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        あけまして  
         おめでとうございます


                    本年も宜しくお願いします
                       平成二十四年元旦
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2012.01.01 / Top↑
 甲斐大泉から清里までは小海線では一駅。沿線の周辺には別荘地やペンションの建物が並ぶ林や、もともとこの地域に暮らす人たちがつくる畑が続いた。
 清里に近づくと今まで見てきたペションの建物よりも可愛い色合いで、建物周辺の飾りも可愛いものになった。ペンション以外の飲食店やみやげ物店も少女マンガから抜け出てきたような建物が多い。清里駅は国鉄としては国内で二番目に標高の高いところにある駅で、そんな山に囲まれた高原地帯に、この周辺だけが別世界のメルヘン地帯に入り込んだようだ。ぼろぼろの皮ズボンに安物の合皮ジャンパーを着た夏樹には、間違いなく似合わない空間に立ち入った気分だった。
 メルヘン地帯をゆっくりとバイクを走らせ、ユースホステルを目指した。ユースホステルの建物はメルヘン風ではなかった。
「こんにちは」
 なんともむさくるしい服装で大きな荷物を抱えてユースホステルの玄関に入った。
「はあい」
 少し遠いところから男の声が聞こえてきた。
「さっきの電話の夏樹さんですね、お帰りなさい」
 夏樹と同じ年ぐらいの男がエプロンを掛けて出てきた。
「はい。ええと、会員証です」
「じゃあ、ここに住所と名前を書いてねえ」
 そう言うと簡単な書式の宿泊者名簿と書かれた紙を渡された。
「お風呂に入れますから、先にどうぞ。夕食は六時からです」
 部屋の場所を聞き大きな荷物を持って向かった。
 部屋に入るとユースホステルでは定番の二段ベッドが置かれた部屋だった。すでに二人の先客がいた、この時季の平日にユースホステルを利用して旅をいている人が要るとは思っていなかった夏樹には、とても意外な出会いだった。

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2012.01.03 / Top↑
「こんにちはぁ」
 夏樹の声に少し元気がなかった、予想していていなかった先客がいたからだ。
「どうも、こんにちは」
 大学生風の男が先に声を出した。
「どうも、こんにちは。バイクですか、もしかして日本一周をしている途中とか・・・」
 夏樹よりは少し年上の雰囲気の男が笑顔で話した。
「分かりますかあ、日本一周というわけやないんやけど、日本中を廻ってみようかと思ってます。きょうで二日目なんやけどね」
「やっぱり、今の時季はそういう人が多いんだよねえ。実は俺も、と言いたいところなんだけど、転職をするので次の職場へ行くまでに一ヶ月ほど時間があるので、短期の放浪の旅中です。おれ、田中です、東京から来ました。もうすぐ三十歳です。早めに自己紹介しておいた方が何かと便利でしょ、特にユースホステルと言う所はね。よろしくお願いします」
 頭の中に台本があるのではないかいと思いたくなるぐらいに、流れるような標準語で、常に笑顔で話す田中に、夏樹ともう一人の大学生風の男は呆気にとられて聞いていた。
「ああっあ、俺は夏樹です京都です。あと五年ほどで三十です。よろしゅう、たのみます」
「はい、俺は後藤です。東京の大学に通ってまして、実家が博多なんで夏休みを利用して旅をしながら帰省中です。大学一年生ですが二十歳なんです、一浪をしまして・・・」
 そう言うと右手で頭を掻きながら下を向き、苦笑いをした。
「そうなんや、夏休みって随分早いねえ、まだ六月やでぇ」
「一年生はあんまり大した授業がないんです。それでうまく単位がとれるように調整をして早めに帰ることにしたんです」
「へえ、ほんなら三ヵ月も夏休みなんや」
 夏樹は大学とはどういうところなのだろうと思った。


