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 トンネルの長さは510mほどしかないようなのだが、時速5kmで走行するとなかなか出口に辿り着けない。あまりにも速度が遅すぎてエンストしてしまいそうになり、慌ててクラッチを握りローギアーに落とすこともあった。排気ガスがとにかく臭く、呼吸と視界が最悪の状況から速く抜け出したかった。それなのに突然、前のバスが停車してしまった。すぐに動き出したが、登り勾配がとても急だから発車の瞬間に今までよりも大量の排気ガスを噴出し、ほんの少しだが夏樹に向かってバックしてきた。そんなことが二回か三回あり、その度に危険を感じ焦った。
 ようやく視界が明るくなりトンネルを抜けた。トンネルの入り口にもあった落石防護のシェルターをしばらく走り、いよいよ上高地に入っていった。ここまでくれば勾配も緩くなり、ギアーを蹴り上げ少しは速度を上げて走れるようになった。シェルターを抜けると視界が広がり道路わきの木立から穂高の山々を垣間見ることができた。
 バスの後をゆっくりだけれども快適に走ると、大正池が見えてきた。バイクを停めてカメラを取り出し池の畔までいってみた。案内版には焼岳の噴火により堰き止められた池で大正時代にできたから大正池だそうだ。その時に立ち枯れした木が今も池の中に数本たっており、今までに見たことのない景観に感動し数枚の写真を撮った。
     
      大正池1

                     大正池2

 大正池から間もなくのところに帝国ホテル前と書かれたバス停が現れた。来るだけでもこんなに大変な山の中に、日本を代表するような高級ホテルがあるなんて、ちょっと信じられなかったが、生茂った木立の間から真っ赤な洋館が見えた。いかにも高そうなホテルの佇まいだ。創業は昭和8年だそうだ。

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2011.12.03 / Top↑
 帝国ホテルから3キロほど進むと上高地バスターミナルの建物が見えてきた。上高地の観光案内所、食堂、土産物販売、もちろんバスの待合所、バスの切符販売と帰りのバスの予約券の配布もしているようだ。特に安房峠を越えて平湯方面に行くバスは急勾配、急カーブの連続なので、乗車定員以上の人は乗せないそうだ。ようするに立った状態ではバスには乗せないのだそうだ。そのために予約整理券が無いとバスに乗ることができない。もし最終バスの予約券が取れなかったら、ここに泊まるしかないのだろうか。
 バスターミナルには観光バスと路線バス、タクシーでほぼ満車状態、数台のバイクも停車していた。平日だと言うのにこんな山奥に多くの人が訪れる日本有数の観光地なのだ。山しかないけれど、多くの人を魅了する風景がここにはあるからなのだろう。
 バスターミナルにバイクを停め、カメラだけを持ち案内図にある「河童橋」へ向かった。上高地の中で唯一、人工の見所かも知れない。アルプスの山々から集まった水が流れている梓川にかかっている吊橋が「河童橋」だ。
 天気は快晴、青い空と残雪のアルプスの山々、その山への登山口としての象徴的な河童橋、絶景だ。雄大な景色に感動し、堪能することができた。
          
                      上高地1
                河童橋

 登山をしに来たわけではないし、他に見物するものもなく、そろそろ先へ進むことにした。さて、今日はどこまで行って泊まろうか。
「そうや、今日は無理やけど、中村さんの家に寄ってみようか」
 中村とは初めて浜名湖へ行った時に親しくなった、埼玉の中村だ。会社を辞めて北海道へバイクで行くと年賀状に書いたら、フェリーで行かないのなら是非に寄ってくれと電話を貰った。
「明日には行けるかな・・・」

