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 鉄道研究会の活動は地味なもので、休みの日に自転車を駆って、オヤジのカメラと質屋で買った安い三脚を担ぎ、廃止される市電の路線を、撮影のベストポイント(自分たちはそう思っている)を求めて西へ東へ、北へ南へと走り回る。
 ここぞと思った場所に自転車を止め、おもむろに三脚を立てて、カメラをセットする。カメラと言っても一眼レフなどではない、いわゆる『バカチョンカメラ』より少し良いものである。一応、ピンとはあわせる、露出は自動かな?
 フィルムを巻き上げ、市電が来るのをひたすら待つ。時刻表などはないから、ただ待つ。その当時のカラーフィルムは高価で、現像、焼付けも高かった。カメラに入っているのはもっぱら白黒フィルムだった。

「おっ、来た来た」
「反対側からも来たで、ちょうどすれ違いが撮れそうやなあ」
「あっ、いま目の前を自転車のオッサンが通りよった」
「おれもや、せっかくのシャッターチャンスやったのに」
ガードレールに腰をおろし、次がくるのをまた待つ。
      市電①

                              市電②


 市電は比較的、次々と走ってくるから、待ち時間はあまり苦にはならなかったが、『日帰りローカル線の旅』の時は列車が来る時間は分かっていても、本数が少なく、待ち時間が長いのである。

 山陰本線、京都、二条駅間の高架化記念に四年(?)振りに蒸気機関車が走った。その時などは見物人があまりにも多く押し寄せたために、京都駅の出発が大幅に遅れ、やきもきしたものだった。
                     丹波口


 もっとひどかったのは、東海道線京阪百年記念事業で京都、大阪間を蒸気機関車が走った時だった。淀川の鉄橋を通過するSLをねらって、二時間も前から場所を取り、三脚を立てて待っていた。通過する時間が近づくにつれて、見物人がどんどんと増え、膝上まであった雑草は全て踏み固められて、二時間前とはまるで違う景色になるほどに人でいっぱいになった。
 ベストポジションと思っていたのに、いつの間にか夏樹の前には多くの見物人が、見るからに立派で高そうなカメラに大きな望遠レンズを付けて三脚に立てた人だかりができていた。

 そして予定の通過時間が来た。十分、二十分、いっこうに黒い煙は見えてこない。結局一時間後に、吹田駅付近でカメラを構えた少年が、SLと接触して怪我(スクラップブックを検証したら、亡くなったとある)をしたためにその場所で停車し、中止になった。巡回中のパトカーのスピーカーから聞こえてきたのだ。
 三時間も何を待っていたのだろうか。

 後になって分かったことだが、事故検分が終わった後に、電気機関車に引かれて、京都駅まで走ってきたそうだ。煙も出さずに、陽も落ちてあたりが暗くなってからだったそうだ。



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2008.07.03 / Top↑
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