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2012.01.05 / Top↑
 夏樹の言ったことに後藤は右手を横に数回ふりながら苦笑いをした。
「授業が少ないけど他にいろいろとありまして・・・。参加することで単位がとれる学外研修があるのですが、七月から一ヶ月の期間をボランティアするんです」
「ボランティアですか、何のボランティアですか」
 転職予定の田中がにこりと微笑んで言った。
「いろいろあるみたいで、子供たちがいる施設とか老人ホームとかにお手伝いにいくみたいなんです。実はどこで何をやるのか詳しいことは分かってないのです。参加すると授業にでるよりいいかなって、大学の授業ってけっこうつまんないんですよ」
「俺は、面白かったけどねえ」
 田中が話す時はずっと微笑んでいた。もしかすると今までの職場は営業職をしていたのだろうか。
「俺は大学には行ってないから、ようわからんけどなあ」
「子どものころから、大人になったらなりたい仕事というのが見えてこなかったので、とりあえず大学に入ったのですが、入りたいところじゃなく、入れるところが今の大学だったんです」
「それで授業にあまり力が入らないんですね」
 田中が微笑まずに言った。
「そうなんですよ」
「べつにええのとちゃうかなあ、急いで決めんでも。目標が早くに決まっても途中で挫折するよりは、ゆっくりといろんなことを見て、聞いて、体験して、ほんで何かに出合って進む道を決めたら、それでも遅くはないと思うなあ。田中さんも転職をすると言うことは、何か違うと思ったから別のことをしようと、転職をするんでしょ」
 夏樹はとりあえず合皮のジャンパーと皮ズボンを脱いだ。田中が少し遅れて少し頷いた。





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2012.01.11 / Top↑
「私はねえ商社の営業をしていたのですがね、三流のメーカーなので商品の知名度が低く、なかなか売れなくてねえ、身銭を切って接待して、休みもほとんどなくて、毎日まいにち何のために仕事をしているのか、このまま定年までこんな日が続くのかと思った時に、会社に宣戦布告しましてねえ」
 微笑みながら話をしていた田中の顔が厳しい表情に変わった。
「宣戦布告って、なんかやらかしたんですか」
「数人の同僚と相談し、俺が代表として接待費の要求と、労働基準法で認められている休日の確保を社長に直談判をしたのです、が・・・」
 田中の顔がますます厳しい表情になっていった。
「まったく聞き入れてもらえへんかったんですね」
「それの方がまだ良かったですよ。最終的には監督署に行って話をすると言うつもりでしたから。社長がそんな要求は聞き入れられるような余裕はない、いやなら辞めてもらってもかまわないぞ、と少し強い語気で言ったら、俺以外の他の同僚が一人下がり、また一人下がって結局俺だけが社長の前に残っちゃって・・・」
「あらあ、それはきついなあ」
「同僚たちに裏切られたことがとても悔しくて、腹が立って・・・。それで、じゃあ辞めますって、その時の勢いで言っちゃったのです。そしたらあの狸社長は、そうか残念だねって捨て台詞のように履き捨てて行きやがった」
 田中の顔が少し紅潮したように見えた、そして俯いてしまった。三人の間にしばらく沈黙の時間が過ぎていった。
「俺はええと思いますよ、世帯を持ってからでは、なかなかおもい切ったことはでけへんもんねえ」
「すみません、なんか変な話をしてしまいました。せっかくの出会いです、もっと楽しい話をしましょう」
 田中は夏樹がこの部屋に入って来たころと同じような笑顔で言った。


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2012.01.13 / Top↑
「そうやね、ひとそれぞれの人生があるさかいにね、今までのことより、これかのことに頑張りましょう。なんてねえ・・・」
「夏樹さん、でしたねえ、やっぱり関西の人は明るいですね。僕も学生のころから旅が好きで、ユースホステルを使って全国を回りましたけど、関西の人はどこに行っても楽しい人が多くて、いつの間にか関西弁がうつっちゃうんですよねえ」
「やっぱり、俺もそういう人を何人か見てきましたは。なんて言うか、辛気臭いのがきらいなんやね、関西の人は、そやから無意識におもろいことを言おうとするのかなあ。俺なんか全然おもろないけどね。逆にねえ関西人は関西弁しか話せない、とても不器用な人種ではないかと思ってます」
「いやあ、そんなことはないと思いますけど」
「田中さん、関西弁がじょうずですねえ、関西の支社に勤務したはったんですか・・・」
「ちゃいます、うつってしもうたんです」
 田中が笑顔で言った。その時、ようやく出るタイミングを掴んだ後藤が話しはじめた。
「僕はユースホステルに泊まるのは三回目かな、初対面の人と知り合って仲良くなって、楽しいところですね」
「それだけやないで、泊まり賃も安いで」
「けど飯はあんまり期待でけへんし、酒も飲ぉめへんし・・・」
「田中さん、ほんまに関西弁がうまいなあ」
「いやあ、ちょっと変な関西弁ですけど」
 後藤がにこりと言った。そして三人は大きな声を出して笑った。

 夕食を食べるころには二人の宿泊者が部屋に入って来た。一人は大学生、もう一人は夏樹と同じように仕事を辞め、放浪の旅に出たのだと言っていた。夏樹のように仕事を辞めてまで旅に出るような変わり者と、これから何人も出会うことになる。


