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 電話を切ると、もう一度地図を見て山形県月山を確認した。新発田市を抜け日本海沿いの七号線を北上し鶴岡まで行き、そこからは百十二号線で南東方向へ向かう。空模様もだいぶ回復し、青空が見えるようになってきた。スピードを出しすぎて検挙されない程度の速度を維持して月山へ向かった。
 三条市からどれくらい走ったころだっただろうか、夏樹のバイクの後ろから一定の距離を置いて走ってくるバイクがいることに気が付いた。周りの交通量や状況に合わせて走っていた夏樹のバイクの速度は一定していなかったが、後ろを走っているバイクはどんな速度でも一定の距離を保って走ってきた。赤信号で停車しても同じように距離を置き停車した。まるで二台のバイクがツーリングしているようだった。

 新発田市から七号線に入りドライブインで小休止をすることにした。飲み物の自動販売機の横にバイクを停め、缶コーヒーを一本買いベンチに腰を掛けた。そこへ先ほどから夏樹の後ろを付かず離れず走っていたバイクがすぐ横に停まった。ライダーはヘルメット取りながら夏樹の座るベンチの横へ座った。
「こんにちは、京都からいらしたんですね」
 少し慣れなれしい奴だなと思ったが、まったく無視するわけにもいかず「ええ・・」と簡単に答えた。
「もしかして、北海道まで行かれるんですか」
「はあ、なんでわかるんですか」
「今の季節に寝袋をバイクに積んで走っている人は、ほとんどが北海道を目指している人ですよ」
「そういう人がここを通って行くんですか」
「そうですねえ、日本一周をする人たちはここを北へ、南へ大きな荷物をバイクに積み、一番上に寝袋を積んでいるね。時々そんな人たちに声をかけるんです。俺もいつかはバイクに寝袋を積んで日本一周をしたいなあって、でも今の仕事を辞めなければいけないし、それにはいろいろと問題がありますしねえ」
 とても人懐っこい話し方に、先ほどまでのあまり良くない印象がなくなった。


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2012.03.20 / Top↑
「そうやねえ、仕事はやめな、あかんわねえ」
「じゃあ、今は無職ですか」
「はい、辞めました」
「すごいですねえ、勇気がありますね」
「別にすごくもないし、勇気があるわけではないです。ただ今しかでけんことを、今やっておこうと思っただけで、仕事を辞めてまでこんなことをやるのは、人間がええかげやからですよ」
 夏樹はそう言うと持っていた缶コーヒーを一口飲んだ。
「いや、俺も旅をしてみたいのですが、会社を辞める勇気がなくて」
「大きい会社ですか?給料が良くてやりがいのある仕事なら辞めないで、長期休みをうまく取って、分割で日本一周をしたほうが、ええのとちゃうかなあ」
「仕事は続けたいのです。できれば辞めたくない」
「俺は仕事で色々と壁にぶち当たってしまったし、小さい会社だったから給料も高くなかったしなあ・・・」
「これから北海道へ行って、一周したら太平洋側から九州まで行くのですか?」
「いや、日本一周にはこだわってないから、日本中を回りたい、とりあえず全都道府県制覇が目的やね」
「じゃあ目的達成頑張ってください」
 そう言うと右手を差し伸べてきたから夏樹も右手をだし握手をした。
「おぉきにぃ、自分も良い旅をしてください」
「ええ、自分って・・・」
「あっそうか、関西では自分て言うのは、君とかあなたという意味なんです。自分自身のことは自分とはあんまり言わへんねえ」
「はあ、関西弁と面白いですね」
 二人は笑顔でもう一度握手を交わし、夏樹が先に山形方面へ走りだし、その彼は、来た道を新潟市方面へ走って行くのがバックミラーに映った。


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2012.03.22 / Top↑
 国道七号線は快適だった。道幅は広いし、交通量もあまり多くなく、信号も少なかった。進行方向左側には山はなく、ときおり防風林のような林が続き、あの向こうは日本海なのかなと思いながら前へ進んだ。
 ガソリンの残量が四分の一を下回り「E」に近づいてきた。当時のバイクのフューエルメーターはあまり正確ではなかったように思う。早め早めに給油するに越したことはない、国道沿いのスタンドを見つけ入った。
「いらっしゃいませ」
満タン、お願いします。それとチェーンが、見てもらっていいですか」
「どれどれ、ああ、だいぶ伸びてますねえ」
「これぐらいなら簡単に治りますよ、チェーンを引っ張ってやれば良いだけですから。給油が終わったら俺がやりますよ、少しだけ工賃をいただきますけど・・・、なんてね、サービスしときますよ」
「ほんまに、うれしいなあ。本職さんのやり方をちゃんと見せてもらって、今度は自分でできるようにならんとねえ」
カンサイの人ですか・・・、やっぱり京都ナンバーじゃないですか。初めて見ましたよ。多くのライダーが給油してくれるけど、関東や地元の人がほとんどで、たまに関西方面の人も見ますけど、京都の人ははじめてだなあ」
 そこまで話したところでガソリンが満タンまで給油され、給油ホースを戻しタンクのキャップを閉めた。よく喋る兄さんだけれど、仕事はきっちりと確実にこなしてしいた。
満タン入りましたあ」
 スタンド中に聞こえる大きな声でそう言ってから、整備スペースのほうを指さしてバイクを移動させるように言ってくれた。



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2012.03.28 / Top↑
 整備スペースの前でバイクのセンタースタンドを立て、後輪の軸棒のナットを緩め後輪を少し後ろへ引っ張り、伸びたチェーンを適度に張った。さすがに専門家である、とても手際よく作業が進み、わずか十分ほどで終わった。
「終わりましたよ。これでしばらくは大丈夫です。でも、これからも旅は続くのでしょ、また伸びてきますから、今の手順で引っ張ってやって下さい。その時にここに刺さっている割ピンをなくさないように、気を付けて下さい」
「おぉきにぃ、俺にとってのバイクは旅の移動手段であって、バイクが好きで乗っているのとはちょっと違うし、メンテナンスはほとんど、でけへんから。ほんま、助かりましたは。ありがとうございました」
「あまり知らないほうがいいですよ。バイクや車に乗る人のみんながメンテナンスに詳しいと、俺の仕事がなくなりますから・・・」
 そう言ってスタンドの制帽を被り直し、にこりと微笑んだ
「ありがとうございました。気を付けて旅を続けてくださいね」
「はい、おぉきにぃ」
 ふたたび国道七号線へバイクとともに駆けだした。

 村上まで来ると、周りの風景が今まで以上に海へ近づいてきたようだ。そしてわずかに潮の香りがしてきたように感じた。しかし村上市街を超えたころだろうか、交通量が大きく減り周りに山が迫ってくるようになってきた。ドライブインの片隅にバイクを停め地図を確認すると、国道七号線は村上から内陸に向かい山間部を走っていた。
 村上までより道幅は狭くなり、少し登り勾配の変化の少ない山あいの道を進み、大きく左に曲がると今度は緩やかに下り勾配になった。



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2012.03.29 / Top↑
 周りの山が少しずつ低くなってきたと思ったと同時ぐらいに潮の香りがして、目の前に日本海が広がった。今回の旅で初めて見る海だった。ここからは日本海沿いを羽越線と並行しながら北上する。海に出てからすぐに新潟県と山形県の境を越え、四日目にして東北地方に入った。県境から二十数キロで鶴岡市に、ここから右折して国道百十二号線へ入る。海から離れて月山を目指す。
 目の前に広がる山々は標高が高く、中腹あたりまで真っ白の雪に覆われていた。積雪を目の当たりに見ることが少ない夏樹は、初夏にも関わらず多くの積雪を見ることができて感動した。
               
           月山の残雪

                   ペンション

 草原の真ん中に三階、いや四階建てのペンションの建物が建っていた。二階が玄関になっているようで、木製の大きな階段を上がり、ウッドデッキから建物に入っていった。
「こんにちは」
「はあい、あっ夏樹君だね、ようこそ。荷物を置いてすぐに手伝ってもらえるかなあ」
 到着早々に何やら仕事を言いつけられるようだ。
「あっはい、どこに荷物を・・・」
「マッさぁん、夏樹君を部屋に案内して、松木君、通称マッさんが案内してくれるから、今日ねえ団体さんが来るのよ、だからちょうど良いところに来てくれたわ、グッドタイミングね、ナッちゃんでいいかな」
 ここのオーナーの奥さんのようだ。明るく元気な人だ。
「はあぁ、よろしくお願いします」
 その時だった、建物の奥のほうから一人の男の人が現れた。
「こんちわ、松木です。よろしく、じゃあ荷物を持って着いて来てもらえるかなあ」
 マッさんは夏樹の持っていた大きいほうの荷物を持ち上げた。
「すんげえ重いねえ」
「それは重いですから、俺が持ちます」
「大丈夫、さあ行こう」


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2012.04.03 / Top↑
 四階の端の方の小さなドアを開けると六畳ほどの部屋があった。この階は倉庫としてのスペースのようだった。部屋には二段ベッドが二組置かれていた。
「散らかっているけど、気にしないでね。改めまして松木です、マッさんと呼ばれています」
「夏樹です、よろしくお願いします。いつからここに、いたはるんですか」
「五月の十日だったかな。まあ、その話は夜にゆっくりとしましょう、早く下に行かないと、母さん・・、さっきの人、オーナーの奥さんね、あの人が大きな声で叫ぶから。とてもいい人なんだけど、仕事には厳しい人だから」
「はい、じゃ着替えますね」
 着替えを済ませてすぐに下へ降りて行った。
「マッさん、部屋の掃除が終わっていないみたいだから、そっちを先にお願いしますね。ナッちゃんにも手伝ってもらってね」
「了解しました。ナッさん、このエプロンを着て俺に付いてきてください」
「はっ、はい」
 松木に付いて三階の客室に向かい、渡された掃除機を部屋の隅から隅までをかけた。ちょうどかけ終わる頃に二人の女の人が、真っ白な新しいシーツを持って部屋に入ってきた。
「こんにちはぁ」
「新人さんですか・・・」
 二人とも大学生のアルバイトだろうか、夏樹よりも少し年下のようだ。
「新人・・・、二、三日だけ、ちょっとお手伝いをさせてもらうだけです。夏樹といいます」
「関西の人ですか」
「はい、そうです」
「ミッちゃん、話をしていたら遅くなっちゃうから、早くシーツを敷いちゃおよ」
「ごめんね、母さんに早くやって、料理の手伝いをお願いって言われていたんだ」


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2012.04.06 / Top↑
 二人はベッドの上に真っ白な新しいシーツを広げ、手際よくマットレスを包み込み、もう一枚の布団用のシーツを広げてその上に掛け布団を載せ、四隅に布団の角を合わせ、これまた手際よく包み込んだ。続けてもう一つのベッドも同じようにセットされていった。夏樹はその手際の良い作業に見とれていた。
「うまいもんやなあ、専門家ですか」
「えっ、アルバイトです。学生です」
「ミッちゃん、次の部屋に早く行こう」
「ごめんなさいね、今日は特別に忙しいの」
 二人は残りのシーツを持って次の部屋に行った。その部屋からさっきのアルバイトの学生の声が聞こえてきた。
「この部屋、まだ掃除機がかかってないじゃん。マッさぁん・・マッさぁぁん・・・」
 その声にはっと気が付き、掃除機を持って彼女たちの部屋に行った。
「すいません、すぐにやりますから」

