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 去年の夏に、会社の仲間と夕涼みドライブに出かけた時のことを、夏樹は話しはじめた。京都の夏は湿度が高く、とても蒸し暑いところで、クーラーなどはあまり普及していなかったころである。京都市内の北部にある池の周辺で幽霊が出ると言う情報を、夏樹よりひとつ年上の先輩が仕入れてきたのだ。男女十人で二台の車に分乗し、出かけた時のことだ。
「幽霊が出るって言われてる池の周辺は、街頭も少ないし、けっこう暗かった。車を止めて外へ降りて、しばらくは誰も喋らずにキョロキョロしてたんや」
「その時、フワーッと出て来たんか」
「きゃあ、飛沢さん脅かさないでよ」
 タナカが両手で耳を押えて下を向いていた。
「いいや、いつまで待っても、それらしいものを見ることは、誰もできひんかったんや」
「なんだ、つまんない」
「岡本さん、話はまだ終わってませんで」
「じゃあ、それで」
 岡本は嫌がるタナカの両肩を掴み、微笑んだ。
 夜の八時を過ぎているのに、この日も風もなく蒸し暑かった。一人の女が喫茶店に行って、かき氷を食べに行くことを提案した。二台の車に乗り込みしばらくすると、緩やかなカーブの両側が切り立った崖になり、街頭の灯りが全くとどかない道になった。
「月も出てへんし、真っ暗やな」
 前の車に乗っていた夏樹は、進行方向左の方を見て言った。その時、後ろの車のライトが消えた。それにつられるように夏樹の乗っていた車の運転手も速度を落とし、ライトを消した。
「なにぃ、あ、れ・・・」
 一人の女が悲鳴のような声で言った。その女が指差す方を見ると、白いものがフワフワと流れるように動いていた。車に乗っていた五人がほぼ同時に「なんや、あれわ」と叫んだ。運転手はすぐに車のライトを点けた。



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2011.06.02 / Top↑
「きゃあ・・・やめてよ」
 タナカが大きな声を出し、両手で耳を押えてその場でしゃがみこみそうになった。
「ついに出たな、妖怪」
「飛沢、妖怪はでえへんで」
「それで、本物の幽霊だったの」
「車のライトの先には、前ボタンを留めずに、マントのようにひるがえる白衣を着たおじさんが、ライトも点けずに自転車に乗っている姿があったんや。その人の横顔を見ながら、ゆっくりと前に進みました。おしまい」
「白衣を着た、おじさん・・・。それが幽霊の正体なの」
 岡本の顔から笑みがなくなり、期待がはずれ、大きなため息をついた。
「まあ、幽霊なんちゅうもんは、大体だがそんなもんや。暗いところで、恐いと思う心が、柳の木を幽霊に見間違えてしまうんよ」
 石田が評論家のような口ぶりで言った。映画の仕事を目指したことのある石田は、様々な本を読んでいた。そのときの本から獲た知識なのだろう、時々すごく物知り人に見える。
「岡本さんって、お化けとか幽霊とか、そういうものが何で好きなんですか」
「えっ、だって面白いじゃん。私はね、幽霊、妖怪、それからユーホーに宇宙人なんていうものはね、信じていないの。あんなものは全て、人間の見えないものへの恐怖心をあおるために作り出したものなのよ。恐怖心をあおることで、真面目に生きていかないと、恐い思いをして、もしかすると命も奪われるよって、宗教的な戒めの発想だと思っているの。見たって言う証言が、どれもがとても曖昧で、本当にいるのなら、この目でしかと見てみたいのよ。ぜんぜん恐いとは思わないわ」
 岡本は他の四人よりも少し前に出て歩いていた。


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2011.06.04 / Top↑
「なんか、難しい話やなあ。要するに岡本さんは、強い人なんとちゃうかなあ」
 飛沢は眉をひそめるような表情をした。
「強くはないわよ。ただね・・・私の誕生日はね、六月六日なの」
「あっ、オーメンやね」
 石田が大きな声で言った。その声にタナカが両手で耳を押えて、飛沢の背中に顔をうずめた。微かに石田の顔が曇ったようにみえた。

