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「何で建物がなくて、大仏だけがあるんやろ」
 飛沢が目の前に聳える大仏を見上げて言った。
「大昔に津波が来て、建物はなくなったって聞いたような・・・」
 岡本は自信のない言い方だった。
「そうなんやあ」
 飛沢にはそれ以上の興味はないようだ。
 長谷駅から再び江ノ電に乗り極楽寺駅に向かった。ドラマのシーンなどを思い起こしながら、駅周辺を歩いた。駅からすぐに極楽寺があった。寺の写真は残っているが、なぜか駅と江ノ電の写真が残っていない。二十数年も前のこと、なぜなのかは全く覚えていない。

               極楽寺

 このあと海へ出た。湘南の海、サザンの世界に慕った。
「あれが江ノ島よ」
「へえ、あの歌に出てくる江ノ島かあ。江ノ島がみえてきた・・・」
 飛沢が突然、サザンの歌を歌いだした。
「へたくそやなあ、それに、そこしか知らんのかいなあ」
「ええやないか、そこだけでも知ってたら」
 また田中が微笑んでいた。
「さあ、そろそろ行こか。昼を食べたら、鎌倉に戻って帰ろうか」
 夏樹が言った。もちろん夏樹と岡本、田中は明日から仕事、飛沢と石田は学校がある。湘南の海沿いにあるラーメン屋で昼を食べ、江ノ電に乗り鎌倉駅へ向かった。
 岡本たちとは鎌倉駅で別れた。年末に浜名湖で会うことを再度約束した。
 今回は飛沢、石田の三人で初めて車を使って旅行をしたが、わずか二日ちょっとの慌しいものだった。いずれまたゆっくりと旅をしようと帰りの車の中で約束をした。いつの日か時間など気にしないで、気の向くまま風の吹くままの旅をしようと。

              小説のような、旅のはじまり 十章 完


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2011.07.03 / Top↑
 この年の連休は九月が最後で、十月も十一月も飛び石の連休にしかならず、どこへも旅に出かけられなかった。そして大晦日、浜名湖へ泊まりに行き、これでこの年のすべての連休には泊まりの旅に出かけることができた。夏樹の個人的なこだわりは達成できた。
 浜名湖へは飛沢も石田も都合が合わなく、しかたなく夏樹は一人で泊まりに行った。ニューイヤー・イブ・コンサートも二回目ともなれば、覚えのある人たちとの再会を喜びあえる楽しみができた。もちろん岡本と田中と彼女たちの友達で、昨年も来ていた人たちとも再会できた。これがユースホステルを使った旅の楽しみのひとつなのだろう。
        
                 初日の出2

 年が明け元旦には昨年と同じように、遠州灘の海岸から初日の出を拝むことができた。この後の予定は全く決まっていない、と言うよりこのまま実家へ帰るつもりでいた。岡本たちもこのまま家に帰ると言っていた。
「夏樹さん来年、いや今年の大晦日にもここで会えるといいですね。その時までお元気で」
「おぉきにぃ、岡本さんたちもね。今度、機会があれば京都へ遊びに来てください。案内しますから」
 そういって岡本たちは東京方面の登りホームへ、夏樹は下りホームへ向かった。
 元旦から三日間は実家で過ごした。何をするわけでもなく、ただゴロゴロとしていた。三日には会社の寮へ帰った。なんの連絡もなしに飛沢が現れた。
「おう、あけましておめでとうさん。お前の実家に電話したら、こっちに帰ったって聞いたから、来たで。今日のバイトは早番やし、明日は午前中が非番やから」
「そうか、いっつも突然やなあ、おまえは。実家から真っ直ぐに来たさかい、何もないで」
「だいじょうぶ、ビールとつまみは、買うてきたで」



