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 高速道路を快調に飛ばして札幌に向かった。昇ったばかりの太陽は前方向にいて、大きくこちらを照らしている。
 札幌までは三十分ほどで着いた。休日の早朝だからなのか札幌市内も交通量は少なく、順調に国道を進み道央自動車道の北広島インターチェンジを目指した。北海道にも広島と言う地があるのかと、意味もなく感心していた。
 五十分ほどで苫小牧東インターチェンジを降りて国道235号へ、日高本線と太平洋に挟まれる位置に道路が南東へ延びている。雲はなく快晴の空模様なのだが、海から吹いてくる風は冷たく、安物の皮ジャンパーに差し込んでくる。
「お盆の暑い時やのに、寒いなあ。これが北国っちゅうことなんやろなあ」
 ふとバイクのスピードメーターに目をやると、70km/hを越えようとしている。
「やばいやんか、こんなに出したら捕まってしまうで」
 高速道路ではない一般国道を走っていても、信号は少なく、交通量もあまり多くない。道幅も広く対向車とすれ違うときに感じるスピード感は、高速道路並みである。その時後ろから乗用車が夏樹のバイクを追い越して行った。あきらかにスピード違反車である。100km/h近い速度で追い越して行ったのではないだろうか。このあとも後方から迫(せま)ってくる車は、あっという間に追いつき、追い越して行くのだ。
「随分と飛ばして行く車がおおいなあ」
 たしか、今でも事故率が高い都道府県の上位ではなかっただろうか。これだけ道が広く、信号も交通量も少ないとスピードが出すぎてしまうのかもしれない。しかし、本当の北海道らしい道路はまだ先のこと。夏樹にとって、感動の連続となり、本当の旅のはじまりへと続いていくこととなる。


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2010.11.03 / Top↑
 道路は海沿いから少し離れ富川の街に入った。国道237号線を左に曲がり、日高へ向かう。牧場や田畑が両側に広がり、北海道らしい風景が続く。
「あっ、そうか田代先生がこの辺の牧場で働いたことがあったんやった」
 高校のユースホステルクラブの顧問、田代先生のことである。
  (旅のはじまり三章-⑩を参照下さい)

「先生の話を聞いて想像していた風景と、ほとんど同じやなあ」
 川沿いの緩やかなカーブが続く道をしばらく行くと、両側に少しずつ山が近づいて来た。そして、山峡の連続したカーブを進むと日高町に着く。ここからは国道274号線にはいり日勝峠を目指す。原生林の中のカーブの連続を登っていくと、夏樹にとって北国を象徴するものの一つ、白樺の木々が増えてきた。その先に未舗装の日勝トンネルが現れ、これを抜けると日勝峠に着いた。十勝平野を一望できる展望台があり、一休みすることにした。

日勝トンネル
日勝峠


「こんにちは」
 右手にヘルメットも持ち、あきらかに夏樹のそれとは格段に高いであろう黒皮のライダージャケットの上下を身にまとった男二人が、近寄ってきた。
「こんにちは」
「おっ、京都からですか、わしら大阪ですねん。今日はちょっと天気が悪うなってきたから、寒いぐらいやわ。これからどっちに行かはんの」
 この少し慣れなれしい話し方が大阪人、関西人の、良いような、悪いような、そんな人種ではなかろうか。
「今日はえりも岬まで行きますねん。おたくらは何処へ行かはんの」
「そやねえ、昨日は池田町でキャンプをして、ワインをたらふく飲んで、今もちょっと二日酔いなんやけど、とりあえずここまで来て、これから何処へ行こうかなあって、考えてましてん」
 そう言えばなんとなく二人の顔が冴えないような気がする。