 新宿の歩行者天国を少し歩きながら、他愛のない会話を続けた。いつの間にか夏樹と岡本、その後から飛沢と石田とその間にタナカが並び会話をしながら歩いていた。
「新宿のアルタ前に着きましたよ」
 岡本が振り返り大きな声で言った。
「思ったより狭いところなんやな。もっと広い場所に大きなテレビ画面があるのかと思ってた」
 石田は肩幅より少し広く足を広げ両手を腰に置き、ビルの壁に映し出されている映像を見上げて言った。
「じゃあ次は原宿へ移動しましょうか」
 岡本はなぜか楽しそうだ。
 今度は山の手線に乗り二つ目が原宿駅だ。駅を出て表参道へは横断歩道を渡る。道路の上を通る時に東京にしてはビルが少なく、空がより広く見えるところと、木々が茂る林が見えた。夏樹があそこは何かと聞く前に、変わった建物があるあたりは代々木の国立競技場で、木々が茂る林は明治神宮だと岡本が教えてくれた。
「それでね、あっちがNHKよ」
                    原宿駅

「へえ、なんかこの辺は高いビルが少ないし、緑がいっぱいあるし、東京やないみたいやなあ」
 小走りで飛沢は夏樹に近づいた。
「夏樹、なんか、ええ感じなんとちゃうか」
 飛沢が夏樹の耳元で話した。
「そやろか、ほんまにそう思うかあ」
 夏樹も飛沢にだけ聞こえるような小さな声で言った。



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2011.06.06 / Top↑
 二人の男が身体を寄せ合い、小声で会話をしている状況は、岡本とタナカの女性陣には異質で不愉快な気持ちにさせたようだ。岡本が大きな声で言った。
「あなたたち何やっているの、何か変よ」
「ごめん、ちょっとこの後の相談をしてただけやから」
「夏樹がな、あんたのことがな・・・」
 突然の飛沢の発言に驚き、背中から飛びつき口を押えた。
「おまえ、何を言いだすんや」
「ええ、私、私がどうしたの」
                表参道2

                       表参道1

 原宿、表参道は、都会の中のちょっと大人びた空間、といった印象だった。行き交う人も多くなく、変な表現だが古き良き都会とでも言うのだろうか。いままで思い描いていた東京とは違う空間だった。
 原宿駅から三百メートルほどの区間が表参道の歩行者天国になっていた。再び駅に向かうころには、ちょうどお昼時となり飛沢は腹が減ったと大きな声で言った。
「何を食べましょうか」
「岡本さん。何ぞ、東京らしいものがエエのとちゃうかなあ」
「東京らしい食べ物って何かしら」
「江戸っ子好みのものとか・・・」
「私も彼女も東京人じゃないし、もちろん江戸っ子でもないしねえ」
 そのときだった夏樹が立ち止まり、ビルの前に小さな看板を見つけ指を指した。
「あれ、京風お好み焼きって、どんなんやろ。お好み焼きに京風なんてあったかいなあ」
 ビルの一階に洋食を出すような雰囲気の店があり、その前の小さな看板に『京風 お好み焼き』と縦書きされた看板があった。
「へえ、おもしろそうやなあ。東京で京風のお好み焼きを食べる。ちょっと興味があるなあ。入ってみいひんか。岡本さんたちは、どないです」
 飛沢がその小さな看板に駆け寄り言った。



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2011.06.10 / Top↑
 京風お好み焼き屋の店内は、関西のそれとは異質の内装で店の外から見た様子と同じく洋食店の趣だった。
「さてと、何のお好み焼きにしようかな」
「飛沢、迷うほど種類がないのとちゃうか。俺はミックスにしようかな」
「そうやな、俺もそうするわ。岡本さんとタナカさんはどうします」
「わたしは、ブタ」
「わたしは、イカにしようっと」
 石田もイカを注文した。

 京都では客の目の前に鉄板があり自分で焼く店がおおいのだが、この店は奥の厨房で注文のものを焼きテーブルに持って来てくれる。最初に来たのはブタの
お好み焼きだった。
「ブタいりです」
 若い店員が笑顔で岡本の座る前に置いていった。そのお好み焼きを見た男達三人は、黙ったまま顔を見合わせた。
「イカです」
 さっきと同じ店員が両手に一枚ずつの皿を持ってきた。タナカと石田の座る前に置いていった。
「やっぱりおなじやな」
 飛沢が石田の前に置かれたお好み焼きを見て言った。夏樹も同じようにそのお好み焼きを見て頷いた。
「石田、どうや、味は」
 まだ鰹節がゆらゆらと動いているイカ入りのお好み焼きを、箸で切り分け石田が口に運んだ。
「おいしいで、けどちょっと、なんか違うなあ」
「ミックスです」
 飛沢と夏樹は自分から手を伸ばして皿を受け取り、すぐに箸を割り切り分け口に運んだ。
「ううん、まあ味はそれなりかな、けどやっぱり薄いなあ」
 飛沢は口の中に入っているものが熱いのを我慢し、言葉が途切れ途切れになっていた。夏樹も味はともかく、京都のものと比べて薄いお好み焼きであることを言った。
「これで値段は京都の店よりも、ちょっと高いんやなあ」
 石田も同じことを言った。



