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 今まで走って来た道路は山の木々に挟まれ、道幅もさほど広くはない下りカーブの連続だった。城端と言う案内板が目に入ってからしばらく行くと、急に視界が広がり、田畑の中に住宅地といったおもむきの場所に出た。
 道幅も狭く住宅地の中を縫うように走る道は、時々見える「国道304号」の標識がなければ、どこを走っているのか分からなくなりそうだった。
 福光町に入ってすぐに交差点が現れた。どの道もさほど広くなく交通量も多くはなかった。
「304号はどっちに行けばええのかな」
 道路標識をしっかりと見ないと道に迷ってしまいそうだった。
(もちろん25年以上も前のこと、ネットでこの辺りの地図を検索してみると、今では拡張工事が進み国道らしくなっていると思われる)
 国道304号という標識を頼りに、田畑の中を道なりに金沢へ向かう。夏樹の左腕にはめた時計は、午後の3時を示していた。
「もうすぐ金沢に着くんやろな。そこからは8号線で西に向かったら、じきに東尋坊に着くやろ」
 楽観的な考えだった。実際には90キロはあるのだが。

 初めての泊りがけの長距離ツーリング。腰から背中、左右の肩、首筋までが固まったようになり、時々激痛が走った。
郡上八幡付近で見かけた数十台のバイク集団の光景が、脳裏から離れないからだろうか、ロングツーリングにはもっと排気量が大きく、ロードタイプのバイクの方が楽なのではないだろうか、と言う考えが夏樹の頭の中を支配するようになっていた。
 今のオフロードタイプのバイクに乗るようになってからまだ数ヶ月しか過ぎていないのに、買い替えを考え出していた。
「けどなあ、400ccにすると車検があって、保険も高くなるしなあ、やっぱり250ccのロードタイプがええのかなあ」
 オフロードバイクは数ヶ月後に、ロードタイプのバイクに買い替えられることとなりそうだった。




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2010.08.02 / Top↑
 現時点では夏樹のバイクを買い替える話など、ツーリングには何の関係もないのだが、たった一人でバイクに跨り、ひたすら前を向いて走っていると、頭の中はどうでもいいようなことばかりを、考えるものなのだろう。車であればラジオやテープの音楽を聞きながら運転ができる。もちろん雨、風、暑さ寒さも防ぎながら運転できる。しかし、バイクは全ての障害を体に受け止めなければならないし、耳から入ってくる音は、その場にある自然の音と、エンジンや対向してくる車のクラクションなどの、リアルタイムに発せられる人口の音だけである。リラックスさせてくれる音楽などは聞こえてこない。(今の大型バイクには車のようにステレオセットが装備されているものもあるようだが)
 そんな状況では、ふと気づいたこと、思い出したこと、目の前に表れたちょっと変わった看板や案内版を見て、様々なことを想像し、話を大きく膨らませては消えていくような、どうでもいいことが頭の中をグルグルと廻り、決定的な答が出てこないまま次のことを膨らませていく。
 いつの間にか夏樹の頭の中は、バイクの買い替えのことは何処かへ消えてしまい、背中から首筋に電気のような激痛がはしったことで「早くユースホステルに入って風呂に入りたい」と思っていた。そしてどんな建物で、夕食は何が食べられて、どんな人たちが泊まっていて、どんな情報が聞けるのか、そんな想像が膨らんでいった。少しでも早く今の疲労から開放されたいのだ。

 道幅はさほど広くなったわけではないが、交通量が少し増えてきた。金沢市が近づいてきているのだろうか。やがて国道8号線との交差点に着いた。北陸の主要国道である、交通量が今までの道よりもかなり多くなった。ここを左に曲がり、およそ50キロの区間は8号線を走る。






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2010.08.04 / Top↑
 国道8号線は片側2車線の道路。金沢市内のほぼ中央付近に出たようだ。白川郷辺りの山の中でさえ気温が高く、暑さを体中に浴びていたが、陽の位置がだいぶ傾いてきた金沢の市街地もまだまだ暑く、夏樹の廻りを走る車からの排気ガスやエアコンの排気熱、道路からの照り返しが夏樹を襲ってくる。
「暑いし、背中と腰は痛いし、早う風呂に入りたい」
 声にならないほどの独り言はヘルメットの中でボヤッとした音になり、耳に入ってくる。一緒に出てくる空気はどんよりと湿気を含んで生暖かく、自分の吐いた空気が、夏樹の気持ちをますますと沈ませていった。