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2012.01.17 / Top↑
 夕食後は宿泊者五人と受付をしていた男と六人で旅の情報交換など他愛のない話をして過ごした。受付にいた男も仕事を辞め、放浪しながらヘルパーをしていると言っていた。
「ヘルパーさんの出身はどこですか」
「俺?静岡です。小林です。先月までサラリーマンをしていました。ここのユースホステルには学生のころから何回も泊まりに来ていまして、旅の始まりはここからって決めていたので一週間ほど前に泊まりに来てみたら、しばらく手伝ってくれって言われたんですよ。急ぐ旅でもないのでヘルパーとしてしばらく居ることにしたのです」
「と言うことは、仕事を辞めてプータローをしているのは俺を含めて四人ということなんや・・・。以外にアホがいるんやね」
 夏樹が言った。
「あほって、どういうことだよ」
 最後に部屋に入って来た無職の男が、ムッとした顔で言った。
「いや、怒らんといてや、関西人は良い意味でアホを使うこともあるんやから、攻めてるわけやない、すんません」
「でも、アホでしょ、仕事を辞めて放浪の旅に出るなんて、世間一般ではやらないことじゃない」
 田中が少しだけ関西訛りをまじえて言った。
「おたくは次の仕事が決まっていてそれまでの休養期間やし、ヘルパーさんは一応ここで仕事をしてるから、まあええのちゃうか。俺は今日で二日目のプータロー生活で、いつ社会復帰できるかわからんしなあ。自分はどうなん・・・」
 夏樹のアホ発言にムッとした顔つきになった男に言ったのだが、関西弁があまり理解できないのか反応がなかった。
「あっ、俺、自分って言ったから関西弁の君自信のことかとおもったよ。どうも関西弁は苦手なんだよねえ」


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2012.01.19 / Top↑
「会社が倒産したんだよ。俺はあの仕事が好きだったし、会社も会社の仲間も好きだった。ただ一つだけ気に入らなかったのが社長さ、怠慢経営で倒産しちゃったのさ」
 その男といい田中といい、思いとは別の道に進まなければならなくなった。何が思いとは別の道へ進ませてしまうのか、それが人生と一言ですませてしまっていいものなのだろうか。
「すいませんでした。そうとは知らずにアホなんて言うてしもうて・・・」
 夏樹が軽く頭を下げて謝った。
「けど、さっき部屋に入って来た時はプータローですって、にっこりとしながら言うてはったから、てっきり俺と同じように仕事辞めて放浪したはると思うたんや」
「無職だから、プータローには違いいなだろ。会社のあった名古屋から実家のある新潟まで、この際だからあちこちに立ち寄りながら帰ろうかと・・・」
 六人の今までのこと、これからの思い、お国のことなどなど、男ばかりで楽しみが半減していたのははじめの頃だけで、消灯時間を過ぎても話が尽きることはなかった。それでもさすがに十一時を過ぎる頃には、ヘルパーの田中が就寝を促した。

 翌朝はどんよりとした曇り空だった。天気予報は見ていないが、おそらく今日は雨が降るだろう。気象に素人の夏樹にもそんな予想が容易にできた。
 朝食を食堂で食べているとヘルパーの田中以外の五人が昨夜の話の続きを始めたが、昨夜ほどには盛り上がらなかった。今日の予定に遅れないよう、早めに準備のため、それぞれが部屋へ戻って行った。

                清里ユースホステル

 食堂に一人残った夏樹は窓の外を眺めていた。昨日は気がつかなかったが、ユースホステルの周辺は少女マンガに出てくるような可愛らしい店が立ち並んでいることに驚いた。それと昨夜のうちに中村さんに電話を掛けるのを忘れていた。今日連絡をして、今日泊めてくださいというわけにはいかない、それにもう仕事へ出かけてしまっただろうし。

