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 浜名湖から中部地方を縦断し、富山、金沢、能登の旅から戻り、日々の仕事が始まった。正月休み明けの初めての土曜日に飛沢から電話が入った。
「これから行ってもええか。酒を持って行くから泊めてな。あっ、あけましておめでとうさん、まだ言うてへんかったなあ」
 飛沢はいつも突然にやってくる。年末年始は旅に出ていると伝えていた。だからこの日を狙って、遊びに来ることにしたのだろう。
「石田は、どうしてんの」
「そやなあ、あいつも誘っていくは。ほなな」
 それだけ言って電話を切られた。

 飛沢と石田は大学の四年生になり、少しずつだが就職活動を始めたようだ。
「石田は撮影所でアルバイトをしてんのやろ、そのまま撮影所の仕事をするのか」
「それは諦めた。俺にはそっち方面の才能がないことに気がついた」
「年末も撮影所でバイトをしてたんとちゃうの、えらい早ように諦めたんやなあ」
 石田は映画が大好きだった。撮影所ではアルバイトとは言え、それなりの仕事を任されていたと聞いていたのだが、少し逢っていない間になにがあったと言うのだろうか。
「石田は家のことがあるからとちゃうかあ」
 そう言うと飛沢が缶のビールを一口飲んだ。
「ああ、俺の家は代々の百姓なんや、田んぼが五ヵ所にあって、あわせて三町歩あるんや。今は親父も元気やし、爺様もまだまだ元気やさかい、俺は稲刈りの忙しい時だけ手伝ってんのやけどな」
「三町歩ってどれくらいや、ぜんぜんわからんなあ」
 夏樹が真っ赤な顔をして言った。
「一町歩が約九千八百平方やから、だいたい百メートル四方やなあ」
 飛沢も真っ赤な顔をしているが、頭の中はまだしっかりしているようだ。
「それが三つもあるのか、けっこう広いなあ。その広い田んぼを継ぐから、映画の仕事あきらめたんか」
「まあ、それも半分、いや三割かな」
 石田は缶のビールの残りをぐいぐいと一息に飲み干した」




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2010.05.07 / Top↑
「そうかあ、映画の仕事は諦めたんか」
 夏樹が言った。
「実際、映画の世界はかなり難しいし、厳しい世界やから、俺みたいにあんまり積極的やない人間には、ちょっと無理なんよ」
「けどそれなりに、いろんなことをやってたんやろ」
「たまたまな。なんや知らんけど、あの時の助監督さんに気にいられただけやから」
「ほな、どっち方面に行くつもりなんや」
 飛沢は片肘をついて横になって言った。
「稲刈りは天気が良い時だけやるから、急に仕事を休まなあかんし、一般企業より公務員かなあ。飛沢はどないすんねん」
「飛沢はもう寝てるで、ほんまにこいつは酒が弱いなあ、缶ビールを一本飲んだだけやのに」
 そう言った夏樹の顔も真っ赤である。
 布団を敷き飛沢を叩き起こしてそこに寝かした。石田は三本目のビールを、夏樹は二本目を開け、三人で行った旅の思い出などを話した。
「出雲に行った時は、おもしろかったなあ」
「石田、お前は帰りの列車の中が面白かったんやろ」
「あの時に住所を聞いておいたらよかったって、最近思い出す時があるんや」
「そやなあ、ちょっと美人さんやったもんなあ」
「そやなあ」
「皆が働くようになったら、旅にもなかなか行けんようになるなあ」
「そうやなあ」

 翌朝は昼近くまでごろごろとして、ちょうど昼に二人とも帰って行った。
「ほな、またな」
 飛沢の帰る時の決まり文句である。
 夏樹はインスタントラーメンを作り、それを食べ終えると原付のトレールバイクに跨り、山沿いの国道を郊外へ、気の向くままに走った。しかし、今は一月である晴れていてもまだまだ寒い。生身を寒風から守る防寒対策には限界がある。バイクを走らせて浴びる風により、体感温度はさらに下がり、体中が震え上がっていた。




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2010.05.10 / Top↑
 快晴ではあるが気温は低く乾燥した空気が、首元に巻いたマフラーの隙間から体中に刺さるように廻っていく。
「あああぁあ、さっぶうう」
 夏樹の他に誰もいない山間で、バイクで走りながら大きな声で叫んだ。寒さを堪えてハンドルを握る手と腕とその先の肩までが、固められたように動かなくなり、首の付け根辺りの肩の筋肉が特に力が入り硬くなってきた。その部分は寒さを通り越して、激痛に変わっていった。
「こんなに寒いのに、なんで走らなあかんのんや」
 そんなに寒いのが嫌いなら、はじめから冬にバイクなど乗らなければ良いのに、なぜ充てもなく寒い冬道を走るのか、若かったからかなあ、未知の地を見たい、行ってみたいという好奇心が旺盛だったのだろう。