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2010.11.08 / Top↑
「それに随分と荷物が多いねえ」
「キャンプ道具一式を積んでるからねえ、昔のテントやから嵩張ってしもうて、貧乏学生やけどバイクにはちょっと金をかけたから、他のものはダチから借りたり、学校にあったやつを持ってきたりして、金をかけんようにしたからねえ」
 二人の乗っているバイクは750ccの大きなバイクで、車体の隅々まで磨き上げられて、マフラーなどはピカピカに光っている。
「へええ、大学生なんや、その歳で限定解除したんやねえ」
「俺は10回目」
「わしは13回目で合格ですわ」
 もう一人の男がはじめて話しをしてきた。色黒で大柄だけれども、少し控えめのその男は、殆ど会話には参加しなかった。
「13回って、やっぱり難しいんやなあ」
「朝の早くから免許センターに行って、試験用のコースを書いた紙を見ながらコースを歩いて覚えるんですよ。ほんで他の人が走っているのを、緊張して見ながら順番が来るのを待ってるのがしんどいんですわ」
「なんでなん」
「いっつも二、三十人が試験を受けに来るんやけど、受かるのは多くて二人、誰も受からん時もあるんや。スタートして最初の交差点で一旦停止して、クラッチを繋いだ瞬間に「五番の方、スタート地点に戻って」って試験管の声がスピーカーから流れて、グルッとUターンして戻って来ますねん」
「もう不合格なんか、何であかんのんや」
「とにかく厳しい試験やったなあ。最後までコースを走りきる人なんか、半分もいるやろか。九回の不合格の内、六回は安全確認ができてなかった、って言われたわ」
「安全確認って、発進する時に左右と後ろの安全を確認するんやろ」
「自分ではしたつもりでも、できてないって言われるし、完璧やと思たら確認が遅いとか、機敏に確認せんかったとか、言いよんねん」
「へえええ!」



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2010.11.11 / Top↑
「試験は週に一回、毎週のように四ヶ月も通ったなあ」
「四ヶ月も通ったの、がんばったんやなあ」
「おたくも、限定解除しはったら。大きいバイクはええでえ、余裕をもって走れるからなあ。まあ、車検があるから、ちょっと金はかかるけどなあ」
「社会人としては四ヶ月も試験場には通えんわ、いつになったら受かるかわからへんで」
 そう言うとジャンパーのポケットから煙草を取り出し、口に銜えた。すると大柄で無口の男がジッポーのライターを取り出し、夏樹の前で火をつけて差し出してくれた。
「おぉきにぃ」
「ナナハンはいいですよ」
 カシャンといい音をさせてジッポーのライターの蓋を閉じて、小さな声で言った。
「ところでいつから北海道に来たはんの」
「夏休みに入ったらすぐに北へ向かったから、北海道には半月ほどいるかなあ」
「半月!ほな結構あっちこっち行かはったんか」
 大きく吸い込んだ煙草の煙を、一気に吐き出した。
「いいや、そうでもないなあ。とにかくその日その日で、思いついた方へ向かうことにしてるから、道東と道北方面は行ってないなあ」
「えりも岬は?」
「おとといまでいたなあ、いつもはキャンプをするんやけど、あそこのユースホステルに一泊だけしたんや。まあ賑やかなところで、わしらにはちょっと合わんとこやなあ」
「風呂に入りたかったから、しゃあない」
 大柄な男が小さな声で言った。
「今日、そこに泊まるんやけどなあ。そんなに賑やかなんや」
「キャンプ場でも人が集まれば、みんなで騒ぐんやけど、ユースホステルっちゅうとこは騒ぎ方が強制的なところがあるし、それに酒が飲めへんのが一番困るんや。夜のお楽しみは、やっぱり酒やで。北海道の焼酎[ゴードー]は安くて美味いんや」
 よく喋る男と、無口な男が顔を見合わせてにこりと微笑んだ。




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2010.11.14 / Top↑
「ああ、頭が痛いなあ。なあ、今日はここでテントを張って寝てよか、二日酔いの状態で走るのはしんどいし、もしかしたら酒気帯び運転で捕まるかもしれへんしなあ」
 ナナハンに乗り、よく喋る男は、峠の展望台からの景色を見ながら両腕を伸ばし、大きく欠伸をした。

          日勝峠2
「ええよ」
 大柄な男がにこりと微笑んだ。
「まだ、昼前やのに、もうテントを張るのか、それにここはキャンプ場やないのに」
 夏樹はそう言うと、吸い終った煙草を捨てる灰皿を探した。
「いやあ、テントは冗談やけど、しばらくここで一眠りしてから、どこへ行くか考えようかなあっと思ってまんねん」
「ほな、しっかりと二日酔いを覚ましてからバイクに乗って下さいね、俺はそろそろ行きますわ」
「気を付けて、走って下さい、けっこうネズミ捕りがはってますから、スピードには注意せんとね」
「おぉきにぃ、そうしますわ」

 日勝峠に登って来るときよりも急勾配の下り坂を、速度を抑えて走った。やがて下り坂が終わり大きく視界が広がってきた。右へ曲がり33キロ行くと帯広であることを知らせる案内標識が見える。峠にいた時は少し雲が多かったが、帯広に近づくにつれ、青空が見えてくるようになった。
 右折して道路わきにバイクを止め、地図を広げて現在地を確認すると、十勝平野の文字が見える。周りの風景はガイドブックなどの写真で見る風景と同じだ、北海道らしい風景が目の前に広がり、思わずカメラのシャッターを押していた。      

