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 ねぷたの館のすぐ近くに武家屋敷などの古い建物が並んでいた。先ほどのお姉さんが言っていたように、歩道に木造のアーケードが張り出していた。街の商店街にあるようなアーケードではない、建物の一階部分の延長ほどの高さしかなく、歩道の幅も人が行き違うのに支障がない程度の広さなのだ。雪が珍しい所で生まれ育った人間には、この屋根の役割がどの程度のものなのか、計り知ることはできない。
 バイクに跨り再び北へ向かった。目指すは「竜飛岬」。津軽海峡と言えば冬景色、そして竜飛岬。連想ゲームのようだが(若い方には分かりませんかねえ)それだけ深く印象が残っているあの歌に出てくる「竜飛岬」はいかなる最果ての地なのか、とても興味津々である。
 五所川原から国道339号線を走る、地図で確認すると津軽半島の中心部を北上する道路で、十三湖の湖畔を通り日本海側に出て、竜飛岬に向かうようだ。
 この日は朝からずっと天気が良く、合皮ジャンパーは少々暑苦しい。
 
                津軽半島から日本海


 十三湖の湖畔を通り抜け、日本海が見えてきた。真っ青な海とそれに負けないぐらいに真っ青の空が夏樹の目の前に広がった。海が見えた途端に潮風が心地よく吹いてくるのを感じるようになった。今まで暑苦しく重い気持ちが軽くなったのもつかの間だった。小泊を過ぎまもなく竜飛岬というあたりだろうか突然、工事中の看板が行く手を遮った。六月十五日まで工事による通行止めと書いてある。あと四日後には通ることができたのに、残念だが小泊まで戻り県道を今別町三厩に向かい竜飛岬に向かうこととなった。

                観音崎
                      《小泊岬》
             


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2012.07.03 / Top↑
 目の前に海が広がり三厩村(現在は町村合併に伴い外ヶ浜町になった)に入ったようだ。木が生えていない山が海岸まで迫り、海岸ぎりぎりのところに家が建っていた。
 快晴なのだが海には白いものが漂い、下北半島は(写真では確認できないが、確かに見えた・・・気がする)わずかにうかがえるが、北海道は確認できなかった。

 竜飛岬4
                   竜飛岬3
                           竜飛岬1
 《三脚を立て記念写真を一枚。こんな恰好ではやはり怪しい浮浪者のようである》

 津軽半島の北東に位置する平舘村(こちらも現在は蟹田町と三厩村との三町村が町村合併に伴い外ヶ浜町になった。現在の地図を確認すると、旧三厩村だけが飛び地になっている。何があったのだろうか。歴史に何かがあったのではないだろうか)まで来ると陸奥湾を挟んで下北半島がはっきりと見える。地図を見ると一番近い所では十キロメートルほどしかなく、大きなフェーリーも目の前を横切って行った。
 国道339号線は陸奥湾と津軽半島に挟まるかのように南に向かっていた。このさき青森市内まで海から離れることはなかった。朝からずっと快晴が続き、この時も空の青が海に映り真っ青の海と、その向こうには西日本より遅れてやって来た新緑の下北の山々がとても美しく眩しかった。
 美しい風景ばかりが続く国道で進行方向の左側ばかりを見て走っていた。そして蓬田村のあたりだっただろうか、前方からくるトラックの運ちゃんが車のライトを数回パッシングしながら、左手を頭の横でグルグルと回していた。
「おやぁ、もしかして・・・」
 無意識にバイクのスピードを減速した直後だった、木蔭にカメラの三脚のようなものの後ろで小さく座っている警察官を発見した。

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2012.07.06 / Top↑
 木陰にひっそりと座っていた警官のいたところから百メートルほど先の脇道にパトカーとワンボックスタイプの警察車両が止まり、その横に四人ほどの警官が止まれと書かれた旗を持って立っていた。横を通り過ぎる一瞬、一人の警官の視線が夏樹の方を向いたように思ったが、止まれと書かれた旗を目の前に出されて停止させられることはなかった。
「危なかったなあ、ネズミ捕りやってたとは。ギリギリセーフちゅうとこやったのかなあ」
 ゆっくりと走りながら独り言を言った。