 雨が降らないかぎり、休みになれば何処かへ走りに行った。春の日差しが暖かくなり、肩に激痛が残らないようになってきたころには、舗装された道路から未舗装の林道にも入って行くようになった。大抵の場合は行き止まりになってしまうのだが、思いがけないところへ抜ける時もある。そんな冒険的な達成感が楽しく、新しい林道を見つけては入って行った。
 ある時新しく見つけた林道から、二台のトレールバイクが出て来た。
「この人たちは、どこからか抜けて来たんとちゃうかなあ」
 直感でそう思った。躊躇することなくその道に入って行くことにした。しばらく行くと車が走るには少し狭くなり、上りの勾配も大きくなっていたが、道らしきものがさらに山の奥のほうへ続いていた。
「ここで行き止まりなんやろか」
夏樹はバイクを止めて、道の先を覗き込むように眺めた。一台のトレールバイクがゆっくりと降りてきた。そして夏樹の前でバイクを止めて話しかけてきた。
「こんにちは」
「あっ、こんにちは」
 夏樹は突然のことで少し慌てた。



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2010.05.12 / Top↑
「ここを登って行くことができるんですか」
 夏樹は慌てていたが、目の前にある坂を登ると何処かへ抜けることができるのか尋ねた。
「大丈夫やで、ここは、ちょっときついけど、ここを登りきれば、もうちょっと広いに道になるから」
「おれのバイクは原付なんやけど、どうもないやろか」
「んん、何とかなるって、大丈夫やろ。それより、一人で走ってはんの」
「まあ、一人ですけど、おたくかて一人とちゃいますのん」
「いいや、もう直ぐ二人が追いついてくると思うんやけど」
「一人やないんや」
「一人でツーリングするのって心配やないですか、なんかあったら困るやろ、ましてやこんな山の中やったら、かなり困るやろう」
「日本製のバイクは世界一やし、信頼してるから、機械が壊れることは無いと信じてるんや」
「そらそうやけど、転んだりしたら誰も助けてくれないし、そういうことを考えると恐くて一人では走れへんなあ」
 その時、山の上の方からバイクのエンジン音が聞こえてきた。
「おう、待ったか」
 後から来たバイクは夏樹の前にいる男の横で止まり、エンジンを止めた。
「いいや、高橋はまだ来いひんかあ」
「もう直ぐ来ると思うで。どうも、お前の知り合いか」
 夏樹の方を見てから、はじめに来たバイクの男に聞いた。
「いいや、お前らを待っている間に、ちょっとこの人と話をしていただけや」
 間もなくもう一人のバイクも近づいて来た。簡単な挨拶を交わし、三人は山道を下って行った。
 夏樹はエンジンを掛けて、細く急な坂道を上りはじめた。しばらく行くとますます急勾配になり、アクセルを最大に回しても前に進むことができず、わずかに後退してきた。
「登れへんのかいな」
 思わず大きな声を出してしまった。



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2010.05.17 / Top↑
 目の前の崖は道ではなかった。しかし、その先の木立の間からは細いけれど道らしきものが見えていた。この崖を登るためにアクセルを全開にして何度か挑戦したが、登りきることはできなかった。その時だった、夏樹が登ってきた道を二百五十CCのトレールバイク二台が、単気筒エンジン特有のけたたましい音を轟かせながら近づき、目の前の崖を簡単に登り走り去って行った。
「やっぱり原付ではあかんなあ」
 クラッチを握りエンジンを回したままで、バイクを降りた。ゆっくりと少しだけクラッチの握りを緩めてエンジンをつなぎ、押す力とエンジンの力の両方で目の前の崖をゆっくりと登った。
 二十メートルほど登ると勾配が少し緩くなり、急勾配の崖を登り終えたようだ。直ぐにバイクに跨り、細い林道をゆっくりと進んだ。直に林道を抜けて舗装された道に出た。
「ここはもしかして花背峠とちゃうか」
 高校生のころに自転車に乗りこの峠を何度か越えたことがあり、見覚えのある風景だった。
 この日から数日後には自動車教習所へ行き、排気量四百CCのバイクに乗れる中型自動二輪コースに申し込んだ。仕事を終えた後に、一時間の授業に毎日通った。
 今では免許制度も少し変わったようだが、その当時は普通免許を取得していると、学課の授業も試験もなく、九時間の実技講習を終えれば実技の卒業検定を受け、合格すれば免許センターに行き、申請すると免許を貰うことができた。
 その教習所へ原付のバイクで通った。行く時は何の問題もないのだが、四百CCのバイクに乗り教習所内を走り終えて原付のバイクに跨ると、とても違和感があり、恐かった。原付のバイクがこんなにも不安定な乗り物であることを、このとき知らされた。


