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 長いような、短かった中学校生活の三年間が終わり、たまたま飛沢と赤川は同じ高校へ、夏樹は別の高校へ行くことになった。
 違う高校へ通うようになっても、夏樹と飛沢のサイクリング部、音楽鑑賞クラブは二ヶ月に一回ぐらいの活動は行っていた。もちろん鉄道研究会も活動は続けていた。

 夏樹の通っていた高校には鉄道研究会もあったのだが、籍だけ置いてほとんど行かなかった。週に一度だけ出欠を取ったら、あとは何もなかった。
 文化祭で鉄道模型の簡単なレイアウトを作り運転会をするのが、唯一の活動だった。夏樹はそれも参加しなかった。先輩たちも勝手に楽しんでいたし、今で言うところの『オタク』と言う表現が適切な感じの人たちだった。
(夏樹もほとんど『鉄オタ』であるが)

 文化部は大学並に種類が多く、二十クラブぐらいあっただろうか。鉄道研究会をはじめ、聖書研究、映画研究、生録同好会(まだまだ、ラジカセが高級品だったころに、テレビ局で使うような録音機、マイクなどを持ち出し、祭りや、街の様々な音を集めていた)釣りクラブ(部員はとにかく多かったが、実態は不明)サイクリング部(実際には自転車部のようっだた)軽音楽部(テレビのオーディション番組に出演した奴もいた)ユースホステルクラブ(読んで字の如く、ユースホステルを使って旅行をするクラブ。夏樹の二つ目の在籍クラブ)いまもあるのかな。

 そうだ、落研(落語漫才研究会)もあった。芸能祭ではちゃんと高座を作り、落語をやっていた奴もいた。
 
 体育部にも少々変わったのがあった。大きな川や湖が近くにないのにボート部(市内では強かったようだ。対抗高が少なかったのかな)冬しかスケートができないのにスケート部、山まではかなり遠いけれどスキー部、山岳部。
 山岳部は大会で優秀な成績を上げたように思う。

 夏樹にとっての部活動は、趣味の世界を広げる手段だった。遊び半分のような軽い気持ちで、三つ目の写真部にも在籍していた。けっきょくどれもが中途半端になってしまったが、ユースホステルを使ってクラブ活動としての旅行は二回行った。

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2008.07.20 / Top↑
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