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「こんにちは」
「いらしゃい。ライダーさんだね」
「はあ、こんな恰好をしてたらすぐにわかりますかあ」
「関西方面から来たんすな」
「早い、こんな早くに関西人やって、ばれるのは初めてかも」
「うちにはねえ、おたくさんみたいなライダーさんが、ちょくちょく寄って行ってけるもんでね」
「・・・」
「ちょっと訛ってて、わがんねえか」
 店主はにこにこと笑顔を絶やさず話をしてくれた。初めて東北弁を聞いたように思う。
「ここって寿司屋さんですよねえ、けど焼肉定食もあるんですかあ」
「こんな田舎だからねえ、いろんなことをやらないと、食っていがれねぇのよ」
「じゃあ、その焼肉定食をお願いします」
「はあい、少々待ってたんせんなぁ」
 店主はそう言って奥の厨房へ入って行った。四人掛けのテーブルが六セットだけの小さな店だけれど、夏樹の他には客の姿はなかった、夕食時には少し早いのかもしれない。
「お待たせしました、焼肉定食です。ちょっとサービスしといたから」
「おぉきにぃ、ありがとうございます」
「兄さんは今日の泊りはどこなの」
「その辺の松林にテント張って野宿をしようかと」
「いいねえ、どこでもテントを張れるよ。明日の天気も良いみただし、それにアベックの乗った車も時々入って行くみたいだから、面白いかもねあ・・・」
「はあ、アベックの車ですか」
「松林を抜ければ海だからね、最高のデートコースだべ。月夜なら海が綺麗なんだよ」
 店主はとても楽しそうに話をした。夏樹はその話に気を取られ、なかなか箸が進まなかった。海の方からの西陽が店全体を照らし、すべてのものがセピア色になって見えた。

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2012.06.04 / Top↑
 夏樹が食べ終わるまで他に客は来なかった。店主はなんとなく色々なことしながら夏樹に話しかけてきた。しかし東北訛の方言が遠慮なく飛んでくるので時々何を言っているのか分からなかった。前後の文章の繋がりを分析して適当に相槌を打ったり、返答したりしていた。そんな会話をしていて少しだけ悔しい思いになったのは、夏樹の喋っている関西弁のほぼ全部の言葉を、店主が理解しているということだ。
 夏樹も遠慮なく関西弁で話しているのだけれど(もともと関西弁の他の言葉を話すことはできない)、何を言ったのか分からないそぶりを見せることはなく、夏樹の質問に対して適切な返答が帰ってくるのだ。お笑い芸人などの影響で関西弁は聞きなれているのだろうか。
「ごちそうさまでした。おやじさん。この辺にを売っているところはありますか」
かあ、もう少し北の方へ行けばスーパーがあっから、あそこに行けば何でもあるべぇ」
「スーパーですか、わかりました、行ってみますわ」
 焼肉定食の代金五百円を払いヘルメットを持って店を出た。
「そのあたりの松林でテントを張るんだっけか、朝方は少し寒いから、風邪をひがねぇようにな」
「やっぱり寒いですか」
「びゃっこな・・・」
「はぁ・・・」
「少しだけ・・だ」
「はあ、ちょっとだけね、わかりました。おぉきにぃ、ありがとうございます。では」
 面白いおじさんだった。もう少し話を聞いてみたかったけれど、陽が暮れるまでにテントを張ってしまうために、少し北にあるというスーパーへ向かった。


