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 士別までは広く、ほぼ真っ直ぐの道を走った。天気は久々に温かく、いや暑いぐらいに夏らしい気候だった。士別からは国道239号線を西へ走る。道の両側は畑が広がる農村地帯、さらに進むと低い山々が左右に広がり、緩やかなカーブの上り下りが続いた。交通量は少なかった。古丹別というところからは目の前に太陽が現れ、それに向って走る。海が近いのか夏樹に吹き付ける風が心地良かった。日本海沿いの苫前に着くころには、だいぶ陽も傾き海へ沈む日没を見ることができるかも知れない。
 国道232号線を少し南へ走ると力昼駅があった。船長の家で聞いてきた情報通り小さな駅舎に、畳二枚が敷かれた部分があった。思っていた以上に狭く、なんとなくここで寝ることに抵抗があり、地図を開くと力昼駅の近くに苫前グリーンキャンプ場(グリーンヒルキャンプ場?)があることを知り、そこにテントを張ることに、三日ぶりにキャンプをすることにした。
「あつ、米がないんやった。米屋さんを探さんなあ」
 力昼駅を出て北へ向かうと、まもなくキャンプ場は見つかった。しかし、夕飯用の米と食材を求めてさらに北へ向かった。数店の店が見えてきた、その中に米店を見つけすぐにバイクを横付けした。
 店内には精米して袋詰された米が何種類か売られていたが、一番少ないものでも5キログラム入りだった。バイクにつんで走るには少々多かった。
「すいませんが、1キロ入りってないんですか・・・」
「あらぁ、そんな少ないのはないねえ」
 店の奥さんだろうか、少し背中が丸く、お婆さんと言っても怒られないであろう女の人が店の奥から出てきてくれた。
「バイクに積んで走るんで、5キロはちょっと多いんです」
「じゃあ、家の分を分けてあげるよ。1キロでいいののね」
「えっ、いいんですか、すみません、ありがとうございます。助かりました」
 そう言ってその女の人は半透明のビニール袋に、米用のカップで二杯入れハカリで量って渡してくれた。
「じゃ、500円でいいよ」
「いや、こっちの5キロいりは、キロ530円ですよ」
「そんなこと、いいから。ところで、どこに泊まるんだい」
「すぐそこのキャンプ場です」
「なんか、おもしろそうやね」
「はい。おぉきにぃ、どうもありがとうございました」
「気をつけてね」




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2014.07.01 / Top↑
 苫前グリーンキャンプ場 (グリーンヒルキャンプ場?) は日本海を見渡せる小高い丘の上に、牧草が敷き詰められ片隅にトイレと水場があるだけで、樹木はほとんど植えられていない。今までこんなキャンプ場は初めてだった。
 夕飯はさっきの米店で分けてもらった米を炊き、おかずはカップ麺だけ、少々わびしいがキャンプでの夕飯は、だいたいこんなものだ。
 水平線近くに薄い雲が広がり、残念ながら水平線に沈む夕陽を見ることはできなかったが、紅く染まる綺麗な夕焼けを見ながらカップ麺をおかずに、少し心の残る飯を食べた。これだけ綺麗な夕焼けが広がるということは、明日もたぶん良い天気になるだろう。

                   苫前キャンプ場
                   (左の奥にわすかに見えるのが工場かな?)

