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 雪渓を滑りながら下山してきたので、登りに要した時間の半分ほどでリフト乗り場に着いた。キャラバンシューズの中は完全に水没していて、一歩を踏みしめるたびに『グジュ』と音が聞こえてきこそうだった。両足共に最悪の環境におかれていた。
 荷物を預けているユースホステルに戻り、早々にキャラバンシューズを脱ぎ靴下を履き替えた。
「やっとすっきりした」
 夏樹が思わず大きな声を出してしまった。
「ほんまやなあ、うちなんかパンツまで濡れてしもうたがな」
 タコさんが大きな声で言った。
「あんた、スキーが得意やったんとちゃうかいなあ。雪の上で何回も転んでたやんか」
「何お言うてんのよ、イカもスキーが得意やなかったかいなあ。お尻が完全に濡れてまっせ」
 二人の会話は常におもしろかった。
 福岡の大学生と大阪から来た一人旅の女の人は、バスの時間があるからと荷物を持ちバス停に向った。
「じゃ、良い旅を」
「また、どこかで会えるとええねぇ」
「大阪に帰ったら手紙書きます」
 一人旅の女の人が手を振りながら言った。
「大阪で今度、三人で飲もうなあ」
 手を振りながらタコさんが言った。バス停へ向う二人を、お笑い三人組は見送った。

「ヒゲさんはこの後の予定は急がへんのやろ、一緒に昼食を食べようよ。ユースホステルでお湯をもらって、カップラーメンをご馳走するから」
 タコさんが提案した。
「ええよ、おぉきにぃ、いただきます」
 カップラーメン用のお湯をお願いすると、お湯の入ったポットと、おにぎりを三個持ってペアレントさんが来た。
「わあ、おぉきにい、ありがとうございます」
 イカさんが手を合わせて言った。
 イカさん、タコさん、ヒゲさんのお笑い三人組みは、昼食を食べながら旅の話し、バイクの話しをした。イカさんは今のバイクの前に夏樹と同じGSX250のシルバーに乗っていたこと。そのバイクのシートが放火されて廃車してしまったことを聞かされた。自分の分身のようなバイクに火を点けられるやなんて、とてもショックだった。そんなイカさんとはずっと前からの友人のような気がしてきた。
(現在でも年賀状をいただいています)


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2014.06.07 / Top↑
「ところで、いつ小樽からフェリーに乗って帰らはるんやったかいなあ」
「7月4日の19時出港やなあ、なあターコ」
「そう、その通り。やっと覚えたなあ」
「ほな、俺、小樽に見送りに行くは。あの紙テープを持って船を見送るやつ、拓郎の「落陽」のあの爺さんみたいに、やってみたいんや」
「うんうん、それええなあ。北海道の最後の思い出にええなあ、忘れんように来てや」
 夏樹はイカさんとタコさんに約束をし、二人は真っ直ぐに宗谷に向って走って行った。さて夏樹はどこへ行こうか、おもむろに地図を取り出した。国道39号線を旭川方面へ走ると『比布駅』が目に入った。一世を風靡した肩こり治療などの効用がある絆創膏の名前と同じ発音の駅である。この駅でコマーシャルのロケも行われたこともある。比布の地名の由来は、アイヌ語で「沼の多いところ」「石の多いところ」の意だそうだ。
 鉄道好きにとっての切符は収集アイテムの一つである。ちょっと珍しい駅名の切符を買わないわけにはいかない。しかし無人駅化し当時は簡易委託駅になっていたから入場券が売られていなかった。乗車券は売られていたから隣の『南比布駅』までの切符を買った。

               比布切符

 国道40号線を北へ、士別を目指す。さらに国道239号線を西へ、海沿いの羽幌線(この時の翌年に、民営化とともに廃止されてしまった)に力昼駅という無人駅がある。船長の家で仕入れた情報では、その駅の小さな駅舎に二畳分の畳を敷いた部屋があり、一人が寝るにはちょうどよいと言うのだ。今夜はそこに泊まることとしてみた。
 国道40号線は現在では道央自動車道が平行して北へ伸びている。当時も道幅はとても広く、路側帯が一車線と同じ程の幅があり、交通量は多かった。ほとんど真っ直ぐの道が続き、対向車線を走ってくる車が遠くからでも見える。その中の一台のダンプが追い越しのために夏樹の走る車線に入って走ってくるのが見えた。二台のダンプが並走してどこまでも夏樹の方へ向ってくるのだ。このままではダンプと夏樹のバイクは衝突してしまう。数回、パッシングをしたら、ダンプの方もパッシングをし、そのままどこまでも並走してくるのだ。仕方なく広い路側帯へ逃げるように避けるしかなかった。(前にも、同じようなことが、どこかであったような気が・・・)道幅が広いが故の危険な行為である。今はどうなのだろうか、当時は交通事故が全国で一番多いのは北海道だったように思う。



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2014.06.21 / Top↑

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