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 高校を卒業し就職して七年目に入った。現在の部署では肩書きは無いが課長の次の立場となり、数人の後輩を指導しながらの毎日だ。会社に対してそれなりに不満もあれば将来への不安や、人間関係のいざこざなどは世間一般に良くあることだ。夏樹にも世間並みに(?)悩み、怒り、諦め、妥協してきた。そして会社や人間関係の不満や不安以上に夏樹の心をざわつかせたのは、夢の実現だった。
 様々な制約を取り除いた状態で日本中をこの目で見たい、過去の旅も含めて日本一周と言うより、全都道府県を訪れてみたい。若い今しか出来ないことではないか、もう少し年をとり結婚をして所帯を持ち家族が増えると、旅のレポーターにでもならないかぎり日本中を旅して廻ることは出来ないだろう。風の吹くまま、気の向く方へ気ままな旅を実行したい。いま実行しないと必ず後悔をすることになるだろう。だが会社を辞めると言う、社長に退職願を出す第一歩の勇気がまだ出てこない。
「あほか、何を夢みたいなことを言うてんのんや、そんなことより、もっと仕事を頑張って一流の職人になることを考えなあかんやろ」
 そのようなことを言われることを、なぜかとても恐れていた。会社を辞めることがとても悪いことで、入社したら定年まで勤め上げるのが人として当たりまえのこと。終身雇用してもらうことが一番良いことなのだと言う思いが、心のどこかに引っかかっているようだ。
 そんな心の中の多くの葛藤が毎日、毎日繰り返されていた。そんなある土曜日に突然、飛沢が夏樹の寮に現れた。日曜日が休みではない飛沢は、不定期な休日の前に必ず電話をしてから来るのだが、この日は電話を掛けて来なかった、何の前触れもなく来たのだ。


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2011.10.10 / Top↑
「あれ、お前、明日は仕事やろ。どないしたん」
 飛沢の休みは不定期だが、世間が休みの土曜、日曜などは休みではない。そして今は隣の滋賀県に勤め先があり、そっちで一人暮らしをしている。
「明日な、実家で用があるって言うて、休みをもろうたんや」
「なんの用やねん、それやったら、ここに来んと家に帰った方がええのとちゃうの」
「いや、用なんかないんや、そう言うて休みをもろうただけや。そんなことはどうでもええねん、ビールを持って来たさかい、飲も。夏樹は明日、休みなんやろ、泊まっていったかてええやろ」
 そう言い終わる前に座り込み、缶ビールを一本持ち夏樹に差し出した。二人で軽く乾杯をし、四国に行った時の話を簡単に済ませ、二本目のビールを開けるころにはいつものように飛沢の顔は真っ赤になっていた。
「おっ、九時になったか。今日の映画おもしろそうやで、見たかったんや、チャンネルを変えてもかまへんか」
 飛沢が突然そう言うと、夏樹が返事をする前にチャンネルを変えた。
 映画が始まるとビール片手に、二人ともテレビの画面を見入ってしまい、ほとんど会話も無く最後まで映画を見た。次週の予告が始まった時に夏樹が飛沢に話しかけたが、すでに大きな寝息を掻いていた。

「ほな、またな」
 翌日、飛沢は十時ごろに実家へ行くと言って帰っていった。また、あの歌が思いだされた。
     《また会う約束などすることもなく
      それじゃあまたな と別れるときの
      お前がいい》
「おう、ほなな」
 夏樹の人生を大きく変えることになる大事件が、次の日に起ることなど知る由もなく見送った。