 どんなに疲れていても今日の宿となる東尋坊ユースホステルまでは、安全運転で走らなければならい。
 交通量が多い道路は信号も多く、あまり脇見をしていると危険である。だからと言って真正面だけを見て運転することが安全とは限らない、眼球が動く範囲の前方から入ってくる情報を、できるだけ早く処理し、時にはバイクのハンドルに装備されている左右のバックミラーから、後方の情報も把握しなければならない。
「あれって、なんて読むんやろか」
 きょろきょろと脇見をしている訳ではないが「輪島塗、仏壇、仏具、漆器」と書かれた看板が目に入ってくる。それだけ頻繁にそう書かれた看板が現れる。
「輪島塗はお椀や箸とかの和食器のこと見たいやな」
 輪島塗と書かれた看板に、お椀と箸のイラストが書かれていた。
「まあ、仏壇と仏具はわかるけど、漆器?なんて読むんやろか」
 またまた夏樹の無学をさらけ出すことになってしまった。当時は「漆器」を読めなかったのだ。後になってから「しっき」と読み、漆の樹液を精製した塗料を、木製の器などに何回も塗り重ねて作られたものだ。(まいどぉ おぉきにぃ、七章にも書きました)


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2010.08.06 / Top↑
 交通量の多い道路は信号機も多い。赤信号で止まることなく順調に前に進むことが続くかと思えば、なぜか信号の度に赤信号で止まらなければいけないこともある。廻りあわせなのだろうか。
 金沢市内を抜けると「漆器」などの看板は見えなくなった。交通量は少しだけ減ってきたが、信号機はかなり減り、片側2車線の道路は快調に車が流れた。廻りの車の流れに沿っていれば、多少の速度超過は大丈夫だと思うのだが。時々、法定速度をはるかに超えるような速度で、追い越して行く車がいるのだが、速度超過違反で検挙されないのだろうか、他人ごとながら心配である。
 国道8号線を福井県に向けて南西に進む。道路の周りは田畑が多く、視界を遮るような高い建物は何も現れない。できるだけ周りの車の流れに乗り、快調に走った。右前方の太陽が眩く、だいぶ傾いてきたようだ。腕時計を見るとまもなく3時になろうとしている、気温は少しだけ下がったように感じる。

 広い駐車場を備えたドライブインなどで時々休憩をした。合皮ジャンパーのポケットに入っている煙草を取り出し、そのまま腕の反動を使って1本を取り出そうとしたが出てこない。残りが少ないのだろう外箱はくちゃっとなっていた。煙草を取り出すために切り開いた紙箱の上の方を、左の指でこじ開けてようやく1本を取り出した。
「これで最後やなあ。あれ、なんやこれ折れてるやんか」
 ちょうど真ん中で二つに折れて、葉を巻いている紙がほんの少しだけ切れずに残り、フィルターを銜えると先の方は直角に真下を向いた。
「もたいないなあ」
 今にも切れてしまいそうな先の方をちぎりとって、残った半分に火を点けた。
「ふぁぁああー。もうちょっとやな、なんとか夕飯までには着けそうや。あっああー」
 半分の煙草を銜えたまま両手を腰にあて、そのまま後ろへ仰け反り、腰と背中を伸ばした。



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2010.08.10 / Top↑
 加賀市の中心地から国道305号線に右折し、10キロほど走ると福井県に入る。今日の宿泊地の東尋坊ユースホステルまでは間もなくである。今日は1日で走る距離の最長記録となる。
 芦原町から三国町に入り県道を右折するとすぐに海が見えてきた。日本海だ、
 東尋坊ユースホステルは民間住宅をユースホステルとして運営している。ペアレントさんも協会職員ではなく、民間の方でユースホステルの規則などに準じて運営されている民宿みたいなものだ。
 将来的には京都と福井を結ぶ予定だった、京福電鉄三国芦原線の踏み切りを超え、中学校などがある住宅街の中に東尋坊ユースホステルがあった。道路脇の駐車スペースにバイクを置き、荷物を持って数段の石段を登った所に建物がある。一見、普通の古い住宅である、協会運営の大きな建物と違って、ユースホステルと書いた看板が無ければ、宿泊施設には見えないだろう。

東尋坊ユースホステル

「こんにちは、ただいまあ」
 一般住宅のような玄関を入ってもユースホステルらしくはなかった。
 残念ながらここから先のことは、何一つとして記憶に残っていない。「小説のような・・・」とは言っても全てがフィクションではいけないと思う。東尋坊ユースホステルの現在は閉館して運営されていないようだ。インターネットで検索しても現在の状況を詳しく書かれた情報は何もなかった。
 ここに一泊して明日は最終日、京都へと帰る。

         

