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「なんか、楽しそうですねえ、僕らも仲間に入れて下さい」
 男四人組がそれぞれに缶ビールを持って、夏樹たちのテーブルに集まった。
「まずは初めまして、今夜かぎりかも知れへんけど、よろしゅうたのんます。カンパーイ」
 夏樹が音頭を取り、缶ビールを持った腕を頭の上まで上げた。それにつられるように他の五人も大きく腕を上げた。
「こちらの兄さんは関西ですね。俺も滋賀なんですよ。今は広島の大学に通っていて、今日は休みを利用して四人でちょっと一泊旅行に来ましたんや」
「滋賀の出身ですか。なっ小林くん、関西人やってすぐにばれてしまうやろ、これが普通や、あんたは気がつくのが遅すぎるわ」
「すみません」
「いや、べつに謝らんでもええねんけどな」
「でもそちらの関西弁は大田のとは少し違いますよねえ」
 滋賀出身の大学生の隣に座っていた長髪の男が言った。
「あんた、なかなか鋭いねえ。俺は京都です。違いが分かりますか、滋賀と京都ってそんなに喋り方が違うかなあ」
 滋賀出身の大学生に顔を向けて話した。
「どうやろねえ、滋賀の北部やからちょっと訛ってるかもしれへんねえ」
「訛った関西弁ってどんなんや、そもそもいわゆる標準語から見たら、関西弁が訛ってんのとちゃうか」
「確かにそうですけど、それを認めへんのが関西人でしょ」
「そうなんよ、滋賀県人も同じように関西人なんやなあ」
「なぜ、関西人同士が旅先で一緒になると中心的存在になっちゃうんですかねえ。俺は高校、大学とユースホステルを使って全国を旅してるけど、関西の人が二人以上いると、その人たちが司会者のように仕切るんですよねえ」
「すんません」
 滋賀出身の大学生と夏樹が同時に謝った。



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2011.08.02 / Top↑
「楽しくて良いじゃないですか。旅先で知り合った人たちと、一夜かぎりの楽しいひと時、関西の人がいると盛り上がりが違いますから」
 長髪の大学生が言った。このあとも夏樹と滋賀出身の大学生がなんとなく中心的な存在で話しが盛り上がり、いつのまにか手持ちのビールが全て空になってしまった。
「ビールも空になったし、小林くんの顔も真っ赤になったし・・・」
「夏樹さんもだいぶ赤いですよ。俺とどっちが赤いか彼らに決めてもらいましょうよ」
 小林はそう言うと夏樹の顔の横に自分の顔を近づけ、四人組の方を見て微笑んだ。
「小林くん、それを決めてどうするんだい。それよりも犯人は分かったのかい」
「犯人?何の話ですか」
「滋賀くんたちにはわからんかな、少年探偵団と言う小説を」
「怪人二十面相が出てくるやつですよねえ」
「滋賀くん、その通りだ。その小説に出ているのが、少年探偵団の団長、小林くんだ」
「了解しました」
 滋賀出身の大学生が話しに乗って来た。しかし、他の三人は何の話なのか分からず、呆気にとられていた。さらに話の中心になっているはずの小林は、テーブルに頬杖をついて居眠りをしていた。

 翌朝、快晴の朝を迎えた。夏樹は昨夜の発言を良く覚えていた。酔いにまかせてのこととはいえ、少し恥ずかしい思いが頭の中に残っていた。外の天気とは裏腹に少し俯きながら食堂へ向かった。食堂には四人の大学生が窓に近いテーブルで朝食を食べていた。
「おはようございます。小林くんは大丈夫ですか、明智さん」
 滋賀出身の大学生は夏樹の不安を打ち消すかのように、朝から昨夜の寸劇(?)の続きを始めた。



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2011.08.04 / Top↑
 夏樹は四人の大学生のテーブルに入り一緒に朝食を食べ始めた。そこへ小林が食堂へ入って来たが、まだ眠そうな顔をしていた。
「小林くんおはよう、事件は解決したかい」
 夏樹が手を上げて小林に言った。小林も夏樹たちのテーブルに入り、一緒に朝食を食べた。出発時間のぎりぎりまで六人で会話を楽しんだ。
「それでは皆さん、お元気で良い旅を続けてください」
 ユースホステルの玄関で夏樹はヘルメットを被りながら、四人の大学生と小林に言った。