 昼も過ぎ、そろそろ今日の泊りのことを考えなければならない。明日は青函連絡船で函館へ向かう、そこで今日は青森市内のフェリーふ頭からすぐの所の「うとうユースホステル」に泊まることにした。
「今日なんですけど、泊まれますか」
 さっそく近くの公衆電話から予約を入れた。
「今日ですか、何人かな」
「一人ですけど」
「夕飯と明日の朝食もない素泊まりだけれど、それどもいいかなあ。すぐ近くに食堂とかスーパーみたいな店はあるから」
「はっはい、いいですよ。夏樹と言います。ユース会員ですから、バイクは置けますよねえ」
「夏樹さんね、バイクですか、大丈夫、置けますよ」
 青森駅も近いし何かの店はあるだろう、と言うことで本日の宿泊地は決まった。
 青森市内に入りまだユースホステルに入るには早かった。北海道へ向かうには青函連絡船しかないと思っていたが、東日本海フェリーもあった。バイクとともに北海道へ向かうには、東日本海フェリーの方が良さそうだった。まずはフェリー埠頭へ向かい明日のフェリーの出航時間などの状況を確認し、何便かの候補の時間を控えた。


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2012.07.10 / Top↑
 青森うとうユースホステル(平成元年閉鎖?)は国道7号線が4号線になったあたりを、少し海の方へ行った住宅街にあった。少し古くなった三階建てのビルがうとうユースホステルだった。玄関前にバイクを停め、荷物を持って建物に入るとなんとなく薄暗く、とても静かだった。何回か声をかけてようやく奥の方からペアレントらしき人が出てきた。
「さっき電話した夏樹です」
「はい、これに必要事項を書いて、会員証を出してください」
 なんとなく愛想がよくない。
 玄関からは食堂らしき部屋やミーティングルームなどは見えなかった。とにかく静かで、今日は他の宿泊者はいないのだろうか。
「部屋は二階の電気が点いているところだから、さっきの電話では言わなかったのだけれど、風呂も今日は入れないので、この券を持って向かいの銭湯に行ってね」
銭湯ですか・・・」
 部屋にはユースホステルでは定番の二段ベッドが四台置かれていて、一人だけ先客がいた。声をかけても、なんとなく迷惑そうな顔をされたので、さっさと荷物を置き、合皮のジャンパーと穴の開いた皮ズボンを脱ぎスエットに着替えた。時間はまだ五時を少し過ぎたばかりだった。着替えとタオルを持ってさっそく銭湯に向かい、番台で一回分のシャンプーと石鹸を買った。時間がまだ早いからか客はまばらで、広い浴槽にゆっくりと浸かり、二日ぶりの入浴を楽しんだ。
 小一時間もいただろうか、あまりゆっくりと浸かってしまったのか少しのぼせたようだ。部屋に戻りタオルを干し、着替えた下着をバッグに片付け、今度は夕食を食べに再び外へ出かけた。

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2012.07.14 / Top↑
 ユースホステルを出て、あてもなく感だけを頼りに周辺をぶらりとした。蛍光灯が古くなり薄暗くなった看板に書かれた「餃子」の文字が目に入った。夏樹の好物の一つだ。京都に居たころは一ヶ月に一回は餃子専門のチェーン店(今では全国に広がった《餃子の王○》)に行ったものだった。
「今日は久しぶりに餃子にしようか、キャンプやユースホステルでは食べることもないしなあ」
 かなり前からこの地で中華料理屋を営んでいます、見たいなたたずまいで、地元の人しか来ないようなそんな店だ。客の入りは全体の半分ぐらいだった。開いているテーブル席に座り餃子定食を注文した。何気なく店内を見渡すと「生ビール」の文字を発見した。
「どうせミーティングングもないし、部屋にはちょっと暗い感じの兄さんしかいてないみたいやから、部屋に戻れば後は寝るだけ、ビールの一杯ぐらい飲んで帰ってもわからんやろ。そや、消灯のギリギリまでその辺を散歩して帰ったら、少しは酒も覚めるやろし」
 と心の声が聞こえてきた。
「生をひとつ、お願いしますう」
 餃子より先に中ジョッキーが運ばれてきた。グイッと一息に半分ほどを飲み干し、餃子が運ばれてくるのを待った。