 ひと通り部屋の掃除が終わるころに、数台の乗用車が玄関前に停まり、荷物を持った人たちが降りてきた。今日の団体のお客さんたちのようだ。夏樹はアルバイトでもお客相手の仕事をしたことがなかった。お客に対してどのような対応をすればよいのかわからず、無意識に後ずさりしてお客から見えないところへ隠れてしまった。
「いらっしゃいませ、お待ちしてましたあ」
「また、来ちゃった、よろしくね」
 厨房の奥の方からオーナーの奥さんである「母さん」が大きな声で出迎えた。たびたびここへ泊りに来る人たちのようで、親しい友の訪問を迎えるような会話を、母さんと数人のお客がお互い笑顔で語っていた。



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2012.04.09 / Top↑
「おっ、君は夏樹君だな」
 後ろから男の人の声が聞こえてきた。ここのオーナーのようだ。
「はい、そうです。オーナーですか・・・」
「そうそう、田山です」
「エプロンなんかして、なにしてるの」
「さっきまで部屋の掃除をしてました」
「掃除よりこっちを手伝ってほしいなあ」
 そう言うと軍手と長靴を渡された。
「それを持って外について来て」
 外は天気も良く遠くに雪が残った山が見える。建物の周辺はかなり広い範囲がペンションの土地だと教えてくれた。
「ここにゴルフ場を造るんだよ。面白そうだろう」
 広い牧草地の真ん中に周りより一段盛り上がったところがあり、明らかにその周りとは違った芝が植えてあった。しかしその半分はまだ赤土状態だった。
「この一輪車にこの芝を積んで、グリーンの所まで運んでもらえるかなあ」
 夏樹は今までに一輪車などを使ったことがなかった。うまくバランスを取らないと積んだものを落としてしまいそうだ。ふらふらとしながら、やっとグリーンまでたどり着いた。
「この続きに芝を並べてくれるかな」
 三十センチ四方ほどの芝のシートを順に土の上に並べていった。するとオーナーが丸太に二本の棒を取り付けた道具で芝の上をたたいていった。
「夏樹君はゴルフをやったことがあるかい」
「いいえ、ないです」
「俺はゴルフが好きなんだけど、高くてねえ。それでここにミニゴルフ場を造ることにしたんだ。グリーンはここだけだけど。ティーグランド、初めに打ち始めるところね、それは三か所作るから、一応三ホールと言うことなんだ」
 そんな話をするオーナーはとても楽しそうだった。


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2012.04.13 / Top↑
 順番にタイルを敷き詰めるように芝のシートを並べていき、なくなれば一輪車を押して物置に芝シートの束を取りに行った。そしてフラフラとしながらも、一輪車から芝のシートを落とさないようにグリーンまで戻ってきた。
「夏樹君はこれから北海道に行くんだって」
 オーナーが話しはじめた。
「北海道はいいなあ、俺も何年前だったかな、行ったことがあるけれど、広々として気持ちが良かったなあ」
「京都は大きなビルや工場は少ないですけど、人口だけは都会と同じようにいっぱい住んでますから、政令指定都市と言う都会です。そこで生まれ育った僕は広々とした大自然が憧れでした。二年前にも行ったんですけど、北海道での滞在期間は、たったの二泊三日でした」
「随分と強行スケジュールだねえ」
「フェリーが往復三十時間ずつかかりましたから、合計で五日間の休みは、あっと言う間でした」
「なるほど、それで仕事を辞めて、出てきたわけだ。まだ若いんだから、いろんなことにチャレンジしてみればいいさ」
「はい・・・」
 そのあとも陽が暮れるまで芝シートを敷く作業を、オーナーと二人で続けた。
 太陽が山の影に沈み、あたりが少し暗くなってきた。夏とは言っても東北の山間部の高原では、日没とともに涼しい風が柔らかく吹き、気温が急降下したようだ。作業を止めて一輪車などを片付け、ペンションの建物に戻った。玄関から階段を登ったテラス部分では、ドラム缶を立てに切って炭をいれたコンロでバーベキューが始まっていた。
「夏樹君、こっちはこの人達に任せて、君はこっちを手伝ってくれるかい」
「あつ、はい・・」


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2012.04.16 / Top↑
 夏樹はオーナーの後について厨房に入り、賄食の準備の手伝いをした。
「料理をしたことはあるかい」
「いや、インスタントラーメンぐらいしか作ったことがないですねえ」
「それは料理じゃないよ」
 今までに包丁を持ったこともなく、ましてや肉や野菜をフライパンで調理したこともない。手伝いと言っても賄の人数分の皿と茶碗と箸を、オーナーの指示する棚や引き出しから取り出し、皿は調理テーブルの上に並べただけだった。
 賄食ができるころに外のテラスでバーベキューの準備をしていた他のスタッフたちも厨房へ入ってきた。母さんだけはコンロについてお客の肉や野菜を焼いているようだ。
「腹へったあ」
 マッさんが大きな声で入ってきた。オーナーとマッさんと大学生のアルバイトの女子二人と夏樹は厨房の調理テーブルの周りに椅子を置き、夕食を食べた。
「ナッさんは京都の人なんですって」
 少し食べて腹の減り具合が落ちつてきたのか、マッさんが箸を止めて話を始めた。
「仕事を辞めてここへ来たのでしょ、俺と同じだね。やっぱりペンションとかを経営するのですか」
「いや、まだそこまでは考えてないです。旅が好きで取りあえず全国を回って、いずれは宿を作ってみたいなあって、おもてます」
「じゃあここでペンションのことを覚えようと、居候志願したわけですね。しかし、俺が先に来ていたから・・・、ごめんなさいねぇ」
「いや、別にマッさんが悪いわけじゃないですから」
「夏樹君が電話で話しているのを聞いていたら、あまりに熱心に語ってくれくものだから、うちでの居候は松木君に決まっていたけれど、どうせバイクで北海道に行くのなら、二、三日寄って行ってもらって話したいなあと思ってね」
 オーナーが微笑んで話してくれた。


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2012.04.19 / Top↑
「俺、ここの居候募集欄に『晴耕雨読』って書いてあったんですよ。この四文字に興味をもちまして、いったいどんな日々を過ごすんやろうって、それですぐに電話を掛けたんです」
 夏樹の箸は完全に止まってしまった。
「字の通り、晴れたら畑を耕して、雨が降ったら本を読むんだ。毎日のように大勢のお客が来てくれるわけもないし、一年中満室状態では、こっちの体が持たないし、それじゃあなんのために脱サラしてペンションを始めたのか、分かんないしね。それで今はゴルフ場を造るのが晴れた日の仕事さ、ちょうどいい時に夏樹君が来てくれて助かったよ」
 話をしているオーナーはとても楽しそうだった。その後も夕食を食べながら色々な話をした。オーナーの今までの旅の話し、マッさんがここへ来る前の仕事のことやこれからの夢の話し、夏樹も今までのことや、これからのことを話した。男三人で盛り上がっていて、大学生の女の子たちは微笑みながら聞いているだけだった。何の話をしている時だったか、五人が大きな声で笑っていたら、お客の肉と野菜をコンロで焼いていた母さんが厨房に入ってきた。
「どうしたの、大きな声で笑って、外まで聞こえちゃうわよ」
 母さんは微笑みながら言った。
「ああ、ごめん。肉焼きを母さんに任せっぱなしで。いま、俺が代わるよ」
 オーナーは自分の使った食器を洗い場に置き、外へ出て行った。交代した母さんは、自分の分の賄食を持ち、オーナーが座っていた椅子に座り、食べはじめた。
「ねえねえ、さっき、なんで盛り上がっていたの、随分と楽しそうだったけれど。マッさんの笑い声が一番大きく聞こえていたなあ、私にも教えて・・・」




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2012.04.22 / Top↑
 夏樹が関西弁で漫才のネタを少し披露したことで、そこにいた皆が大笑いしてくれたことを、まだ笑いの余韻が残っているマッさんが母さんに教えた。そのネタをもう一度話してほしいという母さんのリクエストに応えた。いま初めて聞いた母さんはもちろん、他の四人も大きな声で笑ってくれた。地元ではいままでに一度も面白い奴と言われたことのない夏樹は、うれしいような、こそばゆいような、変な気分だった。
 食後の食器洗いをマッさんとアルバイトの女の子、そして夏樹で手際よく済ませた。と言っても夏樹は洗い終わった皿を数枚拭いただけである。
 今日の宿泊者の夕食バーベキュウが終わるまで、マッさんたちと四人で厨房の椅子に座り、話を続けた。今度は大学生の女の子たちも色々と話してくれた。このペンションの近くで生まれ育った幼馴染という二人は、地元の別々の大学に進学し、週末の休みを利用して実家の近くのペンションでアルバイトしているのだそうだ。
「えっ、と言うことは、今日は何曜日なんや。旅を始めて今日で四日目で、家を出たのが・・・、たしか水曜日やから・・・」
 夏樹は右手の親指からをゆっくりと折り曲げて数えはじめた。
「今日は土曜日ですよ」
 大学生の女の子の一人が言った。
「そうやね、土曜日やね。ほな明日はもう家に帰らはんの?」
「はんの・・・って、どいう意味ですか」
「ええっと、標準語はよう喋らんのやけど・・・、帰るのですか、そうそう、これや」
 なぜかマッさんが大きな声で笑った。
「やっぱりナッさんは面白いねえ」
「そうかなあ、おもろいって、言われたことないんやけどなあ」
 今度は大学生の女の子も一緒に笑った。


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2012.04.26 / Top↑
 宿泊者のバーベキューが終わり、その片付けをオーナーと母さんも含めみんなで手際よく進められた。ただ、夏樹は何をやれば良いのかよくわからず、マッさんの後に付いて皿を洗い場へ運び、マッさんと二人でコンロの炭を消すために耐火仕様の手袋を着けてテラスの下に運び、古い炭が入っている缶に炭を移し蓋をした。そのころには厨房の片付けも終わっていた。
「うわぁ、星がきれいやなあ。こんなにいっぱいの星を見たんは、初めてかもしれへんなあ」
「ここは山が近いし、標高も高いから天気が良ければいつでも空一面に星が見えるよ」
「すごいなあ、星が多すぎてどれが北斗七星かわからんなあ」
「あっちが北だから、あれじゃないかなあ」
 マッさんが指で柄杓の形をたどるように示した。
「うん、そうみたいやねえ カメラを持ってきてもええやろか」
「厨房も片付いたから、いいんじゃない」
 建物の明かりが届かない場所でカメラを三脚にセットし、空にレンズを向け、数秒の間シャッターを解放にした。今のようなデジタルカメラではなくフィルムカメラだ。写し終わったフィルムは実家に郵送し、現像とプリントを頼んである。今回の星空も数か月後に帰るまでどのように写っているかわからない。
「ちゃんと写ってるかなあ」
             
                    星空

山が近く標高もそれなりに高いこの場所は、六月とは言っても陽が落ちると気温がかなり下がる。半袖のTシャツ一枚では寒く感じる。一枚だけ写真を写してカメラを三脚から取り外した。
「ナッさん、部屋に行かないかい、外はもう寒いだろう。片付けは終わったよ、あとは自由時間だから。風呂にも入れるよ」
 マッさんが玄関から大きな声で夏樹に言った。



