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「こちらのタカさんとエリさんが来春に大学を卒業したら、結婚するとみんなの前で発表してくれはったんです」
 夏樹が自分のことのように、興奮した気持ちを、抑えながら説明した。
「いやいや、それはそれはおめでとう。青春やなあ、ええなあ若いちゅうことは」
 もともと目の細い顔立ちのペアレントさんの顔に、目がなくなってしまったような満面の笑みで、大きな拍手を送った。
「そしたら、今夜のミーティングはお二人の馴れ初めなんぞを、皆さんで聞かせてもらいまひょかあ。たっぷりと惚けてもろうてもかましまへんでえ」

 ミーティングとは食後にホステラー達との交流の時間で、みんなで歌を歌ったり、ゲームをしたりとユースホステルによって様々である。何もしないところもあるし、強制的に引っ張り出して参加させるところもある。

「そしたら早くやりましょうよ、そのミーティングとやらを、田代先生の話も聞かなあかんし」
「逢坂、あわてるなよ、まだ飯も終わってへんし、風呂もまだや。ミーティングはその後や、それにおれの恋愛話はええやないか」
「いえいえ先生、わたしたちとしては先生のその二つや三つの恋愛話の方が興味を持っておりますので、是非お聞かせ下さい」
タカと同室の二人が声をそろえて言った。
 近くに座ったもの同士がそれぞれに談笑しながら夕食を済ませた。

 夏樹たち五人と、大学生グループ十人は今までの面識はなく、今日、奈良県のとある場所ではじめて逢ったのだ。生まれた土地も、育った環境も、今の年齢、地位、職業などももちろん違う。この日たまたまここに、このユースホステルに泊まったと言う一点だけの共通点が、旧知の友のように親しく会話できる。
 ここはそんな場所なのだ。

「さあ夕飯が終わったから風呂にいこかあ」
「あれ、いま関西弁しゃべりませんでしたか、タカさん」
 逢坂がちゃかした。
「いや、そうだった。気のせいとちゃうかあ」
「ほら、また、『ちゃうかあ』って言うたやんかあ」
「こいつねえ、高校の時から旅行に出て関西の人と知り合うと、必ずうつっちゃうんだよ、関西弁がね」
 トシが笑いながら逢坂の肩を軽くたたいた。

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2008.08.22 / Top↑

「小説のような、旅のはじまり 三章-⑮」


 食事を終えて風呂に入り、部屋で荷物の整理をしていると館内放送が聞こえてきた。
『これよりミーティングをはじめまあす、みなさあん食堂へ集まって下さいなあ』
 あまり売れていない関西のお笑い芸人のような話し方で、スピーカーから聞こえてきた。

「こんばんは、ようこそお帰りなさい、今宵はゆっくりと旅の疲れを癒してくださいね。当ユースホステルでは、特別なミーティングはやりませんが、全部のホステラーさんに部屋ではなくここに集まっていただいてですね、とりあえずお茶を飲みましょう。そこのカウンターに紅茶のパックと耐熱ポットとカップとお湯が置いてあります。一人づつ用意するより、何人かでみんなのを用意してもらおうと思います。今日は三十四人の方がいたはるんで、五人の人に手伝ってもらいたいです」
 そこまで話し終えると何人かの女性が立ち上がってカウンターへ歩きだした、
「あっ、ちょっとまっとくんなはれ、慌てずにもう一回座ってください。皆さん、右手を上げて下さい、わたしとジャンケンをして勝った人に、この名誉あるお茶運びをお願いします」
「と言うことは負ければここに座って、待っていればええっちゅことやなあ」
 岡村が小さな声で言った。
「君の言うとおり、負ければ名誉あるお茶運びは出来ません」
 岡村はビクッとして首をすくめた。
「それではいきすよ、最初はグー・・・」

 一斉にジャンケンがはじまり、負けた人も、勝った人もニコニコしながら仲間と談笑し、食堂中が賑やかになった。
 三回ほどジャンケンをやった後に、ペアレントさんはますます目がなくなってきた。
「勝った人は立ってください」
 岡村がゆっくりと立ち上がった。
「おまえ勝ち残ってたんか、ええなあ、名誉に向かってまっしぐらやなあ」
 逢坂が満面の笑みを浮かべながら、岡村の背中を叩いた。
「八人の人が残ってますね、今日は五人ではなく八人の人に名誉あるお茶運びをお願いします」
 岡村が頭を下げて、ゆっくりと歩き出した。その後ろから高橋エリが岡村の両肩を持って、押しながらカウンターへ向かった。
「岡村君行くよ」
 なぜか岡村の顔が赤くなっていた。






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2008.08.25 / Top↑
「小説のような、旅のはじまり 三章-⑯」


 全員に紅茶の入ったカップが行きわたり岡村とエリも席に座った。
「皆さんにカップが行きましたね、おかわりは自由ですから各自で何杯でもどうぞ」
 ペアレントさんがこのユースホステル周辺の簡単な観光案内の説明をして、ユースホステルの会員証を見せると割引になる数箇所の施設や食堂などを教えてくれた。
「先生、明日はいま聞いた食堂でお昼にしましょうよ、一割も割り引きしてくれるやないですか」
「そやなあ逢坂君、おれたちも一緒にいかないかい、なあトシ」
「タカ、君どうしたの、その話し方、なんだか変だよ」
「いつもこいつは旅に出て関西の人と知り合うと、関西弁のまねをするんだよ、まねって言うかうつっちゃうんだよね」
 トシがタカの肩を左手で抱えながら言った。

「では皆さん後はご自由にご歓談下さいませませ」
 ペアレトンさんの喋り方は受けを狙っているのが良くわかるのだけれど、あまり面白くないので、みんなが苦笑いをした。

 トシがすくっと立ち上がり田代先生の方を見て言った。
「北海道の話の続きをお聞かせいただきたいのですが」
「やっぱり、覚えてたの」
「はい、是非お願いします」
 照れ笑いをしながら田代先生が話しはじめた。

「夏樹や逢坂たちが生まれる少し前のことだから、昭和の何年だったかな、旅行と言えば修学旅行しか行ったことがないから、切符の買い方もろくに知らなかったおれは、京都駅に行って切符売り場を探して、『北海道までの切符を下さい』って言うたんや」
「ほんまですか先生、やっぱり数学しか知らんかったんですか」
 めずらしく、安達がいつもよりは大きな声で言った。
「そうだったなあ、あのころは。けど一応やけど大学に入れたんやから、数学以外も勉強はしたで」
「たしかに、数学だけでは大学には入れませんからねえ」
 タカが当たり前のことなのに、すごく感心した。
「荷物も山岳部の友達から借りたリュックに数日分の着替えと、数冊の小説と、本屋で見つけた北海道のガイドブックを入れてかついだ」
 あえて数学関係のものは何も持たなかったことを付け加えた。
 

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2008.08.27 / Top↑




「あのう、なぜ今までと違う世界が、北海道になったのですか」
 背中まで髪を伸ばし髭を蓄えて丸いメガネを掛けた金子義彦が、低音で太い声でゆっくりと聞いた。
「さっきの夏樹とおなじやねん、何かの雑誌で広大な牧草地に、牛が放牧された写真が載っていてな、そこには山はなく、真っ直ぐな地平線が同じ日本にあるとは思えんかった」
「京都は三方が山に囲まれた盆地やさかい、地平線が見えるところなんって、日本にはないと思もてた」
 安達も北海道に憧れている一人なのだ。

「おれも、京都に生まれて京都の大学に行った。修学旅行で行った伊勢と東京しか知らんから、あんな地平線を見ることが出来る場所が日本にあるなんて驚いたんや。西部劇の映画でしか見たことなかったしなぁ」
「けど、先生が北海道を目指した頃って新幹線もまだ開通してへんし、すごい時間がかかったんとちゃいますかぁ」
 夏樹の鉄道知識が少し役立ったかな。
「たしか、東京までが直通の夜行列車で十二時間ぐらい、東京から青森までも夜行列車で十二時間ぐらいだったかな」
「そしたら足掛け三日ですか、乗りっぱなしで三日かかるなあ」
 逢坂が指折り数えながら驚きの表情で言った。
「今と違って座席は硬いし、揺れは大きいし、六月に出発したからクーラーのついていない列車は暑かったなあ。でも、空いていたから二人がけの座席に一人で横になって寝ることが出来たから、まあ我慢ができたけどね」

「その当時だと蒸気機関車だったんじゃないですか」
「夏樹は鉄道のことは良く知ってるなぁ。東京から青森の列車は、たぶんそうやった。六月でもだいぶ暑い日やったのに、窓は閉めたまんまで、うつらうつら眠っていても暑いのと、石炭臭かったこと覚えている」
「蒸気機関車が客車を引っ張っていたとしたら、窓は開けてはいられないですよ、そのままトンネルに入ったら大変なことになっちゃいますからね」
 金子も鉄道に詳しいらしい。


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2008.08.29 / Top↑



「髭さんも鉄道マニアですか」
「おれは金子。鉄道マニアと言っても、とにかく汽車に乗るのが好きでね、今は残り少なくなった汽車に乗るために、北海道や九州によく行っている」
「へぇ、おれも大好きなんです、お友達になりたいなぁ」
 夏樹のおどけたしゃべり方に、そこにいた皆が大笑いした。

「じゃあ、やっとのおもいで北海道に上陸、と言ったところですか。東京からの二倍以上の時間が掛かるのだからなあ」
「トシ君、大変だったのは上陸してからや。北海道に着いたものの、どこへ行けば雑誌で見たような風景が見られるのか、全然分らんかった。札幌より東の方へ行かないと、なかなか見られへんということはそれから十日も経ってからやった」

 やはり田代先生の得意分野は数学だけで、特に地理は苦手だった。京都市以外の地理的関係などはあまり詳しくなく、ましてや北海道のことなど、全く分らないといってもよい。

「それにほとんどの国鉄線はローカル線で、列車の本数は少なく、乗換えの駅で一時間、二時間の待ち時間は当たり前やった。夏樹みたいに鉄道に詳しくなかったから、時刻表のみかたも、あんまり分らんかったしなぁ」
「そうでした、僕たちが行った時も、よほどうまく乗り換えないと、一日の移動距離は多くはなかったもんなぁ」
「一本の列車の違いで、目的地に着けないこともあったよね」
 金子の声はとても低い。

「函館からとりあえず乗った列車が、どこまでなのかもよく分らないで、乗ってから地図を広げてみたこともあった。そしたら松前の方へ行く列車で、気がついた時には次が松前駅だった。とりあえず松前の駅に降りて、駅員さんにガイドブックの牧場の写真を見せて、どうやって行けばええのかを聞いて、その日は駅の近くの旅館に泊まり、次の日、まず函館に戻り、札幌を目指したんや」


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2008.09.01 / Top↑






 田代先生はどんな数字も出来るだけ見ないように努めていた。乗る列車も何時に出発して、何時に到着するのか時間を見ないで、行き先ばかりを見ていたようだ。それを見てしますと、出発まであと何分とか、目的地までは何時間何分で着くとか、すぐに計算してしまう。そんな自分が、今はいやだったからだ。
 そのために列車に乗り遅れることもしばしばで、半日でいけるところも、一日かかったこともあった。腕時計も数字の書いていないもので、十二分割された線だけが時間を告げるものだった。

「函館から札幌行きの列車に乗り、列車の中で地図を広げて、いま自分はどこに居るのかを確認しながら、窓の外の景色を見ていた。函館から一時間ぐらいしてからかなあ、右手のすぐに海が見えて、ずっとその海沿いを走っていた。それだけで心が落ち着いている自分に気がついた」

 とりあえず札幌に降り立ち時計台を見てこの日は札幌に泊まった。次の日は松前の駅員さんに聞いた日高地方を目指して列車に乗った。札幌の駅員さんに行き方を聞いて、間違わずに日高方面へ向かった。

「苫小牧を過ぎたころだったかな、向かいの席に座った人がいたんや。ちょうど金子君のような風貌で、もっとむさ苦しかったかな」
「金子もけっこう、むさ苦しいですよ」
「何だって、トシ」
 相変わらず金子の声は超低音だった。

「歳はおれと同じぐらいかな、座るとすぐに『こんにちは、どちらかいらしたんですか』と話しかけてきはってな、全く面識のない人から、いきなりやったからビックリして、なんて言えばええのか分らなくてな、その人を見ながら何もしゃべれんかった、たぶん変な顔やったと思う」

 向かいの席に座った人は、自分がどこから来て、どこへ行くのかをニコニコと穏やかな口調で話した。田代先生も彼の人柄にすぐに打ち解けていった。
 彼は大学四年生だが、旅ばかりをしていて大学にいかないことが多く、留年が決まったことを、まるで他人事のように田代先生に教えた。
 田代先生も仲間と映画に行って、変なことを行ったために彼女にふられたこと、大学は卒業したけれど教員採用試験に失敗したことなどを話した。



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2008.09.03 / Top↑


列車の座席は半分ほど埋まっていて、四人ずつのボックスには、一人か二人しか座っていなかった。窓からは潮の香りを含んだ風が心地よく、晴天の戸外の暑さを感じさせなかった。

「わたしは日高の牧場へ手伝いに行くのです。大学の友人の知り合いの親戚の牧場なのですが、よかったら一緒に行きませんか、時間があるのでしたら。今の季節は人手がほしいようなのです、友人も先に行ってるんですよ」
 また、呆気にとられてしまい、変な顔をして向かいの席に座った、髪が長く、髭を伸ばした、見た目がむさ苦しい男を見ていた。