「ごちそうさま、おいくらですかぁ」
「ちょうど千円だね。お客さん、どこから来たんなぁ」
「はあ、京都です」
「京都?修学旅行でしか行ったことねえなあ」
「そこのユースホステルに泊まってて、夕食は出えへんて言うからね、餃子、美味しかったですわ」
「出えへん・・・?関西弁っておもしれえなあ」
「いやあ、東北弁もちょっと難しいですよ」
「明日は北海道かね」
「ええ、バイクでフェリーに乗って」
「いいねえ、若いということは、気い付けて行ってけれ」
「はい、おぉきにぃ」


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2012.07.17 / Top↑
 食堂を出たのが七時を少し過ぎたころ、青森の空はほのかに明るい。そう言えばもうすぐ夏至だ、昼の時間が一年で一番長い季節だから、七時を過ぎても空は明るいのだろう。
 またあてもなく一時間ほど青森市内を散歩してユースホステルに戻った。玄関には薄暗くなった蛍光灯が一本だけ灯され、人の気配がなかった。そのまま部屋に行くと相部屋の青年のベッドにはカーテンが引かれていた。

 翌朝、二日連続で快晴の朝を迎えた。いよいよ北海道へ再上陸の日が来た。夕食に続き、朝食もないということで、昨夜の食後の散歩中に見つけた店でアンパンを買った。部屋の中でガスコンロを使って湯を沸かすわけにはいかないので、ユースホステルの外に出て自動販売機で缶コーヒーを一本買い、軽く朝食を済ませた。
 青森港発九時十五分の東日本海フェリーに乗船し函館港へ向かう。十五分遅れの出航となった。係員の誘導に従いバイク駐車場所にサイドスタンド出し停車した。バイクと共にフェリーに乗るのは三回目で、なんの戸惑いもなく、荷物を持って船室へ向かった。
 船室の定員は百四十人と書かれていたが、五十人ほどの乗客しか乗っていないようだ。船室と言ってもカーペットが敷かれた広い部屋が一つだけで、飲み物とカップ麺とたばこの自動販売機が置かれているだけだった。
 青森から函館の青函フェリーは約四時間の乗船となる。船室でごろ寝をしているか、甲板に出て外の景色を見て過ごすしかなかった。敦賀から小樽へのフェリーは陸から遠い所を航行するため、船外風景と言っても海しか見えなかったが、青函フェリーの航行する津軽海峡は、海峡を挟む二つの半島の風景を楽しむことができた。

           船から青森港2
                      
                     船から青森港1


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2012.07.20 / Top↑
 少し靄がかかり見えにくいが進行方向左手には竜飛岬、しばらくすると右手に本州最北端の下北半島大間崎が見えてきた。やがて大間崎も後方へ遠ざかりいよいよ北海道が見えてきた。前回はこの地に三日間しか滞在できなかった。そこで今回は無期限の予定だったが、出発前に北海道でのアルバイトかペンションでの居候としての仕事が見つからず、世間が夏休み中は岩手県のスキー場にあるペンションに居候することにしていた。前もって決めたくはなかったのだが、何もなかったらそれも困るなと考え、仕方なく岩手の地に、本州へ戻ることとなっている。そのため一ヶ月半ほどで北海道を離れる予定だ。
 夏休み前に北海道を離れるのにはもう一つ理由がある。前回の三日間ではお盆休みと言うこともあってか、大量の旅人が北海道に現れた。そんな大量の旅人が行き交うところを、当てのない旅を続けることに、なんとなく抵抗があった。仕事を辞めて放浪しているからだろうか。

           フェリー

                  函館山

                       函館港

 再び北海道へ上陸!