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2012.01.22 / Top↑
「中村さんの家に寄るのは北海道からの帰りにしようか、早めに連絡をして遊びにいこう・・・。となると、今日はどこまで行こうか、山形に寄りたいから新潟方面へ抜けるか、福島から北へ向かうか・・・」
 福島から北へ向かうには東京都内を走らなければならない。東京都内をバイクで抜けるのは至難の業になるであろうし、無事に都内を通り抜けられないことに自信がある。変な自信だけれども、夏樹がいつもバイクで走っている京都市内のそれとは比べものにならないほどに、ややこしく交通量が非常に多いことは、ニュースやテレビドラマなどを見ていれば分かることだ。都内のややこしいところをうまく交わして北へ向かいたい。
 頭の中に大雑把な日本地図を描き、今いる清里から群馬を通り新潟へ抜け、そして日本海側へ行くルートを考えた。都内をかわすにはこのルートが良いだろう。すぐにマップルを開き、どのルートを走るか検討することにした。
「どっちみち今日は雨降りやろうから、あんまり遠くまでは行けへんやろなあ」
 地図と一緒にユースホステル・ハンドブックを出し、群馬から新潟方面のユースホステルを探し、地図でその場所の見当をつけて走行距離を計算してみた。軽井沢から前橋へ行き国道17号線を北上する。新潟県へ入ってすぐのところに土樽と言うところがある、そこに山荘のユースホステルがあり、そこまでの距離がおよそ200キロだ、今日はここまでにしよう、雨も降ってきそう出し早めに宿に入ることにしよう。
 今日の予定を決め地図などをバッグに戻し、出発の準備をして部屋を出た。昨日は気がつかなかったのだが、この部屋の名前が「巨人の星」だった。
「あら、なんや気に入らんなあ」


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2012.01.24 / Top↑
 巨人の星というアニメは毎週欠かさず見ていたが、今ではアンチ巨人ファンの一人として、知らなかったことは言え少々不甲斐ないこととなってしまった。なぜアンチ巨人なのか、子どものころの夏樹は王さんのファンだった。GYのマークの入った野球帽を被り小学校へ通っていた、と言うより他の球団の帽子はあまり売ってなかったように思う。そんなどこにでもいるような少年が、いつからかタイガースファンに、そしてアンチ巨人になってしまった。王さんが引退したことと、父親の影響だろう、夏樹の父親はタイガースファンと言うより、アンチ巨人の感情が大きかったように思う。今では夏樹も大のアンチ巨人ファンとなってしまった。
 夏樹の父親はテレビ中継がない日に、入りの悪いAMラジオのチューニングを、ほんの少しつづ動かして、良く聞こえる周波数にあわせ、タイガース戦を聞いていた。ある日のことタイガースが勝った試合が終わり、他球場の結果と経過が流れた、後楽園で巨人が負けたことが分かると、タイガースが勝った時の喜びよりも数倍の感情をむき出しにして喜んでいたことがあった。
 多くの関西の人は東京、関東への対抗心がとても強かったように思う。だから関西人はどこに行っても、どこに住んでも関西弁を直さない人が多いのだろうか。

「みなさあん、玄関で記念撮影をしませんかあ」
 ヘルパーの小林の声が建物中に響いた。夏樹もちょうど荷造りが終わり、大きく重いバッグを担いで玄関へ向かった。
 ヘルパーの小林を含めて六人が集まり、夏樹の他に二人がカメラを出し、セルフタイマーをセットして三人それぞれのカメラに納まった。五人はそれぞれの予定に沿って西へ東へまたは北へ向かう。写真は撮影したが住所の交換はしていない、もう二度と逢うことのない六人となるだろう。

                   清里ユースホステル前




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2012.01.26 / Top↑
 空は相変わらずどんよりとした雲が立ち込めているが、かろうじて雨粒は落ちてこなかった。いずれ近いうちに降ってくるであろうと思われた。バッグの奥のほうに入っている合羽をすぐに取り出せるように、一番上に入れ替えバイクの後に括り付けた。
 清里から国道141号線を3キロほど北東へ走ると長野県との県境がある。国道のすぐ横に小梅線が走り、長野県に入ってすぐのところにある踏切が国鉄(日本国有鉄道、現JR)の最高地点で日本海と太平洋との分水嶺になっている。標高は1.375m、私鉄なども含めた普通鉄道の最高標高地点である。

                 野辺山

 この踏切の横で道程を確認するために地図を開くと野辺山は、左に八ヶ岳、右に南アルプスを望める高原地帯にあることが分かる。線路の周辺も広大な畑と牧場、おしゃれなペンションが立ち並び、ペンション、別荘用地を宣伝する看板も数箇所に立っていた。地図をよく見ると野辺山から北東方面に「御巣鷹山」の文字が目に入った。今から二十七年前にジャンボ機が墜落した山だ、この時は事故から二年後で、ニュース映像を鮮明に覚えている。
 さらに国道141号線をゆっくりと北へ向かって目を送ると軽井沢の文字が見える。古くから避暑地、別荘地として有名なところだ、一見の価値有り、まずは軽井沢へ向かうことにした。およそ60kmのところにある。

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2012.01.31 / Top↑

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