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2010.05.19 / Top↑
 いろんな思いを書いて、多くの人にこの思いを聞いてもらいたくて、最初は特定少数の人にメルマガのような形で配信していたのだが、知人の勧めでブログに挑戦するようになり、三年目に突入した。これもひとえに訪問してくださる方のおかげで、続けることができたと思っています。この場をお借りしてお礼を申し上げます。
               「まいどぉ おぉきにぃ、」
  
 久々にオヤジの一人ごとを。
 ブログを書き始めたころに、いずれ機会を見て「夏樹涼風」と言うペンネームについてのコメントを書くと記していた。そのことを書くにふさわしい共通テンプレートを見つけ、早速、利用させてもらった。この樹は岩手県の小岩井農場内にある、一本の桜の樹だ。観光客が訪れる場所からは少し離れた、牧草の丘に立っている。知る人ぞ知る穴場的な場所だが、今ではガイドブックにも載っているのかもしれない。
 一念発起して約七年間の一般社会人を脱し、憧れの大地、北海道を目指したのが、今から二十数年前のこと。全国を旅して、多くの旅人と会話をし、多くのユースホステルなどに泊まった。
 この感動を、今度は自分自身で伝えることをやりたい、宿泊施設を経営してみたいと思った。でもユースホステルは酒が飲めないところがほとんどで、圧倒的に高校、大学生が多く、その年齢層以外の人たちも泊まれて、適度の酒を酌み交わしなら会話ができる宿泊施設をと、あさはかな頭脳で考えた結果、「民宿」が近いかな、それとも「ペンション」かなということで、北海道から流れて、岩手県内陸北部のスキー場のペンションで居候をしていた。約二年間に三ヵ所のペンションにお世話になった。三軒目のペンションの近くにこの樹があったのだ。
 なんだか長く、下手な文章の前置きになってしまった。

            「えらい、すんまへんなあ。堪忍しとくれやっしゃあ」
 続きは後日に。


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2010.05.21 / Top↑
 小高い丘の上に一本の大きな桜の樹。いつ写真に撮っても絵葉書になりそうな素晴らしい風景に憧れていた。
 四季の中で夏が好きだ。夏の日に大きな樹の下には、心地よく涼しい風がそよぐ。そんな場所で静かに昼寝をする。せちがらい都会を脱し、こんな木のある風景が目の前に広がるところで暮らしたい。いま住んでいるところにも少し歩けば、田んぼの中などに大きな一本の桜の樹があり、満開の花を咲かせている。毎年、楽しんでいる。大きな一本の樹を見ると心が落ち着くのは、私だけだろうか。
「夏の日に大きな樹の下には、心地よく涼しい風がそよぐ」
 恥ずかしながら、夏樹涼風の由来でした。

桜1

          桜2


 理想の宿泊施設を作る夢は、現時点では果たせていない。でも諦めたわけではない。いつも旅のことを思い出しては、何か他の形でもよいから伝えることができないかと考えていた。そして、ブログを介して、旅での人との出会いを中心に書き進めている。これからの話も、全国制覇に向けて、旅は続く。急がず、じっくりと思い出し、少しはフィクションも含めて書き進めていきます。どうかお付き合い下さい。よろしくお願いします。



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2010.05.24 / Top↑
 自動二輪の免許は、教習所に通うようになってから二週間後に手にすることができた。早速、飛沢の大学の友人のバイク屋で百二十五CCの中古のトレールバイクを購入することにした。なぜ二百CCや二百五十CCのバイクを購入しなかったか、金銭的なことと、いますぐに手に入るのはこのバイクだった。
 もちろん、休みの日には今までに行った林道へと向かい、原付のトレールバイクでは登れなかった坂道も、楽に通過することができた。排気量が大きくなったことで、もっと遠くへ行くことも楽にできる。
「ゴールデンウイークには何処へ行こうかなあ」
 年末から正月にかけて中部地方を横断したルートをバイクで走ってみることにした。少しでも見聞を増やすと言うことで、同じ所には泊まらず、まったく同じルートには拘らないことにした。窮屈な旅にはしたくはなかった。
 今までの旅は地図と時刻表を開き、計画を考えていたが、今回は地図を見ながら、傍らにユースホステルガイドブックを置き、希望のルート上にユースホステルがあるかを調べ、目的地までの距離を計算するために電卓を置いた。
 
