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まいどぉ おぉきにぃ、 
「なんだよ夏樹君、ずっと下を向いたままで歌っちゃだめだよ。せっかく前に出て行ったんだから、もっと表現しなきゃ」
「じゃあ次はトオルさんが歌ってくださいよ、そして表現してきてくださいよ」
「いや、俺はいいの、歌はね聞くものだから」
「すっげえ音痴なんだよこいつは」
 智史が言った。
「音痴なんかじゃないよ、俺が歌うのに適した歌が無いだけだよ」
「負け惜しみを言ってんじゃねえよ、こいつねえ意外と頭良いんだよ、一応だけど国立大出身だから」
「一応は余計だろ」
 トオルの顔つきが真剣になってきた。
「まあ、そんなことはどうでもいいさ。頭はいいんだけど歌だけは、まったくダメなんだよ。中学校の時の文化祭でさクラス対抗の合唱コンクールがあるんだけど・・・」
「おい智史、何で今、ここでそんな話を始めるんだよ」
 トオルが智史の首に後ろから右腕を回し、話しを遮断した。それでも智史は話を続けた。
「あまりに音程が外れているものだから、先生に個人レッスンを受けたんだよ。でも、どうしようもなくてさ、最後には『トオル君、あなたは口だけ動かしていなさい。声は出さなくていいですから』って言われちゃたんだ」
「もうそれ以上は何も言うな。これ以上お前が喋ったら俺はお前との友情を、今日までとするぞ」
「お前、その台詞さあ、俺に何回言った。言った後で直に、『さっきの発言は取り消す、今まで通りに友達でいてやるよ』って言うじゃん。いつも」
「まあまあ、ええやないですか。中学校からの付き合いなんですか、お互いによき友なんでしょ」
 トオルと智史の会話が少し本気モードになってきたので、夏樹が割って入るように言った。
「中学校からの付き合いだったかなあ」
「智史とは小学校の四年の時からだよ。忘れたのかよ。それに中学校の時に歌の個人レッスンを受けたのは、音楽の先生が綺麗な先生でさ、わざと下手に歌ってその先生に近づいたのさ」
「嘘付けぇ、あの時の音楽の先生は男だったぞ」
「そうさ、俺はこれだから」
 トオルが右手の甲を左の頬に軽く当てた。




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2009.10.28 Wed l 旅(小説のような)七章 l COM(0) TB(0) l top ▲
「落陽、いつも始まりは落陽だよ」
 別のところから大きな声が聞こえてきた。
「じゃあ、いつもどおり落陽からいきましょうか」
 あんみつ姫のリーダーらしきギターを持った男が言った。
 吉田拓郎の落陽がはじまると、五人の男がバンド達の前に横並びになって、曲に合わせて踊り始めた。毎年恒例のオープニングセレモニーのようなものなのだろうか、多くの参加者が歌詞本を見ないで歌っている。正直言って夏樹はこの歌を知らなかった。今では数あるマイベスト曲の上位に入っている。
 二曲目は大きな垂れ幕に書いてまでアピールした旅のおわりが始まった。
 チェッカーズや松田聖子といったその当時のヒット曲から、少し前のフォークソングなど、百曲が歌詞本には掲載されている。全曲が手書きをコピーして一冊の本になっている。
 参加者のリクエストで歌う曲が決まり、リクエストした人が前に出て生バンドの前で一人、マイクを持って歌うのだ。なかにはその歌手になりきって熱唱する人もいる。マイクを持って歌っている人がリードボーカル状態で、参加者全員が歌詞本を見ながら、こちらも熱唱する。参加者全員での大合唱が続く。

 アマチュアだけど生バンドを中心に次々と歌が続くのだけれど、今のカラオケボックスで熱唱している人たちは多少のアルコールが入っているが、ユースホステルは基本としてアルコールが一切飲めないのがルールである。(現在は少し変わったようだ)当たり前だけれど誰一人として酒に酔っていない、それでもすごく盛り上がっている。歌手、ミュージシャンのコンサートに行ったことのない夏樹は、初めての体験に感動していた。
 始まってからどれくらいの時間が過ぎただろうか、この場の雰囲気に慣れてきた。ついに夏樹もリクエストした。何でこの曲をリクエストしたか良く覚えていないが、曲名は良く覚えている。安全地帯の「ワインレッドの心」だった。もちろん、一人でマイクを持って生バンドの前で歌った。歌詞本から目を離して、観客の方を見る余裕などまったく無かった。歌い終わったら伴奏が終わる前に、さっさと元の居たところへ、いそいそと戻って行った。


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2009.10.26 Mon l 旅(小説のような)七章 l COM(0) TB(0) l top ▲
「今のはあかんは、反則やでトオルさん」
「ぎりぎりセーフや、セーフ」
「本当にこの人たちって、いま、知り合ったの、信じられないぐらいに親しいね」
 タナカが笑顔で言った。
 この後のコンサートも、初日の出を拝みに行く時も、智史たち三人、タナカたち四人、そして夏樹、他にも仲間が増えていったが、ほとんどの人たちとは二度と逢うことは無かった。二十五年後の今も再会していない。トオルともこの二日間だけの会話しかしていない。この日の次の年に一度だけ智史たち夫婦と、東京で落ち合ったことがあったが、今では年賀状だけの付き合いである。
 この先も全国へ旅をして、多くの人たちと出逢ったけれどほとんどの人は、そのときが最初で最後だ。何人かの人たちとは年賀状だけはいただき、送っている。もう、みんながおじさん、おばさんになったことだろう。なかには孫がいる人もいるかもしれない。(夏樹もそろそろかな)

 ホールの方からギターとピアノの音が聞こえてきた、そろそろニュー、イヤー、イヴ、コンサートがはじまるようだ。歌詞本を持ってホールに行こうとタナカが皆を促した。それぞれが歌詞本を片手にホールに集まり、思い思いの場所に陣取り、床に腰を下ろした。夏樹の周りには智史たち、タナカタたちがいた。夏樹の隙を狙うように、後ろにトオルが座った。
 バンドのメンバーはギターが二人とベース、シンセサイザーの四人。シンセサイザーでドラムの音も出している。地元のアマチュアバンドだそうだ。当時、人気のフォークグループ「かぐや姫」に対抗して「あんみつ姫」と言う名前だったように記憶している。

                           歌詞本


 楽器のチューニングが終わり、ペアレントさんの挨拶があった。とても穏やかな話し方の人で、皆に親しまれているのだろうと言う人柄が伝わってくる。
 ペアレントさんの挨拶が終わると同時に、天井から幅が一メートル以上もあり、長さ五メートルは有にありそうな紙が、するすると下へ伸びてきた。
『旅のおわり、やれ』と大きく書いてあった。
「旅のおわり、やれえ」
 五,六人の男の大きな声がホール中に広がった。



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2009.10.23 Fri l 旅(小説のような)七章 l COM(1) TB(0) l top ▲