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2012.04.30 / Top↑
 部屋に戻りマッさんに教えられて風呂へ向かった。再び部屋に戻ってタオルを干し、荷物を整理してから今日の出来事をノートに書き留めていた。
「何を書いているの」
 夏樹の後ろから音もなくマッさんが話しかけてきた。
「ああ、びっくりしたなあ、もう。いつの間に来たんですか」
「たった今。別に脅かそうと思って静かに入ってきたわけじゃ、ないんだけどなあ」
 そう言ってマッさんは夏樹に缶ビールを渡してくれた。
「おぉきにぃ。あれ、見たことのない缶やけど、これって日本のビールやないのとちゃうか」
「そう、アメリカのバドワイザーさ。ここの居候は三食と寝るところと、一日一本のバドワイザーをつけてくれるんだ」
「これって輸入品やから、ちょっと高いのとちゃうの」
「お客さんにも出すビールだから大量仕入れをして、少しは市販より安いんじゃないかなあ」
「へえ」
「日本の田舎のペンションだけど、日本らしくない高原の風景の中の洋風の宿で、普段とは違うものを味わう、オーナーのちょっとしたこだわりらしいんだ」
「なるほどねえ。・・・ああ、美味しいわ」
 缶ビールを飲みながらマッさんの話を聞いた。ハムを作る工場で働いていた彼はそこで培った技術を活かして、自家製のハムや燻製を出せるような店をやりたいというのだ。宿にはこだわっていないようだ。
「ここのような高現地帯のリゾート地の宿などにも卸せればいいなあ」
(たまたまなのだが、彼が夢を実現したことをネットで知った)
「ナッさんはどうなの、ペンションをやりたいの」
「いやあ、ペンションがどのようなものなのか、あっちこっちを見て歩いているところで・・・、でも俺みたいな旅好きが気軽に集まれる宿ができたらいいなあって、今はまず、俺がその旅の途中っていうところかな」


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2012.05.03 / Top↑
 マッさんと夏樹は一本のバドワイザーをほぼ同時に飲み終えた。
「じゃあ、寝ましょうか」
「まだ、十時を少し過ぎただけですよ」
「朝は五時半に起きて朝食の準備がありますから。それに今日は久々にお客さんがいっぱいで、疲れちゃったからね、早く寝ます」
「そんなに早く起きるんですか」
「ナッさんは寝ていていいですよ」
「ええ、いいんですか」
「と言っても七時には起きてください、食べ終わった皿とかを下げる時は手伝ってほしいので」
「了解しました、マッさん」
「片付けの後はまた芝張り作業が待っていますから、今日はゆっくり休んでおかないとね」
 缶ビール一本を飲めばいつものように顔は赤くなっていたのだろうか、急に眠くなってきた。そういえば今日は朝から雨の中をバイクで走り、ペンションに着いたら慣れない土木作業をやり、体も疲れているのだろう、寝床に入るとすぐに寝入ってしまったようだ。
 翌朝、目が覚めたときには、隣のベッドにマッさんの姿はなく、時計はちょうど七時だった。部屋の中に明るい陽が差し込み、気持ちよく目が覚めた。着替えを済ませ顔を洗い、厨房へ降りて行った。ちょうど朝食を出し終わり、オーナーをはじめスタッフ全員がコーヒーを飲んでいた。
「おはようございます」
「ナッさんおはよう」
 母さんが大きな声で言ってくれた。その声につられるように他の人たちも声をかけてくれた。
「はい、まずモーニングコーヒーをどうぞ」
 オーナーがカップを差し出してくれた。
「おぉきにぃ、ありがとうございます」
「関西弁はいいねえ、なんとなく優しく聞こえて」
 母さんが言った。
「そうですかあ、ドラマとかではちょっと、きつい感じがしますけど」
「ナッさんの話し方がええのかなあ」
 少しだけ母さんが関西弁をまねて話した。それを聞いて夏樹以外のスタッフたちが微笑んだ。和やかな朝のひと時となった。


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2012.05.06 / Top↑
 ペンションでの二日目は客室の掃除を少し手伝い、オーナーと芝生張り作業にとりかかった。天気が良く少し動けばジワリと汗が出てきた。一輪車に芝の束を乗せ、小屋からグリーンまでの往復を何回しただろう、慣れない作業だからか足腰に痛みが出てきた。
「夏樹君、だいぶくたびれてきたようだねえ、腰が少し曲がってきているし、歩くのも遅くなってきたんじゃない」
「ちょっと腰がねえ・・・」
 押していた一輪車を止め、大きく背伸びをし、腰を伸ばした。
「そんなに重いわけやないんやけど、一輪車がいまだに思うように押せなくて、くたびれてきましたは」
「じゃあ、少し休もうか、ちょうど十時になるころだし」
 ペンションに戻り玄関のテラスの椅子に座り、冷たいお茶をいただいた。
「もう少しで出来上がるなあ。今日中には全部の芝生を敷き終えることができるよ。そして、一週間も寝かせておけばゴルフができるよ」
「えっ一週間後やないとできないんですか、俺はできひんのかあ」
「ああ、別にもう少しここにいてもいいよ」
「でも北海道に行って、会う約束をしているところもあるしねえ」
「いずれ北海道から京都へ戻るときがあるんだろ、その時にまた寄ればいいじゃないか、その時までに今以上に整備しておくよ。こんなに手伝ってくれたし、君にはここでプレーをする権利があるんだから」
「ありがとうございます、秋にはまた寄れると思います。その時を楽しみしています」
 予定通りこの日のうちにグリーンの芝は張り終わり、丸太に二本の棒を付けた道具で軽く芝の上を叩いて芝を整え終えたころには、陽が山に隠れそうになっていた。


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2012.05.10 / Top↑
 ペンションで居候としての二日目は、泊りのお客さんが二組四人だけ。カレンダーをよく見るとこの日は日曜日だった。明日は月曜日だから泊りのお客さんは少ないのだそうだ。月曜日に休みが取れる人は床屋さんか、学生ぐらいかな。
 夕食後にオーナーと母さんとマッさん、そして夏樹の四人でゆっくりと話ができた。男三人はバドワイザーを片手に持っていた。大学生の女の子二人は今日の昼過ぎに実家に帰って行った。
「ナッさんはなぜ仕事を辞めてまで旅に出たの」
 母さんはお茶の入った湯呑を片手に持ちながら言った。
「後悔したくなかったんです。もう少し年を取って結婚して、子供ができたら二度と自由気ままに旅をすることはできひんでしょ。今しかできないことやから、今やろうと思ったんです」
「今しかできひんことねえ・・・」
「母さん、その変な関西弁はやめた方がいいよ・・」
「だって、うつっちゃうんだもの。マッさんはうつらないの」
「まあ、今のところは」
「まあ、ええやないですか、どこへ行ってもうつる人はいるみたいやから」
 昨日の夕食後に母さん以外の人たちと話したことを少し話し、その続きのような内容の話を四人で話した。ほとんど旅の話しばかりで、そんな話をしていると、時間が経つのは早く、食堂にいた二組のお客さんは、いつの間にか部屋に戻ったようだ。明朝もそんなに早く起きる必要もないからと言って、オーナーが二本目のバドワイザーを出してくれた。
「ナッさん、顔が真っ赤だよ」
「マッさんも結構赤くなったはるやん」
「なったはるやん・・・」
 母さんも一本目のバドワイザーを持っていた。


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2012.05.12 / Top↑
 翌日も良い天気で、朝から快晴となった。今日の土木作業は昨日に芝を張り終えたグリーン以外の草刈り、芝刈りをやった。オーナーがモーター付の手押し芝刈り機で、ティーグランドからグリーンまでの芝を同じ幅で刈って行った。刈った芝を夏樹が熊手で掻き集め箱に詰めて敷地の端の方へ投げる作業の繰り返しとなった。
 午後からはマッさんも加わり少しは作業の進み具合が良くなったと思っていたら、オーナーが他の用でいなくなり、マッさんが芝刈り機を操作した。結局のところ夏樹は午後からも刈られた芝を掻き集め、箱に詰め、敷地の端の方へ持っていく作業となった。
 それでも楽しかった。マッさんとは年も近いからなのか、気が合い昔からの友と遊んでいるかのように接することができたし、接してくれた。芝刈りをしながら時々手を休めバカばなしをしたり、ふざけてさぼったりした。でも誰に怒られることもなく、日没が近づくころにはオーナーも加わり、楽しくさぼりながら作業を進めた。

「ええ、明日に帰っちゃうの、もう少しいなよ」
 夕食の時に母さんが少し大きな声で言った。
「しょうがないよ、夏樹君にも予定っていうものがあるだろうから」
 オーナーが間に入って言ってくれた。
「そんなに北海道に行きたいの」
「一応ですね、ここでの居候募集に断られたのですから、二、三日だけお世話になったら北へ向こう予定で計画を立てていましたんで」
「どんな計画なの」
「えっ・・・、ええとですねえ、とりあえず津軽半島の竜飛岬に行って、青森から青函連絡船で北海道に渡って、それから・・・、そうそう、アリスファームに寄る約束をしてます」
「アリスファーム?」


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2012.05.14 / Top↑
「アリスファームなら俺も知っているよ」
 オーナーが言った。そこにいる人と親交があるらしく、いいところだと話してくれた。
「アリスファームのことを書いた本を読んで、あそこで少し滞在することができないかと、直接電話したんですよ、そしたら短期間と言うのはちょっと難しいと言われて、いずれ北海道へ来るのなら寄って下さいって」
「あそこはいろんな人を受け入れてくれたのだけれどなあ」
「なんか、そういう人が多いみたいで、俺みたいにちょっとだけなんて言う中途半端なのはあかんみたいなんですよ」
「家具を作ったり、農業したりして、自給自足している人たちでしょ」
 マッさんも少しアリスファームのことを知っているようだった。
「本を読んでなんとなく、漠然とやってみたいなあと思っただけですから。まあ、ちょっと体験してみたかったんです」
「まあ、とりあえず行って、いろいろと話をして来ればいいさ。そして、北海道から帰ってくる時はまた、ここに寄って行ってよ、その時は・・・」
「ちろんゴルフを一緒に、教えて下さいね」

 明朝、母さんがお昼用におにぎりと漬物を少し入れた弁当を渡してくれた。
「もうちょと居てくれば良かったのに、この週末もまた団体さんが来るから、手伝ってもらえると思っていたのに」
「すんません」
「帰りにはまた、寄ってね。必ずね」
「おぅきに、ありがとうございます」
 皆さんに惜しまれながら旅立てるなんて、とても幸せな気持ちでバイクに荷物を括り付けた。とてもいい人たちと出会うことができた。
「では皆さんありがとうございました。必ず、また来ます・・・、来てもいいんですよね」
「もちろんだよ。色々と手伝ってもらって、ありがとうね」
 オーナーと母さんとマッさんが笑顔で見送ってくれた。