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2011.07.07 / Top↑
 飛沢はスーパーの袋を胸のあたりまで持ち上げ、そのまま夏樹の部屋に入った。
「正月の三日やから、なんかおもろい番組はやってへんかなあ」
 ビールの入った袋を置くとすぐにテレビのスイッチを入れた。いつものことである、夏樹の会社の寮の部屋は飛沢の部屋のような過ごし方をする。
「なんかあるんちゃうか。適当にチャンネルをましてみたら。ああ、やっぱりビールは美味しいなあ」
 夏樹も遠慮なく飛沢が持ってきたビールを、断りもなしに栓を開け飲み始めていた。
「これが面白そうやなあ」
 数組のお笑い芸人による、漫才やコントの番組にチャンネルを合わせた。それからの二人は缶ビール片手に、放送されている漫才が面白いとか、面白くないとか、勝手なことを話していたが、その他のことは何も話さなかった。飛沢は二本目の缶の栓を開けるころには真っ赤な顔をしていた。夏樹はすでに二本目を飲んでいた。そしてその二本目を飲み終えたころには、飛沢は眠っていた。
「おまえはやっぱり酒が弱いなあ。俺よりも弱いんやったら飲まんほうがええのとちゃうか」
 そう言う夏樹も真っ赤な顔をしながら、飛沢に毛布を掛けてやった。
 そして、いつものように次の日には、いつもの台詞を残して帰って行った。
「ほな、またな」
 こうやって飛沢が帰って行くときに夏樹の頭の中には、少し前に流行ったドラマのエンディング曲が流れていた。
《ただ、お前がいい
 (中略)
      また会う約束などすることもなく
      それじゃあまたな と別れるときの
      お前がいい》
「ほなな」
 夏樹は少しの笑顔で、飛沢を見送った。

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2011.07.10 / Top↑
 四月になり新年度を向かえると、飛沢は車の販売会社に就職した。石田は公務員試験に合格して地元の役所に勤めている。さすがに新入社員はいろいろと忙しいのだろう、飛沢が電話もよこさず突然に夏樹の寮に来ることはなかった。こちらから電話をしても帰宅が遅く、いつも留守だった。五月の四連休は一人で四国へ行くことにした。もちろんバイクで出かけた。

 初日は四時三十分に出発した。渋滞が予想される国道を朝の早い時間帯に通過してしまいたかった。片側一車線の国道171号線は信号も多く、日中はいつも渋滞している道路で、バイクでも渋滞で動かなくなった車の横をすり抜けることのできない道路だ。
 朝の五時ごろの国道171号線には、走っている車は少なく、渋滞など全くなかった。しかし朝が早いからと言って信号が減ることは、もちろんない。車は少なくても頻繁に赤信号で停められてしまい、思うように先には進めなかった。
 兵庫県の池田インターチェンジから中国道に乗った。バイクで高速道路を走るのはあまり好きではない。五人乗りの乗用車と通行料金が同じだからだ。すごく損をした気分にさせられてしまう。(いまは乗用車よりも少し安いのかな)
 一日目の予定は、およそ二百五十キロメートルを走り高松まで行く。料金が高いからと言って高速道路に乗らず、国道2号線を走っていたのでは、渋滞に巻き込まれてしまい、いつになったら目的地に着けるか分からない。しかたなく不本意ながら、高速道路と有料道路を乗り継いで岡山、香川の高松を目指した。



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2011.07.12 / Top↑
 中国自動車道福崎インターチェンジから播但連絡道路へ入る。ただひたすら目的地へ、無事に到着することだけを考えて走っていた。付近の風景などはまったく覚えていないが、この播但連絡道路は真っ直ぐの道路で、大きなカーブもなく、なんだかとても退屈だったことだけを覚えている。
 現在の地図を確認すると、福崎インターチェンジを南下してまもなくから直線になり、およそ十キロメートルの区間をほぼ直線で真南へ向かっている。
 姫路から国道二号線を西へ走る。ゴールデンウイークの初日だからなのか、九時ごろだったと思うが、さほど交通量は多くはなかった。相生からは海沿いを走る国道250号線へ、そして備前から再び2号線へ入った。岡山市内では路面電車を見つけ、急ぎシャッターを押し早々に玉野へ向かった。
                