 急ぐ旅でもなく、広大な牧場の地平線を見ることが、いまの目的なので、牧場と聞いて「はい、行きます」と田代先生は言った。

「鵡川で乗り換えて日高へ向かった。さっきの列車よりも空いていて、一両だけのオレンジと薄い黄色のツートンカラーで電車みたいなやつやった」
「たぶんキハ二十系の気動車ですよ、ディーゼルエンジンで動く列車じゃないかと思いますよ」

 夏樹の鉄道知識より先に、低音でゆっくりとした口調の金子に先を越されてしまった。
「髭の彼はいままでの旅の話をしはじめた。こんなに楽しいことは他にはない、と言わんばかりで、夢中になって語った。大学の三年間で日本中を列車に乗って廻り、全国で行ってないのは鉄道路線のない沖縄だけやて言うてた」
「たしかに沖縄には線路はないなぁ」
 今度は夏樹の方が早かった。

「ユースホステルのことも、その時教えてもろうた。旅館なんかより半分以下の料金で泊まれるしな、時間はあったけど金はなかったさかいなあ。それと今日のようなこんな出会いもあると教えてくれはった。たまたま、おんなじ日に、おんなじところに泊まっただけの仲間が出来る、旅ではこれが最高に楽しくて、大学にはあまり行かないで、旅ばっかりしてはったらしいは」
「そうですよね、旅の楽しみは観光地を見るより、ユースホステルで逢った人といろんな話しをして、情報交換することが楽しいよね」
 エリが微笑みながら言った。


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2008.09.05 / Top↑



「今までで一番盛り上がった話題は、方言の話しをした時かな、福島の人、名古屋、大阪、広島、そしてわたしが埼玉。福島の人が面白い人で、方言丸出しで話しをするものだから、さっぱり何を言っているのか分らなくてさあ、みんなで大笑いしながら、福島弁高座を開いてもらったの」
「エリ、それっていつ誰とどこへ行ったんだよ」
 タカが真剣な顔をしてエリを問いただした。
「君と知り合う前よ、それも一人旅」
「おい、先生の話の途中じゃないか、夫婦喧嘩なら外でやっとくれ」
「トシ君、わたしたちはまだ夫婦じゃありませんから」

「まあまあ、ええやないですか。おれも初めてのユースホステル旅行でみなさんと、知り合えて、ものすごう楽しいです、なあ夏樹」
「あっあぁ。楽しいです、逢坂の言うとおりですは、もうちょっと先生の話の続きを聞きましょうよ」

「一時間ほど列車に揺られたかな、駅の名前を覚えてはいいひんのやけど、髭の彼が『この駅で降ります』って言うから降りたら、小さな駅で、ホームに小さな駅舎だけがあって、駅員さんの居ない無人駅だったとおもうなあ。もちろん駅前商店街どころか何にも無い駅前で、牧場の人と髭さんの友人が迎えに来たはった、われわれ二人の他には誰も降りなかったように思うなあ」
「やっぱり山は見えませんでしたか」
 夏樹が興味津々である。

「線路脇には防風林が、線路と同じく真っ直ぐに並んでいて、それ以外の視線をさえぎるものは無く、山も見えんかったなあ。挨拶もそこそこに、二人はトラックの荷台に乗せられて牧場へ向かった、いきなり現れた僕のことも大歓迎してくれはって、ネコの手も借りたいぐらいに忙しいから、さっそく明日から頼むと言われたんや」
「その髭さんのことも初対面だろうし、牧場の人はとても心の広い人なんですね、都会じゃありえない話ですよね」
「トシ君の言うとおりや。牧場に手伝いに行くのは口実で、変な団体の共同生活場にでも連れていかれて、二度と帰れへんのちゃうやろかって、逆にこっちが疑ったぐらいやで」
「ちょっと待ってください、紅茶のポットを持ってきますから」
 タカが話しの切れ間を見計らうように立ち上がった。



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2008.09.08 / Top↑




 タカと一緒にエリが紅茶の入ったポットを運んで、皆に新しく紅茶を入れた。
「お二人さんおぉきにぃ、ありがとう。じゃあ続きを話そうか。どこまで喋ったかいなあ」
「トラックの荷台に乗ったところまでですよ、先生」
 夏樹はとにかく興味津々である。
「あっそうか。駅から何分ぐらいの間、トラックに乗ってたやろか、舗装をしてない砂利道を揺られるから、落とされんようにトラックの端っこを、しっかりと握り締めていた記憶がある。それでも周りの景色に感動の連続で、隣の髭さんが何か話しかけて来たようやけど、何も返答できず、牧場についてからは、髭さんが少し不機嫌だったのを覚えている」

「行ってみたいなあ、話しを聞いて創造するだけで、わくわくしてきたは」
 夏樹が言ったことに安達も大きくうなずいた。

「右も左も、前も後ろも、緩やかな丘陵地に牧草が植えてあって、牛舎と家と道具小屋以外は何も無いところに降ろされた、牧場に着いたんや。大きく揺られ続けてきたから、トラックから降りてからすぐは、ふらふらと真っ直ぐに歩けへんかったけど、それよりも雑誌で見たのとおんなじような風景に、また感動してしばらくは呆然と立ったまま、ぐるっとあたりを見ていたなあ。牧場の人に部屋に案内されて荷物を置いた、髭さんとその友達とおれと三人一緒の部屋で、布団以外には何も無かった。今日だけやでと念を押されながら、髭さんとおれの歓迎会をしてくれはった」

「牛ステーキとか、じゃがバターとかごっつぉうが出たんですか」
 食べ物の話しになると岡村が、でしゃばってくる。

「そんなものは無かった、色んなものが食卓にあったけれど、お前が言うようなごっつぉうは無かった。けど今思えばあの当時としては、最高のもてなしをしてくれはったと思うは、今と違ってまだまだ貧しい時代やったし、牧場は決して楽な仕事ではないし、儲からへんかったんと、ちゃうやろか」
 安達が岡村をまた羽交い絞めにした。




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2008.09.10 / Top↑




「次の日から毎日、牛舎の掃除と餌やりを朝の六時ごろから始めて、その後は機械で刈った牧草を、ホークの化け物見たいな道具を使って、乾燥しやすいようにほぐすんや、刈った牧草をグッと持ち上げてバッと空へ投げ放つんや、これがけっこうキツイねん」
「牛の乳搾りは、せんかったんですか」
「夏樹、本物の牛の側に行ったことあるか、おっきいでぇ、大人でも目の前に顔があってな、もし向かってきたら一たまりもないやろなあって思うた。牛は人間のことが分るらしいねん、初心者が側へ行って乳絞りをやろうとすると、バカにすることがあるらしい、気を付けんと尻尾ではたかれたり、後ろ足で蹴られたりするらしいわ。そやから、一回も乳搾りは、せんかった。それにそんな簡単なもんやないしな」

 田代先生は毎日まいにち牛に向かっての生活をしてるうちに、いままで勉強してきた数学的な考えが、絶対的なことではなく一つの方法ではないかな、と思うようになっていった。

「牛を相手に生活をしていると、時計以外の数字は、ほとんど見たり、聞いたりすることがなかったなあ。牛にもいろんなのがいてな、おとなしくおれの言うことを聞いて、ゆっくりと避けてくれる奴や、干草を持って行ったらふてぶてしく鼻息を飛ばす奴、むしゃくしゃ元気に餌を食べる奴に、尻尾で自分の尻の辺りをいっつもパンパンと叩きながら食べる奴もいた」
「いろいろな牛がいるんですね、面白そう」
 エリがまた、紅茶のポットを取りに立った。
「人間とおんなじで、好き嫌いをしたり、激しい気性の牛も、優しい牛もいる」

「雨が降ったら牧草ほぐしは無しや、牛舎の掃除が終わったら何にもすることが無いから、鉄さん、あっ遠藤鉄夫さん、牧場主さんのことやけどな、その鉄さんは奥さんと二人でずっとテレビを見たはった。奥さんは足を怪我したはって、牧場の仕事ができひんから、親戚の伝(つて)を頼って手伝ってくれる人を探したらしいは」
「そこで偶然にも先生が手伝うことになったわけですね。じゃあ先生は雨の日は何をしていらしたのですか」
 トシが言った。

「ただ、ボーっと景色を見ながら髭さんと、その友達の三人でいろんな話しをしたり、本を読んだりしていたなあ。髭さんとその友達は大学の友人やと思ってたら、違うたんや、髭さんの大学の友人が旅の途中で知り合った人で、髭さんとその人も北海道ではじめて会ったんやて」
「なんかすごくねえか、その鉄さんを含めて、みんながそれぞれと初対面なんて」
 低音だけれど少し興奮した様子の金子が言った。




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2008.09.13 / Top↑




 トシがおもむろに立ち上がり、両腕を胸の前で組んで、そのまま右手であごの辺りをなでながら少し天井を見上げた。
「旅は必要とする人同士を引き合わせてくれる力を、持っているのかも知れないなあ。今日の我々の出会いも運命的なのかもしれないねえ」
「トシさん、その運命的な出会いって僕とエリさんのことですか」
「逢坂くん何を変な勘違いしてはるの」
「タカさん、冗談ですよ、それよりその変な関西弁を止めとくんなはれ」
 みんなで大笑いをした。

「牧場には二週間だけお世話になった。鉄さんの奥さんも少しやけど牧場の仕事が出来るようになったし、髭さんとその友人もだいぶ仕事に慣れてきて、乳搾りも出来るようになったから、髭さんが言っていたユースホステルに行って見ようと思ってな、急ぐ旅やないけど、いろんなところへ行って見たくなったんや」

「そしたら、これからが本格的な北海道のたびの始まりですか、だってまだ三週間ぐらいしか過ぎてませんよね、七ヶ月もの長いあいだ、北海道にいたんですよね」
 夏樹が身を乗り出して言った。

「まず、札幌に戻ってユースホステル協会の事務局で会員証を作って、ガイドブックと時刻表の地図を見て、国鉄線からさほど遠くないところを転々と移動した。国鉄から離れてバスに乗ると、今まで以上に方向音痴が邪魔をすると思ってな」
「そうですね、バスに乗って行き先を間違ったら、何処へ行ってしまうか、ここは何処、わたしは誰。見たになっちゃいますもんね」

「トシくんの言うとおり。じつは北海道で三回、本州へ入ってからは五回ぐらいそんなことがあったかな、駅の近くにはユースホステルがあんまり無くて、バスに乗らなあかんことが多かった、すると『ここは何処ですか、わたしはどっちへ行けばよいですか』って聞いたよ。そしたら『あなたは何処から来たの、何処へ行きたいの』って聞き返されたんや、なんとも情けなかったなあ」

「じゃ、目的のユースホステルに辿り着けないこともあったんじゃないですか」
「金子くん、『あったんじゃないですか』どころじゃないよ、しょっちゅうだよ、三日に一回は駅やお寺の軒下なんかに野宿をしなあ。まっ、それはそれで面白かったけどね」


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2008.09.16 / Top↑





 田代先生は札幌から小樽へ行き、とりあえず北上した。先生にとってはとても苦手な地理の世界と、毎日、格闘しながら各地を廻り、行く先々で地元の人、列車、ユースホステル、または野宿の時に様々な人たちとの出会い、会話を通じて、多くのことを学び、吸収していった。大学生十人と教え子の高校生四人に、時間を忘れて夢中に話した。

「最北端の稚内へ向かう途中で礼文島に行ったんや、七月のはじめごろかなあ、そこのユースホステルで『夏休み入ると人が多くなるから、手伝ってくれないか』と頼まれて、ちょうど懐も寂しくなって来たから、しばらくはバイトをすることにしたんや」
「それって、伝説の桃岩荘ですか」
 エリが大きな声で聞いた。

「いや、別のユースホステルなんや、伝説はづっと後から聞いたから。結局、そこには十月ごろまでいたかな、人は少なくなったけれど、冬支度の準備も手伝って、雪がちらついて来たころに島を出て、稚内からオホーツクへ、そして内陸方面にも行ったし、知床あたりで新年を迎えた。根室、釧路、帯広から襟裳岬のユースホステルで日高の牧場に電話したら、髭さんが、残って手伝っていたんや。それでそこに寄ろうと思ったんやけどな、実家の親父が入院したって聞いて、急遽、京都へ帰ったんや」

「じゃあ放浪の旅も終わったんですか」
 タカが聞いた。
「いいや、親父が入院したんはほんまやけどな、盲腸やったんや、一週間もせん内に退院したから、京都では珍しい雪の原を見に東北へ向かった、かまくらも見たかったしな、日本海沿いの夜行でな」

「寝台特急『日本海』ですね」
 夏樹はまた金子に先をこされてしまい、少ししょぼくれた。
「そこから、ゆっくりと各地を廻って、関東、信州、北陸から山陰、九州まで行こうと思ったんやけどな、教員採用試験を受けるために、かまくらを見たら京都へ帰って勉強した、もっと日本中を行って見たかったけれど、いつまでもブラブラしてられへんしなあ、そしたら次の年に採用が決まって、教師になったんや」

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2008.09.17 / Top↑





「放浪の旅は終わったんですね」
 夏樹が寂しそうに先生の顔を見た。
「けど、こうして旅は続けてる、ユースホステル部の顧問として、一人の旅人としてな。どこかの高校にユースホステル部があるって聞いたから、赴任先の高校ですぐに部を作って、生徒たちと各地をを廻ってる、そんなに遠くへは行かれへんけどな。これでおれの北海道の話はおしまいや、おれ一人で喋ってもうたがな、すまん」