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2010.08.13 / Top↑
 今回の旅も最終日を迎えた。今日も快晴だが、気温は昨日ほど高くないようだ。
 東尋坊は海面からの高さが25メートルもあり、切り立った岸壁が海水の浸食による柱状の岩が連なっている。これだけの規模のものは世界に三箇所しかなく、とても珍しいようだ。(ガイドブックの受け売り)
 また、ここで有名人の自殺などがあり、自殺の名所としても有名なところだ。あちらこちらに自殺を思いとどまらせるためのメッセージを書いた看板や、命の電話ボックスだったかな、公衆電話が少し不自然な場所にあったように思う。
 岸壁の端の方に立ち、海面を見下ろすと吸い込まれそうな感覚に襲われた。間違って落ちる前にこの場からはなれ、帰路に向かった。

           東尋坊
                         東尋坊2


 国道305号線を海岸沿いに進むと、道路の右側はすぐに海だ。文字通りの海岸道路で、海はとても穏やかである。海からの潮風が心地よく、昨日のような暑さを感じることはなかった。
 東尋坊から40キロほどで呼鳥門(コチョウモン)が見えてきた。山から海に突き出た岩が、長い年月を波風にさらされてトンネルになり、当時はその下を国道が通り、天然のトンネルとして観光名称になっている。今ではさらに風化が進み、小石などの崩落が多く、山側に新しいトンネルが作られた。呼鳥門の下は立ち入り禁止になっているようだ。
「こんにちは、金沢方面からいらしたんですか」
 大学生風の二人組みのライダーが声をかけてきた。
「あっ、どうもこんにちは。金沢方面?そうですねえ、東尋坊に泊まって昨日は金沢を素通りして来ました」
「金沢のことを教えてもらいたかったのですが」
「今年の正月に行ってきましたけど、兼六園に行っただけかな」
「えっ、冬の金沢へバイクで行ったの」
「いえいえ、電車ですよ。雪道をバイクではよう走らんしねえ」
 三人は微笑んだ。



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2010.08.17 / Top↑
「金沢に泊まるならどこがいいですか、安いところがいいのですが」
「ユースホステルなら金沢ユースホステルでしょう、他のホテルとか民宿とかには泊まったことがないから、分かりまへんなあ」
「関西の人ですね、それも京都じゃないですか」
「そこまでわかるんですか、その通り、正解」
「学校が京都の大学なので、少しだけ大阪や京都の人の話し方の違いがわかるんですよ」
「もしかして京大ですか」
「はあ、一応ですが」
「やっぱり、頭が良さそうやもん。俺もね京大に行ったことがあるんです」
「ええ、何年の卒業ですか」
「あっ、ああ、文化祭に一回、行っただけやけどね」
「はあ、なるほど」
 三人はまた微笑んだ。
「ほな、今日は金沢まで行くんですか」
「そうですね。そして新潟から国道17号線で、実家のある前橋へ、明日かあさってには着きたいのですが」
「群馬の人ですか、もしかしたら初めてかも、群馬県の人と会うのは。けどゴールデン、ウイークは今日で終わりですよ、学校はどうもないの」
「ちょと研究していたことが教授の都合で遅くなってしまって、今日から休みをとって、実家に帰ろうかと思いまして」
「研究ですか、まあその内容を聞いてもわからんやろうから」
「遺伝子の研究なんです、まあそれ以上は、おそらく説明してもわかっていただけないと思います」
「だよねえ」
 また三人は微笑んだ。
「せっかくやから呼鳥門をバックに写真を撮りましょう」
 そう言うと夏樹はバイクに括りつけたバッグから、カメラと三脚を取り出した。
「いいですよ、この辺りでいいですか」
 ピントを合わせてセルフタイマーをセットして、シャッターを押した。
「じゃあ、気をつけて、良い旅を続けてください」
 京大生二人が先に金沢方面へ出発し、夏樹は二人を見送った。

             呼鳥門






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2010.08.19 / Top↑
「あっ、しもうた、住所と名前を聞くのを忘れてた、写真を送れへんやんか」
 二人の京大生の姿はもう見えなかった。追いかけていっても、いつ追いつくかわからないし、夏樹とは反対の方向である、それに明日からは仕事がはじまる。
「まあ、ええか、しゃあないわなあ」

 地図で見ても海にへばりつくように、日本海沿いを国道305号線は走る。この国道は今回を含めて三回ほど通っているが、最後に通ってから四年ほど後に大事故があった。
 呼鳥門からすぐの所の越前岬の先で大規模な落石事故があり、落石防止の覆道(トンネルのようなコンクリート製の覆い)を突き破り、その下を走っていたマイクロバスを押し潰したのだ。そのバスに乗っていた人たち全員が亡くなられた。バスの後方を走っていた乗用車が事故の瞬間を偶然、撮影していたビデオには、轟音とともにバスが一瞬で押しつぶされる様子が映っていた。そのビデオをニュースで放映されたのを見た。
 長い時間、海を目の前に見ながらドライブが楽しめる道路で、とても良い印象が残っている所だったのに、こんな大惨事になったことを知り、とても残念である。今でも青く綺麗な海の風景と、ニュースビデオの両方の映像がハッキリと思いだされる。
 事故の数年後に事故現場を迂回するトンネルが造られ、崩落現場は通行禁止になっているようだ。