                 岡山市内
               
 当時はまだ国鉄の時代、玉野市の宇野からは宇高連絡線が就航していたが、民間のフェリーに乗って高松へ向かった。
 バイクと共にフェリーに乗るのは二回目だ。敦賀から北海道の小樽までの航海をしたから、その時と同じように前を走るバイクについて乗り込んだ。小樽行きよりもかなり小さな船の側面にバイクを斜めに停め、ギアーをローに入れサイドスタンドを出した。しかし誰も荷物を降ろさないのだ。それに係員がロープを持ってバイクの固定にもこない。ライダーはDバッグやウエストポーチなどとヘルメットを持って客室に向かった。客室と言っても背もたれの付いた椅子が進行方向に向いて並んでいるだけだ。個室などはなかったように思う。
 夏樹は客室には入らず、デッキに出て外の風景を見ることにした。出港してすぐに目的地の四国の地が見える。航行時間はおよそ五十分で、目の前に四国はある。

                 宇高フェリー




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2011.07.15 / Top↑
 高松港に到着予定の十分ほど前になると、ヘルメットを持ったライダーたちは、我先にバイクの置いてあるデッキに向かい始めた。それぞれのバイクのエンジンを掛けヘルメット被り、車の隙間を縫うように降口のある方へ向かい、港に着くころにはほぼ全部のバイクがゲートの前に陣取り、開門を待った。港に到着し少し待ってゲートが開門されるや否や、ゲート前に陣取ったバイクは一斉に陸地へ走り出して行った。夏樹はそんなバイクの集団の最後尾からゆっくりと上陸した。少し遅れをとってしまった。

 昨年の正月に金沢ユースホステルに泊まり、京都までの列車の中で一緒に過ごした高松在住のクリタに前もって手紙を出し、時間の都合がつくようなら案内をしてくれないかと書いたのだが、仕事が休めず断られてしまった。それでも何箇所かの高松周辺の見所を教えてくれた。
 まずは高松より西の方に五色台と言う景勝地がある。山頂付近からは瀬戸内海が一望できるとのこと、五色台スカイライン有料道路を通り、なだらかな山々を山頂へ向かった。
 微かな記憶と数枚の写真を頼りに「小説のような・・・」を書き進めているので、あやふやところが多い。そこで高松周辺の現在の地図をインターネットで調べてみると、五色台スカイラインが見当たらないのだ。当時の地図には確かに「五色台スカイライン」は載っているのに、再びインターネットで検索すると、1997年に無料開放され、県道281号線になっていた。時代は日々変化しているのである。
 ちなみに五色台スカイラインの南の起点近くを東西に走っていた「高松坂出有料道路」も2011年3月に無料化され、県道になっていた。

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2011.07.17 / Top↑
 五色台スカイラインの展望台からは瀬戸内海を一望できる。目の前に大小の島々と対岸の本州も見える。
「なんか、海やないみたいやなあ」
 海なのに対岸が見える、水平線が見えない海を目の前で実感したのは初めてだった。
 高松市内に戻り駅から南に二キロメートルのところに栗林公園がある。四百年ほど前に造られた大名庭園で、完成までに百年かかったそうだ。バイクを駐車場に停めて園内を散策した。五月の快晴の中を皮のジャンパーを着ての庭園散策は少々しんどかった。それでもヘルメット片手にぐっると一周した。

