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 夏樹が就職をしてから、個人的な旅には三年ほど出かけることはなかったが、団体旅行には毎年、必ず出かけた。会社の慰安旅行である。
 何箇所もの会社を渡り歩いた訳ではないが、夏樹の居た会社の慰安旅行は少し豪華で、少し変わったものではなかったかと思う。あまり遠くへは行かない、だいたい半日ほどでいける場所へ向かう。観光バスで目的地に向かうが、バスガイドさんの後ろにくっついての観光はまったくやらない。真っ直ぐにホテルに向かい、夜の宴会までは自由時間となる。海に近い時は海へ、そうでない時はホテルのプールへ向かうのが常套だ。つまり毎年の慰安旅行は夏に行くのである。
 夜の宴会は社長の挨拶から始まり、乾杯の音頭は専務だった。ほろ酔いのころになると八トラックのテープを使ってのカラオケ大会。これは総務部長の新入女子社員とのデュエットが先陣を切る慣わしだった。
 まあここまではどこの宴会でも同じであろう。

 カラオケを歌いたい人が一通り終わると、ゲーム大会が始まる。誰でも出来るような簡単なゲームで、一位になると賞金が出る。一人に五千円である。今でも五千円の賞金は魅力的だ。当時ならなおさらである。社員が五十人ほどの慰安旅行の余興に五千円の賞金が十本も出る。太っ腹の社長である。皆が酔いなど吹っ飛び目の色が変わってくるのだ。

 二日目は夜の宴会までの終日が自由行動となる。それぞれに観光に行ったり、海に行ったりホテルのプールに向かう。一部の上司はゴルフに行くのだが、社長は行かない、普段は接待などでよくゴルフに行くようだから、やらないわけではないのだが、慰安旅行の時は必ずホテルのプールに一日中いる。時々泳いで、他のほとんどの時間を、プールサイドでビール片手に昼寝をするのだ。ヨーロッパのバカンススタイルである。同じようにプールにいるとビールをご馳走になったりもした。
 何年目かの慰安旅行の時に泊まったホテルでは、プール開きがまだと言うことで、一日目はホテルの従業員と一緒にプールの掃除を手伝っていたこともあった。社長がである。二日目の午後からようやく泳げるようになった。
 三日目も昼まではプールにいて、昼食後に帰路へと向かう。

 少し豪華な慰安旅行ではあるが、太っ腹の社長には申し訳ないが、三年もすると少し飽きてきた。そして三年もするとだいぶ仕事にも慣れてきたし、やはり人との出会いのある旅に出かけたくなってくる。



・拙い文章を読んでいただきありがとうございます。

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2009.08.19 / Top↑
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