たほうへと戻っていった。夏樹はなんだかよくわからないが、荷物を持って言われた部屋に入り、空いているベッドに荷物を置き、そのままそこに腰をおろした。


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2010.02.24 / Top↑
 インターネットで「かつら崎ユースホステル」を検索すると、ブログなどに投稿された記事や、日本ユースホステル協会のホームページでの紹介が上位に出てくる。
 しかし、二十年ほど前に閉館となったようだ。
 ブログを拝見すると、ユースホステルのペアレントである「彦さん」を慕い、多くの若者が集まって来ていたことが書かれている。そんな話しをどこかのユースホステルで聞いた夏樹は「かつら崎ユースホステル」へ来たのだ。しかし「彦さん」のことは記憶の中に多くは残っていない。慕う方が多いから、微かな記憶を元にフィクションになってはいけないと思い、「彦さん」に関してはここではあまり触れないことにする。少しの記録と、頭の中の思い出を掘り返し、このユースホステルでの出来事を進めたい。

 ベッドに腰をおろし、一息ついてから食堂に行った、十人ほどのホステラーがストーブの周りに集まり談笑していた。
「お帰り、君はここへ来るのは初めてなんでしょ、なぜ夏に来なかったの、初めて泊まる人の歓迎会ができないじゃないか」
 夏樹よりは少し年上で、短い髪に少し強めのパーマをかけた、いわゆるパンチパーマの男が言った。
「歓迎会って、冬にはでけへんのですか」
「あれ、関西の人やねえ、なんかうれしいなあ」
 大学生風の少し小柄な女性が満面の笑みで言った。
「そうです、俺は京都に住んでますけど、自分も関西から来はったん」
「はい、そうです、うちは大阪やけど、ここの人たちって関東の人が多くて、関西弁を喋ると、からかわれるから、ちょっと面白くないかも。特にこのイトウさんがすぐに意地悪しはるんや」
「別に意地悪をしているわけじゃないよ」
「そやかて、この頭を見たらわかりますやん、どう見たかてヤンキーやんか、悪いやつに違いないやんか」
「テンちゃんの言うとおり」
「たしかにイトウさんは悪い人に見えるよねえ」
 ストーブの周りに居た数人が口を揃えるように言った。でも皆の顔は笑顔でいっぱいだった。




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2010.02.26 / Top↑

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