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 佐久市を過ぎ国道18号線を右へ曲がると軽井沢町に入る。信越線の中軽井沢駅の前に大きな観光案内用の地図があった。それによると軽井沢と言っても旧軽井沢、新軽井沢、そしてここ中軽井沢と幾つもの軽井沢があるようだ。おそらく旧軽井沢と書かれたところが別荘地として歴史が古いのではないかと考え、この地図とバイクに括り付けた地図を見ながら向かった。
 鬱蒼と茂る木立の中に今まで見てきたペンションのような派手な洋館ではなく、落ち着いた色合いの建物の一部が見えた。その洋館の周りは木立で囲まれていて、道路からは建物全体がよく見えなかった。隣の建物とは少しぐらい騒いでも気にならないであろう距離があり、都市の住宅街に住んでいた夏樹には、とても贅沢で高級な佇まいに思えた。一生で一回限りの最高の買い物がマイホームを建てること、と言うのが世間一般の暮らしなのに、それとは別に休暇のためだけの別荘を持つと言うことは夏樹にはありえない世界に暮らす人たちのこと、別世界の人たちのこととしか思えなかった。

                       軽井沢1

軽井沢2

                       軽井沢3
     
             軽井沢4

 この時は休暇を楽しむ人が少ない季節なので、別荘の周辺を行き交う人はほとんどいなかった。そんな人通りの少ない、高級な別荘地を安物の合皮ジャンパーにボロボロの皮ズボンを履き、バイクに乗ってゆっくりと走りキョロキョロとしていると、不審者と間違われてしまいそうな思いがしてきた。
 風景に見とれ、高級感に浸りながら思いのまま走っていると、旧三笠ホテルの案内板が見えた。明治期に建てられた純西洋式木造ホテルで、重要文化財として一般公開されている。案内板に沿って行って見ることにした。



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2012.02.04 / Top↑
 軽井沢駅から北の方へ進む道路沿いには新しいペンションやファンシーショップと一緒に以前よりここに店を構えた商店も並んでいた。そんな賑やかな街並みを通りすぎ少し山に近いほうへ行くと旧三笠ホテルが見えてくる。明治期に日本人の設計で日本人の棟梁が建て、一握りの財界人、文化人だけが利用できたホテルのようだ。入館料を払い館内を一通り見学した。ひととき、明治期の空気に触れ、その当時の金持ちの気分を味わったような錯覚に慕った。

               旧三笠ホテル

 軽井沢駅方面に戻り国道18号線を東へ向かう。間もなく群馬県との県境、碓氷峠の標識が見えた。日本海と太平洋の分水嶺でもある。峠が近づくと濃い霧が視界を遮るようになり、峠を越えるころには視界がゼロと言っても過言ではないほどに何も見えなくってしまった。まだ昼前というのに、こちらの存在を知らせるためにライトを点け、僅かに見える白いセンターラインを頼りにゆっくりと走った。峠を越えたのも分からず、アクセルを廻さなくても前に進むようになり、下りに入ったことで峠越えを知らされた。時よりライトを点けて走ってくる対向車に驚かせながら、幾つもの急カーブを曲がり下って行った。緊張の連続は、ハンドルを握る両腕とその付け根となる両肩に大きな負担がかかり、最終的に腰へと伝わった緊張感は身体全体を固まらせ、あちらこちらが痛くなってきた。
 天気が良ければ信越本線の横川駅や、電気機関車に引かれて峠を登る特急電車を見ることが出来たのだろうか、とても残念である。