「いえいえ、たいへん楽しく聞かせていただきました、今の先生を見ていると、話しの初めの頃のような、数学バカみたいなことが嘘のようです」
 トシが笑顔で言った。
「もちろん、今でも数学の教師やし、地理は苦手やけどな、旅をして人間的に丸くなったような気がするねん」

「そしたら次は、先生の恋の話を聞かせてもらいまひょかあ」
 岡村がおどけて言った。
「お前、そういうことは、よう覚えてんにゃな、勉強は全然あかんのに」
 またまた、安達が岡村を羽交い絞めにした。

「そしたらここまで話したんやから、ついでに少しのろけよか。採用試験が終わってひと息の頃かな、大学の頃に皆で見に行った恋愛ドラマの映画を上映している映画館を見つけてな、一人で見たんや。前とは違っておれは泣いた、あの時、彼女がおれの言ったことで憤慨した訳がよく分ったような気がした。そして、目を赤く腫らしていたから、少しうつむき加減で歩いて外へ出たら、突然、人にぶつかった、向こうもうつむきながら歩いていた、目を赤く腫らしていた。おれがふられた彼女やったんや、同じ映画を見ていて、出てきたところで偶然ぶつかったんや」

「エッ、もしかして」
「もしかしてって、もしかして」
「先生って結婚したはりましたよね、それも大学を卒業して間もないころに」
「そうなんや、今の奥さんなんや」
 田代先生は顔を真っ赤にしながら、頭をボリボリと掻いた。
 十人全員が大きな拍手を先生に送った。エリがひときわ大きかったようだ。


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2008.09.19 / Top↑



 次の日、ユースホステルの玄関の前で十五人が記念写真を撮り、トシが逢坂のところへ五人分の写真を送る約束をして別れた。トシたち十人は京都へ、夏樹たち五人は飛鳥から吉野へと向かった。

「いやあ、楽しかったなあ、もう二度と逢うことは無いかも知れへん人たちやけど、きのうの夜のあの時間のことは、一生忘れへんと思うわ」
 夏樹の言葉に他の三人も大きくうなずいた。
「そやな、初めてのユースホステルの旅行に来て、一泊目からあんなに楽しいことをお前たちに体験させられるやなんて、今までで初めてやなあ。おれも、久々に旅の楽しみを味わったように思う、そやから、ついつい一人でいろんなことを喋ってしもうた」

「先生、他の旅の話も聞かせてくださいよ」
 夏樹が歩いている田代先生の前へ、立ちはだかるようにして言った。
「けど、先生は日本全国を旅したって聞きましたけど、きのうの話やと、北海道とかまくらの秋田だけですねえ」
 逢坂が不思議そうに聞いた。

「赴任先の学校ですぐにはユースホステル部を創ることが、できひんかったんや。部活を持たされることも無く、担任もせんでよかったから、夏休みを上手にやりくりして、三年間、毎年の夏休みにあっちこっちへ旅をした、行かんかったんは沖縄だけやなあ。その頃には時刻表も、地図にもだいぶなれてきて、北海道の時みたいな大きな間違いは無かったけど、ちょっとした方向間違いや、乗り過ごし、降りるところを間違うことはあった。時間が合わなくて、何十キロも歩いたこともよくあったなあ」

「それって、カニ族って言うんでしょ」
「安達はいろんなことを知ってるなあ、カニほど大きな荷物は担いではいなかったけどな」
「沖縄には今でも行ってないんですか、そこへ行けば全国制覇じゃないですか」
 夏樹が聞いた。
「行ったよ、新婚旅行で、沖縄に行ってきたんや、彼女は海外へ行きたかったらしいけれど、おれは絶対に沖縄に行くってゆずらなかった、全国制覇がかかってたさかいなあ」

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2008.09.24 / Top↑



 飛鳥。明日香とも書くようだ。
 四人は田代先生の旅の話を聞いたり、大学生たちと過ごした昨夜の話しをしたりしていた。ガイドブックに乗っている観光地を順に回りながら。でも、観光地のことなど何も覚えていなかった。

 吉野の山の上は、日没ともなると、気温が下がり、日中よりはかなり体感温度が低く感じられた。
「ちょっと、寒いなあ」
「先生は年やから、無理せんようにしてくださいよ」
「逢坂、バカにするなよ、まだそんな年やないで、お前かて,けっこう寒そうやないか」

 吉野山のケーブルを降りて、みやげ物屋が並ぶ道を通りすぎたところに、喜蔵院ユースホステルがあった。古いお寺で、宿坊の一部をそのまま、ユースホステルとして運営している。きのうとは違い、畳の部屋に各自で布団を引いた。同じ部屋には夏樹たち五人だけだった。少しカビ臭かった。
 夕食は肉と魚は、一切なかった。いわゆる精進料理である。本堂の横にある和室の部屋がユースホステルとしての食事の場所で、一人づつのお膳に精進料理が配膳されている。
 
「今日はなんか寂しいなあ、飯もやけれど、人もあんまり泊まってへんなあ」
 食事を食べながら、岡村が小さな声で隣にいた安達に言った。
「そやから、いろんなユースホステルがあるって、先生かて言(ゆう)てはったやろ」
 この日の宿泊者は、夏樹たちのほかには五人で、外国人の人、夫婦の人、みなさんが田代先生よりも年配の方々だった。
 食後のミーティングもなかったので、四人だけでみやげ物屋界隈をぶらぶらと歩いていた。先生はさすがに疲れた様子だったので、ひとりユースホステルの部屋において来た。

 初めてのユースホステル部の旅行は無事に終わった。

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2008.09.26 / Top↑


 土曜日の午後に、久しぶりに飛沢から電話がかかってきた。
「新しいレコードを借りてきたんや、家に来いよ」
「今度は何のレコードなん」
「かぐや姫のライヴ盤や」
「わかった、初めからテープをもって行くわ」
 
 久しぶりに飛沢と会うことになった。通う高校が違うとどうしても会う機会が減ってしまう。今なら携帯メールで頻繁に連絡を取り合うこともあるだろが、まだパソコンさえも普及する前のこと、一般電話か手紙しか連絡方法はなかった。手紙をやり取りするほどの遠い距離ではないし、恋人でもないのに頻繁に電話などしない。

「洋楽のロックやポップスもええけど、日本のフォークもええなあ」
「こんな風にギターが弾けたらおもしろいやろうなあ。ギターってなんぼ(値段)ぐらいすんにゃろ」

 久々に会ったとは言え、仲の良い友人同士、すぐにいつもの会話が始まり、いつものように飛沢の親父さんのステレオでレコードから、テープに録音してもらい、毎日のようにラジカセでそのテープを聴くのが、次のレコードを録音してもらうまでの間の夏樹の日課となる。もちろん今までに録音してもらったテープも聴く。

「ナツ、もうちょっと暖っこうなったらサイクリング部を再開しようや」
「そやなあ、弁当もって行こうか。泊まりがけで行ってもええなあ、ユースホステルって知ってるか、安くて、いろんな人との出逢いがあっておもしろいで」
「泊まりか、おもしろそうやな、考えとくは」

 一ヶ月に一回ぐらいの頻度で夏樹と飛沢は会って、音楽のこと、サイクリングのことを語りあい、一日を過ごす。正確には半日である。サイクリング部の活動日は一日だが。結局、泊りでのサイクリングはこの後も行くことはなかった。


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2008.09.30 / Top↑



 高校二年生になりユースホステル部にも、数名の一年生が入部した。新入部員は夏樹たち二年生よりも、学校として部活動の参加が必修だからという理由で、何でもいいから入部した、籍を置くだけのいわゆる『幽霊部員』がほとんどで、週に一回の活動日にも時々にしか顔を見せなかった。もちろん夏休みの旅行計画などには耳を傾けず、端から行く気はないようだ。
 そんな一年生に触発されたわけではないのだが、本村と田端も部室にも来なくなり、岡村は野球がやりたいと言って軟式野球部に転部した。同じ中学校から来た上田も辞めていった。
 そもそも、先生の目が届きにくい場所でみんながタムロできる所としてこの部室を見つけたのだから、活動内容にはなんの興味もない輩である。

「逢坂、今年の夏休みの旅行はどうする」
 夏樹が元気なく聞いた。
「春の奈良旅行はおもしろかったなあ。あんな感動を他の人にも味わってほしいのになあ」
 安達と三人だけが活動日に部室に集まり、たいした会話もなく出欠だけを取って解散となる。田代先生も、他の部活との掛け持ちなので、こちらからの用件がなければ、部室に顔を出すことはなかった。
 結局、今年の夏休みは体裁だけの自主活動ということになった。

「ナツ、今年の夏休みに海に行かへんか、知り合いの民宿が海からすぐのところにあるんや。赤川も誘って」
 飛沢からの電話である。
「もうひとり誘いたいやつが居んのやけど、かまへんか。おれとおんなじ高校なんやけど、中学校もおんなじやから、もしかしたらナツも知ってるかな」
「顔ぐらいは見たことあるかもな」
「ナツのことを話したら、わかるって言てたで」
「飛沢の連れ(友達)なら、おれはええよ」
 と言うことで、八月の初旬に四人で海へ二泊三日の旅行に行くこととなった。
 他に何の予定もない夏樹は二つ返事で了解した。このあたりで海と言えば日本海である。ユースホステルではないが列車に乗ることが出来る。
 赤川も一緒なら鉄道研究会の活動もできるし、ユースホステル部の自主活動がこれで一応は出来る。とにかく何処かへ行くことが夏樹は大好きなのだ。


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2008.10.06 / Top↑




 海に行く打ち合わせをするために、飛沢の家に四人が集まった。
「あれ、石田とちゃうか」
「おう、夏樹、久しぶりやな」
「もう一人誘いたいて言うのは石田のことやったんか、八年ぶりぐらいやなあ」
 石田と夏樹は小学校の一,二年生で同じクラスだった。よく遊んだ仲だったが、クラスが変わり疎遠になっていた。
「もしかしたら、幼稚園の時から知ってるんとちゃうかいなあ」
「そしたら、おれたちよりも古い友人と言うことやなあ」
 飛沢が言った。
 赤川とは中学校三年生のときに同じクラスだったようだ。
「四人がそれぞれに、いろんなところで繋がってるなあ。なんかおもろいなあ」

 丹後半島の北の端に経ヶ岬と言う岬がある。そこから少し西へ行くと、間人と書いて『たいざ』と読む集落がある。そこに飛沢の親父さんの古くからの友人が、民宿を経営していた。そこへ遊びに行くことになった。大きな海水浴場ではないが、目の前が海である。広い砂浜はないけれど、その代わり、海水浴客もあまり多くなく、穴場と言えるところである。
(三十年も前のことです。残念ながら現状は分かりません)

「丹後半島へ行くんやったら、加悦鉄道を見に行かへんか」
 赤川の鉄道知識が黙っていなかった。
「国産のSLが造られる前の輸入機関車なんかが展示してあるねん」
「おう、いくいく。復活、鉄道研究会や」
 夏樹がおおいに喜んだ。
「面白そうやなあ、石田もかまへんやろ」
 飛沢も鉄道研究会の正規メンバーである。
「ええよ、おれも鉄道とか好きやし、赤川からもいろいろ聞いてるし」
「よしこれで決まりやな、一日目に加悦鉄道に寄って、海に行くと言うことで」

 夏樹が高校に入ってからは、帰宅遊部(きたくあそぶ)は廃部して、帰宅後はアルバイトに勤しんでいた。この頃になると一眼レフカメラが手元にあり、もう父親のカメラではなく、自分で稼いだお金で買ったカメラを持って、鉄道写真を中心に撮っていた。

「そしたら、三脚の安いやつを、どっこかで探してきなあかんなあ」


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2008.10.08 / Top↑


 餘部鉄橋を見に行った時と同じく、京都駅を始発の鈍行列車に乗り、旅行が始まった。もちろん、最後尾の客車の最後列の席を陣取り、乗降デッキに出ては心地よい風と、スリルを味わうのだ。
 途中、福知山で下車。福知山機関区を見学することができた。ここは京都北部、一部は福井、兵庫北部方面で活躍する機関車が駐留している機関区である。
 鉄道を趣味とする方々にしか、わからないかも知れないが、この当時蒸気機関車の時代が終わり、非電化区間の客車の牽引をしていたのがディーゼル機関車である。多くのDD54型、DF50型が駐留していた。
 福知山機関区には扇型機関庫と転車台(機関車の前後を回転させる装置)があった。地方の機関区としてはめずらしのではないだろうか。

「中に入ってもかまへんって、この腕章を付けてくださいって」
 赤川が駅員さんに機関区の見学を頼みに行ってくれた。
    
                  福知山


 鉄道オタクとしては、機関区に入って見学できるなどということは、至福のひとときである。そして、多くの機関車が機関庫に入っている姿を見ることができたのだから、運が良いとしか言いようがない。

「赤川、来てよかったなあ、普通は入れてもらわれへんのとちゃうかあ」
 夏樹は興奮を抑えきれずに声が少し上ずっていた。
「ほんまやなあ、聞いてみるもんやで」
 二人はさっそく三脚にカメラを取り付けて、おもいおもいのアングルから写真を撮りはじめた。