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2012.06.08 / Top↑
 現在はコンビニエンスストアーと言うものが全国どこへ行ってもあり、どこも二十四時間営業で、とりあえず何でも売っていて日々の生活には何の不便もない。最近では野菜や肉などの生鮮品まで売られている。しかし、この旅のころ(二十数年前)にはコンビニエンスストアーは都市部にしかなく、二十四時間営業もしていなかったと思うし、店の数もそんなに多くはなかった。ましてや東北の田舎に出店されたのは比較的最近で、(セブン何とかなどは今月、県内に初オープンとなった)当時はその土地にしかないスーパーマーケットのような店が、その町の買い物の中心だったりした。閉店時間は午後六時と言うところがほとんどだった。
 焼肉定食もある寿司屋の店主に聞いたスーパーは、国道を少し北へ行ったところですぐに見つけることができた。平屋建ての白を基調にした建物は、周辺の商店より少し洒落た雰囲気を作っていた。店先には特売の野菜や生活雑貨が、大きな手書きの値札とともに置かれていた。酒を売るコーナーは、店の奥の方に牛乳などの乳製品や清涼飲料水などとともに冷蔵用の棚にあった。缶ビールを二本手に取り、すぐ向かいの棚の珍味コーナーから「さきいか」の袋を一つ持ちレジに向かった。その時、寿司屋の店主と同じような訛の言葉が夏樹に聞こえてきた。
「兄さん、いまから、どさいぐのよ」
「・・・」
「ヘルメットを持ったカッコいい兄さんだよ」
「おれですか、何か・・・」
「この辺の人じゃねえなぁ、ええと、今からどこへ行くのですか」
「道路の向こう側の林にテント張って、野宿をします」
「ええ、あんたとこで、野宿なんがすんのかぁ・・・・」
 ねじり鉢巻きをした魚売り場のお兄さんだった。

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2012.06.10 / Top↑
 魚屋の兄さんが何を言ったのかよく分からず、返答もせずにポカンとしていた。
「・・・、あんな何もないところにテントを張って野宿をするのかい」
 丁寧に分かりやすく話してくれた。
「はい、そうですけど。天気も良いみたいだし、明日も晴れそうなので、宿にばかり泊まっていたらお金が続かへんからねえ」
「まあ、気をつけてな、俺にはできねえことだからよぅ」
 魚屋の兄さんはとても不安気な顔になり、夏樹も少し怖気づき不安になった。
「もしかして、何かがれるとかって言うんやないでしょうねえ」
「いや、別に何も出ねぇし、近くに墓地があるわけじゃねぇけどよ、墓どころか民家も店も、なあんもねぇど。クマは出ねぇとは思うけどよ、イタチやタヌキならでるかもしれねえなあ。野良犬が出てくるかもしれねぇなあ。だから、十分に気をつけてな」
「あっはあ、野良犬ですかあ。おうきにぃ、きいつけますぅ」
 テントを張るのにちょうどよいであろう場所にもどり、バイクから荷物を降ろしテントを広げた。陽はほぼ真横ぐらいまで傾き、防風林の隙間から陽の光が揺れながら夏樹とバイクを照らした。テントを張り終え荷物をテントの中に片付け、上着の合皮ジャンパーだけを脱ぎテントの入口付近に腰を下ろした。陽は水平線の下へ潜り込んだのか、林の隙間から光が差し込んで来なくなっていた。しばらくすると林の隙間の陽が差し込んできていた方が紅く染まっていた。
 一本目の缶ビールの栓を抜き、半分ぐらいのビールを一気に流しこんだ。
「ああ、うまいなあ」
 思わず大きな声で言ってしまった。もちろん周りには誰もいないのだけれど、少しだけ照れくさい自分が可笑しかった。



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2012.06.12 / Top↑
 松林の向こうに見える紅く染まった空を眺めながらゆっくりと残りのビールを飲み、時々「さきいか」を口に運んだ。自然の中でたった一人、暮れゆくこの日を楽しんだ。一本目の缶ビールを飲み終えバッグの中からノートを取り出し、今日の行動を書き留めた。日記というより一日の行動内容をメモ書きのように綴った。たった一本の缶ビールで少し酔ってしまったのか、時おり眠気に襲われながら月山を出発してからの行動が思い出した。
「寿司屋のおやじさんも、魚屋の兄さんも面白い人やったなあ。東北弁はちょっとわからんかったけど」
 ノートのほぼ一ページにわたり今日の行動を書き終えたころには、あたりは真っ暗になり、テントの中に吊るした電池式ランタンだけが頼りの明かりになっていた。陽が沈んだころは気温も高く少し暑いぐらいだったが、真っ暗になった今は急激に気温が下がり、今までよりも風が強く吹いてきた。合皮ジャンパーを再び羽織りテントの出入り口のファスナーを閉めることでちょうど良い気温になった。テントの外は寒いぐらいだった。
「まだ八時前やんか、ラジオで野球の中継でもやってへんかな」
 AMしか受信できない小さなトランジスターラジオを取り出し、チューニングを合わせた。京都にいるころもそうだったが、夜になると韓国語の放送がとてもよく聞こえるようになる。色々な電波が入り乱れ、せっかくチューニングを合わせても他の電波が強くなり、聞こえなくなってしまうことがよくあった。しばらく我慢して待っていると元の電波が復活してくるのだが、待ちきれずに他の局を探してしまう。結局、地元のNHKが一番よく聞こえるのだ。残念ながらNHKでは野球中継は放送していなかった。