          帯広①
           
 少し走ってはバイクを止めて、またシャッターを押した。帯広市内に入ると、西へ向かう道路の先が見えないことに気づいた。10キロほど走ってからようやくカーブしていることで、その間は真っ直ぐに伸びていることを確認した。京都周辺では絶対に見ることができない風景に、感動の連続だった。

          帯広②



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2010.11.16 / Top↑
 日勝峠にいるころは雲り空だったが、次第に青空が広がりようやく気温も上がってきたようだ。バイクを降りると日差しが暑く、眩しかった。首に巻いていたぼろ雑巾のような黒いマフラーをバッグに入れ、周りの風景に見とれながら、ブームとなっていた広尾線愛国駅を目指した。
                     帯広③
 38号線をそのまま東へ行くと釧路へ続く。帯広市内の中心部から国道236号線を南に走ると20分ほどで広尾線愛国駅に着く。盆休みとあって、すでに多くのライダーや鉄道利用の観光客が、駅周辺や構内で記念の写真を写している。鉄道ファンとしては、もちろん入場券と幸福駅行きの切符を買うことも忘れなかった。
     愛国駅①
                    切符①
                                        
 線路に沿うように国道を走り、その周辺はどこまでも広がる畑と、列車を強風から守る防風林が続き、建物はあまり見ることができなかった。信号もカーブも少ない広い道を、夏の快晴なのだけれど、走っている時はあまり暑さを感じず気持ちよく走った。
 時々バイクを止めて写真を撮り、広大で美しい風景を楽しんだ。
「ええなあ、気持ちが大きく柔らかくなって、ものすごく気持ちがええなあ」
 そう思う反面で冬は寒く、とても厳しいのだろうなあと、頭の中を少しかすめた。
 幸福駅には昼頃に着いた。単線の線路脇に短いホームがあり、その端に小さな駅舎があるだけだが、愛国駅以上に多くの観光客が、切符を買ったり写真を撮ったりしていた。バイクを降りてまずは入場券を買い、カメラ片手に駅周辺を歩いた。あまりにも人が多いので、人を要れずに写真を撮るのに苦労をした。できればホームに列車が入って来たときの写真を撮りたかったが、次の入線は二時間後のようだ。そんな長い時間を待っているわけにも行かず、先へ行くことにした。
     幸福駅②
                  切符②
                    
   
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2010.11.20 / Top↑
 国道と平行して広尾線も南に向かっていた。防風林の間から時々線路が見えるのだが、上下線ともに列車が走るのを見ることはなかった。ローカル線は走れば走るほど赤字が増える。周辺住民が少ないから本数が減る。本数が減るからますます利用者も減る。また、車の利用者が増えたことが利用者減のいちばんの理由だろう。
「愛国から幸福ゆき」と言う、当時の国鉄のキャンペーンコピーで多くの観光客が訪れたようだが、鉄道としての売り上げには、あまり影響がなかったようだ。夏樹が訪れた二年と半年後に広尾線は廃線となり、愛国駅と幸福駅は駅舎とホーム、線路の一部が、当時のまま保存されているようだ。

           踏み切り
                      線路②

 バイクを運転しながら見えてくる十勝平野の風景は、どこまでも真っ直ぐに伸びる線路、どこまでも広がる大きな畑、見方によってはあまり変化のない風景だが、この雄大さが夏樹を連続的に感動させてくれていた。
 信号と交通量が少なく、快調にバイクを走らせることができる。関西周辺を走るよりは、短い時間で距離を進むようだ。地図でおおよその時間配分をしていたが、予測以上に早く目的地に着きそうである。
 大樹町に入るころには右方面に山が近づくようになり、今までとは違った風景になってきた。やがて左前方に青い海が見えた。広尾町からは線路とも別れて、海沿いの道を走ることとなった。
 日高山脈の東の端が、断崖絶壁となり、海へそのまま入って行ったような険しい風景が連続する。ほんの数十分前までのそれとは別世界のようになった。


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2010.11.23 / Top↑
 えりも岬に向かう道路の左側はすぐに海、右側は切り立った崖が続き、場所によっては海側へ鋭角に延び、頭の上に岩が見えるところもあった。切り立った断崖絶壁と海との隙間に、七年がかりで道路が建設され、黄金を敷きつめたほどに費用がかかったと言うことから「黄金道路」と名づけられたようだ。その区間およそ三十三キロメートルある。
 断崖のあちらこちらには滝がかかり、その中でも「フンベの滝」が有名でガイドブックにも乗っている。約二十メートル上の断崖の途中から地下水が噴出し、それが滝となって落ちてくるのだそうだ。
(黄金道路とフンベの滝の話は、ガイドブックの受け売りです)
 夏と言っても北の国の太平洋は波が高く、ときおり大きな波が道路のすぐ脇の岩に打ち砕け、波しぶきを上げていた。
                         フンベの滝
                           