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2012.02.10 / Top↑
 峠からの下り勾配が緩やかになり、カーブも少なくなったころには霧も晴れてきた。その代りに細かい雨粒が少しずつヘルメットのシールドに溜まり、行く先の視界が悪くなった。
 前橋から国道17号線に入ると交通量が増えてきた。住宅と店舗だけが続き、時々畑も見えるが、群馬県も東京に近い関東地方の都会である。しかし前橋から渋川に入ると畑が増え、渋川を過ぎると少し山が近くに見えるようになった。右前方に見えるのは赤城山のようだ。国道の案内板に書かれていた。前橋よりも交通量は少なくなり走りやすく、細かい雨粒も少なくなってきた。
 沼田まで来ると右に尾瀬の案内板が見えた。距離は50キロ、まだ昼前の時間帯だからちょっと足を伸ばしてみることにした。
 雨粒が少しずつ大きくなってきた。本降りになる前に合羽を出し着た。バッグから黒いごみ袋を一枚出、長編の片側をナイフで切り大きくして荷物に被せた。その時すぐ前の家から出てきた初老の女の人が夏樹に話しかけてきた。
「雨が降っているのに、バイクに乗って何処に行くの」
「はあ、北海道まで行きます」
「北海道?今から行くのかい」
「いや、今日は新潟の土樽というところまで行って泊まりますけど・・・」
「なんか、この辺りの人じゃないねえ、何処から来たの」
「京都です」
「京都!随分と遠いところから来たんだねえ」
 そう言うと家の中に入って行ったが、すぐに出てきた。その手にはガムテープを持っていた。
「兄さん、これあげるから、その荷物の袋をしっかりと止めて、雨に濡れないようにして、気をつけて行きな」
「あっ、おぉきにぃ、ありがとうございます」


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2012.02.14 / Top↑
 いただいたガムテープを黒いごみ袋のあちこちに貼り、荷物に雨がかからないようにしてからバイクに括り付ける専用の、フックの付いた太いゴム紐でしっかりと縛った。バイクに跨り女の人に手を振りながらゆっくりと走らせた。その人も笑顔で手を振り見送ってくれた。
 雨は強く降っていないが、行く先の山並みにはどんよりとした雲がかかり、少しずつ麓の方へ下がってきているような気がする。この先強い降りになってくるような予感がする。
 国道沿いに小さなラーメン屋を見つけ、雨があまり強く降る前に昼飯を済ませてしまうことにした。面倒だけれど合羽を脱ぎバイクに掛けて店に入った。
 店の入り口には営業中と書かれた小さな札がかかっていたが、客も店員も誰もいなかった。カウンターだけの小さな店の厨房には、大きな鍋から湯気がもくもくと立ち上っていた。
「どうう、誰かいませんか」
「はあい、いらっしゃい」
 なんとも元気のない声が聞こえ、ゆっくりと歩きながら小柄なおばさんが奥から出てきた。カウンターの上の壁に五種類ほどのラーメンの名前と値段が書かれた一枚ずつの紙が貼られていた。一番左端には「半ライス 百円」とあった。そのメニューを見ながらカウンターの椅子に座った。
「ラーメンと半ライスください」
「ラーメンと半ライス・・・」
 そう言うと麺を茹でるためのザルに麺を入れ、湯気が立ち上る鍋に入れた。程なくラーメンと半ライスがカウンターのテーブルに置かれたが、おばさんは何も言わずに、少し奥に置かれた椅子に座り、新聞を広げた。



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2012.02.16 / Top↑
 店内にはテレビもラジオも有線放送の音楽も流れていない。厨房の換気扇の機械音と大きな鍋に入ったお湯が沸騰する音しか聞こえないから、夏樹がラーメンをすする時に出るズルズルという音がとても響く。
 味はそこそこだった。汁(つゆ)もまずまずの味だった。でもスープを全て飲み干す前に満腹になり、スープは少し残した。財布を取り出しメニューに書かれた値段を確認し、ラーメンと半ライスの値段と同じ額の金額をカウンターの上に置いた。
「ご馳走様、お金をここに置いときますね」
「はい、ありがとうございます」
 椅子に座り新聞を開いたまま、こちらには目を向けることはなかった。まあまあ美味しかったラーメンの味が半減してしまった。
 店を出て合羽を着てヘルメットを被りエンジンを掛け、尾瀬に向かった。店に入る前より雨足が強くなったようだ。
 尾瀬は名前だけはよく耳にする有名な国立公園だが、板で作られた歩道以外には立ち入り禁止になっていることだけは知っていた。山と山に囲まれた道を登って行くと少しずつ雨足が強くなってきた。このまま尾瀬まで行ってもこの雨の中を歩いて入山するのは少し大変である。屋根のあるところにバイクを止め地図を確認したが、このまま前に進んでも尾瀬の入山口から先は道がないようだ。(実際にはスーパー林道のような道があったようだが、夏樹の地図には載っていなかった)
「この雨やからなあ、早めにユースホステルに入って、ゆっくりしょうか」



