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「えらいこっちゃなあ・・・。こんな山奥でエンジンが止まってしもうたら・・・」
 たとえバイクのメンテナンスに詳しくても、突然エンジンが止まってしまったら、どうすることも出来ないのではないか。どれぐらいの時間が過ぎただろうか、山と渓谷の底に流れる川を眺めていた。対向車も追い越して行く車もほとんど走っていないし、絶望感でいっぱいだった。
 このままここに座りこんでいても、らちが明かない。セルモーターが故障しているだけかも知れないと、下り坂を利用しての押し掛けに最後の望みをかけた。
 メインスイッチをオンにし、クラッチを握りギアーをセコンドに入れ、シートに跨ったまま両足で少し前に進み、下り坂を少しずつ加速していく。
「そろそろ、ええかな」
 頃合いをみてクラッチを一期に放した。ひとまずエンジンはけたたましい音を立てた。クラッチを握りアクセルを少し大きく廻してみた。エンジンは元気に廻り続け、大きな音を出してくれた。
「かかったあ。ちゃんと掛かってる」
 不安は残っていたけれど、とりあえず行けるところまで、いつも以上に安全に気を配り琴平へ向かった。

 エンジンを止めることなく国道三十二号線を北上し、金刀比羅さんに着いた。ここまでエンジンが勝手に止まることはなく、順調に走って来ることができた。なぜ止まったのか知る由もないが、大丈夫だろうと不確かな自信を持ちエンジンを止め、金刀比羅神社参詣の石段に向かった。



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2011.09.01 / Top↑
 金刀比羅宮は金毘羅宮や琴平宮とも書くようだが、海上交通の守り神としての信仰が厚く、全国の金刀比羅神社の総本宮だ。
 山の中腹から山頂までの山腹に本宮から奥社があり、山頂の奥社まで行くには1368段の石段を登らなければならない。
 バイクを駐車スペースに停め、たとえ盗まれたとしても、着替えと土産に買ったサトウキビぐらいしか入っていないから、荷物は括りつけたままにした。やはりこのバッグを持って石段を登ることは少し無理がある。ヘルメットはメットホルダーにロックし、その中にグローブを押し込んだ。かなりくたびれた皮のライダーブーツに穴の空いた皮のライダーパンツ、安物の合皮ジャンパーを着たまま、1368段の石段に挑んだ。

             金比羅1

                    金比羅2

 登り口付近には江戸時代の駕籠のような乗り物が数台並べられていた。脇の看板を見るとこれに乗って石段を登ってくれるというのだ。もちろん有料。登りだけの片道と、往復の料金が書かれている。年配の人などは利用しないと登りきれないのだろう。
 曇り空の空模様とはいえ五月の四国地方は初夏のように気温は高く、バイク用の装いでの石段登りは、登りはじめてすぐにじわりと汗が湧き出てきた。早々に合皮ジャンパーを脱ぎ肩に担ぐように持ち、息を切りながら一段一段登っていった。
 奥社まで休むことなく登り参詣し、全身の汗が引いたころに石段を下りることにした。下りは軽快に足が前に進み、あまり汗を掻くことなく駐車場まで行くことができた。この後は高松からフェリーに乗り鷲羽山のユースホステルに向かう。