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2012.05.20 / Top↑
 国道112号線を来たときと同じ道順で国道7号線へと向かう。天気は快晴。安物とは言っても合皮ジャンパーを着ていると少し汗ばむほどに熱気を感じる。緩やかなカーブを右へ左へと曲がるたびに見える山の姿が変り、頂には雪を残した標高の高い山の麓付近は、新緑の緑が日差しに照らされて綺麗だ。何とも心が落ち着く風景である。いつまで見ていても飽きない情景だった。
 国道7号線に出ると海が近くなったことで標高がゼロメートルに近づき、山沿いの道を走っている時よりも気温の上昇を感じるようになった。首元に巻いていたレーヨン100パーセントの、これまた安物のマフラーをバッグにしまい、少し冷たい風を首元に流して走った。

 鶴岡からは国道7号線を北上し、酒田で海が見えてきた。ここからは日本海沿いをさらに北へ走る。初夏の快晴の太陽に照らされた海はどこまでも青く綺麗だった。冬の海ほどではないけれど、太平洋の今頃の海の青よりも濃いような気がする。
 月山から七十キロほど走ったところで秋田県に入った。ここからもずっと日本海沿いを走る。県境を超えてから三十キロほどで西目町に入り、ちょうどひる時となった。海岸に降りコッヘルでお湯を沸かしながら、ペンションでいただいたおにぎりを食べることにした。沸かしたお湯でティーパックの紅茶を飲み、一人で海を眺めた。

                 西目の海岸

 なぜおにぎりに紅茶なのか。当時、緑茶やほうじ茶などの日本茶のティーパックはなかったように思う。本当はコーヒーが好きだったのだが、ブラックが飲めず砂糖とミルクも必要になってくる。荷物が多くなると面倒なので、荷物にならず簡単な紅茶のティーパックを持ち歩いていた。もちろんストレートティーである。

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2012.05.24 / Top↑
 どこまでも続く砂浜の海岸には夏樹の他には誰の姿も見ることはなかった。六月初旬の海ではまだ海水浴は早いのだろう。冬はとても雪の多い東北地方の夏とはどの程度の気温になるのか、海水浴ができる期間はどれくらいなのだろうか。そして今日は夏休み前の平日だ、こんな時間に海へ遊びに来る人はいないだろう。
 
 本荘市を過ぎると海岸から国道までの数十メートルの間に、防風林が何キロも続いた。どの木も陸側へ大きく傾き、冬の海からの風の強さを計り知ることができる。北西の強い風と共に雪も横殴りに降ってくるのだろうか、雪の少ない土地に育った夏樹は、なぜかワクワクと想像力を膨らませていた。
 防風林の姿がなくなったころから民家や商店などが増え、交通量も増えてきた。秋田県の県都、秋田市が近づいてきたようだ。右に国道13号線の標識のある交差点は、都会らしく車線も多く、今までより数倍の量の車が行き交う。左手に海は見えなくなり民家と海運事業所の倉庫群の間を、周りの車の流れに合わせてさらに北へ走った。少しづつ交通量が減り、民家などの建物も少なくなってきた。秋田市を越えて次の町に入ってきたのだろうか。
 間もなく左に男鹿半島の標識が見えてきた。中学校の地理の時間を思い出した。
「秋田には男の鹿で『男鹿(おが)半島』、宮城には牡の鹿で『牡鹿(おじか)半島』、読み方を間違わんように」
 地理の授業なのに漢字の勉強をしているような先生の話が、頭の中に強く残っている。その『男鹿半島』である。行かないわけには、いかないだろう。


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2012.05.29 / Top↑
 国道7号線から北西へ向かう。しばらく走ると海が見えてきた。緩やかにカーブを描き半島の先端部分へ向かって綺麗な海岸線が続いている。船川と書かれた辺りからは波に削られてできた荒々し岩肌が現れ、入り組んだ海岸線が続いた。山からすぐに海があり、道幅も狭く上り下りしながら急カーブもところどころにあった。
 やがて視界が広がり男鹿半島の先端、入道崎の灯台が見えてきた。道路から海までは緩やかな草地が広がり、その真ん中に灯台がそびえていた。海の反対側には道路に沿って観光地らしい食堂や土産物屋が並んでいた。
 入道崎灯台の近くに「北緯40度の地 入道崎」と書かれた石碑があった。日本国内で北緯が切りの良い数字の緯度は、秋田、岩手の両県を通る北緯40度と、鹿児島県屋久島の南に位置する口之島の北端をかすめる北緯30度だけである。北緯40の秋田、岩手両県の冬は雪が多くとても気温の低い地域だが、世界的に見るとスペインのマドリードやアメリカのニューヨークなど日本の同じ緯度の地域より温暖な印象の所が多い。フランスのパリなどは北緯48度と札幌の43度より北に位置するのだ。ところ変われば何とかで、地球は広いと改めて知らされた。

          入道崎

                     入道崎2

 入道崎を出発してすぐに崎周辺の広々とした草原地帯は姿を消し、海からすぐに山になる崖沿いの狭い道路になった。県道から国道101号線に入ると緩やかなカーブを描いて北東へ海岸線が伸びる。
 干拓される前は琵琶湖に次ぐ広さを誇った八郎潟を横切り、干拓してできた大潟村を通り能代市に入った。陽がだいぶ傾いてきたので今日は海にほど近い林にテントを張ることにした。テントを張れそうなところの目ぼしを付け、再び国道に戻り「寿し」の大きな看板が掲げられているが、手書きの品書きには「焼肉定食500円」などの寿司屋らしくないメニューが数枚張ってあった。

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2012.05.31 / Top↑
「こんにちは」
「いらしゃい。ライダーさんだね」
「はあ、こんな恰好をしてたらすぐにわかりますかあ」
「関西方面から来たんすな」
「早い、こんな早くに関西人やって、ばれるのは初めてかも」
「うちにはねえ、おたくさんみたいなライダーさんが、ちょくちょく寄って行ってけるもんでね」
「・・・」
「ちょっと訛ってて、わがんねえか」
 店主はにこにこと笑顔を絶やさず話をしてくれた。初めて東北弁を聞いたように思う。
「ここって寿司屋さんですよねえ、けど焼肉定食もあるんですかあ」
「こんな田舎だからねえ、いろんなことをやらないと、食っていがれねぇのよ」
「じゃあ、その焼肉定食をお願いします」
「はあい、少々待ってたんせんなぁ」
 店主はそう言って奥の厨房へ入って行った。四人掛けのテーブルが六セットだけの小さな店だけれど、夏樹の他には客の姿はなかった、夕食時には少し早いのかもしれない。
「お待たせしました、焼肉定食です。ちょっとサービスしといたから」
「おぉきにぃ、ありがとうございます」
「兄さんは今日の泊りはどこなの」
「その辺の松林にテント張って野宿をしようかと」
「いいねえ、どこでもテントを張れるよ。明日の天気も良いみただし、それにアベックの乗った車も時々入って行くみたいだから、面白いかもねあ・・・」
「はあ、アベックの車ですか」
「松林を抜ければ海だからね、最高のデートコースだべ。月夜なら海が綺麗なんだよ」
 店主はとても楽しそうに話をした。夏樹はその話に気を取られ、なかなか箸が進まなかった。海の方からの西陽が店全体を照らし、すべてのものがセピア色になって見えた。

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2012.06.04 / Top↑
 夏樹が食べ終わるまで他に客は来なかった。店主はなんとなく色々なことしながら夏樹に話しかけてきた。しかし東北訛の方言が遠慮なく飛んでくるので時々何を言っているのか分からなかった。前後の文章の繋がりを分析して適当に相槌を打ったり、返答したりしていた。そんな会話をしていて少しだけ悔しい思いになったのは、夏樹の喋っている関西弁のほぼ全部の言葉を、店主が理解しているということだ。
 夏樹も遠慮なく関西弁で話しているのだけれど(もともと関西弁の他の言葉を話すことはできない)、何を言ったのか分からないそぶりを見せることはなく、夏樹の質問に対して適切な返答が帰ってくるのだ。お笑い芸人などの影響で関西弁は聞きなれているのだろうか。
「ごちそうさまでした。おやじさん。この辺にを売っているところはありますか」
かあ、もう少し北の方へ行けばスーパーがあっから、あそこに行けば何でもあるべぇ」
「スーパーですか、わかりました、行ってみますわ」
 焼肉定食の代金五百円を払いヘルメットを持って店を出た。
「そのあたりの松林でテントを張るんだっけか、朝方は少し寒いから、風邪をひがねぇようにな」
「やっぱり寒いですか」
「びゃっこな・・・」
「はぁ・・・」
「少しだけ・・だ」
「はあ、ちょっとだけね、わかりました。おぉきにぃ、ありがとうございます。では」
 面白いおじさんだった。もう少し話を聞いてみたかったけれど、陽が暮れるまでにテントを張ってしまうために、少し北にあるというスーパーへ向かった。


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2012.06.08 / Top↑
 現在はコンビニエンスストアーと言うものが全国どこへ行ってもあり、どこも二十四時間営業で、とりあえず何でも売っていて日々の生活には何の不便もない。最近では野菜や肉などの生鮮品まで売られている。しかし、この旅のころ(二十数年前)にはコンビニエンスストアーは都市部にしかなく、二十四時間営業もしていなかったと思うし、店の数もそんなに多くはなかった。ましてや東北の田舎に出店されたのは比較的最近で、(セブン何とかなどは今月、県内に初オープンとなった)当時はその土地にしかないスーパーマーケットのような店が、その町の買い物の中心だったりした。閉店時間は午後六時と言うところがほとんどだった。
 焼肉定食もある寿司屋の店主に聞いたスーパーは、国道を少し北へ行ったところですぐに見つけることができた。平屋建ての白を基調にした建物は、周辺の商店より少し洒落た雰囲気を作っていた。店先には特売の野菜や生活雑貨が、大きな手書きの値札とともに置かれていた。酒を売るコーナーは、店の奥の方に牛乳などの乳製品や清涼飲料水などとともに冷蔵用の棚にあった。缶ビールを二本手に取り、すぐ向かいの棚の珍味コーナーから「さきいか」の袋を一つ持ちレジに向かった。その時、寿司屋の店主と同じような訛の言葉が夏樹に聞こえてきた。
「兄さん、いまから、どさいぐのよ」
「・・・」
「ヘルメットを持ったカッコいい兄さんだよ」
「おれですか、何か・・・」
「この辺の人じゃねえなぁ、ええと、今からどこへ行くのですか」
「道路の向こう側の林にテント張って、野宿をします」
「ええ、あんたとこで、野宿なんがすんのかぁ・・・・」
 ねじり鉢巻きをした魚売り場のお兄さんだった。

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2012.06.10 / Top↑
 魚屋の兄さんが何を言ったのかよく分からず、返答もせずにポカンとしていた。
「・・・、あんな何もないところにテントを張って野宿をするのかい」
 丁寧に分かりやすく話してくれた。
「はい、そうですけど。天気も良いみたいだし、明日も晴れそうなので、宿にばかり泊まっていたらお金が続かへんからねえ」
「まあ、気をつけてな、俺にはできねえことだからよぅ」
 魚屋の兄さんはとても不安気な顔になり、夏樹も少し怖気づき不安になった。
「もしかして、何かがれるとかって言うんやないでしょうねえ」
「いや、別に何も出ねぇし、近くに墓地があるわけじゃねぇけどよ、墓どころか民家も店も、なあんもねぇど。クマは出ねぇとは思うけどよ、イタチやタヌキならでるかもしれねえなあ。野良犬が出てくるかもしれねぇなあ。だから、十分に気をつけてな」
「あっはあ、野良犬ですかあ。おうきにぃ、きいつけますぅ」
 テントを張るのにちょうどよいであろう場所にもどり、バイクから荷物を降ろしテントを広げた。陽はほぼ真横ぐらいまで傾き、防風林の隙間から陽の光が揺れながら夏樹とバイクを照らした。テントを張り終え荷物をテントの中に片付け、上着の合皮ジャンパーだけを脱ぎテントの入口付近に腰を下ろした。陽は水平線の下へ潜り込んだのか、林の隙間から光が差し込んで来なくなっていた。しばらくすると林の隙間の陽が差し込んできていた方が紅く染まっていた。
 一本目の缶ビールの栓を抜き、半分ぐらいのビールを一気に流しこんだ。
「ああ、うまいなあ」
 思わず大きな声で言ってしまった。もちろん周りには誰もいないのだけれど、少しだけ照れくさい自分が可笑しかった。