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2012.02.18 / Top↑
 昨日もこんな感じで早めにユースホステルに入り、ゆっくりしたことを思い出した。旅に出る前の予定では二日はキャンプ、一日はユースホステルに泊まって経費を節約しようと思っていたが、一日目だけがキャンプをして二日続けてユースホステルに泊まることになった。それでもこの雨ではテントを張るのは遠慮したい。旅は始まったばかりだ、これから天気の良い日が続くこともあるだろう、と自分自信に言い聞かせ、来た道を沼田まで引き返し、国道17号線を北上し新潟に入り土樽のユースホステルに向かうことにした。
 国道17号線に出ると、ますます雨が強く降ってくるようになり、バイク用ではない安物の合羽では、首元から少しずつ雨滴が入り込み、時々スーッと胸元を雨滴が流れて行くのを感じた。ブーツカバーとグローブカバーをつけているが、いつの間にかブーツの中も手袋の中も雨水が浸透してしまったようだ。
「手袋とブーツの替えはないんやけどなあ・・・。ぐっちょぐちょになってしもうたなあ」
 沼田から峠道を25キロほど北へ進むと新潟との県境、三国トンネルが見えてきた。天気が良い時にトンネルを走るのは面白くない。風景が見えないしトンネル内の独特の音が耳障りだ。しかし、雨の日にトンネルを走ると少し気持ちが落ち着く。面白くないこと全てより雨が攻めてこないことがありがたい、ひとときの安堵感を持って走ることができる。トンネルの距離が1キロと少し、わずか2分ほどの安堵感だった。
 峠の長いトンネルを抜けるとそこは・・・、これは上越線で列車に乗った時の台詞だった。トンネルを抜けて新潟県に入った。群馬県側よりカーブが緩やかになったようだ。雨の日に急カーブの連続を走ると、滑って転倒をしないようにゆっくりと慎重に走らなければならない。精神的に疲労が溜まってくる。


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2012.02.21 / Top↑
 三国トンネルを抜け緩やかなカーブを走るとすぐに視界が開け、緩やかな斜面の山にはほとんど木が生えていない、よく見ると山の麓から頂上に向けてリフトが掛けられているのが見える。また、麓には洋風のペンション、ロッジが建ち並び、そして大きなホテルが堂々と建っていた。やがて苗場の文字が目に入ってきた。
「もしかして、ここがあの苗場スキー場かあ」
 スキーをやらない夏樹でも、苗場スキー場の名前は知っていた。当時はスキー全盛期、誰も彼もがスキーをやっていた。特に関東地方の人たちに人気のスポーツだったように思う。夏樹の周辺にスキーをやる人がいなかったと言うことだけが根拠なのだが。
「冬やったら、この辺は人がいっぱい、いるんやろなあ」
 今は雪の無い初夏、ましてや雨降りの平日である。人はもちろん、車の往来もほとんどなかった。
 誰もいないスキー場を左手に見ながらさらに国道17号線を北上すると、いくつかのスキー場を案内する看板が見えてきた。この辺りが越後湯沢のようだ。ここから山間の道を鉄道と高速道路の下を縫うように南の方へ進むと、上越線の土樽駅があり、そこのすぐ近くに今日の宿泊地、ユースホステル土樽山荘があるはずだ。そう、あるはずなのだ。ユースホステル・ハンドブックに掲載されている簡単な地図によると、湯沢方面から県道を使い駅まで来て、駅前の駐車場に車を止めると書いてある。駅からユースホステルまでの道は書いてあるが、駅を越える道は書いてない、と言うことは駅の中を徒歩で越えてユースホステルに向かうことになるのだろうか。