           栗林公園1

                        栗林公園2

 この日の宿泊は高松市内の高松友愛山荘ユースホステルに泊まる。(残念ながら平成元年に閉館されていた)
 高松駅から徒歩十分の所にある。市街地の住宅街の中にあり、うっかりすると見過ごしてしまいそうな建物で、周りに山は見えないのになぜ『高松友愛山荘』なのだろうか、ペアレントさんにそこまで突っ込んだことは聞かなかった。定員は三十二名の民間経営のユースホステルだ。
 高松は瀬戸内海に近く海の幸が豊富に味わえる土地なのだろうが、そこはユースホステル、全国的に食事は期待できない、いつものことだ。ここも海の幸が山盛りとはならず、お母さんの作る家庭料理と暖かい味噌汁、炊き立てのご飯だった。
 しかしここのユースホステルは禁酒ではなかった。
「人に迷惑をかけなければ、酒ぐらい飲んだっていいじゃないか」
 このペアレントさんのお考えに感謝して、同部屋の長野から一人旅をしている男性と共に、高松駅の方へ缶ビールを買いに出かけた。




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2011.07.21 / Top↑
「ユースホステルに泊まって酒を飲んでもいいって言われたんは初めてやなあ」
「へえ、そうなんですか。僕は今日、初めてユースホステルに泊まるんですよ」
 長野から来たと言う男は、夏樹よりはあきらかに年が下で、大学生のようだった。
「基本的には、ユースホステルでの酒は禁止なんやけどね。まあ、ユースホステルもいろいろあるんやろね。協会の直営や公営のユースホステルは絶対にむりやね」
「じゃあ俺はある意味、ラッキーなのかな」
 高松駅のほど近くに酒屋があった。そこの自動販売機で缶ビールを二本ずつ買い、店の中でつまみになりそうなピーナッツなどを三点ほど買った。
 ユースホステルの食堂に戻り、まずは二人で乾杯した。
「明日はどこへ行かはるんですか」
 缶ビールを一口飲み、長野から来た大学生に聞いた。
「明日は道後温泉に行きます。おれ、夏目漱石が大好きで、大学でも国文科で夏目漱石の研究をしているんですよ。それで今回は『ぼっちゃん』の舞台となった愛媛県の各地を見に行くのですが、今朝、長野から出てきて電車の乗り継ぎがうまくいかず、今日は高松に泊まることになってしまって」
「じゃあ、もしかしてここに泊まる予約を取らなかったの」
「そうです、松山にできるだけ近いところまで行こうと長野を出てきたので、泊まるところは決めていなかったです」
「へえ・・・」
「高松の駅で泊まるところを探したのですが、連休なのでどこも満室で、ユースホステルなら空いているかも知れないからと、電話番号を聞いて電話したら、空いていますからどうぞって」
 長野から来た大学生はよく話をした。その合間にビールを飲み続け、わずかな時間で一本目を飲み終えてしまた。


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2011.07.24 / Top↑
 長野の大学生は二本目を空けると、自分の好きな夏目漱石の話を続けた。夏樹は文学にはあまり、いやほとんど興味はなく、名前といくつかの作品名ぐらいは知っていたが、読んだことはなかった。
「僕はね、彼の作品の中では『坊ちゃん』が好きです。ユニークな登場人物がね、いいんですよ」
 少し酔いが廻ってきたのか、ますます自分のことばかりを話すようになった。
「すいません、なんかさっきから俺ばかりが喋ってしまって」
「いや、面白かったです。旅に出かけるとね、こうやっていろんな人と出会い、いろいろな話を聞くことができるから、楽しくて面白いんですよ。けど文学のことを熱く語る人と出会ったのは初めてやなあ」
「さっきから、気になっていたのですが、もしかして関西の人ですか?」
「ええ、今ごろ気がついたんですか。こういう人も初めてやなあ」
「こういう人って、どう言う人ですか」
 長野の大学生の顔がかなり赤くなって来ていた。
「たいていの人は初対面の時の僕の一言で、関西人やって分かるようですけど、そのことに今ごろになって気がついた人は、初めてですねえ」
「ああ、なるほどね、多分ねえ自分が話をすることに夢中になってしまって、すいませんです」
「いやいや、大丈夫、なかなか面白い人やなあ」
 その時、大学生らしき男四人組が食堂に入って来た。
「あれ、ビールを飲んでもいいのですか」
「ああ、いいんですって」
「珍しいですねえ。でもどこにも売っていなかったよねえ」
「ペアレントさんに言って買ってくるのですか」
「違いますよ、ここには売っていませんよ、僕たちも外に行って買ってきたのです」
 長野の大学生が笑顔で男四人組みに言った