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2012.06.15 / Top↑
 ラジオで野球も面白い番組も放送していなかった。仕方なくスイッチを切るとテントの外からさまざまな音が聞こえてくる。
「ザザザッザッー」
「ギギッギッギー」
「ビィービィュー」
「ザワザワ、ザザザザワー」
 鳥か獣か風か、今までに聞いたことのない音、声、叫びが四方八方から夏樹に向かってくるように聞こえてくる。なんだか急に怖気付いてきた。クマはいないと思うけど、野良犬はいるかも、と言う魚屋の兄さんのことを思い出した。ほろ酔い加減で気持ち良く睡魔が襲ってきていたのに、いっぺんに醒めてしまった。二本目の缶ビールの栓を慌てて開け、一気に飲み干し、寝袋を被って横になった。
 どんなに早く缶ビールを飲み干したと言っても、すぐには酔いが回っては来ない。同じように睡魔も襲っては来なかった。ひとたび恐怖を感じてしまうと、今までと同じように聞こえているはずなのに、恐怖をますます大きく膨らませて感じるようになる。
 テントのすぐそばに何かの獣がこちらの様子を伺い、襲いかかるタイミングを計っているのではないか、数匹の野良犬がテントの周りをゆっくりと回っているのではないかと想像力ばかりが膨れ上がっていた。そんな想像から生まれた映像が、いつの間にか夢の世界に入って行ったようで、身体全体に薄っすらと汗をかき暑さで目が覚めた時には、テントの外は明るく陽の光でテントの中の気温も上昇しているようだった。
「いつの間にか寝てしもたんやなあ。いやあ、情けないけど、怖かったなあ。キャンプ場なら、一人でいてもこんなに怖くはないのとちゃうやろか」
 二度とキャンプ場以外ではテントを張らないことにしようと誓った。

              能代付近の松林



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2012.06.18 / Top↑
 六月十二日。旅に出て九日目、秋田県能代付近の海沿いは快晴だ。夜中に聞こえていた奇怪な物音のことなどすっかり忘れ、お湯を沸かし紅茶と昨日のスーパで買ったあんぱんで朝食を済ませた。今日は竜飛岬を目指し、それからどこまで行こうか、まだ決めていない。
 キャンプをした松林から国道101号線に戻り北へ向かった。すぐに海沿いを走るようになり空の青と海の青が眩しかった。
 海岸からすぐのところに道路と単線の線路が並んで北へ向かっている。この線路は能代から青森県の日本海沿岸を北上し津軽半島のつけ根あたりから青森市へ向かう五能線だ。何回か立体交差になっているところがあり、線路の近くを走っていたのだが、列車を見た記憶が残っていない。(二十数年前の記憶なので、かなりあやふやではある)
                   深浦付近

 停まっていると夏に近づいた日差しが暑いが、バイクを走らせると首元を通り過ぎていく風は少し冷たい。暦の上では夏だ、合皮のジャンパーに皮のモトパンにマフラーは暑苦しい姿だが、バイクを乗るにはこれぐらいでも寒さを感じることがある。北国の本当の夏はまだまだ先のようである。
 深浦に入ると大勢の人が沿道に出ていた、消防署員か地元の消防団員が整列して横一列に並んでいる横を、何があったのか分からないままバイクで通り過ぎていった。なんとなく気持ちの良い瞬間だった。
 整列した消防関係者の横を通り過ぎてしばらくして目の前に横断幕が現れ、大勢の人たちが沿道に出ていた理由がようやく分かった。復元された北前船(ネットで検索すると「辰悦丸」が兵庫県で復元され、当時の寄港地を廻って北海道の江差まで行ったそうだ)が深浦の港に寄港していたのだ。