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2011.12.06 / Top↑
 上高地バスターミナルからは前に走る車もなく、緩やかな下り勾配を快適に走行した。前方の木立の間から釜トンネルの信号が見えた、青色だ。少しスピードを上げ赤信号になる前にトンネルに入らないと15分もの長い待ち時間をトンネルの入り口で待つことになる。
 トンネルに入ると観光バスに追いついた。登りのときのような視界不良になるような排気ガスは少なかったが、登りが急勾配と言うことは、下りも急勾配なのだから速度はゆっくりだった。登りと同じくセカンドギアーに入れ、エンジンブレーキを利かせて進んだ。トンネルを抜けるとバスとタクシーとバイクが長い列を作って信号待ちをしていた。
 落石防護のシェルターを抜け国道158号線を左に曲がる。釜トンネルに入った時に追いついた観光バスも左へ曲がって行った。松本へ向かう国道は大小のカーブが続き、幾つもの長いトンネルを潜って行った。奈川渡ダムまでの15キロほどの区間はトンネルのほうが多く、あまり道幅も広くないので観光バスの後について運転をしていると少々疲れた。
 長いトンネルを抜けると奈川渡ダムがある。このダムの上を走るのが国道158号線で、全国でも珍しいようだ。ダムの上を走り抜けるとまたトンネルに入って行き、そのトンネルを抜けるとヘヤピンカーブを曲がり、またトンネルに入って行く。そしてそのトンネルを抜けるとようやくトンネルはなくなり、ゆっくりと風景を楽しみながら梓川沿いを走った。これだけのトンネルが続く国道建設は、おそらく難工事だったのだろうと、土木の素人でも伺えるほど険しい地形が続いた。


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2011.12.10 / Top↑
 国道158号線を松本へ近づくにつれ少しずつ回りの山も低くなり、田んぼや畑が増えてくると民家も多く見えるようになってきた。松本市の手前で県道を右に曲がり塩尻へ向かう。塩尻からは国道20号線を南東へ進み、岡谷を過ぎると目の前が大きく広がり諏訪湖が姿を見せた。
 上高地で地図を見たとき塩尻の先に諏訪湖を見つけた。信州で一番大きな湖で、地理の授業で習った記憶があり、武田信玄にまつわる伝説が伝わる湖だ。冬には全面氷結しワカサギ釣りをする人たちが多く訪れるようだ。以前はスケートもできるほど厚い氷に覆われたようだが、今では全面氷結しない年もあるようだ。
 視界が広がったところから大きく高度を下げ、湖畔の南側を走り小さなスーパーマーケットで昼食用のカップ麺を一つ買った。湖畔にバイクを停め朝食用に食べたアンパンの残りと、コッヘルで湯を沸かしカップ麺で昼飯を済ませることにした。
「さて、今日はどこまで行って、どこに泊まろうかな」
 バイクにくくり付けた大きな全国地図を広げると、ほぼ真ん中に諏訪湖が載っている。諏訪湖からさらに南東方面に清里の文字が目に入ってきた。
「清里のユースホステルって、なんか聞いたことがあるなあ。どこかであそこのユースホステルは面白いところやから、一回、行ったほうがいいって言われたような・・・」
 地図を置きユースホステルハンドブックを開いた。定員99名、民間経営のユースホステル、ハンドブックには特別なことは何も書いていない。
「あっ、なんか食後のミーティングの時にすごく騒ぐとか言うてたような気がするなあ」
 午後からの空模様が少し怪しくなり、もしかすると今夜あたりから雨が降ってくるかもしれない。
「今日は清里のユースホステルに泊まることにしようか」

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2011.12.15 / Top↑
 泊まるところが決まれば少しでも早く予約の電話を入れなくてはならない。上高地には多くの団体旅行の観光客が訪れていたが、六月は観光業にとっての閑散期、平日となれば尚更である、もしかすると休んでいるかも知れない。だとすれば他のところを探さなくてはならい。
 国道沿いのドライブウエイに公衆電話のボックスを見つけ、バイクを横付けした。
「はい、清里ユースホステルです」
「今日なんですけど、泊まれますか」
「大丈夫ですよ、何人ですか、夕食はいりますか」
「一人です、二食付でお願いします」
「じゃあ、六時までに来て下さいね。お名前は、ユースの会員ですか」
「はい、会員です。夏樹です」
「電車ですか、それともバイクとか車とか。小海線(現 八ヶ岳高原線)の清里駅からすぐですから、気をつけて」
「バイクで行きますんで、お願いします」
 これだけの会話で電話は終わった。ユースホステルは空きさえあれば当日予約でも比較的簡単に泊めてくれる。ぶらり旅には最適だ。
 茅野市を過ぎると大きなカーブはないが登り勾配が続き、山梨県との県境に近づくと長い登坂車線が表れた。県境の少し手前に左が小淵沢という案内標識が見え、左に曲がる。この先は小海線沿いに甲斐小泉、甲斐大泉そして清里へ向かう。

