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チャレンジ「小説のような・・・」

 『旅のはじまり 草創期』は①~⑤のような話です。今回からは、『思春期』 (ブログを始めて、1ヶ月少々。今後の話の展開に行き詰っていましたが、今日、思いつきました)に入ろうと思います。
 実は、「国内一人旅」のランキングに参加していますが。中学、高校時代はほとんど一人では旅をしていないのですが、いずれ『青春期(高校卒業後)』(これも、今日思いつきました)にはずっと一人旅です。このまま参加させていただきたいと思います。




 昔、都のあったところには、人口は百五十万人を超え、政令指定都市としていわゆる都会といわれているところだ。でもその多くは、中心部より離れたところに集まり、ドーナツ化現象といわれる、都会特有の人口分布で、昔からの都といわれていた地域には昼間の人口だけ多く、そこに暮らす人は少なかった。一部には統廃合が行われ、一学年に一クラスなどという、田舎の学校のようなところもあったようだ。

「おれ、飛沢て言うねん。よろしく」
窓側の席の前から二番目に座って、上半身だけを後ろ向きにして、いきなり話かけてきた。
「あっ、そうかあ」
[U小学校なんやけど、あんたはどこや]
「えっ、おれもやけど、六組やけど、お前みたいなんしらんなあ」
「そうかあ、名前はなんて言うの」
「夏樹」
「おれは、五年の時に転校してきて、二組やったから、わからへんかもなあ」
 三つの小学校が集まり、一つの中学校になった。U小学校だけでも六クラスもあった。H中学校の一年生は十一組まである、市内でも有数のマンモス校だ。
 新一年生だから席順は五十音順。だから、飛沢の後ろは夏樹だった。
 突然、うしろの席から、
「おれ、野々口、T小学校やねん。夏樹って一、二年のときから六組とちゃうか」
「あっ野々口て、あの野々口かぁ、どっかで見たことある思たんや」

 U小学校では夏樹たちが三年生までは九組まであった。学校の周りの田畑が次々に宅地化されて、人口が増えてきた。もちろん子供の数も増え続けていたので、教室が足りなくなってきていた。そこで、一部の地域を分割して、新しい学校を造り、U小学校の人数を減らしたのだ。そのために野々口は四年生からはT小学校に移った。
 それでも夏樹が六年生の時の一年生は、十四組までふくれあがり、校庭にはその場しのぎのプレハブの教室が立ち並び、運動場はかなり狭くなったのを覚えている。そのため運動会は各学年をクラス別に二つに分け、さらに赤、白、青の三組に分けて、二日間にわたり行われていた。
 生徒の半分は運動会、残り半分はいつも通りの授業をしていた、学校中に運動会の定番音楽が響き渡る中で、半分の生徒は普通に授業をしていた。
 ちなみに中学校も夏樹たちが卒業後に、分割された。いやその前にU小学校がもう一回分割された。




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2008.06.16 / Top↑
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