    越前岬2
          越前岬3
                越前岬4

(上記の写真は事故現場とは関係ないと思われる)

 越前岬から40キロほどで敦賀に着く。敦賀は古代から天然の良港として栄え、江戸時代の北前船も立ち寄ったようだ。太平洋戦争末期にはリトアニアのユダヤ人難民がここへ上陸し、アメリカなどへ亡命したことでも知られている。今は北海道へ行くフェリーもここから出ている。のちに、この港から新たな旅がはじまるのだが、その話はもう少し先になる。






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2010.08.22 / Top↑
 敦賀からは国道27号線に入る。この道は少し前に有名になった、小浜市(オバマシ)を経由して、京都府にはいり舞鶴から内陸の国道9号線へと続く。舞鶴は敦賀と同じように古代から天然の良港として栄え、昭和の戦時中は軍港として発展した。今も海上自衛隊の駐屯地があり、自衛艦が港に入っている。
 二葉百合子が歌った「岸壁の母」はここがモデルの地になっている。この歌が流行ったころによく聞こえてきたことは
「舞鶴って京都なんだって」
「京都に海があったんだ」
 そうです京都にも海がある。修学旅行で行く京都市は、三方が山に囲まれた盆地だが、京都府という範囲で見ると海もあるし、北国にも匹敵するほどの豪雪地帯、丹後半島も京都だ。京都市から南の大阪、奈良方面以外のほとんどの京都府は山間部で、比較的低い山が多いために、山あいを縫うように細い道を進み、少し視界が広がると集落があり、田んぼがあった。
 京都というと寺や神社が有名だが、京都府には海もあるし、ほとんどが山なのだ。

 国道27号線を50キロほど走り、国道162号線を左に入る。この道は京都と福井を結ぶ重要な国道で、京都から日本海に出る最短の道路だ。京都市民が車で海水浴に行く時は、この道を利用することが多く、日曜日の午後は京都へ帰る車で大渋滞が発生する。
 京都との県境に「名田庄村」と言う村があった。過去形である。平成の大合併で隣町と合併をし、名田庄村という名前がなくなったからだ。
 夏樹と同年代、またはもう少し年上の先輩方には懐かしい名前でしょう、高石ともやがここに住んでいたことから、のちのフォークグループ「ナターシャー7」の語源の由来地なのだ。七人のグループだと思っていたら、グループ名の「7」は語呂合わせなのだそうだ。



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2010.08.25 / Top↑
 名田庄村を過ぎると府県境の堀越トンネルまではスノーシェルターなどがある急坂、急カーブの連続で左側は断崖で、斜面に延びた様々な樹が視界を遮るために、渓谷の底を見ることはできない。
 堀越トンネルを越えると京都府に入る。美山町(合併により南丹市)京北町(合併により京都市)を抜けて笠トンネルを抜けると京都市に入る。北山杉が有名な地域で国道の両側には杉並木が続き、ところどころに伐採した杉を加工する工場がある。ほとんどが手作業で美しい光沢を出していくようだ。
 三泊四日のバイクの旅は無事に終了した。三日目のロングツーリングは少し疲れたが、四日間の天気は良く、よい旅になった。

 中部縦断ツーリングから戻って最初の週末に、何の前触れもなく飛沢が遊びに来た。飲めもしないのに缶ビールを六本と、簡単なつまみを持って笑顔で現れた。
「明日は休みやろ、俺も休みやから、泊まっていってもかまへんやろ」
「みやげを持って来てんのに、あかんって言われへんやろ。バイト、休みなんか」
「時々、休んでもええって店長が言うてくれるんや。バイクで旅行に行ってきたんやろ、その話を聞きたくてな」
「そうかあ」
 飛沢は缶ビールを夏樹に手渡した。二人がほとんど同時に缶の栓を開け、軽く乾杯をした。そして夏樹は少しずつ旅の話を始め、飛沢は夏樹の話を笑顔で頷き、ビールを飲んだ。
 旅の話しが一段落したころには、飛沢の顔は真っ赤になっていた。二本目の缶ビールを開けたばかりだった。
「今度は一緒に行こう、お前の車で行くのもええかもなあ」
「そやなあ、行きたいなあ」
 飛沢の目は開いているのか、閉じているのか、おそらく缶ビールを持った状態で寝ているようだ。

小説のような、旅のはじまり 八章《完》



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2010.08.28 / Top↑

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