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2011.06.12 / Top↑
 昼食を終え会計をする時にどこが京風なのか聞こうと飛沢が言ったのだが、それを聞いたからといって、どうなるものでもない。店員のほとんどはアルバイトだろうし、まともな答は返ってこないだろうから、聞かないことにしようと石田が言った。
 店を出たところで石田がNHKを見てみたいと言い出したので、歩いてNHKへ向かい、さっと見学をして出てきた。歩いてきた道を原宿の駅へ向かおうとすると、岡本が、そっちじゃないよとNHKの建物を右手にそのまま歩き出した。すぐそこに渋谷駅があると言うのだ。地図で見ると原宿駅から渋谷駅は一キロ少々しか距離がなく、戻るより行ったほうが近いようだ。
 健康のために最寄りの駅の二駅手前で降りて歩く、という人が多いようだが、二駅手前から歩いても三キロほどしかないということだ、いい運動になるわけである。
 
 余談になるが、現在の私の住む地域で二駅手前の駅で降りると、七キロはある。さらに最寄りの駅までは六キロほどある。健康のために歩ける距離ではない。さらに余談だが最寄りの駅までの道程に信号は三ヵ所しかない。とても田舎なのだ。

「渋谷駅と言えば、忠犬ハチ公の像があうるんとちゃうかいなあ」
「夏樹さんの言うとおり、待ち合わせの場所として一番人気らしいよ」
「ほな、そのハチ公の像が見れるんやね」
「見れますよ」
 タナカが言った。その時夏樹たち三人の男達は、タナカの顔をいぶかしげに見た。
「今の喋り方、関西弁になっていたよ」
 岡本が夏樹たち三人の男達より先にタナカに言った。
「ええ、そうだった。うつったのかなあ、わたし、影響されやすいから」
「そうね、いろいろと影響されやすいからねえ」
 今度は岡本がタナカをいぶかしげに見た。


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2011.06.16 / Top↑
 渋谷駅の周辺は原宿よりビルが林立し、多くの人が往きかっていた。駅前には犬の像が誇らしげにお座りをしていた。
「これが忠犬ハチ公の像なんや、意外と小さいなあ」
 夏樹は駅前にいる多くの人たちの間からハチ公の像を見つけ、思わずカメラのシャッターをきった。

              ハチ公

 渋谷の駅から山の手線に乗り品川駅から東海道線に乗り換え、今日の宿がある横浜へ向かうことにした。その途中、電車の中から東京タワーが見えるかもしれないと岡本が言った。進行方向左手のビルの隙間からもしかすると東京タワーが見えるかもしれない、もしかしたらであった。
 夏樹と飛沢は進行方向左側にある出入り口用のドアに寄りかかり、車窓を流れて行くビルとビルの隙間に目を凝らした。
「あつ、あれとちゃうか」
「飛沢、ほんまか、どこや」
「あれ、あそことあそこのビルの間に・・・、もう見えんようになってしもうたわ」
「ほんまに見えたんか、どこにも見えへんやんか」
 夏樹と飛沢がそんなやり取りをしているうちに、品川駅に着いてしまった。電車を降り跨線橋を渡り東海道線のホームへ向かった。下りの電車がすぐに入って来た。
「東京タワー、見れんかったなあ。飛沢はほんまに見たんか」
「う、ううん。たぶんあれは東京タワーやと思うけどなあ」
「そうか、残念やなあ」

 横浜駅から京浜東北線に乗り桜木町駅へ向かったが、ユースホステルに入るには少し時間が早かった。桜木町周辺を五人で散策し、他愛のない話をしていたが飛沢が突然、真面目な顔をして岡本に面と向かった。
「あのう、岡本さんには、いま彼氏はいたはるんですか」
「ええ、突然なんの話しですか」
 岡本が飛沢の顔をいぶかしげに見た。



