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 中学生のころの地理の時間だっただろうか、太平洋側を表日本、日本海側を裏日本と習った記憶があるが、北前船が往来していたころは、太平洋側よりも日本海側の方が賑やかで活気があったようだ。国に表と裏と言う表現は好きにはなれない。どうも首都東京を中心にしての考え方が好きになれない。関西人のエゴか傲慢か、それとも圧倒的な強さと大きさに対する劣等感からくる、あきらめなのだろうか。
 地図で確認すると、深浦を過ぎしばらく行くと国道は西へ向かう。同じように線路も西へ走り、青森へ向かう。鰺ヶ沢が津軽半島の付け根あたりになる。鰺ヶ沢から二〇キロほどで五所川原に着いた。本日のここまでの距離は百キロほどだが、まだ九時を少し過ぎたころだった。キャンプをするとユースホステルのようなところに泊まった時より朝の出発時間が早くなる。そのため一日の走行距離が稼げるから、気持ちにも余裕が持てるようになる。すぐ目の前の弘前に寄ることにした。津軽の城下町、なんとなく耳に残っている地名だった。
 五所川原から右に曲がり弘前方面へ向かうと、田んぼやりんご畑が広がり、その先には頂に少し雪を残した岩木山が見えた。津軽富士の異名を持つこの山は、裾野を大きく広げ勇壮で津軽を象徴する山のようだ。

               岩木山

 弘前市内に入りまずは弘前城を目指す。ここは五月のゴールデンウイークのころが桜の満開になることで有名だ。道路から天守閣を眺めてゆっくりと走っていると「弘前ねぷたの館」を見つけた。この地の祭りは大きな山車を引きその周りで皆が踊りながら参加できると言う印象が頭の隅っこに残っていた。入館料も安いので、まずは少しでも祭りを経験することができればと入ることにした。


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2012.06.27 / Top↑
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