 夏樹は鳴戸から海沿いに高知へ向かう、およそ三百キロメートルの走行距離を走る予定だ。四国の内陸部を走れば百五十キロメートルほどしかない。少し距離が短いので、あえて東側の海沿いを走って高知へ向かうことにした。
 鳴戸と言えば渦潮。ここまで来て渦潮を見ないで通りすぎるわけにはいかない。しかし、渦潮が見られるかどうかは行ってみないと分からない。国道11号線を瀬戸内海沿いに東へ向かう、鳴戸までは六十キロメートルほどの距離だ。鳴戸市の市街地の手前で鳴戸道路へ入る。ここは有料道路なのだが、料金が高いのに有料道路としては少し整備が悪かった記憶がある。(あくまでも三十年ほど前の話である。ネットで調べてみると、現在は有料道路ではなかった)
 一時間三十分ほどで淡路島へ繋がっている鳴戸大橋に着いた。高松のユースホステルを出発したころは晴れていたのだが、鳴戸に着く頃には曇り空になっていた。
 鳴戸大橋はまだ開通前だが、橋のすぐ目の前で見ることが出来る展望所から開通前の大橋を見ることが出来た。
「あの遊覧船は何であそこに停まってるんや」
 よく見ると停まっているわけではなかった。潮の流れが速いので前に進まないのだ。遊覧船の後にはスクリューの作る白い波が大きく流れていた。

                  鳴戸大橋


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2011.08.07 / Top↑
 展望所から望む対岸は淡路島だ、目の前に見える水路は川ではなく、海である。海の上に大きな橋が架かっているという光景は、今までに見たことのないものだった。地図を見て四国と淡路島の位置関係を知っているから、これは海なのだと認識できる。そうでなければ海には見えない、大きな川にしか思えない。
 鳴戸大橋のすぐ下あたりに渦が廻っているのが見えた。ゆっくりと大きく廻る渦は、見ているだけで様々な想像をしてしまう。子どものころに見たアニメの世界がよみがえり、自分もあの中へ吸い込まれていくような思いが頭の中を過ぎる。大きな渦の周りには小さな渦も廻っていた。
「西から東へ潮が流れてると言うことは、引き潮の時間なんやなあ」
 しばし展望所にとどまり、渦潮を眺めた。

          南阿波1
                    南阿波2      

 国道55号線を南下し徳島市へ、さらに南へ走り日和佐町から南阿波サンラインへ入った。(当時は有料道路だったが、今は一般県道として無料開放されている。) 太平洋の海岸沿いを走っていると天気も少しづつ回復し、青空も見え始めた。南阿波サンラインは18キロほど走ると再び国道55号線に合流する。海岸沿いを高知県に入り、室戸岬を目指す。
 緩やかなカーブが続く道は少し退屈だった。室戸岬までの距離ポストが少なくなっていくのを確認することだけで前に進んでいるのだなと感じていた。
「もうすぐ室戸岬やなあ」
 室戸岬と聞いて思い出されるのは台風だ。「室戸台風」は昭和九年に関西地方に甚大な被害を残していった大型台風の名称だが、高知県沖から日本へ向かってくる台風情報をテレビで聞くと、必ず「室戸岬」が出てくる。室戸岬イコール台風のイメージが大きい。


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2011.08.10 / Top↑
 緩やかなカーブの連続の海岸線を走っていて、対向車線を走る車やバイクを見かけることがあっても、道路を歩く人を見かけることはなかった。しかし路上に車やバイクが駐車し、突然に道路を歩く人たちを見るようになった。なぜだか分からないまま通り過ごそうかと思ったとき、「室戸岬」の文字が目に入った。室戸岬に到着したのだった。
 地図で見ると太平洋に突き出た室戸岬だが、実際の現場は海に突き出ている様子は伺えなかった。「室戸岬」と言う文字がなければ、ここが岬だとは分からず、緩やかなカーブの海岸線のある地点としか認識できなかった。
 ひとまずバイクを停め、付近を散策した。岬の土産物屋で遅めの昼食を済ませ、きょうの宿泊地である高知へ向かい、再びバイクを走らせた。