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2011.06.18 / Top↑
「あっ、はあ。すんません、きょう初めて会って当然、こんなことを聞いたら、やっぱり失礼ですよねえ」
「そうですね、たぶん、そう思います」
「飛沢、あんまり先走るなよ、自分の気持ちは自分で伝えるから」
 そう言うと夏樹は飛沢の肩を軽く引っ張り、今まで飛沢が立っていたところに立ち、岡本に面と向かった。しばらくの間は何も言わず、黙って岡本を見ていた。岡本と他の三人は夏樹が何を言い出すのか、黙って見ていた。
「あの、前回の明治村に行ったときから、あなたが、心のどこかに入り込んでしまって、離れなくなってしもうて・・・、ほんで、きょう、また会えるということが、とても楽しみで・・・、ほんで・・・」
「夏樹、何が言いたいのんや、男やったらズバッと言わんかい」
「うるさいなあ、順番ちゅうもんがあるやないか」
「ごめんなさい」
「ええ、なんで謝らはんのですか、まだ何にも言うてませんけど」
「ごめんなさい。さっきの飛沢さんの質問から答えますね、いま彼氏と呼べる人はいません。でも好きな人はいます、片思いですけど」
「あっああ、そうですか」
 飛沢が夏樹より肩を落とし、落胆した様子だった。
「ごめんなさい、またやっちゃった」
「そうだよ、あなたの悪い癖だよね」
 タナカが小さな声で言った。
「そうなのよね、わたしの、こういうところがね、男の人に好かれないところなのだと思うのよねえ。人が考えていることが分かったつもりになって、勝手に自分で先に答を出して、とんでもないことを言ってしまうのよねえ」
「それで、男の人から少しずつ離れて行っちゃうのよねえ」
「よっ子、そこまで言わなくてもいいじゃない」
「だって、事実だもの」



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2011.06.20 / Top↑
 岡本とタナカは高校時代からの友人だということだ。お互いに旅と七十年代、八十年代のフォーク、ニューミュージックが好きで、知り合った高校の二年生の時から毎年恒例の浜名湖ニューイヤー・イブ・コンサートに参加していて、もう大常連なのだ。いわゆる無二の親友の仲と言って言いのだろう。
 しかし、そんな二人でも恋愛に関する価値観だけは意見が合わないのだと言う。女は優しく、経済力のある男の人を見つけ、結婚後は専業主婦として家庭を守るものという考えを持っているのは田中葉子。結婚とは男と女の共同作業であり、結婚をしても女は好きなやりたい仕事を続け、家事や子育てはお互いの仕事の都合を考慮して話し合いのうえで分担していく。決して家事や子育ては女だけがやるものではない。男が働いて家族を養うなどと言う考えは過去のこと、と言いきるのは岡本雅美だ。
「よっ子が高収入の男の人と結婚して、専業主婦になるのが夢なのは分かるけど、いまの彼はちょっと不味いんじゃないの・・・。だってあの人には・・・」
 田中は慌てて岡本の口を押えて話すのを止めさせた。
「ちょっとここでそれを言っちゃうのは、まずいでしょう」
「そうだね、ごめん」
「あのう、夏樹が岡本さんに告白をしようとしているのに、何でそちらさん二人で俺たちの分からんことで、喧嘩見たになってるんですか」
「私?、・・・」
「雅美に?・・・」
「夏樹が、・・・」
「飛沢、お前何を言うてんのんや、そやから、先走って喋るなよって言うたのに」
「ああ、そやけど、明日にはもう帰るんやで、さっさと決めることを決めてやな、少しでも二人で楽しんだほうが、ええやないか。遠距離なんやから、今度はいつ会えるか分からへんにゃで」




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2011.06.23 / Top↑
「あのなあ、何を決めろって言うねん。まだええとも、悪いとも言われてへんのに、二人で楽しむって何のこっちゃねん」
 田中がその時、大きな笑顔で夏樹と飛沢の会話を聞いていた。
「よっ子、そこで笑っちゃ失礼よ」
「ごめんなさい」
 田中はそう言うと下を向き、肩をすくめた。
「私、夏樹さんのことは好きよ」
「よっしゃあ、やったなあ夏樹」
「でも、人としてですよ。恋愛感情は今のところないの。それに遠距離恋愛は私には無理です。会いたい時に会えないと、それがストレスになって仕事に影響すると思うの、そうすると恋愛も仕事もどちらも中途半端になってしまうと思うのね。それだけは、いやだわ」
「そうですかあ、やっぱりあきませんか」
「いや、駄目とは言わない・・・、いや、やっぱり遠距離は・・・」
「分かりました。でも大晦日には一緒に浜名湖へ行きましょうね。ほんで思いっきり歌って、善哉を食べて、初日の出を見ましょうね」
「夏樹さん、もちろんよ。よろしくね」
 そう言うと岡本は夏樹に右手を差し出し、握手をした。