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2012.06.23 / Top↑
 中学生のころの地理の時間だっただろうか、太平洋側を表日本、日本海側を裏日本と習った記憶があるが、北前船が往来していたころは、太平洋側よりも日本海側の方が賑やかで活気があったようだ。国に表と裏と言う表現は好きにはなれない。どうも首都東京を中心にしての考え方が好きになれない。関西人のエゴか傲慢か、それとも圧倒的な強さと大きさに対する劣等感からくる、あきらめなのだろうか。
 地図で確認すると、深浦を過ぎしばらく行くと国道は西へ向かう。同じように線路も西へ走り、青森へ向かう。鰺ヶ沢が津軽半島の付け根あたりになる。鰺ヶ沢から二〇キロほどで五所川原に着いた。本日のここまでの距離は百キロほどだが、まだ九時を少し過ぎたころだった。キャンプをするとユースホステルのようなところに泊まった時より朝の出発時間が早くなる。そのため一日の走行距離が稼げるから、気持ちにも余裕が持てるようになる。すぐ目の前の弘前に寄ることにした。津軽の城下町、なんとなく耳に残っている地名だった。
 五所川原から右に曲がり弘前方面へ向かうと、田んぼやりんご畑が広がり、その先には頂に少し雪を残した岩木山が見えた。津軽富士の異名を持つこの山は、裾野を大きく広げ勇壮で津軽を象徴する山のようだ。

               岩木山

 弘前市内に入りまずは弘前城を目指す。ここは五月のゴールデンウイークのころが桜の満開になることで有名だ。道路から天守閣を眺めてゆっくりと走っていると「弘前ねぷたの館」を見つけた。この地の祭りは大きな山車を引きその周りで皆が踊りながら参加できると言う印象が頭の隅っこに残っていた。入館料も安いので、まずは少しでも祭りを経験することができればと入ることにした。


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2012.06.27 / Top↑
 弘前市「ねぷたの館」には夏樹以外の入館者がいなかった、平日の午前の時間帯に観光に訪れる人は少ないようだ。江戸時代に作られた「ねぷた」から現在のものまでの実物が展示されていて、ねぷたが綺麗に浮かび上がるように薄暗くしてあった。どこにスピーカーが置かれているのか、祭りの時の太鼓の音が流れ「ヤァー、ヤァー、ドー」の掛け声が聞こえてくる。夏樹の心の声が「なんか、ちょっとちゃうなあ・・・」おそらくテレビの旅番組を見たときの記憶と違っていたようなのだ。その時だった優しい女性の声が聞こえてきた。
「いらっしゃい。お一人でバイク旅行中ですか」
「は、はい」
「あっちに本物の太鼓がありますから叩いてみませんか」
「ええっ、ええんですか」
「リズムは簡単ですから、すぐに叩けますよ」
『ドドン、ドドン、ドドンドン』
 こんな感じだったかな。しかし、なかなか教えらたようには叩けなかった。年齢的には夏樹より十歳以上は年長のお姉さんに手を添えられて教えてもらったのだが・・・。
「あのう、威勢のいい掛け声とともに踊らないんですか」
「それは、おそらく青森の「ねぶた」のことでしょう」
「同じやないんですか」
「弘前は『ねぷた』青森は『ねぶた』なんです」
「ぷとぶですか」
「青森の『ねぶた』は『ラッセーラー、ラッセーラー』の掛け声とともに山車の周りで踊りますね」
 ようやく夏樹の心のどこかにあったわだかまりのようなものが無くなった。旅番組で見たかすかな記憶は青森の『ねぶた』だったのだ。
「この館の向かいに武家屋敷が保存ざれ、公開されていますが、ここには雪国の特長も残しているのです」
「なんですか」
「歩道に屋根が付いているのです。人が歩くところには雪が積もらないようになっているのですよ。時間がありましたら、そちらも見て行って下さい」

                     ねぷたの館


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2012.06.30 / Top↑

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