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2012.06.12 / Top↑
 松林の向こうに見える紅く染まった空を眺めながらゆっくりと残りのビールを飲み、時々「さきいか」を口に運んだ。自然の中でたった一人、暮れゆくこの日を楽しんだ。一本目の缶ビールを飲み終えバッグの中からノートを取り出し、今日の行動を書き留めた。日記というより一日の行動内容をメモ書きのように綴った。たった一本の缶ビールで少し酔ってしまったのか、時おり眠気に襲われながら月山を出発してからの行動が思い出した。
「寿司屋のおやじさんも、魚屋の兄さんも面白い人やったなあ。東北弁はちょっとわからんかったけど」
 ノートのほぼ一ページにわたり今日の行動を書き終えたころには、あたりは真っ暗になり、テントの中に吊るした電池式ランタンだけが頼りの明かりになっていた。陽が沈んだころは気温も高く少し暑いぐらいだったが、真っ暗になった今は急激に気温が下がり、今までよりも風が強く吹いてきた。合皮ジャンパーを再び羽織りテントの出入り口のファスナーを閉めることでちょうど良い気温になった。テントの外は寒いぐらいだった。
「まだ八時前やんか、ラジオで野球の中継でもやってへんかな」
 AMしか受信できない小さなトランジスターラジオを取り出し、チューニングを合わせた。京都にいるころもそうだったが、夜になると韓国語の放送がとてもよく聞こえるようになる。色々な電波が入り乱れ、せっかくチューニングを合わせても他の電波が強くなり、聞こえなくなってしまうことがよくあった。しばらく我慢して待っていると元の電波が復活してくるのだが、待ちきれずに他の局を探してしまう。結局、地元のNHKが一番よく聞こえるのだ。残念ながらNHKでは野球中継は放送していなかった。


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2012.06.15 / Top↑
 ラジオで野球も面白い番組も放送していなかった。仕方なくスイッチを切るとテントの外からさまざまな音が聞こえてくる。
「ザザザッザッー」
「ギギッギッギー」
「ビィービィュー」
「ザワザワ、ザザザザワー」
 鳥か獣か風か、今までに聞いたことのない音、声、叫びが四方八方から夏樹に向かってくるように聞こえてくる。なんだか急に怖気付いてきた。クマはいないと思うけど、野良犬はいるかも、と言う魚屋の兄さんのことを思い出した。ほろ酔い加減で気持ち良く睡魔が襲ってきていたのに、いっぺんに醒めてしまった。二本目の缶ビールの栓を慌てて開け、一気に飲み干し、寝袋を被って横になった。
 どんなに早く缶ビールを飲み干したと言っても、すぐには酔いが回っては来ない。同じように睡魔も襲っては来なかった。ひとたび恐怖を感じてしまうと、今までと同じように聞こえているはずなのに、恐怖をますます大きく膨らませて感じるようになる。
 テントのすぐそばに何かの獣がこちらの様子を伺い、襲いかかるタイミングを計っているのではないか、数匹の野良犬がテントの周りをゆっくりと回っているのではないかと想像力ばかりが膨れ上がっていた。そんな想像から生まれた映像が、いつの間にか夢の世界に入って行ったようで、身体全体に薄っすらと汗をかき暑さで目が覚めた時には、テントの外は明るく陽の光でテントの中の気温も上昇しているようだった。
「いつの間にか寝てしもたんやなあ。いやあ、情けないけど、怖かったなあ。キャンプ場なら、一人でいてもこんなに怖くはないのとちゃうやろか」
 二度とキャンプ場以外ではテントを張らないことにしようと誓った。

              能代付近の松林



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2012.06.18 / Top↑
 六月十二日。旅に出て九日目、秋田県能代付近の海沿いは快晴だ。夜中に聞こえていた奇怪な物音のことなどすっかり忘れ、お湯を沸かし紅茶と昨日のスーパで買ったあんぱんで朝食を済ませた。今日は竜飛岬を目指し、それからどこまで行こうか、まだ決めていない。
 キャンプをした松林から国道101号線に戻り北へ向かった。すぐに海沿いを走るようになり空の青と海の青が眩しかった。
 海岸からすぐのところに道路と単線の線路が並んで北へ向かっている。この線路は能代から青森県の日本海沿岸を北上し津軽半島のつけ根あたりから青森市へ向かう五能線だ。何回か立体交差になっているところがあり、線路の近くを走っていたのだが、列車を見た記憶が残っていない。(二十数年前の記憶なので、かなりあやふやではある)
                   深浦付近

 停まっていると夏に近づいた日差しが暑いが、バイクを走らせると首元を通り過ぎていく風は少し冷たい。暦の上では夏だ、合皮のジャンパーに皮のモトパンにマフラーは暑苦しい姿だが、バイクを乗るにはこれぐらいでも寒さを感じることがある。北国の本当の夏はまだまだ先のようである。
 深浦に入ると大勢の人が沿道に出ていた、消防署員か地元の消防団員が整列して横一列に並んでいる横を、何があったのか分からないままバイクで通り過ぎていった。なんとなく気持ちの良い瞬間だった。
 整列した消防関係者の横を通り過ぎてしばらくして目の前に横断幕が現れ、大勢の人たちが沿道に出ていた理由がようやく分かった。復元された北前船(ネットで検索すると「辰悦丸」が兵庫県で復元され、当時の寄港地を廻って北海道の江差まで行ったそうだ)が深浦の港に寄港していたのだ。

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2012.06.23 / Top↑
 中学生のころの地理の時間だっただろうか、太平洋側を表日本、日本海側を裏日本と習った記憶があるが、北前船が往来していたころは、太平洋側よりも日本海側の方が賑やかで活気があったようだ。国に表と裏と言う表現は好きにはなれない。どうも首都東京を中心にしての考え方が好きになれない。関西人のエゴか傲慢か、それとも圧倒的な強さと大きさに対する劣等感からくる、あきらめなのだろうか。
 地図で確認すると、深浦を過ぎしばらく行くと国道は西へ向かう。同じように線路も西へ走り、青森へ向かう。鰺ヶ沢が津軽半島の付け根あたりになる。鰺ヶ沢から二〇キロほどで五所川原に着いた。本日のここまでの距離は百キロほどだが、まだ九時を少し過ぎたころだった。キャンプをするとユースホステルのようなところに泊まった時より朝の出発時間が早くなる。そのため一日の走行距離が稼げるから、気持ちにも余裕が持てるようになる。すぐ目の前の弘前に寄ることにした。津軽の城下町、なんとなく耳に残っている地名だった。
 五所川原から右に曲がり弘前方面へ向かうと、田んぼやりんご畑が広がり、その先には頂に少し雪を残した岩木山が見えた。津軽富士の異名を持つこの山は、裾野を大きく広げ勇壮で津軽を象徴する山のようだ。

               岩木山

 弘前市内に入りまずは弘前城を目指す。ここは五月のゴールデンウイークのころが桜の満開になることで有名だ。道路から天守閣を眺めてゆっくりと走っていると「弘前ねぷたの館」を見つけた。この地の祭りは大きな山車を引きその周りで皆が踊りながら参加できると言う印象が頭の隅っこに残っていた。入館料も安いので、まずは少しでも祭りを経験することができればと入ることにした。


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2012.06.27 / Top↑
 弘前市「ねぷたの館」には夏樹以外の入館者がいなかった、平日の午前の時間帯に観光に訪れる人は少ないようだ。江戸時代に作られた「ねぷた」から現在のものまでの実物が展示されていて、ねぷたが綺麗に浮かび上がるように薄暗くしてあった。どこにスピーカーが置かれているのか、祭りの時の太鼓の音が流れ「ヤァー、ヤァー、ドー」の掛け声が聞こえてくる。夏樹の心の声が「なんか、ちょっとちゃうなあ・・・」おそらくテレビの旅番組を見たときの記憶と違っていたようなのだ。その時だった優しい女性の声が聞こえてきた。
「いらっしゃい。お一人でバイク旅行中ですか」
「は、はい」
「あっちに本物の太鼓がありますから叩いてみませんか」
「ええっ、ええんですか」
「リズムは簡単ですから、すぐに叩けますよ」
『ドドン、ドドン、ドドンドン』
 こんな感じだったかな。しかし、なかなか教えらたようには叩けなかった。年齢的には夏樹より十歳以上は年長のお姉さんに手を添えられて教えてもらったのだが・・・。
「あのう、威勢のいい掛け声とともに踊らないんですか」
「それは、おそらく青森の「ねぶた」のことでしょう」
「同じやないんですか」
「弘前は『ねぷた』青森は『ねぶた』なんです」
「ぷとぶですか」
「青森の『ねぶた』は『ラッセーラー、ラッセーラー』の掛け声とともに山車の周りで踊りますね」
 ようやく夏樹の心のどこかにあったわだかまりのようなものが無くなった。旅番組で見たかすかな記憶は青森の『ねぶた』だったのだ。
「この館の向かいに武家屋敷が保存ざれ、公開されていますが、ここには雪国の特長も残しているのです」
「なんですか」
「歩道に屋根が付いているのです。人が歩くところには雪が積もらないようになっているのですよ。時間がありましたら、そちらも見て行って下さい」

                     ねぷたの館


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2012.06.30 / Top↑
 ねぷたの館のすぐ近くに武家屋敷などの古い建物が並んでいた。先ほどのお姉さんが言っていたように、歩道に木造のアーケードが張り出していた。街の商店街にあるようなアーケードではない、建物の一階部分の延長ほどの高さしかなく、歩道の幅も人が行き違うのに支障がない程度の広さなのだ。雪が珍しい所で生まれ育った人間には、この屋根の役割がどの程度のものなのか、計り知ることはできない。
 バイクに跨り再び北へ向かった。目指すは「竜飛岬」。津軽海峡と言えば冬景色、そして竜飛岬。連想ゲームのようだが(若い方には分かりませんかねえ)それだけ深く印象が残っているあの歌に出てくる「竜飛岬」はいかなる最果ての地なのか、とても興味津々である。
 五所川原から国道339号線を走る、地図で確認すると津軽半島の中心部を北上する道路で、十三湖の湖畔を通り日本海側に出て、竜飛岬に向かうようだ。
 この日は朝からずっと天気が良く、合皮ジャンパーは少々暑苦しい。
 
