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「まもなく五十?」

 歩いていると腰が砕けたように、急に力が入らなくなって[ガクガク]と座り込んでしまいそうになる。もしかしてギックリ腰になる前兆か、と十五年前の悪夢が蘇る。
 テニスコートから救急病院へ直行して、十日間の入院をしてしまったあの事件からちょうど十五年になる。
救急病院の入り口で車から降りるのに五分はかかっただろうか。
「そこに外来用の車椅子がありますよ」
 親切な方が教えてくださっても、その車椅子に座ることができない。車の座席からやっとの思いで激痛と戦いながら立ち上がったのである、車椅子に座るのも死に物狂いで激痛に耐えなければならない。だからこのまま友人の肩を借りて診察室へ歩いたほうが、時間はかかるけれど激痛は走らない。
 どうせ診察室に入ったら診察用のベッドに上がらなくてはならない、激痛が走るのをできるだけ少なくしたい。そんな思いが無意識にはたらいた。
 ベッドにあがることはできなかった。サッカーの試合中に負傷した選手がフィールドの外に運び出されるときに乗せられるようなタンカーを縦にして、それを僕の背中に当ててゆっくりと倒し

「ゲェグァーー!」

4人がかりでタンカーごと診察台へあげてもらった。

「ヴァーグェー!」

とにかく少しでも体を動かそうものなら、何をやっても激痛が腰の左側の一点に走る。

「ゲェグァーーー!」
とにかく痛い。あの時は多くの方にご迷惑をかけました。
 あの時以来、何かと腰の具合が思わしくないことが多くなり、疲れが溜まってくるとなんとなく腰が重くなってきたり、それを無意識に庇うと、背中の他のところが痛くなったりして、何回も整形外科に通った。

 腰の状態を良くするには適度の運動がよく、特に腹筋を鍛えて腰への負担を少なくすること、できるだけ身体を動かすことを心がけた。せめて一週間に一回は何かスポーツをすることを目標にした。
 四年ほど前からはママさんバレーの練習相手に参加している。会社の人たちの中では運動をしているほうではある。

 しかし、あの事件からちょうど十五年がたち、入院こそしないけれど歩くのも困難な状態が先日から続いていた。
「んー、ここの背骨の骨と骨の間の軟骨が少し減ってきていますね」
レントゲンの写真を見ながら医者が言った。
「まもなく五十歳ですかあ、まあそろそろ身体は、あちこちがねえ」
要するに年をとったのだからあまり無理をするなと言いたいようだ。
「しばらく痛みがなくなるまで安静にして寝ていてください」
確かに人生の半分は終わったと思う。しかし、この程度のことで歩けなくなるほどのことになるとは、われながら情けない。こんなにも体力がなくなってきているのだ。
 
 冬には毎日の雪寄せがきつかったのか三年前は左手、昨年はその左手を庇ったからなのか、右手が腱鞘炎となり八月ごろまで整形外科に通った。年配の人が多い整形外科には僕は若い方だ。医者も看護士も事務員も顔なじみになってしまった。
 三十路を超えたとき以上に、四十路は角度の大きな坂を歩いているような感覚をおぼえている。
 謙虚に受け止めて、対策を考えよう。




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2008.05.20 / Top↑
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