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 国道と平行して広尾線も南に向かっていた。防風林の間から時々線路が見えるのだが、上下線ともに列車が走るのを見ることはなかった。ローカル線は走れば走るほど赤字が増える。周辺住民が少ないから本数が減る。本数が減るからますます利用者も減る。また、車の利用者が増えたことが利用者減のいちばんの理由だろう。
「愛国から幸福ゆき」と言う、当時の国鉄のキャンペーンコピーで多くの観光客が訪れたようだが、鉄道としての売り上げには、あまり影響がなかったようだ。夏樹が訪れた二年と半年後に広尾線は廃線となり、愛国駅と幸福駅は駅舎とホーム、線路の一部が、当時のまま保存されているようだ。

           踏み切り
                      線路②

 バイクを運転しながら見えてくる十勝平野の風景は、どこまでも真っ直ぐに伸びる線路、どこまでも広がる大きな畑、見方によってはあまり変化のない風景だが、この雄大さが夏樹を連続的に感動させてくれていた。
 信号と交通量が少なく、快調にバイクを走らせることができる。関西周辺を走るよりは、短い時間で距離を進むようだ。地図でおおよその時間配分をしていたが、予測以上に早く目的地に着きそうである。
 大樹町に入るころには右方面に山が近づくようになり、今までとは違った風景になってきた。やがて左前方に青い海が見えた。広尾町からは線路とも別れて、海沿いの道を走ることとなった。
 日高山脈の東の端が、断崖絶壁となり、海へそのまま入って行ったような険しい風景が連続する。ほんの数十分前までのそれとは別世界のようになった。


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2010.11.23 / Top↑
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