                     金比羅3


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2011.09.06 / Top↑
 バイクのセルモータは何度押しても何の音もしないし、もちろんエンジンが動き出すこともなかった。クラッチを握りセコンドへ蹴り上げゆっくりと押しながら前に進み、少しずつ速度を上げた。頃合いを見て飛び乗り、シートに腰を降ろす瞬間にクラッチを勢い良く放し、アクセルを廻した。すぐにけたたましい音を発ててエンジンが回りだしたのを確認して、再びクラッチを握りサードギアーに蹴り上げて前に進んだ。
「なんとか、明日の京都までこのままで、これ以上悪くなるなよ・・・」
 心の中で祈った。
 高松からフェリーに乗ったころには雨が降りはじめた。まだ合羽を着るほどの雨足ではなかったのだが、宇野に着いて押しがけをしてフェリーを降りると強く降るようになってきった。すぐに合羽を取り出し着込んだ。間に合わせで買った安物の合羽は、防水性はそれなりに良いのだが、通気性が悪く走っていると首元以外の体中からは、じわりと汗が滲んできた。
 宇野から国道430号線を西へ進む。雨はますます強く降るようになり、ヘルメットのシールドに多くの雨粒が残り、前が見えにくくなっていた。さらに首元から少しずつ雨水が入り込み、時々胸元を水滴がへそまで落ちて行くのが分かった。さらに通気性の悪い合羽は夏樹の体から出ってきた汗をこもらせ、下着に吸い込まれていった。とても心地が悪く少しでもはやくユースホステルに着いて全てを脱いでしまい、風呂に直行したい気分で一杯だった。


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2011.09.10 / Top↑
 宇野から二十キロメートルほど行くと鷲羽山がある。今では瀬戸大橋への道路がすぐ脇を通っている。瀬戸内海へ突き出た児島半島の先端に今日の宿泊地、鷲羽山ユースホステルがある。ここは公営のユースホステルだ。定員は六十名、この日は満室のようだ。
 受付を済ませ部屋に荷物を置き一目散に風呂へ向かい、軽く身体を洗って浴槽に入った。その時のなんとも言えない心地良さは言葉に出来ないほどに気持ちが良く、おもわず「ああぁぁ・・・」と大きな声を出してしまった。そしてそのまま両手で浴槽の湯をすくい、三回ほど顔にかけた。ゆっくりと時間をかけて浴槽に浸かり、雨の中の走りにくい道を走って来た緊張をほぐした。
 この日の夕食は海の近くの宿らしく、刺身が少し付いた。海沿いだから海のもが夕食に出てくるユースホステルは、どちらか言えば珍しいだろう。
 トレーにのせた一人分の夕食を持ち、空いている席に向かった。
「ここ、空いてますか」
「はい、どうぞ、どうぞ。お一人ですか」
「ええ、バイクで一人旅をしてます」
「へええ、バイクで、一人で、旅をしたはるんですか」
 数人の男女のグループで来ているようだ。大学生よりは少し年齢が上のようだが、夏樹よりは年下のようだ。その中の一人の女性が驚いたような顔をして言った。その女性の話し方を聞いてすぐに関西の人だと思った。
「あのう、関西の人たちですか」
「はい、そうです。伊丹って知ったはります、あの大阪空港がある伊丹。あそこに住んでて、みんな大学の時の友達で、今はそれぞれが地元に就職をしたものだけで一泊旅行に来たんです。おたくさんも、関西ですよねえ」





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2011.09.12 / Top↑
 今まで旅先のユースホステルで関西弁を聞くことが少なかった。京都より東に旅に出ると、標準語を話す人が圧倒的に多かった。今回久々に西方面へ旅に出かけて気が付いたことは、関西の人はどちらかと言えば関西より西に旅に出るのだろうか、ということだ。今日の鷲羽山ユースホステルでも関西弁が多く聞こえてくる。昨日の高知もその前の日の高松も関西弁が多かったように思う。
「おれは京都です。いやあ、関西人が多いみたいやねえ」
「そうみたいやねえ、西日本は大雑把にやけど皆んな関西弁に似てるからねえ」
 伊丹から来たという女性が言った。
「そんなことはないで、九州はぜんぜん違うんとちゃうか」
 伊丹グループのガッチリとした体格の男が言った。
「そらそうやけど、九州の人にはあんまり合ったことがないやろ。そやから、関東の人から見ると、西日本の人は大雑把やけど皆んな関西弁に聞こえるって、かつら崎で言うてる人がいたやんか」
「かつら崎。あの能登のかつら崎ですか」
 夏樹が不思議そうに聞いた。
「そうやけど、彦さんの所に行ったことがあるんですか」
 女性が言った。彼女は伊丹からの六人グループのリダー格なのか、他の人の声はガッチリタイプの男だけだった。
「今年の正月の三日に泊まってきた。常連さんばかりで、面白い人たちばっかりで、その日は金沢まで行かんとあかんかったのに、なかなか帰してもらえへんかったんや」
「へえ、かつら崎にいかはったんや。私らも年越しはかつら崎に居たんですよ。ほなヨッチとヨッコとテンちゃんと会ったんですか」
「ヨッチとヨッコ・・・、うんいたいた、新しいデュエットグループみたいやって、俺が言うたんや。テンちゃんって、ちょっと小柄な大学生とちゃうかいなあ」
「いやあ、すごいなあ、そんな人とここで会えるやなんて」
 リダー格の女性が驚きの表情をした。