 夏樹は旅好きな若い人も年配の人も気軽に泊まれて、比較的格安で宿泊者同士の交流を手助けできるような宿を作ってみたいと思うようになっていた。ユースホステルは格安だが若い人が多く、年配の人の宿泊者は少ない。酒が飲めないところも多い。(現在のユースホステルは飲めるところも多くなってきているようだ)旅館やホテルはプライベートがしっかりと守られていて、宿泊者同士の交流など必要のないところだ。両方を叶えてくれるような宿はないものだろうかと考えていた。



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2011.12.18 / Top↑
 老若男女を問わず廉価で泊まれて、宿泊者同士が交流できるような宿の候補にペンションがあった。個人経営の洋風民宿で、家族で経営しているから宿泊定員は二十人~三十人のところが多いようだ。アーリーアメリカン風やドイツの山小屋を思わせるような建物で、オーナーの趣味、嗜好に合わせた拘りの宿は、独自のスタイルの宿作りをしている。長年経営していると、その趣味、嗜好に賛同する人たちや、オーナーの人柄に親しむ宿泊者が、リピーターとして繰り返し泊まりに来ることもあるようだ。
 この旅に出かける前に「ペンション情報」という雑誌を何冊か買い、ペンションとはいかかがなるものか少し勉強していた。時代はバブル経済に突き進んでいて、休日はリゾート地に出かけ夏はテニス、冬はスキーを楽しむ人が多かった。そこで高原地帯やスキー場周辺に、スキーやテニスの趣味が高じてペンションを経営する人が増えたようだ。また閑散期にはゆっくりと趣味に興じることができるのも魅力の一つだったようだ。
 一般サラリーマンが脱サラにより退職金を頭金に、夢のペンション経営を始める人が増え、そういった人たちのために信州や山梨の高原リゾートや、関東周辺のスキー場付近にペンション用の分譲地が開発されていた。しかし、今ではバブルが弾け、長い不況の時代が続き、脱サラをしてペンションを営んだ人たちは借金だけが残り、大変なことになった人も少なくないようだ。現に夏樹はこのころから二年後にペンション経営は諦めてしまった。どんなに頑張っても頭金を作ることができそうになかった。最低でも三千万円必要だといわれていたからだ。


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2011.12.22 / Top↑
 ペンション情報という雑誌によると小渕沢から小海線沿いには多くのペンションが点在しているとのことだ。国道20号線から県境を過ぎると山梨県小渕沢市に入り、ここからは小海線(八ヶ岳高原線)沿いに高原地帯を走る。頂に雪が残る八ヶ岳の山並みをバックにパステル調の柔らかい色合いの外壁、少し尖った切り妻屋根の洋風の建物が目に入ってきた。数件の洋風建物が綺麗に区画整備された場所に建っている区域もあった。
 そんな建物の近くにはペンション、別荘用地販売を宣伝する建設会社や不動産屋の看板も目にする。洋風の建物は八ヶ岳山麓の高原地帯によく似合った。
 間もなく小海線の甲斐小泉駅に着いた。高原によく似合うローカル駅にローカル線がよく似合うディーゼルカーがちょうど入線してきた。都会の駅と違いローカル線は一時間に一本とか二本しか駅には入ってこないのに、ちょうど駅に来たときに列車が入ってくることは、とても運がいいことだ。

          甲斐小泉駅1
                  甲斐小泉駅2
 甲斐小泉から甲斐大泉までの線路沿いの道路は未舗装で、キャンプ道具などの大きな荷物をバイクの後に積んだロードバイクで走行するには体力的に少し疲れる。無期限の旅の途中で転倒するわけにはいかない。もし転倒してしまえば修理に掛かる費用と預けている間の時間がもったいないではないか。
 転倒しないように慎重にバイクを走らせようやく甲斐大泉の駅に着いた。この駅もローカル線によく似合う木造の駅舎で駅員さんはいない、その代わりに委託されたおばあさんが切符を売っていた。甲斐大泉と書かれた入場券をそのおばあさんから買った。
            
                甲斐大泉駅


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2011.12.26 / Top↑

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