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「ところで、いつ小樽からフェリーに乗って帰らはるんやったかいなあ」
「7月4日の19時出港やなあ、なあターコ」
「そう、その通り。やっと覚えたなあ」
「ほな、俺、小樽に見送りに行くは。あの紙テープを持って船を見送るやつ、拓郎の「落陽」のあの爺さんみたいに、やってみたいんや」
「うんうん、それええなあ。北海道の最後の思い出にええなあ、忘れんように来てや」
 夏樹はイカさんとタコさんに約束をし、二人は真っ直ぐに宗谷に向って走って行った。さて夏樹はどこへ行こうか、おもむろに地図を取り出した。国道39号線を旭川方面へ走ると『比布駅』が目に入った。一世を風靡した肩こり治療などの効用がある絆創膏の名前と同じ発音の駅である。この駅でコマーシャルのロケも行われたこともある。比布の地名の由来は、アイヌ語で「沼の多いところ」「石の多いところ」の意だそうだ。
 鉄道好きにとっての切符は収集アイテムの一つである。ちょっと珍しい駅名の切符を買わないわけにはいかない。しかし無人駅化し当時は簡易委託駅になっていたから入場券が売られていなかった。乗車券は売られていたから隣の『南比布駅』までの切符を買った。

               比布切符

 国道40号線を北へ、士別を目指す。さらに国道239号線を西へ、海沿いの羽幌線(この時の翌年に、民営化とともに廃止されてしまった)に力昼駅という無人駅がある。船長の家で仕入れた情報では、その駅の小さな駅舎に二畳分の畳を敷いた部屋があり、一人が寝るにはちょうどよいと言うのだ。今夜はそこに泊まることとしてみた。
 国道40号線は現在では道央自動車道が平行して北へ伸びている。当時も道幅はとても広く、路側帯が一車線と同じ程の幅があり、交通量は多かった。ほとんど真っ直ぐの道が続き、対向車線を走ってくる車が遠くからでも見える。その中の一台のダンプが追い越しのために夏樹の走る車線に入って走ってくるのが見えた。二台のダンプが並走してどこまでも夏樹の方へ向ってくるのだ。このままではダンプと夏樹のバイクは衝突してしまう。数回、パッシングをしたら、ダンプの方もパッシングをし、そのままどこまでも並走してくるのだ。仕方なく広い路側帯へ逃げるように避けるしかなかった。(前にも、同じようなことが、どこかであったような気が・・・)道幅が広いが故の危険な行為である。今はどうなのだろうか、当時は交通事故が全国で一番多いのは北海道だったように思う。



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2014.06.21 / Top↑
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