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2011.09.15 / Top↑
 夏樹がかつら崎ユースホステルに泊まったことがあると分かると、他のメンバーもかつら崎ユースホステルのこと、彦さんのこと、いつもの常連ホステラーのことを話しはじめた。みんなかつら崎の常連で、年に二,三回は泊まりに行っているようだ。
「ヒゲさんも今年の夏にかつら崎に行きましょうよ。すぐ裏が海やから、ユースからそのままダイビングして、海にいけるよう」
 長い髪の小柄な女性が言った。
「その話し、聞いたなあ。夏に初めてかつら崎に泊まると、ユースから海に放り投げられるって。ええっと・・・、タケさんだ、あの人が言ってたなあ」
「タケさんにも合ったんや、あの人はあそこの主みたいな常連やから」
「そやねえ、俺よりもだいぶ年が上とちゃうかなあ」
「ここにいるみんなも、海に投げ込まれたんや」
 少しガッチリ体型の男が言った。
「俺が行ったのは正月やのに、もうちょっとで投げ込まれるとこやったわ」
「そういうことをするのは、いとうさんやな」
「そうそう、いとうさんや、ちょっと見た目が悪そうな人やろ」
「その通り。けど、あの人なあ、医者らしいで、それも小児科やて、ヨッチが言うてたことがあったなあ」
「小児科?子どもが恐がって逃げんのとちゃうか」
 そこにいたみんなで大笑いした。
 それからどれぐらいの時間が過ぎただろうか、朝食の片付けもせずに話し込んでいた。時折、視界に入る窓の外の風景は、雨が降っているかいないかは分からないが、相変わらず曇り空のようだ。でもこのテーブルの周りはとても楽しい時間が過ごせる場所だった。





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2011.09.20 / Top↑
「あのう、食器を持って来てもらえますかあ」
 食堂の洗い場の方から、白く長いビニールのエプロンをした一人の女の人が、ゆっくりと歩きながら出てきて言った。
「あっ、すいません。今、持っていきますう。それではみなさん、ご馳走様でした」
 伊丹グループのリーダー格の女性が言った。
 部屋に戻り荷物をまとめ、帰り仕度をした。外は相変わらず曇り空だが雨は降っていないようだ。とりあえず、雨が降っていなければバイクに乗ることに支障はない。それよりもバイクのエンジンが動くかどうかが心配だった。昨日も祖谷の山中で突然停まってしまい、冷や汗をかいた。押し掛けをして始動したものの、その後も金刀比羅宮を出る時にもセルモーターは廻らなかった。今日は旅の最終日、なんとか無事に京都まで帰ることができることを祈った。
 荷物を持ち、受け付けにシーツを返して外へ出た。多くの宿泊者が集まっていた、みんなのカメラで記念撮影をしようと言うのだ。順番にユースのスタッフさんにカメラを預けて写してもらった。夏樹も慌ててカメラをバッグから出し、頃合いを見計らってカメラを預けた。
 写真を写し終わるとヘルメットを被り、押し掛けをしてエンジンを掛けた。一回で始動してくれたので、まずは一安心だ。
 バイクで来ていたのは夏樹だけで、一緒に写真を写した人たちみんなが、見送ってくれた。
「じゃあ、皆さん、行ってきまあす。またどこかで会えるといいですね」
「行ってらっしゃあい。また会おうねえ」
 見送ってくれた人たちの何人かが、大きな声で言った。