 桜木町駅近くの駐車場に止めて置いた飛沢の車を取りに行き、そのまま横浜ユースホステルへ向かった。ほぼ満員のようで、玄関付近にまで多くの人たちの話し声や笑い声が聞こえてきた。飛沢は受付をしながら夕食のメニューが気になるなるらしく、建物の中を覗き込むように見て、食堂がどちらにあるのかしきりに探していた。
「腹が減ったなあ」
「飛沢、まずは風呂や、風呂に先に入ろう」
「そやな、それの方がゆっくりしてええのちゃうかな、ね田中さん」
 石田がそう言うと荷物を持って部屋に向かった。
「石田、そっちとちゃうで、そっちは女子用の部屋やで」
 石田は慌てて回れ右をして、小走りに駆けて行った。




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2011.06.25 / Top↑
 横浜ユースホステルはやはり満員だった。早めに風呂に入りゆっくりと食事をしようと思っていたが、風呂にはすでに先客が多くいて混雑していた。一旦部屋に戻り、混み具合を伺いながら短めに入浴を済ませた。ほとんど「カラスの行水」のようなものだったが、身体を洗い浴槽に入った時、飛沢は夏樹に話しかけてきた。
「残念やったなあ」
「ううん」
「ええ子やけどなあ。完全にふられたわけやないから、ちょっとぐらいはチャンスがあるんとちゃうか」
「いいや、やっぱり遠距離は難しいやろ、よっぽどの強い気持ちがなかったら。彼女も精一杯、俺に気ぃつこうて言うてくれたんやと思うで」
「まあなあ。それでも大晦日の約束は出来たし、きょう、明日で最後っていうことやないしなあ」
「飛沢、お前も大晦日に浜名湖に行こ。石田と三人で、面白いで」
「そやなあ、バイトがなかったらな」
 その時三人の男達が、狭い浴槽に無理やり入って来た。男だけのイモ洗い状態は勘弁願いたいと、夏樹と飛沢は慌てて脱衣所へ避難した。石田は身体を洗ったらそのまま脱衣所へ向かい、すでに部屋に戻ったようだった。
 この日の夕食後にユースホステル恒例のミーティングはなかった、人が多いので収集がつかなくなるからだろう。食堂のテーブルで就寝時間になるまで五人で話をした。なぜか夏樹と飛沢の会話が漫才のように聞こえるらしく、田中はしきりに笑っていた。時には大きな声を出し、腹をかかえ涙も少し流して笑っていた。そんな二人の会話に石田も加わろうとするのだが、どうしてもうまく絡めず、田中が失笑してしまうことが多かった。
「よっ子、そこでそんな顔をしちゃ悪いわよ」
「ごめんなさい」
 田中はペロッと舌を出し、肩をすくめた。



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2011.06.27 / Top↑
 翌日、快晴ではないが晴れの良い天気となった。今日中に京都へ帰るために昼過ぎにはここを出発しなければならない。見方を変えれば午前中は横浜近辺を観光することが出来る。
 そこで横浜より少し足を伸ばし、鎌倉へ行くことにした。鎌倉には京都の次に日本の中心となったところで、古都に相応しく歴史的建造物も多い。また当時流行っていたドラマに「俺たちの・・・」シリーズがあり、その何作目だったか勝野洋、長谷直美らが主演のドラマの舞台が鎌倉で、江ノ電が走り、アパートの近くの駅が「極楽寺」だったことをなぜか良く覚えている。せっかくここまで来たのだから江ノ電と極楽寺駅を見ずに帰るわけにはいかないだろう。
 まずは車で鎌倉へ向かい、鎌倉駅に近い駐車場に止めた。海岸から真っ直ぐ北へ伸びた広い道路を、鶴岡八幡宮目指して歩いた。
 鶴岡八幡宮への参道には多くの観光客が行き交い、とても賑わっていた。
 鎌倉と言う言葉から連想されるのは、源頼朝が開いた幕府。初めて近畿以外に作られた日本の中心。いや違うかも知れないなあ、邪馬台国が九州にあったという説が有力になってきているから、初めて近畿以外の中心地ではないかもしれない。もう一つ鎌倉と言えば、大仏。奈良よりは小さいが建物の外に鎮座している大仏が印象的だ。鶴岡八幡宮へ参詣の次に江ノ電に乗り長谷駅で降り、大仏見学に向かった。
        大仏





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2011.06.30 / Top↑

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