 函館山が見え、間もなく函館港が近づいてきた。
 前回の小樽港に着いたときは、フェリーのゲート前に多くのバイクがエンジン音を轟かせ、我先に上陸を伺っていたが、今回は港が近づいてもバイクに跨りゲートを開くのを待っているバイクは夏樹だけだった。
 十三時十五分にゲートが開きゆっくりと北海道に上陸し、ひとまず国道5号線を北上して昼飯を食べる場所を探すことにした。
 函館の市街地を少し離れたときだった、進路方向右側に小さな店があった。店先にメニューらしき看板を見つけ、その看板の方ばかりを見ていてふと前方に視線を移すと、目の前に小型のトラックが停車していた。


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2012.07.23 / Top↑
「どこ見て走ってんだよ・・・、俺の車は大丈夫だけど、お前さん、大丈夫か。歩けるかい」
「すんません、大丈夫です。特別、どっこも痛くはないんで」
 ほんの一瞬の油断が事故の原因だった。突然、前の小型トラックが停まったわけではない、何台か前の車が赤信号で停車したから、順に後ろの車が停車していったのだ。それに気付かずよそ見をしていた夏樹が悪いのだ。北海道に上陸して、わずか数分後のことだった。
「油断大敵、事故の元!」
これからの長旅に向けて、何か見えないところからの戒めだったのかもしれない。
 トラックの一番固い部分に追突したようで、運転手が言ったようにトラックのどこにもへこみや傷がなかったし、夏樹の身体のどこにも致命的な傷はなく、かすり傷程度のようだ。しかし愛車のGSXはハンドルが大きく曲がり、ウインカーや計器類が割れ、走行不能になってしまった。呆然と力をなくしてしまったが、道路の真ん中にいつまでも転がしておくわけにも行かず、何とか力を振り絞り,バイクをお越し道路脇に寄せサイドスタンドを出した。
 ヘルメットを被ったままで路肩の石に腰を下ろし、俯いて悔しい気持ちを噛みしめていた。目の前を通り過ぎていく車からの視線も感じていた。その場に何分ほど佇んでいただろうか、ようやく次のことを考える余裕が出てきた。このままここに座り込んでいても埒があかない、大きく曲がったハンドルを押して前に進むのは大変だったが、とりあえず前に進んでもう少し広い場所に移し電話ボックスを探すことにした。


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2012.07.27 / Top↑
 使われていない倉庫のような建物の前に少し広い場所があり、残っている力を振り絞りバイクを押して入り、サイドスタンド出して停めた。ヘルメットを取り、しばらく座り込んでいた時だった。
「あらまあ、どうしたの、随分と壊れちゃたねえ。すぐそこの自転車屋の大将を呼んできてやっから、ちょっと待ってな」
 一輪車に野菜を乗せたおばさんがそう言って立ち去った。
「自転車やのうて、バイクなんやけど・・・」
 そんな言葉を話す間もなく行ってしまった。その自転車屋の大将とやらが来てくれたとしても、こんなに壊れてしまったバイクをどうやって直してくれるというのだ。絶望感だけが先行し、その絶望をどうやって打開して進むか、頭の中にはまったく浮かんでこなかった。
 頭の中が絶望だけの時間が二十分ほど過ぎたころだった、一輪車のおばさんが立ち去った方向から、軽トラックに乗ったおじさんが、夏樹のいる道路から奥まった少し広い場所にゆっくりと入ってきた。
「おっ、いたいた。ヨネばあさんが言っていた兄さんだな。随分とやっちゃったなあ。とりあえずこれに乗せて、俺の店に行くベ」
「えっ、自転車屋さんとちゃうんですか・・・」
「そうだけど、バイクも売ってっからよ、大丈夫だ、心配すんなって」
「はっ、はあ・・・。じゃあとりあえず、荷物を降ろしますね」
 バイクの後ろに括り付けていたバッグとキャンプ用品を降ろし、軽トラックの荷台から斜めに地面へ伸ばされた板の上を、おじさんと二人で押し上げ軽トラックに乗せた。そしておじさんはバイクが倒れないように手際よくロープで縛った。


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2012.07.31 / Top↑

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