 初めは気が付かなかったが、近くに工場があるらしく、『ゴッー』と言う機械の音が夜遅くまで聞こえていた。夜勤のある工場なのだろうか。翌朝もその音と、その工場へ部品か資材を搬入しているのか、大きなトラックのエンジン音で目が覚めたようにおもう。
 翌朝の天気は快晴。でも、とても風が強く、テントをたたむのに手こずった。いつもならお湯を沸かし、紅茶と適当な菓子パンで朝食を済ませるのだが、昨日に寄った店には適当な菓子パンを見つけることができなかった。まだ七時だ、こんな早い時間にあいている店はないだろ。お湯を沸かし、一杯だけ紅茶を飲んでからとりあえず北へ向かうことにした。そのうち、何かしらの店が現れるだろうと、いつものように気楽な、気まま旅がこの日も始まった。今日はどこまで行こうかな。
 何かしらの店は、思いのほか早く現れた。苫前町の隣の羽幌町に、ベーカリーショップ、いわゆるオシャレな店を見つけた。その店は買ったパンを店内で食べることができる。朝の時間帯はコーヒーとサラダがセットで付いてくる、モーニングサービスもやっていた。とても久しぶりのモーニングサービスだった。コーヒーを飲むのも久しぶりだった。ユースホステルや民宿での朝食は和食が多く、コーヒーが出てくるところは少なかった。
 ゆっくりとした朝食を終え、再び北へ向かった。すぐに天売島へのフェリー乗り場が見えた。離党へ渡るのも面白そうだが、一日四往復のフェリーは、今しがた出港したばかりだった。二時間半もここで待つのは少しもったいない、機会があればということで次回にした。いずれこの島には後に渡ることになった。


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2014.07.06 / Top↑
2014/07/12
 日本海沿岸を走る国道232号線を北上する。当時の地図には海と羽幌線に挟まれて北に伸びている。この地を訪れた時にはすでに廃止が承認され、翌年の3月には全線廃止になったようだ。残念ながらこの路線や列車の写真は残っていなかった。
 左手に見える日本海は夏の日差しを受け、夏らしい青を照り返していた。右手には低い山や丘が続き、高い木はなく、ほとんどが牧草地の連続だった。寒くも暑くもなく快調に走っていた。
 天塩に入る少し手前だっただろうか、少しエンジンの音が変化した。ガソリンの残りが少なくなってきたようだ。バイクにはリザーブタンクというのがあり、通常は燃料タンクのコックを『ON』で走行するが、もし燃料切れになっても『RES(リザーブ)』にコックを合わせるとタンクの底に残った2リットルほどのガソリンを使って走ることができる。これも使いきれば完全にガス欠状態で、ガソリンスタンドまで押して行くしか前に進む方法はなくなる。今までにリザーブの燃料を使って走ったことがなく、果してリザーブ状態で何キロ走れるのか試したことがなかった。とにかくリザーブにする前に、ガソリンスタンドを探さなくては、大変なことになってしまう。
 運が悪いことにこの日は日曜日、多くのガソリンスタンドは休業のはずである。(現在では年中無休の店ばかりだが・・・)案の定、天塩の町に入って見つけたガソリンスタンドは休みだった。ときどきエンジンが止まりそうな音がするが、完全には止まらない状態で前に進み、二軒目のガソリンスタンドが見ええた。「開いてますように・・・」心で祈った。店の前まで来て『営業中』の看板を見つけ、給油機の前に滑り込んだ。その時ちょうどエンジンが止まった、ギリギリセーフだった。
 天塩の町を抜け羽幌、豊富へ、ここから再び西へ向いサロベツ原生花園に向う。今まで右手の山の方から強い横風が吹きつけ、走りににくい時もあったが、西へ、海へ向うことで追い風となり走りやすくなった。
 原生花園には広々とした原野に、今まで見たこともない花が咲いていた。ここを抜け海沿いの道に向う。右手奥に雪が残る利尻富士がくっきりと見えてくる。ふと南の方を見ると広大な原野の向うに地平線が見えた。初めての地平線である。とにかく広い、ずっと向うまで何もない「ああぁ、北海道やなあ・・・」感動の連続だった。

   利尻富士

           地平線

                   地平線2


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2014.07.12 / Top↑
 日本海に出た。ここから海沿いを北へ向かう。未舗装道路が多いが砂利が踏み固められていて、オンロードのバイクでもそれなりにスピードを出して走ることができた。
 北へ向うことで再び強い東風が吹きつけ、とても走りにくい状況になった。さらに雲行きが悪くなってきた。この先は雨が降っているかも知れない。午前中はとても良い天気だったのに、またバイクにとっては過ごしにくい日になっていくのだろうか。
 天気はあまりよくないが、対向車も少なく、追い越して行く車もいなかった。周りの風景は視界を遮る山や木がなく、どこまでも続く平原を走り、北海道らしさを堪能させてもらっている。
           