                津軽半島から日本海


 十三湖の湖畔を通り抜け、日本海が見えてきた。真っ青な海とそれに負けないぐらいに真っ青の空が夏樹の目の前に広がった。海が見えた途端に潮風が心地よく吹いてくるのを感じるようになった。今まで暑苦しく重い気持ちが軽くなったのもつかの間だった。小泊を過ぎまもなく竜飛岬というあたりだろうか突然、工事中の看板が行く手を遮った。六月十五日まで工事による通行止めと書いてある。あと四日後には通ることができたのに、残念だが小泊まで戻り県道を今別町三厩に向かい竜飛岬に向かうこととなった。

                観音崎
                      《小泊岬》
             


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2012.07.03 / Top↑
 目の前に海が広がり三厩村(現在は町村合併に伴い外ヶ浜町になった)に入ったようだ。木が生えていない山が海岸まで迫り、海岸ぎりぎりのところに家が建っていた。
 快晴なのだが海には白いものが漂い、下北半島は(写真では確認できないが、確かに見えた・・・気がする)わずかにうかがえるが、北海道は確認できなかった。

 竜飛岬4
                   竜飛岬3
                           竜飛岬1
 《三脚を立て記念写真を一枚。こんな恰好ではやはり怪しい浮浪者のようである》

 津軽半島の北東に位置する平舘村(こちらも現在は蟹田町と三厩村との三町村が町村合併に伴い外ヶ浜町になった。現在の地図を確認すると、旧三厩村だけが飛び地になっている。何があったのだろうか。歴史に何かがあったのではないだろうか)まで来ると陸奥湾を挟んで下北半島がはっきりと見える。地図を見ると一番近い所では十キロメートルほどしかなく、大きなフェーリーも目の前を横切って行った。
 国道339号線は陸奥湾と津軽半島に挟まるかのように南に向かっていた。このさき青森市内まで海から離れることはなかった。朝からずっと快晴が続き、この時も空の青が海に映り真っ青の海と、その向こうには西日本より遅れてやって来た新緑の下北の山々がとても美しく眩しかった。
 美しい風景ばかりが続く国道で進行方向の左側ばかりを見て走っていた。そして蓬田村のあたりだっただろうか、前方からくるトラックの運ちゃんが車のライトを数回パッシングしながら、左手を頭の横でグルグルと回していた。
「おやぁ、もしかして・・・」
 無意識にバイクのスピードを減速した直後だった、木蔭にカメラの三脚のようなものの後ろで小さく座っている警察官を発見した。

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2012.07.06 / Top↑
 木陰にひっそりと座っていた警官のいたところから百メートルほど先の脇道にパトカーとワンボックスタイプの警察車両が止まり、その横に四人ほどの警官が止まれと書かれた旗を持って立っていた。横を通り過ぎる一瞬、一人の警官の視線が夏樹の方を向いたように思ったが、止まれと書かれた旗を目の前に出されて停止させられることはなかった。
「危なかったなあ、ネズミ捕りやってたとは。ギリギリセーフちゅうとこやったのかなあ」
 ゆっくりと走りながら独り言を言った。

 昼も過ぎ、そろそろ今日の泊りのことを考えなければならない。明日は青函連絡船で函館へ向かう、そこで今日は青森市内のフェリーふ頭からすぐの所の「うとうユースホステル」に泊まることにした。
「今日なんですけど、泊まれますか」
 さっそく近くの公衆電話から予約を入れた。
「今日ですか、何人かな」
「一人ですけど」
「夕飯と明日の朝食もない素泊まりだけれど、それどもいいかなあ。すぐ近くに食堂とかスーパーみたいな店はあるから」
「はっはい、いいですよ。夏樹と言います。ユース会員ですから、バイクは置けますよねえ」
「夏樹さんね、バイクですか、大丈夫、置けますよ」
 青森駅も近いし何かの店はあるだろう、と言うことで本日の宿泊地は決まった。
 青森市内に入りまだユースホステルに入るには早かった。北海道へ向かうには青函連絡船しかないと思っていたが、東日本海フェリーもあった。バイクとともに北海道へ向かうには、東日本海フェリーの方が良さそうだった。まずはフェリー埠頭へ向かい明日のフェリーの出航時間などの状況を確認し、何便かの候補の時間を控えた。


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2012.07.10 / Top↑
 青森うとうユースホステル(平成元年閉鎖?)は国道7号線が4号線になったあたりを、少し海の方へ行った住宅街にあった。少し古くなった三階建てのビルがうとうユースホステルだった。玄関前にバイクを停め、荷物を持って建物に入るとなんとなく薄暗く、とても静かだった。何回か声をかけてようやく奥の方からペアレントらしき人が出てきた。
「さっき電話した夏樹です」
「はい、これに必要事項を書いて、会員証を出してください」
 なんとなく愛想がよくない。
 玄関からは食堂らしき部屋やミーティングルームなどは見えなかった。とにかく静かで、今日は他の宿泊者はいないのだろうか。
「部屋は二階の電気が点いているところだから、さっきの電話では言わなかったのだけれど、風呂も今日は入れないので、この券を持って向かいの銭湯に行ってね」
銭湯ですか・・・」
 部屋にはユースホステルでは定番の二段ベッドが四台置かれていて、一人だけ先客がいた。声をかけても、なんとなく迷惑そうな顔をされたので、さっさと荷物を置き、合皮のジャンパーと穴の開いた皮ズボンを脱ぎスエットに着替えた。時間はまだ五時を少し過ぎたばかりだった。着替えとタオルを持ってさっそく銭湯に向かい、番台で一回分のシャンプーと石鹸を買った。時間がまだ早いからか客はまばらで、広い浴槽にゆっくりと浸かり、二日ぶりの入浴を楽しんだ。
 小一時間もいただろうか、あまりゆっくりと浸かってしまったのか少しのぼせたようだ。部屋に戻りタオルを干し、着替えた下着をバッグに片付け、今度は夕食を食べに再び外へ出かけた。

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2012.07.14 / Top↑
 ユースホステルを出て、あてもなく感だけを頼りに周辺をぶらりとした。蛍光灯が古くなり薄暗くなった看板に書かれた「餃子」の文字が目に入った。夏樹の好物の一つだ。京都に居たころは一ヶ月に一回は餃子専門のチェーン店(今では全国に広がった《餃子の王○》)に行ったものだった。
「今日は久しぶりに餃子にしようか、キャンプやユースホステルでは食べることもないしなあ」
 かなり前からこの地で中華料理屋を営んでいます、見たいなたたずまいで、地元の人しか来ないようなそんな店だ。客の入りは全体の半分ぐらいだった。開いているテーブル席に座り餃子定食を注文した。何気なく店内を見渡すと「生ビール」の文字を発見した。
「どうせミーティングングもないし、部屋にはちょっと暗い感じの兄さんしかいてないみたいやから、部屋に戻れば後は寝るだけ、ビールの一杯ぐらい飲んで帰ってもわからんやろ。そや、消灯のギリギリまでその辺を散歩して帰ったら、少しは酒も覚めるやろし」
 と心の声が聞こえてきた。
「生をひとつ、お願いしますう」
 餃子より先に中ジョッキーが運ばれてきた。グイッと一息に半分ほどを飲み干し、餃子が運ばれてくるのを待った。

「ごちそうさま、おいくらですかぁ」
「ちょうど千円だね。お客さん、どこから来たんなぁ」
「はあ、京都です」
「京都?修学旅行でしか行ったことねえなあ」
「そこのユースホステルに泊まってて、夕食は出えへんて言うからね、餃子、美味しかったですわ」
「出えへん・・・?関西弁っておもしれえなあ」
「いやあ、東北弁もちょっと難しいですよ」
「明日は北海道かね」
「ええ、バイクでフェリーに乗って」
「いいねえ、若いということは、気い付けて行ってけれ」
「はい、おぉきにぃ」


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2012.07.17 / Top↑
 食堂を出たのが七時を少し過ぎたころ、青森の空はほのかに明るい。そう言えばもうすぐ夏至だ、昼の時間が一年で一番長い季節だから、七時を過ぎても空は明るいのだろう。
 またあてもなく一時間ほど青森市内を散歩してユースホステルに戻った。玄関には薄暗くなった蛍光灯が一本だけ灯され、人の気配がなかった。そのまま部屋に行くと相部屋の青年のベッドにはカーテンが引かれていた。

 翌朝、二日連続で快晴の朝を迎えた。いよいよ北海道へ再上陸の日が来た。夕食に続き、朝食もないということで、昨夜の食後の散歩中に見つけた店でアンパンを買った。部屋の中でガスコンロを使って湯を沸かすわけにはいかないので、ユースホステルの外に出て自動販売機で缶コーヒーを一本買い、軽く朝食を済ませた。
 青森港発九時十五分の東日本海フェリーに乗船し函館港へ向かう。十五分遅れの出航となった。係員の誘導に従いバイク駐車場所にサイドスタンド出し停車した。バイクと共にフェリーに乗るのは三回目で、なんの戸惑いもなく、荷物を持って船室へ向かった。
 船室の定員は百四十人と書かれていたが、五十人ほどの乗客しか乗っていないようだ。船室と言ってもカーペットが敷かれた広い部屋が一つだけで、飲み物とカップ麺とたばこの自動販売機が置かれているだけだった。
 青森から函館の青函フェリーは約四時間の乗船となる。船室でごろ寝をしているか、甲板に出て外の景色を見て過ごすしかなかった。敦賀から小樽へのフェリーは陸から遠い所を航行するため、船外風景と言っても海しか見えなかったが、青函フェリーの航行する津軽海峡は、海峡を挟む二つの半島の風景を楽しむことができた。

           船から青森港2
                      
                     船から青森港1


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2012.07.20 / Top↑
 少し靄がかかり見えにくいが進行方向左手には竜飛岬、しばらくすると右手に本州最北端の下北半島大間崎が見えてきた。やがて大間崎も後方へ遠ざかりいよいよ北海道が見えてきた。前回はこの地に三日間しか滞在できなかった。そこで今回は無期限の予定だったが、出発前に北海道でのアルバイトかペンションでの居候としての仕事が見つからず、世間が夏休み中は岩手県のスキー場にあるペンションに居候することにしていた。前もって決めたくはなかったのだが、何もなかったらそれも困るなと考え、仕方なく岩手の地に、本州へ戻ることとなっている。そのため一ヶ月半ほどで北海道を離れる予定だ。
 夏休み前に北海道を離れるのにはもう一つ理由がある。前回の三日間ではお盆休みと言うこともあってか、大量の旅人が北海道に現れた。そんな大量の旅人が行き交うところを、当てのない旅を続けることに、なんとなく抵抗があった。仕事を辞めて放浪しているからだろうか。

           フェリー

                  函館山

                       函館港

 再び北海道へ上陸!