「あいつら、ほんまに鉄道が好きなんやなあ。ものすごく活き活きしてみえるは」
 石田が腕組みをして二人の様子を見て夏樹に言った。
「ええのとちゃうか、好きなことに夢中になれるということは、なんか羨ましいは、俺なんか、ああやって夢中になれることが、ないさかいなあ」
「そうなんかぁ?、夏樹とサイクリング行ったり、いろんな音楽をステレオで聴いたりしてんのとちゃうの」
「それは、自分から興味をもって始めたことやないねん、ナツと知り合って覚えていったことやし。たまたま、俺の親父がステレオを持っていたから、なんとなく音楽を聴くようになっただけや。知識はナツの方がいろんなことを知っとるで」

 飛沢と石田はカメラを持ってきたけれど、ケースから出すこともなく、じっと夏樹と赤川の行動を見ていた。



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2008.10.10 / Top↑



「そろそろ行かんと列車に乗り遅れんのとちゃうか」
 飛沢が夏樹と赤川に大きな声で言った。
「あっ、やべぇ、もうこんな時間か」
「急がんとあかんなあ」
 四人は駅員さんにお礼を言って、山陰本線の上り線ホームに向かった。いったん綾部に戻り舞鶴線に乗り宮津へ向かう。宮津線で丹後山田へ、そこから加悦鉄道に乗りに行くのだ。(残念ながら昭和六十年四月に営業終了してしまった)

 この当時の山陰本線はほとんどの区間で単線だったために、駅ではない場所で上り下りの列車がすれ違うことはなかった。しかし、福知山と綾部の間には、ほぼ直線で複線の区間がある。ここでは上り下りの列車が、走りながらすれ違うことができる。山陰本線では大変珍しいことなのだ。

「来年の夏休みには、こうやって遊びに出かけることは、でけへんやろうなあ」
 飛沢が少し寂しそうに言った。
「そやなあ、俺も来年の今頃は、こんなことしてらへんやろなあ」
 車窓から見える田園風景をぼんやりと見ながら、石田もなんとなく寂しげである。
「なんでやねん、これから楽しみ行くのに、そんなしみったれたことを言うなよ」
「夏樹の言うとおりや、ましてや来年のことなんか喋るなよ。鬼が笑うで」
 赤川は少し興奮しているようだ。

「飛沢も進学なんやろ」
「そうや、石田はどこの大学へいくんや」
「俺の頭ではなあ、行きたいところやのうて、とりあえず入れるところへ行くしかないもんなあ」
「俺もやなあ。けど、できれば家から通えるところへ、行きたいねんけどなあ」
「それの方が親の負担も少なくてすむしなあ」

「なんや、お前ら大学に行くのか。それで来年は受験勉強をせんといかんから、こんなことをしてられへんて言うことか。その程度の理由で大学に行って何をやるつもりや。そやから、今の大学生なんか遊んでるやつばっかりで、いつ勉強をしてんのか分からへんのが多すぎる。出席日数が足らんから留年して、それでも懲りずに遊び惚けるから、結局、退学してヒッピーみたなんになって、なんもせんと、フラフラしてるやつらがいるやないか。とりあえず大学へ行くやなんて、俺はきらいや」
 赤川がますます興奮してきた。
 


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2008.10.14 / Top↑




 大学とは、とりあえず行くところではなく、将来の目標のために、本気で行きたいやつが、入りたい大学を目指して、真剣に勉強して希望の大学に入る。そして、入学してからはその目標に向かって勉強するところなのだ。これが赤川の大学に対する考え方である。
「夏樹はそう思わへんか」
「いや、ううん、多分。とりあえず遊びに行くところではないわなあ」

「けど今の時代はとりあえずでも大学を出とかんと、後でいろいろと大変なんや」
 石田も少し興奮しているようだ。
「まあまあ、せっかくの旅行やないか、赤川も石田も喧嘩みたいな喋り方は止めようや」
 飛沢がやんわりと割って入った。
「赤川の言うとおりやと俺も思うけどな、最終目標が決まらへんから、行きたい大学も決められへんやろ、そやから俺もとりあえず大学へ行こうと思うてるんやけどな。それって間違ってるやろか」
「すまん、ちょっと興奮してしもうた。俺の知ってる大学生に遊び惚けてる人が何人かいるんや。それと、そういう大学生が主人公のテレビのドラマを見て、すごく頭にきてたから、少し言い過ぎたかな。ごめん」

「赤川はどうするんや、これからの進路は」
夏樹が聞いた。
「俺は」
 興奮していた気持ちを落ち着けるように、少しのあいだ車窓を眺めていた。その時下りの特急列車が、けたたましい轟音を響かせて福知山方面へと走っていった。
「ごめん、俺もまだ決まってないんや。将来の目標って言うか、なんとなく、やって見たいことはあるんやけど、具体的には何も決まってない。ただ、とりあえず行くところとは違うと思うんや、大学て」

 夏樹はいますれ違った下りの特急列車が何だったのか、気にしながら話に入っていった。
「そうすると赤川も進学の可能性もあるということか」
「そういうことやな、やってみたいことのために、何を勉強すればええのか、まだよう分からんへんから、どこの大学へ行けばええのかも分からん」
「そうかあ、一応三人とも進学かあ、俺だけやな就職希望は。まあ、どっちみち俺の頭ではとりあえずでも入れる大学なんかないけどな」




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2008.10.16 / Top↑





「そんなことないやろ、中学のころは俺よりも成績は良かったし、今からでもまにあうって、一緒に進学しようや」
 飛沢の声が珍しく高ぶっていた。
「いやあ、俺も赤川とおんなじような考えなんや、大学はとりあえず行くところやない、それに俺は今やりたいことがある、それは大学やなくて高校を卒業したら、やりたいことができる処へ就職することや。そこで早く仕事を覚えて一人前の職人になることが、俺の今の夢なんや」

「職人?なんか物を作る仕事かあ、何を作る仕事や」
 赤川が興味のある顔付きで夏樹を見た。
「まあ、それはええやないか、いずれ分かることやし。それに、まだ行くところは決まってないし、来年の秋にならんと分からんことやからなあ」

「そうかあ、夏樹はもう将来の自分のやりたいことが決まってるんやなあ。そういうやつはその道にまっしぐらに進めばええねん、俺みたになんも決まってへんやつは、今のところ、とりあえずなんやけど、大学に行くことしか想い浮かばへんのや」
 少し元気なく石田が言った。
「赤川と夏樹が言うてることは、俺かてようわかってるけどな、今のところ、やりたいことや将来の夢とか、何にも見えてきいひんねん、世間ではもう高校生やろって言う感じで見てるけどな、俺にしてみれば、まだ高校生やねん、まだ十七歳になったばっかりやねん」
 飛沢も少し寂しそうな口調で言った。

「ごめん、俺も少し言いすぎたなあ、偉そうなことを言うたけど、まだやりたいことなんか、なんとなくしか見えてへん。さっきも言うたけどな、こないだ見たドラマに出てた大学生があまりにもだらしなくてな、その役のせりふが『今が楽しきゃ、それでいいじゃねえか、何年かけて大学を卒業しようと俺の勝手だろうが、ほっといてくれ』って言いよった、なんかものすごう腹が立ってきてなあ」
「赤川の見たドラマって日曜日の八時からのやつか、俺も見た、なんか腹が立ったなあ」
 飛沢も同じドラマを見たようだ。






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2008.10.18 / Top↑






「俺は、たまたまやりたいことが決まっていて、それが職人仕事やから何ぼでも早く、その仕事を覚えた方がええって言われたんや。ほんまは高校へ行かずに修行したほうが、ええねんけど,って言う人もいたけど、親父が高校だけは出ておいた方が、これからのためやからって、その仕事がいやになるかも知れへんし、他の理由で出来なくなることもあるかも知れへんし」

 車窓を見ることもなく話に夢中になっていた。何処の駅だろうか、停車しているこの列車の横を、二両編成のディーゼル車が綾部方面へゆっくりと発車して行った。そのディーゼル車の走行音が聞こえなくなってすぐに、夏樹たちが乗ったディーゼル車の発車を知らせる警笛が「ブオォーーーン」と聞こえてきた。

 夏樹が自分の思いを続けた。
「飛沢が言うたとうりやと思うんやけど、まだ十七歳になったばっかりやろ、今はこれがやりたいと思ってその道に入っても、思てたのと違うことに、やってみて初めて『こんなはずやなかった』って気づくこともあるかもしれへんしな、それでその仕事を辞めて転職するときに、中卒ではなかなか仕事を見つけるのは難しいやろ、履歴書に高校卒業と書かへんと、雇ってくれるところが少ないんのとちゃうやろか。そういう意味では大卒の方がもっと有利やろなあ」

「そうなんや、とりあえずでも大学を出ておけば、就職のときに何ぼでも有利やということは分かってる、そういう理由で大学にはいろうとしてるのが半分や、残りの半分は、俺が今の段階でやりたいこと、やって見たいことが見えてきいひんから、大学に行けば何かが見えてくるのとちゃうかなと思うんや、見えてくるまで高校にいるわけにも、いかしまへんしなあ」
 飛沢が少しおどけて言った。

「赤川の言うとうりや、来年のことなんか話してたら鬼に笑われるわ。せっかくの夏休みにこうやって遊びに来てんのやから、楽しまんとな」
「おい石田、俺たちは遊びに来てんのとちゃうで、鉄道研究会として研究に来てるんやかな」
 赤川のこの一言で四人が大笑いをして。
 夏樹たちの乗ったディーゼル車はクーラーがない列車だ。大きく開けた窓からの心地よい風を感じながら、車窓に見える山々や田園風景を楽しんだ。



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2008.10.20 / Top↑




 舞鶴で宮津線に乗り換えて丹後山田へ向かう。右手には日本海がちらほらと見え隠れするようになって来た。一日目、二ヶ所目の目的地である加悦鉄道に乗って、終点加悦駅の『SL広場』へ向かう。

     (何十年かぶりに、時刻表に付いている北近畿地方の路線図を見ると、
      丹後山田駅は見当たらなかった。宮津線は第三セクターの
      北近畿タンゴ鉄道になっていた。鉄道研究会をサボっていました)

 当時のSL広場は加悦駅構内にあった。明治時代の英国製蒸気機関車や、戦前、戦後に活躍したSLや気動車、ディーゼル機関車、客車が展示してあった。赤川と夏樹はカメラを片手に、あまり広くはない構内を走りまわっていた。今日の最終目的地の間人(たいざ)の民宿へたどり着くには、あまり時間がなかった。

             
              加悦1             加悦2



 名残惜しい気持ちを堪えて、再び加悦鉄道に乗り、丹後山田へ。宮津線の網野からはバスに乗り間人へ向かう。海水浴場とはいっても、砂浜ではなく、小石の海岸で、人もあまり多くはなかった。今日のところは時間も遅いので海には入らず、すぐに民宿の風呂に入り、夕食の時間となった。
 部屋にはテレビもなく、だからといって外へ散歩などにも出かけず、なぜか四人でトランプをやっていた。当時としては、まじめな部類の高校生である。酒なども飲まずに、ジュースを片手に、ポーカーが始まった。

 まじめな部類とは言え、そこは高校生、ゲームが白熱してくると、声も大きくなってくる。
「こらあ、うるさいぞ」
 隣の部屋の家族連れのお父さんから怒りの叱責が聞こえてきた。隣の部屋とはいっても、広い続き間をその時の人数によって、襖一枚で仕切りを換えて部屋を作っているので、隣へは声が筒抜けである。

 隣のお父さんから怒りの叱責が来るのも当たり前であった。いつの間にか十一時をとっくに過ぎていたのだ。
「すいませーん」


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2008.10.22 / Top↑



 高校二年の夏休みは、飛沢、赤川、石田、そして夏樹の四人で丹後半島の間人(たいざ)への二泊三日の海水浴旅行に行った以外は、四人ともアルバイトに勤しんでいた。要するに四人とも夏休みにもかかわらず、毎日のように学校へ行かなければならないような、部活動は何もやっていなかったのだ。四人ともに運動は遊びとしての域を超えるほどの興味、関心はなく、中学生時代も何も入っていなかった。

 また、あの当時の体育会系の部活は、先輩、後輩の縦の関係が非常に厳しく、一年でも年上の先輩の言うことは絶対だった。それだけその競技への強い想いと、強靭な精神力のない人間は部活動に入っても、苦しいだけだったかもしれない。四人が通っていた中学校の体育会系の部活は、大会では常に上位入賞をする部が多かった。
 文化系にもあまり興味を持てる部活はなかった。絵を描くのも、音符も苦手だった。

 夏樹が籍を置いている、ユースホステル部と、鉄道研究部は、夏休みにおいては自主活動、自主研究ということだった。結局、何もないのである。

「夏樹」
 夏休みが終わって二学期が始まったころだった、安達が声をかけてきた。
 安達も夏樹と同じくユースホステル部と、鉄道研究部に籍を置き週に一度の活動日に顔は会わせていたが、相変わらずユースホステル部には、この二人と逢坂と一年生の何人かが顔を出すだけだった。
「冬か春の休みにスイッチバックを見に行かへんか」
 スイッチバックとは、列車が高低差の大きい急傾斜を、ジグザグに登りくだりする場所である。

「ユースホステル部と鉄道研究部の両方の自主活動が出来るやろ、スイッチバックはこの辺にはないから、一度見て見たかったんや」
「ええなあ、何処へ行くんや」
「島根県の宍道湖のある宍道駅から、県境の岡山側の備後落合駅を結ぶ、木次線の出雲坂根駅にZ型のスイッチバックがあるんよ」