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2011.07.26 / Top↑
 男四人組みは足早に食堂を出て、長野の大学生から聞かされた高松駅前の酒屋へ向かった。
「ところで、関西さんの明日は、どこへ行かれるんですか」
 長野の大学生は夏樹のことを関西さんと呼んだ。
「おれは四国の東側の海沿いを走って、高知まで行きます。俺はねえ坂本竜馬が好きでねえ、桂浜の竜馬像を見に行きたいんよ」
「竜馬ですか。幕末の志士ですね。あの時代のことを勉強するのも面白いですよねえ。新選組も薩長も国を思う気持ちは変わらなかったと思うんですよ。でもあの時代は主君あっての我が身、今の時代では考えられない精神状態だったのだと思います。それぞれの主君の利益とか面子とかが優先したから、会津の白虎隊のような悲劇が生まれてしまったのでしょう。もっと腹を割って国の行く末を語りあえれば、あんなこともなかったと思いますねえ」
 長野の大学生は赤い顔をしているが、はっきりとした口調で語った。
「けどね、歴史に『たら、れば』と言う言葉は禁物やけど、薩長を中心とした新政府は富国強兵を推し進めた結果、太平洋戦争という悲劇を作ったやろ、もし薩長が中心やなかったら、って思うんやけど、長野の国文学者はどう思います」
「もしも、と言う言葉を使って歴史を語ると、答は出ませんから、私にはどうなったかわ分かりませんし、個人的にそこまで考えたこともなかったです。大きな悲劇があったから、二度と繰りかえさないと言う反面教師的な存在でもあるのかなと思ったりもしますが。それと俺はまだガクシャじゃなくて、ガクセイですから、お間違いなく」 
 長野の学生はそう言うと、右手に持った缶のビールを一口飲んだ。





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2011.07.28 / Top↑
 二人は酔いが少し廻ってきたようだ。歴史と言う酒飲みの場にはそぐわない、難しい話をしているからだろうか、話しの内容が支離滅裂になってきていた。夏樹も二本目の缶ビールの栓を開けていた。
「じゃあ、長野の学生さん」
「おれは小林と言います。あなたの名前も聞いていませんでしたねえ」
「俺はナツキです。春夏の夏に大樹の樹、夏樹です。小林さんは明日、愛媛の道後温泉まで行って、しばらく松山周辺に居るんですか」
「夏樹さん、申し訳ないですが、私の方が年下だと思います。年上の方に「さん」付けで呼ばれるのは、いかがなものでしょうか」
「いや、そんなことはないよ、旅に出たら年齢も仕事上の立場も何にも関係ない、皆が旅人や、共通点はそこだけやから、小林さんと僕が呼ぶのは自然なことやと思うけどなあ」
「そうですか、でもやっぱり「さん」はやめてください、せめて「くん」にしていただけませんか、美味しくビールを飲むために、なんとかお願いします」
 小林は随分と拘っているようで、軽く頭を下げて夏樹に頼んだ。
「じゃあ、小林くん・・・、んん、この台詞、どこかで聞いたような・・・」
「少年探偵団でしょ、ゼミの助教授によく言われるんです」
「そうか、それやなあ。もしかしてそれで「くん」を付けて呼んでほしかったんかあ」
 小林は何も言わなかったが後頭部を軽く掻きながら下を向いた。
「はははっ・・・。なかなかおもろいやっちゃなあ、夏目漱石の研究者にしとくんはもったいないなあ」
 二人は片手に缶ビールをもったまま大きな声で笑った。そこへ男四人組が缶ビールの入った袋を持って、食堂へ入って来た。



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2011.07.31 / Top↑

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