                 抜海

 どこまでも海沿いにバイクを走らせ、ノシャップ岬を目指す。広い道路から離れて水族館の裏に『ノシャップ岬』の看板を見つけた。どこの岬もそうだが、地図で見るように尖った地形の岬には、あまりお目にかかることはない。ここも案内版がなければ、岬とは気が付かなかっただろう。
 そうそうに日本最北端の宗谷岬へ向った。稚内の市街地に入るころには霧雨が降ってきた。市街地を抜け国道238号線に入り、宗谷湾沿いを走っているときは東からの向かい風になり、霧雨とともに襲い掛かってくる。悪戦苦闘しながら前に進んだ。
 突然、日本最北端の案内版が視界に入って来た。宗谷岬に着いたようだ。何の気なしに走っていれば、見過ごしてしまいそうなぐらいに尖っていない地形だった。まずは最北端の碑の前で記念撮影をした。
『流氷とけて、春風吹いて・・・』どこからだろうか、スピーカーから流れている。エンドレスにこの曲が岬周辺で聞こえていた。最北端を明るくピーアールしているようだ。最東端の根室もここと同じく日本の端っこなのだが、あちらは北方領土があるために本当の端っこではない。歴史的に明るくピーアールはできないようだ。
 霧雨が本降りの雨になる前に何処かへ非難することにしようと、今日の泊まり先を探すにした。

                   宗谷岬

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2014.07.21 / Top↑
 ユースホステルハンドブックを開くと、宗谷からオホーツク沿いに一時間ほど南に、浜頓別ユースホステルがあった。最北端の公衆電話から予約した。いつものことながら、突然の予約にも断られたことは一度もない。今のところ。
 ますます風が強く吹くようになり、霧雨が本降りになるのは時間の問題だろう。早々に浜頓別に向う。
 浜頓別ユースホステルは協会直営のユースホステルで、全国屈指の人気ユースホステルの一つだそうだ。しかし、10年前に閉館になり、今では建物もなくなり更地になっているようだ。この当時の多くのユースホステルが、今では閉館されたところが多く、とても残念だ。浜頓別を走っていた天北線も10年以上も前に廃線になった。ユースホステルが閉館なってしまった理由の一つのようだ。
「ただいまぁ」
「お帰りなさい」
 玄関に入るとすぐに大学生ぐらいの女の人が出迎えてくれた。エプロンをしているからヘルパーさんだろう。
「泊まりの方ですか、少し待ってくださいね」
 おや、関西弁である。
「お帰り、さっきの電話の夏樹さんかな」
 奥からペアレントさんらしき男の人が現れた。
「そうです、急に電話をしてすみません」
「大丈夫ですよ、今日は空いているからね」
 荷物を持って部屋に行くと、これまた大学生風の男が一人、先客がいた。小柄で頭髪はスポーツ刈り、見るからにまじめそうな男だった。
「こんにちは」
「こんにちは」
 二段ベッドの下に座っていた男が先に声をかけてきた。
「一人旅ですか、外にバイクとかなかったから、列車ですか」
 夏樹がその男に聞いた。何気なく男ベッドの周りを見ると、下着などの洗濯物が大量に乾してあった。
「かなりの長旅なんですか」
「ええ、まあ。北海道に来て二ヵ月になりますかねえ」
「二ヶ月ですか・・・」
「浜頓別に一ヶ月になりますね」
「このユースホステルにずっと居たはるんですか」
「いや、昨日まで二週間ほど、近くの牧場でアルバイトをしていました。住み込みで」
 夏樹はとても興味津々に聞いていた。


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2014.07.27 / Top↑

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