 地図を見てもはっきりとZ型に線路が書かれている。
「そこやったら山間のローカル線やろ、列車の本数は少ないやろなあ。早めに計画を立てんとあかんなあ。岡山側から島根に行って、そや出雲大社にお参りにいこ、あそこは縁結びの神さんやろ、そろそろ彼女が出来ますようにって頼んでこうよう」
 さっそく二人は地図と時刻表を開いた。


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2008.10.27 / Top↑




 山陰方面へはいつも始発の列車に乗って行くのだが、今回は山陰本線の長距離列車の最終便、二十二時ごろ発の夜行列車に乗って行くことにした。夜行鈍行である。
     (残念ながら現在の時刻表には載っていない。いつの間に
     廃止されてしまったのだろうか、またまた、鉄道研究会を
     サボっていました)
 この列車で米子まで行き、伯備線で新見へ芸備線で備後落合へ、そして木次線で出雲坂根駅へ向こうことにした。

 この夜行鈍行は山口県の下関駅までの各駅停車の鈍行で、亀岡あたりまでは会社帰りに一杯飲んでのサラリーマンの乗降があったように思う。その先はほとんど人の乗降はなく、静かに駅に止まり、静かに駅を後にしていく、この連続であった。
 嵯峨駅を過ぎれば、街の灯りはなくなり、車窓からは何も見えなくなる。窓ガラスには車内の様子がくっきりと映り込んでいた。亀岡駅を出たあたりだろうか、車内アナウンスはなくなり、室内灯も少し落とされて薄暗くなる。各駅停車の夜行鈍行なのに、一両だけではあるがB寝台車が連結されていた。

 四人掛けのボックス席には、二,三人ずつの人しか座っていなかった。一人で四人分を独占している人もいた。夏樹と安達も四人分を二人で使っていた。
「今日は空いてる方なんやろか」
 静まり返った車内に夏樹の小さな声が、隣の席の客にも聞こえてしまいそうだ。
「どうなんやろ、分からんけど。結構、揺れるなあ」
 車内アナウンスはないし、駅での出発のベルも鳴らないが、発車の時は『ガッタンゴッゴン』と大きく揺れる。
「今日の運転手はへたくそやなあ」
「そうみたいやなあ」
 夏樹と安達は、窓に映っているお互いの顔を見ながら、苦笑いをした。

「米子に着くのは朝の七時半ごろ。寝過ごさんようにちゃんと降りんとなあ」
「夏樹、心配せんでも大丈夫やと思うで、多分、寝られへんのとちゃうか、走ってる時も結構、揺れるし」
「いや、俺は寝てしまうかも知れへんから、安達、自分に頼むは、起こしてな」




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2008.10.29 / Top↑




 車内のほとんどの人たちはおもいおもいのスタイルで眠っているように見える。何人かのおじさんは、透明のガラスカップに入った酒や、缶ビールを片手に持ち、寝るでもなく、起きているでもないような、赤い顔をしてとても気持ちの良いように見える。まさしく夢心地といったところだろうか、あのおじさんたちには、列車の揺れ具合がちょうど良い感じの揺れ具合なのだろう。

 日付が替わり安達と夏樹は小声で話しをしていた。内緒話に花が咲いたような光景で、学校の教室や街中の喫茶店などで、こうやって男子高校生二人が、お互いの顔を近づけて、小声で話をしていたら、とても滑稽であろう。
 夏樹はうとうとと眠ってしまいそうなのだけれど、缶ビール片手のおじさんのように、列車の揺れが心地良い揺れとはならず、しっかりと眠ることは出来なかった。
 眠いのだけれど、揺れと列車の走行音が、睡眠の邪魔をするのだ。

「安達の言うとおりやな、ひとっつも寝られへんは」
「けどさっき、大きな鼾をかいてたで」
「うそう、俺って鼾をかくのんかいな、なんかショックやなあ、そんなこと言われたん初めてやで」
「五分ぐらいやったかな、すぐに目を覚ましたけどな、少しだけやけど寝てることには間違いないわな」
「そんなこと聞かされたら、気になって寝らへんがな」
「なんも気にすることなかあらへん、見てみ、あそこのおじさん、思いっきり鼾かいてるはる、さっきからずっとや。けど、走行音の方がうるさいから、ぜんぜん気にならへんやろ」

 夏樹から見れば二つ後ろの席で、通路側の肘掛を枕代わりにして、夏樹たちの方へ顔を向けて寝ている、五十代ぐらいのおじさんが見えた。鼾の音が聞こえるが、それ以上に『ガタンゴトン、ガタンゴトン』の音の方が大きく、あまり聞こえてこなかった。

「ほんまやな、静かな部屋で一緒やったらかなりの顰蹙(ひんしゅく)もんかもしれへんなあ。あれ、もしかして自分は全然寝てへんのか」
「うるさいのと揺れが大きさかいになあ、それと少し考えごとをしてたさかいに、目が冴えてしもうたは」
「なんぞ、悩みでもあんのんかあ、俺でよかったら相談にのるでえ」
「おうきに」

『ガタンガガッタガタゴトン』
 大きく左右に揺れて、ポイントの上を通る大きな音がした。スピードも急に遅くなってきたようだ。どこかの駅に入って行ったのだろう。

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2008.10.31 / Top↑



 腕にはめた時計を見ると午前二時を少し過ぎていた。相変わらず窓の外は何も見えない、真っ暗闇だ。夏樹と安達が座っている席の窓からは、駅の名前を確認できるものは何も見えない。まもなく、何の合図も無く『ガッタンゴッゴン』と大きく揺れるけれど、静かに発車した。
 大きく揺れて発車した列車だったが、その後は静かにゆっくりと、真っ暗なホームを進んで行くのが、わずかに確認できた。その時、不意に目の前に駅名表示板が左から右へ流れた。一瞬だったが『玄武洞』と書かれていたのが読み取れた。

 円山川沿いのこの駅の対岸に、天然記念物の洞窟がある。日中であれば、車窓からでも六角形の岩肌が見えるはずである。今はその駅舎の存在を確認するのも間々ならないほどに、あたりは真っ暗である。月も星も見えない曇り空のようだ。

「なあ、夏樹、眠たいかあ」
「今はあんまり眠とうはないで」
「列車が走り出したら、少しぐらい話しても回りに聞こえにくいやろうから、俺の話を聞いてくれるか」
 そう言うとジャンパーの下に着ているウエスタンシャツの胸ポケットから、タバコを取り出した。
「自分ってタバコを吸うのんか」
「うん、少しな」

 安達は銜えたタバコに火を付けて、吸い込んだ煙を大きく天井に向けて吐き出した。それを三回繰り返して、窓のすぐ下に備えられている灰皿で火を消して、その中に投げ捨てた。
「よう分からんけど、まだまだ吸えるだけの長さが残ってんのとちゃうの」
「いや、これだけでええねん。気持ちが落ち着いたわ」

 夏樹が親しくしている友達の中に、タバコを吸うやつは、今までいなかった。中学のときも、今も。いわゆる不良グループと言われるようなれ連中が吸っているのは、知っていたし、見たこともあった。そんな連中とは一線を画したところに居ると思っていたその安達が、いきなり目の前でタバコを吸出したから、少し、ほんの少し別の世界の人間だったのかと驚いた。
「夏樹は吸わへんか、俺は中二のときから吸ってる。意外やったみたいな顔してるなあ」
「う、うん。ちょっと意外やった。勉強もできる方やし、あのグループたちとはまったく関係の無い人間やと思ってた」
 あのグループとは夏樹たちが通っている高校で、有名な悪(わる)グループたちで、そのボス的存在が夏樹のクラスにいた。


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2008.11.04 / Top↑





「俺のいた中学校は市内でもベストファイヴに入るぐらいに、ワルが多いところでな、教室の一階の窓は全部割れていた。辛うじて残っていたのは、職員室だけやった。職員室も毎日のようにどこかの窓ガラスに石を投げつけて割るやつがいた。他の教室は割れたら割れたまんまやったけど、職員室はすぐに直してたから、残っていたというより、すぐに直してたからガラスがあったんやな」
「そんなに荒れてたんか。喧嘩も、けっこうあったんか」
「そやなあ、大きな喧嘩はあんまりなったけど、小競り合いは毎日、どこかであったなあ。『メンチ切った』とか言うて、些細なことで大きな声出して、ヤクザみたいな啖呵を切ってるやつばっかりやった」

 当時、安達が通っていた中学だけではなく、各地の中学校が荒れていたようだ。夏樹の居た中学校にもツッパッタ連中はいた。足が二本も入りそうな太いズボン、膝ほどもある長い学生服。その裏地には竜や虎の刺繍が施されていた。『南無阿弥陀仏』なんていう刺繍をしていたものもいた。また、頭髪はパンチパーマに剃り込みを入れた前髪、眉毛は無く、フレームの上部が前よりに四十五度に傾いた伊達眼鏡をかけていた。

 そんな連中が授業にもあまり出ないで、校内をうろうろしていた。夏樹も中学校に入学してすぐに、「おい、俺のこと見てたやろ」と言いがかりを付けられて、殴られそうになったこともあった。

「俺は入学してすぐの時に、髪を櫛でキッチリと分け目を入れて梳かして学校に行ってた。そしたら三年生にいきなり叩かれた。『なんやその頭は、なんや腹立つなあ』って吐き捨てるように言うて、どっかに行きよった。俺の歯が一本折れたんや」
「ええ、ちょっとひどすぎるなあ」
 その三年生は卒業後に障害事件で新聞沙汰になったようだ。
「それからは、いつも髪をボサボサにして、梳かしたことはなかった。そしたらある日に俺を殴った奴が、三人の子分見たいなんを連れて歩いて来たから、廊下の影に隠れて見ていたら、子分みたいなんの一人が小学校の時の友達やったんや」
「その友達って、小学校のころから悪かったんかあ」
「いいや、俺よりもおとなしかったけど、勉強はあんまりでけんかった」


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2008.11.05 / Top↑





 安達よりおとなしく、あまり目立つ存在ではなかった彼は、いつの間にか不良グループの仲間に入り、太いズボンを穿き上着のボタンを一つも留めないで、少し伸ばした前髪に整髪料をタップリ付けて、両横を上の方へかき上げた、いわゆるリーゼントにしていた。ボス的存在の後ろに立ち、風を切って歩いていた。
「なんであいつが、あのおとなしかったあいつが、と思った」
「中学校に入ったら、突然、別人のようになってしまう奴っているんだよなあ。あれってなんなんやろなあ。小学校とは違う環境への適応ができひんから、戸惑ってしまうからかあ」

 夏樹の通っていた学校にも中学校へ通うようになると、別人に変化してしまった奴がいたのだ。
「環境の変化もやろなあ。中学校に入ると多くの人はいろんな変化がおとずれる。環境もやけど、体の変化、背が伸びて、いろんなところに毛が生えてきたり、男は声が変わったり、女は胸が大きくなってきたり、無意識に異性を気にするようになったりせえへんかったか、疎ましいような愛しいような、もやっとした感じなかったか」
「ん、あったあった。今まで一緒に走り回って遊んでた近所で同い年の女の子を、女として意識をした存在になったなあ。今思えばあいつへの想いが初恋なのかなって」

『ガッタンゴッゴン』
 大きく揺れた。どこかの駅に停車していたようだ。相変わらす窓の外は真っ暗でなにも見えず、何処の駅だったのか確認することは出来なかった。そういえば夏樹の後ろの方から大きな鼾が聞こえていたようだが、いまの大きな揺れで目が覚めたのだろうか、突然聞こえなくなった。

「二、三年生がものすごい大人に見えたりもしたやろう」
「いままでの小学校では、幼稚園から上がったばかりの小さい子もいたから、今の上級生が大きくて、大人っぽくて、なんか怖いような感じもしたもんなあ」
「そういう変化に戸惑って、ちょっとしたきっかけで、自分も大人になったような気がして、ああいう格好をして、ツッパッて親や先生に反抗することが、大人なんやて思う奴もいると思うんや」
「それが思春期、青春てかあ・・・」



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2008.11.07 / Top↑





『ゴウウウウーーーー』
 トンネルに入ったようだ。夏樹の声が聞こえなくなった。二人はトンネルを抜けるまでの間、話をするのを止めた。あまりの騒音で何を言っているのか分からなかったからだ。
「なんやえらい長いトンネルやったなあ」
『ガタンガガッタガタゴトン』
 大きく左右に揺れて、ポイントの上を通る大きな音がした。しばらくして駅名表示板に『柴山』と言う字が読めた。

「柴山駅か、もうすぐ餘部の鉄橋やなあ。安達のその友達も、なんかのきっかけがあったんやろなあ」

 ある日、学校から帰る時に安達はその友達と一緒になった。お互いに昔からの仲の良い友人としての会話がはじまり、彼は小学校のころとなんら変わらない様子で、安達と話をしながら歩いた。すると少しうつむきがちに寂しいそうな声で、太いズボンを穿くようになった理由を話しはじめた。
「こうしてると楽なんや」
 彼は中学校に入ってすぐに、このワルボスに変な言いがかりを付けられて、殴られたのだ。それからも学校内で会う度に、校舎の影に連れて行かれて殴られたり、小銭を取られたりしたようだ。
「学校に行くのがいやになって、よく休んだんや」
 彼は安達の顔を見ながら言った。
 どうすればこんないやな思いをしなくて済むのか、彼なりに考えた。決して学校に行くのは嫌いではない、できることなら毎日、学校へ行きたいのだ。そして彼が選んだ方法は『ワルいやつの仲間になればええんや』だった。