          室戸岬
                 室戸岬2


 室戸岬までの道路と同じように緩やかなカーブの連続の海岸線を北西に進む。方位磁石があるわけではない、地図を見ると突き出た岬を過ぎると高知へ向かう国道55号線は北西へ向かっている。山間の道路のように急なカーブはなかったが、片側一車線で海側は堤防が迫り、山側は民家が道路の脇に立ち並ぶところもあった。
 そんな決して広くない道路を走っていると後から次々と三台のバイクが夏樹を追い越して行った。後姿を見るとおそらく女の人だ。夏樹の少し前を走っていたナナハンのバイクも軽く追い越して行った。夏樹のバイクのスピードメーターは60kmを指していたから、80kmは出ていたのではないだろうか。ここの道路の制限速度は40kmだったと思うのだが、取締りをやっていなければ良いのだけれど、それにしても少し飛ばし過ぎではないだろうか。




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2011.08.14 / Top↑
 室戸岬から国道55号線を走り七十キロメートルほどで高知の桂浜に着く。ユースホステルへ行く前に今回の旅の第一目的地へ向かった。高知市内の少し手前から県道に入り海のすぐ横の道を走る。太平洋から吹いてくる海風は心地良く、快適にバイクを走らせることができた。
 桂浜に近づくにつれパトカーがあちらこちらに停まっていたり、赤色灯を廻してゆっくりと走っていたりと何か普通の状況ではないようだ。さらに近づくと重装備をした数人の警察官が、交差点の角などに立っていた。
「なんなんやろ、この物々しい状況は、なにがあったんやろ」
 巻き込まれたり不審人物として職務質問されたりしないように、ゆっくりとバイクを走らせて竜馬像のところへ向かった。
 竜馬像への案内看板を見つけたとき、その周辺にも重装備した警官と、防弾チョッキを着た数人の制服警官が巡回していた。その時、テレビで見たニュースのことを思い出した。数日前に○○組と××会の抗争が高知で始まり、俄かに戦場のようになりそうになっていたのだ。巻き込まれてしまえば大変なことになってしまう。
 坂本竜馬は司馬遼太郎の同名小説を読み、大きな感銘を受け幕末の時代に興味を持つきっかけになった人物だ。今でも多くのドラマや映画に明治維新の立役者として登場してくる。もし竜馬が暗殺されなければ時代はどのように変わったか、などと歴史学者や作家が話しているテレビ番組もあった。
 折角の桂浜だったが、なんとなく騒々しく、物々しく、ゆっくりと見学ができなかった。

                 竜馬像




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2011.08.16 / Top↑
 この日の泊まりは、高知駅から歩いて七分の高知駅前ユースホステル。民営のユースホステルで定員は百四十名だった。一室に二組の二段ベッドが向き合って置いてあるのだが、その間が狭く荷物を置く場所もないほどだったのを覚えている。(時期は分からないが閉館されている)
 物々しいことになっているからなのか、宿泊者は少なかった。夏樹と同じ部屋には先客の一人の男がいたが、顔を合わせてもあまり愛想がよくなく、食後はベッドのカーテンを引き早々と寝てしまったようだった。ミーティングもなく、食堂に人影はまばらで情報交換をできなかった。仕方なく夏樹も早々に寝ることにした。

 四国の旅、三日目は曇り空だった。朝食を早めに済ませ、高知の街へ出かけた。高知の旧国名は土佐、土佐と聞いて思い浮かぶのが、はりまや橋。「坊さんかんざし、買うをみた・・・」の歌詞が思い出される。随分と古い歌なのだが、はりまや橋と言えばこの歌の印象が強く残っていた。
 高知駅から南へすぐの所にあり、交通量も多く土佐電気鉄道の路面電車も走っている。今は橋の欄干が観光用に残っているだけで、この橋の下は随分と前に埋め立てられたようだ。
 この橋の近くに追手筋と言う道があり、日曜市が開かれていた。毎週日曜日にだけ開かれる街路市で、ちょうどこの日が日曜日だった。それぞれの店には南国らしい大きな柑橘系の果実や、野菜に海産物、生活雑貨などが売られていた。端から端までを一通り見て周りサトウキビを見つけ、思いのほか安く、初めて見たので買い、店の人に食べ方も教わり土産として持って帰った。