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2011.10.14 / Top↑
「夏樹、おまえKさんのとこに行ったことあるかあ。ちょっと頼みがあるんや」
 昼休みが終わり工場へ向かう夏樹を次長が呼び止めた。Kさんとは得意先の会社のことだ。
「行ったことはないですけど、場所を聞いたら分かると思います、たぶん」
「そしたら地図を書いてやるから、この書類を届けてくれへんか。急ぎなんや」
「ええ、おれがですか」
「今の時間は渋滞が多いやろ、車で行くと間に合わんかもしれんやろ、お前のバイクで行ってもらえると渋滞なんか関係ないやろ」
「はあ、わかりました」
「頼むわ」
 夏樹はあまり乗り気ではなかった。いつも工場で仕事をしている時に得意先の人が来ると、変な緊張感に襲われてしまう。それなのに、その得意先へ書類を届けに行くなんて、それも一人で、行く前から緊張してきた。
 書類と簡単な地図が書かれた紙を受け取ったその時だった、事務の女の人の声が社内スピーカーから聞こえてきた。
「夏樹君、電話です。夏樹君、電話です」
 仕事時間中に夏樹へ電話がかかってくることなど今までになかった。営業職ではないのだから、仕事関係の人から電話が来ることなどありえない。
「誰からやろ、こんな時間に」
 工場の隅に置かれた机の上の電話へ向かい、受話器をとった。聞き覚えのある女の人の声が聞こえてきた。
「夏樹君」
「はい、そうです。あれ、飛沢のお母さんとちゃいますか」
「久しぶりやね、急に会社へ電話かけてごめんね、仕事中だったでしょ」
「いえ、大丈夫ですよ。どうしたんですか」
「今から言うことを落ち着いて聞いてね」
 飛沢の家に遊びに行っていたころの、お母さんの雰囲気とは明らかに違った、とても切羽つまったような、緊張感のある話しかただった。
「はい」
「びっくりせんといね、トシキが、トシキがね死んだの」




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2011.10.18 / Top↑
「はっ、なんのことですか。えっ」
「夏樹君、落ち着いてね、今朝ね、交通事故でね・・・」
 飛沢のお母さんが何を言っているのか良く分からなかった。いや、分かってはいるのだけれど、あまりにも突然なので頭の中で整理することが出来なかったのだと思う。我が子を亡くしたお母さんを気遣い、慰めなければならないのに、頭の中が整理できずに混乱し、言葉が出てこなくなった夏樹がお母さんに慰められてしまった。
 電話を切ってから頭の中をなんとか整理しようと思いながら、得意先へ書類を持っていかなければならない意識を優先していたことが、今思えば不思議である。
 バイクを運転しながら昨日の夜に次の日が休みではないのにふらっと現れたこと、お母さんから聞いた事故の大まかな状況のこと、そして飛沢と出会ってから昨日までのこと、あいつの未来のことなど、多くのことが次から次へと頭の中を通り過ぎていった。それでも意識の半分と少しは前方の車の状況、信号、歩行者、そして得意先への道順が優先されていた。
 無事に書類を届けたことで帰り道は飛沢のことが意識の半分以上になっていた。あいつのことがどんどんと増えていき、頭の中は飛沢のことばかりでいっぱいになっていた。それでも無事に会社に戻ってきたのだ。どこをどのように走って帰って来たのか、あまり覚えていなかった。かなり頭の中は混乱していたようだ。
 夜になりようやく整理ができたのか、突然大粒の涙が頬をつたいはじめ止まらなくなり、気が付いたら大きな声を出して泣いていた。



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2011.10.20 / Top↑
 二日後に葬儀が行われ会社の同僚である小田君も一緒に出席した。飛沢の高校、大学時代の友人も多く来ていた。交友の広さが伺える。焼香を終え飛沢のお父さんと目が合った時、言葉など出るはずもなく、突然涙がこみあげ大きな声を出して泣いてしまった。お父さんの目にも大きな涙がこぼれていた。

 あれからの毎日は頭の中で飛沢のこと、仕事のこと、将来のこと、そして旅のことが駆けずり回り仕事に集中することができず、間違いや失敗がおおくなり、課長によく怒られた。仕事が休みの日もどこへも行かず、寮の部屋で一日ごろごろしていた。
「あいつはやりたいことを何もしないで、いやできないで死んでいった。やりたいことは、できるときにやらなあかん。あとになって後悔をしたくない、よし、やりたいことを、やれる時に・・・。けどなあ・・・」
 長いあいだ頭の中は悶々としていたが、半年後にようやく決心をした。旅にでる。会社を辞めて気の向くまま、日本中を旅する。気が済むまで、半年か一年か、それとも・・・。今そんなことはどうでもよいことで、とりあえずバイクに荷物を積んで北へ向かう。多少の蓄えもつくった、来春の暖かくなったら出発する。それからのことは、そのときに考えればいい。早速、社長に退職願いを持って話をしにいった。
「お前の言うてることはよう分からん。人生勉強をすると言うことで旅に出るんやったら、日本一周なんて小さいこと言わんとパリに行って来い。ほんでファッショの本場に行って勉強してきたらどうや。二ヶ月やったら休職扱いで保健もそのままにしとけるから」
 社長は穏やかに夏樹と話をしてくれた。