 太平洋の荒波と断崖絶壁の隙間を進む黄金道路も、やがて絶壁の高度が下がってくると視界が少し広がり、えりも岬に近づくころには丘となり左側の海には浜が広がってきた。
 道路から見る浜には、夏だと言うのに、泳いでいる人影はまったく見えない。波打ち際まで行った訳ではないが、泳げないほどに海水温は低いのだろうか。
(後日談であるが、この時から三年ほど後に八戸の海岸へ数人で遊びに行ったことがある。足を浸けることはできたが、泳ぐことはできなかった。八月の夏真っ盛りのころのことだ)

       えりも町①
                       えりも町②
                     
 えりも岬に近づくにしたがって、頭の中には同じ曲の歌詞がオートリバースで流れ続けていた。
                  ♪北の街ではもう・・・・
                    えり~もの 春~は~、何もない春ですう~♪




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2010.11.25 / Top↑
「ほんまに、なんもないなあ」
 この歌が流行ったころ、えりもの人たちから「何もないことはない」と反論があったと、何かで聞いたことがある。しかしその後「何もないけど何もないのが、いいとこなのだ」をアピールしていたとも聞いたように思う。
 都会には、ものがありすぎる。そんな世知辛い都市生活から見れば、何もないけど、何もないのが、とてもいいことのように思える。都市生活者の自分勝手な言い分かも知れないが、豊かで、何でも手に入る今の社会には、本当の大切なものを忘れているのではないか。だから何もないことが、大切なものを教えてくれたように思う。
          えりも町④
                       えりも町⑤
                       
 黄金道路の辺りでは切り立った断崖の山が海に迫っていたが、その山もえりも岬付近では丘となり、平原となっていった。そんな広々とした風景の中をすすみ、えりも岬まで一キロメートルほどの所に、今日の宿、えりも岬ユースホステルがあった。建物の前には数十台のバイクが整然と並べられていた。その列の中には数台の自転車も置かれている。
「バイクだけでもこんなに多いから、今日はおそらく満員やなあ」
 整然と並んだバイクの端へゆっくりと進み、隣の置き方に習い同じようにサイドスタンドを出して降りた。メインキーを抜き、ヘルメットと荷物を持って入り口へと向かった。
「おっ、おかえりなさい」
 玄関へ入ろうとした時に、中から出てきた男と、はち合わせしそうになった。その男は少し伸びた髪がボサボサで、鼻の下から顎まで不精ひげを蓄えていた。


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2010.11.28 / Top↑
「どうも、ただいま。もしかしてここのスタッフさんですか」
 その男はきつねのイラストが描かれた黄色いエプロンをしていた。はっきり言ってその風貌には似つかわしくなかった。
「そうです、夏休みだけのヘルパーですねん」
 ヒゲ面の男はニコリと笑った。メガネを掛けたその奥の目は細く、笑うことで黒い線になってしまった。
「関西の人やねえ、大学生ですか」
「そう言うおたくさんも関西やねえ。大阪とは違うなあ、きょうと、かな」
「正解。そっちは大阪やけど、ちょっと京都に近い方とちゃうかなあ」
「やっぱりわかりますか、ちょっと違うもんねえ」
 北海道の端っこの方で、たまたま出会った二人は、出身地が近いと言うことだけで親近感を持ち、旧知の友のように打解けて会話ができる。ユースホステルとはそんな宿なのだ。
「ところで受付はどこですか」
「玄関を入ったらすぐにわかりますよ、たぶんお母さんがいるはずですわ」
 ユースホステルの経営者や管理者のことを「お父さん、お母さん」と呼ぶところが多い。宿に泊まりに来たと言うより、我が家に帰って来たと言う環境を作っているところは、自然とそう呼ぶようになってきたようだ。
「おぉきにぃ。忙しそうやね、後で時間があったら話を聞かせてな」
「食後のミーティングの時に時間がありまっさかいに、その時に」
 ヒゲ面の男はそう言うと、建物の裏の方へ小走りで行った。

「ただいまあ」
 玄関を元気に入って行った。
「はい、おかえりぃ、ええと誰かな」
 とても元気な女の人が、ヒゲ面の大学生と同じきつねのイラストの赤いエプロンを着けて対応してくれた。


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2010.11.30 / Top↑

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