「ある日、髪を整髪料で固めてリーゼントにして、普通の学生服の下に白地にプリント柄のTシャツを着て、学生服のボタンを全部あけて、少しうつむき、上目づかいにして、両手をズボンのポケットにいれて学校へ行ったんやて。」
「突然そんな格好をして行ったら、みんなが驚いたやろなあ」
「うん。クラスのみんなが呆気に採られ、変な、怖いものを見るような顔をして、彼を遠巻きに見てたそうや」
「そやろなあ」
「けど、喜んで彼を迎えてくれた連中がいたんや。ワルグループのボスとその仲間たちやった。



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2008.11.10 / Top↑





 ある日突然、変わってしまった安達の小学校の時の友達は、ワルグループのボスのお下がりの太いズボンを貰い、やがてお尻全部が隠れるような長い学ランを買って、その連中といつも一緒に行動をとるようになった。当然、今までの友達はみんな、離れていった。でも、変わる以前のように、その連中からいじめらたり、小銭を取られたりすることはなくなった。逆に、取る側の後ろでいつも睨みを利かせていたようだ。

「けどな、あいつ『俺は直接、人を脅したり、小銭を巻き上げたりはせんかった、虎の威を藉る狐を演じていただけや。そうせんと、いつまでも俺が脅されて、いやな思いを毎日することになる』少し涙ぐんだ目で俺に言うんや」
「かなり切羽詰まっての選択やったんやろな」
「ワルグループに立ち向かう勇気も、腕力も、知力も持たない人間の、究極の選択やったと思うで」

『ガッタンゴッゴン』
 大きく揺れたが、柴山駅を静かに発車したようだ。

「それから、そのワルグループが次に狙いをつけたんが、俺やってこっそりと教えてくれたんや」
「えらいこっちゃがな」
「俺かてびっくりして、スーッと血の気がひいたで。これはやばい、何とかせんといかんって。けど俺かて立ち向かう勇気も腕力も何もないから、何日かはなにも手に付かずに、そのことばっかり考えてた」
「ほんで、どんな風に考えたん」
「俺も彼とおんなじようなことしか、思い浮かばんかった」
 
 安達は彼なりの作戦を立てた。急に変わってしまうと、今までの友達を無くしてしまう。だから、安達の友達のような方法ではだめだ。そこで、何気ない素振りでワルのボスのことを聞いて回った。そして自分より腕力の強い奴には、手を出さない、意外と思ったほどたいしたことのない奴なのだ、という情報を手に入れた。

「それで俺は柔道部に一年の二学期から入ったんや」
「えっ、何でそこで柔道部なんや」
「小学校の時の友達で、誰よりも体が大きくて、ちっさい頃から柔道をしていた奴がいてな、中学校でもすぐに柔道部に入って、一年生の時から団体戦の大将をやったこともあった」
「へえ、すごいなあ」
「まあ方法は違うけど、簡単に言えば俺も『虎の威を藉る』ことにしたんや。正面から向かって行っても、争いが日常化するだけやろ」



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2008.11.12 / Top↑


 安達は柔道部に入って強くなって、不良たちに立ち向かう方法を選んだのではなく、おそらく一年生で一番体が大きく、一番強そうな柔道部の友達といつも一緒にいれば、標的にされることはないだろうと考えたのだ。
 もし強くなって正面から向かえば、いくら大したことのない奴でも、あらゆる手段を使って攻撃してくるのではないだろうか、するとこちらも黙ってやられる訳にはいかないので、攻撃することになるだろう。暴力に暴力で立ち向かうと、どちらかが降参するか、大怪我をするまで続く可能性がある。憎しみに憎しみが掛け合わさると、その憎しみはもっと大きな憎しみとなる。その最たる悲劇が国同士の戦争である。
 争いになった最初の理由など大したことではないのだ。しかし、攻撃に対して攻撃すると、始めの攻撃よりさらに大きな攻撃を仕掛けてしまう。こうやってどんどんと大きな憎しみと、争いになっていくのではないだろうか。
 男の面子などは結局のところ、大したことないのだ。

「けど柔道部の練習って、けっこう厳しくはなかったか」
「うん、中途入部やし、あんまり体力には自信がなかったし、はじめの三ヶ月ぐらいは、きつかったなあ」
「そやろなあ。俺の中学校の柔道部には、けっこうワルい奴もいたけど、大丈夫やったか」
「俺のとこもちょっとカッコつけて、流行の服を着たり、基本的に丸刈りの部やのに、『ヘヤー&カット』の雑誌を一生懸命見たりしてる先輩もいたなあ」
「なにそれ」
 夏樹が思わず噴出すように笑った。

「それとタバコを吸ってる先輩が多かったなあ。悪いことといえばそれぐらいで、弱いものいじめしたり、喧嘩したりはせんかったなあ。練習もまじめで、大会ではいつも上位入賞やった」
「たばこかあ」
「厳しい練習の後に一服すると、ものすごく楽になった気がするねん」
「へえ、そうなんか?俺にはわからんなあ」

『ゴウウウウーーーー』
 トンネルに入ったようだが、すぐに抜けた。速度はさほど速くはなかったが、いつもの走行音よりもはるかに金属的な高く大きな音が客車全体に響き渡った。

「ううん、餘部鉄橋みたいやなあ。微かに下の方に家々の明かりが見えるなあ」
「真っ暗で何も見えへんけど、ここが餘部鉄橋なんや、ゆっくり見たいなあ」
「帰りにはここに昼ごろに着くから、駅に降りてじっくり見れるで」




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2008.11.14 / Top↑





 餘部の駅には停車しなかった。駅を通過する時は徐行したけれど、停車しないで次の駅に向かった。

「もちろん中学生がタバコを吸うのは悪いことやし、先生に見つかったら大変なことになったけど、見つからんようにうまいことやってた」
「誰も見つからんかったんか」
「そやなあ、柔道部以外で吸ってた連中は学校で吸うてから見つかって、えらい怒られて、親も呼び出されたりしてたなあ」
「ほな、柔道部は見つからんかったんか」
「うん、学校では絶対に吸わんかったからなあ。それに日に二、三本やったし」
「そしたらお前もその時に覚えたんか」
 安達は小さく頭を下げて、頷いた。
「先輩に強制されて始めた分けやないで、軽く進められて興味半分で吸ってみたんや、そしたら思いっきりむせて、何でこんなんが美味しいんか分からんかたけど、しばらくしてから、その香りがなんとなくリラックスできた」

 その後も安達は時々吸うようになった。ただ運が良かっただけなのか、見つかることはなかった。徐々に常習化していて、止めることが出来なくなっていた。しかし、常に悪いことをしているという罪悪感がつきまとい、その罪悪感を打ち消すかのように柔道の練習に励んだ。

「それで、そのワルグループ達には標的にされんかったんか」
「うん、学校にいる時はほとんど、柔道部の友達や先輩と一緒にいたから、絡まれることはなかったなあ。柔道の練習のことを思えば、あんな連中どうっちゅうことないように思えてきたんや。それだけ厳しい練習やったし、俺にも力がついてきてそんな連中なんか何も怖いことなくなった」
「いろんな自信がもてたっちゅうことやな」
「高校に入ってからは、親父が体を壊したから、家の手伝いをせんといかんようになって、柔道も止めたんやけど、タバコだけはいまだに止められへんのんやあ」
 安達はそう言うと真っ暗で何も見えない車窓を、少し寂しそうに眺めた。

「まあええやん、そんなにいっぱい吸うてるんとちゃうやろ、それに学校では吸ってないんやろ、悪いことには違いなけど、いまどきの高校生はみんな吸うてんのとちゃうの」
 たいした確証もなく、夏樹は少し落ち込んだ安達を励ましたつもりだった。




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2008.11.17 / Top↑


「俺もな、自分自身にそう言い聞かせてはいるんやけどなあ。そしたら最近、中学時代にタバコを吸っていたという情報を嗅ぎつけた奴がいてなあ、『けっこう悪かったんやなあ、今はまじめな振りをしてるだけなんやろ』って絡んでくる奴らがいてなあ、どうやって逃げるか悩んでんねん」
「安達って、とてもクールなイメージがあるんやけど、まじめで以外に考えこむほうなんやなあ」
「クールなイメージってどんなんやねん」
「そんな連中は柔道の巴投げでも掛けて、ぶっ飛ばしてやったらええねん」
「そんなことは出来ひん。武道は人を懲らしめるためのものやない、自分自身を鍛えるためのもんや。それに巴投げなんて、そんな簡単に掛けらる技とちゃうで」
 夏樹は柔道の技の名前で、巴投げしか知らなかった。
「やっぱりまじめなんや、とてもタバコを吸ってる不良高校生には見えへんなあ」
「おいおい、人がまじめに悩みを相談してんのに」

 夏樹の後ろの席で大きな鼾をかいていたおじさんが、急にむくっと起き上がり、すくっと立った。列車の揺れに着いていけずに大きく左右によろめきながら、夏樹と安達の座っている座席の横を通りすぎ、トイレのある乗降デッキの方へ歩いて行った。途中、何度も転びそうになり、座席の背もたれを掴んで体のバランスを整えていた。

「あのおじさん大丈夫かいな、今にもこけそうやで」
「その絡んでくる連中って本村と同じ中学の奴らやろ」
「そうそう、なんでわかんの」
「あいつらなら、大したことないで、俺と同じクラスやけどな、ただそうやって話をしてくるだけで、それ以上のことは何もないで。人のことを色々と詮索したいだけやねん。ほんま、適当に話を合わせとけばええねん」
「ほんまかいな、夏樹の言うこと信じるで」
「元M中学の豪腕柔術師が、あんな奴らごときに、なにをビビッてんねん」
「なんやそれ、俺はもともとビビリや、小心者なんや、ほっといて」
「そうそう、それでええねん『ほっといて』て言うてたらええやんか」

 その時さっきトイレに行った夏樹の後ろの席のおじさんが、座席の背もたれを掴んで体のバランスを整えながら、夏樹たちの横を通り過ぎて行った。



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2008.11.19 / Top↑



 車内で話をする人は誰もいなかった。時々、何処からか鼾が聞こえてきた。
 車窓には夏樹と安達がぼんやりと映し出されているだけで、外の景色は何も見えない。ようく目を凝らして窓の外を見ていると、電柱につけられた裸電球や、横断歩道を照らす明るい光、夜中に走る車のライト、消し忘れたのか家の外灯などが時々見える。

「まだ、三時過ぎかあ、外は真っ暗やなあ」
「四時半ごろに鳥取で、七時半ごろに米子やろ」
「米子の二つ手前の伯耆大山で伯備線に乗り換えて新見へ、そして芸備線で備後落合、木次線でいよいよ出雲坂根の駅に着く。昼ごろにはつくはずやなあ」
「さすがに夏樹やな、時刻表が頭の中に入ってるみたいやなあ」
「好きこそものの上手なれ、って言うやろ。ところでさっきの話は気がすんだんか」
「ああ。『ほっといてぇ』やろ」
「そう、その調子や『ほっといてぇ』や」

 二人は顔を見合わせて小さな声で笑った。その時「ゴゴゴーーーーー」とトンネルに入った。夏樹はここぞとばかりに大きな声で笑った。安達もその声につられて大きな声を出して笑った。

「ほな少し寝よか、まだ伯耆大山までは三時間ぐらいあるしなあ」
「そやな、寝よか、おやすみ」

 二人は通路側の肘掛を枕代わりに、窓側に足を伸ばし、眠ることにした。
「なあ安達、俺が鼾をかいてもほっといてな、うるさいかも知れへんけど、列車の音よりは静かやと思うから」
「ああ、俺の方が大きい鼾をかくかもな、その時はほっといてやあ」



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2008.11.22 / Top↑





 肘掛の枕は硬く、少し窮屈だけれど、それ以上に睡魔が勝り、わずかな時間ではあったが熟睡したようだ。どこかの駅を発車する時の大きな揺れで目が覚めた時には、列車の進行方向左の山々の間から、登ったばかりの眩しい日差しが、車内を照らしていた。

「朝になったな」
「夏樹、ここは何処や。ぐっすりと寝たけど、まさか乗り過ごしてへんやろなあ」
「大丈夫や、いま六時半やから」
「伯耆大山駅では、乗り換えにあんまり時間がないんやろ」
「十分ぐらいかな」
「今のうちにトイレに行ってくるは、顔も洗わんとなあ」

 伯耆大山駅からの列車は、新見行きの三両編成のディーゼルカー。休日の早朝だからなのか乗客はまばらで、三両に散らばっている人たちを一両にまとめても、まだ全席は埋まらないだろう。平日のこの時間帯なら高校生の黒や紺色の制服で埋め尽くされているのだろうか。
 伯耆大山駅を出てすぐに、雪をかぶった大山が見えてきた。中国地方の最高峰、だったよなあ。たぶん。

「新見駅では乗り換えに一時間ぐらいあるから、売店でパンでも買って朝飯にしようか」
「そやな、それがええわ。腹が減った」

 新見駅に着くまでにいくつかの駅に停車したけれど、乗降客はほとんどなく、新見に着いた時には各車両に十人ぐらいの人しか乗っていなかった。国鉄時代の話です。

 新見に近づくにしたがって、線路の両脇に山が迫って来た。
 後々になって知ったことだが、この辺りの鳥取、島根、岡山、広島の県境周辺はあの有名な探偵『金田一耕助』が、たびたび活躍した地である。映画やテレビで見たことがあるような風景が車窓からうかがえたように思う。
 そして、今目指しているスイッチバックのある出雲坂根より三っ目の駅,亀嵩駅は、松本清張先生の『砂の器』の舞台になった場所である。記憶違いでなければ、この映画を初めて見たのは中学校か高校の時の芸術鑑賞会だったと思う。
多感なる思春期にあの映画を見たときは、十代なりにいろんなことを考えさせられて、ある意味、カルチャーショックを受けたように思う。