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2012.02.23 / Top↑
 ユースホステル土樽山荘は上越線土樽駅の西側に見える。いま来た道は線路の東側にある。駅舎のすぐ反対側の線路の向こうに立派な山荘風の建物があり、すぐ横にブルドーザーが置いてあるのが見える。まさかこの踏切ではない線路の上を越えて行くことはないはずだ、どこかにこちらの道路からあちら側に行く道があるに違いないと、駅の周辺をバイクに乗って線路を越えていく道を探してみた。警報機のない踏み切りのようなところで線路を越えることはできたが、その先には道がなく、川ではないが雨により増水した水の流れが行く手を遮っていた。
「オフロードバイクやったら、これぐらいの水量なら渡れるんやけどなあ。このバイクではなあ」
 途中でつまずいて転んでしまえば大変なことになってしまう。いったん引き返し、また駅の周辺をうろうろとしてみた。しかしユースホステルまで行く道はなかった。あのブルドーザーはどうやってあちら側に行ったのか、疑問を残しながら駅前の駐車場にバイクを停めて荷物を降ろした。
 駅は無人駅だった。改札を越えて構内へ入ると「ビィ、ビィ、ビィ・・・」と機械的に作られたブザーが無人の駅に響き渡った。それから暫くすると遠くから警笛が聞こえ、やがて猛スピードで貨物列車が近づき「ビィ、ビィ、ビィ・・・」と言う音さえも聞こえなくなるほどの轟音とともに通り過ぎて行った。そして「ビィ、ビィ、ビィ・・・」と言う音は止まった。列車の通過を知らせる音だったのだ。
 線路を越えるには階段を上り跨線橋を渡って行かなくてはならないが、この重い荷物を担いで階段を上って行く元気が残っていなかった。本降りの雨の中をバイクで走り体力が無くなっていたようだ。

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2012.02.26 / Top↑
 改札を入ってすぐのホームに荷物を置きしばらく考えた。ユースホステルは目の前だがこの荷物を担いで階段を上りたくない、ふと少し危険な思いつきが頭に浮かんだ。
「そうか、ホームを降りて線路を越えて行ったらええやないか・・・」
 いつ列車が来るかわからない線路上を渡っていくのは危険である。ましてや重い荷物を担いでいるから、身軽な動きができない、やはり階段を上った方が安全である。でも荷物が重い。
「列車が近づいたらブザーが鳴るさかい、大丈夫や。向こうに行くのに一分もあれば辿り着けるしなあ」
 線路脇のホーム上に荷物を置き、線路上にゆっくりと飛び降りた。重い荷物を担ぎ不安定な足元に気を配り、ゆっくりと反対側のホームに辿り着きホーム上に荷物を置き、夏樹もよじ登った。その間に列車が近づくことを知らせるブザーは鳴らなかった。
 決心する前は危険だ、モラル違反だ、やっぱりいけないことだ、でもしばらくは列車も来ない、ほんの一分で渡れるからどうってことない、どうせ誰も見ていないし、頭の中で両極の考えが戦っていた。そんなもやもやとした思いが嘘のように清々しい気持ちだった。達成感のようなものが湧き上がってきた。なんとも大袈裟な男である。

 ユースホステルホステル土樽山荘は木造の建物で、柱や梁も一般住宅などより太くとても重厚な造りになっていて、とても立派なものに見える。
「こんにちわ。・・・こんにちわあ、すいません」
 二回目は大きな声で言ってみたが誰も出てこなかった。
「すいませぇん、誰かいませんかあ」
「はいはいはい、お帰りなさい。随分と早かったですねえ。ええと、夏樹さんかな・・」
 奥のほうから中年の女の人が、小走りで夏樹の前に現れた。




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2012.02.28 / Top↑

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