       はりまや橋1

              はりまや橋2

                     朝市



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2011.08.21 / Top↑
 高知を後にして国道32線を北上し再び徳島県に入った。珍駅名としても知られた大歩危、小歩危のある山間が迫ってきた。道路の両側の山は険しく、谷は深かった。国道から大歩危駅の線路を越え、祖谷渓道路(現在は県道45号線として無料開放されている)を東方向へ走る。

           大歩危駅1                 

                      大歩危駅2

 有料道路にしては少し荒れた道路を進むと急なカーブの連続で、さらに登り下りも連続してくる。大歩危駅から二十分ほど走ると祖谷川が見えてきた、ここから少し南にいくと「かずら橋」がある。葛類を使って架けられた原始的な吊り橋で、弘法大師が村民のために架けたとか、追手が迫ってきてもすぐ切り落とせるように葛を使って平家の落人が架けたとかの伝説があるようだ。今では有料の観光橋で多くの観光客が訪れる。人専用の橋で、もちろん車やバイクは渡れないので、すぐ近くにコンクリートで造られた橋もあった。
 有料歩行者専用観光橋と看板に書かれていて、よく見ると「渡橋料二百五十円」とあった。橋の長さ四十五m、幅二m、谷からの高さ十四m、橋の上に乗れる人数には定員があり、そのために料金を払った多くの観光客が橋の手前で自分の順番が来るのを待っていた。
 渡橋料は決して高くはないと思うが、橋の手前で順番待ちをしてまで渡らなくもいいかなと思い、渡らずに少し上流のコンクリートの橋から「かずら橋」の写真を撮った。

                    かずら橋1
             
                かずら橋2




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2011.08.25 / Top↑
 祖谷川を県道三十二号線沿いに北上する。センターラインのない狭い道を左右にカーブしながら上ったり下ったりの連続する道が続く。場所によっては車同士の行き来は難しいところもあった。深い谷を挟み対岸の山には家がへばりつくように点在し、家の姿は見えていても、そこまでたどり着くにはかなりの時間がかかりそうだ。平家の隠れ家があったということが頷ける。
 山側には岩石の塊のような岩肌が垂直にそそり立ち、谷側のガードレール一枚の向こうは急勾配の崖が続く。その一枚のガードレールをもし突き破ってしまうと、谷底へ真っ逆さまに落ちていくのだ。

                  祖谷渓

 スピードは常に控えめに走らなければ、すぐに事故になってしまいそうだ。もちろん集落などもほとんど見ることはなかった。それなのに最悪の事態が訪れた。アクセルをいっぱいに廻しても加速することなく、そのまま止まってしまった。エンジンが突然、止まってしまったのだ。クラッチを握りセルボタンを押しても何の音もなく、エンジンが廻ることはなかった。
 慣性による走行も限界がきた、ブレーキをかけ路肩にバイクを停め、メインスイッチを切りスタンドを出しバイクを降りた。夏樹はバイクのメンテナンスにあまり詳しくはない。それでもわずかに知りえる知識を最大限に活用し、この窮地か抜け出さなければならない。
 まず基本中の基本だが、ガソリンタンクの中を覗きガソリンの残量を確認した。ほぼ満タンに近い量が入っている。ガソリンタンクの下にあるコックはONになっている。プラグコードはプラグにしっかりと繋がっている。プラグの点火不良だろうか、しかしプラグを外すのは面倒だ。もしかしてもう直っているかも知れないと、わずかな望みを期待してメインスイッチを入れてセルボタンを押してみたが、何の音もしなかった。



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2011.08.29 / Top↑

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