 函館山が見え、間もなく函館港が近づいてきた。
 前回の小樽港に着いたときは、フェリーのゲート前に多くのバイクがエンジン音を轟かせ、我先に上陸を伺っていたが、今回は港が近づいてもバイクに跨りゲートを開くのを待っているバイクは夏樹だけだった。
 十三時十五分にゲートが開きゆっくりと北海道に上陸し、ひとまず国道5号線を北上して昼飯を食べる場所を探すことにした。
 函館の市街地を少し離れたときだった、進路方向右側に小さな店があった。店先にメニューらしき看板を見つけ、その看板の方ばかりを見ていてふと前方に視線を移すと、目の前に小型のトラックが停車していた。


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2012.07.23 / Top↑
「どこ見て走ってんだよ・・・、俺の車は大丈夫だけど、お前さん、大丈夫か。歩けるかい」
「すんません、大丈夫です。特別、どっこも痛くはないんで」
 ほんの一瞬の油断が事故の原因だった。突然、前の小型トラックが停まったわけではない、何台か前の車が赤信号で停車したから、順に後ろの車が停車していったのだ。それに気付かずよそ見をしていた夏樹が悪いのだ。北海道に上陸して、わずか数分後のことだった。
「油断大敵、事故の元!」
これからの長旅に向けて、何か見えないところからの戒めだったのかもしれない。
 トラックの一番固い部分に追突したようで、運転手が言ったようにトラックのどこにもへこみや傷がなかったし、夏樹の身体のどこにも致命的な傷はなく、かすり傷程度のようだ。しかし愛車のGSXはハンドルが大きく曲がり、ウインカーや計器類が割れ、走行不能になってしまった。呆然と力をなくしてしまったが、道路の真ん中にいつまでも転がしておくわけにも行かず、何とか力を振り絞り,バイクをお越し道路脇に寄せサイドスタンドを出した。
 ヘルメットを被ったままで路肩の石に腰を下ろし、俯いて悔しい気持ちを噛みしめていた。目の前を通り過ぎていく車からの視線も感じていた。その場に何分ほど佇んでいただろうか、ようやく次のことを考える余裕が出てきた。このままここに座り込んでいても埒があかない、大きく曲がったハンドルを押して前に進むのは大変だったが、とりあえず前に進んでもう少し広い場所に移し電話ボックスを探すことにした。


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2012.07.27 / Top↑
 使われていない倉庫のような建物の前に少し広い場所があり、残っている力を振り絞りバイクを押して入り、サイドスタンド出して停めた。ヘルメットを取り、しばらく座り込んでいた時だった。
「あらまあ、どうしたの、随分と壊れちゃたねえ。すぐそこの自転車屋の大将を呼んできてやっから、ちょっと待ってな」
 一輪車に野菜を乗せたおばさんがそう言って立ち去った。
「自転車やのうて、バイクなんやけど・・・」
 そんな言葉を話す間もなく行ってしまった。その自転車屋の大将とやらが来てくれたとしても、こんなに壊れてしまったバイクをどうやって直してくれるというのだ。絶望感だけが先行し、その絶望をどうやって打開して進むか、頭の中にはまったく浮かんでこなかった。
 頭の中が絶望だけの時間が二十分ほど過ぎたころだった、一輪車のおばさんが立ち去った方向から、軽トラックに乗ったおじさんが、夏樹のいる道路から奥まった少し広い場所にゆっくりと入ってきた。
「おっ、いたいた。ヨネばあさんが言っていた兄さんだな。随分とやっちゃったなあ。とりあえずこれに乗せて、俺の店に行くベ」
「えっ、自転車屋さんとちゃうんですか・・・」
「そうだけど、バイクも売ってっからよ、大丈夫だ、心配すんなって」
「はっ、はあ・・・。じゃあとりあえず、荷物を降ろしますね」
 バイクの後ろに括り付けていたバッグとキャンプ用品を降ろし、軽トラックの荷台から斜めに地面へ伸ばされた板の上を、おじさんと二人で押し上げ軽トラックに乗せた。そしておじさんはバイクが倒れないように手際よくロープで縛った。


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2012.07.31 / Top↑
「兄さん、京都から来たのか。今日、フェリーできたのか?」
「はい、さっき・・・」
「怪我はなかったか」
「はい、大丈夫そうです・・・。直りますかねえ」
「これぐらいなら大丈夫だ、今日すぐにって言うわけにはいかねえけどな、ほら荷物も荷台に乗せて」
「はあ、ありがとうございます」
 軽トラックの助手席に乗せてもらい、ゆっくりと今来た道を北上して行った。五分ほどで小さな自転車屋さんの店の横に軽トラックは入って行き、店の中へ案内された。
「大変だったねえ、今日は暑いから、そのジャンパーを脱いで、とりあえずこれでも食べて」
 そう言って自転車屋の店主の奥さんらしき人が、アイスキャンディーを渡してくれた。自転車屋の棟続きに駄菓子屋のような店があり、その店は奥さんが切り盛りしているようで、その店から持ってきたようだ。
「おぉきに、ありがとうございます」
 いただいたアイスキャンディーの包みを開き、中身を取り出そうとした時、自転車屋の店主が小走りに夏樹の前に戻ってきた。
「来てすぐに慌ただしいんだが、函館のサービス工場で直ぐに来いって言うから、持って行こう」
「ええ、は、はい・・・」
「あんた、まず座って、少し涼んでからにしたら。この人にアイスの一本ぐらい食べさせてからでいいだろ」
「おおう、そうだな。俺にも一本くれよ」
「あいよ」
 そう言って奥さんは夏樹がいただいたアイスキャンディーと同じものを、自転車屋の店主に手渡した。
 今日の気温は何℃ほどあるのか、手に持ったアイスキャンディーは、みるみる融けだし、水滴が地面へ落ち始めた。夏樹より先に自転車屋の店主が食べ終えた。食べ終えると同時に立ちあがり、さあ行こうと言わんばかりに夏樹の様子を伺った。


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2012.08.05 / Top↑
 再び軽トラックの助手席に乗せてもらい、来た道を函館の市内へ向かった。行先はバイクメーカーのサービス工場だ。
「どうも、いつもお世話さまです。所長さん、彼がさっき電話で話したバイクの人です」
「はい、毎度ありがとうさんです。で、バイクは」
「俺のトラックに積んできました。よろしく頼みます」
「あらぁ、結構、曲がっちゃったねえ。ウインカーも割れているし。運転手と相手にけがはなかったの」
「本人はかすり傷程度みたいだし、相手はトラックの後ろだから、けが人もヘコミもなかったようですわ」
強調文「バイク、直りますかあ」
 夏樹がようやく口を開いた。
「大丈夫ですよ。この壊れた部品なら、うちに在庫があるから・・・」
 そう言ってサービス工場の所長は壊れた場所をじっくりと観察した。
フロントフォークは曲がっていないみたいだから、明日の午後には直りますよ。修理代も三万円ぐらいかな。京都ナンバーだもの、旅人には少しサービスしてあげるよ」
 その言葉を聞いてようやく夏樹の心が落ち着いた。頭のてっぺんから肩にかけて、見えないがどんよりと暗い雨雲のような重苦しいものが、まとわり憑いていたのだが、所長の言葉でどこかへ飛んで行ったようだ。
「ああ、よかった。どないなるかと思てました。ほんま、よかった」
「じゃあ、俺はこれで帰ります」
「武田さん(そう、武田自転車店と看板に書いてあった)ありがとうございました。ほんま助かりました」
「いいってことよ、困ったときはお互いさまだ。ここからなら路面電車やバスに乗れば、市内のどこへでも行けるから。今日は函館に泊まってゆっくりとして行けばいいさ」
「はい、おぉきに、ありがとうございました」 
 夏樹は大きく頭を下げて、礼を言った。

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2012.08.10 / Top↑
 夏樹はサービス工場の人にお願いをして人目に付かないところを借り、皮ズボンからジーンズに履き替え、それをバッグに無理やり詰め込み、合皮ジャンパーは手に持った。ライダーブーツはキャンプ用品と一緒にバイクに括り付けておいた。
「じゃあ、明日の今頃には直っていると思いますから」
「はい、よろしくお願いします」
「それじゃ、兄さん、この先は気をつけて旅をしなよ」
「はい、本当にありがとうございました」
 武田さんはにこりと微笑んで軽トラックに乗りこみ、帰って行った。
 まずは函館の駅までバスで行き、ユースホステルガイドを開いて函館のユースホステルを探した。函館駅から路面電車で二十分ほどの湯ノ川温泉に「北星荘ユースホステル」があった。ユースホステルの風呂も温泉らしい。さっそく電話して予約を入れた。名前だけを聞かれ、了解をとったが、なんとなく事務的な対応で少しユースホステルらしくない感じだった。
 カメラだけをバッグからだし、残りの荷物は駅のロッカーに預けて路面電車に乗り、駅でもらった観光案内図を片手に観光に出かけた。函館は江戸時代からの港街、洋館や教会、外国人墓地などがあり異国情緒たっぷりのところだ。海から函館山へ向けての坂道が多く、その道も石畳になっていた。

      教会

           外国人墓地

                      石畳

石畳3

                 石畳2

                         路面電車


 そんな観光地を久々にバイクから離れ、電車に乗ってゆっくりと歩いて周った。
 夏の北海道の夕刻は遅く、陽はまだ高い所にあるようだが、時計を見ると五時を少し過ぎていた。函館駅に戻り荷物を持って今日のユースホステルへ向かった。北海道での最初の夜にどんな人と出会えるか、楽しみである。


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2012.08.15 / Top↑
 北星荘ユースホステルは函館駅から路面電車に乗って二十五分の川湯温泉入口で下車、歩いて二分の所にある。ユースホステルガイドにはそう書いてある。
 建物はかなり古そうで、以前は旅館として使われていたようだ。
「こんにちは」
 受付には少し年配のおじさんが、とても事務的な対応で迎えてくれた。シーツをもらい、言われた部屋に向かった。館内には高校生ぐらいの男子が大勢いてとても賑やかだった。しかし受付で聞いた部屋の方には賑やかな集団はいなかった。部屋にも先客は誰も居なかった。受付近くの賑やかな雰囲気が嘘のように静かな一角だった。
 夕飯の時間になり食堂へ行くと、その周辺は先ほどと同じように賑やかだったが、食堂のテーブルには三人分の食事だけがトレーに載せて置かれていた。
「一般の泊まりは他に二人いるのかなあ」
 ご飯と味噌汁を器に入れてテーブルに戻ったとき、夏樹よりは明らかに年が若い男と女が一人づつ食堂に入って来た。
「こんにちは」
 夏樹が先に声をかけた。
「こんにちは」
 二人がほぼ同時に声をかけてくれた。聞き間違いではないと思うが、男の言葉が訛っていたというより、おぼつかない日本語といった感じだった。
「二人で旅をしたはるんですか」
「いえいえ、たまたまさっき、ここへ来る前に知り合っただけですよ」
 女の方が素早く反応した。
「ボクたち、トモダチです」
 女の方は東京から来た大学生、男の方は台湾から来た留学生で、函館を観光中に男が女に道を聞いたことから、泊まるところが同じであることがわかり、今日の観光地めぐりを一緒に行動することになったと女子大学生が話してくれた。