 新見に着いた時は、もう九時を過ぎていた。この駅の売店でアンパンとコーヒー牛乳を買い、少し遅めの朝飯となった。



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2008.11.25 / Top↑





 新見から備後落合への列車もディーゼルカー三両編成だった。こちらも乗客は少なく、車内はがらんとしていた。
「なんか山ばっかりやなあ」
「中国山地を横断中やからな、けどこの辺ってあんまり高い山がないのか、何処にでも道路があって家があって、それなりに標高は高いんやろうけど、すごく周りの山が低く感じるなあ」
「そらあ信州の山々よりは、はるかに標高が低いし、尖がった山もないから山頂付近にも、道があって、家があるんやろなあ」
 安達はそう話しながら、ジャンパーの下に着ているウエスタンシャツの胸ポケットから、タバコを出した。

「安達、俺といる時は吸うてもええけど、他の奴といる時は我慢しいや。ましてや学校では絶対に吸うなよ、そうせんと、ややこしい奴らに、またからまれたりするで」
「ああ、分かってる」

 備後落合に着いた時には、昼時を少し過ぎていた。駅の立ち食いそばで昼食を済ませ、木次線に乗りいよいよスイッチバックのある出雲坂根駅に向かう。
 木次線はディーゼルカー一両だけの、ローカル線である。今の時刻表を見ても、備後落合から、宍道までの列車は一日四本しかない。
 当時の時刻表がないので、不確かではあるが、あの頃は広島からの急行も走っていたように思う。

 備後落合駅を出てからしばらく走っても、あまり速度は上がらなかった。かなり勾配が大きいようだ。一両のディーゼルカーの車内は、今までの列車以上に人が少なく、車掌さんも客室の座席に座り、雑誌を読みはじめる始末である。(職務中にそんなことしていてイイのかな)
 列車の速度は上がらないが、エンジン音は今までになく、唸るような大きな音を出していた。勾配の大きさをエンジン音という形で表現しているようだ。
 右も左も山ばかりの風景の中をゆっくりと、そして確実に前へ進んでいくディーゼルカーはようやく出雲坂根の駅に着いた。



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2008.11.26 / Top↑





 一両編成のディーゼルカーが停車した。駅に着いたと思った。しかし駅舎らしき建物もなく、ホームも見えない。どうしたのだろう、と思って車内や、窓の外をキョロキョロしていると、運転手さんが運転に使うレバーを持って、小走りに後ろへ行った。すると後ろからは車掌さんがまた、小走りに前へと走って行った。
 まもなく一両のディーゼルカーは今まで走っていたのとは逆の方へ動き出したのだ。

「いよいよこれがスイッチバックの最初の折り返しなんや」
 夏樹と安達は興味津々で、まだ山のあちらこちらに雪が残っていて、外は寒い。しかし、そんなことなどお構いなしに窓を大きく開けて、進行方向の左側に身を乗り出すように外を見た。
「この列車は下ってるけど、左側に上って行く線路が見えるで」
 夏樹の声が少し浮付いているようだ。
「そやなあ、ここを下って今、最初の折り返しで、さらに下って出雲坂根の駅に入っていくんやな」
 下りの線路をエンジン音も静かに、ゆっくりと進んだ、まもなく大きなダブルクロスのポイントを超えて小さな駅に滑り込んだ。

 駅舎も小さく、狭く短いホームにはこのディーゼルカーに乗ろうとする人はなく、降りたのも夏樹と安達だけだった。
「どちらへ行かれるの」
 駅員さんが声を掛けてきた。
「いえ、どこへも行きません。この駅に来たんです」
「じゃあ降りないの」
「いいえ降ります」
「降りるのだったら、切符を下さい」
「いや、駅からは出ません。次の下り列車が来るまで、この駅にいます」
「次の下りは二時間後にならないと、来ないですよ」
 胸の名札には駅長と書いてある。小さい駅だから駅長さん一人で何でもやらなければならいのだろう。

「二時間後ですか、それはまずいなあ、出雲まで着かなくなっちゃうなあ」
「夏樹、そこまでは計算せんかったんか」
「今乗ってきた列車は、登りの急行がくるので、ここに三十分止まってますよ」
 駅長さんが教えてくれた。
「えっ、三十分ですか。じゃあこの列車が出発するまで、この辺りをうろうろしています」

 夏樹と安達はカメラを取り出し、出雲坂根駅のホームを走り出した。



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2008.12.01 / Top↑



 列車が五両も止まれば一杯になるような短いホームの端から端までいったり、小さな駅舎から外に出て見たり、カメラを片手にうろうろしていると、『プアーーン』登りの急行列車がゆっくりとホーム入ってきた。
「駅長さん、まだ十五分しか過ぎてませんけど」
「先にこの急行が出発して、十分後に下りが発車します。だから、まだ大丈夫ですよ、ゆっくりと写真を撮って下さい」
「じゃあまだうろうろできるなあ」

              出雲坂根4            出雲坂根3


「急行が発車して五分後にここへ来てください、あそこをこの急行列車が通るのが見えますから」
 といいながら駅舎とは反対側の山の上の方を駅長さんが、指差しして教えてくれた。

                           出雲坂根5


 ホームのずっと上の山の斜面を通る急行列車も撮し、小さい駅のダブルくロスも撮した。夏樹と安達はカメラをバッグに片付けて下りの列車に乗り込んだ。
「駅長さん、ありがとうございました」
「いえいえ、良い旅をお続けください」


                           出雲坂根2



 下りの一両のディーゼルカーは、定刻に宍道駅を目指して発車した。


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2008.12.04 / Top↑



 夏樹たちは高校三年生になり、飛沢と石田、赤川は受験モードに入り、鉄道研究会とサイクリング同好会は休部状態になった。
 夏樹や、安達たちは就職活動というより、仕事探しがはじまった。当時はそこそこに景気も良かったのか、求人はけっこうあったように思う。毎日のように職員室にいき、求人票を見に行った。
 就職組みは夏休み中に各企業へ、会社見学に足を運び、また学校へ行って違う会社の求人票を見ては会社見学に行った。

 夏樹は夏休み中にアルバイトに行っていた会社の紹介で、そこの取引先にアルバイト先の社長と一緒に見学に行った。
「夏樹君、せっかく、うちの会社の仕事を覚えたんやからこのまま、うちに居てくれへんか」
「ありがとうございます。でも、俺がやってみたいことは、いま紹介していただくような会社なんです」
「確かにあそこは、これから成長していくであろう会社やし、うちと共に頑張っておおきくなりたいと思ってる。けど、うちの方が給料はええで、少しやけどな」
「ほんとに、社長をはじめ皆さんには良くしていただきました。仕事だけではなく、いろんなことを教えていただきました、とても勉強になりました。もし、いま紹介していただく会社で不採用になったら、拾っていただけますか」
「そうかあ、分かった、その時はまかしとき」

 従業員が五十人ほどの小さな染物工場だけれど、社長はまだ三十四歳。従業員もほとんどが二十代の若い会社である。
 ひと通り工場を見学してから、社長と専務、総務部長、そしてアルバイト先の社長と夏樹の五人で、ほとんど雑談のような会話がはじまった。
「社長、ものすごうエエ青年やから、ほんまはうちに来てほしいんやけど、どうしてもお宅みたいなところで、仕事をしたいて言うから、何とか頼みますわ」
 アルバイト先の社長が夏樹のことを紹介した。

「川田はんがそう言うんやったら、何も問題ないやろ。ところで夏樹君やったかいなあ、なんかスポーツはしてたんか」
 染物工場の社長が大きな体を、ゆっくりと夏樹の方へ乗り出すように言った。
「いいえ、スポーツは好きですが、部活としては何もやってなかったです」
「そやそや、もし彼をお宅での採用が決まっても、うちの野球の試合の時は、しばらくの間は貸してや、Bチームのエースなんや」
 川田社長が微笑みながら言った。





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2008.12.15 / Top↑





「夏樹君、野球をやってたんか」
「いいえ、本格的にピッチャーをやったんは、川田さんのところが初めてなんです」
「社長、うちのBチームて言うたやろ。Aチームは経験者が多いし、大会でも上位を狙えるけど、Bチームは俺がキャプテンで一番を打つチームや、まだ一勝もしてなかったんやけどな、こないだの練習試合で彼が投げてくれたから、初めて勝ったんや」
 アルバイト先の社長が誇らしげに、初勝利を語った。川田社長がキャプテンである理由は分かるが、なぜ一番を打つのかは、単に一回でも多く打順が回ってくるからである。社長としての特権と言える。

「川田さん、勝ったって言うても、相手は五十才以上の人たちのチームやったし、毎回のようにフォアーボールでランナーを出してた、ノーコンピッチャーです」
「けど、球は速かったでえ、外野にはあんまり飛ばんかったしなあ」
「あっそうかあ、昼休みにわしとキャッチボールをしてくれる相手が出来そうやなあ」
「それって、採用決定ということですか」
 夏樹は心の中で小さく言った。

 夏休みが終り、二学期がはじまるとクラスの就職組たちには、採用試験の通知が届きはじめた。就職試験の解禁は十月一日だった。多くの就職を希望するものは、その日に試験を受けに行った。
 しかし、夏樹には採用試験の通知が来なかった。就職試験の解禁が十月一日とは言っても、十月になってから試験日の通知が届く企業もあった。
 夏樹はアルバイト先の社長に紹介してもらった会社だけに絞っていたから、毎日、試験の通知が届かないことに少しあせっていた。
 十月の十日ごろになると就職を希望するもの全員に、試験日の通知が届いた。夏樹の希望する会社からは、学校に求人が来ていないので、自分で会社へ電話して直接聞いた。

 電話の向こうには染物工場の総務部長が応対した。
「こないだのが面接試験ですから、あまり早くに採用通知を送ると何かと不都合なんで、そろそろ送りますから」
 夏樹はようやく気持ちが落ち着いた。



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2008.12.17 / Top↑





「ひさしぶり、夏樹やけど」
 二ヵ月ぶりぐらいだろうか、受験モードに入っていた飛沢に電話をかけた。
「勉強は捗ってるかあ。おれなあ、一応、就職決まったんや」
「そうか、おめでとさん。たまには会おうか、うちに来いよ、新しいレコードはないけど、俺もたまには息抜きや」
「よっしゃ、今すぐに行くわ」

 飛沢の家ではいつものように、ステレオで何かしらの音楽を聴きながら、他愛のない会話が続く。今日は、夏樹を音楽の世界に熱中させる切っ掛けになった、ザ・ビートルズの「1962~1966」いわゆる赤版を聴きながら、近況などを報告しあった。

「どうやあ勉強のほうは、受ける学校は決まってんのかあ」
「三つほど決まってる。本命のとこはちょっと難しいんやけど、今からでも何とか頑張ればいけるって言うてくれてる」
 飛沢は受験に向けて、家庭教師を頼んだのだ。その先生に難しいが、今からでも真剣に勉強をすれば大丈夫、と言われているようだ。
「夏樹も就職が決まってよかったなあ。どこにあるんや、そこの会社は」
「市内やけどなあ、寮があるんや、基本的には全員が寮に入るらしいは」
 その時ちょうどA面の最後の曲『キャント・バイ・ミー・ラヴ』が終り、レコードプレーヤーの針が自動で戻っていった。

 飛沢はレコードプレーヤーのターンテーブルに載っているレコードをA面からB面へ載せ換えて、静かにレコード針を置いた。
『ア・ハード・デイズ・ナイト』邦名は『ビートルズがやって来る!』がはじまった。

「寮に入るということは、家を出て行くことか、市内やのに寮に入るんか」
「ああ、親元を離れて、ある程度は自分自身で生活して、なんて言うのかなあ、こう言うの」
「自立か」
「そうそう自立した生活って言うやつよ」


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2008.12.19 / Top↑





 夏樹にとっての父親は、とにかく厳しく、怖い存在であった。箸の持ち方が悪いと言って怒られ、母親への口の利き方が悪いと言っては叱られていた。礼儀とかマナーにはとかく厳しく、ことあるごとに口うるさく叱責されていた。
「俺が夏樹の家に言ったときは、普通の親父さんやったけどなあ、時々つまらんギャグを飛ばす、おもろい人と言う感じやったけどなあ」
「いや、べつに親父が嫌で家を出るわけやないで、あくまでも自立するためや」

 礼儀やマナーにうるさく厳しい父親ではあるが、人生訓のようなものも度々聞かされていた。
「太い筋が一本通っていれば、他人が何を言おうが、自分の進む道をまっすぐに進め。それが人間や、それが男や」
 これが夏樹の父親の口癖だった。
 何事も自分自身で決めたことは信念を持ち、それに向かって進むためには、他人がいろんなことを言って来ることもあるだろうが、ぶれることなく突き進むことが必要なのだ。高校入試、就職、そのことによって家を出て寮に入ること、将来的な話になるが、故郷を離れ遠くの地に暮らすことになっても、反対されたことはない。
「お前が、自分自身で考えて決めたことに対しては、何も反対する理由はない。信じる道を進めばええから、ただ、中途半端なことはするなよ」
 こう言っていつも送り出してくれた。