               記念写真



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2011.09.23 / Top↑
 何事もなく走ることができれば、京都までの道程はそんなに長い距離ではない。急いで出発することはない、鷲羽山の展望台へ向かうことにした。ユースから歩いても行ける距離だが、バイクに荷物を積んでしまったからそのまま展望台へ向かった。展望台からは建設中の瀬戸大橋の橋脚が見える。今見ている景色の真ん中に大きな橋が架かることを想像してみたが、はっきりとした映像は見えてこなかった。想像力に乏しいのだろう。展望台から望む角度を変えると、児島港も見ることが出来た。
              瀬戸大橋橋脚

                   児島港


 空模様は相変わらず空一面に雲が広がっていたが、少しだけ雲の切れ間が見えてきたようだ。とりあえず雨さえ降ってこなければ良しとした。天気も気になるが、どうしてもバイクのことを考えてしまう。どのようなトラブルがあるかわからない、まだ時間には余裕がある、急いで出発しなくても、と思ったがやはり早々に帰路に付くことにした。
 展望台からバイクに乗って降りてくると、ユースホステルで一緒だった伊丹グループの五人が歩いて登って来た。
「ひげさあん・・・」
 伊丹グループのリーダー格の女性が大きく手を振り、夏樹に声をかけた。その言葉に答えてエンジンは停めずに停車した。
「展望台に行かはんの。もうちょっとで着きますよ」
「ヒゲさんは、もう帰らはんのですか」
「明日から仕事やしね、バイクの調子も良くないから、早めに帰りますわ」
「バイクの調子が悪いんですか、心配やねえ、気をつけて走って下さいね」
「おぉきにぃ、皆さんもね」
 再びバイクに跨り、軽く手を振りながら山を降りていった。


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2011.09.27 / Top↑
 岡山まで来るときに通った道をそのまま戻ることにした。いつエンジンが停まってしまうか分からない状況で高速道を走るのは不安が多いが、少しでも早く寮へ帰る方が良いのではないか、混雑して渋滞や停滞をしている一般国道で停まってしまう方がかえって危ないのではないかと思い、あえて都市部は高速道を走ることにした。とにかく途中で完全に停車してしまわないように祈るだけだ。
 岡山の市街から国道250号線を走っている時に、祖谷の山中で停車した時のように、アクセルを廻してもエンジンが動かなくなり突然停まってしまった。すぐにギアーをセコンドにして押しがけをしてみたが、エンジンは動かなかった。
「ああっ、ついに駄目になってしもうたかなあ」
 鷲羽山の展望台を降りてから一時間以上のあいだ走って来た。少し休憩してエンジンも休ませて冷やしたら再び動き出すかも知れない。バイクを安全な場所へ押して移動し、ヘルメットを脱いでバックミラーに掛けた。近くの自動販売機から缶コーヒーを買い、斜めに停められたバイクの横に腰を降ろして煙草に火を点けた。
 短くなった煙草を銜え、大きく煙を吸い込み、大きく吐き出した。半分は溜め息になっていただろう。そのまま自動販売機の近くに置かれた灰皿に向かい消して、缶コーヒーの残りを飲み干した。
 気を取り直し、スイッチを入れギアーをセコンドに、押し駆けをしてみた。大きな音を出してエンジンが廻った。ヘルメットを被り再出発となった。この先も何回かエンジンが停まり、その度に小休止をしてエンジンを冷やし、再び押し駆けをすると走った。
 そんなこと繰り返し、なんとかかんとか無事に京都まで戻ってきた。

  小説のような、旅のはじまり 十一章 完



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2011.09.30 / Top↑

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