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2012.08.20 / Top↑
「おれは、京都から来ました。プー太郎です」
「プー・・・?タロウ」
 留学生はとても不思議な思いで夏樹に聞き返した。
「プー太郎、無職って言うこと、仕事を辞めて旅をしてますねん」
「ヒゲさんはどんな方法でここへ辿り着いたのですか」
 女子大学生が微笑んだ。
「そう、京都からバイクで日本海側を走り、今日、函館に着いたんですわ」
「でも、バイクは?裏の方に駐車場があるのですか」
「いやあ、実は函館港にフェリーで到着した途端にトラックにぶつかってしもうて、いま修理中なんですわ」
「あらあ、大変でしたね、ケガは無かったのですか」
「大丈夫、この通り」
 そう言うと夏樹は両腕を大きく回して見せた。
「バイクは、スグに、ナオリマスカ」
「大丈夫、明日の午後には直るみたいやから」
「ヤカラ・・・?」
「日本語、難しい、ですか?私の関西弁はもっと難しいですか?」
「台湾も漢字をツカイマス、漢字の意味はダイタイ同じ、でも言葉はゼンゼン、チガイますね。ダカラ、日本語、ちょっと難しい」
 留学生は微笑みながらゆっくりと話した。
「私は中国語をちょっとだけ知っています。イー、リャン、サン、スー」
「イマノ、ちょっと違います、イー、アル、サン、スーが正シイデス」
「ええ、そうなん、麻雀ではそう言うって教わったけどなあ。ほな、トン、ナン、シャー、ペーも違うのかなあ」
「今のはダイジョウブ、発音はヘタですね」
「あんたも、日本語の発音、下手です」
 ほんの少し会話の間があったが、三人がほぼ同時に大きな声で笑った。
「ところで、明日はどうしはるんですか」
 夏樹は女子大学生に聞いた。
「今日は五稜郭にしか行ってないので、明日は電車に乗って公会堂とか,教会とかに行って見ようかと」
「そのへんは今日、行って来た辺りかなあ?五稜郭はどうでした」
 時々、留学生も話に加わりながら情報交換をした。

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2012.08.24 / Top↑
 女子大学生と台湾の留学生と夏樹の三人意外に、二、三十人の高校生ぐらいの男子が,他の広い部屋で何となく騒いでいる。二人の先生らしき人物の姿も見えていた。
「あっちの団体さんはなんなんやろねえ」
 夏樹が女子大学生に聞いた。
「あの子達は高校のバレー部で、明日何かの大会が函館であるらしいの」
高校のバレー部なんや、それででかい奴ばっかりなんや」
「レシーブ、トス、アタックのバレーデスカ」
「そうそう、ピチピチのタイツを履いてクルクル回るのとは違うと思うで」
 女子大学生には少しうけたようだが、留学生は不思議そうな顔をしていた。
「あなたは、いつ日本に来たのですか」
「今年の四月から東京の大学にキマシタ。日本の大学の夏休みはナガイので、イロイロナ所に、行ってミヨウと思いました」
「ほんで、今は北海道に来たんやね」
「ソウ、北から順番に。ソシテ、明日は彼女と函館観光をシヨウト思います」
「えっ、明日も・・・」
 女子大学生の表情が、一瞬、変わったように見えた。
「ヒゲさんも一緒に行きませんか、大勢の方が面白いでしょ・・・」
「ええよ、どうせバイクは午後にならんと乗られへんし、わいわいと回った方がおもろいしなあ」
 この後も台湾の話や女子大学生の東京でのバイトの話、などなど会話は時間の過ぎるのを忘れさせてくれる。いつの間にか隣の部屋でミーティングをしていた高校生達の姿は見えなくなり、灯りが消えていた。年配のペアレントさんがそろそろ消灯にしようかと三人が話し込んでいた部屋に入ってきた。
「ほな、またあした」
「おやすみなさい」
「オヤスミ、ナサイ」
 部屋に戻ったが留学生は別の部屋にいるようで、夏樹は広い部屋に一人だった。


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2012.08.28 / Top↑
 翌朝の早い時間からバレー部の高校生たちが、ドタドタと歩き廻っていた。トイレと洗面所へ我先にと向かって行くようだった。しばらくすると大きな声で「おはようございます」という声があちらこちらから聞こえてきた。先ほどのドタドタは一年生で、たったいま二年生が起きてきたようだ。先輩への挨拶が狭い廊下のあちこちで発せられているのだ。
「お前ら声が大きい。他にも泊まっている人たちに迷惑だろう」
 先生の太い声が聞こえてきた。すると少しだけ声のトーンを落として挨拶する声に変わった。
「先生の声が一番大きいのとちゃうか」夏樹の心の声が囁いた。
 ユースホステルでの朝食は和食のところが多い。夏樹は子供のころから朝はパン食だったため、朝から米の飯が通りにくい喉になっていた。そこでユースホステルではできるだけ朝食は頼まず、前日にパンを買っておくこともあった。この日も小さなアンパンの五個入りを昨日に買った。食堂でお湯だけをもらって紅茶を入れた。
「おはようございます」
「オハヨ ゴザイマス」
 女子大学生と台湾の留学生が一緒に食堂に入ってきた。
「おはようさんです、なんか朝から賑やかやったねえ」
「彼らの今日の大会は、全国大会が懸かっているらしいの、それで朝からテンションをあげているみたいなのよ」
「詳しいですねえ」
「さっき聞いてみたんだ」
 女子大学生は小さな手提げ袋からサンドイッチと小さな水筒を出した。
「朝めしを頼まなかったの」
「だってここの朝食って、メロンパン一個とパック牛乳だけだって聞いたからね、それならこれのほうが良いかなって・・・」
「ほんまかいなあ、パン一個と牛乳一本だけって」
「他のユースホステルに泊まった時に聞いた情報なんだけどね。本当だったらいやだやからさ、昨日、近くの店で買ったの」


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2012.09.01 / Top↑
 朝食後、ユースホステルを出発してひとまず函館駅に向かった。大きい荷物をロッカーに預け、カメラなどの必要なものだけをDバッグに詰め、函館観光に向かった。
 路面電車に乗り函館山方面へ行き、旧函館公会堂、ハリスト正教会、外国人墓地などを見て廻った。入館料が必要なところは外から眺めるだけ、貧乏旅行の悲しい現実である。他の二人も、昼前には次の目的地に向けて列車に乗りたいと言うので、あまり時間をかけて見学をしないで立待岬へ向かった。
「わたし、石川啄木の大ファンなんです。だから啄木の墓がある立待岬には、絶対に行きたかったの」
「石川啄木。聞いたことはあるけど、ようは知らんなあ。ほな電車にまた乗って、行きましょうか」
 最寄の市電の駅に降りて狭い登り道を二十分ほど歩くと視界が開け、海が見えてきた。
「ここですよ、啄木の墓は・・・」
 女子大学生はその場に突然、座り込んでしまった。
「ダイジョウブ、デスカ」
「どないしたんや、急に」
「すみません、感動のあまり少し足の力が抜けてしまって。大丈夫ですから、ごめんなさい」
 留学生と夏樹はお互いの顔を見て微笑んだ。女子大学生はそこに座り込んだまま啄木に思いを馳せているようだった。
「誰かに頼んで、三人で写真を撮ろうか」
「じゃあ、わたしのカメラで撮りましょう。帰ったら送りますから、送り先を教えてくださいね」
「楽しみに待ってるは」
「ハイ、楽しみデス」

   旧函館公会堂
      旧函館公開堂

             ハリスト正教会
                 ハリスト正教会

                   立待岬にて
                     立待岬にて

 後日談。
 数ヵ月後、実家に帰ると、この時の女子大学生から手紙が届いていた。北海道各地を列車で回り、お盆のころには厚岸の民宿で住み込みのバイトをしていたと書かれていた。夏樹もその民宿には函館から数日後に訪れ、一泊したところだった。とても面白いオーナーで・・・、この話は数日後に現場にたどり着いた時に綴ることにする。

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2012.09.07 / Top↑
 昼近くになり函館の駅へ戻り、女子大学生は新冠へ、留学生は札幌へ向かって列車に乗って行った。旅は道ずれ、途中までは同じ列車に揺られて行く二人を、駅のホームから見送った。夏樹は駅の近くのラーメン屋で、少し早めの昼を食べ、今度は国鉄の列車に乗って五稜郭へ向かった。函館駅から一両だけのディーゼルカーに乗り次の駅が五稜郭駅だ。バイクの修理ができるのは午後三時の予定だった。
 二十歳のころ幕末の時代小説を読み耽っていたことがあった。始まりは坂本竜馬だったように思う。幕末から維新への流れのなか、後半に出てくるのが函館五稜郭である。小説に出てきた登場人物などを思いだしながら五稜郭公園へ入って行った。
 タワーに登れば五角形の星型がよく見えるのだろうが、入場料がかかるのでやめた。公園内をゆっくりと見て廻った。
 北海道の六月は花の季節だと聞いたことがある。あまり花には興味がないが、五稜郭公園内には藤の花が盛りを迎えているようだ。天気もよく絶好の藤の花見日和となった。

          五稜郭

                    五稜郭2

 五稜郭をあとにして函館の駅に戻り、路面電車に乗ってバイクのサービス工場へ向かった。
「できてますよ」
 工場に入ってすぐのところに、修理を終えた夏樹のバイクが置かれていた。
「ちゃんと直ったんですね」
「はい、壊れた部品を交換しただけだからね、そんなに難しい作業じゃないよ」
「ありがとうございます。気持ちがようやくゆっくりしました」
 交換された部品と工賃が書かれた書類を渡され、思ったほど高くはなかったので安心した。修理代金を払い荷物を括り付け出発の準備をした。
「本当にありがとうございました。北海道に入ってすぐの事故でした。これからはこのことを肝に銘じて安全運転で旅を続けたいとおもいます。ありがとうございました」
 夏樹はサービス工場の担当の人に何回も何回も頭を下げて礼を言った。



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2012.09.11 / Top↑
 すっかり良くなったバイクに跨り、まずは本屋へ行った。北海道のガイドブックを買うことにした。地図は大きく見やすいのあるが、何処に何があるのかまでは詳しく書かれていない。ユースホステルの場所はユースホステルガイドブックと地図を見れば分かるが、キャンプ場や観光地のガイドまでは載っていない。近くの本屋で適当なガイドブックを買い、早速函館に近いところにキャンプ場がないか調べた。
 函館市内から二十キロメートルほどのところに、大沼公園キャンプ場を見つけた。駒ケ岳の噴火により堰き止められた湖で、国定公園に指定されている。その湖畔に三ヵ所のキャンプ場があるようだ。
「よし、今日はここでキャンプや。天気もよさそうやし、昨日も、おとといもユースホステルに泊まったしなあ」
 三日に二回はキャンプをして旅費の節約をしようと出発前に決めていたのだが、二日続けてのユースホステル泊まり、今日は必ずキャンプしなければ。
 地図で大沼を確認し国道五号線を北上した。昨日は突然の衝突事故でよく分からなかったが、函館の市街地から少し北へ行くと七飯町に入るのだった。その七飯町に入ってすぐのところに、昨日の事故現場があった。夏樹が転倒した痕跡は何も残っていない。当たり前と言えば当たり前であるが、夏樹の心には大きな痕跡が残った場所だった。
 事故現場からさらに北へ五分ほどのところに、サービス工場へバイクを運んでいただいた自転車屋さんがあった。
「昨日はどうも、ありがとうございました。おかげさまで、バイクもちゃんと治りました、本当にありがとうございました」
「いいってことさ、困ったときはお互いさまだろう、これから何処まで行くんだい」
大沼公園のキャンプ場へ」
「そうかい、今なら兄さんみたいなバイクに乗った若者がいっぱい来ているよ」
 そう言いながら武田さんはアイスキャンディーを渡してくれた。
「いや、俺がお世話になったのに、またアイスをいただいたのでは・・・」
「今日も暑いから、これを食ってからゆっくりと行きな。大沼までだったらすぐだから」
「はい、おぉきに、いただきます」


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2012.09.17 / Top↑

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