上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑




 舞鶴で宮津線に乗り換えて丹後山田へ向かう。右手には日本海がちらほらと見え隠れするようになって来た。一日目、二ヶ所目の目的地である加悦鉄道に乗って、終点加悦駅の『SL広場』へ向かう。

     (何十年かぶりに、時刻表に付いている北近畿地方の路線図を見ると、
      丹後山田駅は見当たらなかった。宮津線は第三セクターの
      北近畿タンゴ鉄道になっていた。鉄道研究会をサボっていました)

 当時のSL広場は加悦駅構内にあった。明治時代の英国製蒸気機関車や、戦前、戦後に活躍したSLや気動車、ディーゼル機関車、客車が展示してあった。赤川と夏樹はカメラを片手に、あまり広くはない構内を走りまわっていた。今日の最終目的地の間人(たいざ)の民宿へたどり着くには、あまり時間がなかった。

             
              加悦1             加悦2



 名残惜しい気持ちを堪えて、再び加悦鉄道に乗り、丹後山田へ。宮津線の網野からはバスに乗り間人へ向かう。海水浴場とはいっても、砂浜ではなく、小石の海岸で、人もあまり多くはなかった。今日のところは時間も遅いので海には入らず、すぐに民宿の風呂に入り、夕食の時間となった。
 部屋にはテレビもなく、だからといって外へ散歩などにも出かけず、なぜか四人でトランプをやっていた。当時としては、まじめな部類の高校生である。酒なども飲まずに、ジュースを片手に、ポーカーが始まった。

 まじめな部類とは言え、そこは高校生、ゲームが白熱してくると、声も大きくなってくる。
「こらあ、うるさいぞ」
 隣の部屋の家族連れのお父さんから怒りの叱責が聞こえてきた。隣の部屋とはいっても、広い続き間をその時の人数によって、襖一枚で仕切りを換えて部屋を作っているので、隣へは声が筒抜けである。

 隣のお父さんから怒りの叱責が来るのも当たり前であった。いつの間にか十一時をとっくに過ぎていたのだ。
「すいませーん」


  ランキングに参加しています
  下をポチッとクリックしてください。ご協力お願いします。
       ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

にほんブログ村 旅行ブログへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
スポンサーサイト
2008.10.22 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://suzukaze930.blog19.fc2.com/tb.php/76-4dc7a9ed

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。