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2011.10.22 / Top↑
「俺は、日本中を見て廻りたいんです。子どもの時から旅番組を見るのが好きで、日本地図を見るのが好きで、自分の目でまずは日本中を見たいんです。世界はその次ですから」
「日本なあ、よう分からんけど、君の意思が強く決心が固いようやから止めはせん。そやけど一回、退職すると再雇用と言う分けには行かんから、夢とやらに挫けず、つまずかんようにがんばりや」
「はい、すいません。勝手なことを言いまして。急ぐ旅ではないので、今年入った新人さんにある程度のことは教えてから辞めますので」
「いや、そんなことは心配しなくて良いから」
「僕なりのけじめですので、そうさせてください。五月の締め日までという事でお願いします」
 なんとなく円満退社?と言うような感じだったかな。
 次の休みの日からテントと寝袋、キャンプ用のバーナーや食器類を買いに行くようになった。社長に退社のことを言い、わかってもらえたことで気持ちが楽になり、頭の中をぐるぐると駈けずり回っていた多くのことが、何処かへ飛んで行き軽くなったようだった。

 五月末で退社し実家にいて役所へ転居の届けをしたり、最後の準備をしたりして一週間ほどが過ぎた。そして六月四日に出発することにした。この日に決めたのには大安というわけでもなく、特別な理由はなかった。
「さて、とりあえず北へ向かって行こうか。どこを通って行こうかなあ」
 高速道路を使うと料金が高いし(当時は乗用車も二輪車も同じ料金だった)、そんなに急いで進む必要もない。主要国道は交通量が多いため山間部を通って夕方までに、よいキャンプ場が見つかれば言うことがないのだが。



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2011.10.25 / Top↑
 出来るだけ交通量の多いところを避け、訪れたことのない場所を通りながら山形辺りから日本海側へ抜け、青森へ向かう計画だった。事前に行って見たいところ、泊まってみたいところを少しだけ決めていたが、それ以外はどこを通ってどこに泊まってということは、ほとんど決まっていなかった。いつ頃に北海道に渡るかも決まっていなかった。
 国道一号線は非常に交通量も多く、最初から通行路の候補から外れている。そこで京の七口の一つ荒神口から府道を走り、比叡山南麓の山中越えを通ることにした。

                 琵琶湖 《琵琶湖》

 近江大橋で琵琶湖を渡り、通称浜街道を北上し彦根で国道八号線に入った。浜街道は広い道路ではないが交通量は比較的少なく、天気も良く心地よいツーリングとなった。
 全てのしがらみを取り除き、その日の気分、天気、現地で入手した情報を元に旅を続けることが、今からはじまるのだと言う大きな期待が、走っていることで少しずつ込み上げてきた。不思議と不安はなかった。今日の宿、またはキャンプ場は今日、決めればいいのだから。前もって予約を入れたり、地図と睨めっこして距離を計算してどこまで行くか,行けるかと言う計画を考えたりしなくても良いのだから、とても楽しくうれしかった。
 米原からは国道二十一号線に入り、天下分け目の関ヶ原を越える。岐阜に近づいて来るころ、以前に二度ほど通ったことのある蛭ヶ野高原のことを思い出した。京都の周辺では見かけることのない広々とした高原で、とても美しい風景が広がっていたように記憶していた。
「たぶん、キャンプ場もあるかもしれへんなあ」
 広い路肩にバイクを停め地図を確認した。

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2011.10.29 / Top↑

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