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 大社線の大社駅に降り立ち、まずは出雲大社へ向かった。いつものように重い荷物を肩に担ぎ、大社の駅前から右に曲がって真っ直ぐに伸びた参道をテクテクと歩く。心なしか飛沢の足取りが軽く見える。
「石田、何してんの、はよう行くでえ」
 飛沢が石田を急かした。
「お前、なんでそんなに元気なんや、こんな重い荷物を持ってるのに」
「何回も言わせるな、今回の旅行の一番の目的は、この出雲大社にお参りに来ることやないか」
「石田、今日だけは目をつぶってな、そんなに遠くはないはずやら」
 夏樹が言った。

 十月の昔の異名を「神無月」というが、ここ出雲では「神有月」という。この話しは有名な話であるが、これ以上の歴史的な話しは知らない、勉強不足で申し訳ない。
 単純に考えて、なぜ日本中の神々が山陰地方のこの地に集まるのか、現代では裏日本などといわれるところである。全国の神が集まる地ということは、日本の発祥の地なのか。やはりこれは改めてこの神話の時代、日本書紀などを勉強しなければならない。

 大社駅から十分ほど歩くと一畑電鉄の大社駅がある。モダンな造りの建物で、半円形の屋根が当時の国鉄大社駅とは対照的だ。内壁も丸くなっているところがあり、十数センチメートル四方の厚いガラスが、何枚も規則正しく埋め込められている。
 国鉄の大社駅が完成したのが大正十三年、一畑電鉄の大社駅ができたのが昭和五年である。さほどの違いがない年代に、都市というにはあまりにもかけ離れた地に、なぜ国鉄と私鉄が競合しているのか、出雲大社への信仰の篤さを感じずにはいられない。最盛期には国鉄大社駅へ関西方面からの特急や急行が乗り入れていたようだ

 今は神話も伝説も、また鉄道の歴史もたいした重要性はない、とにかくしっかりと参詣して、可愛い彼女ができることをお願いすることしか、飛沢の頭の中にはないようだ。一畑電鉄の大社駅など見ることもなく、さっさと前進あるのみ。


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2009.05.26 / Top↑
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