「自立と言うても、家からはわりと近い所に会社と寮があるから、休みの日はすぐに帰れるしな」
「それはあかんは、何のために親元を離れて自立するんや、あんまり意味がないのとちゃうか、せめて一ヶ月に一回ぐらいにしとかんとなあ」
「やっぱり。まあ、行ってみんと、どうなるか分からへんけどなあ」

 ザ・ビートルズ「1962~1966」のA面最後の曲「イエスタデイ」が終り、レコードプレーヤーの針が自動で戻っていった。







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2008.12.22 / Top↑





「石田も同じ大学を受ける予定なんやろ」
「たまたまな、三つ受けるうちの二つやけどな、お互いに何処に入れるかは、結果次第やな。同じところに行くか、別々になるか」
「赤川はどこへ行こうとしてるんや、ぜんぜん連絡もないし、俺も電話を掛けたりしてへんなあ」
「俺も知らんわ」

「来年の二月の末までには何処の大学に行くか分かるんか」
「そやなあ、卒業式までには決まると思うわ」
「そしたら卒業式の次の日から、旅行に行かへんか」
「ええ、卒業式の次の日からか」
「卒業式が三月の一日で、俺の入社が三月の二十日なんや。そやから、あんまりゆっくりもしてられへんやろ」
「ゆっくりって何日の旅行をするつもりや」
「一週間ぐらい」
「一週間?何処へ行くんや」
「西本州一週」
「山陰ワイド周遊券て言うのがあってな、それを使うと安く、あっちこっちに行けるんや」

 夏樹は一人、密かに暖めていた計画を飛沢に話はじめた。
 山口県の長門市駅が自由周遊区間の西端で、東端は京都府の東舞鶴駅。その間の山口県、島根県、鳥取県、兵庫県,京都府の国鉄バス(現JRバス)路線を含めた国鉄全路線を自由に周遊できる切符である。
 この自由周遊区間内へは国鉄路線の、ほぼ何処からでもはいれる。そこまでの運賃を含んだ料金となる。また出発地から自由周遊区間までの路線上も、途中下車が自由だ。

 京都から山陽線を利用して途中の倉敷で途中下車し、小郡から山口線の津和野経由で山陰線に入ることが出来る。これで西本州を一周することが出来る。
 また、山陰ワイド周遊券には特典(?)がある。自由周遊区間内では特急の自由席が利用できる。一般的には、特急料金は乗車券の三十パーセントぐらいの料金がかかるが、周遊券を持っていれば特急料金なしで乗れる。

「おもしろそうやなあ、石田と赤川にも聞いて見るわ」
「大体の計画は俺が考えとくは、そやから勉強がんばってや。試験が終わったらみんなで詳しい計画を作ろうや」

 ザ・ビートルズ「1962~1966」のB面を聞き終わったら夏樹は帰ることにした。



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2008.12.24 / Top↑





 三月一日。各地の高校で卒業式が行われた。京都のこの時期としては珍しく大雪となった、夏樹の通う高校の校長先生はあいさつの中でこの大雪を見てこう言った、ような記憶がある。
「皆さんはこれから新たな道へ向かって行くのだけれど、今日の雪は君たちの行く先の困難を暗示しているのかも知れない。辛いことのほうが多いと思うが、がんばってください」
 この先の困難が、どんな困難なのか、今ならよくわかる。

 卒業式は午前中で終り、午後からは謝恩会となった。その当時、謝恩会と言ったか、言わないか、定かではない。
 頭脳明晰の生徒は少なく、ほとんどが就職することとなった夏樹たちのクラスメートは、いったん帰宅して学生服を脱ぎ、一張羅の私服に着替えて街に繰り出した。今の高校を卒業する若者よりも大人に憧れていたのだろうか、男はネクタイ姿の奴らが多かった。女子も学校では禁止されていた化粧を、いつの間に覚えたのか、それなりに大人っぽく変身してあらわれた。

 現在の謝恩会の主役は先生と親のようだが(いま住んでいる地域だけかな?)夏樹のクラスの謝恩会は先生と、生徒だけで宴会がはじまった。

「いやあ、色々なことが、事件があったけれど、全員の進路も決まり、とても楽しい三年間でした。みんな、ありがとう」
 三年間クラス替えもなく、三年間同じ担任の先生があいさつをした。
「乾杯」

 二年になるときに一人、三年になるときに一人、三月までのクラスに残った。事故と病だった。
 でもバレーボールの球技大会では三年連続優勝した。それなりにまとまっていたのだと思う。

「夏樹君、ありがとね、いっつもノートを写させてくれて、それと授業中の睡眠を快適にするために壁になってくれて、ほんとうにありがとう」
 泣きながら、時々言葉を詰まらせながら、三年の二学期の時に夏樹の後ろの席だった女子が大きく頭を下げて言った。(少し酔ったのかな、時効ですよね?)
 夏樹が居眠りしていると、『あんたがそうやって寝てたら、私が隠れへんやろ』って「おれの睡眠を邪魔しただろう」と心の中で言った



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2008.12.26 / Top↑





 昨夜の謝恩会は最後まで笑いが絶えない会となったが、終わる頃には女子の全員が大泣き状態で終宴、お開きとなった。夏樹は帰りのバスの中で具合が悪くなり、途中でいったん下車してしまった。

 それでも翌日の朝七時ごろに京都駅からの東海道線下り普通列車に乗り、三人の旅がはじまった。赤川は行けなくなってしまった。
 飛沢と、石田は二人とも同じ大学に行くことが決まった。二人とも本当に行きたかった大学に通うことは叶わなかったようだけれど、春からは大学生となる。

 いつもは山陰線での出発が多いのだけれど、今回は初めて東海道線、山陽線と進路を真西に向かう旅となった。
「窓を背にしての横一列シートの電車という奴は、どうもこの今ひとつ好きになれへんなあ」

 夏樹にとっての鉄道の旅、旅行は四人掛けのボックス席の列車で出かけるものなのだ。小さい頃から父親の郷里への鈍行列車に乗っての移動が、彼にとっての旅の原点だからである。いまでも通勤電車や、都会近郊の私鉄電車、新幹線にはあまり興味はなく、新幹線に乗っての移動は、あくまでも移動であって、旅の概念はない。

 ところが寝台特急に乗ることになった時などは、乗る何日も前から心が落ち着かず、何も見えない車窓を見ては心が踊り、夜中に駅に止まり目が覚めてしまったときなどは、何処の駅なのか確認しないと、再び布団に入ることが出来ないでいる。
 ましてや、何処の駅か確認できずに駅を離れてしまうと、ますます目が冴えてしまう。そんな時は時刻表を開き、時計を見て、今の駅が何処だったのかを調べてからでないと、ゆっくりと寝られないのである。

「それに、窓の外はビルや工場の建物しか見えへん。俺もしばらくは通学の延長みたいで、おもろないなあ」
 飛沢も夏樹の影響が大きく出てきているようだ。



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2008.12.29 / Top↑





 本文に入る前に私の拙い文章を読んでくださる皆さんへ一言、御礼申しあげます。
 今年の四月から始めましたブログも今回で百回となりました。正直こんなに続くとは思っていませんでした。読んでくださる方がいらっしゃるということが、励みとなりここまで来ることが出来ました。ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
 今回が偶然にも本年最後の更新となろうかと思います。皆様にとって来る平成二十一年がよい年でありますよう、お祈りしています。



 京都を出てからは通勤、通学の人並みが、乗り降りしていた。三人は高校の卒業式をきのう終えて、今日から休みだけれど、世間一般の人たちは年度末で忙しいのだ。おそらく。
 目の前には多くの人が立っているので、三人での会話もままならず、その人たちの間から、かいま見える車窓に何か面白いものがないか、きょろきょろとしたり、入れ替わり、立ち代りする乗客を観察したりするようになっていた。
 自分の座っているすぐ後ろに窓はあるが、幼稚園児のように窓に向かって膝を突き、吊革を持って立っている目の前の乗客に足の裏を見せ付けて座るわけには行かず、黙って向かいの窓の景色を見るでもなく、人間ウオッチングをするでもなく、手持ち無沙汰な状態が続いた。

 神戸を過ぎた頃からは、目の前に立つ人たちの間からは、海が頻繁に見えるようになった。須磨を過ぎた頃には乗客もだいぶ減り、立っている人はまばらになり、向かいの車窓も、よりはっきりと見えるようになった。また、ビルや工場群は減り海水浴が出来るような海岸線が見えるようになった。三人での会話も出来るようになり、ようやく旅の気分が出てきた。


「今日は倉敷まで行くんやろ」
 石田が口火を切って話し始めた。
「うん。昼ごろには着くで、山陽路で観光できるところと言えば、とりあえず倉敷の『美観地区』かなと思ってな」
「今回の旅行の計画は、石田と俺の進路がなかなか決まらんかったから、夏樹に全部まかせてしもうたなあ」
「なんにも気にせんでええねんで、俺は早ように就職先が決まって、学校にも行ったかて何をするわけでもなく、毎日が暇やったさかいになあ、ちょうどよかったんや」
「ほな、倉敷から後の予定をもう一回聞かせてくれへんか」
 石田は卒業式の前の日まで、合格発表後の手続きや、卒業生代表の答辞の準備で忙しく、旅の計画をまだ話していなかった。きょう会うのが今年になってから二回目だったのだ。

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2008.12.31 / Top↑



「石田はずっと忙しかったもんな。倉敷の次は津和野、萩、出雲、鳥取の三朝温泉のユースホステルに泊まって、帰る予定やけどな、餘部にもユースホステルがあるから、そこに最後に泊まってから帰ろうかな」
「おうあの鉄橋か、あの時はちょっと怖かったけど、おもしろかったなあ。石田も一回見といたほうがええで、あの鉄橋は」
「飛沢もだいぶ面白かったみたいやなあ、餘部のユースホステルはまだ予約をしてへんから、出雲に行ったあたりで考えようか」
「ユースホステルってそんなぎりぎりに予約しても大丈夫なんか」
 石田がいぶかるように聞いた。
「だいじょうーぶ」

 夏樹が数十年前に流行ったテレビドラマの台詞をまねて言った。
「予約で一杯やなかったらその日の昼頃までに、電話すれば泊まれるんや。夕飯が要らんのやったら突然行って、今日あいていますか、って行ってもかまへんみたいやで。石田も飛沢もユースホステルは初めてやったなあ」

 姫路で乗り換えて、普通列車に乗って、倉敷を目指す。
 倉敷の駅にはちょうど昼に着いた。大きな荷物を肩から担ぎ、駅前の観光案内図を三人で眺めて、『美観地区』へと向かった。

        倉敷5     
                                倉敷2
                                                                                           

 江戸幕府の直轄地「天領」だった倉敷は、米などの物資の集散地として栄え、商人たちが白壁の土蔵や屋敷を構えた。そんな屋敷が多く残る美観地区は「伝統的建造物群保存地区」としてその当時の面影を残している。

                 倉敷1

「この白壁の建物は映画のセット見たいやなあ」
「ほんまやなあ、石田の家の近くに撮影所があったからなあ」
「本物やからセットよりは勿論立派やけど、遠目に見てたら、セットも本物見たいやで」
「小学校の一年生の時に一回だけ石田の家に遊びに行ったけど、裏の塀の向こうに変な建物が見えた記憶があるんや」
「あれは全部映画のセットなんや、今は縮小されて団地になったけどな。あの頃は家の二階から撮影が見えたんや」
「へえ、なんかおもしろそうやあ」
 飛沢が興味津々である。


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2009.01.06 / Top↑





「夜のシーンを撮影していてな、ちょんまげのヤクザ見たいな役の男の人と、芸者さんの格好をした女の人が、行ったり来たりしてるんや」
 石田が家の二階から見えた撮影現場のことを話しはじめた。
「その二人がすれ違う時に少しだけ会話をするみたいなんやけど、すれ違ったらすぐに『カット』って大きな声が聞こえて、その二人は元のところへ戻らはんねん、すると『ヨーイ』って聞こえると二人はさっきと同なじように歩き始めて、すれ違ったらまた『カット』や、たったそれだけやのに、何回も同なじことをやったはんねん」
「へー、なんか、しんきくさいなあ。その役者って有名な人か」
「いやあ、飛沢が知ってる人やないと思うで、俺も知らん人やからなあ」

「ちょっとしたシーンでも何回も何回も練習して、監督の気に入るまで何回も撮り直すみたいやなあ」
 夏樹がテレビで見た映画監督の話の受け売りを話したが、すぐに石田が別の映画の話をはじめた。

「中学校の帰り道に、いつもの商店街で見慣れん屋台や、出店がいっぱいならんでてな、いかにも古臭いねん。戦前に生きてたわけやないけど、テレビとかで見た昭和初期風の色遣いの店ばっかりで、うろうろと歩いてる人もその頃の服を着たはってな、何やってはんにゃろてみてたら『ハイどうぞ今のうちに通って下さい』ってジーパン穿いた若い兄ちゃんが言うから、そのまま通りすぎたけど、あれはセットやなあ」

「あっ、それ俺も見たなあ、学校の帰りにジーパンを穿いた兄ちゃんが、両手を広げて見物人をこれ以上前に行かんように制止しててな、そしたら突然『パンパンパン』て聞こえてきて、バスタオルみたいな布だけを巻いた女の人が裸足で走ってきたんや。その後ろから右手を鉄砲みたいにして『パンパンパン』って言いながら走って来る男の人がいたなあ」
「夏樹、それってほんまの話しかあ、なんでバスタオルだけを巻いた女の人が突然走ってくるんや」
 飛沢が信じられない話しだ、と夏樹を疑った。



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2009.01.07 / Top↑

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