 名古屋までは行かずに国道四十一号線を北上し、石川県の西部か福井県に入り、沿岸を通って京都北部経由で帰ってくるという、簡単なルートは決めた。それ以外は何も決めずに、その時の気分で考えよう。いずれにせよ精密な計画は考えないようにした。
 そんなある日、奈良、浜名湖のユースホステルで知り合った岡本から手紙が来た。浜名湖で写してくれた何枚かの写真が同封されていた。
> 「こんにちは、・・・(中略)・・・・
> ところで五月のゴールデンウイークの予定は決まりましたか
>連休は全て泊りがけで出かけると言ってましたよね・・・
> 私たち(浜名湖のメンバー四人)は明治村や知多半島方面
>に行く計画を考えています。
  > ・・・(中略)・・・・
> 浜名湖での楽しく面白かった時間を思い出しながら、
>この写真を見てください。今年の大晦日も浜名湖で
> 会えることを楽しみにしています。」
「明治村かあ」
 夏樹はすぐに地図を広げて、明治村の場所を確認した。





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2010.05.26 / Top↑
 この年の五月のゴールデンウイークは二日から始まった。朝の六時に出発して、国道一号線を東へと向かい、三泊四日のバイクの旅に出かけた。
 朝の早い時間は、主要国道とはいえ交通量は少なく、三泊分の着替えと雨具を入れたバッグを荷台に括りつけ、悠々と国道を走行していった。
 五十キロメートルほど走った所に鈴鹿峠がある。この峠は上り線と下り線が別のルートを走り、急勾配と急カーブが続く。カーブの連続なのに上下線が別ルートだから対向車は向かってこない。いわゆる峠族などと言われた輩が、コーナーリングを楽しむには打ってつけの道かも知れない。しかし、トレールバイクのような車高の高いバイクは、カーブと勾配が急すぎるために、バランスを崩して転倒する可能性がある。特に下り坂は危険だ。
「ちょっとスピードの出すぎかなあ」
 右へ左へと続くカーブの連続に、身体を右へ左へと少し大きく傾けて、急カーブをやり過ごした。そしていくつ目のカーブだっただろうか、右へ身体を傾けて少し行くと、曲がりはじめの予想よりに大きく右へ曲がり、勾配も、より急な下りになった。次の瞬間、バイクはそのまま右へ倒れこみ、右側を下にして下り坂を滑っていった。
「あっちゃあ、こけてもうたがな」
 ほとんど痛みもなく、まるで野球のスライディングのように滑っていった。夏樹の体とバイクには特に外傷はなかった。後々になって分かったことだが、前輪とハンドルのバランスが少しずれていた。
「もうちょっとスピードが出んようにして走らな、あかんなあ。後ろから車が来てなくて、良かった。来てたら大変やった」
 夏樹は声にはならない声で独り言を言った。その場で一休みして、気を取り直し、きょうの目的地の明治村に向かった。



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2010.05.28 / Top↑
 揖斐川、木曽川の大きく長い橋を渡ると交通量が増えてきた。名古屋市が近づいて来たようだ。名古屋ではこの年の正月を一人寂しく過ごしたところである。また、新幹線で名古屋を通過したことも何回かあるが、国道を自分のバイクで、地図だけを頼りに走るのは初めてである。
 他に近道や、走りやすいところがあるのかも知れないが、できるだけ簡単に明治村のある犬山を目指すことにした。地図を再確認し国道一号線をどこまでも東へ向かい、国道十九号線を左折して、とりあえず名古屋城を目指す。

 岡本からの手紙には、ゴールデンウイークは夏樹よりも一日早くから休みに入るために、初日は名古屋市内か犬山のユースホステルに泊まろうとしたようだが、どこも満杯のため名鉄で一時間ほどの知多半島ユースホステルに宿をとり、二日目に明治村に向かう予定だという。その日は夏樹の連休の初日になる、すぐに写真のお礼の返事に明治村を一緒に観光しないかと書いた。承諾の手紙が届いたのは出発の二日前だった。(今なら携帯メールなどと言う便利なものがありますが・・・)

 国道十九号線をほぼ真北に向かい数キロ行くと、名古屋城が見えてくるはずだが、周りのビルの高さと、片側五車線もある広い道を走ることで目の前の状況しか目に入らなかった。犬山へ向かう道は国道四十一号線だ、一旦、右折してまたすぐに右折することになっている。何回も地図を確認したから間違いないはずである、標識を見落とすことがないように余計なものは視界に入れないようにして走った。
 次の交差点を右折すると国道四十一号線、と書いた大きく青い標識が見えてきた。いちばん左の車線を走っている夏樹は、前方より後方から車が来ないかに注意をし、五車線を斜めに走り、いちばん右側の車線へ向かった。交差点の直前で右折車線に入ることができた。間一髪のところであった。
「ちょっと、ここの道は広すぎるやろ」
 文句を言っても仕方がないが、こんなに車線の多い道は初めてだった。


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2010.05.31 / Top↑

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